長野県大町市。『北アルプス国際芸術祭』の舞台でもあるこのまちも、
普段はさすがに開催時期ほどのにぎわいはない。
しかし、かつて戦前~1960年代まで、
このまちは登山文化の発信地のひとつとして、全国から客足が絶えなかったという。

〈三俣山荘図書室〉。店の使用電力は屋上に設置したソーラーパネルで賄う。完全オフグリッドだ。(写真提供:三俣山荘図書室)

同じく〈三俣山荘図書室〉店内。バーカウンター脇に登山ギアとウェアのポップアップ。
「山と人とまちをつなぎたい」
北アルプス・黒部源流の稜線にある〈三俣山荘〉と〈水晶小屋〉のオーナー、
伊藤圭さんは、往年の登山文化の復興を目指して、
2022年、大町のシャッター街となった商店街の一角に、
〈三俣山荘図書室〉をオープンした。
空き店舗になっていた元呉服店の3階部分を、
1年かけてDIYでリノベーション。
当時を伝える登山道具や山の写真がディスプレイされた階段と通路を抜けると、
アウトドアのウェアやギア、登山やエコロジーなどをテーマにした
約400冊の本がずらりと並ぶカフェに到着する。
大きく開いた窓から飛び込んでくるのは、北アルプスの山々だ。

店のテラスに出ると北アルプスが望める。取材時は11月、早くも雪に彩られて美しい。
「いろいろなカルチャーを持った人たちが山と出会う、
ハブになるようなサロンにしたいんです。
そうすることで登山も新しいカルチャーに生まれ変わる。
そうでもしないと、登山に興味のある人の数は増えないと、僕は思うんです」
伊藤さんがそう考え、三俣山荘図書室をオープンさせるに至った背景には、
登山文化や山小屋、まちという地域が抱える、さまざまな課題があった。
伊藤さんは、東京出身。
四谷育ちの都会っ子でサブカルチャー好きと、山とは縁遠い生活を送っていたが、
先代で日本の登山文化の黎明期を担った父・正一さんのあとを継ぎ、
山小屋のオーナーになった。
戦後の時代、正一さんは荒れ果てた山小屋の権利を買い取り、
土地の猟師たちと小屋を再建。
その経緯を綴った正一さんの著書『黒部の山賊』(ヤマケイ文庫)は
現在も山岳文学の名著と謳われるほどで、まさにまちの登山文化の発展に貢献した人物だ。

〈三俣山荘図書室〉店内ディスプレイより、伊藤さんの父であり開拓者、正一さんの年譜。
事実、かつて大町は“登山のまち”だった。
都市の文化人たちがこぞって山を目指し、
北アルプスの象徴である槍ヶ岳から烏帽子岳までの黒部源流域に伸びる
〈裏銀座ルート〉を登るために、登山客でにぎわった。
彼らは、地元旧家の出である百瀬慎太郎の旅館〈對山館〉(1892頃~1943年)に集い、
さながらサロンのように交流していたという。伊藤さんはこう解説する。
「1950年代には、登山客が駅前でぎゅうぎゅうになって雑魚寝したとか、
登山口行きのバスが満席だったとか、そういう話が残っています。
その後もいわゆる「登山ブーム」でにぎわいましたが、
1979年に大町の登山文化は一旦途絶えてしまうんです」

〈三俣山荘図書室〉入口までの階段にディスプレイされた往年の登山道具。
原因には、まちにある北アルプスへの入山口に高瀬ダムが完成し登山道が途切れたこと、
上高地や新穂高のようなほかの入山口が充実し登山客が流れたこと、
そしてまち自体の過疎化などが挙げられるという。
その結果、「裏銀座ルートはすべて寂れてしまい、
ここ40年間は下降線の一途をたどっている」と伊藤さんは語る。
追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスによる登山客の激減=山小屋の減収だ。
「収益が例年の25%くらいに落ち込んで、このままじゃつぶれる、
なにかやらなきゃって、考え始めたんです」

〈三俣山荘図書室〉店内。父・正一さんの著書や登山ファンにはお馴染みの本も。