〈SPOT(s)〉 東北の新たなライフスタイルを 特集するフリーマガジンが創刊!

福島県いわき市を拠点に、
東北各地をフューチャー 地域の活性化へ

この春、コロカル編集部に東北のカルチャーを紹介する
新たなフリーマガジン〈SPOT(s)(スポッツ)〉創刊のお知らせが届きました。

同フリーペーパーでは、東北に関わるさまざまな人に向け、
青森・秋田・岩手・山形・宮城・福島と、
東北6県各地のユニークな人や場所、アイテムを紹介することで、
東北各地をマッピングしていくというコンセプトを掲げています。
刊行は春・夏・秋冬号の年3回予定。

また、東北各地に配布し地域内で情報発信することで、
情報の循環および、東北の活性化に貢献していくことを目指しています。

手がけているのは、福島県いわき市を拠点に活動する、
〈aawl〉、〈UCHU PHOTO〉、〈高木デザイン事務所〉の3人。

草野菜央(aawl)

草野菜央(aawl)

福島県いわき市出身。東京の総合PR会社で経験を積み、2021年春に独立。同時に地元へUターンし、フリーランスのPRプランナーとして福島県いわき市を拠点に全国で活動する。aawl

鈴木宇宙(UCHU PHOTO)

鈴木宇宙(UCHU PHOTO)

福島県いわき市出身。東北工業大学工学部デザイン工学科卒業。地元の映像制作会社にて経験を積み、2018年春に独立。いわき市のちいさな写真館として、人物や建築、商品など多岐にわたる撮影を行う。 Instagram:@uchuphoto

高木市之助(高木デザイン事務所)

高木市之助(高木デザイン事務所)

福島県いわき市出身。仙台デザイン専門学校グラフィックデザイン科卒業。地元企業にて、「商品の魅力、地域の風土の伝え方」を模索しながら商品パッケージやウェブサイト、冊子などさまざまなデザインを担当。独立後、地域に根ざしたデザイナーとして活動する。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA) 会員。Takagi Ichinosuke Graphic & Design

30代のカヌーガイドふたり、 写真家で弟子屈町在住。 「自然の感じ方」と幸福感に惹かれて

(photo:Tomoki Kokubun)

國分さんが感じる13の瞬間

3月下旬、朝の気温は相変わらず氷点下だけど、
雪面を照らす春の光が、たまらなく美しい。

「雪が解けて、当たり前に春がやってくる」

2月に行われたイベント「ボクらの阿寒摩周国立公園」というトークショーで、
「季節が変わってただ過ぎていくのがとても美しい。
ここで暮らしていて本当に幸運だなって思うんです」
と語ってくれたカヌーガイドがいる。
弟子屈町・屈斜路湖畔に居を構える國分知貴さんだ。

「自分らしい写真を1枚!」とのリクエストに送られてきた、ナイスショット。愛犬・KAIと一緒に昼寝の図。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「自分らしい写真を1枚!」とのリクエストに送られてきた、ナイスショット。愛犬・KAIと一緒に昼寝の図。(写真提供:Tomoki Kokubun)

トークショーのテーマは、今年指定90周年を迎える〈阿寒摩周国立公園〉。
その魅力を尋ねたら、國分さんは13枚の写真を用意してくれた。

「身の回りに起きた出来事をどんどん撮っている」

そんななかからセレクトされた、13回もの美しい瞬間。
そのうちの数枚を紹介させてもらおう。

凍った屈斜路湖の上で遊ぶ、放課後の子供たち。(写真提供:Tomoki Kokubun)

凍った屈斜路湖の上で遊ぶ、放課後の子供たち。(写真提供:Tomoki Kokubun)

まずは、イベント開催と同時期、2月に撮影された写真だった。

「先日友人から電話がかかってきて、『スケートしません?』って。
行ってみたら、近所の家族がスケート靴を履いて野球しているんです。
そこに夕日が沈んでいく感じとか、めちゃくちゃすてきで、
自然の中で幸せに暮らすってこういうことだよな、と思って撮りました」

國分さんはガイドのかたわら、写真家としても活躍している。

家の周りに自生する“食べ頃”のコゴミ。(写真提供:Tomoki Kokubun)

家の周りに自生する“食べ頃”のコゴミ。(写真提供:Tomoki Kokubun)

次の写真は春ならではのひとコマ。

「屈斜路に暮らしていると、市街地が離れているので、買い物が億劫なんです。
だからこの時期は、『野菜ないな』って思ったら、コゴミを探す。
雪が解けて春が来て、その辺に食べられるものがあるなんて、幸せです」

7月中旬に撮影された、ウグイの群れ。カヌーガイドの拠点である釧路川にて。(写真提供:Tomoki Kokubun)

7月中旬に撮影された、ウグイの群れ。カヌーガイドの拠点である釧路川にて。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「夏になると、たくさんのウグイが遡上する。毎年、必ず来る! 
これってすごいと同時に、異変があったらこういうところから影響が出るのでは、
と気になるんです」

その後、夏と秋の風景が続き、季節外れのイソツツジの花の写真へ。

本来は6月中旬〜7月上旬に花を咲かせるイソツツジを、10月に撮影。(写真提供:Tomoki Kokubun)

本来は6月中旬〜7月上旬に花を咲かせるイソツツジを、10月に撮影。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「去年は夏が暑くて、秋になってもまだ暑い日があって、
そしたら10月だというのにイソツツジの花が咲いて、そこに霜が降りていた。
こんなこと、今後も続いてしまうのか……、
わからないけど記録しておくべきだと思って」

そして季節は巡り、また冬へ。
最後の1枚は初雪の日。

奥さんと愛犬と家路につく。國分さんの幸せが詰まった一枚。(写真提供:Tomoki Kokubun)

奥さんと愛犬と家路につく。國分さんの幸せが詰まった一枚。(写真提供:Tomoki Kokubun)

「12月、初めて雪が降った日の帰り道。
初雪ってやっぱりうれしいし、幸せな気分になるし、
そんなときに家族が家に向かっていく姿が愛おしくて」

そう言って、「こういう1年間って、
なんてすばらしいんだろう、って感じているんです」と締め括った。

〈中川政七商店〉が工芸復興企画 「北陸のものづくり展」を開催  3週間で3100万円売上、 全額を輪島塗・珠洲焼などへ寄付

「北陸のものづくりを未来へ」と発災から1か月で実現した企画展

令和6年(2024年)1月1日に発生した令和6年能登半島地震。
石川県をはじめとした北陸では、工芸にまつわる企業や職人たちも
大きな被害を受けています。

特に震源となった石川県は伝統工芸が今に伝わる土地

特に震源となった石川県は、輪島塗、九谷焼、珠洲焼、加賀友禅、金箔工芸など
伝統工芸が今に伝わる土地です。
また明治時代に発達した繊維産業の技術が波及して、
多様な機械産業へと発展した歴史もあります。

北陸のものづくりを未来へつないでいくことを目的に、
工芸復興支援をいち早く始めたのが〈中川政七商店〉です。

中川政七商店は奈良の地で享保元年(1716年)に創業。
麻織物、奈良晒(さらし)の商いから始まって、
昭和の中頃には茶道具を手がけ、
現在では製造小売、コンサルティング、流通支援事業などを通して
全国にある工芸品の産地と取り組みを行なってきました。
企業のビジョンとして掲げているのが「日本の工芸を元気にする!」。

中川政七商店の代表取締役社長、千石あやさんのもとには
令和6年能登半島地震発生から数日の間に、
たくさんの「今私たちにできること」のアイデアが届いたといいます。

渋谷店での企画展の様子

渋谷店での企画展の様子

「たくさんのものづくりと豊かな地域文化が、
これをきっかけに失われることを少しでも食い止められたら…」と、
支援の第一歩として、1月31日から企画展「北陸のものづくり展」が実施されました。
石川県、新潟県、福井県、富山県の被災地4県で作られた商品を販売し、
その売上全額を工芸支援に繋がる窓口へ寄付する取り組みです。

開始直後から予想以上の支援があり、対象商品の在庫が僅かとなって
開始から約3週間後の2月20日に終了。
当初の予定よりも2週間も繰り上げられました。

“豊かな人間力が育まれる環境”で 子育てしてみませんか? 離島と親子をつなぐウェブメディア 『シマ育コミュニティ』へ

10年以上、離島を取材し続けてきた『ritokei』による姉妹メディア

1万4000以上の島からなる島国・日本。
そのうち、北海道・本州・四国・九州・沖縄本島のほか、
人が生活をしている「有人離島」が416島ある。

有人離島の魅力や情報を発信しようと2010年に、
編集長を務める鯨本(いさもと)あつこさんが仲間とともに立ち上げたのが
NPO法人離島経済新聞社が運営するウェブサイト『ritokei(リトケイ)』だ。

ウェブ上での情報発信のほか、年に4回、タブロイド紙『季刊ritokei』も発行しながら、
それぞれの島で受け継がれてきた固有の文化や自然、暮らしの情報などを紹介している。

タブロイド紙『季刊ritokei』。

タブロイド紙『季刊ritokei』。

そんな『ritokei』が、2023年9月30日に「子育て」をテーマに据えた
新しいメディア『シマ育コミュニティ(シマイクコミュニティ)』をオープン。
離島の子育て環境を紹介する記事や、島の人と直接交流できるオンライン勉強会により、
より良い子育て環境を探す親子と、日本の島々をつないでいる(※)。

※2023年度は子どもたちを取り巻く社会課題を解決することを目的とした
日本財団の「子どもサポートプロジェクト」の助成をもとに実施

シマ育コミュニティビジュアル

ではなぜ、『ritokei』は子育てに特化する取り組みを始めたのだろうか。
その背景には、子育てをとりまく日本社会の問題と離島ならではの問題がある。

近年、政府も子育て支援に積極的に取り組むなど、
人口減や少子高齢化対策は、喫緊の課題となっている。
それは離島にとってはより深刻なものだ。

戦後の日本が人口増加に向かう頃、
すでに人口減が始まっていた離島では、島の存続自体に直結する大問題となっている。

離島地域を10年以上見つめてきた鯨本さんは、
今回「子育て」に特化したメディアの立ち上げに込めた思いをこのように話す。

「島に住む人や関わる人が増えなければ、価値ある文化や営みは消えてしまいます。
そこで、どうすればいいかと考えたときに最も重要なのが子育てです。
リトケイでは医療や産業など、さまざまな課題にフォーカスしてきましたが、
島の未来にとって、最優先事項である子育て層の増加に貢献できるよう、
島と子育て層をつなぐメディアを立ち上げました」

シマ育コミュニティ

「人間本来の子育て」をシマで

メディア名でもある『シマ育』という言葉には、
住民同士互いに支え合う地域共生コミュニティを指す「シマ」のなかで、
多様な人と関わり、自然や文化に触れ、
そして人間力を「育む」という意味が込められている。

そのようなシマでの子育てを、鯨本さんは「人間本来の子育て」だと感じている。
かつては日本中に存在していたものだが、
現代では失われつつあることが「日本社会が抱える問題」だと鯨本さんはいう。

一方、海で隔てられる島々には「人間本来の子育てが残っている」と気づいた鯨本さん。
離島で子育てをする魅力について、大きくふたつ挙げている。
ひとつは、子育てが「親と子に閉じた1対1」にならないこと。

「2023年の冬に発行した『季刊ritokei vol.44』では、2020年発行の32号に続いて、
島の子育てを特集し、発達心理学者の根ヶ山光一(ねがやまこういち)先生に
お話をうかがいました。
根ヶ山先生は、子育てに親以外の人が積極的に関わることを意味する
『アロマザリング』を推奨している方です。

最近は、子育ては親だけが行うような風潮もありますが、
本来、子育ては子どもをとりまく地域社会の人々が多様に関わり行われるもの。
島の人々は、基本的に、
地域社会のなかで人と支えあう価値観を持っているため、
子どもを島(=社会)のまんなかに放ちやすい環境ともいえます。
もちろん、島によってもいろんな環境はありますが、
私が知る限り、島では『子育ては親だけが行うものだ』という空気に、
ふれたことがありません。

私自身、子どもを連れて離島を取材したこともありますが、
島の子どもではない我が子にも、島の方々は温かい目を向けてくださいます。
『子ども』という存在がものすごく尊ばれる世界なのです」

そして、もうひとつの魅力が
「生きる力が養われる環境がある」ことだと、鯨本さんは話す。

「こちらも『季刊ritokei vol.44』の取材で、〈家族・保育デザイン研究所〉の
代表理事を務める汐見稔幸(しおみとしゆき)先生と、
〈森のようちえん&冒険学校〉を立ち上げた中能孝則(なかよくたかのり)先生に、
島の子育て環境の何がいいのかをうかがいました。

おふたりから返ってきたのが、島には生きる力が養われる環境があるということ。
その生きる力というのは、非認知的能力とも言われています。
汐見先生いわく、チーム力やリーダーシップ力、人を励ますのが上手い、
上手に失敗する。そういった力が生きていくために必要です。

大手IT企業が、どのような能力を持った人が
いい仕事をしているのか研究したところ、
認知能力にあたる学力で得られる能力や数値化できる能力を持っている人よりも、
非認知的能力を持っている人が圧倒的に多かったという結果を発表していました。
島の場合は、その非認知的能力が養われやすい環境があるんです。

なぜかというと、単純に不便だから。
もともと、都市部のように何でも揃う環境ではなく、
大きい台風が来たら2週間ぐらい物流が止まることもあります。
『ない』という状況があるからこそ、
共助力を発揮して、周りの人と何かを貸し借りしたりと、
各々が工夫して、どうにかやっていく。
そのとき、その場にいる人たちと連携して何かをやり遂げる機会が多いため、
日常のなかで、リーダーシップ力やチーム力が養われるのです」

離島留学のパンフレット

和歌山県紀の川市発、 生産者×クリエイターによる エシカルギフト6選

生産者×クリエイターが手がける、地域ブランド〈ISSEKI〉

「一次産業が盛んなフルーツのまち」として知られ、
ファーマーズマーケットの〈めっけもん広場〉には年間70万人が訪れる
和歌山県紀の川市。
現在、紀の川市では、地域の活性化・産品の生産・新しい品種の認知拡大など、
さまざまな想いを持って、挑戦に取り組む人々がいます。

そんな新しいチャレンジを、ブランドを通して広げていきたいという思いから
始まったのが紀の川市認定ブランド〈ISSEKI(いっせき)〉です。
和歌山県紀の川市の一次産業生産者とクリエイターがともに
新しい紀の川市の加工商品認定ブランドを生み出しています。

現在、紀の川市の加工商品認定ブランド創出を目指す共創プロジェクト、
「Local Co-Creation Project in 紀の川(以下、LCP)」(和歌山県紀の川市主催)
を経て、認定ブランドとして商品化が決まったものが順次販売されています。
今回は、節目を迎える季節に大切な人へ贈りたい
和歌山県紀の川市の畑から生まれた「エシカル」なギフトを
ピックアップしてご紹介します。

1.紀の川のパッションフルーツを使ったドリンク「PARI PORI TEA」

「PARI PORI TEA」

まずご紹介するのは、紀の川市唯一のパッションフルーツ生産者との
コラボレーションで誕生したドリンク「PARI PORI TEA」(6個入り3520円)です。
葉酸や食物繊維が豊富に摂れるので、妊娠中や妊活中の女性におすすめ。
紀の川市産の桃の果肉、ハチミツなどをふんだんに使用しています。
添加物不使用かつフリーズドライなので、栄養価もそのまま。
食物繊維を豊富に含んだ種の食感で満腹感もありつつ
1杯50キロカロリー弱のヘルシーなドリンクで
出産祝いにもぴったりです。

information

「PARI PORI TEA」 

2.紀の川の春夏秋冬の味を黒米で包んだしゅうまい「紀の川黒米包み」

「紀の川黒米包み」

自然栽培で育てた自社農園の黒米と、同じく自然の力を生かして野菜を育てる
農家仲間と手を取りあい完成したという「紀の川黒米包み」
(5個入り×3パック4860円)。
旬の紀の川野菜を餡に使い、春夏秋冬で異なる味わいを数量限定で
販売しています。

information

「紀の川黒米包み」

3.地域の課題に応えた新感覚キウイスナック「amaboshi」

「amaboshi」

サイズの問題から市場に出回ることがなかった規格外のキウイを原料に、
地域で製造が盛んな「あんぽ柿」の製法を元に開発された
「amaboshi(アマボシ)」(販売ページは準備中、100グラム1056円)。
果実をカットせずに、キウイ本来の美味しさと栄養がギュッと凝縮されています。
キウイフルーツの生産が盛んな地域が、フードロス問題の解決に取り組んだ逸品です。

information

「amaboshi(アマボシ)」

福岡で人気の生活雑貨店が 「本の灯りがひしめく」書店 〈本灯社〉をオープン

「わたし自身のものさし」をさがしに

たくさんの車が行き交う高宮通り沿い。
平尾1丁目の交差点近くに静かに佇むビルの2階にあるのは、
昨年6月にオープンした書店〈本灯社〉。
明るく陽がさす空間に、個性ゆたかな本たちが、にぎにぎしく並んでいます。

2022年、福岡で人気の生活雑貨店
〈ごはんとおやつ、雑貨の店 くらすこと〉の雑貨販売スペースが
フロアを移転することになり、空いた場所をいかに活用するか、
というタイミングで浮上したのが「書店をつくる」構想でした。

〈くらすこと〉はもともと、「わたし自身のものさしをみつける」をテーマに、
思いを共有する場所として生まれました。
本屋を開くことも、その活動のひとつとしてごく自然な流れだったと、
〈本灯社〉立ち上げから関わるスタッフの山川さんはいいます。

「誰かの書斎」を覗くように、ワクワクしながら本を選ぶ

〈本灯社〉の書棚は、「誰かの書斎」をイメージしてつくられているとのこと。
それゆえに、ここでは本の顔や背を眺めているだけで、ワクワクしてしまうのかもしれません。

店内の本たちは、「こころ・からだ」「自然・目に見えない世界」
「生き方・考え方」「子ども・家族」「暮らし」「文学」「絵本」という、
〈本灯社〉独自のテーマに添って、並べられています。

「各テーマ何冊ずつ、などはあまり考えずに、私たちスタッフが本当に
いいなと思ったものを選んでいるので、選書に偏りがあるんです。
でも『誰かの書斎』だから、それでいいのかなって」。
と笑うのは、山川さんとともに〈本灯社〉を支えるスタッフの見月さん。

また、山川さんは選書について、このように話を続けます。
「喜びも悩みも、自分たちにとって切実なものは、他の人たちにとっても
そうなんじゃないかと思っていて。だから、自分たちの等身大で、
いち生活者としての悩みや関心ごとに添ったものを選ぶようにしています」

見月さんは、朝のお掃除のときに「起きてー。みんな、がんばってー」と
本たちに声をかけているのだと教えてくれました。
本が1冊売れるたびに、心の中で大喜びしている、というお話も、
スタッフがそれぞれの本に「届けたい」という思いをこめているからこそ。

とはいえ、この〈本灯社〉は、本を売るためだけに存在している場所ではないと、山川さんと見月さんはいうのです。

「いま」を生きる人たちの足もとを、本の灯りでやさしく照らす

書店がオープンしてから、ご夫婦や男性ひとりで来店される方が増え、
より幅広い年齢層のお客さんに来てもらえるようになったことは、うれしい変化でした。
年配の方から、お孫さんに絵本をプレゼントしたい、と相談を受けたり、
カフェでお茶をしたあと、本棚を眺めている方を見かけたりすることも、
書店を営むなかでの大きな喜びなのだそう。

「ここに来たら、誰もがいろんなしがらみを一旦おろして、自分自身と対話できる、そんな場所になれたらいいなって。お仕事が終わって、お子さんを迎えに行くまでの30分だけ、ちょっと見に来てくださるとかでもいい。
気になる本を見つけてもらえたら、それが1番ですけど、見つからなくても
ふらっと立ち寄ってみる、みたいな。そんな本屋の使い方をしてもらえたらうれしいです」

そういう山川さんと、見月さんが、たがいに顔を見合わせ
「来てくれたお客さんたち、みんなに元気になってほしいよね」
と話していたのが印象的でした。

「1冊の本が宿す灯りを、読者の手元まで絶やさずに届けたい。
ひとつひとつ色もかたちも異なる本の灯りがひしめくような
本屋でありたい」

そう、〈本灯社〉という名前の由来にあるように。

さまざまな思いを抱えて、「いま」を生きる人たちの足もとを、本の灯りでやさしく照らす。
ここを訪れる人にとって、〈本灯社〉はきっとそんな場所になっているにちがいありません。

information

map

本灯社

住所:福岡県福岡市中央区平尾1-11-21 村田ビル2F

電話番号:092-401-1606

営業時間:11:30~19:00

定休日:水曜

Web:本灯社(「くらすこと」ウェブサイト内)

Instagram:@kurasukoto_tenpo

富山を離れる人々にエールを。 県外に進学・就職する若者を応援する 「I’m Your Home.」プロジェクト

「富山県が、いつでも帰れる場所」だと、 富山を離れる若者たちに伝えたい

春は旅立ちの季節。
富山県では県外に進学・就職する若者を応援する
「I'm Your Home.」プロジェクトが2023年から始まっています。

第2弾となった2024年は、
生活のさまざまなシーンで若者たちが関わってきた25組の人たちによる応援メッセージ
動画が公開されています。
名付けて「街角から“いってらっしゃい”スナップ動画」です。

生まれ育ったふるさと、または学生時代を過ごした思い出ある場所から、
新しい土地に旅立つ若者は夢と希望、不安が入り混じっていることでしょう。

現在約100万人の人口を抱える富山県は
「幸せ人口1000万人」というビジョンを掲げています。
この県民の10倍である「1000万人」という数字には、
富山に関わるすべての人が富山の仲間だという意味が込められています。
富山で生まれ育ったり、学生時代を過ごしたりしたけれど、
今春から別の土地に移る人たちだって、
これからもずっと富山の仲間で、いつでも歓迎するということです。

「I'm Your Home.」プロジェクトは、
新しい生活に夢と希望、不安が入りまじった気持ちをもつ若者たちを、
「大丈夫。」と気持ちよく背中を押すこと、
そして「富山県が、いつでも帰れる場所」だと感じてもらうことが大切だと
立ち上げられました。

まち歩きに干物づくり体験も。 地元愛あふれる地域サポートチームと 巡る「熱海ソウルフードツアー」

地域活性サポーターが紹介、熱海のおいしい“推し”を巡る

東京駅から東海道新幹線で約40分。
古くから別荘地やビーチリゾートとして栄えてきた熱海は、
関東周辺に暮らす人々にとってなじみ深い観光地だ。
旅館や観光ホテルが立ち並ぶ温泉地でもあり、おこもり旅が定番だが
「実は、まち歩きが楽しい」と、地域を知る人は言う。

地元に愛される新旧の名店巡りに、鮮魚店に教わる干物づくり体験など、
知られざる熱海を楽しむツアーが、2024年1月20日に開催された。
題して「地域活性ビジネスアドバイザーと巡る、熱海のソウルフード実食ツアー」
(以下、「熱海ソウルフードツアー」)。地域の食を支える老舗食材店を巡り、
「暮らす人の目線」で熱海の魅力を再発見するのが目的だ。

この「熱海ソウルフードツアー」は、
“旅を介して、地域の活性化や人々の交流に貢献する”ことを目指す
〈NICHER TRAVEL(ニッチャートラベル)〉が主催する旅のひとつ。

ニッチャートラベルは、旅行会社の〈阪急交通社〉と
ナビゲーションサービス〈ナビタイム〉が2022年にスタートさせた共同プロジェクトで、
「愛する地元を盛り上げたい」と願う地域の人々と一緒に、
新しい旅の提案を行っている。

これまでDJのMUROさんと巡る渋谷レコードショップツアーや、
写真家の平野太呂さんと行く渋谷フォトセッションツアーなど、
ユニークなツアーを催行してきた。
三重県松坂市で実施された「松坂偏愛ツアー」の模様は、コロカルでもレポートしている。

今回、「熱海ソウルフードツアー」を企画し、当日のガイド役も務めたのは、
熱海市役所の産業支援窓口〈A-supo(エーサポ)〉で活動する
茨木彩夏さんと高原すずかさん。
市内の事業者や起業希望者をサポートし、地域活性を支えている。

熱海愛あふれる〈A-supo〉のふたり。左が熱海出身・在住の茨木彩夏さん、右が新幹線で週2日熱海に通う高原すずかさん。

熱海愛あふれる〈A-supo〉のふたり。左が熱海出身・在住の茨木彩夏さん、右が新幹線で週2日熱海に通う高原すずかさん。

高度経済成長期に急成長した観光地・熱海は、バブル経済崩壊後、衰退の一途をたどり、
2006年は市が財政危機宣言をするほどの落ち込みを見せた。
が、近年、企業などの再開発により、活気を取り戻しつつある。
あまりに有名な観光地ゆえ、その栄枯盛衰ばかりが語られるが、
地域の人々が“暮らす熱海”と、旅人をつなげるのが目的だ。

観光客が集中する熱海銀座商店街。駅周辺と熱海銀座以外のエリアの集客も現在の課題だ。

観光客が集中する熱海銀座商店街。駅周辺と熱海銀座以外のエリアの集客も現在の課題だ。

ツアーの集合場所は、〈熱海魚市場〉。
海から少し離れた、まちなかにある珍しい魚市場で、創業から80余年の歴史を持つ。
ふだんは仲買人しか入れない場所だが、この日はツアーの会場として特別に開かれ、
カラフルな大漁旗が参加者を出迎えた。

和室の集会所に集まり、アイスブレイク。
エーサポのふたりから、コースの説明や各店の魅力が熱く語られ、
期待値がぐっと高まる。続いて15人の参加者の自己紹介。
東京近郊のみならず、長野や大阪など各地から集まった参加者の中には、
ニッチャートラベルのリピーターも数組。
男女混合、40代から70代と年齢層も幅広いチームが1日の旅を共にすることとなった。

アイスブレイク。ツアーのテーマや訪問先の魅力をエーサポのふたりが熱く語る。

アイスブレイク。ツアーのテーマや訪問先の魅力をエーサポのふたりが熱く語る。

プログラムは以下。
まずは地元に愛される4軒の個人商店訪問を軸に、まちなかを散策。
次に、熱海鮮魚市場で、干物づくり体験。
そのあとは、でき上がった干物や漁師鍋をメインに、
各自、散策中に買ったもので食卓を囲む交流会が予定されている。

復興を担う8人のことば 震災の経験を未来に つなぐために大事なこと

これまでにもさまざまな震災を経験してきた日本。
そのたびに、乗り越えようと力を合わせてきた。
しかし、日常を取り戻すとともに、その記憶は薄れていってしまう。

もしも、自分の住んでいる地域を大きな災害が襲ったら――

過去の震災で復興に携わった8人に、その経験を経た今だからこそ、
能登半島地震の被災者や復興支援をしたい・している人へ伝えたいこと、
そしていつ自分が被災者になるかわからない
私たちみんなが考えるべき日常からの心構えを教えてもらった。

今回聞いたこと

(1)「能登半島地震」が発生したことを受け、率直な気持ちをお聞かせください。
(2)過去の震災が発生した当時、どのような活動をしましたか?
(3)その経験は、能登半島地震の復興、今後起こりうる災害へどう生かせますか?
(4)現地で復興に携わる方々へのアドバイス、メッセージをお願いします。
(5)読者のみなさんに向けて、災害への心構えをお願いします。

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この土地、この場所で生まれ育ち、 生きると決めたからこそ。 「Yahoo! JAPAN SDGs × コロカル」 編集長対談

2024年の元日、能登半島地震が発生。
多くの人にとって忘れることのできない日がまた増えてしまった。
「自分たちに何かできることはないのか」と、
今も歯がゆさを感じている人も多いかもしれない。

コロカル編集長・山尾信一もそのひとりで、
被災地の情報を集めているなかで、SNSのタイムラインで目に止まったのは、
『Yahoo! JAPAN SDGs』編集長の長谷川琢也さんのあるツイートだった。

東日本大震災から13年——われわれはどんな教訓を得て、
どのように受け止め、能登半島も含むこれからにどう生かせばいいのだろうか。
はせたくこと、長谷川琢也さんとコロカル編集長・山尾が「復興」を考える。

災害時に私たちができることと
東日本大震災から得た教訓

2011年3月11日から13年。
新潟県中越地震(2004年)、熊本地震(2016年)、
北海道胆振東部地震(2018年)と近年大きな災害が日本列島を襲った。

東日本大震災を機に、復興の一環として
「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げた、はせたくさんは
ヤフー(当時)の社員ながら、石巻と東京で二拠点生活をしながら
東日本大震災以降、10数年にわたり復興の軌跡を目の当たりにしてきた。

2024年1月4日。能登半島地震の3日後に
「何もできなくて悔しい。ざわざわしっぱなし。」とXに投稿し、
その歯がゆさを綴った。

震災のたびに考える自分たちの「役割」

山尾: 年明けの能登半島地震では、
奥能登地域を中心に北陸の各地で甚大な被害が発生しました。
私たちもメディアとして、あるいは個人として
何かしたいけど、何をすればいいのかわからなくて
歯がゆい気持ちになった人も多いと思います。
私もまさにそのひとりで、そんなとき、はせたくさんの投稿を見て、
同じメディアの人間としても、個人としても、すごく共感しました。

X投稿のキャプチャ

2024年1月4日はせたくさんが歯がゆい気持ちをXに投稿した。

はせたく: あの投稿は、社会活動家で、「防災ガール」の発起人でもある
田中美咲さんの投稿に対するコメントでした。
田中さんとは東北で復興活動をやっていたという共通点もあり、
これまで東北に関わってきた人同士、自分にもきっとできることはあるけど、
みんな共通して歯がゆい気持ちがあったんだと思います。

山尾: 投稿されたのは、震災から3日後の1月4日でしたね。
私も2011年3月の東日本大震災のとき、毎日新聞社で「希望新聞<特別版>」という
避難所に届ける支援新聞を創刊したことがありました。
そんな経験もあり、今回の能登半島地震でも、何かできることがあるのではないか……、
この思いをどこにどうぶつけたらいいのか、すごく困っていたときに
「同じ気持ちを抱えている人がいる」と、少し救われた気持ちでした。

希望新聞<特別版>

東日本大震災当時に山尾が発起人として創刊に携わった「希望新聞<特別版>」。

はせたく: 震災後、いろいろな報道がありましたが、
何でもかんでもとにかく現地に行けばいいってことではないのは、
これまでの震災復興に関わってきた人たちはわかっています。
そういった「学び」は東日本大震災での教訓です。

本当に僕も吐きどころのない感情を、田中さんの投稿をきっかけにしないと
なかなか言葉にできなくて。

山尾: コロカルとしても何か役に立てないかと……という気持ちがありました。
石川県の馳浩知事の
「能登には来ないで」
「でも石川県には来て」
というXの投稿が話題になりましたが、
コロカルでも、石川県のアニメ作家・名取祐一郎さん(@natoriyuichiro)のイラストを
使わせていただき、記事を公開しました。
震災後少し時間が経ったタイミングで、どういう情報発信が正しいのか、悩んだところです。

石川県の馳浩知事のX投稿のキャプチャ

石川県の馳浩知事が1月17日に投稿したXの画面。

はせたく: 今でこそLINEヤフーの社員として、
『Yahoo! JAPAN SDGs』の編集長をやらせてもらったり、
ヤフー石巻復興ベースを設立したりして、
現地の声を多くの人に届けることができていますが、
東日本大震災当時は、そんなことも考えられる余裕はありませんでした。

今でも東北のいろいろな被災地に行くと、
「あのとき何もできなかった」「どうすれば良かったんですか」
ということを多くの人に聞かれますが、2011年当時の僕も同じで、
若くて屈強なボランティアの子たちが、元気ハツラツと瓦礫の撤去をしたり、
重機を動かせる人が活躍していたりするなかで、僕自身は炊き出しを手伝いに行っても
料理はできないし、「あぁなんて自分は無力なんだ」と痛感しました。

東北で切ない時間を過ごしたこともありましたが、
彼らにはできない「何か」が、自分が入り込める「隙間」が、あるんじゃないかと思って、
僕は会社という組織を存分に利用しようと考えました。

お金もリソースもありますし、何より大きいことができる。
義援金を集めるプロジェクトを進められたり、
被災地と支援者の橋渡しになったり、個人では動けなくても組織を利用することはできると。

なので、個人ひとりでは何もできなくても、
組織にいるからこそできることがあるはず、と言い続けています。

「フィッシャーマン・ジャパン」サイトのメインイメージ

2014年、はせたくさんが設立に携わったフィッシャーマン・ジャパン。

対談中の『Yahoo! JAPAN SDGs』編集長の長谷川琢也さんとコロカル編集長・山尾信一

復興に向けた「フォーマット」はできつつある

山尾: この10数年、東北の復興の軌跡を間近で見られてきたと思いますが、
今回の能登半島地震の知らせを受けてどんなことを感じたのでしょう。

はせたく: 今回、僕は「呼ばれたら行こう」と思っていました。
当時も今回も、歯がゆい気持ちは変わりませんが、
とりあえず現場に急行するわけには行かないし、
被災地に負担をかけずに、的確に動ける人はほかにもいる。
その状況は、東日本大震災の復旧、復興を俯瞰して見てきたからきたからこそ
わかっていました。

長谷川琢也さんのX投稿キャプチャ

はせたくさんはFacebookに率直な想いを綴った。

山尾: 阪神・淡路大震災や東日本大震災などの経験から、
復旧や復興への「フォーマット」もできあがりつつありますよね。

災害が発生したら、まずは人命救助の72時間に始まり、
次いで、二次災害、避難・輸送などの交通、避難所の感染症・災害関連死、
ライフラインの復旧、そして、近隣の観光への風評被害、震災遺構の保存など、
時間を追って、対応すべきことや問題が変化していきます。

それぞれのタイミングで、誰がどんな役割を果たすべきなのか、
これまでの災害から学びを得て、復興への道筋は見えやすくなっているように思えます。

はせたく: おっしゃる通り、確かに「フォーマット」は存在すると思います。
供給する物資の内容や供給方法もそうですし、避難方法や避難所での過ごし方など……
すごい量の「学び」がありました。

被災した経験のある人たちは、今でも真剣に避難訓練していますし、
実際に東日本大震災後に余震が続いたときも、
みなさん大声で近所の人たちと声をかけ合って協力し合っています。

山尾: 今回の能登半島地震でも、
北陸4県や周辺自治体からの迅速かつスムーズな支援だけでなく、
熊本市の水道局員が熊本から給水車で駆けつけたり、
東北大学病院からは災害派遣医療チーム「DMAT」が派遣されたりもしていました。

被災地とそのほかの地域の連携が、すごく効率的に機能していた印象を受けました。

はせたく: 本当にその通りですね。
ひとつひとつの災害が「点」ではなく「線」としてつながり、受け継がれています。

デジタルの力も大きかったと思います。
SNSなど悪い側面が注目されてしまう場合もありますが、
LINEが誕生したのは、2011年6月でしたが、そのきっかけは東日本大震災だそうです。

例えば、東日本大震災のときにHondaが被災地域に住む人たちや、
被災地域へ向かう人たちのスムーズな移動を支援する目的で、
震災翌日から通行実績情報を公開しましたが、
その後、大地震や集中豪雨などが発生した際に、通行可能な道路を
カーナビなどで確認できるサービスも登場しましたね。

対談中の長谷川さん

新潟県は「子育てに優しい県」? 5つの理由をご紹介。

テレワークが浸透し、全国さまざまな場所で仕事ができるようになった今。
子育て重視で移住先を決めるなら、新潟県を候補に含めないなんてもったいない!

首都圏からのアクセスがよく、ほどよく都会で、山も海も近くて自然豊か。

さらに、子育てに関連するデータからもかなり優秀な
まさに子育てにも「つかえる」県なんです。

そんな子育て世代にぴったりの情報をお届けするポータルサイト
『にいがたのつかいかた for Family』から、新潟県が子育てに優しい
5つの理由を紹介します。

①子育て支援をしている企業がある

子育て家庭支援サービス〈トキっ子くらぶ〉を運営。

子育て家庭支援サービス〈トキっ子くらぶ〉を運営。

新潟県長岡市に本社を置く〈グローカルマーケティング株式会社〉は、
マーケティング支援事業や人財採用・育成支援事業を主軸にしながら、
県内の子育て家庭支援に力を入れている企業です。

2007年、代表の今井進太郎さんに長男が生まれたことを機に、
新潟での子育てをもっと楽しくできないか、と県内の協賛店と
『子育て家庭優待カード』をつくり始めたことがきっかけで、
子育て家庭支援サービス〈トキっ子くらぶ〉の運営がスタートしました。

年1回発行のフリーペーパー〈トキっ子ラウンジ〉も手がけています。

年1回発行のフリーペーパー〈トキっ子ラウンジ〉も手がけています。

「企業と子育て家庭」「地域社会と子育て家庭」「子育て家庭と子育て家庭」の
架け橋を目指し、優待カードの発行のほか、イベント開催など
子育て家庭に向けたさまざまなサービスを提供しています。

県内在住の0~18歳未満の子どもを持つ家庭であれば、
誰でも無料で入会できることもあり、現在の会員は
約8万3000世帯にも上るとか。

「にいがたの子育てをもっと楽しく、もっと笑顔に」という
〈トキっ子くらぶ〉のコンセプトは、社内の企業文化にも通じています。

新潟県をはじめ、隣県に住む44名の社員のうち約半数が子育て中の同社では、
2017年度からの育休取得率が5年連続100%に達しています。

取得者の男女比はほぼ半分で、部長職の男性社員も休みをとっています。

営業部プランナー・小見恒介さん家族のニューボーンフォト(写真提供:小見さん)。

営業部プランナー・小見恒介さん家族のニューボーンフォト(写真提供:小見さん)。

2023年7月末に約3週間の育休を取得した、営業部のプランナー・
小見恒介(こみこうすけ)さんは、育休をとると決めるまでは
仕事を離れることに戸惑いもあったとか。

しかし、情報共有を大事にする仕事の進め方によって、
不安はなくなっていったといいます。

社内コミュニケーションを大事にする社風は、復職後の社員のフォローにもつながっています。

社内コミュニケーションを大事にする社風は、復職後の社員のフォローにもつながっています。

3週間の育休を終えて、「子育て以上に大事な仕事はない」と
感じるようになったと話す小見さん。

2022年の法改正で1歳までの育休を分割で取得できるようになった今、
2024年春にまた1か月間の育休をとる予定を立てているそう。

詳しく紹介している記事はこちら!

②保育園・幼稚園も充実

2020年に新園舎が完成した〈赤沢保育園〉。

2020年に新園舎が完成した〈赤沢保育園〉。

新潟市内に、“日本最古の保育園”があることを知っていましたか?

それが、130年以上地域の子どもたちの成長を見守り、
これまで1万人以上の園児を送り出してきた〈赤沢保育園〉です。

創業者の赤澤鍾美さんのひ孫となる赤澤泰子さんが理事長を務めています。

創業者の赤澤鍾美さんのひ孫となる赤澤泰子さんが理事長を務めています。

新潟駅から車で約10分。
閑静な住宅街にある〈赤沢保育園〉は、1890年に誕生しました。

当時、小学校教諭をしていた創業者の赤澤鍾美(あかざわあつとみ)さんは、
戦後の貧しい最中に子どもたちの勉強を助けたいと私塾を開設しました。

すると、小学生の子どもたちの多くは小さな妹、弟たちを連れてやってきたといいます。

未就学児の彼らを保育する場がないことに気づいたことで、
自然発生的に保育園が誕生したのです。

園長の小林恵さん。

園長の小林恵さん。

現在、〈赤沢保育園〉には0~6歳まで、85人の園児が新潟市内から通っています。

3年前に改修された園舎の広々とした玄関では、毎朝晩、
送り迎えに来る保護者と保育士との会話が弾みます。

この新園舎には地域とのつながりや、保育士全員の思いが詰まっている、と
園長の小林恵さん。

保護者や近所の人からも園児たちの元気な様子が見られるようつくられた大きな窓や、
園児たちにミスなく安全に給食を配膳できるよう設計された調理場などがその代表例です。

2023年に新卒で入った保育士の蕗谷柊斗(ふきやしゅうと)さんも同園の出身。

2023年に新卒で入った保育士の蕗谷柊斗(ふきやしゅうと)さんも同園の出身。

そんなこの保育園の大きな特徴のひとつが、園出身の保育士が多いことです。
現在、調理師や保育士などを含め〈赤沢保育園〉で働くスタッフは26人。
そのうち6人が卒園生なのだといいます。

「当時お世話になった先生が、今では頼れる先輩であり同僚」というケースもちらほら。
勤続30年以上の経験豊富なベテラン保育士から新米保育士まで、
年齢層の幅広さも特徴です。

詳しく紹介している記事はこちら!

③遊べるスポットが豊富

南北に細長く、海や山に広く接する新潟県は、
子どもとのびのび遊べるスポットがたくさん!
都会にはない、広々とした自然豊かな環境があるのが魅力です。

巨大トランポリンの「ふわふわドーム」は1番人気。

巨大トランポリンの「ふわふわドーム」は1番人気。

新潟県長岡市にある〈国営越後丘陵公園〉は、面積約400ヘクタールもの敷地に
白い山型の巨大なトランポリンや、ローラーすべり台をはじめとした26種類の
大型アスレチックがある「遊具エリア」など、子どもたちが楽しめる遊び場がたくさん!

冬期はソリやスキー・スノーボードなどができるゲレンデ、
夏期はウォーターマシンガンや人力水車といった水遊び広場が
利用できるなど、季節に合わせた遊びもできるので、1年中楽しめます。

屋外では複数人で乗れる「おもしろ自転車」(有料)で遊ぶことも。

屋外では複数人で乗れる「おもしろ自転車」(有料)で遊ぶことも。

また、柏崎市にある宿泊型の大型児童館〈新潟県立こども自然王国〉は、
宿泊しながら豊かな自然のなかで季節に合ったプログラムが体験できる、
まさに“子どもが主役になれる”施設。

屋外には大型アスレチック遊具を備えた広場、屋内施設には絵本と
おもちゃのある幼児ルームや工作ルームなどがあり、時間を忘れて
遊べること間違いなしです。

無料で貸し出しされているスノーチュービングなどで、思いっきり雪遊びを楽しめます。

無料で貸し出しされているスノーチュービングなどで、思いっきり雪遊びを楽しめます。

子どもの雪山デビューなら、JR越後湯沢駅から徒歩10分の場所にある
〈湯沢高原スキー場〉の「湯沢温泉ゆきあそびパーク」がおすすめです。

施設では、スノーチュービングやスノーストライダー、エアーすべり台、
ソリなど、子どもと一緒に遊べるアイテムが無料で貸し出しされているため、
手ぶらで行けるのがうれしいポイント。

4〜11月のグリーンシーズンは〈湯沢高原パノラマパーク〉として営業され、
ジップラインやゴーカートなど、爽快なアトラクションが登場します(すべて有料)。

詳しく紹介している記事はこちら!

④データで見ても子育て世代&子どもに優しい

新潟県は「教育」「子育て」「文化・自然」「家庭環境」「女性活躍」の分野からも、
暮らしやすく、子育てしやすい環境であることがデータに裏づけられています。

新潟県にある大学の数は22校と、こちらも全国11位の多さです(文部科学省、2022年度の学校基本調査)。illustration:killdisco

新潟県にある大学の数は22校と、こちらも全国11位の多さです(文部科学省、2022年度の学校基本調査)。illustration:killdisco

たとえば、「教育」。
新潟県の総務部統計課が出している「新潟県あれこれ全国ベスト5」によると、
新潟県の高等学校等への進学率は、全国の都道府県のなかで1位です(2022年度)。

実は東京都は下から8番目。新潟県のほうが、高等学校等進学率が高いですね。

また、気になる高校卒業後の進路は、専修学校(専門課程)、いわゆる「専門学校」に
進学している割合が2022年度に26.7%で、新潟県が全国1位となっています。

「地域子育て支援拠点」とは、地域で子育てしている親子の交流を促進したり、育児相談・援助を実施したりする拠点のこと。illustration:killdisco

「地域子育て支援拠点」とは、地域で子育てしている親子の交流を促進したり、育児相談・援助を実施したりする拠点のこと。illustration:killdisco

新潟県内には地域子育て支援拠点が239か所あります(2023年度)。
2022年度の調査では、0歳~4歳人口1000人あたり3.6か所と、全国1位の多さ。
全国平均が1.9か所ですので、新潟県は子育てに手厚いといえるでしょう。

男性の育児休業取得率は、2022年度の全国平均17.13%に対し、新潟県は27.7%と、こちらも高水準(厚生労働省「雇用均等基本調査」、新潟県しごと定住促進課「新潟県賃金労働時間等実態調査」)。illustration:killdisco

男性の育児休業取得率は、2022年度の全国平均17.13%に対し、新潟県は27.7%と、こちらも高水準(厚生労働省「雇用均等基本調査」、新潟県しごと定住促進課「新潟県賃金労働時間等実態調査」)。illustration:killdisco

「女性活躍」の面で見ると、新潟県の女性の育児休業取得率は、2022年度で91.5%
(厚生労働省「雇用均等基本調査」、新潟県しごと定住促進課「新潟県賃金労働時間等実態調査」)。

全国平均の80.2%と比べると、11.3ポイントもの差があります。

育休取得率の推移を見てみると、2011年(92.3%)以降は2019年(88.9%)を除いて
すべての年度で90%以上。
最も取得率の高い年は、2016年の99.5%でした。

全国平均は90%を超えたことがないので、新潟県ではかなり多くの方が
育児休業を取得しているようです。

詳しく紹介している記事はこちら!

⑤「新潟県こむすび定期」がある

子育ては、さまざまな節目でお金がかかるもの。
そこで、新潟県は独自の子育て支援事業として、
「新潟県こむすび定期」を始め、2023年10月から申請受付を開始しています。

2023年4月以降に生まれた全ての子どもを対象に、入園前と入学前に
それぞれ5万円が給付されます。

また、新潟県が協定を結んでいる30(2024年3月現在)の金融機関からも金利の上乗せや
商品券、ローンの金利優遇といった特典が用意されているとのこと。

1歳の誕生日の前日までに申請が必要なため、対象となる方はお早めにご確認を。

詳しく紹介している記事はこちら!

information

にいがたのつかいかた for Family

食痕から野生動物との 共生について考える。 真冬の北海道の森が教えてくれること

「今日の森にはどんな発見があるだろう?」

北海道の東側、阿寒摩周国立公園の中にある、弟子屈町・川湯温泉。
温泉街の入り口には、いまなお噴煙を上げ続ける硫黄山があり、
その麓には、アカエゾマツの森が広がっている。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

北海道を代表する木、アカエゾマツは、
火山灰が降り積もった酸性の土壌でも生育できる樹種。

国立公園の中にあるこの地では、
樹齢約200年にもなるアカエゾマツの純林が、
「アカエゾマツの森」として保護されている。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

2月中旬の雪に包まれたアカエゾマツの森。
午前9時30分、現在の気温はマイナス10度。
約0.8キロのショートコース、通称「ゴゼンタチバナコース」を往く。

今シーズンは12月中旬にどっさり雪が降り、
その後も何度か重なって、積雪は20センチを超えるだろうか。

最初の標識まできたら、ここでまず深呼吸。
今日の森には、どんな発見があるだろう?

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

最初の直線コースは、名付けて「稚樹(ちじゅ)ロード」

長い年月をかけて高さ30〜40メートルにもなるアカエゾマツだが、
ここには高さ1メートルにも満たない木が並んでいる。
それでも樹齢15年ほど。人間にたとえれば中高生くらいだろうか。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

手が届く高さに葉っぱがあるので、ここを通るときは
その先をつまんで擦って、アカエゾマツの香りを楽しむことにしている。

ほっとする木の香り。

ところどころにトドマツの稚樹もあるので、
嗅ぎ比べてみる。

トドマツは、もう少し爽やかな印象。

三重県いなべ市にある 休館中の温泉施設を サウナ・食堂・ホテルが入る 複合施設へ。 クラウドファンディングが実施中

温泉・サウナ・食堂・ホテルが揃った施設でまちに活気を

三重県の北端に位置し、滋賀県と岐阜県に隣接するいなべ市。

美しい自然と昔ながらの景観を求めて、登山客やハイキング客、
レトロ好きの人で賑わうまちです。

登山客やハイキング客が多く訪れる鈴鹿山脈の藤原岳。

登山客やハイキング客が多く訪れる鈴鹿山脈の藤原岳。

そんなこのまちの阿下喜(あげき)という場所にある、休館中の温泉施設
〈阿下喜温泉 あじさいの里〉をリニューアルしようと、〈CAMPFIRE〉で
クラウドファンディングが行われています。

コロナ禍や施設の老朽化がきっかけとなり休館していた〈阿下喜温泉 あじさいの里〉。

コロナ禍や施設の老朽化がきっかけとなり休館していた〈阿下喜温泉 あじさいの里〉。

仕掛け人となるのは、三重県や紀伊半島を拠点に“おふろ”の再生を通じて、
地域活性に取り組む〈旅する温泉道場〉という企業。

これまでにも、四日市市で親しまれてきた温浴・温泉施設を〈四日市温泉
おふろcafé 湯守座(ゆもりざ)〉として、2017年にリニューアルオープンするなど、
“地域を沸かすアイデア”をもとに活動を行っています。

三重県1号店となる〈おふろcafé湯守座〉。

三重県1号店となる〈おふろcafé湯守座〉。

そんな同社の三重県2号店となる新施設の名は〈いなべ阿下喜ベース〉。

自然と健康がテーマの温泉複合施設として、温泉施設となる
〈おふろcafé あげき温泉〉をはじめ、温泉やサウナ後の体に
優しい料理を提供する〈新上木食堂〉、そしてコンテナホテル
〈AGEKI BASE HOTEL〉の3つの施設が入ります。

長野県飯田市のシンボル〈りんご並木〉 中学生が守り、 地域で育むまちづくりの循環

〈りんご並木〉誕生秘話

長野県の南端に位置する飯田市。
東西に南アルプスと中央アルプスがそびえ、その中央を天竜川が貫く自然豊かな地だ。

明治期以降は、天竜川によって形成された日本有数の河岸段丘と
豊富な日照量や内陸性気候を生かし、果樹栽培も盛んだ。
とくに長野県が生産量全国2位を誇るりんごは飯田市が日本の栽培地の南限に当たり、
陽光をたっぷりと浴びた南信州産のりんごファンも多い。

市のロゴマークにも使われるほど飯田市民にとって身近なりんご。地域の基幹産業でもある。

市のロゴマークにも使われるほど飯田市民にとって身近なりんご。地域の基幹産業でもある。

そんな飯田市のシンボルのひとつが、
碁盤の目のような市街地の大通りに連なる〈りんご並木〉だ。
南北約300メートルにわたって12種類26本のりんごの木が植えられており、
地域を象徴するシンボルロードとして地域の人たちに親しまれている。

2023年で誕生70周年を迎えたこの〈りんご並木〉、
実はかつて中学生たちの強い熱意によって誕生したものだ。
当時から現在に至るまで、代々、生徒たちの手によって管理され、
今では毎年1万個以上のりんごが実を結んでいる。

プレートの整備など、飯田東中学校を中心とした〈りんご並木〉への取り組みが行われている。

プレートの整備など、飯田東中学校を中心とした〈りんご並木〉への取り組みが行われている。

ルーツは、昭和22(1947)年までさかのぼる。
当時、戦後日本最大の市街地大火といわれた「飯田大火」で市中心部の3分の2が焼失。
要因のひとつが、狭い道路幅と木造建築物の密集だった。

翌年からはじまった本格的な復興事業では、広い道路を設けることで延焼を防ぎ、
防火機能の拡充を図るまちづくりが進められた。
一方で、焼け野原となったまちは少しずつ復興していくものの、
城下町のまち並みは一変し、無機質で殺風景な風景が広がっていった。

大火から5年を経た昭和27(1952)年、
被災時に避難所となった飯田東中学校の第2代校長・松島八郎先生が、
北海道で開かれた全国中学校学校長会に出席。

札幌の道路の広さや街路樹の美しさに感銘を受け、帰校後の全校朝会でその光景を語った。
さらに、ヨーロッパには美しいりんごの並木があること、
落ちたりんごの実はまちの人が備え付けのかごに入れ、
盗む人はいないという話も生徒たちに伝えた。
そのうえで、まだまだ焼け跡が残る飯田市のまちにも街路樹が必要なことを話した。

2024年現在の校長は、滝澤勇一先生が務めている。

2024年現在の校長は、滝澤勇一先生が務めている。

その講話に素直に心を打たれた生徒たちが発案したのが、
寂しくなった市街地の防火帯である大通りに、自分たちの手でりんごの木を植える計画だ。
この計画が行政に上申され、市で検討されることに。
予算不足や、病害虫の被害を受けやすいりんご栽培の難しさの問題、
盗難による犯罪者増加の懸念、さらには市民の冷ややかな目などもあったが、
「並木でまち並みを美しくするだけではなく、まちの人々の心も美しくしたい」
という生徒たちの熱意が行政と人々の心を動かした。

そして、翌年の昭和28(1953)年、約2カ月にわたる生徒たちの手作業により、
とうとう大通りにりんごの苗木が植樹され、〈りんご並木〉が誕生。
生徒たちが維持管理に励んだ結果、大火からの復興のシンボルとして愛されるようになり、
今では飯田市のシンボルとして広く知られる存在になっている。

全国各地の郷土料理を 自宅で味わえるミールキット〈咲耶〉

非日常体験が味わえる全国各地の極上和食御膳のミールキット

「日本を愉しむ」というビジョンのもと、日本各地をテーマに現地食材や郷土料理を
自宅で簡単に味わうことができる「ご当地体験ミールキット」の〈咲耶(さくや)〉。
一般的なミールキットは日常利用向けなのに対して、〈咲耶〉のキットは時短や
手軽さの利点は残しつつも、一汁三菜以上の和食献立がつくれるので、
自宅で非日常の特別な食事の時間を愉しめることが特徴です。

「ご当地体験ミールキット」の〈咲耶(さくや)〉

〈咲耶〉のミールキットは、普段はなかなか味わうことのできない
その土地で愛されている郷土料理を再現しています。
お米をはじめとして、使用する食材や調味料はその地域にゆかりのある
ものも取り入れており、食材からも地域の世界観やその土地らしさを感じられます。
また、同封されているリーフレットに、各メニューのこだわりや特徴が紹介されており、
食を通じて歴史や伝統などの新たな発見もあります。

メニューは5、6品で煮るだけ、焼くだけ、盛るだけなど調理も簡単

メニューは主食、汁物、主菜、副菜を組み合わせた5、6品からなる一汁三菜以上の和食献立

メニューは主食、汁物、主菜、副菜を組み合わせた5、6品からなる
一汁三菜以上の和食献立となっており、
まるで旅館で提供されるような御膳を楽しめます。
また、商品に同封されているおしながきを食卓に添えることで、
旅館の食事の雰囲気を一層感じられそうです。

それぞれのメニューは簡単な調理で作ることができる

それぞれのメニューは簡単な調理で作ることができるようになっており、
袋から取り出しお皿に盛り付けするだけの品もたくさん。
その他にもお米は無洗米、主菜のお魚も味付け済みで届くので
最後の仕上げに焼くだけなど、時間をかけずに手軽に調理できます。

実際、今回注文した瀬戸内のキットも仕上げに魚に焼き目をつける、
届いた無洗米と出汁、具材を炊飯器に入れて炊飯するだけ
まな板と包丁を使うのは大根と小口ネギを切るときだけ
味噌は溶けやすい合わせ味噌、大根おろしはおろしの状態で届くなど
かゆいところにも手が届く心配りが各所に見られました。

〈祇園辻利〉のペアリングティーも届く定期便がスタート

〈祇園辻利〉のペアリングティー

そんな〈咲耶〉では2か月に1度季節に合わせて
各地のキットが届く「ご当地ミールキット定期便」も提供中。
現在発売中の計6商品が、初回配送月を基準として隔月で届きます。
単品購入するよりもお得で、年6回の合計では30960円(2人前)、
1商品あたり5160円(2人前)となっています。

さらに、定期便では京都祇園の宇治茶専門店〈祇園辻利〉が、
キットごとに特別にペアリングしたお茶も届きます。

木のノート〈Shiki Bun〉 に どんな言葉を綴りますか? 伊那の森と暮らしをつなぐ 〈やまとわ〉の活動

「変化することが美しい」

「経木」の実物を見たことのある人は、そう多くないかもしれない。
木を薄く平らに削ってつくる経木は、
その名の通り、かつてはお経を書き記す媒体だったという。
以降は特に食の場面で使われた。おにぎりを包んだり、落し蓋にしたり、
揚げ物の下に敷いたり、まな板代わりにして肉や魚を切ったり……。

「経木は、ビニール製品ができる50年くらい前までは、
食べ物を包んだりするメジャーな包装資材でした。ただ、現代は食生活が違う。
だから時代にあった使い方を提案しているんです」と語るのは、
長野県伊那市に事務所を構える〈株式会社やまとわ〉の代表取締役・中村博さん。
同社は伊那のアカマツを素材にした現代版の経木〈信州経木Shiki〉を製造販売している。

〈株式会社やまとわ〉の代表取締役・中村博さん。

〈株式会社やまとわ〉の代表取締役・中村博さん。

〈信州経木Shiki〉の乾燥工程。生木を伐ってから3週間以内に削り、1日〜1日半かけて乾燥させる。

〈信州経木Shiki〉の乾燥工程。生木を伐ってから3週間以内に削り、1日〜1日半かけて乾燥させる。

〈信州経木Shiki〉。右から2番目の Lサイズは長さ48センチと大きいが、これは素材となるアカマツの節から節の長さに応じてつくられた結果だ。

〈信州経木Shiki〉。右から2番目の Lサイズは長さ48センチと大きいが、これは素材となるアカマツの節から節の長さに応じてつくられた結果だ。

「例えば経木でパンを包むと、アカマツの調湿作用で焼き立てのパンの汗を吸収したり、
冷凍保存してもカピカピにならなかったり。
県内外のパン屋さんのユーザーが増えています」

そのほかにも納豆の包装、スーパーの調理用生魚のドリップの吸収シート、
さらに照明やビールのラベルの資材など、用途は多彩だ。

極めつけは〈信州経木Shiki〉をもとにつくられた木のノート〈Shiki Bun〉だろう。
同じ伊那市にある美篶堂が手製本で綴じ、
表紙と1ページ目には同県松本市の藤原印刷が印刷を施した。
添加物などを一切使用していないため日焼けや反りなど経年変化していくが、
「むしろ変化するのが美しい」という嗜好のユーザーに爆発的に受け、
制作中に予約で完売することも多いという。

〈信州経木Shiki〉でつくられた木のノート〈Shiki bun〉。美篶堂の手製本で綴じられている。

〈信州経木Shiki〉でつくられた木のノート〈Shiki bun〉。美篶堂の手製本で綴じられている。

「親子の交換日記とか、大切な人に言葉を書いて贈る人が多い。使われ方が美しいんですよ」と中村さんは笑う。

「親子の交換日記とか、大切な人に言葉を書いて贈る人が多い。使われ方が美しいんですよ」と中村さんは笑う。

「僕らも手作業で削るし、美篶堂さんも手製本だから、
大量生産して流通に乗せるような商品ではないかもしれない。
でもこれらの商品、特に〈信州経木Shiki〉は、僕らの考える、
もっとも本質的な意味をユーザーさんの食卓にまで届けてくれるんです」

豆まき後の鬼たちを描く “鬼のまち”福知山が舞台の オリジナル絵本

節分の掛け声は「鬼は内、福は外」。鬼にゆかりの深い京都府福知山市

2月3日の節分といえば「鬼は外、福は内」の掛け声と共に、
豆まきをする習わしがありますが、一風変わった掛け声の地域があります。
鬼とゆかりの深い京都府福知山市の、
三和地域にある「大原神社」の節分祭のかけ声は「鬼は内、福は外」です。
巷にある悪いものを神社で清めたうえで(=鬼は内)、
村に福をお返しする(=福は外)一風変わった節分祭になっています。
鬼がお多福に変わる演出は地元の有志により演じられ、
いまもなお地元のひとたちに愛されている恒例行事です。

福知山市にある大江山

また、福知山市にある大江山には、平安時代中期の武将・源頼光が、
「頼光四天王」と呼ばれる屈強な家臣らを従え丹波国⼤江⼭へ向かい、
酒吞童子(しゅてんどうじ)率いる鬼の一味を討伐(鬼退治)する
という伝説が伝わっています。
大江山は2007年に「丹後天橋立大江山国定公園」に指定されました。
毎秋、酒呑童子伝説と大江山をテーマとした「大江山酒呑童子祭り」も
開催(2023年は台風災害のため中止)されています。

さらに丹後天橋立大江山国立公園の中にある「元伊勢内宮皇大神社」の節分祭では、
豆まきを行い、人に災いをもたらす三鬼(病鬼・陰鬼・貧鬼)を神前に追い込み、
お祓いをして病鬼を元気に、陰鬼を陽気に、貧鬼を富貴のお多福に変身させます。

大江山の鬼伝説

一方福知山市北部の大江地域では昭和以降、
大江山の鬼伝説がまちおこしに使われるようになりました。
大江駅前には72枚の鬼瓦があり、大江山までの道中には13体の鬼像が佇むなど、
さまざまな場所に自然と鬼が共存しています。

令和になったいまも、福知山市は鬼伝説をモチーフにしたPR動画やポスター、
鬼ラッピングのタクシーなどさまざまな鬼コンテンツを企画し、
「鬼のまちづくり」をすすめています。

コロナ禍では2月2日の「鬼鬼の日」に、市役所大江支所職員や地域で働く人々が
“鬼のまち”をポップに楽しくアピールしようと、すすんで鬼マスクや角を装着し、
そのシュールな姿が一部で話題になりました。

地元の人が教える 牡蠣のおいしい食べ方から 季節のビッグイベントまで。 わたしのまちの 「冬の過ごし方」


今月のテーマ 「冬のお約束」

日々の習慣をはじめ、
人それぞれ決まった手順や日課などがあるはず。
それは、季節の過ごし方にも言えるのではないのでしょうか。

今回は、「その土地ならではの冬の楽しみ、過ごし方」を
全国にお住まいのみなさんに紹介してもらいました。
冬の定番食べ物を味わったり、お決まり行事を友だちと毎年開催したりと、
楽しみ方もさまざま。

寒い寒いと、家のなかでぬくぬくしているのも
冬のリラックスタイムとして至福のひとときですが
ぜひ自分なりの季節ごとの楽しみを探してみてください。

【岡山県浅口市】
冬といえば寄島牡蠣!

私が暮らす岡山県浅口市の港町・寄島町(よりしまちょう)は、牡蠣が特産です。
だいたい11月下旬から3月末頃限定で手に入る、冬限定の味覚です。
寄島牡蠣は1年もので小粒ですが、栄養たっぷりの瀬戸内海でぷくぷく育ち、
濃厚な味わいが特徴で、指名買いされる老舗料亭もあるとか。

生ではなく必ず火を通して食べますが
移住して殻つき牡蠣の手軽な食べ方を教えていただきました。

軽く洗ったら平らな皿に並べて、ふんわりラップをして、レンジでチン。
加熱時間は牡蠣の量によりますが、
3つで1分半くらい、殻が開いていなかったら数十秒さらに加熱し、
殻が開いたら完成です。

ポン酢などで食べる人も多いですが、私はそのまま、
じゅわーっと広がる海の味わいを楽しむのが好きです。

photo & text

こばん

大阪府出身。〈カブ〉で旅するフォトライター。全国各地を愛車と旅する様子をインスタグラムに投稿するのが趣味。フォトジェニックな「星と海のまちあさくち」に一目惚れし、2017年5月、岡山県浅口市地域おこし協力隊に着任。浅口の魅力を取材し、紙面やWEB、SNSで発信中。

銭湯入り放題の特典付き! 奈良県御所市にある古民家物件が 入居者を募集中

銭湯の「番頭候補生」を兼ねた入居者も同時募集

奈良県の西南部に位置し、すぐそばには金剛山や葛城山がそびえ立つ
自然豊かなまち、御所市(ごせし)。

このまちで100年近い時を刻んできた長屋を改修した住居
〈赤塚長屋(あかつかながや)〉で入居者を募集しています。

奈良県の西南部に位置する御所市(ごせし)

この古民家の再生に携わるのは「文化財をまもる、いかす」をミッションに、
主に奈良県下で歴史的建築物などの文化財を活用した持続可能なまちづくり事業を
展開する企業〈御所まちづくり〉。

同社は、御所市の中心街「御所まち」で2008年に廃業した銭湯〈御所宝湯〉を復活させ、
さらに近隣4棟の古民家物件も宿泊施設やガストロノミー・レストランに開発した
「泊・食・湯」分離の分散型ホテル〈GOSE SENTO HOTEL〉を2022年にオープンし、
まちの活性化に一役買っています。

大正7年創業の万年筆本舗をリノベーションした宿泊施設〈RITA 御所まち〉。

大正7年創業の万年筆本舗をリノベーションした宿泊施設〈RITA 御所まち〉。

かつての自転車屋の面影を残した、昭和レトロな宿泊施設〈宿チャリンコ〉。

かつての自転車屋の面影を残した、昭和レトロな宿泊施設〈宿チャリンコ〉。

同じ御所まちに完成した〈赤塚長屋〉は、空き家などの古民家をリノベーションする
同社の住居事業「narrative house」の第1号物件となります。

きっかけは、古民家活用が抱える「設計・施工の難しさ」「用途開発・資金調達の
困難性」といった性質により開発期間が長期化し、その間にも守るべき古民家が
更地になっていく姿への問題意識からでした。

そこで、短い期間かつ比較的コストを抑えて古民家を救える方法のひとつとして
narrative houseをスタートし、それぞれの建物が持つ歴史や⽂化、営みといった
物語(narrative)をできる限り残すかたちで改修し、住居としての市場価値を与え
流通させる取り組みを行っています。

「新築住宅と⽐べると、決して快適な空間ではないかもしれませんが、⼿間のかかる
不⾃由さを享受し、⼯夫を凝らして過ごす⽣活、建物に寄り添いながら暮らす⽇常を
提案します」と、〈御所まちづくり〉の担当者は話します。

「narrative house」の取り組み。

「narrative house」の取り組み。

そんな想いのもとに生まれた〈赤塚長屋〉は、長屋独特の奥行きある空間を
効率的に使うための「通り土間」や、古民家ならではの木材や土壁などの
自然素材をしつらえ、伝統的な住まいが持つ本来の魅力を感じることができる
住居となっています。

〈赤塚長屋〉の内観。

〈赤塚長屋〉の内観。

飾って、使って、食べて、楽しめる。 「2023年買ってよかったもの」


今月のテーマ 「2023年買ってよかったもの」

お手軽で便利なものから、一生付き合えるものまで
毎年さまざまな新商品・新製品が販売されます。

今回は、2023年に買ってよかったものを
全国にお住まいのみなさんに教えてもらいました。

土地に根づく人や店の人気商品をぜひ手に入れてみてください。

【東京都・武蔵野市】
旅先でのプレゼントや癒しにぴったりな一輪挿しカード

一輪挿しカード

今回のテーマは「2023年に買ってよかったもの」。
いつも食べ物ばかり紹介しているので、たまには違うものを紹介したいと思います。
武蔵野市・吉祥寺の仲道通りは、さまざまな雑貨店が点在しているのですが、
そのひとつに紙雑貨を専門に販売している〈ペーパーメッセージ〉というお店があります。

「一輪挿しのカード」(132円)は、ペンペン草、デイジー、アカツメクサ、たんぽぽなど野に咲く花をモチーフにしたものをラインナップ。

「一輪挿しのカード」(132円)は、ペンペン草、デイジー、アカツメクサ、たんぽぽなど野に咲く花をモチーフにしたものをラインナップ。

店内にはゆるくてかわいいイラストのポストカードや
メッセージカードなどがズラリと並んでいる人気のお店です。
なかでも「一輪挿しのカード」と「花瓶のカード」の
アイデアがとっても気に入ったため購入しました。

「花瓶のカード」(165円)には切り込みが入っていて、一輪挿しのカード」を互い違いに刺すとしっかり留まるしくみになっています。

「花瓶のカード」(165円)には切り込みが入っていて、一輪挿しのカード」を互い違いに刺すとしっかり留まるしくみになっています。

実はわたし、花モチーフのデザインやイラストが大好きなのですが、
実際に花を育てるのが苦手。
観葉植物やエアープランツすら枯らしてしまうので、
部屋のなかで飾っておけるのは生花ではなく、
みかんやりんご、バナナなどの果実類くらいしかありません。
そんな寂しい部屋をパッと明るくしてくれたのが、このカードなんです。

花瓶のカードを組み合わせて使うのもよいのですが、ガラスや陶器でできた一輪挿し用の花器に「一輪挿しのカード」を生けるのも◎。

花瓶のカードを組み合わせて使うのもよいのですが、ガラスや陶器でできた一輪挿し用の花器に「一輪挿しのカード」を生けるのも◎。

手帳に入れてどこにでも持ち歩くことができるので、
旅先や取材先でお世話になった人にメッセージを書いて贈ることもできます。

やわらかくほんわかした気持ちになれます。

やわらかくほんわかした気持ちになれます。

お気に入りの香水を吹きかければ、ふんわりと辺りがいい香りになります。
デスクや宿泊先の窓辺などにちょこっと置くだけで癒されるので、
とってもお気に入りのアイテムです。

information

map

ペーパーメッセージ

住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町4-1-3

TEL:0422-27-1854

営業時間:11:00~19:00

定休日:不定休

Web:ペーパーメッセージ

photo & text

Momo*Kinari きなり・もも

ライター・エディター。東京在住。Webや雑誌、旅行ガイドブックで撮影・執筆。 国内外でグルメや観光スポットを取材。たまに料理やモノづくり、イラストの仕事もしています。 Twitter:@Momo_kinari

今こそ、知っておきたい 都道府県のサイズ感

わかっていたけど、そんなに大きい?!

日本地図を思い浮かべることができても、
ふだんの暮らしのなかで、都道府県のサイズ感を意識することは少ないと思います。
今やリモートワークなど、遠隔でのコミュニケーションも当たり前になり、
より実際の距離感覚も掴みにくくなっているかもしれません。

例えば、東海道新幹線に乗って「やけに静岡県長いなあ」とか、
東北自動車道を運転して「あれ? まだ岩手県なの?」とか、
実際に移動して、意外と距離があるんだと感じる人も多いはず。

よく話題にあがるのが、北海道のサイズ感。
その大きさは、関東1都6県も近畿7府県もすっぽりと入るほどです。

北海道と関東地方

北海道と近畿地方

※地図はウェブメルカトルをベースに、おおよその大きさを把握するために作図。緯度の違いによる歪みを許容しています(以下も同様)。

札幌在住の人に「今、函館に来ているんだけど、これから会えない?」なんて
距離感がつかめていない発言をすると、北海道あるあるだと冷笑されるでしょう。

札幌から函館は直線距離で150キロ以上あり、
車の道のりでも最短250キロ以上、4時間以上かかります。
旅行上級者となれば、北海道のサイズ感を逆手にとって、
空港のINとOUTを変えて計画を組む「北海道シティホッピング!」を楽しむ人も。

また、たびたびSNSでも話題になるのが、新潟県と九州地方の比較。
さすがに同じ長さではないですが、その近いサイズ感に驚く人も。
新潟県は日本海沿岸線で330.8キロ、
県境の端から端までの直線距離でも250キロを超えます。

九州地方は、門司港から佐多岬までの直線距離で330キロほど。

九州地方は、門司港から佐多岬までの直線距離で330キロほど。

新潟県とひと言で言っても、エリアによって気候や文化も違い、特産品もさまざま。
広い新潟県内の多彩な魅力は「新潟のつかいかた」でも紹介されています。

陸前高田の気仙杉を使った フレスコボールのラケット

三陸海岸は新スポーツ・フレスコボールの聖地

みなさん、〈フレスコボール〉って知っていますか?
お菓子の名前? それとも洗剤?
いえいえ、実はブラジル・リオデジャネイロ発祥の
ビーチスポーツの名前なんです。

どのような競技かというと、大きなしゃもじ型のラケットを持ち、
向き合うふたりがどれだけ協力してラリーを続けられるかを競う、というもの。

その様子から「思いやりのスポーツ」とも言われ、日本では2024年1月の時点で
27の一般社団法人日本フレスコボール協会(以下、JFBA)公認地域クラブと
3の公認学生団体があり、フレスコボールを通じた
地域コミュニティが形成されているんだとか。

〈フレスコボール〉

岩手県・陸前高田市も、そのように
フレスコボールが普及しつつあるまちのひとつ。
きっかけは、東京でフレスコボールの選手として活躍していた
橋詰友人選手が陸前高田へ移住したことから。
そこからフレスコボールの輪が広がり、
2022年からは高田松原海水浴場で公式戦も開催されました。

最近は、宮城県気仙沼に「気仙沼フレスコボールクラブ」も誕生。
三陸海岸は、東北におけるフレスコボールの聖地として、
盛り上がりを見せているようです。

飽和状態の気仙杉を有効活用

そんな東北のフレスコボールの聖地、岩手県・陸前高田で、
JFBAから、フレスコボールの新ラケットブランド
〈TRILL(トリル)〉が誕生しました。

フレスコボールの選手であり、山木屋としても活動する平山夫妻

フレスコボールの選手であり、山木屋としても活動する平山夫妻。

自身もプレイヤーとして活躍し、陸前高田市で
林業・木工業に携わる山木屋の平山夫妻が製作したこのラケット。
地元産材・気仙杉を使ったモデルを中心に、
子どもから大人までが楽しめる全5本を展開しています。

名前は、イタリア語で「鳥のさえずり」という意味の、
2つの音を交互に素早く演奏する音楽記号から。
2つのラケットで打ち合う競技特徴と、
鳥のさえずりの絶えない陸前高田という土地柄から、
このように名付けられました。

陸前高田市では、木材として活用できる
良質な気仙杉が放置されている課題を解決するため、
「自伐型林業」と呼ばれる小規模間伐型の森林施業を推進。
そこから、地域おこし協力隊制度を活用し、
林業における後継者づくりを行っています。

平山夫妻は、そんな地域おこし協力隊として
陸前高田市の林業に従事し、その後完全移住された夫妻。

〈三俣山荘図書室〉伊藤圭さん 大町を再び登山のまちに。 北アルプスの“秘境”の復興に挑む

山と人とまちをつなぐサロン

長野県大町市。『北アルプス国際芸術祭』の舞台でもあるこのまちも、
普段はさすがに開催時期ほどのにぎわいはない。
しかし、かつて戦前~1960年代まで、
このまちは登山文化の発信地のひとつとして、全国から客足が絶えなかったという。

〈三俣山荘図書室〉。店の使用電力は屋上に設置したソーラーパネルで賄う。完全オフグリッドだ。(写真提供:三俣山荘図書室)

〈三俣山荘図書室〉。店の使用電力は屋上に設置したソーラーパネルで賄う。完全オフグリッドだ。(写真提供:三俣山荘図書室)

同じく〈三俣山荘図書室〉店内。バーカウンター脇に登山ギアとウェアのポップアップ。

同じく〈三俣山荘図書室〉店内。バーカウンター脇に登山ギアとウェアのポップアップ。

「山と人とまちをつなぎたい」
北アルプス・黒部源流の稜線にある〈三俣山荘〉と〈水晶小屋〉のオーナー、
伊藤圭さんは、往年の登山文化の復興を目指して、
2022年、大町のシャッター街となった商店街の一角に、
〈三俣山荘図書室〉をオープンした。

空き店舗になっていた元呉服店の3階部分を、
1年かけてDIYでリノベーション。
当時を伝える登山道具や山の写真がディスプレイされた階段と通路を抜けると、
アウトドアのウェアやギア、登山やエコロジーなどをテーマにした
約400冊の本がずらりと並ぶカフェに到着する。
大きく開いた窓から飛び込んでくるのは、北アルプスの山々だ。

店のテラスに出ると北アルプスが望める。取材時は11月、早くも雪に彩られて美しい。

店のテラスに出ると北アルプスが望める。取材時は11月、早くも雪に彩られて美しい。

「いろいろなカルチャーを持った人たちが山と出会う、
ハブになるようなサロンにしたいんです。
そうすることで登山も新しいカルチャーに生まれ変わる。
そうでもしないと、登山に興味のある人の数は増えないと、僕は思うんです」

伊藤さんがそう考え、三俣山荘図書室をオープンさせるに至った背景には、
登山文化や山小屋、まちという地域が抱える、さまざまな課題があった。

にぎわいを失った登山のまち

伊藤さんは、東京出身。
四谷育ちの都会っ子でサブカルチャー好きと、山とは縁遠い生活を送っていたが、
先代で日本の登山文化の黎明期を担った父・正一さんのあとを継ぎ、
山小屋のオーナーになった。

戦後の時代、正一さんは荒れ果てた山小屋の権利を買い取り、
土地の猟師たちと小屋を再建。
その経緯を綴った正一さんの著書『黒部の山賊』(ヤマケイ文庫)は
現在も山岳文学の名著と謳われるほどで、まさにまちの登山文化の発展に貢献した人物だ。

〈三俣山荘図書室〉店内ディスプレイより、伊藤さんの父であり開拓者、正一さんの年譜。

〈三俣山荘図書室〉店内ディスプレイより、伊藤さんの父であり開拓者、正一さんの年譜。

事実、かつて大町は“登山のまち”だった。
都市の文化人たちがこぞって山を目指し、
北アルプスの象徴である槍ヶ岳から烏帽子岳までの黒部源流域に伸びる
〈裏銀座ルート〉を登るために、登山客でにぎわった。
彼らは、地元旧家の出である百瀬慎太郎の旅館〈對山館〉(1892頃~1943年)に集い、
さながらサロンのように交流していたという。伊藤さんはこう解説する。

「1950年代には、登山客が駅前でぎゅうぎゅうになって雑魚寝したとか、
登山口行きのバスが満席だったとか、そういう話が残っています。
その後もいわゆる「登山ブーム」でにぎわいましたが、
1979年に大町の登山文化は一旦途絶えてしまうんです」

〈三俣山荘図書室〉入口までの階段にディスプレイされた往年の登山道具。

〈三俣山荘図書室〉入口までの階段にディスプレイされた往年の登山道具。

原因には、まちにある北アルプスへの入山口に高瀬ダムが完成し登山道が途切れたこと、
上高地や新穂高のようなほかの入山口が充実し登山客が流れたこと、
そしてまち自体の過疎化などが挙げられるという。
その結果、「裏銀座ルートはすべて寂れてしまい、
ここ40年間は下降線の一途をたどっている」と伊藤さんは語る。
追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスによる登山客の激減=山小屋の減収だ。
「収益が例年の25%くらいに落ち込んで、このままじゃつぶれる、
なにかやらなきゃって、考え始めたんです」

〈三俣山荘図書室〉店内。父・正一さんの著書や登山ファンにはお馴染みの本も。

〈三俣山荘図書室〉店内。父・正一さんの著書や登山ファンにはお馴染みの本も。

3月8日は「町家の日」! 町家を起点にしたイベントが 3月2日~10日に全国各地で開催

町家が持つ知恵や工夫を見直す1週間に

マーチ(3月)・ヤ(8日)で〈町家の日〉。3月8日を挟む1週間、
2024年3月2日(土)から3月10日(日)を「町家Week」とし、
京都をはじめ日本全国で町家を舞台にしたイベントが開催されます。

「町家の日」とは、全国で毎日のように姿を消している町家の
保全と再生を行う「京町家情報センター」主催の取り組み。
京都のみならず全国に残る町家の魅力を発信すべく、2017年からスタートし、
2024年で8年目を迎えます。町家が持つ知恵や工夫を見直し、
その伝統価値や素晴らしさを広めるきっかけづくりを行っています。

参加地域は年々増えており、今回は京都、姫路、越後高田など、
5都市以上での開催を予定。町家を活用したアートギャラリー、ワークショプ、
お茶会のほか、講演会やミニコンサート、地域主催のマルシェなど、
各地で趣向を凝らしたイベントが目白押しです。

古きよき日本の町家

上方講談師による講談が行われた、2023年開催時。

上方講談師による講談が行われた、2023年開催時。

町家リノベの住まい見学やマルシェ、伝統工芸のワークショップも

古きよき日本のまち並みと町家をめぐるツアーや、
普段はお目にかかれない指定有形文化財の公開などもあり、
土地の歴史や文化が色濃く反映される町家に触れられる良い機会。
建築、デザイン、工芸、地域再生などに興味のある方にも見逃せないイベントです。

会場のひとつである京都では、これまでになかった取り組みとして
実際に住まいとして使われている町家を開放するオープンハウスを実施予定。
外観からは想像できないリノベーションを施した町家を見学することで、
「こういう暮らし方もありかも」といった発見や新たな価値観に出会えそうです。

住まいとしての町家。内装や暮らしぶりも興味深い。

住まいとしての町家。内装や暮らしぶりも興味深い。

また、手織りや紙漉き、型染といった伝統工芸体験や
町家と切っても切れない内装にまつわるワークショップも開催予定。
特別な空間、非日常になりつつある町家が、体験を通して身近に感じられるかもしれません。

2023年に行われた、京からかみのはがき摺り体験。

2023年に行われた、京からかみのはがき摺り体験。

紙漉きのワークショップ。今回も行われる予定。

紙漉きのワークショップ。今回も行われる予定。