連載
posted:2015.8.12 from:静岡県浜松市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
403architecture [dajiba]
2011年に彌田徹、辻琢磨、橋本健史によって設立された建築設計事務所。静岡県浜松市を拠点に活動している。2014年に第30回吉岡賞受賞。
彌田徹(やだ・とおる)1985年大分県生まれ。2011年筑波大学大学院芸術専攻貝島研究室修了。
辻琢磨(つじ・たくま)1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。現在、大阪市立大学非常勤講師。
橋本健史(はしもと・たけし)1984年兵庫県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。現在、名城大学非常勤講師。
credit
メイン写真:kentahasegawa
第5回目となる今回は、浜松の中心市街地、ゆりのき通りにある〈三展ビル〉にて
〈EE〉というセレクトショップを営む、松尾龍一さんに話をうかがっています。
第1回を担当した、橋本健史がインタビューしてきました。
三展ビルには、第1回でインタビューした林さんの美容室〈enn〉、
EE、さらにもうひとつ手がけたプロジェクトがあるので、
僕たちのプロジェクトが合計3つも同居しているビルでもあります。
また、松尾さんは、三展ビルのリノベーションの前に、
僕らが浜松市内のマンションの一室をリノベーションした、
プロジェクト〈海老塚の段差〉に入居していたということもあって、
場所も人もさまざまにつながっています。
「海老塚の段差」
不動産のマネージメント会社から依頼で、築40年のRC造3階建のマンションの一室をリノベーション。もともとは小さな4つの部屋にわかれていたが、壁をなくし、さらに床の半分を取り壊してスキップフロアのワンルームとした。天井高の高いフローリングのエリアと、一般的な天井高のコンクリート平板を敷き詰めたエリアがある。松尾さんが入居後は、セレクトショップ<EE>として、オープンしていた。
橋本: まずは僕らが〈海老塚の段差〉と呼んでいる、
物件に入居された経緯からお話いただけますか?
松尾: 結婚を機に夫婦ふたりで住むための部屋を探していたときに、
知り合いから「こんな物件があるよ」って教えてもらったのがきっかけかな。
普通に住むためだけの物件をいろいろ探してたんだけど、
まぁ、どこも変わり映えしないし、自分の気に入った家は、半ばあきらめてた。
でもあの物件を見たら、そのとき副業として、
週末だけカフェの一角で服を売ってたんだけど、
ここなら、店もやれるんじゃないかと思って。
橋本: じゃあ、最初から店舗兼住宅を探していたわけじゃなかったんですね。
松尾: そうだね。物件に出会って、思いついた。
橋本: 入居後、店舗用にいろいろご自分で手を入れてましたよね?
水道管を加工して、天井から吊り下げたハンガーラックとか。
天井に穴をあけて、ラックをつくるなんてかなりの技術が必要ですよ。
松尾: 入居初日から天井に穴を開けたら、上の階の人から怒られた(笑)。
橋本: 天井ってコンクリートですからね(笑)。
コンクリートとなると、専用の道具が必要ですけど、ハンマードリルとかは持ってたんですか?
松尾: ennの林さんに借りた。
ハンマードリルじゃなくて振動ドリルだったから、時間もかかるし音もすごいし。
橋本: あと、スキップフロアの下に設置していた、木の階段を移動させてましたよね。
あれって、もともとは床を支えてた梁材というか、大引っていうんですけど、
かなりしっかりした部材を切断して積み上げたものだったので、めちゃくちゃ重いんですよ。
プラン的に動かす可能性があるので、あえて床に固定はしてなかったんです。
ただ、つくってみたら重すぎで、誰も動かせないかもと思ってたんですが、
まさかスキップフロアの上に持ち上げられるとは予想外でした。
松尾: あれねえ、ほんとに重すぎて、俺うんこもらしたもん(笑)。
橋本: (笑)。
松尾: 超がんばったよ。
橋本: あと、寝室と店舗を仕切るカーテンも自作されてましたね。
松尾: もともとあったカーテンは、ちょっと透け気味だったから。
橋本: カーテンの奥が寝室になってましたからね。
初めてお店にうかがったときに、使いこなし方にはびっくりしました。
まずもって水道管をこんなに自由に扱えるというのは、
明らかに僕らよりも技術があるというか。カットしてちゃんとネジも切っていて……。
松尾: 水道管ラックのネジ切りは人に頼んだんだよ。
周りにそういうことをやってくれる業者さんがいるから。
橋本: はじめはスキップフロアの上のほうだけがお店で、
下のほうは住宅として使っていたじゃないですか。
その後、全体がお店になりましたよね。あれはなぜそうなったんですか?
松尾: だんだん販売スペースが手狭になってきたのと、
住むスペースとしてもやっぱりちょっと狭かったから。
そしたらちょうど、弟夫婦が住んでた、実家の隣の一軒家が
まるまる空いたっていうのもあって、住む場所だけ引っ越した。
橋本: なるほど。マンションの一室で、洋服屋さんをやるっていうのは、
この辺だとあんまりないっていうか、駅から車で15分とやや離れてますし、
知ってる人じゃないとまず行けない場所でしたけど、そのあたりはどう考えてましたか?
松尾: もともと浜松で雇われで服屋さんをやってたから浜松のお客さんが多いんだけど、
浜松のあと、車で40分くらいの掛川市のカフェで、週末営業していて。
それでもまぁまぁ浜松から来てくれた。
そういう経験があったから、どこでもいいってわけじゃないけど、
アクセスのよさよりは、おもしろいとこでやるのがいいんじゃないかと思って。
雇われてたときは路面店だったんだけど、
そのあとカフェの一角でやって、マンションでやって、
いまここは2階だしね。あんまり誰でも入りやすいような感じにはしたくなくて。
橋本: ふらっと入ってくる人はほとんどいないっていうか、
基本的には知り合いが来る感じですよね。
松尾: まぁ、そんなにウチで扱ってる服って、安いとは思わないし、
やっぱり誰かからの紹介で来る場合のほうが、買ってくれる確立も高いわけ。
お店も狭かったから、あんまり回転させるというイメージがなくて、
それだったらじっくりひとりひとり接客したいなと。
ennは、美容院だし基本1対1じゃない。
ああいう感じで、予約こそしないけど、
かなりプライベート感のある空間にしたかったというのはある。
あと、あそこはキッチンもあったから、
そういう商品も扱って、生活空間が見せられるからこその提案もできたし。
橋本: 洋服を売るお店として使う場合、キッチンがあると邪魔になりそうなものですが、
逆にキッチン関連の商品も扱うようにするっていう発想がすごいですよね。
僕としても、使われている状況を見たときは相当衝撃的で。
というのも、海老塚の段差では、段差の上にあたるコンクリート平板を敷き詰めたところと、
段差の下の天井高の高いフローリングの場所とをつくっているんですが、
これがそれぞれどういう使われ方をするかは、一応いろいろ想定しているわけです。
ダイニングテーブルを配置するならこういうパターン、
SOHOとしてデスクが置かれるならこういう感じとか、
ベッドはどちらにも置くパターンがありえるとか。
基本は住むことが前提で、プラスアルファで仕事をしたり、
なにかものをつくったりする人が入ることを想定はしていたんですが、
実際に使われている状況は、想像をまったく超えていて。まさか店を開いちゃうとは。
松尾: そうなんだ(笑)。あの場所だから、お店ができるなと思ったんだけどね。
橋本: そうなんです。
そういう、使い手が空間から影響を受けることによって何か発想が起きて、
その使い手の想像力に影響を受けて、またつくり手が新しい発想を得るというのが、
健全な関係というか。使いたい通りにつくらせるとか、つくった通りに使わせるとか、
そういう一方的なものではなくて、空間を通したコミュニケーションが起こることが、
創造的なことだと思うんですよ。
海老塚の段差から出て、ここ三展ビルに移転して来たのは、どういう理由からですか?
松尾: 正直、別に全然出ようと思ってなかったんだけど、
三展ビルが空いたってennの林さんに聞いて。
それまでも何回かennをイベントで使わせてもらったりしてたから、
お客さんにも場所にもなじみがあったし、
〈海老塚の段差〉が手狭になってきたっていうのもあったから。
家賃的なこととかも林さんがかけあってくれたり。
それだったら、移転してみようかなと。
三展ビルの雰囲気とか、ennの内装とかは好きだったけど、
まさか自分が入るとは思ってなかったけどね。
橋本: そうして僕らに設計を依頼していただいてできたのが、
この〈三展の天井〉なわけですね。
インテリア全体をつくり込んでいくというよりは、バックルームをどうつくるか、
という相談って感じでしたね。それ以外は、結構入れ変わるし、
什器もご自分で選んだものがあるからと。
「三展の天井」
古いRC造のビル〈三展ビル〉にある、セレクトショップ。30ミリ角の木材とスチール角パイプが格子状に組まれ、天井から吊られている。バックルームとしてストックなどを収納するほか、ハンガーを直接かけたり、照明の取付、配線スペース、ディスプレイのガイドなど、入れ替わりの激しい店舗としての運営をサポートする。
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松尾: 改装はもともと全部自分でやろうかとも考えてたしね。
橋本: そうですよね。だから、僕らも、
平面的にどこにバックルームを配置するのがいいのかだけを、主に検討しました。
空間の真ん中においてみたり、曲線を使って圧迫感の少ないかたちにしてみたり。
でも、どんなかたちにしても水平方向の抜けが悪くなって、
窓を塞いでしまうのが気になったんですよ。
この部屋のいいところは、南北の壁いっぱいに横長の窓があって、
すぐ外の街路樹とか、向かいのビルが見えるところだと思うんです。
なので、どこかににヴォリュームを置いてしまうと、すごく狭く感じる。
そこで僕らが提案したのは、天井部分をバックルームとして使う、というものでした。
上に持ち上げてしまえば、窓をまったく塞がずに、収納スペースをつくれると。
でも、この提案は僕ら3人の中でも、結構議論したんですよ。
バックルームをつくってほしいって言われてるのに、
「天井」をつくるというのはどうなんだろうと。普通に使いにくいじゃないですか。
棚としては高い位置にあるので。
だけど、この天井に直接ハンガーを取り付けたり、いろんなものを吊り下げたりしやすいので、
収納スペースとしてあるだけではなくて、
店舗としてのレイアウトを支えるものになるのではないかと。
そういう、棚としての使いにくさとトレードオフで得られるものを、
受け入れてもらえるだろうかと思いながら、
初回プレゼンをしてみたら、あっさり「かっこいいじゃん」と。
松尾: なんかね、海老塚の段差のときもそうだったんだけど、
使うイメージがするっと浮かんで。
ものを置くだけじゃなくて、吊ったり、仕切りを入れたり、
見た目だけじゃなくて、使い勝手的にもいいんじゃないかなって思って。
橋本: よかったです。まぁ、僕らも海老塚の段差をあれだけ使いこなせる人なら、
こういうものを用意すれば、相当自由にいろいろやってくれるんじゃないか、
というのはありましたね。
実際に設計を進めていくと、結構な重量のものを天井から吊るすことも想定して、
構造的な検討は専門家の金田泰裕さんと協働しました。
最初は格子部分をすべて木材でつくるつもりだったので、
長ネジによって天井から吊り下げるポイントも多かったんですけど、
施工的にも大変なので、なるべく天井から吊る部分を少なくすることを検討しました。
でもそうすると強度の関係で吊っているポイント間の距離が大きくなるので、
太い部材が必要になってくる。
収納のための高さや、格子の下のスペースをなるべく確保したかったというのもあって、
荷重が多くかかるところはスチールで、
よりお客さんの体に近い末端のほうは木材である混構造にしました。
そうすると全部30ミリ角でつくれるので、すっきりした印象になるし、
ハンガーなんかをどこでにでもかけることができる。
これは、構造的な検討のおかげなんですよ。
木をひっくり返したみたいなもので、普通地面から生えてる木の幹は太くて、
枝は細くなっているじゃないですか。
あれを、素材を変えて全部同じ太さでつくっているようなものですね。
窓から見える街路樹の景観を生かすために、人工的な木を吊り下げたわけです。
松尾: なんかそんなこと言ってたね。落ちてきたら大変だから、
そういう検討をちゃんとしてくれたのはよかった。
橋本: あと、天井以外の床とか壁とかの仕上げは、自らやられたじゃないですか。
やってみてどうでした?
松尾: 左官で珪藻土を塗ったんだけど、大変だったね。
もともとの壁が塗装の仕方でブツブツしてて、
香陽子(松尾さんの奥さん)がどうしてもそれが許せないと。
下地を2回塗ってから、仕上げもして。思ってた以上に、めちゃくちゃ大変だった。
橋本: すごいですね。梁のところとか結構入り組んでいたりしますしね。
あと、床はスギでやるって言われたときに、
スギはやわらかいので傷とかに弱いし、
木目がきつからいい感じに仕上げるのが難しいんじゃないか、
と僕らは反対したんですけど、
でき上がったのを見たら、すごくいい感じだった(笑)。
松尾: まぁスギの無垢だと、和風っぽくなっちゃうと思うんだけど、
木目を生かす塗料のステインを何回か調整しながら塗り重ねたら、いい感じになったね。
あとは、張り方をくの字にするなど、ちょっと考えた。
橋本: この床、おもしろいですよね。これは、僕らだとちょっとできない。
松尾: どういうこと?
橋本: なんというか、こういうことは苦手なんですよ。
部分的にちょっとアレンジしてメリハリをつける、みたいなのが。
この天井もそうなんですけど、基本的になるべく均質につくって、
使われるときに差がバラバラと出てくるほうがおもしろいと思ってしまう。
何か変化をつけるなら、相応の根拠が見つからないとできないんですよ。
そういう意味でも、僕らがつくり込みすぎるのではなくて、
関わる部分を限定した結果、このお店にとってはいいバランスになったんじゃないですかね。
松尾: へーなるほどね。
最初はちょっと室内に軽く段差をつけようかと思ってたんだけど、
なんだろう。
なんか床の張り方変えたらおもしろいんじゃないかって。
単純にそうやって張ってみたくなっちゃって。
橋本: なんか寄木張りと言われる仕様〈パーケット〉の発展形っていうか。
ああ、そういえば、最初パーケット風のフローリングを使おうとしてましたね?
松尾: そうそう。でもあれはすごく高かったのと、
なんか特徴が強すぎて、すぐ飽きちゃうかと思って。
メインは洋服だしね。
橋本: なるほど。そういう意味でも実に絶妙なバランスですね。
レジカウンターも自作ですし。ほんとすごいなぁ。
松尾: オープン前は毎日ホームセンターに行ってたね。
1日2回とか行った日もあった。
効率悪いよね。
橋本: これだけいろいろやると、絶対あれがないこれがないって、忘れちゃいますよね。
松尾: 忘れる。そう、だからやっぱり設計って大事だなって。
橋本: ああ! その話、前に林さんのインタビューのときにもありました。
松尾: ランプつくったときの話ね。
ダジバのやつら、図面を必ず持ってくるけど、
あれが大事だって気づいた(笑)。
橋本: あの紙っペらを必死につくってるんです(笑)。
いくら図面描いても、抜け落ちるところは出てきちゃうんですけどね。
僕らはやっぱり、建築の勉強しかしてこなかったんで、
インテリア的なセンスというか、使い方のアイデアみたいなのは、
随分みなさんから学ばせてもらっています。
家具の配置なら、ぎりぎり想像力の及ぶ範囲って感じがするんですけど、
窓際にドライフラワーを吊るといい感じ、みたいなのは浜松に来てから学びましたね(笑)。
実際こういったかたちで、自分たちが設計した場所が、
どういう使い方がされているか、
というのをかなりの頻度で見ることができているのは大きいですよ。
住宅だと、クライアントとの関係がいくらよくても、そうそう頻繁に行くわけにはいかないし。
使い方の変化を継続的に見られるのは、すごく参考になります。
松尾: 俺もいろいろ変えるのが好きだからね。何が正しい、みたいなのがあるわけでもないし。
橋本: 雇われて働いていたときはこの浜松のまちなかにいて、それから掛川、
その後ちょっと浜松駅から離れたマンション、
また再びまちなかに戻って来られたわけですが、
そのあたりの心境の変化っていうのはありますか?
松尾: 最初に浜松のまちなかで働いてたときは、東京に行きたいと思ってたね。
東京がおもしろかったから。その会社では、最初は東京勤務で、デスクワークをやってた。
でも、浜松の販売スタッフが辞めちゃったから、異動になって、販売員をやれと。
半ば無理やり帰って来たから、心のどっかで、いつか東京に行こうと思ってた。
でも、それからいろいろあって、結婚することになって、
きっと浜松にずっと住むんだなと腹をくくったときに、
だったらここで楽しもうって思い始めた。
それから、いろいろ考え方も変わったかな。
橋本: そうだったんですね。
もともとすごく地元愛が強かったから、という感じではないんですね。
松尾: 全然そんな思い入れはなかった。
もちろんいまとなっては、いいなぁと思うし、
まちなかに戻ってくるなら、いまのこのゆりのき通り以外考えられない。
この通り、三展ビルにはennもあるし、
向かいには、カギヤビル(第3回、第4回で登場)もあるし、
ダジバの事務所とかnaru蕎麦(第2回)だって近いし、
いろいろと縁があって関わることがあったわけだから、
運命的なものは感じるね。
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橋本: 確かに、海老塚の段差にたまたま住んだ松尾さんが、
その後僕らのクライアントになったわけで、
林さんもそうなんですけど、
2回プロジェクトをやらせてもらうことなんて、なかなかないですよね。
松尾: 2回目は、まぁ、やっぱり同世代だし、応援したいっていうのはあったけどね。
橋本: ありがとうございます!
松尾: なかなか30歳前後で、インディペンデントに活動するというか、
自分でお店を持ったりする人って、そんなに多いわけじゃないじゃない?
橋本: そうですね、まさに僕らはそういった人たちに支えられて、
どうにかこうにか今日までやってこられたわけなんですが。
なんかこう、そういう活動をする人たちが増えていっている感じはしますよね。
お店だけじゃなくて、デザイナーとかNPO関係の人とか、なんというか本当にいろんな人が。
この間も林さんが、ちょっと前に浜松に越してきた洋服をつくっている方を、
わざわざ事務所まで来て紹介してくれましたよ。
松尾: 俺はいなかったけど、ウチにも来てくれたみたいね。
アパレル関係の人と東京で会ってるときなんかも、
なんか最近、浜松おもしろいらしいじゃん、みたいなことを言われるよ。
橋本: ああ、たしかにそれ僕も言われることありますね。浜松いま熱いらしいね、みたいな。
僕らはなんかほんといいタイミングで来た感じですよ。
それこそ、僕は出身でもないので、最近の浜松のことしか知らないですが、
僕が来たこの5年くらいの間でも、まちなかでの変化は相当ありましたね。
先日、新聞でこのあたりの地価が上がったっていう記事が出てました。
松尾: 最初にこのゆりのき通りあたりで働いてたときには、
マイナスの話題しかなかったけどね。
あの店がつぶれるだとか、あそこが店を辞めたとか、人通りが減ってるみたいな。
でも、いまはどっちかというとプラスの話題のほうが多い気がする。
橋本: ゆりのき通りのの空き店舗数って、
一番多いときからすると3分の1くらいに減ったらしいです。
僕らもまたいまも近くで、新しいプロジェクトをやっていますし。
松尾: この通りのダジバ率高いよね?
橋本: この三展ビルとカギヤビルに特に多くて、それぞれ3プロジェクトずつありますね。
同じビルに何回も関わることができるっていうのは、おもしろいですよ。
どっちのビルもそうなんですが、
いわゆる共同ビルと呼ばれる、権利者が共同して建てたビルが、浜松はすごく多く残っていて。
これは浜松は、空襲でほとんど壊滅的な状況だったので、
戦後に延焼を防ぐために推進されたビルディングタイプなんです。
ビルとビルの境界の壁も共有していたりするんで、
物理的にも権利的にも複雑になっていて、建て替えが難しい。
そういう場所がたくさん残っているからこそ、
大型のテナントビルとは違ったところを望む、ちょっと変わったことをしたい人が、
活動を始めやすい状況があるみたいです。
僕らは幸運にも、そういった規模の仕事に対応できたり、
うまくクライアントがつながってくれたりと、浜松の状況に育ててもらった感はありますね。
松尾: へえ。なるほどねー。海老塚の段差のときは、設計を依頼したわけじゃなくて、
たまたまダジバがやった物件だったんだけど、
こっちの店で依頼してみて、いままで設計を頼むなんてしたことなかったから、
すごい楽しかったね。
いろいろやりとりをして、模型を見て、こんな感じなんだって。
あとオープンのときのDMも、ダジバがよく仕事しているデザイナーに頼んだりしたよね。
コストを下げるために、若い子とか学生にやらせるんじゃなくて、
そういうときにちゃんと仕事として、お金を払うことが大事だと思うんだよね。
単純に使ってあげたい気持ちもあるけど、
やっぱり普段から仕事を見て、いいなと思ってるからお願いしたいと思うし。
お互いにやっていることをちゃんと認め合って、
信頼関係ができているのも目の当たりにしてたから、僕らもお願いしようと思ったし。
橋本: そうですね。
僕らもそういうまちに関わる、プレイヤーのうちのひとりにすぎないというか。
たしかに、設計事務所に仕事を依頼する機会って、
普通は家を建てるときとか、一生に一回あるかないか、
まぁほとんどの人は、ないものかもしれない。
そういう意味では、僕らは同じ人と何回か仕事をしたり、
同じビルに何回も関わる、みたいなこともあるし、
いろんな場面で建築系の人以外ともコラボレーションすることも多いです。
規模は小さいけれど、まちのリノベーションに関わることで、
浜松という都市全体の動向や特徴、歴史、
そういったものが少しずつ見えてきて、深く関わることも増えています。
建築を通して、都市そのものと関わるような回路を持てていることは、非常に刺激的ですね。
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