個性豊かなイベントで 新しいお寺のかたちを追求する 岐阜県山県市〈東光寺〉

岐阜県の郊外に位置する禅寺

「お寺」と聞いて、何が思い浮かびますか? 
住んでいる地域にもよりますが、
「法事をする場所」「お墓参りに、年に1~2回行く場所」、
あるいは「通りすがりでよく見ているけど、どんなところかは知らない」など、
あまり馴染みのないところだというイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。

しかしそうした状況に危機感を持ち、お寺を観光資源・文化財として残そうと、
ユニークな取り組みを多々行っているお寺があります。
岐阜県山県市にある〈東光寺〉です。

〈東光寺〉

〈東光寺〉は約520年の歴史を持ち、
敷地面積3000坪を誇る山県市最大の禅寺です。
美しいドウダンツツジと苔庭でも知られ、
最近は成人式や結婚式の前撮りスポットとしても人気を集めています。

「お寺=おかたい場所」のイメージを変える催しを実施

〈東光寺〉縁側

〈東光寺〉では、毎月さまざまなイベントを開催しています。

例えば、お寺が保有する文化財に親しんでもらう「月見茶会」。
〈東光寺〉は長い歴史の中で数々の名僧を輩出したことから、
お茶道具や伝統工芸品、美術品などが数多くあります。
そうしたものに触れてもらおうと、数々の伝統工芸品を鑑賞しながら
お茶も楽しめる会を開いています。

ほかにも、ユニークなイベントを随時開催中。
保護猫や保護猫活動をしている人々のことを知ってもらうことを目的に、
猫にまつわるクイズやスタンプラリー、マルシェを実施する「東光寺ねこ日和」に、
地元の菓子店とコラボした和菓子づくりのワークショップなど、
バラエティ豊かです。

猫モチーフのお菓子

「東光寺ねこ日和」では、猫モチーフのお菓子や雑貨などを販売するマルシェも開催

また、地域の子供たち向けの体験教室「てらこやぁ」も行っています。

栃木県の古道具店〈pejite〉が リノベーションした古民家の 貸し出し事業を開始

地域に眠る物件に命を吹き込む

栃木県を中心に店を構える、古家具と生活雑貨のセレクトショップ
〈pejite〉と〈仁平古家具店〉。そのオーナーである仁平透さんが、
2024年6月から新たな事業を開始しました。
その名も、〈place〉。
栃木県内の古民家を始めとした古い建物を、
店として使えるように改修して貸し出す事業です。

最初に募集するのは、栃木県鹿沼市の、とある山のふもとにある古民家。
明治14年に建てられたもので、母屋と石蔵からなります。

木々に囲まれた母屋は、約1年かけて改修工事を実施。
屋根の張り替えや壁の塗り替えなども行って、ふたつの部屋をつくりました。
広さはどちらも12坪ほどです。

母屋の中の様子。柱や梁がぐっと空間を引き締めている。

母屋の中の様子。柱や梁がぐっと空間を引き締めている。

母屋に入ると目を引くのは、柱や梁。
長くこの建物を支えてきたものだけあって、存在感があります。
壁には石膏ボードを貼って、入居者が自由に手を加えられる仕様に。
入居者の好みに合わせて、土壁や漆喰、モルタルなどを塗ってもいいそうです。

石蔵は、鹿沼市内で採集できる「深岩石」でできているもの。
深岩石の壁ならではのあたたかみや質感を残しつつ、6坪の空間に仕上げています。

「石蔵は今でも田舎に行けば点在はしていますが、
今からつくられることはきっとありません。
今後はもっと貴重なものになっていくと思います」と仁平さん。
歴史ある蔵の雰囲気を生かして、絵画やアンティーク、
茶器などを並べるのもいいかもしれません。

どちらの建物も、入居者の業種は不問。
ひとりで1スペース借りるのはもちろん、
「母屋も石蔵も両方借ります!」なんて方法も可能です。
入居者のアイデア次第で、無限の広がりを見せる空間なのではないでしょうか。

伝統芸能を未来につなぐ。 岐阜市で芸舞妓を養成するスクール開校

三味線や長唄に合わせ、美しい着物に身を包んだ芸舞妓の姿は、
日本の伝統芸能のきらびやかな美しさを表現し、見るものを惹きつけてやみません。
しかし、こうした伝統芸能を受け継ぐ人たちは、減少の一途をたどり、
風前の灯火となっています。

岐阜県岐阜市の芸舞妓が所属する団体、鳳川伎連(ほうせんぎれん)が
母体となり、新たな人材育成の取り組みとして、
2024年4月、遊宴文化の担い手を育てる岐阜伎芸学院を開校しました。

開校式の様子

2024年4月、開校式の様子。

おもてなしの心を育て、日本文化を学び伝える

岐阜県長良川流域は、古くから美濃和紙、和傘、岐阜提灯といった
伝統工芸の盛んな地域でした。古式ゆかしい1300年の歴史を持つ
「長良川鵜飼」でも有名な場所です。
日本文化を通しておもてなしを伝える花柳界も、江戸、明治の頃から、
町衆・旦那衆に支えられ、発展してきました。ここ岐阜では、
昭和の初めには、500名もの芸舞妓が活躍していたのだとか。

しかし、時代の変遷とともに伝統工芸品の生産量が減少し、
町の活気も失われていきました。
そして、それは遊宴、伎芸文化の世界にも波及し、
現在では14名の芸妓で、お座敷や宴席を支えるほどとなっています。
しかし、その一方で、映画やドラマで取り上げられる舞妓の姿に関心を持つ
若い世代や外国の観光客は年々増加。「舞妓さんのような着物を着てみたい」
「踊りを習ってみたい」「所作を知りたい」といった憧れの声が
高まってきているのです。

長良川での船遊びの様子

岐阜・長良川での船遊び。

専科だけでなく、幅広いニーズに応えるカリキュラムを提供

「本来、芸舞妓の育成は、町ぐるみで歴史や文化を伝え、
作法や精神性を女将さんたちとの生活の中で受け継がれてきたのです。
しかし、時代の変化、ライフスタイルの変化で、そういった徒弟制度が難しく、
体系的に教えていくための学校の必要性を感じ、スタートしました」と
語ってくれたのは、岐阜伎芸学院の代表理事である
小野崎隆賢(おのざき りゅうけん)さん。

小野崎隆賢さん

岐阜舞妓の育成、長良川船遊びなど遊宴文化の研究・再生に取り組む。小野崎隆賢さん。

岐阜伎芸学院では、今まで18歳以上しか受け入れていなかった
お茶屋での舞妓修行を、中学卒業と同時に学べる高等科を設置。
芸舞妓への稽古に取り組みながら、中京高校の通信制と提携し、
サポート校として高校卒業資格を取得できる独自のカリキュラムをつくりました。

「3年間で芸舞妓の基礎の部分を習得してもらい、その後は専科へ進み、
本格的な芸舞妓の養成を行っていきます。
また、今後は裏方を育てるコースも設けていく予定です」と理事の芳川辰次(よしかわたつじ)さん。

高校を卒業して、舞妓としての技能、訓練を学ぶための予科や
芸妓を目指す専科、さらには、小中学生が習い事の一貫で通い学べる中等科や、
社会人が三味線や日舞を学べる別科といったそれぞれのニーズに沿った
専攻課程を設けています。

通信課程で勉強中の生徒

通信課程での勉強も並行して学ぶ。

「おいしいビールを届ける」まちづくり 和歌山県有田川町にある 国際色豊かな〈Nomcraft Brewing〉

300種類以上のビールをつくりだしてきた

海が近く、年中温かくて雨が少ない和歌山県有田川町は古くから続くみかんの名産地。
見渡す限りのみかん畑の中に佇む〈Nomcraft Brewing〉は
2019年に誕生したクラフトビールの醸造所だ。

〈Nomcraft Brewing〉が入居するのは、元保育園をリノベーションした複合施設〈THE LIVING ROOM〉。

〈Nomcraft Brewing〉が入居するのは、元保育園をリノベーションした複合施設〈THE LIVING ROOM〉。

メンバーは「シセロン」というビールソムリエの国際認定資格を持つ
シカゴ出身の醸造長アダムさん、
有田川に移住して18年のイギリス人ギャレスさん、
ドイツの醸造・精麦マイスターの資格を持つドイツ人のマークさん、
イギリスで研鑽を積んだジュンヤさん、
そして海外生活のなかでクラフトビールに出合い
〈Nomcraft Brewing〉の創設に関わることになった金子巧さん。
実に国際色豊かな顔ぶれであることに加えて、全員が移住者だ。

左から右に、代表の金子巧さん、有田川町に移住して18年のギャレスさん、醸造長のアダムさん、醸造・精麦マイスターの資格を持つマークさん。

左から右に、代表の金子巧さん、有田川町に移住して18年のギャレスさん、醸造長のアダムさん、醸造・精麦マイスターの資格を持つマークさん。

〈Nomcraft Brewing〉のクラフトビールは
ホップにフォーカスしたアロマ豊かなアメリカンスタイルの味わいが特徴。
また、和歌山県が都道府県別・国内生産量1位を誇る有田みかんや、
同じく国内生産量1位を誇るぶどう山椒といった
和歌山・有田川町ならではの農作物を使用した香り高いビールなど、
創業以来300種類のビールを生み出してきた。

 (写真左)軽快な飲み心地の「Nomcraft Lager」。(写真右)ホップとアロマの苦味をしっかりと堪能できる「Nomcraft IPA」。

(写真左)軽快な飲み心地の「Nomcraft Lager」。(写真右)ホップとアロマの苦味をしっかりと堪能できる「Nomcraft IPA」。

醸造に欠かせない水は、世界遺産高野山と同じ水系に属す伏流水を使用。
「プレーンな水は、あらゆるスタイルのビールの可能性を
最大限に引き出す麦汁へとデザインすることができます。
それに和歌山のいろんなフルーツやスパイスの風味をきれいに
引き出すことができるんです」と金子さんは言う。

“食”で団地の可能性を拓く 〈「団地キッチン」田島〉。 団地管理会社によるコミュニティ施設

この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や
地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、
全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、
その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、
まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。

第5回は、2023年度グッドデザインを受賞した、
埼玉県のJR西浦和駅前にあるコミュニティ型複合施設
〈「団地キッチン」田島〉を訪ねた。

お話を聞いたのは、「“食”や“本”を通じたコミュニティ拠点の運営」でも
グッドデザイン・ベスト100を受賞した〈日本総合住生活(JS)〉の
住生活事業計画部の中野瑞子さんと、上野雅佐和さんのおふたり。

「団地キッチン」田島は、コミュニティ形成を目的として、
銀行の支店跡地を、カフェ・シェアキッチン・ブルワリーに改装し、
2022年8月にできた複合施設だ。テーマを「食」に絞ることで、
多様な属性を持つ市民の日常生活の延長線上にありながら、
サードプレイス的な場に育っている。

団地の存在価値が変わらざるを得ない状況のなか、その先行的な取り組みを通じて、
今後、団地及び地域社会に求められる「準公共」の役割を探る。

〈「団地キッチン」田島〉は、JR西浦和改札から徒歩2分、田島団地の入口に位置する。(写真提供:JS)

〈「団地キッチン」田島〉は、JR西浦和改札から徒歩2分、田島団地の入口に位置する。(写真提供:JS)

食のプロジェクトを田島団地からスタートした理由

矢島進二(以下、矢島): ここは、JR西浦和駅の近くの
「さいたま市桜区」ですが、なぜ食のプロジェクトを
この田島団地からスタートしたのですか?

中野瑞子(以下、中野): まずは立地です。
団地は駅に近いものは少なく、バスを使うところが多いのです。
飲食系の施設は、やはり駅から近くないと不利ですので。

そして、西浦和駅周辺のまちづくりに関する基本合意を
市とUR都市機構が結んでいることと、
UR田島団地にて団地再生事業が進められていること、
さらにURグループである当社の技術研究所が近くにあることもここに決まった要因です。

「浦和」の名がつく駅は全部で8つあるのですが、
ほかと比べ西浦和駅周辺は特徴があまりないといわれているなか、
“食”に着目すれば、魅力を出せると考えました。
食には地域の歴史が反映されるので、食材や料理の仕方なども
地域の魅力を伝える機会になると、コンセプトをまとめていくなかで見えてきました。

ここのステートメントは「いえの味をまちの味へ」です。
家の中で閉じられていたものをまちに開き、自分たちで育て、
結果まち自体を育てていくことを目指しています。

〈日本総合住生活〉住生活事業計画部の中野瑞子さん。建築系の出身で、都市計画やまちづくり、農村計画を学び、学び直しをした際はコミュニティを研究した。

〈日本総合住生活〉住生活事業計画部の中野瑞子さん。建築系の出身で、都市計画やまちづくり、農村計画を学び、学び直しをした際はコミュニティを研究した。

矢島: それで“住”の専門組織であるJSが、“食”にチャレンジしたのですね。

上野雅佐和(以下、上野): はい。まずは誰もが気軽に立ち寄れるカフェを
2022年8月末にオープンしました。
次はつくり手にフォーカスしたかったので、
はやり始めてきたシェアキッチンを検討しました。

シェアキッチンは、ルールづくりがかなり大変で、
厳密にしすぎてしまうとコミュニティ拠点としては機能しないという悩みを抱えながら、
年明けの2023年にオープンしました。正直、いまでも運用は試行錯誤の連続です。

さらに、自分たち自らがつくり、ここから発信する機能も必要だと考え、
ブルワリー(地ビール醸造所)も加えました。
こうして、シェアキッチン・カフェ・ブルワリーの3機能を融合した
ユニークな施設「団地キッチン」田島ができました。

上野雅佐和さん。サブゼネコンを経てJSに。「最初の仕事がキッチンカーの設計で驚きましたが、まさか私がビールをつくることになるとは、夢にも思いませんでした」と笑う。

上野雅佐和さん。サブゼネコンを経てJSに。「最初の仕事がキッチンカーの設計で驚きましたが、まさか私がビールをつくることになるとは、夢にも思いませんでした」と笑う。

『リノベのススメ』のその後の話。 まちづくりへの新たな視座と視点を。 富山・新湊内川沿いから広がる波と 〈マチザイノオト〉プロジェクト

2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』。
全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。
今回の月刊特集では『エリアリノベのススメ』と称して、
1軒の建物のリノベーションをきっかけに、
まちへ派生していく“エリアリノベーション”を掘り下げていく。

『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、
リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。
そのなかで登場した過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。
前々回vol.002は〈富樫雅行建築設計事務所〉の富樫雅行さん、
前回vol.003は〈ミユキデザイン〉末永三樹さんに
「その後」を執筆してもらった。

今回は、2018年から19年のあいだ、
計8回にわたり執筆していた
〈グリーンノートレーベル〉の代表、明石博之さんが手がける
富山県射水市の新湊内川地区を実際に訪れた。

連載当時のまちの変化をセカンドウェーブとするならば、
現在はサードウェーブの流れが生まれつつあるようだ。
連載から6年経った今、
新湊内川というまちにはどのようなエリアリノベーションが行われ、
これからどんなことが起ころうとしているのか。
川沿いを歩きながら、「その後」をうかがった。

自らが地域のプレイヤーになり、当事者になるということ

まちに貢献する場づくりを行う会社、
〈グリーンノートレーベル〉の代表を務める明石博之さんが
富山県に移住したのは14年前のこと。

移住という選択は、自身の暮らしを見つめるというだけでなく、
地域の社会課題に主体的にコミットしたいという気持ちが強かったからだ。
富山県内を車でひと通り見て回ったあとに辿り着いたのは、射水市の新湊内川地区。
妻・あおいさんの故郷という縁はあったものの、
当時はこのまちが自分たちの拠点になるとは考えもしなかったという。

「日本のベニス」といわれる新湊内川エリア。両岸には漁船が係留されている。まちの中心を流れる「内川」は全長約3.4キロ。

「日本のベニス」といわれる新湊内川エリア。まちの中心を流れる「内川」は全長約3.4キロ。両岸には漁船が係留され、港町の風情が漂う。

2010年に富山県に移住し、2018年より新湊内川地区に拠点を構える〈グリーンノートレーベル〉の明石博之さんのポートレート。5年前には長年広島でお好み焼き屋を営んでいた父・富男さんも内川エリアへ移住しお店を営んでいる。

2010年に富山県に移住し、2018年より新湊内川地区に拠点を構える〈グリーンノートレーベル〉の明石博之さん。5年前には長年広島でお好み焼き屋を営んでいた父・富男さんも内川エリアへ移住しお店を営んでいる。

広島県尾道市(旧因島市)出身の明石さんは、大学時代から計19年間を東京で過ごし、
卒業後はまちづくりのコンサルティング会社に就職。
東京から全国各地に赴くなか、いつしかある思いを抱くようになっていた。

「東京に拠点がある以上、
まちづくりのプロデューサーやコーディネーターといいながら
自分はそこにいないわけじゃないですか。
俯瞰視点だけじゃなくて、もっと自分が普段接している生活圏や文化圏で
主体的に関わっていきたいと思ったんです。
実際にそこに立ったときに見えてくるものを大切にしたかったというか」

ブドウの搾りかすからつくった 天然酵母で地元特産のパンを開発。 障がい者就労支援のワイナリーと 産官学福の連携プロジェクト

サステナブルな社会にとって、フードロスは重要なテーマです。
各自治体でも食材廃棄は、大きな課題となっています。

そんななか、愛知県小牧市が、地域資源を活用した産官学福連携の
トライアル事業として、〈フードロス開発プロジェクト〉を立ちあげました。

地元でワイン醸造を手がける〈小牧ワイナリー〉から廃棄される
ワインパミス(ブドウの搾りかす)に注目。
地元のパン店、近隣の大学の学生を巻き込んで、地元特産のパンづくりをスタートしています。

多目的ホールやカフェ、貯蔵庫のあるメイン棟(右)と醸造棟(左)。

多目的ホールやカフェ、貯蔵庫のあるメイン棟(右)と醸造棟(左)。

ワインパミスから天然酵母を起こし、パンを発酵させるパン屋

「ワイン醸造の過程で、ブドウをしぼる際に発生する果皮や種を含んだ
ワインパミスは、年間で約1トン出ています。
一部は、畑に撒くなど肥料にしていますが、それ以外はすべて廃棄していました。
これを地域資源として捉え、地域経済の循環に活用できないかと、
小牧市の東部まちづくり推進室の担当者から提案をいただいたんです」
と語るのは、ワイナリーのスタッフで、このプロジェクトの中心メンバーである
芳賀俊(はがすぐる)さん。

もともと、〈小牧ワイナリー〉にパンを卸していた〈パンベル〉の店主である
森友也(もりともなり)さんが、ワインパミスから、
天然酵母を起してパンを製造していました。
このことを市に伝えると、地元特産のパンをつくろうと話が一気に進んだそうです。

さらに、次世代の若い人たちも巻き込みたいと市から提案があり、
近隣の名古屋経済大学の学生たちにも参加してもらい、栄養価に関する調査や、
パンに合うレシピ開発にも挑戦したとか。

小牧市は果樹栽培が盛んなことから、酵母には、地元産のハッサク、サクランボ、ブドウ、ウメなど季節の無農薬果実を使っているそう。

小牧市は果樹栽培が盛んなことから、酵母には、地元産のハッサク、サクランボ、ブドウ、ウメなど季節の無農薬果実を使っているそう。

名古屋の中心で、スタッフ総出で販売し、手ごたえをつかむ

こうして、地元産のワインパミスを酵母としたカンパーニュなどの
ハード系パン2種と食パン1種が完成しました。
初のお披露目として、名古屋市・栄のスペースで、スタッフ関係者総出で、パンを販売。
小麦の香りとほんのりブドウの酸味が感じられるパンは、大好評となり、完売したそうです。

「ワインパミスから蒸留酒ができることは知っていたので、ワインパミスで
発酵させた酵母なら、おいしいパンを作れるだろうと思っていました。
学生たちにも試食してもらい、若い人たちの意見を取り入れながら、
搾りかすの果皮も粉末にして加えるなどの工夫もしました。
いろいろな力を結集して、地元の特産品を使ったパンができたことは、
すごくうれしいですね」と森さんは語ります。

小麦の風味が引きたち、ブドウの酸味がほんのり香るハードパン。

小麦の風味が引きたち、ブドウの酸味がほんのり香るハードパン。

全国の地域材の情報が 一挙集結した〈地域材ポータル〉

各地域材の詳細な情報を掲載

県や市町村など特定の地域で生産される「地域材」。
利用することで地域の林業を活性化や、
持続可能な森林環境の維持につながるため、
建築内装業界やプロダクトデザイン業界では近年注目を集めています。

日本の森林イメージ

そんな各都道府県の地域材情報をまとめたWebサイト
地域材ポータル〉が、〈株式会社森未来〉より、2024年1月にリリースされました。

木材情報プラットフォーム〈eTREE〉の紹介

同サイトは、木材情報プラットフォーム〈eTREE〉内の
新たなWebコンテンツとして誕生したもの。

株式会社森未来には以前より、地域材に関するユーザーの相談や、
地方の木材事業者の「地域材の魅力を伝えたい」という声が届いていたそう。

もともと地域材の情報は、
各自治体や関連団体が昔から発信を行っているのですが、
それぞれが個々に行っているため、
情報にアクセスしづらいという課題がありました。
そんな課題を解決するためにリリースされたのが、〈地域材ポータル〉です。

〈SPOT(s)〉 東北の新たなライフスタイルを 特集するフリーマガジンが創刊!

福島県いわき市を拠点に、
東北各地をフューチャー 地域の活性化へ

この春、コロカル編集部に東北のカルチャーを紹介する
新たなフリーマガジン〈SPOT(s)(スポッツ)〉創刊のお知らせが届きました。

同フリーペーパーでは、東北に関わるさまざまな人に向け、
青森・秋田・岩手・山形・宮城・福島と、
東北6県各地のユニークな人や場所、アイテムを紹介することで、
東北各地をマッピングしていくというコンセプトを掲げています。
刊行は春・夏・秋冬号の年3回予定。

また、東北各地に配布し地域内で情報発信することで、
情報の循環および、東北の活性化に貢献していくことを目指しています。

手がけているのは、福島県いわき市を拠点に活動する、
〈aawl〉、〈UCHU PHOTO〉、〈高木デザイン事務所〉の3人。

草野菜央(aawl)

草野菜央(aawl)

福島県いわき市出身。東京の総合PR会社で経験を積み、2021年春に独立。同時に地元へUターンし、フリーランスのPRプランナーとして福島県いわき市を拠点に全国で活動する。aawl

鈴木宇宙(UCHU PHOTO)

鈴木宇宙(UCHU PHOTO)

福島県いわき市出身。東北工業大学工学部デザイン工学科卒業。地元の映像制作会社にて経験を積み、2018年春に独立。いわき市のちいさな写真館として、人物や建築、商品など多岐にわたる撮影を行う。 Instagram:@uchuphoto

高木市之助(高木デザイン事務所)

高木市之助(高木デザイン事務所)

福島県いわき市出身。仙台デザイン専門学校グラフィックデザイン科卒業。地元企業にて、「商品の魅力、地域の風土の伝え方」を模索しながら商品パッケージやウェブサイト、冊子などさまざまなデザインを担当。独立後、地域に根ざしたデザイナーとして活動する。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA) 会員。Takagi Ichinosuke Graphic & Design

30代のカヌーガイドふたり、 写真家で弟子屈町在住。 「自然の感じ方」と幸福感に惹かれて

(photo:Tomoki Kokubun)

國分さんが感じる13の瞬間

3月下旬、朝の気温は相変わらず氷点下だけど、
雪面を照らす春の光が、たまらなく美しい。

「雪が解けて、当たり前に春がやってくる」

2月に行われたイベント「ボクらの阿寒摩周国立公園」というトークショーで、
「季節が変わってただ過ぎていくのがとても美しい。
ここで暮らしていて本当に幸運だなって思うんです」
と語ってくれたカヌーガイドがいる。
弟子屈町・屈斜路湖畔に居を構える國分知貴さんだ。

「自分らしい写真を1枚!」とのリクエストに送られてきた、ナイスショット。愛犬・KAIと一緒に昼寝の図。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「自分らしい写真を1枚!」とのリクエストに送られてきた、ナイスショット。愛犬・KAIと一緒に昼寝の図。(写真提供:Tomoki Kokubun)

トークショーのテーマは、今年指定90周年を迎える〈阿寒摩周国立公園〉。
その魅力を尋ねたら、國分さんは13枚の写真を用意してくれた。

「身の回りに起きた出来事をどんどん撮っている」

そんななかからセレクトされた、13回もの美しい瞬間。
そのうちの数枚を紹介させてもらおう。

凍った屈斜路湖の上で遊ぶ、放課後の子供たち。(写真提供:Tomoki Kokubun)

凍った屈斜路湖の上で遊ぶ、放課後の子供たち。(写真提供:Tomoki Kokubun)

まずは、イベント開催と同時期、2月に撮影された写真だった。

「先日友人から電話がかかってきて、『スケートしません?』って。
行ってみたら、近所の家族がスケート靴を履いて野球しているんです。
そこに夕日が沈んでいく感じとか、めちゃくちゃすてきで、
自然の中で幸せに暮らすってこういうことだよな、と思って撮りました」

國分さんはガイドのかたわら、写真家としても活躍している。

家の周りに自生する“食べ頃”のコゴミ。(写真提供:Tomoki Kokubun)

家の周りに自生する“食べ頃”のコゴミ。(写真提供:Tomoki Kokubun)

次の写真は春ならではのひとコマ。

「屈斜路に暮らしていると、市街地が離れているので、買い物が億劫なんです。
だからこの時期は、『野菜ないな』って思ったら、コゴミを探す。
雪が解けて春が来て、その辺に食べられるものがあるなんて、幸せです」

7月中旬に撮影された、ウグイの群れ。カヌーガイドの拠点である釧路川にて。(写真提供:Tomoki Kokubun)

7月中旬に撮影された、ウグイの群れ。カヌーガイドの拠点である釧路川にて。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「夏になると、たくさんのウグイが遡上する。毎年、必ず来る! 
これってすごいと同時に、異変があったらこういうところから影響が出るのでは、
と気になるんです」

その後、夏と秋の風景が続き、季節外れのイソツツジの花の写真へ。

本来は6月中旬〜7月上旬に花を咲かせるイソツツジを、10月に撮影。(写真提供:Tomoki Kokubun)

本来は6月中旬〜7月上旬に花を咲かせるイソツツジを、10月に撮影。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「去年は夏が暑くて、秋になってもまだ暑い日があって、
そしたら10月だというのにイソツツジの花が咲いて、そこに霜が降りていた。
こんなこと、今後も続いてしまうのか……、
わからないけど記録しておくべきだと思って」

そして季節は巡り、また冬へ。
最後の1枚は初雪の日。

奥さんと愛犬と家路につく。國分さんの幸せが詰まった一枚。(写真提供:Tomoki Kokubun)

奥さんと愛犬と家路につく。國分さんの幸せが詰まった一枚。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「12月、初めて雪が降った日の帰り道。
初雪ってやっぱりうれしいし、幸せな気分になるし、
そんなときに家族が家に向かっていく姿が愛おしくて」

そう言って、「こういう1年間って、
なんてすばらしいんだろう、って感じているんです」と締め括った。

〈中川政七商店〉が工芸復興企画 「北陸のものづくり展」を開催  3週間で3100万円売上、 全額を輪島塗・珠洲焼などへ寄付

「北陸のものづくりを未来へ」と発災から1か月で実現した企画展

令和6年(2024年)1月1日に発生した令和6年能登半島地震。
石川県をはじめとした北陸では、工芸にまつわる企業や職人たちも
大きな被害を受けています。

特に震源となった石川県は伝統工芸が今に伝わる土地

特に震源となった石川県は、輪島塗、九谷焼、珠洲焼、加賀友禅、金箔工芸など
伝統工芸が今に伝わる土地です。
また明治時代に発達した繊維産業の技術が波及して、
多様な機械産業へと発展した歴史もあります。

北陸のものづくりを未来へつないでいくことを目的に、
工芸復興支援をいち早く始めたのが〈中川政七商店〉です。

中川政七商店は奈良の地で享保元年(1716年)に創業。
麻織物、奈良晒(さらし)の商いから始まって、
昭和の中頃には茶道具を手がけ、
現在では製造小売、コンサルティング、流通支援事業などを通して
全国にある工芸品の産地と取り組みを行なってきました。
企業のビジョンとして掲げているのが「日本の工芸を元気にする!」。

中川政七商店の代表取締役社長、千石あやさんのもとには
令和6年能登半島地震発生から数日の間に、
たくさんの「今私たちにできること」のアイデアが届いたといいます。

渋谷店での企画展の様子

渋谷店での企画展の様子

「たくさんのものづくりと豊かな地域文化が、
これをきっかけに失われることを少しでも食い止められたら…」と、
支援の第一歩として、1月31日から企画展「北陸のものづくり展」が実施されました。
石川県、新潟県、福井県、富山県の被災地4県で作られた商品を販売し、
その売上全額を工芸支援に繋がる窓口へ寄付する取り組みです。

開始直後から予想以上の支援があり、対象商品の在庫が僅かとなって
開始から約3週間後の2月20日に終了。
当初の予定よりも2週間も繰り上げられました。

“豊かな人間力が育まれる環境”で 子育てしてみませんか? 離島と親子をつなぐウェブメディア 『シマ育コミュニティ』へ

10年以上、離島を取材し続けてきた『ritokei』による姉妹メディア

1万4000以上の島からなる島国・日本。
そのうち、北海道・本州・四国・九州・沖縄本島のほか、
人が生活をしている「有人離島」が416島ある。

有人離島の魅力や情報を発信しようと2010年に、
編集長を務める鯨本(いさもと)あつこさんが仲間とともに立ち上げたのが
NPO法人離島経済新聞社が運営するウェブサイト『ritokei(リトケイ)』だ。

ウェブ上での情報発信のほか、年に4回、タブロイド紙『季刊ritokei』も発行しながら、
それぞれの島で受け継がれてきた固有の文化や自然、暮らしの情報などを紹介している。

タブロイド紙『季刊ritokei』。

タブロイド紙『季刊ritokei』。

そんな『ritokei』が、2023年9月30日に「子育て」をテーマに据えた
新しいメディア『シマ育コミュニティ(シマイクコミュニティ)』をオープン。
離島の子育て環境を紹介する記事や、島の人と直接交流できるオンライン勉強会により、
より良い子育て環境を探す親子と、日本の島々をつないでいる(※)。

※2023年度は子どもたちを取り巻く社会課題を解決することを目的とした
日本財団の「子どもサポートプロジェクト」の助成をもとに実施

シマ育コミュニティビジュアル

ではなぜ、『ritokei』は子育てに特化する取り組みを始めたのだろうか。
その背景には、子育てをとりまく日本社会の問題と離島ならではの問題がある。

近年、政府も子育て支援に積極的に取り組むなど、
人口減や少子高齢化対策は、喫緊の課題となっている。
それは離島にとってはより深刻なものだ。

戦後の日本が人口増加に向かう頃、
すでに人口減が始まっていた離島では、島の存続自体に直結する大問題となっている。

離島地域を10年以上見つめてきた鯨本さんは、
今回「子育て」に特化したメディアの立ち上げに込めた思いをこのように話す。

「島に住む人や関わる人が増えなければ、価値ある文化や営みは消えてしまいます。
そこで、どうすればいいかと考えたときに最も重要なのが子育てです。
リトケイでは医療や産業など、さまざまな課題にフォーカスしてきましたが、
島の未来にとって、最優先事項である子育て層の増加に貢献できるよう、
島と子育て層をつなぐメディアを立ち上げました」

シマ育コミュニティ

「人間本来の子育て」をシマで

メディア名でもある『シマ育』という言葉には、
住民同士互いに支え合う地域共生コミュニティを指す「シマ」のなかで、
多様な人と関わり、自然や文化に触れ、
そして人間力を「育む」という意味が込められている。

そのようなシマでの子育てを、鯨本さんは「人間本来の子育て」だと感じている。
かつては日本中に存在していたものだが、
現代では失われつつあることが「日本社会が抱える問題」だと鯨本さんはいう。

一方、海で隔てられる島々には「人間本来の子育てが残っている」と気づいた鯨本さん。
離島で子育てをする魅力について、大きくふたつ挙げている。
ひとつは、子育てが「親と子に閉じた1対1」にならないこと。

「2023年の冬に発行した『季刊ritokei vol.44』では、2020年発行の32号に続いて、
島の子育てを特集し、発達心理学者の根ヶ山光一(ねがやまこういち)先生に
お話をうかがいました。
根ヶ山先生は、子育てに親以外の人が積極的に関わることを意味する
『アロマザリング』を推奨している方です。

最近は、子育ては親だけが行うような風潮もありますが、
本来、子育ては子どもをとりまく地域社会の人々が多様に関わり行われるもの。
島の人々は、基本的に、
地域社会のなかで人と支えあう価値観を持っているため、
子どもを島(=社会)のまんなかに放ちやすい環境ともいえます。
もちろん、島によってもいろんな環境はありますが、
私が知る限り、島では『子育ては親だけが行うものだ』という空気に、
ふれたことがありません。

私自身、子どもを連れて離島を取材したこともありますが、
島の子どもではない我が子にも、島の方々は温かい目を向けてくださいます。
『子ども』という存在がものすごく尊ばれる世界なのです」

そして、もうひとつの魅力が
「生きる力が養われる環境がある」ことだと、鯨本さんは話す。

「こちらも『季刊ritokei vol.44』の取材で、〈家族・保育デザイン研究所〉の
代表理事を務める汐見稔幸(しおみとしゆき)先生と、
〈森のようちえん&冒険学校〉を立ち上げた中能孝則(なかよくたかのり)先生に、
島の子育て環境の何がいいのかをうかがいました。

おふたりから返ってきたのが、島には生きる力が養われる環境があるということ。
その生きる力というのは、非認知的能力とも言われています。
汐見先生いわく、チーム力やリーダーシップ力、人を励ますのが上手い、
上手に失敗する。そういった力が生きていくために必要です。

大手IT企業が、どのような能力を持った人が
いい仕事をしているのか研究したところ、
認知能力にあたる学力で得られる能力や数値化できる能力を持っている人よりも、
非認知的能力を持っている人が圧倒的に多かったという結果を発表していました。
島の場合は、その非認知的能力が養われやすい環境があるんです。

なぜかというと、単純に不便だから。
もともと、都市部のように何でも揃う環境ではなく、
大きい台風が来たら2週間ぐらい物流が止まることもあります。
『ない』という状況があるからこそ、
共助力を発揮して、周りの人と何かを貸し借りしたりと、
各々が工夫して、どうにかやっていく。
そのとき、その場にいる人たちと連携して何かをやり遂げる機会が多いため、
日常のなかで、リーダーシップ力やチーム力が養われるのです」

離島留学のパンフレット

和歌山県紀の川市発、 生産者×クリエイターによる エシカルギフト6選

生産者×クリエイターが手がける、地域ブランド〈ISSEKI〉

「一次産業が盛んなフルーツのまち」として知られ、
ファーマーズマーケットの〈めっけもん広場〉には年間70万人が訪れる
和歌山県紀の川市。
現在、紀の川市では、地域の活性化・産品の生産・新しい品種の認知拡大など、
さまざまな想いを持って、挑戦に取り組む人々がいます。

そんな新しいチャレンジを、ブランドを通して広げていきたいという思いから
始まったのが紀の川市認定ブランド〈ISSEKI(いっせき)〉です。
和歌山県紀の川市の一次産業生産者とクリエイターがともに
新しい紀の川市の加工商品認定ブランドを生み出しています。

現在、紀の川市の加工商品認定ブランド創出を目指す共創プロジェクト、
「Local Co-Creation Project in 紀の川(以下、LCP)」(和歌山県紀の川市主催)
を経て、認定ブランドとして商品化が決まったものが順次販売されています。
今回は、節目を迎える季節に大切な人へ贈りたい
和歌山県紀の川市の畑から生まれた「エシカル」なギフトを
ピックアップしてご紹介します。

1.紀の川のパッションフルーツを使ったドリンク「PARI PORI TEA」

「PARI PORI TEA」

まずご紹介するのは、紀の川市唯一のパッションフルーツ生産者との
コラボレーションで誕生したドリンク「PARI PORI TEA」(6個入り3520円)です。
葉酸や食物繊維が豊富に摂れるので、妊娠中や妊活中の女性におすすめ。
紀の川市産の桃の果肉、ハチミツなどをふんだんに使用しています。
添加物不使用かつフリーズドライなので、栄養価もそのまま。
食物繊維を豊富に含んだ種の食感で満腹感もありつつ
1杯50キロカロリー弱のヘルシーなドリンクで
出産祝いにもぴったりです。

information

「PARI PORI TEA」 

2.紀の川の春夏秋冬の味を黒米で包んだしゅうまい「紀の川黒米包み」

「紀の川黒米包み」

自然栽培で育てた自社農園の黒米と、同じく自然の力を生かして野菜を育てる
農家仲間と手を取りあい完成したという「紀の川黒米包み」
(5個入り×3パック4860円)。
旬の紀の川野菜を餡に使い、春夏秋冬で異なる味わいを数量限定で
販売しています。

information

「紀の川黒米包み」

3.地域の課題に応えた新感覚キウイスナック「amaboshi」

「amaboshi」

サイズの問題から市場に出回ることがなかった規格外のキウイを原料に、
地域で製造が盛んな「あんぽ柿」の製法を元に開発された
「amaboshi(アマボシ)」(販売ページは準備中、100グラム1056円)。
果実をカットせずに、キウイ本来の美味しさと栄養がギュッと凝縮されています。
キウイフルーツの生産が盛んな地域が、フードロス問題の解決に取り組んだ逸品です。

information

「amaboshi(アマボシ)」

福岡で人気の生活雑貨店が 「本の灯りがひしめく」書店 〈本灯社〉をオープン

「わたし自身のものさし」をさがしに

たくさんの車が行き交う高宮通り沿い。
平尾1丁目の交差点近くに静かに佇むビルの2階にあるのは、
昨年6月にオープンした書店〈本灯社〉。
明るく陽がさす空間に、個性ゆたかな本たちが、にぎにぎしく並んでいます。

2022年、福岡で人気の生活雑貨店
〈ごはんとおやつ、雑貨の店 くらすこと〉の雑貨販売スペースが
フロアを移転することになり、空いた場所をいかに活用するか、
というタイミングで浮上したのが「書店をつくる」構想でした。

〈くらすこと〉はもともと、「わたし自身のものさしをみつける」をテーマに、
思いを共有する場所として生まれました。
本屋を開くことも、その活動のひとつとしてごく自然な流れだったと、
〈本灯社〉立ち上げから関わるスタッフの山川さんはいいます。

「誰かの書斎」を覗くように、ワクワクしながら本を選ぶ

〈本灯社〉の書棚は、「誰かの書斎」をイメージしてつくられているとのこと。
それゆえに、ここでは本の顔や背を眺めているだけで、ワクワクしてしまうのかもしれません。

店内の本たちは、「こころ・からだ」「自然・目に見えない世界」
「生き方・考え方」「子ども・家族」「暮らし」「文学」「絵本」という、
〈本灯社〉独自のテーマに添って、並べられています。

「各テーマ何冊ずつ、などはあまり考えずに、私たちスタッフが本当に
いいなと思ったものを選んでいるので、選書に偏りがあるんです。
でも『誰かの書斎』だから、それでいいのかなって」。
と笑うのは、山川さんとともに〈本灯社〉を支えるスタッフの見月さん。

また、山川さんは選書について、このように話を続けます。
「喜びも悩みも、自分たちにとって切実なものは、他の人たちにとっても
そうなんじゃないかと思っていて。だから、自分たちの等身大で、
いち生活者としての悩みや関心ごとに添ったものを選ぶようにしています」

見月さんは、朝のお掃除のときに「起きてー。みんな、がんばってー」と
本たちに声をかけているのだと教えてくれました。
本が1冊売れるたびに、心の中で大喜びしている、というお話も、
スタッフがそれぞれの本に「届けたい」という思いをこめているからこそ。

とはいえ、この〈本灯社〉は、本を売るためだけに存在している場所ではないと、山川さんと見月さんはいうのです。

「いま」を生きる人たちの足もとを、本の灯りでやさしく照らす

書店がオープンしてから、ご夫婦や男性ひとりで来店される方が増え、
より幅広い年齢層のお客さんに来てもらえるようになったことは、うれしい変化でした。
年配の方から、お孫さんに絵本をプレゼントしたい、と相談を受けたり、
カフェでお茶をしたあと、本棚を眺めている方を見かけたりすることも、
書店を営むなかでの大きな喜びなのだそう。

「ここに来たら、誰もがいろんなしがらみを一旦おろして、自分自身と対話できる、そんな場所になれたらいいなって。お仕事が終わって、お子さんを迎えに行くまでの30分だけ、ちょっと見に来てくださるとかでもいい。
気になる本を見つけてもらえたら、それが1番ですけど、見つからなくても
ふらっと立ち寄ってみる、みたいな。そんな本屋の使い方をしてもらえたらうれしいです」

そういう山川さんと、見月さんが、たがいに顔を見合わせ
「来てくれたお客さんたち、みんなに元気になってほしいよね」
と話していたのが印象的でした。

「1冊の本が宿す灯りを、読者の手元まで絶やさずに届けたい。
ひとつひとつ色もかたちも異なる本の灯りがひしめくような
本屋でありたい」

そう、〈本灯社〉という名前の由来にあるように。

さまざまな思いを抱えて、「いま」を生きる人たちの足もとを、本の灯りでやさしく照らす。
ここを訪れる人にとって、〈本灯社〉はきっとそんな場所になっているにちがいありません。

information

map

本灯社

住所:福岡県福岡市中央区平尾1-11-21 村田ビル2F

電話番号:092-401-1606

営業時間:11:30~19:00

定休日:水曜

Web:本灯社(「くらすこと」ウェブサイト内)

Instagram:@kurasukoto_tenpo

富山を離れる人々にエールを。 県外に進学・就職する若者を応援する 「I’m Your Home.」プロジェクト

「富山県が、いつでも帰れる場所」だと、 富山を離れる若者たちに伝えたい

春は旅立ちの季節。
富山県では県外に進学・就職する若者を応援する
「I'm Your Home.」プロジェクトが2023年から始まっています。

第2弾となった2024年は、
生活のさまざまなシーンで若者たちが関わってきた25組の人たちによる応援メッセージ
動画が公開されています。
名付けて「街角から“いってらっしゃい”スナップ動画」です。

生まれ育ったふるさと、または学生時代を過ごした思い出ある場所から、
新しい土地に旅立つ若者は夢と希望、不安が入り混じっていることでしょう。

現在約100万人の人口を抱える富山県は
「幸せ人口1000万人」というビジョンを掲げています。
この県民の10倍である「1000万人」という数字には、
富山に関わるすべての人が富山の仲間だという意味が込められています。
富山で生まれ育ったり、学生時代を過ごしたりしたけれど、
今春から別の土地に移る人たちだって、
これからもずっと富山の仲間で、いつでも歓迎するということです。

「I'm Your Home.」プロジェクトは、
新しい生活に夢と希望、不安が入りまじった気持ちをもつ若者たちを、
「大丈夫。」と気持ちよく背中を押すこと、
そして「富山県が、いつでも帰れる場所」だと感じてもらうことが大切だと
立ち上げられました。

まち歩きに干物づくり体験も。 地元愛あふれる地域サポートチームと 巡る「熱海ソウルフードツアー」

地域活性サポーターが紹介、熱海のおいしい“推し”を巡る

東京駅から東海道新幹線で約40分。
古くから別荘地やビーチリゾートとして栄えてきた熱海は、
関東周辺に暮らす人々にとってなじみ深い観光地だ。
旅館や観光ホテルが立ち並ぶ温泉地でもあり、おこもり旅が定番だが
「実は、まち歩きが楽しい」と、地域を知る人は言う。

地元に愛される新旧の名店巡りに、鮮魚店に教わる干物づくり体験など、
知られざる熱海を楽しむツアーが、2024年1月20日に開催された。
題して「地域活性ビジネスアドバイザーと巡る、熱海のソウルフード実食ツアー」
(以下、「熱海ソウルフードツアー」)。地域の食を支える老舗食材店を巡り、
「暮らす人の目線」で熱海の魅力を再発見するのが目的だ。

この「熱海ソウルフードツアー」は、
“旅を介して、地域の活性化や人々の交流に貢献する”ことを目指す
〈NICHER TRAVEL(ニッチャートラベル)〉が主催する旅のひとつ。

ニッチャートラベルは、旅行会社の〈阪急交通社〉と
ナビゲーションサービス〈ナビタイム〉が2022年にスタートさせた共同プロジェクトで、
「愛する地元を盛り上げたい」と願う地域の人々と一緒に、
新しい旅の提案を行っている。

これまでDJのMUROさんと巡る渋谷レコードショップツアーや、
写真家の平野太呂さんと行く渋谷フォトセッションツアーなど、
ユニークなツアーを催行してきた。
三重県松坂市で実施された「松坂偏愛ツアー」の模様は、コロカルでもレポートしている。

今回、「熱海ソウルフードツアー」を企画し、当日のガイド役も務めたのは、
熱海市役所の産業支援窓口〈A-supo(エーサポ)〉で活動する
茨木彩夏さんと高原すずかさん。
市内の事業者や起業希望者をサポートし、地域活性を支えている。

熱海愛あふれる〈A-supo〉のふたり。左が熱海出身・在住の茨木彩夏さん、右が新幹線で週2日熱海に通う高原すずかさん。

熱海愛あふれる〈A-supo〉のふたり。左が熱海出身・在住の茨木彩夏さん、右が新幹線で週2日熱海に通う高原すずかさん。

高度経済成長期に急成長した観光地・熱海は、バブル経済崩壊後、衰退の一途をたどり、
2006年は市が財政危機宣言をするほどの落ち込みを見せた。
が、近年、企業などの再開発により、活気を取り戻しつつある。
あまりに有名な観光地ゆえ、その栄枯盛衰ばかりが語られるが、
地域の人々が“暮らす熱海”と、旅人をつなげるのが目的だ。

観光客が集中する熱海銀座商店街。駅周辺と熱海銀座以外のエリアの集客も現在の課題だ。

観光客が集中する熱海銀座商店街。駅周辺と熱海銀座以外のエリアの集客も現在の課題だ。

ツアーの集合場所は、〈熱海魚市場〉。
海から少し離れた、まちなかにある珍しい魚市場で、創業から80余年の歴史を持つ。
ふだんは仲買人しか入れない場所だが、この日はツアーの会場として特別に開かれ、
カラフルな大漁旗が参加者を出迎えた。

和室の集会所に集まり、アイスブレイク。
エーサポのふたりから、コースの説明や各店の魅力が熱く語られ、
期待値がぐっと高まる。続いて15人の参加者の自己紹介。
東京近郊のみならず、長野や大阪など各地から集まった参加者の中には、
ニッチャートラベルのリピーターも数組。
男女混合、40代から70代と年齢層も幅広いチームが1日の旅を共にすることとなった。

アイスブレイク。ツアーのテーマや訪問先の魅力をエーサポのふたりが熱く語る。

アイスブレイク。ツアーのテーマや訪問先の魅力をエーサポのふたりが熱く語る。

プログラムは以下。
まずは地元に愛される4軒の個人商店訪問を軸に、まちなかを散策。
次に、熱海鮮魚市場で、干物づくり体験。
そのあとは、でき上がった干物や漁師鍋をメインに、
各自、散策中に買ったもので食卓を囲む交流会が予定されている。

復興を担う8人のことば 震災の経験を未来に つなぐために大事なこと

これまでにもさまざまな震災を経験してきた日本。
そのたびに、乗り越えようと力を合わせてきた。
しかし、日常を取り戻すとともに、その記憶は薄れていってしまう。

もしも、自分の住んでいる地域を大きな災害が襲ったら――

過去の震災で復興に携わった8人に、その経験を経た今だからこそ、
能登半島地震の被災者や復興支援をしたい・している人へ伝えたいこと、
そしていつ自分が被災者になるかわからない
私たちみんなが考えるべき日常からの心構えを教えてもらった。

今回聞いたこと

(1)「能登半島地震」が発生したことを受け、率直な気持ちをお聞かせください。
(2)過去の震災が発生した当時、どのような活動をしましたか?
(3)その経験は、能登半島地震の復興、今後起こりうる災害へどう生かせますか?
(4)現地で復興に携わる方々へのアドバイス、メッセージをお願いします。
(5)読者のみなさんに向けて、災害への心構えをお願いします。

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この土地、この場所で生まれ育ち、 生きると決めたからこそ。 「Yahoo! JAPAN SDGs × コロカル」 編集長対談

2024年の元日、能登半島地震が発生。
多くの人にとって忘れることのできない日がまた増えてしまった。
「自分たちに何かできることはないのか」と、
今も歯がゆさを感じている人も多いかもしれない。

コロカル編集長・山尾信一もそのひとりで、
被災地の情報を集めているなかで、SNSのタイムラインで目に止まったのは、
『Yahoo! JAPAN SDGs』編集長の長谷川琢也さんのあるツイートだった。

東日本大震災から13年——われわれはどんな教訓を得て、
どのように受け止め、能登半島も含むこれからにどう生かせばいいのだろうか。
はせたくこと、長谷川琢也さんとコロカル編集長・山尾が「復興」を考える。

災害時に私たちができることと
東日本大震災から得た教訓

2011年3月11日から13年。
新潟県中越地震(2004年)、熊本地震(2016年)、
北海道胆振東部地震(2018年)と近年大きな災害が日本列島を襲った。

東日本大震災を機に、復興の一環として
「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げた、はせたくさんは
ヤフー(当時)の社員ながら、石巻と東京で二拠点生活をしながら
東日本大震災以降、10数年にわたり復興の軌跡を目の当たりにしてきた。

2024年1月4日。能登半島地震の3日後に
「何もできなくて悔しい。ざわざわしっぱなし。」とXに投稿し、
その歯がゆさを綴った。

震災のたびに考える自分たちの「役割」

山尾: 年明けの能登半島地震では、
奥能登地域を中心に北陸の各地で甚大な被害が発生しました。
私たちもメディアとして、あるいは個人として
何かしたいけど、何をすればいいのかわからなくて
歯がゆい気持ちになった人も多いと思います。
私もまさにそのひとりで、そんなとき、はせたくさんの投稿を見て、
同じメディアの人間としても、個人としても、すごく共感しました。

X投稿のキャプチャ

2024年1月4日はせたくさんが歯がゆい気持ちをXに投稿した。

はせたく: あの投稿は、社会活動家で、「防災ガール」の発起人でもある
田中美咲さんの投稿に対するコメントでした。
田中さんとは東北で復興活動をやっていたという共通点もあり、
これまで東北に関わってきた人同士、自分にもきっとできることはあるけど、
みんな共通して歯がゆい気持ちがあったんだと思います。

山尾: 投稿されたのは、震災から3日後の1月4日でしたね。
私も2011年3月の東日本大震災のとき、毎日新聞社で「希望新聞<特別版>」という
避難所に届ける支援新聞を創刊したことがありました。
そんな経験もあり、今回の能登半島地震でも、何かできることがあるのではないか……、
この思いをどこにどうぶつけたらいいのか、すごく困っていたときに
「同じ気持ちを抱えている人がいる」と、少し救われた気持ちでした。

希望新聞<特別版>

東日本大震災当時に山尾が発起人として創刊に携わった「希望新聞<特別版>」。

はせたく: 震災後、いろいろな報道がありましたが、
何でもかんでもとにかく現地に行けばいいってことではないのは、
これまでの震災復興に関わってきた人たちはわかっています。
そういった「学び」は東日本大震災での教訓です。

本当に僕も吐きどころのない感情を、田中さんの投稿をきっかけにしないと
なかなか言葉にできなくて。

山尾: コロカルとしても何か役に立てないかと……という気持ちがありました。
石川県の馳浩知事の
「能登には来ないで」
「でも石川県には来て」
というXの投稿が話題になりましたが、
コロカルでも、石川県のアニメ作家・名取祐一郎さん(@natoriyuichiro)のイラストを
使わせていただき、記事を公開しました。
震災後少し時間が経ったタイミングで、どういう情報発信が正しいのか、悩んだところです。

石川県の馳浩知事のX投稿のキャプチャ

石川県の馳浩知事が1月17日に投稿したXの画面。

はせたく: 今でこそLINEヤフーの社員として、
『Yahoo! JAPAN SDGs』の編集長をやらせてもらったり、
ヤフー石巻復興ベースを設立したりして、
現地の声を多くの人に届けることができていますが、
東日本大震災当時は、そんなことも考えられる余裕はありませんでした。

今でも東北のいろいろな被災地に行くと、
「あのとき何もできなかった」「どうすれば良かったんですか」
ということを多くの人に聞かれますが、2011年当時の僕も同じで、
若くて屈強なボランティアの子たちが、元気ハツラツと瓦礫の撤去をしたり、
重機を動かせる人が活躍していたりするなかで、僕自身は炊き出しを手伝いに行っても
料理はできないし、「あぁなんて自分は無力なんだ」と痛感しました。

東北で切ない時間を過ごしたこともありましたが、
彼らにはできない「何か」が、自分が入り込める「隙間」が、あるんじゃないかと思って、
僕は会社という組織を存分に利用しようと考えました。

お金もリソースもありますし、何より大きいことができる。
義援金を集めるプロジェクトを進められたり、
被災地と支援者の橋渡しになったり、個人では動けなくても組織を利用することはできると。

なので、個人ひとりでは何もできなくても、
組織にいるからこそできることがあるはず、と言い続けています。

「フィッシャーマン・ジャパン」サイトのメインイメージ

2014年、はせたくさんが設立に携わったフィッシャーマン・ジャパン。

対談中の『Yahoo! JAPAN SDGs』編集長の長谷川琢也さんとコロカル編集長・山尾信一

復興に向けた「フォーマット」はできつつある

山尾: この10数年、東北の復興の軌跡を間近で見られてきたと思いますが、
今回の能登半島地震の知らせを受けてどんなことを感じたのでしょう。

はせたく: 今回、僕は「呼ばれたら行こう」と思っていました。
当時も今回も、歯がゆい気持ちは変わりませんが、
とりあえず現場に急行するわけには行かないし、
被災地に負担をかけずに、的確に動ける人はほかにもいる。
その状況は、東日本大震災の復旧、復興を俯瞰して見てきたからきたからこそ
わかっていました。

長谷川琢也さんのX投稿キャプチャ

はせたくさんはFacebookに率直な想いを綴った。

山尾: 阪神・淡路大震災や東日本大震災などの経験から、
復旧や復興への「フォーマット」もできあがりつつありますよね。

災害が発生したら、まずは人命救助の72時間に始まり、
次いで、二次災害、避難・輸送などの交通、避難所の感染症・災害関連死、
ライフラインの復旧、そして、近隣の観光への風評被害、震災遺構の保存など、
時間を追って、対応すべきことや問題が変化していきます。

それぞれのタイミングで、誰がどんな役割を果たすべきなのか、
これまでの災害から学びを得て、復興への道筋は見えやすくなっているように思えます。

はせたく: おっしゃる通り、確かに「フォーマット」は存在すると思います。
供給する物資の内容や供給方法もそうですし、避難方法や避難所での過ごし方など……
すごい量の「学び」がありました。

被災した経験のある人たちは、今でも真剣に避難訓練していますし、
実際に東日本大震災後に余震が続いたときも、
みなさん大声で近所の人たちと声をかけ合って協力し合っています。

山尾: 今回の能登半島地震でも、
北陸4県や周辺自治体からの迅速かつスムーズな支援だけでなく、
熊本市の水道局員が熊本から給水車で駆けつけたり、
東北大学病院からは災害派遣医療チーム「DMAT」が派遣されたりもしていました。

被災地とそのほかの地域の連携が、すごく効率的に機能していた印象を受けました。

はせたく: 本当にその通りですね。
ひとつひとつの災害が「点」ではなく「線」としてつながり、受け継がれています。

デジタルの力も大きかったと思います。
SNSなど悪い側面が注目されてしまう場合もありますが、
LINEが誕生したのは、2011年6月でしたが、そのきっかけは東日本大震災だそうです。

例えば、東日本大震災のときにHondaが被災地域に住む人たちや、
被災地域へ向かう人たちのスムーズな移動を支援する目的で、
震災翌日から通行実績情報を公開しましたが、
その後、大地震や集中豪雨などが発生した際に、通行可能な道路を
カーナビなどで確認できるサービスも登場しましたね。

対談中の長谷川さん

新潟県は「子育てに優しい県」? 5つの理由をご紹介。

テレワークが浸透し、全国さまざまな場所で仕事ができるようになった今。
子育て重視で移住先を決めるなら、新潟県を候補に含めないなんてもったいない!

首都圏からのアクセスがよく、ほどよく都会で、山も海も近くて自然豊か。

さらに、子育てに関連するデータからもかなり優秀な
まさに子育てにも「つかえる」県なんです。

そんな子育て世代にぴったりの情報をお届けするポータルサイト
『にいがたのつかいかた for Family』から、新潟県が子育てに優しい
5つの理由を紹介します。

①子育て支援をしている企業がある

子育て家庭支援サービス〈トキっ子くらぶ〉を運営。

子育て家庭支援サービス〈トキっ子くらぶ〉を運営。

新潟県長岡市に本社を置く〈グローカルマーケティング株式会社〉は、
マーケティング支援事業や人財採用・育成支援事業を主軸にしながら、
県内の子育て家庭支援に力を入れている企業です。

2007年、代表の今井進太郎さんに長男が生まれたことを機に、
新潟での子育てをもっと楽しくできないか、と県内の協賛店と
『子育て家庭優待カード』をつくり始めたことがきっかけで、
子育て家庭支援サービス〈トキっ子くらぶ〉の運営がスタートしました。

年1回発行のフリーペーパー〈トキっ子ラウンジ〉も手がけています。

年1回発行のフリーペーパー〈トキっ子ラウンジ〉も手がけています。

「企業と子育て家庭」「地域社会と子育て家庭」「子育て家庭と子育て家庭」の
架け橋を目指し、優待カードの発行のほか、イベント開催など
子育て家庭に向けたさまざまなサービスを提供しています。

県内在住の0~18歳未満の子どもを持つ家庭であれば、
誰でも無料で入会できることもあり、現在の会員は
約8万3000世帯にも上るとか。

「にいがたの子育てをもっと楽しく、もっと笑顔に」という
〈トキっ子くらぶ〉のコンセプトは、社内の企業文化にも通じています。

新潟県をはじめ、隣県に住む44名の社員のうち約半数が子育て中の同社では、
2017年度からの育休取得率が5年連続100%に達しています。

取得者の男女比はほぼ半分で、部長職の男性社員も休みをとっています。

営業部プランナー・小見恒介さん家族のニューボーンフォト(写真提供:小見さん)。

営業部プランナー・小見恒介さん家族のニューボーンフォト(写真提供:小見さん)。

2023年7月末に約3週間の育休を取得した、営業部のプランナー・
小見恒介(こみこうすけ)さんは、育休をとると決めるまでは
仕事を離れることに戸惑いもあったとか。

しかし、情報共有を大事にする仕事の進め方によって、
不安はなくなっていったといいます。

社内コミュニケーションを大事にする社風は、復職後の社員のフォローにもつながっています。

社内コミュニケーションを大事にする社風は、復職後の社員のフォローにもつながっています。

3週間の育休を終えて、「子育て以上に大事な仕事はない」と
感じるようになったと話す小見さん。

2022年の法改正で1歳までの育休を分割で取得できるようになった今、
2024年春にまた1か月間の育休をとる予定を立てているそう。

詳しく紹介している記事はこちら!

②保育園・幼稚園も充実

2020年に新園舎が完成した〈赤沢保育園〉。

2020年に新園舎が完成した〈赤沢保育園〉。

新潟市内に、“日本最古の保育園”があることを知っていましたか?

それが、130年以上地域の子どもたちの成長を見守り、
これまで1万人以上の園児を送り出してきた〈赤沢保育園〉です。

創業者の赤澤鍾美さんのひ孫となる赤澤泰子さんが理事長を務めています。

創業者の赤澤鍾美さんのひ孫となる赤澤泰子さんが理事長を務めています。

新潟駅から車で約10分。
閑静な住宅街にある〈赤沢保育園〉は、1890年に誕生しました。

当時、小学校教諭をしていた創業者の赤澤鍾美(あかざわあつとみ)さんは、
戦後の貧しい最中に子どもたちの勉強を助けたいと私塾を開設しました。

すると、小学生の子どもたちの多くは小さな妹、弟たちを連れてやってきたといいます。

未就学児の彼らを保育する場がないことに気づいたことで、
自然発生的に保育園が誕生したのです。

園長の小林恵さん。

園長の小林恵さん。

現在、〈赤沢保育園〉には0~6歳まで、85人の園児が新潟市内から通っています。

3年前に改修された園舎の広々とした玄関では、毎朝晩、
送り迎えに来る保護者と保育士との会話が弾みます。

この新園舎には地域とのつながりや、保育士全員の思いが詰まっている、と
園長の小林恵さん。

保護者や近所の人からも園児たちの元気な様子が見られるようつくられた大きな窓や、
園児たちにミスなく安全に給食を配膳できるよう設計された調理場などがその代表例です。

2023年に新卒で入った保育士の蕗谷柊斗(ふきやしゅうと)さんも同園の出身。

2023年に新卒で入った保育士の蕗谷柊斗(ふきやしゅうと)さんも同園の出身。

そんなこの保育園の大きな特徴のひとつが、園出身の保育士が多いことです。
現在、調理師や保育士などを含め〈赤沢保育園〉で働くスタッフは26人。
そのうち6人が卒園生なのだといいます。

「当時お世話になった先生が、今では頼れる先輩であり同僚」というケースもちらほら。
勤続30年以上の経験豊富なベテラン保育士から新米保育士まで、
年齢層の幅広さも特徴です。

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③遊べるスポットが豊富

南北に細長く、海や山に広く接する新潟県は、
子どもとのびのび遊べるスポットがたくさん!
都会にはない、広々とした自然豊かな環境があるのが魅力です。

巨大トランポリンの「ふわふわドーム」は1番人気。

巨大トランポリンの「ふわふわドーム」は1番人気。

新潟県長岡市にある〈国営越後丘陵公園〉は、面積約400ヘクタールもの敷地に
白い山型の巨大なトランポリンや、ローラーすべり台をはじめとした26種類の
大型アスレチックがある「遊具エリア」など、子どもたちが楽しめる遊び場がたくさん!

冬期はソリやスキー・スノーボードなどができるゲレンデ、
夏期はウォーターマシンガンや人力水車といった水遊び広場が
利用できるなど、季節に合わせた遊びもできるので、1年中楽しめます。

屋外では複数人で乗れる「おもしろ自転車」(有料)で遊ぶことも。

屋外では複数人で乗れる「おもしろ自転車」(有料)で遊ぶことも。

また、柏崎市にある宿泊型の大型児童館〈新潟県立こども自然王国〉は、
宿泊しながら豊かな自然のなかで季節に合ったプログラムが体験できる、
まさに“子どもが主役になれる”施設。

屋外には大型アスレチック遊具を備えた広場、屋内施設には絵本と
おもちゃのある幼児ルームや工作ルームなどがあり、時間を忘れて
遊べること間違いなしです。

無料で貸し出しされているスノーチュービングなどで、思いっきり雪遊びを楽しめます。

無料で貸し出しされているスノーチュービングなどで、思いっきり雪遊びを楽しめます。

子どもの雪山デビューなら、JR越後湯沢駅から徒歩10分の場所にある
〈湯沢高原スキー場〉の「湯沢温泉ゆきあそびパーク」がおすすめです。

施設では、スノーチュービングやスノーストライダー、エアーすべり台、
ソリなど、子どもと一緒に遊べるアイテムが無料で貸し出しされているため、
手ぶらで行けるのがうれしいポイント。

4〜11月のグリーンシーズンは〈湯沢高原パノラマパーク〉として営業され、
ジップラインやゴーカートなど、爽快なアトラクションが登場します(すべて有料)。

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④データで見ても子育て世代&子どもに優しい

新潟県は「教育」「子育て」「文化・自然」「家庭環境」「女性活躍」の分野からも、
暮らしやすく、子育てしやすい環境であることがデータに裏づけられています。

新潟県にある大学の数は22校と、こちらも全国11位の多さです(文部科学省、2022年度の学校基本調査)。illustration:killdisco

新潟県にある大学の数は22校と、こちらも全国11位の多さです(文部科学省、2022年度の学校基本調査)。illustration:killdisco

たとえば、「教育」。
新潟県の総務部統計課が出している「新潟県あれこれ全国ベスト5」によると、
新潟県の高等学校等への進学率は、全国の都道府県のなかで1位です(2022年度)。

実は東京都は下から8番目。新潟県のほうが、高等学校等進学率が高いですね。

また、気になる高校卒業後の進路は、専修学校(専門課程)、いわゆる「専門学校」に
進学している割合が2022年度に26.7%で、新潟県が全国1位となっています。

「地域子育て支援拠点」とは、地域で子育てしている親子の交流を促進したり、育児相談・援助を実施したりする拠点のこと。illustration:killdisco

「地域子育て支援拠点」とは、地域で子育てしている親子の交流を促進したり、育児相談・援助を実施したりする拠点のこと。illustration:killdisco

新潟県内には地域子育て支援拠点が239か所あります(2023年度)。
2022年度の調査では、0歳~4歳人口1000人あたり3.6か所と、全国1位の多さ。
全国平均が1.9か所ですので、新潟県は子育てに手厚いといえるでしょう。

男性の育児休業取得率は、2022年度の全国平均17.13%に対し、新潟県は27.7%と、こちらも高水準(厚生労働省「雇用均等基本調査」、新潟県しごと定住促進課「新潟県賃金労働時間等実態調査」)。illustration:killdisco

男性の育児休業取得率は、2022年度の全国平均17.13%に対し、新潟県は27.7%と、こちらも高水準(厚生労働省「雇用均等基本調査」、新潟県しごと定住促進課「新潟県賃金労働時間等実態調査」)。illustration:killdisco

「女性活躍」の面で見ると、新潟県の女性の育児休業取得率は、2022年度で91.5%
(厚生労働省「雇用均等基本調査」、新潟県しごと定住促進課「新潟県賃金労働時間等実態調査」)。

全国平均の80.2%と比べると、11.3ポイントもの差があります。

育休取得率の推移を見てみると、2011年(92.3%)以降は2019年(88.9%)を除いて
すべての年度で90%以上。
最も取得率の高い年は、2016年の99.5%でした。

全国平均は90%を超えたことがないので、新潟県ではかなり多くの方が
育児休業を取得しているようです。

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⑤「新潟県こむすび定期」がある

子育ては、さまざまな節目でお金がかかるもの。
そこで、新潟県は独自の子育て支援事業として、
「新潟県こむすび定期」を始め、2023年10月から申請受付を開始しています。

2023年4月以降に生まれた全ての子どもを対象に、入園前と入学前に
それぞれ5万円が給付されます。

また、新潟県が協定を結んでいる30(2024年3月現在)の金融機関からも金利の上乗せや
商品券、ローンの金利優遇といった特典が用意されているとのこと。

1歳の誕生日の前日までに申請が必要なため、対象となる方はお早めにご確認を。

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information

にいがたのつかいかた for Family

食痕から野生動物との 共生について考える。 真冬の北海道の森が教えてくれること

「今日の森にはどんな発見があるだろう?」

北海道の東側、阿寒摩周国立公園の中にある、弟子屈町・川湯温泉。
温泉街の入り口には、いまなお噴煙を上げ続ける硫黄山があり、
その麓には、アカエゾマツの森が広がっている。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

北海道を代表する木、アカエゾマツは、
火山灰が降り積もった酸性の土壌でも生育できる樹種。

国立公園の中にあるこの地では、
樹齢約200年にもなるアカエゾマツの純林が、
「アカエゾマツの森」として保護されている。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

2月中旬の雪に包まれたアカエゾマツの森。
午前9時30分、現在の気温はマイナス10度。
約0.8キロのショートコース、通称「ゴゼンタチバナコース」を往く。

今シーズンは12月中旬にどっさり雪が降り、
その後も何度か重なって、積雪は20センチを超えるだろうか。

最初の標識まできたら、ここでまず深呼吸。
今日の森には、どんな発見があるだろう?

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

最初の直線コースは、名付けて「稚樹(ちじゅ)ロード」

長い年月をかけて高さ30〜40メートルにもなるアカエゾマツだが、
ここには高さ1メートルにも満たない木が並んでいる。
それでも樹齢15年ほど。人間にたとえれば中高生くらいだろうか。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

手が届く高さに葉っぱがあるので、ここを通るときは
その先をつまんで擦って、アカエゾマツの香りを楽しむことにしている。

ほっとする木の香り。

ところどころにトドマツの稚樹もあるので、
嗅ぎ比べてみる。

トドマツは、もう少し爽やかな印象。

三重県いなべ市にある 休館中の温泉施設を サウナ・食堂・ホテルが入る 複合施設へ。 クラウドファンディングが実施中

温泉・サウナ・食堂・ホテルが揃った施設でまちに活気を

三重県の北端に位置し、滋賀県と岐阜県に隣接するいなべ市。

美しい自然と昔ながらの景観を求めて、登山客やハイキング客、
レトロ好きの人で賑わうまちです。

登山客やハイキング客が多く訪れる鈴鹿山脈の藤原岳。

登山客やハイキング客が多く訪れる鈴鹿山脈の藤原岳。

そんなこのまちの阿下喜(あげき)という場所にある、休館中の温泉施設
〈阿下喜温泉 あじさいの里〉をリニューアルしようと、〈CAMPFIRE〉で
クラウドファンディングが行われています。

コロナ禍や施設の老朽化がきっかけとなり休館していた〈阿下喜温泉 あじさいの里〉。

コロナ禍や施設の老朽化がきっかけとなり休館していた〈阿下喜温泉 あじさいの里〉。

仕掛け人となるのは、三重県や紀伊半島を拠点に“おふろ”の再生を通じて、
地域活性に取り組む〈旅する温泉道場〉という企業。

これまでにも、四日市市で親しまれてきた温浴・温泉施設を〈四日市温泉
おふろcafé 湯守座(ゆもりざ)〉として、2017年にリニューアルオープンするなど、
“地域を沸かすアイデア”をもとに活動を行っています。

三重県1号店となる〈おふろcafé湯守座〉。

三重県1号店となる〈おふろcafé湯守座〉。

そんな同社の三重県2号店となる新施設の名は〈いなべ阿下喜ベース〉。

自然と健康がテーマの温泉複合施設として、温泉施設となる
〈おふろcafé あげき温泉〉をはじめ、温泉やサウナ後の体に
優しい料理を提供する〈新上木食堂〉、そしてコンテナホテル
〈AGEKI BASE HOTEL〉の3つの施設が入ります。

長野県飯田市のシンボル〈りんご並木〉 中学生が守り、 地域で育むまちづくりの循環

〈りんご並木〉誕生秘話

長野県の南端に位置する飯田市。
東西に南アルプスと中央アルプスがそびえ、その中央を天竜川が貫く自然豊かな地だ。

明治期以降は、天竜川によって形成された日本有数の河岸段丘と
豊富な日照量や内陸性気候を生かし、果樹栽培も盛んだ。
とくに長野県が生産量全国2位を誇るりんごは飯田市が日本の栽培地の南限に当たり、
陽光をたっぷりと浴びた南信州産のりんごファンも多い。

市のロゴマークにも使われるほど飯田市民にとって身近なりんご。地域の基幹産業でもある。

市のロゴマークにも使われるほど飯田市民にとって身近なりんご。地域の基幹産業でもある。

そんな飯田市のシンボルのひとつが、
碁盤の目のような市街地の大通りに連なる〈りんご並木〉だ。
南北約300メートルにわたって12種類26本のりんごの木が植えられており、
地域を象徴するシンボルロードとして地域の人たちに親しまれている。

2023年で誕生70周年を迎えたこの〈りんご並木〉、
実はかつて中学生たちの強い熱意によって誕生したものだ。
当時から現在に至るまで、代々、生徒たちの手によって管理され、
今では毎年1万個以上のりんごが実を結んでいる。

プレートの整備など、飯田東中学校を中心とした〈りんご並木〉への取り組みが行われている。

プレートの整備など、飯田東中学校を中心とした〈りんご並木〉への取り組みが行われている。

ルーツは、昭和22(1947)年までさかのぼる。
当時、戦後日本最大の市街地大火といわれた「飯田大火」で市中心部の3分の2が焼失。
要因のひとつが、狭い道路幅と木造建築物の密集だった。

翌年からはじまった本格的な復興事業では、広い道路を設けることで延焼を防ぎ、
防火機能の拡充を図るまちづくりが進められた。
一方で、焼け野原となったまちは少しずつ復興していくものの、
城下町のまち並みは一変し、無機質で殺風景な風景が広がっていった。

大火から5年を経た昭和27(1952)年、
被災時に避難所となった飯田東中学校の第2代校長・松島八郎先生が、
北海道で開かれた全国中学校学校長会に出席。

札幌の道路の広さや街路樹の美しさに感銘を受け、帰校後の全校朝会でその光景を語った。
さらに、ヨーロッパには美しいりんごの並木があること、
落ちたりんごの実はまちの人が備え付けのかごに入れ、
盗む人はいないという話も生徒たちに伝えた。
そのうえで、まだまだ焼け跡が残る飯田市のまちにも街路樹が必要なことを話した。

2024年現在の校長は、滝澤勇一先生が務めている。

2024年現在の校長は、滝澤勇一先生が務めている。

その講話に素直に心を打たれた生徒たちが発案したのが、
寂しくなった市街地の防火帯である大通りに、自分たちの手でりんごの木を植える計画だ。
この計画が行政に上申され、市で検討されることに。
予算不足や、病害虫の被害を受けやすいりんご栽培の難しさの問題、
盗難による犯罪者増加の懸念、さらには市民の冷ややかな目などもあったが、
「並木でまち並みを美しくするだけではなく、まちの人々の心も美しくしたい」
という生徒たちの熱意が行政と人々の心を動かした。

そして、翌年の昭和28(1953)年、約2カ月にわたる生徒たちの手作業により、
とうとう大通りにりんごの苗木が植樹され、〈りんご並木〉が誕生。
生徒たちが維持管理に励んだ結果、大火からの復興のシンボルとして愛されるようになり、
今では飯田市のシンボルとして広く知られる存在になっている。

全国各地の郷土料理を 自宅で味わえるミールキット〈咲耶〉

非日常体験が味わえる全国各地の極上和食御膳のミールキット

「日本を愉しむ」というビジョンのもと、日本各地をテーマに現地食材や郷土料理を
自宅で簡単に味わうことができる「ご当地体験ミールキット」の〈咲耶(さくや)〉。
一般的なミールキットは日常利用向けなのに対して、〈咲耶〉のキットは時短や
手軽さの利点は残しつつも、一汁三菜以上の和食献立がつくれるので、
自宅で非日常の特別な食事の時間を愉しめることが特徴です。

「ご当地体験ミールキット」の〈咲耶(さくや)〉

〈咲耶〉のミールキットは、普段はなかなか味わうことのできない
その土地で愛されている郷土料理を再現しています。
お米をはじめとして、使用する食材や調味料はその地域にゆかりのある
ものも取り入れており、食材からも地域の世界観やその土地らしさを感じられます。
また、同封されているリーフレットに、各メニューのこだわりや特徴が紹介されており、
食を通じて歴史や伝統などの新たな発見もあります。

メニューは5、6品で煮るだけ、焼くだけ、盛るだけなど調理も簡単

メニューは主食、汁物、主菜、副菜を組み合わせた5、6品からなる一汁三菜以上の和食献立

メニューは主食、汁物、主菜、副菜を組み合わせた5、6品からなる
一汁三菜以上の和食献立となっており、
まるで旅館で提供されるような御膳を楽しめます。
また、商品に同封されているおしながきを食卓に添えることで、
旅館の食事の雰囲気を一層感じられそうです。

それぞれのメニューは簡単な調理で作ることができる

それぞれのメニューは簡単な調理で作ることができるようになっており、
袋から取り出しお皿に盛り付けするだけの品もたくさん。
その他にもお米は無洗米、主菜のお魚も味付け済みで届くので
最後の仕上げに焼くだけなど、時間をかけずに手軽に調理できます。

実際、今回注文した瀬戸内のキットも仕上げに魚に焼き目をつける、
届いた無洗米と出汁、具材を炊飯器に入れて炊飯するだけ
まな板と包丁を使うのは大根と小口ネギを切るときだけ
味噌は溶けやすい合わせ味噌、大根おろしはおろしの状態で届くなど
かゆいところにも手が届く心配りが各所に見られました。

〈祇園辻利〉のペアリングティーも届く定期便がスタート

〈祇園辻利〉のペアリングティー

そんな〈咲耶〉では2か月に1度季節に合わせて
各地のキットが届く「ご当地ミールキット定期便」も提供中。
現在発売中の計6商品が、初回配送月を基準として隔月で届きます。
単品購入するよりもお得で、年6回の合計では30960円(2人前)、
1商品あたり5160円(2人前)となっています。

さらに、定期便では京都祇園の宇治茶専門店〈祇園辻利〉が、
キットごとに特別にペアリングしたお茶も届きます。

木のノート〈Shiki Bun〉 に どんな言葉を綴りますか? 伊那の森と暮らしをつなぐ 〈やまとわ〉の活動

「変化することが美しい」

「経木」の実物を見たことのある人は、そう多くないかもしれない。
木を薄く平らに削ってつくる経木は、
その名の通り、かつてはお経を書き記す媒体だったという。
以降は特に食の場面で使われた。おにぎりを包んだり、落し蓋にしたり、
揚げ物の下に敷いたり、まな板代わりにして肉や魚を切ったり……。

「経木は、ビニール製品ができる50年くらい前までは、
食べ物を包んだりするメジャーな包装資材でした。ただ、現代は食生活が違う。
だから時代にあった使い方を提案しているんです」と語るのは、
長野県伊那市に事務所を構える〈株式会社やまとわ〉の代表取締役・中村博さん。
同社は伊那のアカマツを素材にした現代版の経木〈信州経木Shiki〉を製造販売している。

〈株式会社やまとわ〉の代表取締役・中村博さん。

〈株式会社やまとわ〉の代表取締役・中村博さん。

〈信州経木Shiki〉の乾燥工程。生木を伐ってから3週間以内に削り、1日〜1日半かけて乾燥させる。

〈信州経木Shiki〉の乾燥工程。生木を伐ってから3週間以内に削り、1日〜1日半かけて乾燥させる。

〈信州経木Shiki〉。右から2番目の Lサイズは長さ48センチと大きいが、これは素材となるアカマツの節から節の長さに応じてつくられた結果だ。

〈信州経木Shiki〉。右から2番目の Lサイズは長さ48センチと大きいが、これは素材となるアカマツの節から節の長さに応じてつくられた結果だ。

「例えば経木でパンを包むと、アカマツの調湿作用で焼き立てのパンの汗を吸収したり、
冷凍保存してもカピカピにならなかったり。
県内外のパン屋さんのユーザーが増えています」

そのほかにも納豆の包装、スーパーの調理用生魚のドリップの吸収シート、
さらに照明やビールのラベルの資材など、用途は多彩だ。

極めつけは〈信州経木Shiki〉をもとにつくられた木のノート〈Shiki Bun〉だろう。
同じ伊那市にある美篶堂が手製本で綴じ、
表紙と1ページ目には同県松本市の藤原印刷が印刷を施した。
添加物などを一切使用していないため日焼けや反りなど経年変化していくが、
「むしろ変化するのが美しい」という嗜好のユーザーに爆発的に受け、
制作中に予約で完売することも多いという。

〈信州経木Shiki〉でつくられた木のノート〈Shiki bun〉。美篶堂の手製本で綴じられている。

〈信州経木Shiki〉でつくられた木のノート〈Shiki bun〉。美篶堂の手製本で綴じられている。

「親子の交換日記とか、大切な人に言葉を書いて贈る人が多い。使われ方が美しいんですよ」と中村さんは笑う。

「親子の交換日記とか、大切な人に言葉を書いて贈る人が多い。使われ方が美しいんですよ」と中村さんは笑う。

「僕らも手作業で削るし、美篶堂さんも手製本だから、
大量生産して流通に乗せるような商品ではないかもしれない。
でもこれらの商品、特に〈信州経木Shiki〉は、僕らの考える、
もっとも本質的な意味をユーザーさんの食卓にまで届けてくれるんです」