連載
〈 この連載・企画は… 〉
北海道の道東・弟子屈(てしかが)町の「自然に住む心地よさ」に惹かれて移住した井出千種さん。
身近になった木や森を通して、「自然に惹かれる理由」を探ります。
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。
北海道の東側、阿寒摩周国立公園の中にある、弟子屈町・川湯温泉。
温泉街の入り口には、いまなお噴煙を上げ続ける硫黄山があり、
その麓には、アカエゾマツの森が広がっている。
北海道を代表する木、アカエゾマツは、
火山灰が降り積もった酸性の土壌でも生育できる樹種。
国立公園の中にあるこの地では、
樹齢約200年にもなるアカエゾマツの純林が、
「アカエゾマツの森」として保護されている。
2月中旬の雪に包まれたアカエゾマツの森。
午前9時30分、現在の気温はマイナス10度。
約0.8キロのショートコース、通称「ゴゼンタチバナコース」を往く。
今シーズンは12月中旬にどっさり雪が降り、
その後も何度か重なって、積雪は20センチを超えるだろうか。
最初の標識まできたら、ここでまず深呼吸。
今日の森には、どんな発見があるだろう?
最初の直線コースは、名付けて「稚樹(ちじゅ)ロード」
長い年月をかけて高さ30〜40メートルにもなるアカエゾマツだが、
ここには高さ1メートルにも満たない木が並んでいる。
それでも樹齢15年ほど。人間にたとえれば中高生くらいだろうか。
手が届く高さに葉っぱがあるので、ここを通るときは
その先をつまんで擦って、アカエゾマツの香りを楽しむことにしている。
ほっとする木の香り。
ところどころにトドマツの稚樹もあるので、
嗅ぎ比べてみる。
トドマツは、もう少し爽やかな印象。
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10分ほど歩くと、コースは森の中へ。
幅50センチくらいの散策路が、深い森へと導いてくれる。
奥に入るほど増えるのが、エゾシカの足跡。
何本もの踏み跡が、雪の上を縦横無尽に走っている。
この森では四季を問わず、
エゾシカ数頭が一列になって、
目の前を走り抜けていくこともある。
雪が積もっていると、
その痕跡がより明らかになる。
冬の「アカエゾマツの森」で目につくのは、ハクサンシャクナゲの木。
あちらこちらに群生があり、初夏には淡いピンクの花を咲かせる。
いまは葉っぱが丸まっているけれど、
2月末には広がって、いち早く春の訪れを教えるという役割も持っている。
しんと静まり返った針葉樹の森の中。
冬でも枝葉を屋根のように広げて、
その上にたくさんの雪を載せても凛としているアカエゾマツ。
この森には、寒さや風雪を遮り、
包み込んでくれるような心地よさがある。
そしてあたり一面に、エゾシカが餌を求めて、
雪を掘り起こした跡が広がっている。
ほかの場所に比べて積雪が少ない針葉樹の森では、
エゾシカは、雪の下にあるササなどを食べて、
厳しい冬を乗り越えているのだ。
「ゴゼンタチバナコース」の出口に近づき、
広葉樹が増えてくると、反比例するように、
掘り起こした跡は減ってくる。
「アカエゾマツの森」は、
エゾシカたち野生動物にとっても、
シェルターのような存在なのだろう。
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数日後、「エゾシカによる食害の調査方法を学ぼう」というイベントに参加した。
フィールドは、アカエゾマツの森から車で約10分、
屈斜路湖畔に位置する「仁伏(にぶし)の森」。
こちらの森は広葉樹が中心で、
カツラの巨木をはじめ、ハリギリ、オヒョウ、カエデなど
さまざまな樹種が生育している。
葉を落とした広葉樹の森は、
「アカエゾマツの森」とは対照的に明るく、
見晴らしがよく、野鳥観察にも適している。
雪面にはエゾシカだけでなく、
キツネ、ウサギ、ネズミ、エゾクロテン、etc.
いろんな動物の足跡を見つけることができる。
「アカエゾマツの森」と異なるのは、
ここでエゾシカは、雪の下にある草木だけではなく、
樹木の皮も食べていること。
森の中では、至る所で樹皮が剥がされた食痕が見られた。
多くはハルニレで、これがエゾシカの大好物だそう。
「またハルニレだね……」
「サルナシも食べられてるよ」
「フッキソウまで食べちゃうの?」
樹皮剥ぎや掘り起こし跡を観察しながら、
エゾシカの冬の暮らしを想像しつつ歩いた。
この日のテーマであった調査方法とは、
区画を決めて(この日は10メートル×30メートル)、
食害が見られる樹木の種類や胸高直径を測り、
写真に撮り、記録していくというもの。
継続して食害の増減を調査し、
森を守るための方法を探っていかなければ、と思う。
樹木の美しさを眺めるだけでなく、
野生動物との共生について考える。
真冬の森は、そんなきっかけも与えてくれるのだ。
information
アカエゾマツの森
住所:北海道川上郡弟子屈町川湯温泉2-2-6 川湯ビジターセンター 裏
tel:015-483-4100(川湯ビジターセンター)
Web:アカエゾマツの森
※冬季は川湯ビジターセンターにてスノーシューの貸出も行なっている(ひとり500円)。
*価格はすべて税込です。
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