連載
posted:2024.3.15 from:静岡県熱海市 genre:旅行 / 活性化と創生
PR ナビタイムジャパン
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Kei Sasaki
佐々木ケイ
ささき・けい●埼玉県出身。食、酒、旅を軸に、全国各地を取材し記事を執筆。雑誌連載は『BRUTUS』『Hanako』ほか。JSA認定ワインエキスパート。
photographer profile
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。コロカルで「暮らしを考える旅 わが家の移住について」連載中。
東京駅から東海道新幹線で約40分。
古くから別荘地やビーチリゾートとして栄えてきた熱海は、
関東周辺に暮らす人々にとってなじみ深い観光地だ。
旅館や観光ホテルが立ち並ぶ温泉地でもあり、おこもり旅が定番だが
「実は、まち歩きが楽しい」と、地域を知る人は言う。
地元に愛される新旧の名店巡りに、鮮魚店に教わる干物づくり体験など、
知られざる熱海を楽しむツアーが、2024年1月20日に開催された。
題して「地域活性ビジネスアドバイザーと巡る、熱海のソウルフード実食ツアー」
(以下、「熱海ソウルフードツアー」)。地域の食を支える老舗食材店を巡り、
「暮らす人の目線」で熱海の魅力を再発見するのが目的だ。
この「熱海ソウルフードツアー」は、
“旅を介して、地域の活性化や人々の交流に貢献する”ことを目指す
〈NICHER TRAVEL(ニッチャートラベル)〉が主催する旅のひとつ。
ニッチャートラベルは、旅行会社の〈阪急交通社〉と
ナビゲーションサービス〈ナビタイム〉が2022年にスタートさせた共同プロジェクトで、
「愛する地元を盛り上げたい」と願う地域の人々と一緒に、
新しい旅の提案を行っている。
これまでDJのMUROさんと巡る渋谷レコードショップツアーや、
写真家の平野太呂さんと行く渋谷フォトセッションツアーなど、
ユニークなツアーを催行してきた。
三重県松坂市で実施された「松坂偏愛ツアー」の模様は、コロカルでもレポートしている。
今回、「熱海ソウルフードツアー」を企画し、当日のガイド役も務めたのは、
熱海市役所の産業支援窓口〈A-supo(エーサポ)〉で活動する
茨木彩夏さんと高原すずかさん。
市内の事業者や起業希望者をサポートし、地域活性を支えている。
高度経済成長期に急成長した観光地・熱海は、バブル経済崩壊後、衰退の一途をたどり、
2006年は市が財政危機宣言をするほどの落ち込みを見せた。
が、近年、企業などの再開発により、活気を取り戻しつつある。
あまりに有名な観光地ゆえ、その栄枯盛衰ばかりが語られるが、
地域の人々が“暮らす熱海”と、旅人をつなげるのが目的だ。
ツアーの集合場所は、〈熱海魚市場〉。
海から少し離れた、まちなかにある珍しい魚市場で、創業から80余年の歴史を持つ。
ふだんは仲買人しか入れない場所だが、この日はツアーの会場として特別に開かれ、
カラフルな大漁旗が参加者を出迎えた。
和室の集会所に集まり、アイスブレイク。
エーサポのふたりから、コースの説明や各店の魅力が熱く語られ、
期待値がぐっと高まる。続いて15人の参加者の自己紹介。
東京近郊のみならず、長野や大阪など各地から集まった参加者の中には、
ニッチャートラベルのリピーターも数組。
男女混合、40代から70代と年齢層も幅広いチームが1日の旅を共にすることとなった。
プログラムは以下。
まずは地元に愛される4軒の個人商店訪問を軸に、まちなかを散策。
次に、熱海鮮魚市場で、干物づくり体験。
そのあとは、でき上がった干物や漁師鍋をメインに、
各自、散策中に買ったもので食卓を囲む交流会が予定されている。
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13時過ぎ、2班に分かれて2時間のまち歩きツアーへと出発した。
天気は生憎の雨模様だが、魚市場からすぐの糸川遊歩道沿いは、
日本一早咲きの「あたみ桜」が見ごろ。
ひと足早い春の気配と華やかな色彩に、参加者の足取りも心なしか軽やかになる。
1軒目の訪問先の前に、熱海に7か所ある源泉のひとつ、「小沢の湯」に立ち寄った。
「湯」の名がつくが浴場ではなく、自分で温泉卵をつくれる隠れた人気スポットだ。
備えつけのざるの中に生卵を入れて、蒸し上がりまでは約10分。
この日は先の行程が目白押しなので、夜の宴会で食べられるよう仕込みだけして
(後にスタッフが回収)、目的地へと向かう。
熱海市清水町の商店街の角地に立つ〈山田豆腐店〉は、創業100余年の老舗。
おぼろ豆腐をはじめとする豆腐各種、厚揚げや油揚げなどの豆腐加工品、
白和えやおから煮などの自家製惣菜などを揃えた人気店だ。
豆腐は店で販売するほか、近隣の旅館への卸売りもしている。
開店は、朝の6時30分!
「朝イチで旅館に届ける豆腐からつくるのね。だから毎日、3時30分起きよ」
と話す店主の鈴木美砂さん。
50代とは思えないほど、若々しい笑顔がヘルシーな豆腐のおかげかはさておき、
とにかく元気いっぱいでチャーミングだ。
店にすべての商品が並ぶのは8~9時。
売り切れ仕舞いで通常13~14時には閉店になる。
「おすすめは何ですか?」「明日の朝ごはん用に買ってもいい?」
と、鈴木さんに相談しながら、順番に買い物を済ませ、次なる目的地へ。
〈杉本鰹節商店〉は、山田豆腐店から歩いてすぐの場所にある。
創業明治22(1889)年、現在は4代目の杉本隆さんと母の静子さんが店を守る。
鰹節を専門に商いながら、乾物や調味料やお菓子なども並ぶ店内はよろづ屋の佇まいで、
地域で愛されてきた年月を垣間見ることができる。
隆さんがかつおの模型を使って鰹節の製法を説明し始めると、
参加者の表情も真剣に。希望者は、鰹節削り体験も。
「昔は商店街が賑やかで、まちの人たちは皆、魚屋、肉屋と
通りの店を巡って日々の買い物をしていました。
が、高齢化と観光の衰退で、通りの風景もずいぶん変わりましたね」と、隆さん。
しかしながら鰹節は和食の要であり、日本のスローフードの象徴でもある。
それを廃れさせまいと、〈特製ふりかけ〉や〈即席みそ玉〉(味噌汁)などを開発、
新しい熱海土産として注目されている。
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近年は、昭和の面影が残るレトロなまち並みが人気を集め、
若い観光客も増えつつある熱海だが、その目的地は駅周辺と、
一番の繁華街「銀座商店街」エリアに限られることが多い。
「そこから、一歩足を延ばしてもらうと、まちの素顔に触れられるんです」
と、茨木さん、高原さんは口を揃える。
山田豆腐店も杉本鰹節商店も、駅や繁華街からはやや離れるが、
だからこその魅力にあふれている。
2軒の店の近くには「起雲閣」もある。
大正8(1919)年に別荘として建てられ、昭和22(1947)年から約半世紀、
旅館として志賀直哉、谷崎潤一郎など多くの文豪に愛された名邸。
現在は、市が管理し、見学のために開放されている。
熱海市指定の有形文化財とあって、起雲閣をピンポイントで訪れる観光客は多いが
「ぜひ、起雲閣通りの散策も楽しんでほしい」と、エーサポのふたり。
ここ数年でさまざまな店が増えつつある、熱海の新しい“ホットスポット”なのだという。
イタリア料理〈Ricobanale(リコバナーレ)〉は、起雲閣通り切っての人気店だ。
オーナーの杉本貴史さんは三島市の出身で、子どもの頃から親しんだ海辺のまち熱海に、
エーサポの協力を得て店を開いた。
カウンター中心のレストランとイタリア食材や惣菜の量り売りの店で、
ショーケースにはハムやサラミ、チーズ各種、
そして三島野菜と熱海の魚介でつくる惣菜が10種以上、美しくディスプレーされている。
「レストランでの食事だけではなく、地域の方々の日常に根ざす店にしたかった」
と、杉本さんは話す。今回の「熱海ソウルフードツアー」のなかでは異色の、
モダンでスタイリッシュな雰囲気だが、惣菜も食材もすべて量り売りで、
少量にも対応してくれるフレンドリーな店で、参加者の買い物も弾んだ。
そこからまた少し歩くと、市民の憩いの場である「渚小公園」があるのだが、
そのそばに立つのが、「熱海ソウルフードツアー」の最後の訪問先、
〈中島わさび漬製造所〉だ。
わさび漬は、熱海土産の定番で、どの土産物店を覗いても
さまざまな商品がずらりと並ぶが、
「実は熱海市内でわさび漬けを製造しているのは、中島さんだけなんです!」
と、エーサポチーム。
昭和25(1950)年の創業以来、地元産の良質なわさびと、神戸・灘の酒粕でつくる、
さっぱりとした清涼感、辛みとコクが一体になる味を、3代にわたり守り続けている。
現代表の中島一洋さんは、朝・昼・夜専用のわさび漬けをはじめ
新商品を次々とつくり、話題を生み出すヒットメーカー。
この日は試食品もふんだんに用意され、
ふだん、あまりわさび漬けになじみがない参加者も含め、
鮮烈なおいしさにうなった人は多かった。
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まち歩きを終えた一行は、再び熱海魚市場へ。
お次は、市場の代表で〈宇田水産〉社長の宇田勝さんによる
干物づくりワークショップだ。
「熱海市の人口は約3万5000人、そこに5つの漁港があって、
2000種もの魚が水揚げされる。この地がいかに海の幸に恵まれているかわかりますよね」
と、宇田さん。海から離れた場所にある熱海魚市場は、
第2次世界大戦中に網元から魚をもらって配給をしたことが始まりで、
当初から地域の食を支える場であったのだという。
世代にかかわらず、鮮魚店よりもスーパーで魚を買う機会が増えたいま、
魚をおろす経験も初めて(あるいは数回目)という参加者も多い。
宇田さんが教える干物づくりは、
「誰でもできて、すぐに覚えられて、おいしい」がモットーなのだとか。
道具は、百均の包丁とまな板で、魚はどこでも手に入るイワシとアジの2種。
身を開いてワタを取ったら、歯ブラシできれいに洗って臭みのもとを取る。
まち歩きの間は、交流のタイミングが少なった参加者同士も、
得意な人が教えたり、片づけを協力したりと一致団結。一気に距離が縮まる。
イワシは醤油と砂糖のタレに漬けてみりん干しにし、この日の夜のおかずに。
アジは西伊豆産の天然塩・戸田塩(へだしお)で塩干しにし、お土産に。
まだまだ水の冷たさが堪える気候だったが、全員が2種類の干物をつくり終えた。
休憩時間・フリータイムを挟んで、待ちに待った夕食&交流会が始まる。
場内に長机と椅子が並べられ、干物を焼くコンロもスタンバイ。
さらに熱海魚市場で毎週土曜日に開催される「土曜の夜市」が開かれ、
昼間に訪問した杉本鰹節商店をはじめ、地元の青果店や鮮魚店が集結。
食材のほか、自家製の惣菜もずらりと並ぶ。
各々買い物をして、テーブルに着くと、宇田さん特製の漁師鍋が配られた。
味噌仕立ての漁師鍋には、タイやキンメダイをはじめ、
いろいろな魚の切り落としや卵、白菜やねぎ、えのきだけなどの野菜もたっぷり。
コンロで干物をあぶりつつ、冷えた体を温めた。
参加者に話を聞くと、「干物づくり体験が楽しかった」という声が多かった。
「魚をおろすのも初めてだったのに、おいしくできて驚いた」
「家でもまたやってみたい」と好評だ。まち歩きツアーについては
「いつもは銀座商店街止まりだったので、新しい場所を知ることができてよかった」
「個人の旅なら、通り過ぎてしまうかなという小さな店が、どこもすてきだった」とも。
話を聞くエーサポのふたりも、うれしそうな表情だ。
「ニッチャートラベルの参加者の方々は、
一般的な観光客の方と少し違うなと感じました。
みなさん積極的で、いろんな質問が飛び出し、
興味を持ってくださっているのが伝わりました。
またそれぞれのプランで熱海を再訪してくれたらうれしいです」(高原さん)
「まちに眠る魅力的な点と点をつなげたい。その足がかりにはなった気がします。
老舗を守りつつ、同時に起業のサポートをすることで、
新旧の魅力を併せ持つ新しい熱海になっていけばと。
首都圏からの観光客は、近いがゆえに日帰りしてしまうことも多く、
また宿に宿泊するゲストは籠りきりになりがち。まちを歩いて、食べて、宿に泊まる。
そんな楽しみ方を定着させたいですね」(茨木さん)
夕食、交流会をもって全体のツアーは終了となるが、夜はまだ早い。
夜の熱海を楽しむ「ナイトツアー」を希望する参観者には、
市内約30軒の提携店で使える「熱海はしご酒クーポンマップ」も用意されていた。
参加者同士が声をかけ合い、数組は夜のまちへと消えていく。
参加者個人が、訪れた店とつながりを持ち、再び「帰って来る」ことと同様に、
参加者同士が交流を深めるのは、ニッチャートラベルの隠れテーマでもあるのだ。
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Web:ニッチャートラベル
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