連載
posted:2015.4.12 from:三重県鳥羽市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Hiroshi Nishimura
西村 浩
1967年佐賀県生まれ。建築家。東京大学工学部土木工学科卒業、同大学大学院工学系研究科修士課程修了後、設計事務所勤務を経て1999年にワークヴィジョンズ設立。大分都心南北軸構想、佐賀市街なか再生計画、函館市中心市街地トータルデザイン、岩見沢複合駅舎、佐賀「わいわい!!コンテナ」など、常に「まち」を視野にいれ、建築・土木・まちづくりと、分野を超えてものづくりに取り組む。日本建築学会賞、土木学会デザイン賞、グッドデザイン賞大賞、BCS賞、ブルネル賞、アルカシア建築賞、公共建築賞受賞。株式会社ワークヴィジョンズ代表取締役、マチノシゴトバCOTOCO215代表、株式会社リノベリング取締役を務める。
http://www.workvisions.co.jp/
みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの代表、西村浩です。
vol.1では、僕が倉庫をリノベーションして使っていた、
品川のオフィスについて書きましたが、今回は、その冒頭で少しふれた
「都市のリノベーション」という考えに至るまでについて、書きたいと思います。
リノベーションというと、一般的には古い建物を対象にするイメージがありますが、
本来的な意味は“価値の革新”であって、
建物に限らなくてもいいんじゃないかと僕は考えています。
何か新しく生まれたものは、時の経過とともに物質的に古くなる。
それと同時に当初の存在意義も、どこか社会の価値観とのズレが生じていきます。
古くなってしまったものを、物質的に新品に戻すことはできませんから、
逆にその古さを時間の積み重ねによる“味”と捉えて、ものの古めかしさを生かしつつ、
そこに未来の価値に繋がっていくような使われ方や人との関わり方を、
デザインという武器を駆使しながら、未来へ受け継いでいくことこそが、
リノベーションということではないかと思っています。
そう考えると、建物以外にも、道路や公園、水辺など、
公共の場にもたくさんのリノベーションの対象となるものがありそうですね。
今後、人口が減少し、それにあわせて車も減っていく社会が訪れるとすれば、
車をスムースに通すための道路空間なんかは、もっと歩行者のために開放して、
むしろ公園のような空間にリノベーションしてもいいかもしれません。
その好例としては、ニューヨークのハイラインが有名です。
http://www.thehighline.org/about
もともと、高架の鉄道貨物線だったところですが、1950年代になると、
物流の主流が鉄道による貨物輸送から高速道路を使ったトラック輸送へと移行し、
ニーズの減少に伴って廃線となってしまいました。
長らく使われずに放置されていましたが、この廃線跡地を、
約1.6kmに渡って緑道にリノベーションした空間がハイラインで、
今や市民に人気の憩いの場となっています。
その結果、沿線地域の価値が上昇して、不動産開発が活発化し、
まちの活性化にも大きく貢献したプロジェクトなのです。
この醍醐味こそが、リノベーションの意義であり楽しさだと僕は思います。
そして、日本の地方都市の現状は、どこにいってもなかなか元気がない。
まちだって老化する。時代の価値観とのズレを矯正して、
美しく年齢を重ねるまちのあり方を考えることが必要で、
それが“都市のリノベーション”だと考えます。
ひとつの建物に留まらず、都市まで視野を広げて、
そのために必要なことが何かと考えれば、
実は、建築や土木、都市計画とか、そういった分野の壁を越えて、
それらが上手に連携することが大切だと思います。
空き家だらけのストック過剰状態の状況とはいえ、
必要ならば、新築の建物をつくったっていいんじゃないかと思うのです。
一般的にイメージされる建物のリノベーションは、
都市のリノベーションのための手段のひとつだと考えています。
僕は、疲弊し続ける風景をなんとか再生したいという思いから、
どんなプロジェクトにおいても、分野を限定せず、
まちの再生に少しでも貢献できるアイデアを探すようにしています。
そして、都市に関わるさまざまな分野同士や、
そこに込められるアイデア同士がいかに密に連携できるかというところに、
都市のリノベーションの効果が現れると思っています。
これからの時代を支える価値の革新をもたらすリノベーションの勘所は、
分野と分野の隙間にあるような気がします。
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ものづくりの力でまちを大きく変えられるんだという感覚を、
僕が初めて実感したのは、三重県鳥羽市の鳥羽駅からほど近い沿いに
遊歩道を整備するプロジェクトでした。はじまりは2002年。
もともとは防潮堤の拡張を目的とした三重県の港湾工事で、
僕が伺ったときにはすでに工事が進行中で、放っておけば、
大きなコンクリートの擁壁と土間が整備されるだけの状況だったのです。
ところが、この立地は鳥羽駅とさまざまな観光施設を結ぶ、
国道沿いの重要な歩行ルートで、
美しい海と島々を望むことができる観光の要となるような場所でした。
そこに、「こんな大切な場所がコンクリートの塊で覆われるだけでいいはずがない」
と立ち上がったのが、「とばベクトル会議」という、
組織に参加する鳥羽の市民の方々でした。
そこから、鳥羽のまちづくりが本格的に動き出しました。
海辺の遊歩道は、市民参加で設計が進み、
ワークショップを通じてデザインや使い方の検討をしたり、
現地でのモックアップや素材の確認などを行いながら、2005年春に完成しました。
そしてまだこの当時、市民参加で進める公共事業は比較的珍しい時代だったので
新聞記事にもなりました。
市民の方々が自ら行動を起こさなかったら、
鳥羽というまちにとって大切な玄関口が
ただのコンクリートの塊になっていたはずのところが、
今や、美しい海と島々の美しい風景を存分に楽しめる、
まちの誇りとなる遊歩道に生まれ変わりました。
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歩行感が柔らかい木製デッキと起伏のある芝生もあり、
広々とした空間では、子どもたちが笑顔で走り回り、
大人たちはゆったりとベンチに座って美しい島々の風景を堪能しています。
時には、ビールを片手に釣り人が集まり、鳥羽の夏の風物詩、海上での花火大会では、
多くの人が集まる絶好の観覧席になります。
防潮堤の整備によってこの場所が、防災機能の強化とともに
今や、鳥羽の暮らしを支える、市民にとって大切な場所に生まれ変わったのです。
その風景を見たときに感じたことは、ものづくりと都市の関わりのリアリティと、
ものづくりに関わる人間としての責任の重大さでした。
「僕らの仕事は、人々の生活を変えてしまうんだ……」
と少し緊張が走った瞬間を今でも覚えています。
そして、この場所の名は「カモメの散歩道」と、
公募で選ばれたひとりの女子高生が命名してくれました。
もう2005年のことだから、彼女もすっかり成人になっているはず。
完成から10年、当時関わった市民の方々と同窓会でも開きたいですね。
このカモメの散歩道が完成した後も、ここで大活躍した市民の方々の活動は、
「まちをなんとか元気にしたい」という強い想いに駆られて、
どんどん広がっていきました。中心市街地の景観ガイドブックをつくったり、
昔お城の外堀だった川と沿川遊歩道の整備をしたり、
まちなかにポケットパークをつくったり……。
江戸時代の記憶を取り戻そうと、埋もれている石垣の発掘調査を行ったりもしました。
自分たちの暮らしは、自分たちでつくる。
先端の生き方としてよく言われるようになった言葉ですが、
2002年に最初に出会ったとばベクトル会議の市民の方々の行動は、
振り返れば、この言葉そのものだったように思います。
鳥羽のカモメの散歩道は、市民の方々の活躍のおかげで、
グッドデザイン賞や土木学会デザイン賞など、いくつかの賞をいただきました。
その効果もあって、僕の故郷の地元紙である佐賀新聞の東京支社の方が、
僕のことを記事にしてくれました。この稿でお話ししたような、
分野の垣根を越えることや、ものづくりと同時に
ヒトづくりも大事だと思っていることなどが中心の内容でしたが、
最後の1文に「故郷再生にかかわるチャンスを心待ちにしている」
と、記者の方が書いてくれました。
新聞の情報発信力はすごいものです。
記事を読んだという佐賀市民で森山さんという方から、
東京の品川の事務所に電話があったのです。
「実は新聞記事を読みまして……。
私、佐賀のまちづくりをなんとかしたいと思っているので、
ぜひ一度佐賀に帰ってきていただいて、お話を聞かせていただけませんか?」
といった感じの連絡をいただきました。
これをきっかけに、故郷佐賀のまちづくりに関わることになっていくわけです。
ま、最初の1年間ぐらいは、2か月に1回程度、
ひたすら飲みながら話していただけでしたけどね(笑)。
ただ、ここでいろんな方々と知り合いになることができて、
より大きなムーブメントへと繋がっていきました。
市民の方々の熱意にはほんとにいつも感心します。
市民力は、まちを動かす強力なエンジンなのです。
きっかけをつくってくれた森山さんには、心から感謝しています。
次回は、いよいよ、あの手この手を使って賑わいを取り戻そうと奮闘している、
佐賀のまちなかのリノベーションについて、
話を進めていきたいと思います。お楽しみに!
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