連載
posted:2015.12.5 from:兵庫県篠山市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
NOTE
一般社団法人 ノオト
篠山城築城から400年の2009年に設立。兵庫県の丹波篠山を拠点に古民家の再生活用を中心とした地域づくりを展開。これまでに、丹波・但馬エリアなどで約50軒の古民家を宿泊施設や店舗等として再生活用。2014年からは、行政・金融機関・民間企業・中間支援組織が連携して運営する「地域資産活用協議会 Opera」の事務局として、歴史地区再生による広域観光圏の形成に取り組む。
http://plus-note.jp
ノオトがこの連載を始めて7回目になります。ついに順番が回ってきてしまいました。
一般社団法人ノオト理事の伊藤と申します。
当初の予定では、出番はまだ先のはずだったのですが、繰り上げ登板することになりました。
今回は、2015年10月にオープンした
〈篠山城下町ホテルNIPPONIA(ニッポニア)〉のリノベーションの経緯や、
ホテルの詳細についてご紹介、ということなのですが、
ノオトって何する人たち?という方や、
初めましての方は、ぜひバックナンバーをご覧ください。
■vol.4 歴史ある銀行建築の再生から始まった、新しい地域づくり
■vol.5 投資ファンドで実現する古民家再生の未来(その1)
■vol.6 投資ファンドで実現する 古民家再生の未来(その2)
この原稿を書いている段階では、
vol.5、vol.1、vol.6の順番でFacebookいいね!数が多いですね。
やはり、みなさん気になる資金面の話を、よく読んでいただいているようです。
さて、本題です。篠山城下町ホテルNIPPONIAは、vol.6でも紹介されたとおり、
篠山城を含む城下町全体を「ひとつのホテル」に見立てるという構想のもと、
江戸時代から明治時代に建てられた空き家4棟を改修し、11室の客室としたホテル事業です。
時間を重ねた歴史ある建物の中に生まれた客室、
丹波篠山をはじめとした、地域の豊かな食材をふんだんに使った創作フレンチ、
既存の歴史施設・飲食店・店舗などと連携した歴史的城下町のまち歩きアクティビティなど、
「歴史あるまちに、とけこむように泊まる」をコンセプトとした、
地域の暮らし文化を体験する、新しいスタイルの宿泊施設となっています。
ホテルのメインの建物となっているONAE(オナエ)棟は、
明治期の建築で、元銀行経営者の住居でした。
古地図によると西の城門正面に位置し、城門がなくなった現在では、
篠山城跡方面から西向きに伸びている道路の突き当りに位置しており、
西町というエリアのシンボルになっている建物です。
建物自体も篠山城下町の町家の特徴を色濃く残しており、
まち並み景観として大きく貢献していると評価され、
篠山市景観重要建造物の指定を受けています。
そのONAE棟を中心に、リノベーションの経緯をご紹介したいと思います。
私が初めてこの城下町ホテル構想を代表の金野、理事の藤原から聞いたのは、
2013年の8月頃でした。
恥ずかしながら、そのときは「あぁおもしろい発想だなぁ」という程度にしか理解しておらず、
よもやこんなに早く実現するとは思ってもいませんでした。
構想からは実に5年がかりのプロジェクトですが、プロジェクトが大きく動き始めたのは
2014年に入ってからで、この頃に第1弾としてオープンする物件候補が絞られていきました。
現在ONAE棟となっている古民家には、
当時90歳のおじいちゃんがお住まいでしたが、
ひとりで住むには広すぎるため、売り物件として、
通常の物件と同じように不動産情報が公開されていました。
しかし、その情報を見て訪れるのは、既存の建物は潰してしまって、
新しく集合住宅などを建てようとする人ばかりだったそうです。
そこへ、
「今の建物にこそ価値があるので、再生をして活用していきたい」と、
提案にうかがったところ、大変喜んでくださったことから、
NIPPONIAプロジェクトの第1弾物件候補となりました。
ONAE棟と同じ通りに面して北側に位置するSAWASIRO棟、
篠山城を挟んで反対側の河原町通りに位置するNOZI棟は、
それぞれの所有者の方が、建物自体を大切に思い残されていたのですが、
何かまちのために使われるのであれば、貸したり、売ったり……ということも
検討したいと前々からご相談をいただいておりました。
そこで、NIPPONIAプロジェクトにて、宿泊棟として活用しようということになりました。
NOZI棟と同じく河原町にあるSION棟は、
もともと、とある企業保養施設として運用されていましたが、
篠山城下町ホテル構想にご賛同いただいたことで、第1弾物件に加わりました。
こうして、第1弾物件の4棟が出揃いました。
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ONAE棟は、外から見るだけでも、十分に広く立派な建物であることがよくわかります。
2014年に実際に家の中を見せていただいた際には、
家のつくりの重厚さに感心しながらも、
歩くスペースがほとんど無いほどにまで、
積み上げられ埋め尽くされた生活用品の数々に呆気にとられるばかり。
現役の住まいとは言え、圧倒的な存在感を放つものの山を目の当たりにし、
「ほんまに来年開業間に合うんかいな~」と心の中では思っておりました。
ただ、「ここにも昔は蔵があってな……。あそこの塀は……」
と懐かしそうに説明をしてくださる家主さんを見ていると、
早く再生した姿を見てもらいたいと強く思ったのでした。
実際に作業が始まったのは、2015年の4月頃で、
10月開業まであと半年という非常にタイトなスケジュールでした。
かつ、ファンドからの投融資が決まったとはいえ、決して潤沢とは言えない予算。
このふたつの厳しい条件がありつつも、
「篠山の価値ある建物の再生を地元の人間がやらんで誰がやるねん」
と、古民家再生に実績のある地元工務店の岡田工務店が手を挙げてくださいました。
まずは、とにかく片付け、片付け、片付けの連続で、
「心折れへんように、総動員で10人がかりでやったんやで~」と、
岡田さんが後日談として、にこやかに語ってくださいましたが、
本当に大変だったと思います。
荷物がなくなると、建物自体が持つ魅力と素晴らしさが、一気に見えてきました。
プロジェクトメンバーの誰もが、
「これはいい空間になる」
と確信したほどでした。
そこから、作業はさらに猛スピードで進み、
まさに職人集団の努力と気合と情熱により、
わずか半年で、開業にこぎつけることができました。
古い建物が持つ魅力を最大限に生かすために、離れ・蔵・女中部屋を5つの客室とし、
大広間と入口から奥まで続く土間のスペースをレストランに設えました。
土間には、多くの人がこの建物に暮らしていた当時を思わせる
立派なおくどさんが、そのまま保存されています。
各部屋の建具は、ONAE棟にもとからあったものだけでなく、
ほかの古民家改修現場から出てきた古い建具をふんだんに活用することで、
建物の風合いを殺すことなく、すっと馴染み、懐かしさを感じさせる空間になっています。
ただ古いものを残すだけではなく、現代の生活にあわせて、
新しいものを取り入れるべきところもあります。
古民家と聞くと水回りはどうなっているのか、と心配される方が多いかと思います。
篠山城下町ホテルNIPPONIAでは、客室ごとにバス・トイレが完備されています。
立派な梁を眺めながら入浴できるお部屋もあるんですよ。
私たちが手がけるプロジェクト以外にも、
篠山のまちの中では古民家再生が次々に行われていますが、
優れた技術とまちへの愛情を持った職人集団がいることが、篠山の大きな財産になっています。
セルフリノベーションやDIY、ボランティア活動といった動きが盛んになっていますが、
プロの職人集団による古民家再生を行うことで、
技術の継承がなされ、修復産業の再興にもつながっていくと私たちは考えています。
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オープンを間近に控え、ついに軒先には篠山に工房をかまえる職人による手掘りの看板がつき、
室内には明かりが灯り始めました。
客室にはベッドや家具が入り、
レストランには、テーブルと椅子が置かれ、空間が次々と設えられていきます。
古い壁や梁などがつくりだす、時間を積み重ねた空間の中で、
決して主張し過ぎることのないようセレクトされた新しい家具たち。
まるで、建物自体に新しい命が吹き込まれていく瞬間を見ている気持ちになりました。
こればっかりは、実際にこの空間に身をおいて、自分の目で見た人にしか、
ため息が出てしまうほどえも言われぬ趣や、美しさは、わかりません。
百聞は一見にしかずと言いますが、まさにそのとおりで、
写真ではなかなか伝わりきらないなぁ、といつも思います。
そうして、着々と準備が進み、オープン前日の10月2日には、
メディア向けの内覧会だけでなく、地元の方に向けた内覧会を行いました。
わずか2時間の間に、大変多くの方に足を運んでいただきました。
地元の方からは、
「昔はここで遊んだのよね」「懐かしい空間が綺麗になってうれしいわ」
といった声をかけていただきました。そんな瞬間が、この仕事の醍醐味かもしれません。
夜には、オープン記念企画として、
世界的なヴァイオリニストの古澤巌さんの奉納コンサートを開催しました。
ONAE棟の裏庭には、その昔、情報伝達のために、
篠山城を中心に50メートルおきにあったと言われる大きなエノキがあるのですが、
その木の下で奏でられる力強く美しい音色に、みなさん酔いしれていました。
優雅なひとときですね。
内覧会・コンサートだけでなく、オープンした後の様子も見ていて気がついたのですが、
足を運んでくださるまちの人たちの装いが、いつもとはちょっと違っているんです。
少しオシャレをして出かける場所、
大事なお客様におもてなしをする場所、
そんな空間にONAE棟は生まれ変わることができました。
最後に、少しだけその後の様子を紹介させていただきます。
オープンから2か月が経過し、大変多くのメディアに取り上げていただきました。
おかげさまで、多くのお客さまにお越しいただいております。
丹波篠山の旬の味覚がふんだんに盛り込まれたフレンチを堪能した翌日は、
城下町散策の後、城下町にあるお食事処でランチを楽しまれたり、
篠山で一泊、竹田で一泊と歴史的建造物に泊まる旅を満喫されたりと、
さまざまな過ごし方でNIPPONIAを楽しまれています。
ONAE棟のリノベーションの様子や、
プロジェクト関係者のインタビューなどをまとめた、
篠山城下町ホテルNIPPONIAのメイキング映像も作成しました。
Making of 「 篠山城下町ホテル NIPPONIA 」
プロジェクトにこめられた想いや、ONAE棟のリノベーション前後の比較、
担当工務店さんのインタビューなどがコンパクトにまとめられています。
個人的な見どころは、エンディングロールとともに流れ始める地元の方へのインタビューです。
地域の資産である歴史的建築物が再生することで、
地域に生まれる影響を語ってくださっているなぁ、と思います。
あちこちで問題になっている空き家を、
ただの一軒の「空き家」として見るのではなく、
地域の資産と捉え、なりわいを生み出すための空間として再生して活用することで、
地域が一体となって再生していく。
そんな動きが日本中に広がると、もっと地方がおもしろくなる。
そのためにまだまだ突き進んでいかないと、と考える次第です。
information
篠山城下町ホテルNIPPONIA(ニッポニア)
住所:兵庫県篠山市西町25番地 他
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