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地域にクリエイティブな力を
実装したい!
情報科学芸術大学院大学(IAMAS)
産業文化研究センター
金山智子教授

貝印 × colocal
「つくる」Journal!
vol.018

posted:2015.9.1   from:岐阜県大垣市  genre:アート・デザイン・建築

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!

writer's profile

Tetra Tanizaki
谷崎テトラ

たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/

メイン写真

Suzu(Fresco)

スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/

奥美濃ソウルトレイン

この夏、岐阜のローカル線の車両がクラブさながらの空間になった。
岐阜の情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が
長良川鉄道とコラボレーションして
〈奥美濃ソウルトレイン〉と名づけた特別列車だ。
列車内にスピーカーやDJブース、照明などが設置され、
クラブミュージックにアレンジされた郡上・白鳥おどりで
非日常の祝祭空間を演出する。
さらに、地面を蹴る動作に合わせて光る踊り下駄〈蛍駄(KETTA)〉を、
郡上発の下駄ブランド〈郡上木履〉の協力のもと制作した。

これまでもローカル鉄道をひとつの空間メディアととらえ、
岐阜県内の鉄道事業者と連携して
さまざまなプロジェクトの実践を行ってきたIAMAS。
ローカル鉄道+クラブカルチャーに加え、
地域の伝統産業+先端的技術の融合の事例である。

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この企画を仕掛けたのは…?

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地域とつながるものづくり大学院

この奥美濃ソウルトレインを企画したのが
岐阜県大垣市にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の金山智子教授。
IAMASはインタラクション、デザイン、メディアアート、映像、音楽、
美学、コミュニティ、ネットワークなどさまざまな専門分野の
研究や活動を行っている大学院大学。
“先端的技術”と“芸術的創造”との融合を理念に掲げている。
近年は産官学の連携も活発だ。

金山智子教授に、お話をうかがった。
まずはIAMASの研究活動や背景となるフィロソフィーについて。

「IAMASは来年で20年をむかえるんですが、
もともとはメディアアートの先端を行くアカデミーとして設立されました。
現在はメディアアートだけではなく、ものづくりや、
地域との連携など、より広く多様なかたちになってきています。
最大の強みは、アーティスト、デザイナー、エンジニア、
ソーシャルサイエンスなど、異なる領域の人たちが一緒に
新しいものを創造していくこと。
これは簡単なことではなく、自分の専門分野を超え、
混じり合っていく共創のプロセスをみんなで議論し見直しながら、
ずっとやってきたことです。
日本でもそういった教育・研究機関はほとんどないと思います。
教員は19人いるんですが、全員それぞれ分野が違う。
違う分野の人がミックスされて、
新しいものを創造していこうというスタンスがあるんです」

もともとは岐阜県の高度情報化政策のなかで、
研究教育機関のアカデミーとして構想されたという。
現在は社会と文化の新しいかたちを提案し
実践していくことを目指した大学院大学である。
金山教授は産業文化研究センター長として産官学の連携、
特に地域とつながるさまざまなプロジェクトを手がけている。

情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 産業文化研究センター長の金山智子教授。

地域や市民のエンパワーメント

金山教授の専門は、地域コミュニティとコミュニケーションや、
市民のエンパワーメントとメディアなど。
主な著書は『コミュニティメディア』(慶應義塾大学出版)、
『NPOのメディア戦略』(学文社)、
『ネット時代の社会関係資本形成と市民意識』(慶應義塾大学出版)。
近著では東日本大震災の直後のコミュニティラジオを取材した
『小さなラジオ局とコミュニティの再生~311から962日の記録』
(大隅書店)などがある。
最近は、IAMASのデザインやアートと地域社会と結びつけ、
そこから新しいニーズを創造することに取り組んでいる。

「メディアを使って、小さなコミュニティとか、田舎の過疎地だったり、
離島のような場所を活性化させること。
人であれば、高齢者、子ども、お母さんたちを
エンパワーしていくことに関心がある」と言う。

オハイオ大学など米国で情報学やコミュニケーション学を学んだ金山教授は、
市民があたりまえのようにネットやメディアやテクノロジーを使って
意見を発信している現場を見てきた。
「メディアを使うことでコミュニケーションが活発になっていき、
自分たちの意見や声を外に出していくことができる。
そうすることで市民が力を持つことができる」ことを
米国で実感したという。

考え方のベースは「問題解決志向」ではなく「可能性志向」。
IAMASの持つ先端技術や芸術性と地域コミュニティとの連携に
さまざまな可能性を感じた、という。

コミュニティ・メディアによって市民・NPO・行政・営利団体などがつながり、地域がエンパワーされることに注目。金山教授はこれまでに北海道から沖縄まで、全国約100局及びそれに関わる多くの地方自治体に訪問調査した。写真は東日本大震災直後の陸前高田臨時災害FM。東日本大震災のときにはコミュニティFMが大きな役割をはたした。写真提供:金山智子

東日本大震災の発生直後から現地入りし、支援活動と並行して進められたコミュニティラジオのフィールド調査をもとに作成したドキュメント。『小さなラジオ局とコミュニティの再生~311から962日の記録』(大隅書店)

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地域開発の“ABCD”とは

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地域にクリエイティブな力を実装していくこと

実際に地域コミュニティとの連携は、どのようになされていくのだろうか。

「ひとことで言えば、地域にクリエイティブな力を実装していくこと」と、金山さん。

「90年代のはじめからあった言葉で、
地域開発に“ABCD”という考え方があります。
これはAsset-Based Community Development
(アセット・ベースド・コミュニティ・デベロップメント)の略なんです。
アセットというのは“資産”。人もそうだし、建物、インフラ、自然、
祭り、伝統的なものなど、いろんなものを“資産”と考える。
それをベースにコミュニティを開発していくというものです。
“資源”(リソース)と“資産”(アセット)って違うのです。
“資産”って自分にとって大事なものなんです。
自分にとっての“お宝”も資産です。
地域を見渡すと、地域のなかにあるアセット(資産)と言えるものもある。
なんにもないと思うようなところにも人がいて、
そこに“お宝”と思えるものがあると“資産”になる。
“資源”は使うもの、“資産”は大事にするものなんです」

“資産”というと日本では流動資産や個人の金融資産をイメージするが、
アセットの定義はもう少し幅広い。
培うもの。そんな“地域の資産”を生かす試みをしたいという。

「その“資産”を地域の人とコ・クリエーションしていく」ことが大切と
金山さんは言う。

美濃市〈美濃のいえ〉。築80年ほどの古民家を拠点にさまざまなプロジェクトを展開中。写真提供:IAMAS

美濃のいえ

金山さんが手がけている具体的な事例として、
美濃市の〈美濃のいえ〉がある。
歴史的街区〈うだつの上がる町並み〉のなかにある
築80年ほどの古民家を拠点とし、アートやデザイン、
ものづくりなどの活動を行っている。

「これは古民家と古い伝統のあるまちに対して、
IAMASはどんな表現ができるかなってところから始まりました。
はじめの1年目はラジオや、デジタル工作機械による作品の展示や、
プロジェクションやワークショップなどを展開しました。
自分たちの表現を入れていくとまちの人はどのように変わるのか
という働きかけです。
2年目は地域の人と一緒に交わることができるように、
庭でパーティをやったり、石釜をつくって地域の人に使ってもらったり。
廃棄される和紙の裁ち落としをもらって、
地域の人と一緒に作品をつくったりしました。
いま3年目を迎えたんですが、活版印刷の機械をもらったので、
これを使っていろんなことやろうと思っています。
家にあるもの、まちにあるものを使って、
地域の人と一緒にやれたらいいなと思っています」

IAMASの創造性と伝統的な地域を結びつけることで生まれる、
新しいコミュニティ・デザインの試みだ。

活版印刷というレトロなメディアを手にした美濃のいえ。ここから新しいプロジェクトがスタートする。写真提供:IAMAS

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岐阜県本巣市根尾地区での取り組み

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“恊働”から“共創”へ

岐阜県本巣市根尾地区(旧根尾村)では、
NEOCO(根尾コ・クリエーション)というプロジェクトが進んでいる。
地域が育んできた知恵・技術や経験を、
新しい技術や視点をもって捉え直し、持続可能な地域社会や暮らしを、
現代の文脈において考えていくプロジェクトだ。
根尾の空き家を活用した拠点づくり、
利器収集を中心としたフィールドワーク、
地元住民によるワークショップ、廃校の活用などを行っている。

「NEOCOでは古い建物をリノベ―ションしています。
いつ完成ですか? と聞かれることがありますが、完成はしないんです。
ずっと進化するんです、と答えます」

“問題解決志向”ではなく“可能性志向”。
なにかゴールがあってそこに向かうプロジェクトではなく、
“恊働”するための場をつくり、多様な人たちが関われる場をつくる。
ネットワークのハブとなるような空間を設計しているのだ。
プロジェクトは、地元住民や地縁組織、森林組合や自治体、
学校などとの連携によって進めている。

社会関係資本(ソーシャルキャピタル)という言葉がある。
これは他の人に対して抱く信頼や、
持ちつ持たれつなどの言葉で表現される互酬性の規範、
そして人々の間の絆である“ネットワーク”のことを指す言葉。
「ネット時代においては“恊働”によるプロセスが
“社会関係資本”を増大させる」と金山さん。

「人と人がこの地域のなかで、お互い相手のためになにができるか、
相互に関係しあっていくこと。
それがひとつの社会を生み出す“資本”となっていくこと。
物物交換とか、もうひとつの経済と言われるものにも関わってくる。
“社会関係資本”というと新しいものに感じるかもしれないけど、
昔の日本にはあったと思うんですよね」

そしてさらにこうつけ加えた。

「参加者のネットワークは互酬性の意識の醸成とともに拡大していくのです。
しかし“恊働”の先にある“共創”がさらに大切と考えています。
ここでのキーワードは“共創”。
共創とは、新たな価値を“共に”“創る”。
さまざまな立場の人が対話しながら新たな価値を作り上げること。
英語でいうとコ・クリエーション。
〈NEOCO〉という名称は根尾のコ・クリエーションだから。
根尾地区の地域資産(人・土地・モノ・知識・伝統・制度など)を
地域の人とクリエーターや研究者が一緒に調査し、
新しいデザインやテクノロジー、アートと結びつけながら
地域の新しい可能性を見つけていくという地域共創研究だという。

根尾コ・クリエーション プロジェクト。旧根尾村時代に商工会の事務所として使われていた建物を地域の人と一緒にセルフリノベーション。サイン、壁面の棚、エントランスのウッドデッキは、地元の製材所から入手した木材でつくるなど、材料はできるだけ地域から手に入れている。建物内のディレクションは、共にプロジェクトを進める大垣の建築デザイン事務所、株式会社TABが手がけている。写真提供:IAMAS

拠点“ねおこ座”のオープニングでは、ここで使う椅子とランプ・シェードづくりのワークショップを実施。写真提供:IAMAS

次回、新しいイノベーションの創出について、
IAMASの小林 茂教授にお話をうかがいます。

後編【地場産業+情報産業でイノベーションを起こす情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 産業文化研究センター 小林 茂教授】はこちら

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