まち歩きに干物づくり体験も。 地元愛あふれる地域サポートチームと 巡る「熱海ソウルフードツアー」
地域活性サポーターが紹介、熱海のおいしい“推し”を巡る
東京駅から東海道新幹線で約40分。
古くから別荘地やビーチリゾートとして栄えてきた熱海は、
関東周辺に暮らす人々にとってなじみ深い観光地だ。
旅館や観光ホテルが立ち並ぶ温泉地でもあり、おこもり旅が定番だが
「実は、まち歩きが楽しい」と、地域を知る人は言う。
地元に愛される新旧の名店巡りに、鮮魚店に教わる干物づくり体験など、
知られざる熱海を楽しむツアーが、2024年1月20日に開催された。
題して「地域活性ビジネスアドバイザーと巡る、熱海のソウルフード実食ツアー」
(以下、「熱海ソウルフードツアー」)。地域の食を支える老舗食材店を巡り、
「暮らす人の目線」で熱海の魅力を再発見するのが目的だ。
この「熱海ソウルフードツアー」は、
“旅を介して、地域の活性化や人々の交流に貢献する”ことを目指す
〈NICHER TRAVEL(ニッチャートラベル)〉が主催する旅のひとつ。
ニッチャートラベルは、旅行会社の〈阪急交通社〉と
ナビゲーションサービス〈ナビタイム〉が2022年にスタートさせた共同プロジェクトで、
「愛する地元を盛り上げたい」と願う地域の人々と一緒に、
新しい旅の提案を行っている。
これまでDJのMUROさんと巡る渋谷レコードショップツアーや、
写真家の平野太呂さんと行く渋谷フォトセッションツアーなど、
ユニークなツアーを催行してきた。
三重県松坂市で実施された「松坂偏愛ツアー」の模様は、コロカルでもレポートしている。
今回、「熱海ソウルフードツアー」を企画し、当日のガイド役も務めたのは、
熱海市役所の産業支援窓口〈A-supo(エーサポ)〉で活動する
茨木彩夏さんと高原すずかさん。
市内の事業者や起業希望者をサポートし、地域活性を支えている。

熱海愛あふれる〈A-supo〉のふたり。左が熱海出身・在住の茨木彩夏さん、右が新幹線で週2日熱海に通う高原すずかさん。
高度経済成長期に急成長した観光地・熱海は、バブル経済崩壊後、衰退の一途をたどり、
2006年は市が財政危機宣言をするほどの落ち込みを見せた。
が、近年、企業などの再開発により、活気を取り戻しつつある。
あまりに有名な観光地ゆえ、その栄枯盛衰ばかりが語られるが、
地域の人々が“暮らす熱海”と、旅人をつなげるのが目的だ。

観光客が集中する熱海銀座商店街。駅周辺と熱海銀座以外のエリアの集客も現在の課題だ。
ツアーの集合場所は、〈熱海魚市場〉。
海から少し離れた、まちなかにある珍しい魚市場で、創業から80余年の歴史を持つ。
ふだんは仲買人しか入れない場所だが、この日はツアーの会場として特別に開かれ、
カラフルな大漁旗が参加者を出迎えた。
和室の集会所に集まり、アイスブレイク。
エーサポのふたりから、コースの説明や各店の魅力が熱く語られ、
期待値がぐっと高まる。続いて15人の参加者の自己紹介。
東京近郊のみならず、長野や大阪など各地から集まった参加者の中には、
ニッチャートラベルのリピーターも数組。
男女混合、40代から70代と年齢層も幅広いチームが1日の旅を共にすることとなった。

アイスブレイク。ツアーのテーマや訪問先の魅力をエーサポのふたりが熱く語る。
プログラムは以下。
まずは地元に愛される4軒の個人商店訪問を軸に、まちなかを散策。
次に、熱海鮮魚市場で、干物づくり体験。
そのあとは、でき上がった干物や漁師鍋をメインに、
各自、散策中に買ったもので食卓を囲む交流会が予定されている。
熱海ローカル御用達、地元の味を守る名店へ
13時過ぎ、2班に分かれて2時間のまち歩きツアーへと出発した。
天気は生憎の雨模様だが、魚市場からすぐの糸川遊歩道沿いは、
日本一早咲きの「あたみ桜」が見ごろ。
ひと足早い春の気配と華やかな色彩に、参加者の足取りも心なしか軽やかになる。

雨模様だが、あたみ桜が辺りをぱっと明るく、華やかに。
1軒目の訪問先の前に、熱海に7か所ある源泉のひとつ、「小沢の湯」に立ち寄った。
「湯」の名がつくが浴場ではなく、自分で温泉卵をつくれる隠れた人気スポットだ。
備えつけのざるの中に生卵を入れて、蒸し上がりまでは約10分。
この日は先の行程が目白押しなので、夜の宴会で食べられるよう仕込みだけして
(後にスタッフが回収)、目的地へと向かう。

知る人ぞ知る“温泉卵がつくれる”スポット「小沢の湯」。
熱海市清水町の商店街の角地に立つ〈山田豆腐店〉は、創業100余年の老舗。
おぼろ豆腐をはじめとする豆腐各種、厚揚げや油揚げなどの豆腐加工品、
白和えやおから煮などの自家製惣菜などを揃えた人気店だ。

ブルーの壁が目印、地域に愛され100余年の〈山田豆腐店〉。

豆腐は店で販売するほか、近隣の旅館への卸売りもしている。
開店は、朝の6時30分!
「朝イチで旅館に届ける豆腐からつくるのね。だから毎日、3時30分起きよ」
と話す店主の鈴木美砂さん。
50代とは思えないほど、若々しい笑顔がヘルシーな豆腐のおかげかはさておき、
とにかく元気いっぱいでチャーミングだ。

コロナ禍で旅館の営業がままならなかった時期に始めた惣菜。いまは人気商品に。

元気な女性陣が店を守る。中央が店主の鈴木美砂さん。
店にすべての商品が並ぶのは8~9時。
売り切れ仕舞いで通常13~14時には閉店になる。
「おすすめは何ですか?」「明日の朝ごはん用に買ってもいい?」
と、鈴木さんに相談しながら、順番に買い物を済ませ、次なる目的地へ。

軒先で豆乳も飲める。まったりと濃厚な味わい。
〈杉本鰹節商店〉は、山田豆腐店から歩いてすぐの場所にある。
創業明治22(1889)年、現在は4代目の杉本隆さんと母の静子さんが店を守る。
鰹節を専門に商いながら、乾物や調味料やお菓子なども並ぶ店内はよろづ屋の佇まいで、
地域で愛されてきた年月を垣間見ることができる。

〈杉本鰹節商店〉の店頭。うるめから上さばと4種の節がおすすめの料理と併せ紹介される。

先々代が鰹節を扱い始めたときからいままで使い続ける鰹節削り機。昭和25(1950)年の熱海大火の際、大八車に載せて避難し、守り抜いた店の魂でもある。
隆さんがかつおの模型を使って鰹節の製法を説明し始めると、
参加者の表情も真剣に。希望者は、鰹節削り体験も。
「昔は商店街が賑やかで、まちの人たちは皆、魚屋、肉屋と
通りの店を巡って日々の買い物をしていました。
が、高齢化と観光の衰退で、通りの風景もずいぶん変わりましたね」と、隆さん。

4代目の杉本隆さん。伊東の鮮魚店で魚の扱いを学んだ経験も。

希望者は鰹節削り体験も。丁寧にレクチャーする杉本さん。
しかしながら鰹節は和食の要であり、日本のスローフードの象徴でもある。
それを廃れさせまいと、〈特製ふりかけ〉や〈即席みそ玉〉(味噌汁)などを開発、
新しい熱海土産として注目されている。

伊豆みそに杉本鰹節商店の削粉、南伊豆産のふのりが入った〈即席みそ玉〉(味噌汁)。〈ゴジラ辛みそ玉〉も人気。
老舗からニューフェイスまで、新旧の名店へ
近年は、昭和の面影が残るレトロなまち並みが人気を集め、
若い観光客も増えつつある熱海だが、その目的地は駅周辺と、
一番の繁華街「銀座商店街」エリアに限られることが多い。
「そこから、一歩足を延ばしてもらうと、まちの素顔に触れられるんです」
と、茨木さん、高原さんは口を揃える。
山田豆腐店も杉本鰹節商店も、駅や繁華街からはやや離れるが、
だからこその魅力にあふれている。
2軒の店の近くには「起雲閣」もある。
大正8(1919)年に別荘として建てられ、昭和22(1947)年から約半世紀、
旅館として志賀直哉、谷崎潤一郎など多くの文豪に愛された名邸。
現在は、市が管理し、見学のために開放されている。
熱海市指定の有形文化財とあって、起雲閣をピンポイントで訪れる観光客は多いが
「ぜひ、起雲閣通りの散策も楽しんでほしい」と、エーサポのふたり。
ここ数年でさまざまな店が増えつつある、熱海の新しい“ホットスポット”なのだという。

起雲閣通りは今後注目のエリア。
イタリア料理〈Ricobanale(リコバナーレ)〉は、起雲閣通り切っての人気店だ。
オーナーの杉本貴史さんは三島市の出身で、子どもの頃から親しんだ海辺のまち熱海に、
エーサポの協力を得て店を開いた。
カウンター中心のレストランとイタリア食材や惣菜の量り売りの店で、
ショーケースにはハムやサラミ、チーズ各種、
そして三島野菜と熱海の魚介でつくる惣菜が10種以上、美しくディスプレーされている。

起雲閣通りでも、ひと際モダンな店構えが目を引く〈リコバナーレ〉。

通常、大皿やバットに盛られて並ぶ惣菜だが「ボリュームや食卓でのイメージが湧くように」と、こだわりの器に盛り付けディスプレーする。
「レストランでの食事だけではなく、地域の方々の日常に根ざす店にしたかった」
と、杉本さんは話す。今回の「熱海ソウルフードツアー」のなかでは異色の、
モダンでスタイリッシュな雰囲気だが、惣菜も食材もすべて量り売りで、
少量にも対応してくれるフレンドリーな店で、参加者の買い物も弾んだ。

オーナーシェフの杉本貴史さん。
そこからまた少し歩くと、市民の憩いの場である「渚小公園」があるのだが、
そのそばに立つのが、「熱海ソウルフードツアー」の最後の訪問先、
〈中島わさび漬製造所〉だ。
わさび漬は、熱海土産の定番で、どの土産物店を覗いても
さまざまな商品がずらりと並ぶが、
「実は熱海市内でわさび漬けを製造しているのは、中島さんだけなんです!」
と、エーサポチーム。

市内で唯一、わさび漬の製造から手がける店。奥中央が中島一洋さん。本物の“熱海土産”はここで。
昭和25(1950)年の創業以来、地元産の良質なわさびと、神戸・灘の酒粕でつくる、
さっぱりとした清涼感、辛みとコクが一体になる味を、3代にわたり守り続けている。
現代表の中島一洋さんは、朝・昼・夜専用のわさび漬けをはじめ
新商品を次々とつくり、話題を生み出すヒットメーカー。
この日は試食品もふんだんに用意され、
ふだん、あまりわさび漬けになじみがない参加者も含め、
鮮烈なおいしさにうなった人は多かった。

3つの商品を食べ比べ。感想や好みを伝え合いながら。

左からピリ辛の「朝専用」、最高級ラインの「昼専用」、漁師料理に着想を得たイカ墨入りの「夜専用」。
レアな手づくり干物体験から、ソウルフードを囲む交流会へ
まち歩きを終えた一行は、再び熱海魚市場へ。
お次は、市場の代表で〈宇田水産〉社長の宇田勝さんによる
干物づくりワークショップだ。
「熱海市の人口は約3万5000人、そこに5つの漁港があって、
2000種もの魚が水揚げされる。この地がいかに海の幸に恵まれているかわかりますよね」
と、宇田さん。海から離れた場所にある熱海魚市場は、
第2次世界大戦中に網元から魚をもらって配給をしたことが始まりで、
当初から地域の食を支える場であったのだという。

干物づくり体験。中央、〈宇田水産〉の宇田勝社長のデモンストレーションがわかりやすい。
世代にかかわらず、鮮魚店よりもスーパーで魚を買う機会が増えたいま、
魚をおろす経験も初めて(あるいは数回目)という参加者も多い。
宇田さんが教える干物づくりは、
「誰でもできて、すぐに覚えられて、おいしい」がモットーなのだとか。
道具は、百均の包丁とまな板で、魚はどこでも手に入るイワシとアジの2種。
身を開いてワタを取ったら、歯ブラシできれいに洗って臭みのもとを取る。
まち歩きの間は、交流のタイミングが少なった参加者同士も、
得意な人が教えたり、片づけを協力したりと一致団結。一気に距離が縮まる。

イワシは醤油と砂糖のタレに漬けてみりん干しにし、この日の夜のおかずに。
アジは西伊豆産の天然塩・戸田塩(へだしお)で塩干しにし、お土産に。
まだまだ水の冷たさが堪える気候だったが、全員が2種類の干物をつくり終えた。

ずらり、整然と並ぶ手づくり干物が壮観。このあと、夕飯のおかずに。
休憩時間・フリータイムを挟んで、待ちに待った夕食&交流会が始まる。
場内に長机と椅子が並べられ、干物を焼くコンロもスタンバイ。
さらに熱海魚市場で毎週土曜日に開催される「土曜の夜市」が開かれ、
昼間に訪問した杉本鰹節商店をはじめ、地元の青果店や鮮魚店が集結。
食材のほか、自家製の惣菜もずらりと並ぶ。

夜市には魚介類や惣菜などが並ぶ。

各々買い物をして、テーブルに着くと、宇田さん特製の漁師鍋が配られた。
味噌仕立ての漁師鍋には、タイやキンメダイをはじめ、
いろいろな魚の切り落としや卵、白菜やねぎ、えのきだけなどの野菜もたっぷり。
コンロで干物をあぶりつつ、冷えた体を温めた。

漁師の食事も若い世代の間ではコンビニ弁当が主流になるという昨今、貴重な伝統の賄い飯。8種前後もの魚介が入る浜のごちそうだ。
参加者に話を聞くと、「干物づくり体験が楽しかった」という声が多かった。
「魚をおろすのも初めてだったのに、おいしくできて驚いた」
「家でもまたやってみたい」と好評だ。まち歩きツアーについては
「いつもは銀座商店街止まりだったので、新しい場所を知ることができてよかった」
「個人の旅なら、通り過ぎてしまうかなという小さな店が、どこもすてきだった」とも。
話を聞くエーサポのふたりも、うれしそうな表情だ。
「ニッチャートラベルの参加者の方々は、
一般的な観光客の方と少し違うなと感じました。
みなさん積極的で、いろんな質問が飛び出し、
興味を持ってくださっているのが伝わりました。
またそれぞれのプランで熱海を再訪してくれたらうれしいです」(高原さん)
「まちに眠る魅力的な点と点をつなげたい。その足がかりにはなった気がします。
老舗を守りつつ、同時に起業のサポートをすることで、
新旧の魅力を併せ持つ新しい熱海になっていけばと。
首都圏からの観光客は、近いがゆえに日帰りしてしまうことも多く、
また宿に宿泊するゲストは籠りきりになりがち。まちを歩いて、食べて、宿に泊まる。
そんな楽しみ方を定着させたいですね」(茨木さん)

夕食、交流会をもって全体のツアーは終了となるが、夜はまだ早い。
夜の熱海を楽しむ「ナイトツアー」を希望する参観者には、
市内約30軒の提携店で使える「熱海はしご酒クーポンマップ」も用意されていた。
参加者同士が声をかけ合い、数組は夜のまちへと消えていく。
参加者個人が、訪れた店とつながりを持ち、再び「帰って来る」ことと同様に、
参加者同士が交流を深めるのは、ニッチャートラベルの隠れテーマでもあるのだ。
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Web:ニッチャートラベル