連載
posted:2023.1.30 from:三重県松阪市 genre:旅行 / 食・グルメ
PR ナビタイムジャパン
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor’s profile
Saori Nozaki
野崎さおり
のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
三重県松阪市といえば、日本屈指のブランド和牛として名高い松阪牛のふるさと。
ではそれ以外では、どんなまちのイメージがあるだろうか。
松阪の歴史を知り、地元の人が愛するソウルフードや
夜のまちまで楽しんでほしいというツアーが企画され、
2023年1月14日に第1回が実施された。
ツアーの正式名称は、
「【松阪市協力/観光協会公認】地元を再編集するデザインチームが考えた
“松阪偏愛モニターツアー”」
(以降「松阪偏愛ツアー」)。
この「松阪偏愛ツアー」は、
“旅を介して、地域の活性化や人々の交流に貢献する”ことを目指す
〈NICHER TRAVEL(ニッチャートラベル)〉が提供する旅のひとつ。
〈ニッチャートラベル〉は、
旅行会社の〈阪急交通社〉とナビゲーションサービスの〈ナビタイムジャパン〉の
共同プロジェクトとして2022年6月から始まり、
自分の愛する地域を盛り上げたいと強く願う人たちと一緒に、独創的な旅をつくっている。
「松阪偏愛ツアー」を企画し、アテンドも行うのは、松阪市で2021年から活動する
地域に特化したデザインチーム〈vacant(バカント)〉 。
チームの合言葉は“純度の高い愛と自由”なのだという。
ツアーは、松阪市が輩出した偉人たちにまつわる資料館や
江戸時代の面影を残すまち並みを歩くといった地元の名所を訪ねるにとどまらず、
夕食には地元で愛される焼肉店で松阪牛のホルモンに舌鼓を打ち、
その後、希望者は歓楽街に一緒に繰り出してしまおうというもの。
ニッチでディープに松阪を体験できるツアーだ。
この「松阪偏愛ツアー」の発端は、
〈ニッチャートラベル〉のメンバーで
編集者の柴田隆寛さんとvacantの中瀬さんの出会いだった。
vacantを立ち上げる前、中瀬さんは松阪の有志が集まる勉強会に参加していた。
毎月、全国で活躍するクリエイターが招かれていて、
その勉強会で中瀬さんは、県外から訪れたクリエイターたちが、
地元にいる自分たちよりも本居宣長をはじめとする郷土の偉人たちに詳しいことに
驚いたという。
「松阪人として恥ずかしい、これではいけないと感じました。
まちや偉人たちのことを学び直そうと考えて、
さらに、その情報を再編集して伝える企画やツールをつくれば
観光はもちろん、地元愛にもつながるはずだ、と」
勉強会に招かれていたクリエイターのひとりが柴田さん。
その後も中瀬さんと柴田さんの交流が続いた。
そして中瀬さんはvacantを立ち上げ、
vacantの拠点として多機能なカフェ、〈MADOI〉を2021年11月にオープンした。
MADOIの名前は、本居宣長が夜な夜な仲間と集っていたサロン、“円居”(マドイ)にちなむ。
それからしばらくした2022年春にvacantのメンバーが完成させたのが、
彼ららしい地元愛を詰め込んだ松阪偏愛マップだ。
掲載されているのは、食堂や喫茶店、惣菜店などの個人店から、松阪競輪場まで。
一般的なガイドマップで紹介されそうもない
古くから松阪で愛されている、生活に根ざしたスポットばかりだ。
「僕たちが大好きな松阪のスポットをピックアップして、
愛情を込めてつくったマップです」と中瀬さん。
第2弾としてスナックやバーなどが紹介される歓楽街ガイドの
松阪純愛マップを作成していたころ、
松阪偏愛マップを下敷きとした「松阪偏愛ツアー」が
柴田さんが関わる〈ニッチャートラベル〉 で開催することが決まったのだ。
松阪市や観光協会も協力してくれることになった。
「誰かに任せていられない。自分たちがやるんだ。
そんな熱い思いで、地元・松阪を盛り上げようと奮闘しているvacantのメンバーたち。
素直に応援したくなりますよね?
僕たち〈ニッチャートラベル〉は、日本各地で地域のために頑張っている、
彼らのようなローカルヒーローの少しでも力になりたい。
訪れる人と出迎える人。
それぞれがあたたかい気持ちで深く交流する “ニッチな旅”をつくって、
地域振興の新しい種を蒔いていけたら」と柴田さんは話す。
ツアー当日、参加者25名は〈MADOI〉にて正午前に集合。
ツアーでは、松阪をいろいろな角度から知ることはもちろん、
vacantのメンバーを含めた参加者同士のつながりを生むことも目的のひとつ。
まずはアイスブレイクを兼ねて、松阪の名物駅弁〈モー太郎弁当〉でランチタイム。
2003年に誕生したモー太郎弁当はインパクトあるパッケージで、
蓋を開けるとメロディが流れる仕組みまであるユニークなお弁当だ。
脂の旨みと甘辛い味つけが特徴の牛肉が、
三重県産の伊賀米を覆い隠すように盛りつけられている。
モー太郎弁当をつくる〈駅弁のあら竹〉の新竹浩子さん(通称ぴーちゃん)が、
蓋から音楽が流れる仕組みや、駅弁への愛を語り、
その圧倒的な明るさで参加者の心を解きほぐしていった。
モー太郎弁当を五感で堪能し、参加者同士で簡単な自己紹介をしたあとは、
4組に分かれてまち歩きへ。
近隣の市町村から来たという方が一番多く、次いで愛知県や京都府など近隣県からの参加者、
IターンやUターンで移住してきたという松阪在住の方も。
ひとりでの参加も多く見られた。
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松阪のメインストリートとお寺のある道を歩いて、
一行が最初に向かったのが、松坂城跡。
その城下には城を守った藩士が住んだ御城番屋敷という武家屋敷が残る。
1863年に建てられた御城番屋敷は、現存するなかで、最大規模の武家屋敷だ。
重要文化財に指定されているが、今も住居として利用され、
しかも一部は賃貸物件という珍しい建物なのだ。
松坂城を築いたのは、
戦国武将としては一般的には知名度が高くない蒲生氏郷(がもううじさと)。
40年という生涯で、信長や秀吉に気に入られ、知将として多くの功績を残した。
近年は戦国時代が舞台のゲームに登場して人気上昇中なのだとか。
松阪市では毎年「氏郷まつり」 が開かれるほどの有名人だ。
松坂城は全国でも屈指の壮大な石垣があり、石垣好きにはたまらない城のひとつ。
「忍者も登れないほど反り立った石垣なので、
僕たちも登って遊ぶことはありませんでした」と中瀬さん。
松坂城は松阪の少年たちにとっても、恐れ多い場所のようだ。
松坂城跡内には18世紀の有名な国学者、
本居宣長の資料を展示する〈本居宣長記念館〉がある。
宣長は、日本最古の歴史書『古事記』を研究し、
35年をかけて『古事記伝』44巻を執筆した
松阪市民に最も愛され続けている偉人のひとり。
記念館では学芸員による詳しい説明のもと、
宣長が17歳のときに書いたとされる日本地図や、
35年をかけた古事記伝の一部を見学した。
教科書にも載る日本の重要人物、本居宣長を中瀬さんは
「落ちこぼれで、大酒飲みなところが好きなんですよ」と親近感を持って話す。
実は宣長は商家に生まれながらも、商いの才能はひとかけらもなかった人物とされる。
江戸の店に修業に出ても、伊勢で丁稚奉公しても、いずれも甲斐性なく松阪に戻った。
その後、京都で医学を学んで医者となって診療を行う傍ら、
夜は仲間を集めて勉強会を行っていたのだとか。
本居宣長記念館の敷地には宣長が62年間住んでいた家屋がそっくり移築されている。
MADOIの由来となった宣長を囲む勉強会、円居(まどい)が開かれていた建物は、
1階は入室可能。2階にある〈鈴屋〉と呼ばれる書斎跡は、
外部の見物台から見ることができる。
次に一行は、〈豪商のまち松阪 観光交流センター〉に移動。
松阪は江戸で商売に成功した豪商が数多い。
三井グループの家祖、三井高利は、呉服店〈越後屋〉を開き、
当時としては画期的な、店頭での現金掛け値なし(現金販売)を編み出して
町人のニーズに応えた商売を行った。それが現在の〈三越伊勢丹〉。
ほかにも木綿問屋の長谷川治郎兵衛、和紙を扱った小津清左衛門など
松阪商人と呼ばれる豪商が複数輩出され、今も立派な邸宅が残る。
松阪は世界的な映画監督の小津安二郎が青春時代を過ごした場所でもある。
この松阪から、日本の礎に大きく関わった偉人が多く輩出された理由について、
松阪市の観光交流課長の福山 桂さんは、
伊勢神宮までの最後の宿場町だったこと、
その伊勢参りの道中で、文化や政治、経済の情報がいち早く集まったことが
関係していたと話す。
全国各地に散らばった宣長の弟子や友人たちが、
伊勢参りに行く旅人たちに宣長への手紙を託し、
その旅人がメッセンジャーよろしく、
宣長の家へ手紙を渡しに立ち寄ったという記録も残っているのだという。
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松阪というまちの成り立ちや歴史についての知識を仕入れた後は、
参加者それぞれまち歩きタイムを楽しむ。
お伊勢参りに向かう人たちが通った道を歩き、
豪商が住んでいた屋敷跡に思いを馳せていると、そろそろ小腹も空いてくる時間。
まち歩きには欠かせない食べ歩きアイテムとして
vacantメンバーがイチオシするのは松阪牛を扱って70年の精肉店、
〈丸中本店〉のコロッケ。揚げたてアツアツをいただく。
各自散策を楽しんだ後は、あらためて〈MADOI〉に集合。
いよいよ参加者からも期待が大きかった〈一升びん 平生町店〉での焼肉パーティーだ。
一升びん 平生町店は三重県内のほか、愛知県にもある焼き肉〈一升びん〉の総本山。
年季の入った建物の中で、vacantのメンバーらを含めて、
総勢30人以上がそれぞれのテーブルで焼肉を囲んだ。
松阪市は、人口あたりの焼肉店件数が全国3位という肉好きのまち。
vacantメンバーの中瀬理恵さんによれば、各家庭にお気に入りの焼肉店があって、
運動会の後はかならずといっていいほど焼肉店で食事をしたそう。
会食ではなくパーティーと名づけられた夕食では、
それぞれのテーブルがお肉とビール、名物「梅割り」などを堪能。
焼肉パーティーのあとは、昭和の匂いが残る歓楽街、
愛宕町にあるスナック〈スパーク〉へ行く人、こちらも松阪のソウルフードのひとつ、
「ちょろ松焼き」を食べに〈ちょろ松ふみ〉に行く人、
〈MADOI〉で話し込む人も。
この夜、何時まで松阪への偏愛が育まれ続けたのかは、
本当に最後まで参加した人だけが知っているのだ。
ツアー終盤、第1回ツアーに手応えを感じていた中瀬さん。
「松阪は、都会のようなおしゃれなものはないけれど、
僕にとっては愛着も誇りもある大切な場所です。
ツアーに参加した人は、次に遊びにきてくれたときも一緒にまちを回りたいし、
移住したいという人が現れたらサポートもするつもりです」
理恵さんは「市外から来た人も、
松阪で1日暮らすように楽しんでもらえるツアーになったと思います」と満足そう。
松阪牛はもちろん、郷土の偉人や歴史以上に郷土愛に触れられる
「松阪偏愛モニターツアー」。
第2回は2023年2月11日に実施予定だ。
なにもないと思いがちな地方のまちに潜む魅力を発見し、
見つめ直すきっかけになるはずだ。
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