colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

食痕から野生動物との
共生について考える。
真冬の北海道の森が教えてくれること

弟子屈の森から
vol.016

posted:2024.2.27   from:北海道弟子屈町  genre:旅行 / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  北海道の道東・弟子屈(てしかが)町の「自然に住む心地よさ」に惹かれて移住した井出千種さん。
身近になった木や森を通して、「自然に惹かれる理由」を探ります。

writer profile

Chigusa Ide

井出千種

いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。

「今日の森にはどんな発見があるだろう?」

北海道の東側、阿寒摩周国立公園の中にある、弟子屈町・川湯温泉。
温泉街の入り口には、いまなお噴煙を上げ続ける硫黄山があり、
その麓には、アカエゾマツの森が広がっている。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

北海道を代表する木、アカエゾマツは、
火山灰が降り積もった酸性の土壌でも生育できる樹種。

国立公園の中にあるこの地では、
樹齢約200年にもなるアカエゾマツの純林が、
「アカエゾマツの森」として保護されている。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

2月中旬の雪に包まれたアカエゾマツの森。
午前9時30分、現在の気温はマイナス10度。
約0.8キロのショートコース、通称「ゴゼンタチバナコース」を往く。

今シーズンは12月中旬にどっさり雪が降り、
その後も何度か重なって、積雪は20センチを超えるだろうか。

最初の標識まできたら、ここでまず深呼吸。
今日の森には、どんな発見があるだろう?

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

最初の直線コースは、名付けて「稚樹(ちじゅ)ロード」

長い年月をかけて高さ30〜40メートルにもなるアカエゾマツだが、
ここには高さ1メートルにも満たない木が並んでいる。
それでも樹齢15年ほど。人間にたとえれば中高生くらいだろうか。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

手が届く高さに葉っぱがあるので、ここを通るときは
その先をつまんで擦って、アカエゾマツの香りを楽しむことにしている。

ほっとする木の香り。

ところどころにトドマツの稚樹もあるので、
嗅ぎ比べてみる。

トドマツは、もう少し爽やかな印象。

次のページ
1列のエゾシカに遭遇!?

Page 2

針葉樹の森ならではの冬の風景

10分ほど歩くと、コースは森の中へ。
幅50センチくらいの散策路が、深い森へと導いてくれる。

奥に入るほど増えるのが、エゾシカの足跡。
何本もの踏み跡が、雪の上を縦横無尽に走っている。

この森では四季を問わず、
エゾシカ数頭が一列になって、
目の前を走り抜けていくこともある。

雪が積もっていると、
その痕跡がより明らかになる。

雪の森を歩くときの楽しみは、動物の足跡観察。たくさんのエゾシカが往来しているのがわかる。

雪の森を歩くときの楽しみは、動物の足跡観察。たくさんのエゾシカが往来しているのがわかる。

冬の「アカエゾマツの森」で目につくのは、ハクサンシャクナゲの木。
あちらこちらに群生があり、初夏には淡いピンクの花を咲かせる。

いまは葉っぱが丸まっているけれど、
2月末には広がって、いち早く春の訪れを教えるという役割も持っている。

厳しい寒さのなか、芽を膨らませて春を待っている、ハクサンシャクナゲ。

厳しい寒さのなか、芽を膨らませて春を待っている、ハクサンシャクナゲ。

しんと静まり返った針葉樹の森の中。

冬でも枝葉を屋根のように広げて、
その上にたくさんの雪を載せても凛としているアカエゾマツ。
この森には、寒さや風雪を遮り、
包み込んでくれるような心地よさがある。

そしてあたり一面に、エゾシカが餌を求めて、
雪を掘り起こした跡が広がっている。

ほかの場所に比べて積雪が少ない針葉樹の森では、
エゾシカは、雪の下にあるササなどを食べて、
厳しい冬を乗り越えているのだ。

「ゴゼンタチバナコース」の出口に近づき、
広葉樹が増えてくると、反比例するように、
掘り起こした跡は減ってくる。

「アカエゾマツの森」は、
エゾシカたち野生動物にとっても、
シェルターのような存在なのだろう。

次のページ
冬に動物たちが食べているものとは?

Page 3

広葉樹の森でエゾシカの暮らしを想像する

数日後、「エゾシカによる食害の調査方法を学ぼう」というイベントに参加した。
フィールドは、アカエゾマツの森から車で約10分、
屈斜路湖畔に位置する「仁伏(にぶし)の森」。

「摩周・屈斜路トレイル」のコースにもなっている、仁伏半島自然散策路は約3キロ。

摩周・屈斜路トレイル」のコースにもなっている、仁伏半島自然散策路は約3キロ。

こちらの森は広葉樹が中心で、
カツラの巨木をはじめ、ハリギリ、オヒョウ、カエデなど
さまざまな樹種が生育している。

葉を落とした広葉樹の森は、
「アカエゾマツの森」とは対照的に明るく、
見晴らしがよく、野鳥観察にも適している。

雪面にはエゾシカだけでなく、
キツネ、ウサギ、ネズミ、エゾクロテン、etc.
いろんな動物の足跡を見つけることができる。

こちらはクマゲラの食痕。穴の深さを測ってみたら、60センチ以上にも!

こちらはクマゲラの食痕。穴の深さを測ってみたら、60センチ以上にも!

「アカエゾマツの森」と異なるのは、
ここでエゾシカは、雪の下にある草木だけではなく、
樹木の皮も食べていること。

森の中では、至る所で樹皮が剥がされた食痕が見られた。
多くはハルニレで、これがエゾシカの大好物だそう。

「またハルニレだね……」
「サルナシも食べられてるよ」
「フッキソウまで食べちゃうの?」

樹皮剥ぎや掘り起こし跡を観察しながら、
エゾシカの冬の暮らしを想像しつつ歩いた。

この日のテーマであった調査方法とは、
区画を決めて(この日は10メートル×30メートル)、
食害が見られる樹木の種類や胸高直径を測り、
写真に撮り、記録していくというもの。

継続して食害の増減を調査し、
森を守るための方法を探っていかなければ、と思う。

樹木の美しさを眺めるだけでなく、
野生動物との共生について考える。

真冬の森は、そんなきっかけも与えてくれるのだ。

information

map

アカエゾマツの森

住所:北海道川上郡弟子屈町川湯温泉2-2-6 川湯ビジターセンター 裏

tel:015-483-4100(川湯ビジターセンター)

Web:アカエゾマツの森

※冬季は川湯ビジターセンターにてスノーシューの貸出も行なっている(ひとり500円)。

*価格はすべて税込です。

Feature  特集記事&おすすめ記事