名古屋の暑い夏、 演劇と美術を楽しもう。 劇団・地点「茨姫」と ボタニカルアート展「芸術植物園」

みなさん、夏休みのご予定はすでにお決まりでしょうか?

夏休み期間である8月13日(木)〜15日(土)の3日間、
愛知芸術文化センター(愛知県美術館・愛知県芸術劇場)で、
演劇と美術展のコラボ・キャンペーンが実施されます。
対象となるのは、愛知県芸術劇場で上映される演劇「茨姫」と、
愛知県美術館で開催中の展覧会「芸術植物園」。
名古屋の暑い夏、ひんやり涼しく一日を過ごしてみてはいかがでしょう。

「茨姫」には、架空の病気「冬虫夏草症」に感染した少女が登場。
現実世界と夢の世界の境界がわからなくなるような不思議な物語です。
この劇団「地点」は美術家からも評価が高く、
ロックバンド「空間現代」と舞台で共演するなど、
新しい試みを行ってきたカンパニー。
今回は、役者が寝た状態で喋る寝言のような演技を取り入れていたり、
観客よりもステージが下にあって、役者たちを見下ろして鑑賞するなど、
斬新なスタイルの作品となっています。

写真:「茨姫」よりイメージカット(撮影:羽鳥直志)。

会場の「愛知県芸術劇場小ホール」。

そして一方の「芸術植物園」は、
植物の拓本から架空の植物画まで様々な「植物」に出会える展覧会。
企画プロデューサー自らが足を運び全国から集めた、絵画、陶器作品から
現代アートまで、約130点のボタニカルアート作品が並びます。

渡辺英司《常緑》2004-2015年 プラスチック(人工芝) 作家蔵

小茂田青樹《薫房》1927年 紙本着色 福島県立美術館

小さなリノベーションを 繰り返すことで、見えてくる都市。 403architecture [dajiba] vol.5

403architecture [dajiba] vol.5

第5回目となる今回は、浜松の中心市街地、ゆりのき通りにある〈三展ビル〉にて
〈EE〉というセレクトショップを営む、松尾龍一さんに話をうかがっています。
第1回を担当した、橋本健史がインタビューしてきました。

三展ビルには、第1回でインタビューした林さんの美容室〈enn〉、
EE、さらにもうひとつ手がけたプロジェクトがあるので、
僕たちのプロジェクトが合計3つも同居しているビルでもあります。

また、松尾さんは、三展ビルのリノベーションの前に、
僕らが浜松市内のマンションの一室をリノベーションした、
プロジェクト〈海老塚の段差〉に入居していたということもあって、
場所も人もさまざまにつながっています。

©kentahasegawa

「海老塚の段差」

不動産のマネージメント会社から依頼で、築40年のRC造3階建のマンションの一室をリノベーション。もともとは小さな4つの部屋にわかれていたが、壁をなくし、さらに床の半分を取り壊してスキップフロアのワンルームとした。天井高の高いフローリングのエリアと、一般的な天井高のコンクリート平板を敷き詰めたエリアがある。松尾さんが入居後は、セレクトショップ<EE>として、オープンしていた。

橋本: まずは僕らが〈海老塚の段差〉と呼んでいる、
物件に入居された経緯からお話いただけますか?

松尾: 結婚を機に夫婦ふたりで住むための部屋を探していたときに、
知り合いから「こんな物件があるよ」って教えてもらったのがきっかけかな。
普通に住むためだけの物件をいろいろ探してたんだけど、
まぁ、どこも変わり映えしないし、自分の気に入った家は、半ばあきらめてた。
でもあの物件を見たら、そのとき副業として、
週末だけカフェの一角で服を売ってたんだけど、
ここなら、店もやれるんじゃないかと思って。

入居前。©kentahasegawa

入居後。©kentahasegawa

橋本: じゃあ、最初から店舗兼住宅を探していたわけじゃなかったんですね。

松尾: そうだね。物件に出会って、思いついた。

橋本: 入居後、店舗用にいろいろご自分で手を入れてましたよね?
水道管を加工して、天井から吊り下げたハンガーラックとか。
天井に穴をあけて、ラックをつくるなんてかなりの技術が必要ですよ。

松尾: 入居初日から天井に穴を開けたら、上の階の人から怒られた(笑)。

橋本: 天井ってコンクリートですからね(笑)。
コンクリートとなると、専用の道具が必要ですけど、ハンマードリルとかは持ってたんですか?

松尾: ennの林さんに借りた。
ハンマードリルじゃなくて振動ドリルだったから、時間もかかるし音もすごいし。

橋本: あと、スキップフロアの下に設置していた、木の階段を移動させてましたよね。
あれって、もともとは床を支えてた梁材というか、大引っていうんですけど、
かなりしっかりした部材を切断して積み上げたものだったので、めちゃくちゃ重いんですよ。
プラン的に動かす可能性があるので、あえて床に固定はしてなかったんです。
ただ、つくってみたら重すぎで、誰も動かせないかもと思ってたんですが、
まさかスキップフロアの上に持ち上げられるとは予想外でした。

松尾: あれねえ、ほんとに重すぎて、俺うんこもらしたもん(笑)。

橋本: (笑)。

松尾: 超がんばったよ。

松尾さんが天井に取り付けた水道管のハンガーラック。移動した階段は、シューズディスプレイとして転用されている。©kentahasegawa

橋本: あと、寝室と店舗を仕切るカーテンも自作されてましたね。

松尾: もともとあったカーテンは、ちょっと透け気味だったから。

橋本: カーテンの奥が寝室になってましたからね。
初めてお店にうかがったときに、使いこなし方にはびっくりしました。
まずもって水道管をこんなに自由に扱えるというのは、
明らかに僕らよりも技術があるというか。カットしてちゃんとネジも切っていて……。

松尾: 水道管ラックのネジ切りは人に頼んだんだよ。
周りにそういうことをやってくれる業者さんがいるから。

橋本: はじめはスキップフロアの上のほうだけがお店で、
下のほうは住宅として使っていたじゃないですか。
その後、全体がお店になりましたよね。あれはなぜそうなったんですか?

松尾: だんだん販売スペースが手狭になってきたのと、
住むスペースとしてもやっぱりちょっと狭かったから。
そしたらちょうど、弟夫婦が住んでた、実家の隣の一軒家が
まるまる空いたっていうのもあって、住む場所だけ引っ越した。

橋本: なるほど。マンションの一室で、洋服屋さんをやるっていうのは、
この辺だとあんまりないっていうか、駅から車で15分とやや離れてますし、
知ってる人じゃないとまず行けない場所でしたけど、そのあたりはどう考えてましたか?

松尾: もともと浜松で雇われで服屋さんをやってたから浜松のお客さんが多いんだけど、
浜松のあと、車で40分くらいの掛川市のカフェで、週末営業していて。
それでもまぁまぁ浜松から来てくれた。
そういう経験があったから、どこでもいいってわけじゃないけど、
アクセスのよさよりは、おもしろいとこでやるのがいいんじゃないかと思って。
雇われてたときは路面店だったんだけど、
そのあとカフェの一角でやって、マンションでやって、
いまここは2階だしね。あんまり誰でも入りやすいような感じにはしたくなくて。

©yoichirosuzuki

橋本: ふらっと入ってくる人はほとんどいないっていうか、
基本的には知り合いが来る感じですよね。

松尾: まぁ、そんなにウチで扱ってる服って、安いとは思わないし、
やっぱり誰かからの紹介で来る場合のほうが、買ってくれる確立も高いわけ。
お店も狭かったから、あんまり回転させるというイメージがなくて、
それだったらじっくりひとりひとり接客したいなと。

ennは、美容院だし基本1対1じゃない。
ああいう感じで、予約こそしないけど、
かなりプライベート感のある空間にしたかったというのはある。
あと、あそこはキッチンもあったから、
そういう商品も扱って、生活空間が見せられるからこその提案もできたし。

©kentahasegawa

橋本: 洋服を売るお店として使う場合、キッチンがあると邪魔になりそうなものですが、
逆にキッチン関連の商品も扱うようにするっていう発想がすごいですよね。

僕としても、使われている状況を見たときは相当衝撃的で。
というのも、海老塚の段差では、段差の上にあたるコンクリート平板を敷き詰めたところと、
段差の下の天井高の高いフローリングの場所とをつくっているんですが、
これがそれぞれどういう使われ方をするかは、一応いろいろ想定しているわけです。
ダイニングテーブルを配置するならこういうパターン、
SOHOとしてデスクが置かれるならこういう感じとか、
ベッドはどちらにも置くパターンがありえるとか。

基本は住むことが前提で、プラスアルファで仕事をしたり、
なにかものをつくったりする人が入ることを想定はしていたんですが、
実際に使われている状況は、想像をまったく超えていて。まさか店を開いちゃうとは。

入居前。写真右のコンクリート平板の下は、収納スペースになっている。©kentahasegawa

松尾: そうなんだ(笑)。あの場所だから、お店ができるなと思ったんだけどね。

橋本: そうなんです。
そういう、使い手が空間から影響を受けることによって何か発想が起きて、
その使い手の想像力に影響を受けて、またつくり手が新しい発想を得るというのが、
健全な関係というか。使いたい通りにつくらせるとか、つくった通りに使わせるとか、
そういう一方的なものではなくて、空間を通したコミュニケーションが起こることが、
創造的なことだと思うんですよ。

海老塚の段差から出て、ここ三展ビルに移転して来たのは、どういう理由からですか?

松尾: 正直、別に全然出ようと思ってなかったんだけど、
三展ビルが空いたってennの林さんに聞いて。
それまでも何回かennをイベントで使わせてもらったりしてたから、
お客さんにも場所にもなじみがあったし、
〈海老塚の段差〉が手狭になってきたっていうのもあったから。
家賃的なこととかも林さんがかけあってくれたり。
それだったら、移転してみようかなと。
三展ビルの雰囲気とか、ennの内装とかは好きだったけど、
まさか自分が入るとは思ってなかったけどね。

橋本: そうして僕らに設計を依頼していただいてできたのが、
この〈三展の天井〉なわけですね。
インテリア全体をつくり込んでいくというよりは、バックルームをどうつくるか、
という相談って感じでしたね。それ以外は、結構入れ変わるし、
什器もご自分で選んだものがあるからと。

©kentahasegawa

「三展の天井」

古いRC造のビル〈三展ビル〉にある、セレクトショップ。30ミリ角の木材とスチール角パイプが格子状に組まれ、天井から吊られている。バックルームとしてストックなどを収納するほか、ハンガーを直接かけたり、照明の取付、配線スペース、ディスプレイのガイドなど、入れ替わりの激しい店舗としての運営をサポートする。

〈吉田工務店〉 地元を知っているから可能な 地域になじむ家づくり。

県産材を見る目を養う

1960年創業、宇都宮にある〈吉田工務店〉。
大工だった父親を引き継ぎ、現在は2代目の吉田悦夫さんが代表取締役を務めている。
かつて日本のほとんどの家がそうであったように、
吉田工務店も、普通に自然素材を使用していた。
時代の流れで新建材を使ったこともあったが、
現在では再び自然素材での家づくりに取り組んでいる。

特にこだわっているのが、木材だ。
父親の代から〈吉田材木店〉を併設することで、木材を見る目も鍛えられている。
より専門的な視点で木材を選び、自ら乾燥も行っている。

宇都宮にあるモデルハウスは、すべてそれらの県産材を使用している。
「栃木の県産材である八溝杉を使っています。
地域の木材を使えば、その地域になじむので、風土に合うと思います」という吉田さん。

代表取締役の吉田悦夫さん。

モデルハウスには〈宇都宮現代町家〉と名づけられている。
宇都宮のことを熟知した地元の工務店が建てることに大きな意味がある。

「季節ごとの風向きや強さ、陽射しの向きなどを考えて設計します。
例えば夏は、新鮮な空気を家のなかに呼び込めば、熱を持ち去ってくれるのです。
風や光を、どのように暮らしにとり入れていくか。それを考えます」

たしかに開放感のある大きな窓は光をたっぷりとり込み、
風が通っていくのが感じられて気持ちいい。
風や光などの気候条件を知り尽くした設計デザインになっているのだ。
自然素材を使うということは、家の材料だけでなく、
こういった自然環境もうまくとり入れることともいえる。
地元工務店がその地域に一番詳しいというのは当たり前のこと。
地元に根づく工務店だからこそ、より良い提案ができるのだろう。

高台に建つモデルハウス。景色は最高。

テラスとシームレスにつながる。

被爆70年のヒロシマから 表現を考える展覧会 『ライフ=ワーク』開催中

石内都《ひろしま #99》資料寄贈者:Hagimoto Tomiko 2014年 作家蔵 ©Ishiuchi Miyako

戦後70年。戦争について考える機会も多いこの夏ですが、
広島市現代美術館では「被爆70周年 ヒロシマを見つめる三部作」の第1弾として、
『ライフ=ワーク』という展覧会が開催中です。

この展覧会では、広島の被爆者たちがその体験をもとに描いた
《原爆の絵》を出発点に、自身の人生と表現、
つまり生きることと作品が強く結びついた13の作家たちの作品を紹介するもの。

凄惨な状況を生々しく描き出した《原爆の絵》からは、
戦後も消えることのない被爆者の苦悩が伝わってきます。

小野木明《原爆の絵(柱の下敷になった母親とその助けを呼ぶ少女)》1974年頃 広島平和記念資料館蔵 ©The Estate of Onogi Akira

シベリアで抑留され、その体験を『シベリヤ・シリーズ』の連作に描き続けた香月泰男、
爆心地で二次被爆し、両親も原爆で亡くした殿敷侃などの作品のほか、
被爆者の衣服などを撮影した『ひろしま』シリーズを継続的に制作している石内都など、
現代の作家の作品も展示されています。

香月泰男《運ぶ人》1960年 山口県立美術館蔵 ©The Estate of Kazuki Yasuo

殿敷侃《釋寛量信士(鉄かぶと)》1977年 個人蔵 ©The Estate of Tonoshiki Tadashi Courtesy of Shimonoseki City Art Museum

建築家・藤森照信さん 設計の草屋根が話題に! 自然と共にある菓子づくり 「ラ コリーナ近江八幡」

今年の1月、滋賀県の近江八幡市に
屋根一面が芝におおわれた“草屋根”のお店「ラ コリーナ近江八幡」がオープンしました。
こちらは、和菓子の「たねや」と洋菓子の「クラブハリエ」のメインショップ。
緑の三角屋根が、何とも目をひきますね!

ショップの1階は、職人さんが目の前でお菓子を仕上げる「できたて工房」や
和・洋菓子売場、2階は焼きたてのバームクーヘンが食べられるカフェになっています。
洋菓子売場は、クラブハリエのバームクーヘン専門店B-studioの中でも
最大のショップ・イン・ファクトリーなのだとか。
こうした施設とユニークな建物が話題を呼び、
各地からつめかけたお客さんで連日大賑わいとなっています。

クッキー生地にバームクーヘンを練り込んだ「バームサブレ」がのったソフトクリーム(ミルキー/クリーミー)

ふんわりとした生地に、つぶ餡とソフトクリームをはさんだ「どらソフト」(5月~9月下旬までの限定商品)。職人さんたちが注文後に一つひとつつくる「生どらやき」も人気。

さらにここには、一歩進んだ“農”の在り方を実践していく「たねや農藝」もあります。
これは、農業を研究・実践していく「北之庄菜園」や、
3万株の山野草を揃えた「愛四季苑(はしきえん)」からなる場。
じつは菓子の材料ともなる“農”は「ラ コリーナ近江八幡」が
一番大切にしている、根っこの部分なのだそう。
「共に生きる自然を感じ―― みずからの創造力に」をコンセプトに、
地域や大学との連携をはかりながら、
世代をこえて人々が自由に語りあい、つながりあえる場を目指しています。

今年の春からは、お米づくりもスタート。
メインショップの奥には4200平方メートルの田んぼと棚田があり、
従業員や学生の皆さんで田植えをしました。

田んぼを育てる目的は「近江の原風景」の再現。
お客さんにただお菓子を食べてもらうだけではなく、
土を耕し、苗を育てて刈り取るまでの自然の姿を見て、
自然のいとなみを感じてほしいのだそう。

こちらは合鴨農法の様子……ではなく、よく姿を見かけるようになったカルガモ。「ラ コリーナ近江八幡」には、いろんな生きものが集まってきます。

「ラ コリーナ近江八幡」の目印となる“草屋根”の設計を手がけたのは、
木の上の茶室など知られる建築家・建築史家の藤森照信さん。
そのほか、ランドスケープアーキテクトの重野国彦さんや
京都大学大学院・准教授の小林広英さんなどの方が関わっています。

建築家・建築史家の藤森照信さん

中古ビルの セルフリノベーションをサポート。 家族でつくる個性光る家。 ルーヴィス vol.5

ルーヴィス vol.5

みなさま、こんにちは。ルーヴィスの福井です。
今回は〈途中の家〉と名付けた、
現在も進行中のプロジェクトについて
施主のメッセージも交えながら紹介します。

このプロジェクトが始まったのは、2012年の夏頃だと記憶しています。

ある日、まだ20代だった高田陽介さん、尚子さんご夫婦が事務所に相談に来ました。
「RC地下1階地上3階建の事務所ビルを買ったのでリノベーションしたい」
いつもの相談と少し違ったのは
「自分たちでできる限りDIYしながらやりたいので、
できない部分をお願いしたい」ということでした。

その頃、“塗装は自分たちでやりたい!”というクライアントも増えていた時期。
ただ、日常の関係で挫折してしまう人も多く、
一瞬、不安を覚えましたが、陽介さんと尚子さんは、
初回の打ち合わせで自分たちが子どもの頃から思い描いていた
理想の家をものすごい熱意で話してくれました。
背景をうかがっていくと、陽介さんの両親は、
「理想の住まいを追い求めているうちにセルフビルドで一軒家を建ててしまった」方たち。
さらに、尚子さんは、
「子どもの頃に読んだ『三匹の子豚』の物語が忘れられず、
ひとつずつレンガを積んで家を建てるのが夢」と言います。
とにかく「自分たちの住む家は、自分たちの手でつくりたい!」
という熱意は人一倍感じたのを覚えています。
ふたりのあまりの熱意に
「なんとかなるんじゃないですか?」と返事をしたものの、
少し半信半疑だったのも正直なところでした。

工務店というのは現場を管理するのはもちろんですが、
工程どおりに職人を現場で動かしつつ、
クライアントが求める日までに適正なクオリティで
工事を完了して引き渡すことが求められます。
施主が通しで工事に参加することは、
スケジュール通りに工事が進行しないリスクを受け入れることになります。
直前で工程をリスケすることは職人の生活にも直結します。

どのような取り組み方がいいのかを考えた結果、
「施主と工務店の工事区分をしっかりとしたうえで、完成を前提としない」ことにしました。
当時、工務店が工期を明確にしないというのは、
建設業者として社会的には、疑念を抱かれるかもと思っていましたが、
高田夫妻の理想を実現するために、
そのリスクを負い、竣工しないことを肯定することにしました。
施主が途中でリタイアして、職人を入れたとしても費用が莫大に増えない、
もしくはあとからでも施主が対応可能な仕様を
仕上げとして逆算しながらプランを考えました。

工事スタート

陽介さんと尚子さんの「自分たちでできる限りDIYしたい」という話を信頼し、
まずはふたりに解体をお願いしました。

「壊すことから始まった家づくり。壁の石膏ボードはコンクリートの躯体にがっちりと接着されていて、開始早々苦戦を強いられることに」(陽介さん)

「学校の教室に貼ってありそうなプラスチックのタイルは、ペッカーという見たこともない機材をレンタルしてひたすら削り取りました」(尚子さん)

「大量に出た瓦礫を外に運び出す作業は、想像以上に重労働でした……」(陽介さん)

「躯体のコンクリートの素材感が気に入った部分は、壁をつくり直すのを止めて、グラインダーで表面を整えたまま内装として残すことにしました」(陽介さん)

慣れない解体作業に苦闘するふたりの様子は、facebookにアップされていき、
僕らは見守るだけでした。

「真夏の解体作業は過酷でしたが、
丸裸の家を見れたおかげでどこに何がついているかよくわかりました。
それに“夢のマイホーム”だからと言って買ったまま大事にとっておく必要はなくて、
むしろ家も暮らしの道具だと思ってどんどん使い込めばいいんだ、
と割り切った気持ちでスタートできたのはよかったと思います」(陽介さん)

解体作業終了まで、もうすぐ。

正直、解体作業って大変です。
粉塵まみれになるし、ケガもしやすい。
特に夏場は汗に粉塵がまとわりついて不快指数も上がります。
陽介さんと尚子さんのfacebookの写真を見て、
「もしかして、このふたりならこのままいけるかも」と僕は思い始めていました。

さらに驚いたのは陽介さんのお父さんのプロ並みの技術です。
多少スケジュールがずれたりもしましたが、
こちら側の工程進行に支障がないように少しずつ確実に進んでいくのです。

「すごく心強かったのが父の存在。僕の父は、母と力を合わせて独学でマイホームを建ててしまった“家づくりの師匠”とも呼べる人です」(陽介さん)

「壁の下地を組み、断熱材を入れて、石膏ボードを貼る。そういった内装の基礎はすべてお父さんに教わりながら進めていきました」(尚子さん)

「父に工具の使い方を教わっているときは、
子どもの頃に戻ったようでちょっと懐かしい気分でした」(陽介さん)

「父に教わりながら、リビングのフローリング用に合板で捨て張りをしていきます」(陽介さん)

「大地の芸術祭 越後妻有 アートトリエンナーレ」開幕! 蔡國強らの新作や 廃校を利用したスポットも

「ビエンナーレ」や「トリエンナーレ」という
名前のついた芸術祭が日本各地で行われていますが
その先駆けといえるのが「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。
新潟県の十日町市と津南町を中心とする6つのエリアにまたがった
760平方キロメートルにおよぶ広大な里山で開催される、国内最大級の芸術祭です。

この芸術祭のすごいところは、
過去5回にわたって開催された芸術祭と、
芸術祭の会期外を含む約20年間にわたる活動を通して、
常設展示されている芸術作品が約200点を数え、
そうした試みに地域住民たちもかかわってきたこと。

なかには草間彌生、イリヤ&エミリア・カバコフ、
蔡國強(ツァイ・グオチャン)、クリスチャン・ボルタンスキーといった
世界的なアーティストの作品も常設展示されているんです。

イリヤ&エミリア・カバコフ『人生のアーチ』photo:Junichi Kurakake

古郡弘『うたかたの歌垣』

今回はそれらに加えて、さらに約180点の新作が追加されます。
その顔触れを見てみると……
川俣正、戸谷成雄、原口典之、アネット・メサジェ、
シルパ・グプタ、イ・ブルなどなど国内外の著名アーティストのほかに、
珍しいキノコ舞踊団、ニブロール、指輪ホテル、鬼太鼓座といったパフォーマンス勢もずらり。

磯辺行久『土石流のモニュメント』(写真イメージ)2011年3月12日に起こった長野県北部地震による土砂崩れ跡と、その後つくられた砂防ダム(銅製セル式えん堤)を表現するもの。

さらにさらに!「光のアーティスト」として知られるジェームズ・タレルが
重要文化財の伝統的日本家屋「星野邸」をモデルに制作した、
大人気の宿泊施設でもある作品『光の館』が、15年ぶりにリニューアルオープン。

そして、1996年公開の懐かしの映画『スワロウテイル』(岩井俊二監督)に登場するバンド、
YEN TOWN BANDが、この芸術祭の期間中に1夜限りの復活を果たすとか。
うれしいニュースに早くも心を鷲づかみにされた人も多いのでは?

ページトップ写真:イリヤ&エミリア・カバコフ『棚田』

歴史ある銀行建築の再生から始まった、新しい地域づくり。 一般社団法人ノオト vol.04

一般社団法人ノオト vol.04

みなさん、こんにちは。一般社団法人ノオトの星野新治です。
vol.1に引き続いて担当します。

今回は兵庫県豊岡市の中心市街地を舞台として、
歴史的建築物の再生から動き出す、地域づくりについてお話していきます。

北但大震災から復興したまち、豊岡。

豊岡市は兵庫県北部に位置する但馬地域の中心都市で、
国の天然記念物「コウノトリ」を再生し、共に暮らすまちとして全国的に知られています。
そのほか、風情ある外湯めぐりの「城崎温泉」や、
歴史的城下町の景観が残る出石地区などの観光名所から、
地場産業の「カバン製造」など、さまざまな顔を持っています。
そして何よりも、カニなど日本海の海の幸から、神戸牛のルーツである但馬牛、
豊かな土壌が育む農産物までが揃う「豊かな食の宝庫」のまちです。

兵庫県立コウノトの郷公園で行われているコウノトリの飼育。

城崎温泉のまち並み。

多様な魅力を持つ豊岡ですが、
実は今から90年前、1925年の北但大震災により、壊滅的な被害を受けました。

M6.8・最大震度6の巨大地震は、
豊岡市街地や城崎を中心に、大半の建物が焼失するなどの被害をもたらしました。
現在の豊岡や城崎は、その壊滅的な状況から復興して築いてきた、
大切な「まち並み」や「生業」なのです。

当時の人々は復興に際して、
災害に強いまちを目指して、道路拡大や耐火建築の促進に取り組み、
復興建築として鉄筋コンクリートの建物が数多く建設されました。

そのひとつとして1934年に建てられたのが、〈兵庫県農工銀行豊岡支店〉です。
当時の洋風建築の要素を取り入れた、ルネッサンススタイルの重厚な銀行建築で、
長年の間銀行として活躍したのち、市役所の南庁舎別館として利用されていました。
登録有形文化財にも登録されている「近代化遺産」です。

その古き良き建築物を未来へつなげ、新たな地域づくりの拠点として再生する、
それが〈豊岡1925〉のプロジェクトです。

1934年に建設された兵庫県農工銀行豊岡支店の竣工当時の外観。

兵庫県農工銀行豊岡支店の竣工当時の内観。

復興建築から、新たな地域拠点へ。

豊岡1925のプロジェクトは、2012年にスタートしました。

開発の手法は、vol.3でご紹介した朝来市の〈旧木村酒造場 EN〉と同様に、
新しい公民連携の仕組みが取り入れられました。

豊岡市が施設の整備計画を公募し、運営事業者が選定されます。
その整備計画に基づいて、市は、施設整備(設計/工事)を実施。
そして、管理運営は、選定された運営事業者が整備計画に基づいて実施する、
という方式です。

豊岡1925の整備運営手法(豊岡市HP「豊岡市役所南庁舎 運営事業者の募集」より作成)。

豊岡市は2012年10月に運営事業者の公募を開始。
その結果、ノオトの提案が採用運営者として選定されました。

ホテル、レストラン&カフェ、ショップ、ギャラリーなど
市民や観光客をはじめとしたさまざまな人々が、
交流・観光拠点として気軽に利用できるような新しい用途を加えながら、
収益も確保できるような、持続可能な機能を持たせることで、
歴史ある建築を次の時代へつなげていく試みを提案しました。

また、お菓子の神として古事記や日本書記にも記されている、
〈田道間守(タジマノモリ)〉が祀られる総本社・中嶋神社が豊岡にあることから、
スイーツショップを設置し「お菓子のまち」としての要素を取り入れました。

リノベーションにあたっては、
当時の銀行建築の古き良き趣をできるだけ生かすように、
天高の高い窓口・ホール部分は、開放感のあるカフェやスイーツショップとして、
趣のある執務室は、宿泊施設やレストランの個室などとして、
重厚な金庫は、ギャラリーや倉庫として活用しています。

そして、2014年4月に〈豊岡1925〉としてオープンしました。

豊岡1925の外観。

豊岡1925のスイーツショップとカフェ。

豊岡1925のホテル客室。

風鈴の音を楽しむ 小さなアートプログラム。 愛知県の風鈴寺こと増福寺で 「小渡アートミルフィーユ」

7月31日(金)〜8月2日(日)、
愛知県の小渡町にて「小渡アートミルフィーユ」が開催されます。
これは、お祭りやまち歩きなどが楽しめる、小さなアートプログラム。

舞台となるのは小渡町の“風鈴寺”こと増福寺の周辺です。
増福寺は、日本でも珍しい風鈴を奉納するお寺なのだそう。
「小渡・アートミルフィーユ」の期間中には、
家々の軒下に風鈴が揺れる「夢かけ風鈴まつり」も同時開催されます。
風鈴には、厄除けや福を呼び込むという意味もあるのだとか。
これは風流なひとときが体験できそうですね!

期間中は、霊場巡りや早朝ヨガ、
農村舞台で行われる能楽ワークショップ、
空き家について考えるトークイベントなどのプログラムが予定されています。
くわしくはこちら
軒下に揺れる風鈴の音は、想像以上だそう。
ぜひチェックしてみてくださいね。

期間 7月31日(金)〜8月2日(日)

会場 愛知県豊田市小渡町 増福寺(風鈴寺)とその周辺

受付 小渡公民館(愛知県豊田市小渡町寺ノ下4−5)

主催 豊田市・豊田市教育委員会

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『水と土の芸術祭2015』 新潟市に点在する 「潟」が舞台!アートの力で 新潟の水と土の文化を発信

到来した夏本番。
海外旅行もいいけれど、長い休みがとれないなら、
2~3泊で国内を旅するのもいいですよね。
まもなく訪れる、遠出するのにいいこの季節は、
各地の芸術祭の開幕時期でもあります。

新潟市で開催される『水と土の芸術祭2015』は7月18日からスタート。
2009年から始まり、今年で3回目を迎えるこの芸術祭の見どころを、
ダイジェストでご紹介します。

これは、新潟市の水と土を象徴する「潟(かた)」に光をあて、
新潟ならではの風景とアートが出会う芸術祭。
「潟」とは湖沼のひとつで、海から隔てられて内地に残った、
沼や湖のような大きな水たまり。水深が浅く、多様な生態系があります。
数多く点在する潟のなかで、代表的な4つの潟が
作品展示の舞台の中心となります。

その潟たちは、、、
220種類以上の渡り鳥が飛来する、市内最大の潟、福島潟。
市の中心に位置し、冬は多くの白鳥も飛来するという、鳥屋野潟。
市内で唯一ラムサール条約にも登録され、日本海と角田山を間近に感じることができる、佐潟。
ピクニックやハイキングもできる、角田山の麓の公園、上堰潟。
新潟市の独特な地形がつくりあげたこれらの湖沼は、実に個性豊か。
かつてそこに住む人たちの生活を支え、生態系と自然環境をつくりあげてきた潟を、
芸術を通してもう一度見つめ直す。
この独自の自然や暮らし、文化などの魅力を、アートを通して発信し、
過去と現在(いま)を見つめ、未来を考えていく。
『水と土の芸術祭2015』には、そうした想いがあるそうです。

「大地のひと」 アーティスト:安藤栄作 会場:福島潟 先人たちの大自然との壮大な対話の波動が息づく福島潟で大地とひとが一体化するモニュメント。

「田舟で漕ぎ出す。」 アーティスト:大矢りか 会場:島屋野潟 島屋野潟の畔で、かつての農作業で使われた「田舟」を表現した作品。

参加するアーティストは、日比野克彦、
浅葉克己、大友良英、大岩オスカール、石川直樹、Noism、
アトリエ・ワン、ドットアーキテクツなど約56組。
ファインアートだけでなく、パフォーマンスや建築、
さらに新潟の「食」や地域住民による「おもてなし」も扱うなど、
幅広いジャンルが特徴です。

「オーケストラNllGATA!」(10月4日実施予定) アーティスト:大友良英 会場:ベースキャンプ 市民が自由に音の出るものを持って参加する即興オーケストラ公演。

食に関しては、メインフィールドとなる各潟を
キッチンカーが巡るカフェ「潟るカフェ」がオープンします。
福島潟(7/18-8/2)、鳥屋野潟(8/8-8/23)、佐潟(8/29-9/13)、
上堰潟 (9/19-10/4)の予定。
潟や周辺でとれた食材を使った
オリジナルメニューが楽しめます。

「潟るカフェ」

瀧本幹也がカメラに収めた、 鎌倉の美しい風景と四姉妹。 映画の世界が永遠になる、 写真集「海街diary」

この夏話題の映画「海街diary」。
鎌倉に暮らす3姉妹と異母妹が、
共同生活を送る中でさまざまな出来事を経て
家族の絆を深めていく姿を追います。
主演は綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず。
吉田秋生のベストセラーコミックを
「そして父になる」の是枝裕和監督が映画化し、
鎌倉の自然と、四姉妹の瑞々しい美しさを
フィルムに収めました。
鎌倉に詳しい方なら、「これはあの場所だ!」って
わかるかもしれないですね。

この話題の映画が、一冊の写真集「海街diary」になりました。
写真を手がけるのは、映画の撮影も担当した写真家の瀧本幹也。
映画を撮影する過程で撮り溜められた写真で構成されています。
印象的な映画の場面はもちろんのこと、
家の縁側で昼寝をする四姉妹の姿や、
長女・幸が四女・すずの髪を切る様子など、
映画にはないシーンも多数収録。
そこには映画ということを一瞬忘れさせられるような、
四姉妹の日常があります。
瀧本さんは「そして父になる」でも撮影監督をされていたのですが、
映画の撮影と写真の撮影を両立させるのは至難の業。
試行錯誤を繰り返し、「海街diary」で実現できたのだそう。

また、映画に負けない贅沢な作りも写真集の見所のひとつ。
ブックデザインは森本千絵によるもので、
この写真集のために染められた“海街カラー”の布を
表紙に使ったハードカバーの装丁になっています。

四姉妹の瑞々しい演技と鎌倉の四季折々の美しい風景が
織りなすかけがえのない時間が詰まった一冊。
映画の世界が永遠になる、特別な写真集です。

映画好き、音楽好きが集う夏休み。 逆さ富士がうつくしい本栖湖にて 「湖畔の映画祭」開催!

8月1日(土)〜2日(日)、日本でもっともうつくしい景観を誇る湖のひとつ、
富士五湖・本栖湖のほとりで「湖畔の映画祭」が開催されます。

これは、湖のほとり、満点の星空の下で
映画やライブ、屋台、キャンプなどが楽しめる映画祭。
インディペンデント映画のつくり手たちと
地域の皆さんが力を合わせ、今年初開催されます。

上映作品は、武正晴監督、安藤サクラさん主演の「百円の恋」、
ロブ・ライナー監督の普及の名作「スタンド・バイ・ミー」、
森川圭監督、森田亜紀さん主演の「メイクルーム」、
10代にして監督をつとめた松本花奈監督の「真夏の夢 + 大切な君へ」など、
インディペンデント映画を中心に上映します。

会場内の本栖湖キャンプ場では、テントのレンタルも。
こちらもぜひ利用したい!
空の下にスクリーンが浮かび、
テントが点在する湖周辺はすばらしい光景となるでしょう。

ライブの出演者は、T字路s、小⻄英理、
ドレクスキップ、サイドバーンスなど。
最新の情報は、Facebook・公式サイトをチェックしてみてくださいね。

湖畔の映画祭

開催日 2015年8月1日(土)〜2日(日)※3日朝まで

会場 山梨県富士五湖・本栖湖キャンプ場

住所 山梨県南都留郡富士河口湖町本栖18

チケット 

一般 1日券 2,500円(当日券3,000円)2日通し券 4,000円(当日券4,500円)

18歳未満 1日券 1,000円 ※親御様に同伴の小学生1名まで無料

宿泊 特設キャンプスペースにテントを用意

アクセス 東京・新宿〜本栖湖直通バス ほか

宿泊とアクセスについてくわしくはこちらから

湖畔の映画祭
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人が集まるところに市が立つ。 状況が一気に好転するリアリティ。 WORKVISIONS vol.5

WORKVISIONS vol.5

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの西村 浩です。
vol.1vol.2vol.3vol.4に引き続き、佐賀のまちなか再生のお話です。

全6回なので、残すところ、あと2回。
vol.3vol.4では、まちなかの遊休地を地域の方々の手で
芝生の「原っぱ」に変えていくお話や、
中古の海上輸送用コンテナのリノベーションで、
まちなかに市民の活動の場をつくる、
「わいわい!!コンテナプロジェクト」について紹介をしてきましたが、
今回は、そういった「点」のしかけから、
佐賀のまちなか商店街が
少しずつ変わっていった様子を紹介したいと思います!

子どもたちの声がまちなかの雰囲気をがらっと変えた

前回紹介しましたが、わいわい!!コンテナプロジェクトも、
今年で5年目に入り、ようやく認知度も高まって、
子どもたちからお年寄りまで多様な世代の人々が
日常的に集まり、憩い、活動する場所になってきました。
特に、子どもたちが集まる場所になったことは、
なかなか元気のない商店街の雰囲気を大きく変えました。
地元新聞記事に掲載された小学生たちのコメントには、
「いままでは、学校が終わったら、
ゆめタウン(近くの大型ショッピングモール)に行っていたけど、
いまは、いつも友だちがいるここ(わいわい!!コンテナ)に来るようになった」
というような言葉がありました。

そうなんですよね。
いままで、まちなかに子どもたちが来なかったのは、
まちなかに居場所がなかっただけなんですよね。
安全で楽しい場所さえあれば、子どもたちも集まってくる。
子どもたちは、自分たちだけの楽しい場所を見つけるのが
とても上手なように思います。

そしてなにより、商店街が明るくなった!
車だらけの夜の飲み屋街になりつつあったまちなかの商店街が、
夕方学校が終わるころになると子どもたちの声がするようになったのです。
わいわい!!コンテナの中で、本を読んだり勉強をしたり、
外では芝生を走り回り、虫取り網でとんぼを追いかける子もいました。

子どもたちで賑わうわいわい!!コンテナ2。

ある日、みんなで芝生を張った原っぱで、
サッカーをやる子どもたちを偶然見かけたことがあります。
ここは、商店街のど真ん中です(笑)。
なんとも不思議な気持ちになりました。
そして、この話には続きがあります。
とてもいい風景だったので、僕も写真を撮ろうとした瞬間、
子どもたちが勢いよく蹴ったサッカーボールが、
柵を越えて隣の駐車場に飛び、運悪く車に“ボッコン”と……(汗)。
まちなかの空き地、そんなに広くはないから、仕方ないですよね。
そして、残念ながら僕のカメラのシャッターが捉えたのは、
サッカーの様子ではなく、ばつの悪そうな子どもたち(笑)。

まちのど真ん中の商店街でサッカーを楽しんでいる(はずの)子どもたち。

そんな子どもたちのサッカー顛末を見ていて、
実は少し懐かしい気持ちになりました。
僕らも子どもの頃、家の近くの空き地で野球をやっていて、
お隣さんの庭にボールが入ってしまったり、
時にはガラスを割ってしまって、
思いっきり怒られたりしたことがありました。
おそらく、僕と同じ世代の方々は、
「そうそう!」と頷かれているんじゃないかと思います。
今や、住んでいる人が少なくなってしまった中心市街地ですが、
昔は、みんなまちなかに住み、
そして空き地は子どもたちの大切な遊び場だったんですよね。
子どもたちの周りには必ず大人が見守っていて、
そこに自然に地域の濃厚なコミュニティが存在していたわけです。

佐賀市のまちなかに生まれた、わいわい!!コンテナと原っぱは、
まちの中に昔ながらの人々の活動とコミュニティを
取り戻すきっかけになっているように思います。

古いビルの1室につくられた 宙に浮かぶゲストルーム。 403architecture [dajiba] vol.4

403architecture [dajiba] vol.4 
「自分のため」の空間を「誰かのため」に開くこと

第4回は、辻 琢磨がインタビュアーを務めます。
僕らの最新プロジェクトが、2015年4月に竣工した「鍵屋の階段」。
アトリエだった場所を、ゲストルームとしても使えるように改修しました。
今回は、その施主であるマシュー・ライアンさんにお話をうかがいます。
オーストラリア出身のマシューさん。
浜松のカルチャーの発信拠点として、
シェアオフィスやショップが入る築40年以上のカギヤビル(vol.3に登場)は、
かつては、空き室だらけでした。
地元不動産によるリニューアルを契機に、
カギヤビルに入居したマシューさんは、
4階の約25平方メートルのワンルームを自らのDIYで改修し、
映像制作などの創作活動をしたりしていました。

英会話教室も開いていましたが、
基本はマシューさん自身のためのアトリエ空間。
でも、浜松のまちの人との交流が始まるようになったことで、
この部屋をもっと多くの人を呼び込めるゲストルームとしても使えないかと
マシューさんは考え、僕らdajibaに相談がきたのです。
もともとマシューさんがDIYでつくり上げた空間はとてもすばらしいもので、
そこを生かすには、どんなゲストルームをつくればよいのか……
議論を重ねていくうちに、設計が決まるまでに要した期間はなんと7か月。
でもおかげで、お互いが納得いく空間となりました。

「鍵屋の階段/The Stairs of Kagiya」

築40年以上経つコンクリート造の共同ビルの1室の、ゲストルームへの改修計画。
コンクリートの既存の梁から箱形の空間を吊ることで、下部には無柱空間ができ、
箱の中には寝室となるロフトスペースが生まれている。

カギヤビルにつくった居心地のよいアトリエ。

辻: そもそもなんで、この小さな空間に、
ゲストルームをつくりたいと思ったの?

マシュー: iN HAMAMATSU.COMという、
浜松の観光プロモーションサイト運営に携わっているから、
観光に興味があったというのはあるんだけど、
中国にいたときにユースホステルを運営していた経験があって、
屋上でパーティしたり、
いろいろな人とのコミュニケーションが生まれていた。
何かそういうことをつなげたいとも思っていたんだ。

辻: なるほど。中国に数年いて、中国語も話せるんだったよね。
そもそもマシューはどんな縁で浜松に来たの?

マシュー: オーストラリアには、大学までいて。
そのときは、芸術史を専攻していたよ。
あと、お金を貯めてヨーロッパへたくさん旅行もした。
本物は本より大事なんだ。
オーストラリアでは、全部本の中でしか歴史に触れられなくてさ、
すべてのオーストラリアの建物は200歳より若くて、古い建物がない。
日本にあるお寺は600歳だったりするわけでしょう。
実際に、経験することで物事は本当に理解できるから、
僕にとって旅は、教育そのものだよ。

辻: それは僕も感じるよ。それで紆余曲折あって中国にたどり着いたと。
そこで今の奥さん(マシューの奥さんは日本人)と出会って、
日本に来ることになったんだよね?
でも、カギヤビルのこの部屋はどうして借りようと思ったの?
自分で決めたわけでしょう?

マシュー: ただ気に入ったんだよ。
僕が入った2012年頃は、ちょうど丸八不動産株式会社
平野啓介さん(第6回インタビュー予定)たちがカギヤビルを買った直後で。
それまであった昔ながらの喫茶店や洋服屋さんはいくつか入っていたけど、
ほかは空っぽのビルだった。

辻: リニューアルしてから、
マシューが最初の入居者ってことなの?

マシュー: 新規では、そうだね。
でも、浜松出身の写真家・若木信吾さんがオーナーを務める、
本屋「ブックスアンドプリンツ」と同じくらいじゃないかな。
ブックスアンドプリンツは、すばらしい場所だね。

マシュー: 僕は今まで、この部屋をアトリエや
英会話レッスンのためのスタジオに使っていたんだ。
最初は、コンクリートで囲まれた何もない空間だったけど、
英会話教室をするのに必要だったし、
自分でクリエイティブな活動をしたいのもあって、
DIYで部屋をつくり始めたんだ。

おかげでここは、僕の空間でとてもリラックスできる。
ここにいて、何かつくって、何か読んで。それだけで居心地がいい。
自分の「家」は子どももいて、とても忙しいからというのもあるけど(笑)。

でも、当時若木さんがよく来てくれたことは大きかったなぁ。
いつもおもしろい話をしてくれて。彼は英語も話せるし、会話がうまい。
インターナショナルなセンスがあって、いい関係を築けているよ。

そのときに彼が連れて来る知り合いがおもしろい人ばかりで、
教わったり、刺激をもらったり、次のものをつくって、また次をつくって、
と続けているうちに、空間ができあがっていって。
まずは、床を貼ることから始めたんだけど、
それから、西日が強かったからカーテン替わりにいい感じの布を窓に設えたり、
大きなテーブルをつくったり。
何でも描ける黒板を壁にかけたり、
あとは自分の好きな雑誌や作品やレコードが少しずつ増えていった感じで、
気づいたらできてた(笑)。

辻: 僕らより全然DIY上手いよ(笑)。
床の張り方も目地をずらして工夫しているし、
DIYでつくるところとそうでないところをしっかり見極めている。
素材の選び方のセンスもとってもいい。
この空間に散りばめられている家具、
レコードや昔の雑誌といった小物に至るまで、
古いものもあれば新しいものもあって、
でもなんとなく統一感がある、それがマシューらしさを表現していると思うな。

マシュー: とにかく、この部屋を通していろんなおもしろい人たちに出会った。
特に、まちの新しい使い方を見つけてくれた、
Camp Garden」のイベントはおもしろかったな。
カギヤビルの屋上でキャンプ場を皆でつくってたやつね。
そこで、初めてdajibaとも会ったんだと思う。 
そのときはdajibaが建築家なのかもわからなかったけど。

Camp Gardenの様子。403architecuture [dajiba]やennの林さん(vol.1に登場)、手打ち蕎麦naruの石田さん(vol.2に登場)、ブックスアンドプリンツの広報・写真家でもある中村陽一さんらが恊働して運営したイベント。2013年9月に開催された。©yo-ichi nakamura(BOOKS AND PRINTS)

辻: Camp Gardenを通して、
浜松の人たちとの交流が一層深まっていったんだね。

マシュー: そうだね。みんなフラッとこの部屋にやってくるんだよね。
例えば、ブックスアンドプリンツの中村陽一さんも、ただここに来て、
何も言わずに帰っていくような人でね。会話なく。僕も仕事して帰る。

でも、僕はここにいつもいるわけじゃないし、
いなかったら、ただのデッドスペースにもなるわけでしょう。
もっと生きた、みんなにとってもいい空間の使い方があるんじゃないかって。

辻: 自分で、自分のためにつくったはずの空間を、
まちに開いていくことの可能性を感じたんだね。

何が起きるかわからない!  音・布・光から生まれる、 その日かぎりの物語 「仕立て屋のサーカス」

音と布と光のサーカス「仕立て屋のサーカス -circo de sastre-」が7月、
京都と沖縄をめぐります。

「仕立て屋のサーカス」は、
"物語のある音楽”をテーマに、フルートやウッドベース、
パーカッション、ピアニカ、サンプラーなどを使い、
シネマティックなライブ空間を展開している
「CINEMA dub MONKS」の曽我大穂さんとガンジーさん、
ファッションブランド「suzuki takayuki」のデザイナー・スズキタカユキさん、
気鋭の照明作家・渡辺敬之さんによる現代サーカスグループ。

Photo Ryo Mitamura

即興の舞台の上では、
音楽なのか、演劇なのか、ダンスなのかわからない、
その日だけの物語が生まれるそう。
ファンの中には、連日観賞する方も少なくないとか。
昨年の冬に兵庫県・篠山で初演されて以来、
じわじわと人気が広がっている公演です。

Photo Ryo Mitamura

7月11日(土)・12日(日)の京都公演では、
京都精華大学ポピュラーカルチャー学部の
学生さんたちと一緒に物語をつくっていくそう。
舞台となるのは、京都の繁華街にある元・立誠小学校。
昭和3年(1928年)に建設された、クラシックな趣きの建物です。
これはおもしろい公演になりそうですね!

家庭に眠る 昭和の思い出を蘇らせる。 「穴アーカイブ 世田谷の 8ミリフィルムにさぐる」

みなさんのおうちにも、
家族の想い出を記録した8ミリフィルムが眠っていませんか?
東京都世田谷区・三軒茶屋にある「生活工房」が行う
穴アーカイブ[an-archive]」は、
昭和30〜50年代にかけて撮影された「8ミリフィルム」という
映像メディアに着目し、
その収集と公開に取り組む参加型のアーカイブ・プロジェクト。

キックオフイベントが先日終了し、
現在、フィルム提供者を募集しています。
特に世田谷区内が映ったフィルムは大歓迎。
応募締め切りは、8月15日(土)。
採用されたフィルムはご自宅、または生活工房などを
会場にした、ご家族のみの試写会を開催。
また、承諾を得た上で、選別・デジタル化し、
まちの共有財として保存・活用していく意向だそう。

『きのこ狩り』(8ミリフィルムをデジタル化し、その1コマをキャプチャー)/昭和47年/青森県青森市/地域住民から提供

「穴アーカイブ」は、生活工房が、
大阪を拠点に活動しているremo[NPO法人記録と表現とメディアのための組織]を招き、
日本大学文理学部社会学科の後藤範章研究室と協働して、
押入れに眠っている8ミリフィルムの収集・保存を行う参加型アーカイブ活動。
ボランティアサポーターの集い、「せたがやアカカブの会」も発足します。
今回デジタル化した映像は、10月の鑑賞会でお披露目の予定です。
「穴」というのは、フィルム、レコード、DVD、CDなど、
さまざまな記録媒体の真ん中にある「穴」のこと。
何も書き込めない「穴」。
いや、本当はこの穴にも何かが書き込まれているのかもしれません。

国立競技場の スタンド座席をリ・デザイン! カリモクとコラボの デザイナーズ椅子、限定販売中

1958年に開場し、1964年の東京オリンピックの
メインスタジアムとして使われた国立競技場。
2014年の閉場までに、サッカーやラグビーといったスポーツ、
コンサートなどに湧いた、今も多くの人々の記憶に残る場所です。
この国立競技場のスタンドの自由席シートが、
3組のデザイナーの手によってなんと椅子として生まれ変わり、
個数限定で販売を開始しました!
その名も「SAYONARA国立競技場“FORTHEFUTURE”
MEMORIALGOODSデザイナーwithカリモク家具」。
カリモク家具が手がける、インテリアとしてもステキな椅子です。

左からドリルデザイン、白鳥浩子、鈴木元

2015年の解体に先立って、この特別な場所から取り外し、
保管されていた自由席のシート。
これらをデザインで蘇らせたのは、
ドリルデザイン、白鳥浩子、鈴木元の3組。
それぞれが「スツール」「チェア」「2人掛けのベンチ」
を作り上げました。
設計と製造は、カリモク家具が担当。
商品にはカリモクのロゴの焼き印が押され、
このシートが国立競技場で使われていたことを
証明するプレートが付属します。

「TOKYO」 スツール ドリルデザイン 32,400円(税込) 350脚限定

ドリルデザインの「TOKYO」は、小さく、
軽やかなスツール。
直線で構成した構造は一見華奢に見えますが、
カリモクの厳しい品質基準、耐久基準をクリア。
スツールとしての、十分な品質と強度を備えています。

「pony」 チェア 白鳥浩子 43,200円(税込)150脚限定

白鳥浩子の「pony」は、人を乗せ、思いを運ぶ架け橋
としての「小さな椅子=ポニー」という意味から
名付けられました。
かつて国立競技場を彩った、
青いシートの存在感を引き出したデザインです。

6年間の相棒! 東京・足立区の老舗〈大峽製鞄〉と 〈こども ビームス〉の コラボランドセル

ランドセル、それは日本で生まれた革のカバン。
6年間、こどもと一緒に過ごす相棒のような存在です。
東京足立区のメーカー「大峽製鞄」(オオバセイホウ)は、昭和10年創業。
日本のランドセルの原型とも呼ばれるようになった学習院初等科のランドセルを
手がけるようになり、現在まで続いているメーカーです。
創業以来一貫して、手仕事で作り上げているんですよ。
この「オオバセイホウ」と、こども ビームスがコラボレーションした、
「大峽製鞄×こども ビームス」のランドセルが今年も受注を開始しました。

オオバセイホウは、東京足立区に裁断工場と、
宇都宮に縫製・組み立ての工場があります。
ランドセルのパーツは200以上。ランドセルづくりの作業はまず、
これらを形よく調えることから始まります。
革をプレスしたり、パーツを縫いあわせたり、
200もの工程をほとんど手作業で行っているんです。
6年間使った小学生が、卒業後、工場に
お礼を言いに来ることもあるんだそう。

増築ならぬ、“減築”で 暮らしやすさを手に入れる。 ルーヴィス vol.4

ルーヴィス vol.4

皆さま、こんにちは。
ルーヴィスの福井です。
今回は、「減築」のお話です。
僕らは2008年頃からホームページに「減築」というコンテンツをつくっていました。
減築というのは、わかりやすくいうと「増築」の反対です。
かつて人口が増加傾向にあった頃は、
より床面積を広げようとする「増築」が求められていました。
一方、「減築」はそれとは真逆の考え方。
床面積を減らして、効率のよい生活をすることに価値をおいています。
クライアントは、オオツボデザインの大坪正佳・文恵さん。
今回の住まいは、彼らと共同設計しましたので、
大坪さん自身にも寄稿いただきました。

中古物件を減築して、機能的な住環境に

こんにちは。施主兼設計のオオツボデザインの大坪です。

私たち家族はもともとは東京に家を借りていましたが、
気持ちのいい環境で自邸を持ちたいと考え、
2年間ほどかけて都内~湘南にかけて土地やビンテージマンション、
古家などを探していました。

私たちは土地を買って新築を設計するか、
古家を大規模にリノベーションしようと考えて物件を探していましたが
そんな時に古家はタダ同然になっていることにかすかな疑問を感じていました。
味わいがあって改装したらよくなるはずの古家なのに
タダ同然で値付けされているのを見ると、さみしい気持ちになっていました。
昔の住宅のほうが、今の住宅よりも味わいがあったり、建材などがよい場合もあり、
まだ十分住まいとして活用できる、むしろ気持ちのいい住宅が実現できるのに
解体されてしまうのはもったいないと思っていました。
そして、住宅のリノベーションのデザインをして
自分たちで手をいれながら暮らしてみたい! と考えて始めていました。

鎌倉市内の高台に建つ、今回リノベした物件。

7年前にこの物件を見たときは、まさにリノベーション向きの住宅だと思いました。
場所は鎌倉の裏が山になっている静かな住宅地です。
しかし築50年の木造住宅なので古くなりすぎていて
正直なところ、汚くて住めないと思う部分がありました。
でもロケーションはよい上に値段も安く、古家自体も悪くないデザインだったので
思い切って直しながら住んだら面白そうだなと考えました。
もし、リノベーションをできないという条件なら、ここで暮らそうとは思わなかったでしょう。

建物は、大部分は平屋建で、一部2階建となっています。
まずは、引っ越す前に、奥の住まい部分と水回りは大々的に改装しました。
住みながら改築したのは、手前の平屋部分。
まず、2部屋あった和室の仕切りを取り払い、
天井も取って、廊下との仕切りも取り、空間を広くしました。
更に床を無垢のフローリングに入れ変えてみたら、明るく気持ちがよい空間になりました。

もともと和室(書斎)だった部屋をリビングルームにリノベしました。

以前の住人は小説家であったため、前述の和室以外にも
玄関をあがったすぐのところに編集者の待合室のある間取りで、
面積は広いのに生かしきれずデッドスペースになっていました。
しばらくは、そのまま住んでいましたが、
2年ほど前に近くに借りていた駐車場が取り壊されることになってしまい、
新しい場所を探さなくてはいけなくなったんです。
その時に、玄関まわりの建物を少し削るようなリノベーションをして、
駐車場をつくってはどうかと思い、設計を始めました。
施工をどなたにやっていただこうかと考えているときに思い出したのが、
以前から仕事でお付き合いのある福井さん。
彼のホームページに「減築」と書いてあったと思い出しました。
まさに私たちが計画している考えだったのです。
さっそく、福井さんには施工の相談をさせてもらいつつ、
予算が限られているために安く上がる工法の提案も合わせて出してもらいました。

そして今回のリノベーションでは、玄関先の建物を少し削り取ることにしました。

次は、減築の工事のプロセスを福井さんが説明してくれます。

大阪府の木材「おおさか材」で 3坪の家を建てる! 7月開催 「DIY R SCHOOL at ATC」 参加者募集中

近年問題になっている空き家。
DIYに興味はあるけど、いざやってみるのは大変そう。
そんな風に二の足を踏んでいる方に朗報!
大阪の大阪南港にある複合商業施設「ATC」にて、
ワークショップシリーズ「DIY R SCHOOL at ATC」が開催されます。
大阪産の木材「おおさか材」を使用して、
3坪の木造一室住宅をみんなで作るという内容。
期間は7月18日から10月3日までの毎土曜日、全10回。
受講料は3万円というお手頃価格です。

このワークショップには、日本初の体験型DIYショップ「DIY FACTORY」と
日本最大級のDIY用品のECサイト「DIYツールドットコム」を運営する株式会社大都と、
DIYでの作品製作を得意とする設計デザイン事務所9株式会社、
オモシロ図案工務店、株式会社ma plus designの3社が協力。

3坪というと、スケールは小さいですが柱、梁、内装すべてが木造住宅と同じ。
戸建木造住宅と同じ作業手順で作るので、住まいの仕組みを
理解しながら工具の使い方も学べる内容になっています。
家の構造を理解することで、間取り変更などのリノベーションや
棚の取り付けなどのDIYにも役立てることができるそう。

横浜市にクリエイター& みんなのための新スポット 「YCCヨコハマ創造都市センター」がオープン

中華街、赤レンガ倉庫、山下公園、などなど、
見どころも多くて人気も高い街、横浜。
ここは『ヨコハマトリエンナーレ』などでも知られる、
アートの街でもあります。
この横浜に6月30日、
新たなスポット「YCCヨコハマ創造都市センター」がオープンします。

3Fものづくりスペースのイメージ画像

このYCCは、1929年に建てられた歴史的建造物を用いたもの。
デザインやアートなどのクリエイティブ分野と
産業・経済・地域といった分野を結びつける、“クリエイティブ拠点”になるとのこと。
といっても、クリエイターだけのスペースというわけではありません。
子どもから大人まで、誰でも利用できるようにつくられているそうです。

例えば1階にはカフェ「Café Omnibus」が開店。
ランチはもちろん、夜もカジュアルなメニューもそろえているとか。
また3階には、親子で楽しめる“工房”「FabLab β Bashamichi」がオープン。
話題の3Dプリンタやレーザーカッター、業務用の刺しゅうミシンなどを備え、
誰でも気軽にものづくりを体験できます。
サポートスタッフも常駐しているそうなので、初めてでも安心です。
1階と3階は、さらにスペースのレンタルも行っているとのこと。

再生された元酒蔵で生まれた、 たくさんの縁。 一般社団法人ノオト vol.3

一般社団法人ノオト vol.3

日本100名城のひとつで、雲海の上にそびえ立つ光景から
近年「天空の城」、「東洋のマチュピチュ」などと紹介され、
全国的にもその名前が知れ渡った「竹田城跡」の麓、
兵庫県朝来市和田山町竹田地区。

歴史的なまちの中心にある元酒蔵が、
観光交流拠点として再生され、
一躍人気観光地となった竹田城跡のブームとともに
順調に運営してきました。
しかし、それもひと段落。
すると、地域が抱える課題が見えてきました。
再生された元酒蔵で生まれた、たくさんの縁は広がり、
面白い動きが始まっています。

かつては地域の中心だった大屋敷

「子どもの頃、みんな入るのも怖いくらい、
緊張感漂う由緒ある酒蔵で、ここは遊んではいけない場所だった」

地元の人がそう回想していたのは、本瓦に本卯建を上げた、
城下町の中でもひときわ目をひく重厚な商家、「木村酒造場」。

1625(寛永2)年創業、約400年の歴史を誇る酒蔵でしたが、
1979年に日本酒販売不振のため、醸造業を停止。
以来、建物の老朽化が進み、土壁が落ち、屋根が崩れるほど傷みの
激しかった大屋敷を、城下町の新たな観光交流拠点として
生まれ変わらせるプロジェクトがスタートしました。

今から3年前、2012年の春のことです。
自己紹介が遅れましたが、一般社団法人ノオトの中原と申します。
現在、主に朝来市を中心に但馬・丹波エリアの古民家再生を入口とした
まちづくりの取り組みに関わっています。

半年ほど前にノオトの一員に加わったばかりのルーキーなので、
改修の経緯から現在に至るまで、当時の関係者の話にも耳を傾けながら、
これを機会に私もこの事例を振り返ってみようと思います。

さて、話を3年前に戻しましょう。

大規模な古民家再生プロジェクトがスタート

改修前の様子。元発酵蔵の周辺は屋根や壁が崩れて危険な状態でした。

1998年に兵庫県の歴史的景観形成地区に指定された竹田地区は、
2005年より国土交通省の「街なみ環境整備事業」を活用して、
伝統的な建物を整備する計画をスタート。
竹田城跡が注目される以前から、
木村酒造場は地域の重要なシンボルとして利活用の議論が重ねられていたところでした。

木村酒造場を買い取った朝来市は、約3億6千万円を投じ、
ホテル、レストラン、カフェ、観光案内所などの機能を備えた、
複合観光交流施設の立ち上げを計画。
というのも、普通に文化財として整備し、公開施設にすると、
イニシャルコストとランニングコストばかりがかかってしまうので、
観光交流施設の指定管理者自身がビジネスを行いながら
施設の維持管理を行っていくという、
委託料ゼロ円での指定管理者を全国に公募しました。

これは、自治体が文化財保護の観点から建物改修のイニシャルコストを負担し、
民間が管理運営することでイニシャルコストの一部とランニングコストを負担するという、
自治体が持っている文化財的な古い建物を利活用するための新たな方法でした。

その頃のノオトは、前回紹介した集落丸山の宿泊事業に続き、
地元の篠山市で古民家を改修、サブリース方式で事業者を誘致して
地域の活性化につなげる取り組みで実績を積み重ねていました。
古民家改修を入口とした地域づくりにたしかな手応えを感じ始めていた矢先、
今回の木村酒造場のプロジェクトに出会ったのでした。

これまでのノウハウを結集したノオトの提案が認められ、
木村酒造場の指定管理者に選ばれることとなりました。
地域の観光振興、まちづくりの拠点として人と人との縁を結ぶ場所になってほしい。
そんな願いを込めてこの施設を「旧木村酒造場 EN(えん)」と名付けました。

見上げると竹田城跡、裏手には寺町通り。竹田城下町の中心にある由緒ある酒造場です。

新しい公民連携のカタチ

今回のプロジェクトでは、事業主である朝来市が指定管理者である当社の
古民家再生ノウハウに基づき、地元の松本一級建築士事務所が設計、
株式会社阿野建設が施工を行い、ホテル・レストラン・カフェの運営は、
全国15か所に上る歴史的建築物の婚礼会場、レストランの管理運営実績のある、
バリューマネジメント株式会社が担うという、手法としては新しい、
全国でもほかに例のない公民連携の取り組みとなりました。

木村酒造場の指定管理までの流れ。

これまでは、行政が先行して建物をつくってから、
指定管理者を公募する進め方が一般的でしたが、
設計の段階から構造・間取り・仕上げ・デザインなど、
運営する事業者の意見を取り入れながらも、
竹田城下町のまちなみ景観と建物の歴史性を尊重するかたちで、
可能な限り「そのまま」にリノベーション。
4室の客室に地元の新鮮な食材を使った本格的な
フレンチレストランを併設し、1泊2食付きで2万円台。
心を込めたおもてなしとともに昔ながらの日本の生活空間を体験できる
ホテル・レストラン・カフェに生まれ変わりました。

ホテルの部屋とレストランの内装。

そこに竹田城の魅力と歴史に触れることができる観光案内所と、
地元の農産品やお土産品などが購入できる2軒のチャレンジショップ、
どぶろく醸造所が加わり、2013年11月に旧木村酒造場ENがオープンしました。

ノオトは指定管理者として、古民家の再生活用のノウハウを提供するだけに留まらず、
運営においては、施設に誘致した複数の事業者と、事業主である朝来市や、
地域住民の方々との橋渡し役として、城下町への誘客を促すイベントの企画や、
施設全体のマネージメントを担っていくことになります。

朝来市のまちづくりの1プレイヤーとして現場に飛び込んでいく、
そんな新たな挑戦が始まりました。

竹田城の歴史を紹介する資料館や、朝来市の観光案内所が併設されています。

過熱気味の竹田城跡ブーム

ENがオープンした頃の竹田城跡は、登城者数が3年続けて前年比200%以上と急増し、
年間50万人に届く勢いでした。秋の雲海シーズンの真っただ中、
これまでに経験したことのない多くの観光客をいかにトラブルなく受け入れるか、
とにかくそれに対応するのに精一杯という状況でした。
そんな幸運なタイミングでオープンしたENは、
城跡やJR播但線の車窓からも望める好立地ということもあり、
登城者を城下町や市内へ誘導する呼び水として
予想以上の反響をいただくことができました。

雲海に包まれた竹田城跡は「天空の城」と謡われ、訪れる者を圧倒する迫力があります。(写真提供:吉田利栄)

以降は、宿泊やレストランも順調に予約が入り、
厳しい寒さの但馬の冬も何とか乗り越えて、
オープン1周年には過去最高の来場者と売上を記録。
一見すると全てが順風満帆に進んでいるかのように思われました。

そんな中、ENオープンから2回目の冬に、
朝来市は増え続ける登城者による降雪時のトラブルや、
文化財保護の観点から、冬季期間(12月~3月)限定の
入山禁止措置に踏み切りました。

半年前の2014年12月のことです。
ENの運営は大変なことになりました。

クリエーターのデザインてぬぐい「てぬコレ」 全88種類が渋谷ヒカリエに勢揃い!

伝統的な日本の職人技と、クリエーターの創造力が出会い、
「これから」のてぬぐいを提案する「てぬコレ」。
てぬぐいを染めるうえで、裏表ない模様をつくる「注染」という
伝統的な技法を活かし、クリエイティブなてぬぐいを作っています。

さて、2008年からスタートした「てぬコレ」も
今年で8年目!88柄が揃うアニバーサリーイヤーです。
これを記念し、東京・渋谷の「ヒカリエ8/」にて、
「てぬコレ8年記念 88てぬぐいワンダーマーケット」を開催。
8をテーマにした新柄を加えた全88柄を展示し、
関連商品を含めた特別販売イベントを開催します。
てぬコレの参加クリエーターは、プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、
イラストレーター、建築家などさまざま。
コロカルでおなじみのオキミさんこと八重樫王明さんも参加!
新作てぬぐい「SUMOBICHON 8:」を発表します!

「てぬコレ8年記念 88てぬぐいワンダーマーケット」

中古の海上輸送用コンテナの リノベーションで、 市民の憩いの場をつくる。 WORKVISIONS vol.4

WORKVISIONS vol.4

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの西村浩です。
vol.1vol.2vol.3に引き続き、
僕の故郷佐賀のまちづくりについてお話したいと思います。
前回は、佐賀市のまちなかの空き地に芝生を張って原っぱをつくり、
元気のない地方都市の新陳代謝を活発化して、
人の活動を呼び起こすいい循環に繋げるという、
「空き地のリノベーション」についてでしたが、
今回は、芝生の原っぱづくりと一緒に実践してきた、
「わいわい!!コンテナプロジェクト」についてです。

とりあえずやってみるという新たな都市計画手法

このプロジェクトは、
「まちにどういうコンテンツがあれば、
なかなか元気のないまちなかに市民が足を運んでくれるか」
ということを検証するための“社会実験”として始まりました。
まちなかに増え続ける空き地のひとつを借地して、
そこに芝生を張って原っぱをつくり、木製のデッキでテラスをつくりました。
さらに、中古の海上輸送用コンテナをリノベーションした建築を設置して、
そこを雑誌図書館にしてみることから始めました。
場所は佐賀市内の商業地のど真ん中。昔は人で溢れていた商店街ですが、
今は、夜の飲屋街になっていて、昼間にはほとんど人の姿が見えないような場所です。
利用料は無料です。
そして、あくまでも実験ですから、
とりあえず1年間限定のプロジェクトのはずでした。

そもそも、なぜ実験なのか?
それは、まちなか再生に効果的な方法が何なのか、
誰にも確信が持てないからなのです。
一般市民の方々は当然のこと、建築や都市計画といった専門家でさえも、
今の疲弊し続ける地方都市を救えるような特効薬を知らないのです。
なぜなら、20世紀には右肩上がりに増え続けてきた人口が、
2005年をピークに急激な減少局面に入りましたが、
これまでに人口減少局面の社会を経験したことがある人間は、
今の子どもたち以外に、この日本中にひとりもいないからです。
もちろん、20世紀にもまちづくりや
地域活性化のプログラムは実践されてきましたが、
あくまでも人口が増えている時代の出来事であって、
価値観が大きく変わったこの現代に、
その時代に編み出されたまちづくりや都市計画の手法をトレースしても、
効果が出ないことは明らかです。
人口やそれに伴う経済規模が縮退する時代に生きた人がいないわけですから、
すべての人々にとって未知の世界であり、だからこそ「やってみる」という
チャレンジが必要な時代が到来していると思っています。

ただし、あくまでも実験であり、成功も失敗もあるわけですから、
大きなリスクを負ってのチャレンジは、当然やめたほうがいい。
20世紀に編み出された「再開発」とか「巨大な公共施設」なんかは、
右肩上がりの時代には成功事例もあったかもしれませんが、
今は、ただの大きなリスク。
だからこそ、小さなチャレンジをたくさん繰り返して、
軌道修正しながら道筋を探す手法こそが、
これからの新しい都市計画手法だと思うのです。
佐賀市のまちなかで実践している「わいわい!!コンテナプロジェクト」は、
まさに、21世紀の都市計画に相応しい、
最先端の小さな小さなチャレンジなんです。

ぼろぼろの中古コンテナが見違えるような空間に

さて、このプロジェクトで使用したコンテナは、
神戸で購入し輸送してきた中古品です。
中古コンテナ自体の価格は、輸送費は別途かかりますが、驚くほど安価です。
佐賀では、20ftと40ftのコンテナを使用しました。
中古なので、サビが出てたり、鉄板がボコボコにへこんでいたり、
外装の鉄板には海上輸送会社のロゴやコンテナの製造情報が
表面に記載されていたりしていますが、そういったコンテナの履歴が、
逆になかなかのいい雰囲気をつくりだしてくれるように思います。
まさに、一般の建築同様に、
古さと新しさを重ね合わせることがリノベーションの醍醐味だと思います。

郊外の作業場に並べられた中古コンテナ。

ここからは、この中古コンテナを利用目的にあった、
空間に仕立てていくプロセスについて紹介します。
まずは、現地ではなく、郊外にある広い作業場に中古コンテナを搬入し、
そこでサッシを取り付けるための開口部や、
コンテナを連結する部分の処理など、
コンテナ自体の加工を事前に行います。
鉄板部分の切断や溶接による工事音はかなり響くので、
この騒音に対する配慮が必要なことと、
敷地が狭いと複数のコンテナの切り回しが難しいことなどから、
今回のわいわい!!コンテナプロジェクトの敷地のように
中心市街地のど真ん中のような場合には、
別の広い敷地で基本的な加工を済ませてから、
敷地に搬入して据え付けることをおすすめします。

とはいえ、僕自身もコンテナを扱うのは初めての経験で、
まさにやってみないとわからないことだらけでした(笑)。
ですから、ひと言にコンテナといっても
製造メーカーによって微妙にディテールが違うことが納品後に発覚したりして、
違うディテールのコンテナを連結するのに、結構苦労したりしました。
購入時に、できるだけ同じディテールのコンテナを選定することが
大事なポイントだと学びました。

加工中の中古コンテナ。

サッシ取り付けのために開口部の穴あけなどの基本的なコンテナの加工が終わると、
コンテナをまちなかの設置現地へトレーラーで搬入して、定位置に据え付けます。
後は、通常の建築と同様の手順で、サッシの取り付けや仕上げを行い、
コンテナ建築の完成です。

現地に設置された仕上げ前の中古コンテナ。

佐賀では、仕上げが終わっていないボコボコにへこんだ中古コンテナが
設置場所に搬入された姿を見た市民の方々から、
「こんなぼろぼろのコンテナでほんとに大丈夫?」
と心配の声をたくさんいただきました。

しかし、内外の塗装をして、木製の家具の搬入が終わって完成した際には、
「いやー、中古のコンテナでもこんなにいい空間になるんだー!」
とうれしい悲鳴をいただく結果となりました。

中古コンテナのリノベーションで、完成したわいわい!!コンテナ1。300種類の雑誌と絵本、漫画を自由に読める雑誌図書館として2011年6月にオープン。ここは2012年1月末までの実施しでしたが、現在も別敷地にて「わいわい!!コンテナ2」が継続中。