連載
posted:2013.5.17 from:栃木県那須塩原市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●東京都出身。エディター/ライター。美術と映画とサッカーが好き。おいしいものにも目がありません。
credit
撮影:山口徹花
那須塩原の駅から北西に約10km。
街道から少し入ったところに広がる森の中に
「森をひらくこと、T.O.D.A.」と名づけられた場所がある。
日本各地でよく見られるような、木々や草花が生い茂る森だが、
少し切りひらかれたところに、かわいらしい建物がふたつ建っている。
こんなところに、と一瞬目を疑ってしまうようなちょっと不思議な印象は、
やがて微笑んでしまうような安心感に変わる。
なんというか、心地よい空気が充満しているのだ。
「遠いところ、よくおいでくださいました」
と笑顔で迎えてくれたのは、戸田香代子さん。
この場所は、戸田さんの先祖が明治時代に開拓した土地。
このあたりの地名も戸田というほど広大な土地だ。
かつて戸田農場と呼ばれる農場を開墾しようとしたが、
植林して林業へ方向転換し、やがて林業がすたれると、
人が入らない森になってしまった。
全部で30ヘクタールもの土地だが、その10分の1ほどの3ヘクタールを切りひらき、
もう一度、人が入れるような森にしようとしたのがこの場所。
ふたつの彫刻のような建物は、イベントやワークショップなど
さまざまな目的に使える「OPEN PLACE」と、
森の恵みを味わうことのできるカフェ「KITCHEN PLACE」。
このプロジェクトのディレクターである豊嶋秀樹さんがコンセプトを手がけた。
豊嶋さんは大阪を拠点とするクリエイティブ集団「graf」のメンバーとして活動し、
2009年からは「gm projects」のメンバーとして、
さまざまなプロジェクトを手がけるクリエイティブディレクター。
戸田さんと豊嶋さんの出会いは
「スペクタクル・イン・ザ・ファーム」というイベントがきっかけだった。
那須の牧場や旅館、カフェなどを舞台に、
音楽、ファッション、アート、演劇などさまざまなイベントを展開。
東京でファッションブランド「THEATRE PRODUCTS」を主宰する
金森香さんらが企画し、2009年と2010年に、それぞれ2日間行われた。
戸田さんは2009年に実行委員の手伝いをしていたが、
2010年には本格的にイベントに関わることに。
もともとこのイベントとは別に、戸田さんは那須地域で障害を持ちながら
絵を描いている作家たちの展覧会「つながるひろがるアート展NASU」を、
那須のリゾートホテル「二期倶楽部」や「山水閣」、
人気カフェ「1988 CAFE SHOZO」などを会場にして開催してきた。
この展覧会をスペクタクル・イン・ザ・ファームの関連企画として、
同時期に開催することに。
さらに、切りひらいた戸田の森にあった古い廃屋を、
スペクタクル・イン・ザ・ファームの会場のひとつとして
使わせてほしいという要望があった。
これをきっかけに人が来てくれるならと、戸田さんは快諾。
「つながるひろがるアートの森・TODA」として、
そこでインスタレーションを制作、展示したのが豊嶋さんだった。
スペクタクル・イン・ザ・ファームは、行政主導ではない、
民間の人たちでつくりあげたイベント。当初は懐疑的だった地元の人たちも、
実際にたくさんの人が訪れたことで盛り上がり、2年目はより多くの協力者を得て、
1日で約8000人の観客を呼ぶという大成功をおさめた。
このイベントで、地域の結束力は高まったという。
「それまでは市や観光協会がやってくれるという雰囲気でしたが、
まず自分たちで考えようという意識が強くなりました。
いまでは自分たちが動かして、そこへ行政がついてくるという、
理想的なかたちになってきたと思います」と戸田さん。
ふたたび話を森に戻そう。戸田さんが森をひらこうと思ったのはなぜか。
「山や森は人が手を入れないと荒れてしまう。この森もだいぶ荒れてしまっていたんです。
いま日本では木を切ってもお金になるばかりか、お金がかかる一方で、
手がつけられない山はたくさんあります。
でも木がやせ細って病気が蔓延し、木がだめになってしまうと、
そこに住む動物たちもいなくなってしまいます。そういうことに胸を痛めていました」
この森にはたくさんの動物たちが住んでいる。
ムササビ、ウサギ、キツネ、なんとツキノワグマもいるという。
ときおり顔を見せる動物たちに、豊かな自然を感じる一方、
山が荒れてしまっているために、動物たちが家畜の餌を狙うなど、問題もある。
動物たちのためにも、森の手入れが必要なのだ。
広大な土地に目をつけられ、これまで多くの開発業者に開発を持ちかけられた。
アウトレットやショッピングモール、ゴルフ場……。
戸田さんが、いまある木を残して、自然の景観をいかした開発ができるのであれば、
と言うと、業者は諦めていき、やがてそんな話はこなくなったそうだ。
現在は、そんな戸田さんの考えに共鳴してくれる人も増え、地元の森林組合とともに、
この森をモデルになるような雑木林に変えようと取り組んでいる。
毎年草刈りをしたり、今後もさらに森を間伐して、少しずつひらいていく予定だ。
もともと戸田さんはこの土地の生まれではない。
鎌倉で生まれ、子ども時代は名古屋、そのあとは東京暮らしが長かった。
30年ほど前に、戸田家の土地に戸田調整池というため池をつくることになり、
その事業のために引っ越してきた。不便に感じることもあるが、
ここに残る自然に毎日触れていると、東京には戻れないと笑う。
山と、山に住む動物を守りたい。
そしてその自然とともにある暮らしというものが、
もともとここにあったはずだと戸田さんは言う。
グリーンツーリズムという言葉はいまでは珍しくないが、
いち早くグリーンツーリズムの考え方に感銘を受けた戸田さんは、
ヨーロッパにも数回渡って勉強した。
「地産地消という言葉は、グリーンツーリズムから入ってきたと思っています。
もともと那須にあるお野菜や川魚を、よそから来た人に食べてもらう。
そういうことによってこの地域の経済圏が成り立つ。
そのためにあるのがグリーンツーリズムです。
もともと地域にあるものを保存して大切にしながら、次の世代につなげていく。
そういうことをやりたいと思っています」
ディレクターの豊嶋さんは、この「森をひらくこと、T.O.D.A.」というプロジェクトに、
明確なゴールはないと話す。
「まずはいろいろな人にここを訪れてもらって、
森と人との新しい関係をつくっていく……ということを考えることを目的にしたい。
そのこと自体を『森をひらくこと』と呼ぼうと。
いろいろな人に関わってもらうなかで、
だんだんとこの場所ができていくといいなと思っています」
考えることが目的。そのために、まずは人が集える場所と、
みんなで食べたり飲んだりできる場所が必要だということで
「OPEN PLACE」と「KITCHEN PLACE」をつくった。
OPEN PLACEは、使い方を限定しない、多目的スペース。
展覧会もできるし、結婚式の会場として使ってもいい。
「ひとつひとつの建物が器のようになればいいなと思っています。
そのときによって違う料理が乗っているお皿のような存在にしたい」と豊嶋さん。
この場所がオープンした2012年9月には、ゲストを招き、
毎週連続でワークショップやレクチャー、ライブが催された。
森についての話をしてもらうのではなく、
ジャンルを横断して活躍しているような人や、
ちょっと変わった新しい活動をする人たちに、
この森に来てもらうことが大事だったという。
「この森がどんどん横に展開していくようなイメージ。
ここに人がいる状況で、この森がどう移り変わっていくのか。
そういうことを楽しんでくれそうな人に声をかけました。
同じことでも、東京でやるのとこういう環境でやるのは、
また違うできごとになったのではないかと思います」
現在は、OPEN PLACEで佐々木 愛さんの展覧会「Landscape Stories」を開催中。
佐々木さんも、豊嶋さんが当初からここで何かやってほしいと考えていた
アーティストのひとり。
佐々木さんは、これまでさまざまな場所に滞在しながら、
インスタレーションやペインティングの作品を制作してきた。
その土地の風景や、土地にまつわるストーリーからイメージを膨らませて、
制作していくというスタイル。
展示している新作は、制作中の絵画作品を持ち込み、
ここに滞在しながら完成させていった。
またこれまで世界各地で訪れた森を想い、『森をはこぶ』という
すてきなビジュアルブックを制作。その原画も展示されている。
「ここには数回来ていたのですが、制作に来てみたらやはりイメージが違いましたし、
毎日森の中にいて、自分の気持ちも少し変わりました。
だから新作は、全体のトーンをこの場所に合わせて調整したという感じ。
こういう贅沢な展示はなかなかできないですよね」
この場所の空気が絵に入り込む。自然とそうなってしまうと佐々木さん。
「近所に住んでいる人や、そこにあるものに影響されてしまう。
わりと単純に環境に左右されるほうかもしれません。
冬に八甲田に滞在していたら、雪山の絵ばかり描いていました(笑)」
戸田さんや豊嶋さんたちは、今後「NEST PLACE」の建設を企画中。
NEST=巣、つまり滞在できるスペース。
少しずついろいろな場所ができてくることによって、
関係性や新しい要素が見えてくる、と豊嶋さん。
「滞在できる場所が増えたりすると、またいろいろなことがつながったり
起こったりするんじゃないかと思います」
生きている森のように、有機的にいろいろなことが生まれ、広がっていく。
まさにこの森は、多くの人にひらかれた場所なのだ。
information
森をひらくこと、T.O.D.A.
住所 栃木県那須塩原市戸田12-1 TEL 0287-68-1031
KITCHEN PLACE 11:00 ~ 17:00(L.O. 16:30、火曜定休)
佐々木 愛「Landscape Stories」
2013年4月27日(土)~5月26日(日)
OPEN PLACE 11:00 ~ 16:00(火曜休館)
料金:500円
http://www.toda.jp.net/
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