連載
posted:2015.7.10 from:静岡県浜松市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
403architecture [dajiba]
2011年に彌田徹、辻琢磨、橋本健史によって設立された建築設計事務所。静岡県浜松市を拠点に活動している。2014年に第30回吉岡賞受賞。
彌田徹(やだ・とおる)1985年大分県生まれ。2011年筑波大学大学院芸術専攻貝島研究室修了。
辻琢磨(つじ・たくま)1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。現在、大阪市立大学非常勤講師。
橋本健史(はしもと・たけし)1984年兵庫県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。現在、名城大学非常勤講師。
第4回は、辻 琢磨がインタビュアーを務めます。
僕らの最新プロジェクトが、2015年4月に竣工した「鍵屋の階段」。
アトリエだった場所を、ゲストルームとしても使えるように改修しました。
今回は、その施主であるマシュー・ライアンさんにお話をうかがいます。
オーストラリア出身のマシューさん。
浜松のカルチャーの発信拠点として、
シェアオフィスやショップが入る築40年以上のカギヤビル(vol.3に登場)は、
かつては、空き室だらけでした。
地元不動産によるリニューアルを契機に、
カギヤビルに入居したマシューさんは、
4階の約25平方メートルのワンルームを自らのDIYで改修し、
映像制作などの創作活動をしたりしていました。
英会話教室も開いていましたが、
基本はマシューさん自身のためのアトリエ空間。
でも、浜松のまちの人との交流が始まるようになったことで、
この部屋をもっと多くの人を呼び込めるゲストルームとしても使えないかと
マシューさんは考え、僕らdajibaに相談がきたのです。
もともとマシューさんがDIYでつくり上げた空間はとてもすばらしいもので、
そこを生かすには、どんなゲストルームをつくればよいのか……
議論を重ねていくうちに、設計が決まるまでに要した期間はなんと7か月。
でもおかげで、お互いが納得いく空間となりました。
「鍵屋の階段/The Stairs of Kagiya」
築40年以上経つコンクリート造の共同ビルの1室の、ゲストルームへの改修計画。
コンクリートの既存の梁から箱形の空間を吊ることで、下部には無柱空間ができ、
箱の中には寝室となるロフトスペースが生まれている。
辻: そもそもなんで、この小さな空間に、
ゲストルームをつくりたいと思ったの?
マシュー: iN HAMAMATSU.COMという、
浜松の観光プロモーションサイト運営に携わっているから、
観光に興味があったというのはあるんだけど、
中国にいたときにユースホステルを運営していた経験があって、
屋上でパーティしたり、
いろいろな人とのコミュニケーションが生まれていた。
何かそういうことをつなげたいとも思っていたんだ。
辻: なるほど。中国に数年いて、中国語も話せるんだったよね。
そもそもマシューはどんな縁で浜松に来たの?
マシュー: オーストラリアには、大学までいて。
そのときは、芸術史を専攻していたよ。
あと、お金を貯めてヨーロッパへたくさん旅行もした。
本物は本より大事なんだ。
オーストラリアでは、全部本の中でしか歴史に触れられなくてさ、
すべてのオーストラリアの建物は200歳より若くて、古い建物がない。
日本にあるお寺は600歳だったりするわけでしょう。
実際に、経験することで物事は本当に理解できるから、
僕にとって旅は、教育そのものだよ。
辻: それは僕も感じるよ。それで紆余曲折あって中国にたどり着いたと。
そこで今の奥さん(マシューの奥さんは日本人)と出会って、
日本に来ることになったんだよね?
でも、カギヤビルのこの部屋はどうして借りようと思ったの?
自分で決めたわけでしょう?
マシュー: ただ気に入ったんだよ。
僕が入った2012年頃は、ちょうど丸八不動産株式会社の
平野啓介さん(第6回インタビュー予定)たちがカギヤビルを買った直後で。
それまであった昔ながらの喫茶店や洋服屋さんはいくつか入っていたけど、
ほかは空っぽのビルだった。
辻: リニューアルしてから、
マシューが最初の入居者ってことなの?
マシュー: 新規では、そうだね。
でも、浜松出身の写真家・若木信吾さんがオーナーを務める、
本屋「ブックスアンドプリンツ」と同じくらいじゃないかな。
ブックスアンドプリンツは、すばらしい場所だね。
マシュー: 僕は今まで、この部屋をアトリエや
英会話レッスンのためのスタジオに使っていたんだ。
最初は、コンクリートで囲まれた何もない空間だったけど、
英会話教室をするのに必要だったし、
自分でクリエイティブな活動をしたいのもあって、
DIYで部屋をつくり始めたんだ。
おかげでここは、僕の空間でとてもリラックスできる。
ここにいて、何かつくって、何か読んで。それだけで居心地がいい。
自分の「家」は子どももいて、とても忙しいからというのもあるけど(笑)。
でも、当時若木さんがよく来てくれたことは大きかったなぁ。
いつもおもしろい話をしてくれて。彼は英語も話せるし、会話がうまい。
インターナショナルなセンスがあって、いい関係を築けているよ。
そのときに彼が連れて来る知り合いがおもしろい人ばかりで、
教わったり、刺激をもらったり、次のものをつくって、また次をつくって、
と続けているうちに、空間ができあがっていって。
まずは、床を貼ることから始めたんだけど、
それから、西日が強かったからカーテン替わりにいい感じの布を窓に設えたり、
大きなテーブルをつくったり。
何でも描ける黒板を壁にかけたり、
あとは自分の好きな雑誌や作品やレコードが少しずつ増えていった感じで、
気づいたらできてた(笑)。
辻: 僕らより全然DIY上手いよ(笑)。
床の張り方も目地をずらして工夫しているし、
DIYでつくるところとそうでないところをしっかり見極めている。
素材の選び方のセンスもとってもいい。
この空間に散りばめられている家具、
レコードや昔の雑誌といった小物に至るまで、
古いものもあれば新しいものもあって、
でもなんとなく統一感がある、それがマシューらしさを表現していると思うな。
マシュー: とにかく、この部屋を通していろんなおもしろい人たちに出会った。
特に、まちの新しい使い方を見つけてくれた、
「Camp Garden」のイベントはおもしろかったな。
カギヤビルの屋上でキャンプ場を皆でつくってたやつね。
そこで、初めてdajibaとも会ったんだと思う。
そのときはdajibaが建築家なのかもわからなかったけど。
辻: Camp Gardenを通して、
浜松の人たちとの交流が一層深まっていったんだね。
マシュー: そうだね。みんなフラッとこの部屋にやってくるんだよね。
例えば、ブックスアンドプリンツの中村陽一さんも、ただここに来て、
何も言わずに帰っていくような人でね。会話なく。僕も仕事して帰る。
でも、僕はここにいつもいるわけじゃないし、
いなかったら、ただのデッドスペースにもなるわけでしょう。
もっと生きた、みんなにとってもいい空間の使い方があるんじゃないかって。
辻: 自分で、自分のためにつくったはずの空間を、
まちに開いていくことの可能性を感じたんだね。
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マシュー: dajibaに頼んだのは、
誰かとコラボレーションしたいと思っていたんだ。
僕はすべてのクリエイションは
コラボレーションから生まれると思っているくらいだから。
あと、廃材を活用することを期待していたんだ。
ennの格子(vol.1に登場)もやっていたでしょう?
僕はdajibaがやったって知らなかったけどすごく気に入っていて。
資材を解体して、駐車場で組み上げる過程を見せてもらったら、
さらに、いいなと思ったよ。
辻: だから最初のプランは、大きな集成材の廃材を三角形に切って
ロフトの床を乗せるための壁構造に使おうという提案だったよね。
マシュー: 知り合いのプレカット工場に一緒に行ったね。
すごくよかったんだけど、
あの提案は大量の廃材を使うものだったから、
空間にとって重すぎると感じていたし、
コストの問題もあってなかなか難しかった。
dajibaが再度提案してくれたこの最終案を見たときは、
すぐにこれでいこうってなったよね。
僕らはお互いのものづくりをリスペクトしていたから、
そこで上手く方針転換できたんだと思う。
辻: マシューのつくった、
オリジナルで居心地がいい空間を生かすことが課題だった。
マシューは頻繁に部屋のレイアウトも変えていたし、
ひとつの部屋の中にいろいろな場所をつくるのがうまかったから、
なるべく邪魔な柱や壁を下に落とさずに、
自由なレイアウトができるようにして、
ロフトの上も寝るだけのスペースというよりも
座っても居心地がいいくらいに床の高さを決めたんだ。
カギヤビルは「共同ビル」という、
戦後に普及した、複数の土地所有者が共同で建物を保有する建築形式で、
権利調整が難しく解体されず残ることが多いんだよね。
この古く残ったコンクリートの既存の構造体に対して、
どう建築をつくるかということを考えると、
吊るということは、重要だったんだ。
例えば、木造のリノベーションでは
木造の既存構造への負荷が大きい場合もあるから、
人が乗る床を上部の構造から吊るのは難しいし、
この、コンクリートに囲まれた場所でしかできない建築にしたかった。
厚みの小さい天井からではなく、
強度のある両側の梁から吊るというアイデアは、
構造エンジニアの金田泰裕さんとの恊働から生まれたんだよ。
辻: もともとの部屋の3メートルの天井高に対して、
ちょうど真ん中の高さにこのロフトの床を持ってくることで、
箱の中の寝室にも、箱の下にできる無柱空間にも、
居心地のいい空間ができることを大切にした。
それから、箱の中へ登ると、
さらに棚や机としても使える階段状の踏み板が三段続いているんだけど、
その板と板の間から建物の下を通る東海道を見下ろすことができるんだよ。
目線より高いこの視点は今までなかったから、
新しい角度でまちを眺めることができるんだ。
辻: 「階段」っていう名前にしたのは、メインの寝室空間は踊り場だけど、
ずっと旅をし続けたり、空間のレイアウトを変えたりするマシューみたいに、
止まらずに動くこと、動かすことから
インスピレーションを受けたからとも言えるね。
マシュー: なるほど!
辻: 金田さんには「これで本当に大丈夫か」と何度も質問したよ。
古いビルだし、より慎重に設計を進めたんだ。
計算上、強度的には十分なんだけど、
梁だけじゃなくて天井からも部分的に吊ったり、念入りに構造は考えた。
実はこのプロジェクトはセルフビルドほとんどなしで、
建物が古いから吊るための梁がまっすぐじゃなかったこともあって、
とても難しい施工になったんだよね。
ここまで高度な技術を要する施工を
大工さんにお願いしたのは初めてだったんだ。
僕らは設計だけ。
マシュー: こんな構造みたことないよ。
それにしても、話を最初に持ちかけてからできるまで長かったねぇ。
辻: 超長かったよ(笑)。
基本設計に7か月、実施設計1か月、施工2週間だからね。
10平方メートル以下の小さなプロジェクトのわりには、長かった。
でも、僕は、遅いってことは
それ自体デザインにとってはいいことなんじゃないかって最近よく思うんだ。
合理的な考え方との相性は悪いかもしれないけど。
でもデザインや、関係性だけについていえば、
遅く、長い期間をかけるられるってことはとても大切だと思う。
だからこのプロジェクトは僕らにとって、とても大事なものになっているよ。
マシュー: dajibaは今もまだとても若くて、
海外からもたくさんインターンの希望があるくらいだから、
世界の若い人材がシンパシーを感じているってことでしょ。
自分たちだけで仕事を始めて、
勇気をもって、オリジナリティを生み出そうとしている。
僕にとって誰かと一緒にこういう空間づくりは初めてだったし、
dajibaとの議論は刺激的だった。
そんな意見を交わすコミュニケーションが楽しかったのは
根本的に、お互い、ミスこそ信頼すべきものだと、
共感していたのが、大きいんじゃないかな。
日本人はミスをしないようにしないようにってするでしょう?
やる前から常に完璧を目指す。
でも琢磨は理解しているよね、ミスを愛している。
その結果残ったのが、このプロジェクトの最終案だったんだと思うよ。
案を見てすぐに興味がわいたよ。
どんな過ごし方があるかとか、
例えば、この中途半端な高さの下の空間を
どう使おうかってことだとかさ。
辻: マシューがこの施工の後につくった箱の下の空間に置いてあるこの棚、
階段部分の目地に合わせてつくってくれてるでしょう。
「琢磨、380ミリでつくったよ!」って。
そういう細かいところからも
マシューのこのプロジェクトへの敬意を感じるんだよね。
椅子の置き方や、些細な小物の配置も含めて。
マシュー: コラボレーションってそういうものだよね。
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辻: コラボレーションはまだ始まったばかりだね。
じゃあ、このゲストハウスがこれから、まちにとってどう機能するか、
してほしいかについても聞かせてくれない?
マシュー: airbnbを中心にネットに情報をアップし始めているんだけど、
airbnbは、観光っていうより
もっとリアルな日本を体験したいっていう人に人気で、
決め手は写真が大事なんだよ。
空間ももちろん大事だけど。
iN HAMAMATSU.COMを通して、
どうやって人を浜松に呼び込むかということを考えていたから、
その辺りの感覚はつかめてた。
なぜ浜松に来るか? と考えたときに、
浜松には当たり前の日常が体験できることが
大事なんじゃないかって気づいたんだ。
辻: 「観光資源」よりも「日常」がおもしろいってことだね。
マシュー: 観光では京都や広島には勝てないよ。
でも、こういうディープな日本のデザインの現状に触れられる機会は
観光客にはなかなかないから、可能性はあると思うんだよね。
dajibaっていう地域に根づいた日本人の建築家がデザインしているんだし、
紹介文は「Modern Japan design city center」だからね(笑)。
実際、リリース3時間後にメールが来た。
このデザイン好きだから1週間入りたいって。
オーストラリアの建築家からも入りたいって問い合わせが来たし、
来月もノルウェーから来るデザイナーの予約が決まっているよ。
だから今から、彼ら向けの、浜松のデザインマップをつくりたいんだ。
dajibaの仕事はもちろんだけど、
よりいろんな浜松のデザインシーンを紹介できるようなね。
辻: dajibaもたまに知人が浜松に来たときには
僕らが手がけたプロジェクトツアーをするんだよ。
僕らのプレゼンテーションではこの地図をよく見せるよ。
色がついているところが僕らの関わったプロジェクトの場所。
マシュー: おぉ、これこれ、こういうのをつくりたいんだよ。
僕のバックグラウンドが旅だからね、地図はとても大切。
桑田さん(インタビュー中、遊びにきたグラフィックデザイナー)、
よかったいいタイミング。
この地図づくりに協力してほしいんだ。よろしくね!
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