連載
posted:2015.9.8 from:岐阜県大垣市 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!
writer's profile
Tetra Tanizaki
谷崎テトラ
たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/
メイン写真
Suzu(Fresco)
スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/
岐阜県大垣市にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)。
情報科学技術と地域文化を結びつけ、
産業界と連携するさまざまなプロジェクトを行っている。
前回はIAMASが行っている地域の連携や共創について取材した。
今回はIAMASの新しいイノベーションの創出について、
小林 茂教授にお話をうかがった。
IAMASでは県内外の企業・団体とさまざまな連携を行っている。
高度な技術を共同で研究開発する一方、
社会の期待となるようアイデアを創造している。
小林さんはそのコーディネートや商品開発などを行ってきた。
具体的にはどんなプロセスで進んでいくのか。
「岐阜県内には製造業を中心に多様な地場産業があり、
同時に情報産業にも力を入れている。
それらをかけ合わせることで
イノベーションを起こしたいと考えた行政からの発案として、
FAB 施設のようなものをつくることで、地場産業と情報産業を混ぜ合わせ、
イノベーションを起こす拠点にできないか、という提案があったんです。
それを受けて2012年にデジタル工作機械を備えた市民工房〈f.Labo〉を
立ちあげたとき、見学者だけで1000人以上がやってきました。
ワークショップを通じて多くの市民が利用し、
ある企業がデジタル工作機械を使って素早く試作品をつくり、
それを元に特許をとったような事例はいままでもありましたが、
単に工房を開いているだけで異業種が混ぜ合わされることはありませんでした」
どうしたら混ぜ合わせられるのか。ただ施設だけつくってもだめ。そのためには
「いままで一緒にやるようなことがなかった人たちが
コラボレーションすることが必要」だと小林さんは考えた。
そうしてできたのが〈コア・ブースター・プロジェクト〉だ。
「ビジネスの種は、いろんな人と人が出会うなかで生まれてくる。
でもそれを商品などのかたちにして、
世の中まで送り出そうと考えると時間も労力もかかる。
途中で失速して消えていくパターンも見てきました。
だったらちゃんと世の中に出すところまでをブーストしようと。
そのやり方がコア・ブースター・プロジェクトというものです」と小林さん。
思いついてから、1週間くらいで企業に声をかけ始めた。
「最初に、それまでにIAMASやf.Laboとつながりのあった
岐阜県内の地場産業の中でものづくり系の人々に参加を呼びかけました。
そして、スマートフォンのアプリやウェブサービス、
基幹システムの開発など情報産業の人です。
新しいことを始めるので集まってください、と」
2013年に最初の企業説明会を行った。
プロジェクトマネージャー、デザイナー、ソフトウエアやハードウエアの開発者など、
十数社、30人ほどの人たちが集まったという。
「参加の意思を示したところには、その人が
何ができて、どういう目的で参加したいのか、どのくらい予算を動かせるか、
権限はどのくらいかなど、ひとつひとつヒアリングに出かけました。
それぞれどこと組めるか、利害関係などを調整して、
それをもとに5つのチームをこちらでつくったんです」
小林さんたちは、それぞれのチームにインプットになるような
技術のハンズオンやフィールドワークを提供し、
各チームがコアとなるアイデアを見つけ、
アイデアを統合し、コンセプトをかたちにしていくところまでをサポートした。
そうして現在、第一弾として商品化まで進行しているのが、
傾けることでほのかに底面が光り、
お酒を飲む場面に彩りを添える酒枡〈光枡—HIKARIMASU〉だ。
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全国の木升の生産量の8割を占める岐阜県大垣市。
明治時代に始まる升づくりの地場である。
しかし市場規模は年々縮小しているという。
大橋量器は大垣市にある木升専門店。一貫して枡をつくり続けてきた。
伝統的な升はもちろん、珍しい八角形の升や動力を使わない加湿器まで、
多彩な商品が揃う。
初年度のコア・ブースター・プロジェクトのチームのひとつは、
大橋量器の経営者兼木工職人、印刷会社サンメッセのカメラマン、
ITに専門特化した人材サービスやアウトソーシングサービスを行う
パソナテックのプロジェクトマネージャーとソフトウェアエンジニアなどで編成した。
「この回では、まず最初にアイデアをかたちにするときに
重要なツールとして3Dプリンターやレーザー加工機の活用の方法を
最初に体験してもらいました。
次に、集まったメンバーみんなでアイデアを紙の上でスケッチとして書いて、
それをお互いで共有しながらディスカッションして、
バラバラなものをだんだん統合していきました。
実は、このチームでは最初“升を光らせたら”というアイデアが出たとき、
チームのなかで却下されたんです。
でも、次のミーティングでそのメンバーが
実際に光る升を自作して持ってきたんです。
そうしたら“おもしろい!”ということになって、
捨てられる直前のアイデアがかたちになりました」
いわゆるIoTのプロトタイプは外部に発注すると大きな金額になるが、
多様なスキルや視点、経験を持つメンバーがお互いに協力すれば
数千円のモジュールを組み合わせるだけでも実現できる。
そういうことを体験してもらうことで、
アイデアの種(コア)を人々が実際に見たり触れたり、
感じたりできるところまでブーストすることができる、という。
また商品の対象となるユーザーへの調査やフィールドワークなども行い、
“あったらいいな”というアイデアを、実際に“売れる”ものへと進化させていく。
その過程では製品にするために解決しなければならない課題もあった。
「最初に、傾けることで光る枡のコンセプトプロトタイプをつくるところまでは
チーム編成からわずか3か月でできました。
しかし、それを製品にするためには、
器として洗えるようにしなければならない、
耐久性を確保しなければならないなど多くの課題がありました」
実際に試作し、さまざまな角度から顧客の使用シーンのイメージを共有する。
そうしてアイデアの種(コア)から、商品化までをサポートしていく。
現在、 光枡はクラウドファンディングサービス にて支援を募集している。
コア・ブースター・プロジェクト以外にも、
IAMASはハブとして岐阜の企業が有機的に結びつくさまざまな取り組みをしている。
そのひとつが手仕事とデジタルファブリケーションをするプロジェクト
〈ファブリケーション&サステナビリティ〉。
手作業を中心に発展してきた工芸と、3Dプリンターやレーザー加工機、
CNCといったデジタル工作機械により、
デジタルデータを元に製造するプロジェクトだ。
IAMASイノベーション工房をベースに、木工や木造建築、環境教育、
里山などのスペシャリストを養成する岐阜県立森林アカデミーや
岐阜県大垣市の建築設計事務所〈TAB〉と連携しながらの取り組みだ。
「Makerムーブメントの時代において、デジタルファブリケーションを活用した、
小規模でも持続可能なビジネスとコミュニティ、
そしてそれらを可能にするツールの可能性を探究し、実装していきます」
デジタル工作機械を活用し、工芸分野の人々とも連携しながら
家具や住宅の内装などについてさまざまなアイデアを
1/1 スケールで制作。それをMaker Faireのようなイベントで展示したり、
試験的に販売したりすることを通じて製品としての実現性を検証していく。
このプロジェクトの原型となった取り組みで
数年前から蓄積されたノウハウやネットワークが
きっかけとなって生まれたブランドが〈mikketa(ミッケタ)〉だ。
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mikketaはIAMASがマッチングのコーディネイトをしたプロジェクト。
創業1887年の老舗繊維製造業の三星毛糸株式会社と
建築&デザインのスペシャリスト集団、
株式会社TABによるコラボレーションプロジェクト。
それまで産業廃棄物として捨てられてきた、
生地の製造過程で発生する廃材を活用した、
いわゆるアップサイクルによる商品を開発してきた。
「廃棄物に問題意識を持った三星毛糸の社長から、
製造過程で廃棄物となってしまう余り糸や布の切れ端、
糸巻きの芯などを、違うかたちで生かせないかと相談があったんです。
これは、もともと高級商品のもので質感もいいものでした。
これからの企業のあり方として
アップサイクルを実現したいとお考えのようでした。
1年弱のさまざまな試行錯誤ののち、
代官山にある三星毛糸のショールームで商品内覧会を行ったところ
メディアなどにも注目されて、
代官山蔦屋書店でのポップアップストアや伊勢丹との商品開発など
次々とコラボレーションが生まれています。
現在は、雑貨やアクセサリー、ランプシェードなど
さまざまな商品を開発しています」
mikke(発見)+α(工夫)=mikketa(ミッケタ)である。
今回の取材を通じ、IAMASは
さまざまなスタートアップの気配に満ちていると感じた。
今後、こういったプロジェクトに投資が集まっていくことがあるのだろうか、
と聞いてみた。
すると「お金だけあっても、モノはできないんです」と小林さん。
「VCやエンジェルがいても、ソフトウエアと違って、
ハードウエアはリスクが大きいからなかなかお金が生まれない。
なにより投資家はスマートウォッチ〈Pebble(ペブル)〉が
クラウドファンディング〈Kickstarter〉で資金を集め、
ブレイクすることを見抜けなかったんですよ。
投資というと皆お金のことしか考えないけど、
それぞれが持っているものを提供しあうことで、“モノづくり”はできるんです。
アイデアだけ持っていて、どこかに製造を委託するというなら、
数千万のお金なんてすぐに溶けちゃう。
そうではなくて、多様なスキルや視点、経験を持つ人々が
お互いに協力することで、アイデアから製品化までを一貫して行えば
少ない初期投資でも実現できます。
そして、クラウドファンディングを活用して本当に欲しい人がいるものを、
必要とされる数だけつくることで、極限までリスクは下げられる。
例えば光枡で言えば、大橋量器が升は自社で製造できるし、
パソナテックがアプリはつくれるし、
基板は少量からでもつくれるようになっている。
持ってるスキルをお互い提供しあうことで“モノづくり”はできるんですよね。
直接お金をださなくったって、それを投資と考えれば“モノづくり”はできる」
そこから利益があがってきたら、
分配はそれぞれのコントリビューションにしたがって決めればいいのだ、という。
「ただおもしろいことに、今回、地域の銀行が興味を持って
クラウドファンディングの準備段階で“協力”というかたちでジャンプインしてきた。
さまざまなかたちでサポートしてくれています。
クラウドファンドが成功したらそれをエビデンスにして、
投資しましょうよということもありえるんです」
資本は“お金”ではなく、“社会関係”のなかにある、と言えるのかもしれない。
モノづくりの世界はお金がお金を生み出す“マネー資本”ではなく、
地場の社会関係資本に立脚する。
人々の恊働が活発化することにより、地域の価値創造や活性化、
そしてイノベーションの創出につながる。
それをコーディネートするのがIAMASのユニークな存在価値なのかもしれない。
Information
情報科学芸術大学院大学(IAMAS)
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