連載
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Rihei Hiraki
平木理平
ひらき・りへい●静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、2023年よりフリーランスの編集・ライターとして独立。1994年度生まれの同い年にインタビューするプロジェクト「1994-1995」を個人で行っている。@rihei_hiraki
photographer profile
SYUNTA
10代の頃から趣味としてカメラに触れ、コンテスト初入賞を果たしたことを機に一瞬を切り取る奥深さに更に魅了される。日常に紛れた温もりを見た人の心に宿す一枚を形に残すことを心掛け、10月には同世代のクリエイターたちとのグループ展を静岡県浜松市で開催予定。@syvnta
〈カネス製茶〉は、創業から60年以上の歴史を誇る静岡県の老舗の茶商。
昨年11月に会社として初となる
ボトリングティーブランド〈IBUKI bottled tea〉がローンチした。
ボトリングティーとは、特別な製法で茶葉のポテンシャルを最大限に引き出し
ボトルに詰めたリキッドタイプの高級茶のこと。
1本1万円から何十万円もするものまで、価格帯の幅は広いが、
いずれにしても通常のお茶の常識とはかけ離れた味と価格が特徴だ。
カネス製茶は静岡県の中部に位置する島田市の金谷と呼ばれるエリアに会社を構える。
大井川流域のこのエリアは銘茶の産地としても名高く、
下流域には全国の茶園面積の約12%を占める日本一の茶産地「牧之原茶園」がある。
お茶どころ静岡のなかでも特に古い歴史を持ち、
お茶づくりにおいて質・量ともに日本をリードしてきた地域なのだ。
〈IBUKI bottled tea〉は、
「IBUKI」「KOUSHUN」「NIROKU」といった3つのコレクションで構成されている。
自社の研究茶園で20年以上かけて研究開発した
希少な茶葉「金谷いぶき」を原料に使用した「IBUKI」は、
口に含んだ瞬間に強烈に広がる豊かな甘みと濃厚な旨みが特徴。
地元の島田市・伊久美地区の契約農家で栽培された
茶葉「香駿」が原料の「KOUSHUN」は、
さっぱりとした飲み心地と華やかな香りが堪能できる
バランスのいい飲み口のボトリングティーだ。
「NIROKU」はなんと和紅茶。
和紅茶栽培のパイオニア的存在である村松二六さんがつくった
品種「いずみ」を原料にしており、そのリスペクトをこめた名前に。
甘い蜜のような香りと自然な心地よい甘みが特徴だ。
「大前提として、これらは単体で楽しんでもらいたいものですが、
僕は新しい楽しみ方としてカクテルを提案したいです。
例えば、IBUKIやKOUSHUNなどの旨みを感じるタイプの煎茶は
ジンと合わせて飲むことをオススメします。
意外な組み合わせだと思われるでしょうけど、
マティーニのようなおいしいカクテルになります。
NIROKUは個人的にはスコッチ系統のジャパニーズウイスキーを2、3滴足して飲むと、
ウイスキーの芳醇な香りと紅茶の甘い香りが絶妙にマッチして最高です。
ペアリングするなら、チーズやアンチョビなどがいいと思いますね」
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オススメの飲み方やペアリングを解説してくれたのは、
〈IBUKI bottled tea〉のブランディングマネージャーを務めているカネス製茶の4代目、
現在29歳の小松元気さんだ。
大学卒業後は都内の人材ベンチャーのエージェントや
デリバリーフードブランドの立ち上げに携わってきた小松さんだが、
昨年4月に家業であるカネス製茶へと戻ってきた。
「実家を出て東京の大学に進学したときは、
家業を継ごうとはまったく考えていませんでした。
教育学部だったので、教員を目指していました。
でも静岡にいたらお茶って“普通”の存在なんですけど、
外に出てみると意外とそうでもないんですよね。
お茶の味とか淹れ方に対して新鮮な驚きとかおもしろさを感じる人たちを見て、
僕自身が日本茶の価値を改めて見直すというか、
意外とお茶っておもしろいんだと思うようになっていったんです」
そうして日本茶に対する考えを改めていくなかで、
実家からは家業に戻ってきてほしいという意向や
ボトリングティーの話も入ってきており、家業を継ぐ決心を徐々に固めていったという。
そして小松さんは地元に本腰入れて戻る前に、東京のお茶会社で働き、
自身のこれまでの経験やコネクションをさらにレベルアップさせたいと考えた。
「それまでまったくお茶とは関係ないジャンルで働いてきて、
このまま帰るのはもったいないと思ったんです。
地元に戻ったら、横のつながりや異業種との交流も
広がりづらくなるかもしれないとも思って。
そして、東京で今勢いのあるお茶の会社に入りたいと思い、
自分がデリバリーフードブランドに携わっていたときに、
たまたま名刺交換をしていた〈TeaRoom〉の代表・岩本涼さんに
面接させてもらえないか連絡をしたんです」
TeaRoomはお茶の生産・販売・プロデュースなど、
東京を中心にさまざまなお茶の事業を手がけている会社。
代表の岩本涼さんは現在さまざまなメディアで取り上げられ注目を集めている。
入社したTeaRoomでは社内の人事や業務効率化を担当。
1年ほど働いた頃に、
実家からボトリングティーのブランド化を本格的に進めたいという話が入り、
家業へと戻ることを決意した。
「僕にとってお茶、家業は、一種のアイデンティティになっていました。
自分の存在意義や使命感が、今の仕事には詰まっています。
やっぱりこれは東京に出て、自分が家業をやる価値や意味に気づけたから思うことです」
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戻ってきた小松さんに与えられたミッションは、
ボトリングティーブランド〈IBUKI bottled tea〉の立ち上げとそのPRだった。
もともとカネス製茶では「息吹」というボトリングティーを
自社のオンラインストアで販売していた。
2011年の東日本大震災後、
放射能の風評被害で売り上げがガクッと落ち込んだ静岡茶業界。
そこからカネス製茶の周りでも茶業を畳む人が増えていったという。
このままでは静岡のお茶が本当にダメになってしまう。
静岡茶を守るため、
何か画期的なものをつくろうという思いから誕生したのが「息吹」だった。
この「息吹」をブランド化するにあたり、
自社でボトリングティー専用の製造工場を新たに設け、
製造方法をイチから模索していくことになった。
これは困難を極めたが、試行錯誤の末、
茶葉本来のポテンシャルを最大限に引き出す
独自の「フィルタード・コールドブリュー製法」にたどり着いた。
通常、加熱処理することで行われる殺菌を、低温のまま濾過殺菌することで、
高級茶葉が本来持つ味と色、香りを損なわないことに成功したのだ。
「3層に分けたフィルターで丁寧に抽出することで菌を取り除いていきます。
日本茶は本当に繊細な飲み物なので、
少しの温度変化で味や色、香り、すべてが変わってしまうんです。
高温の加熱殺菌は保存期間が長くなるなどのメリットはありますが、
品質の面では犠牲にしなければいけないものがある。
僕らは農家さんが大事に育ててくれた最高の茶葉を使っています。
その品質を損なわないように試行錯誤を続け、
日本酒の製造方法も参考にしながら、ようやく納得のいくものにでき上がりました」
ボトルには遮光瓶を使っているが、それは高級感の演出といった意味だけでなく、
光を遮ることによって温度変化が起こらないようにするためだという。
このように、製品後まで品質の状態に配慮した、
本物へのこだわりが〈IBUKI bottled tea〉には込められている。
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小松さんが家業に戻ったのが2022年の4月、
〈IBUKI bottled tea〉がローンチしたのは同年の11月。
この間、小松さんはブランディングマネージャーとして、
ブランドミッションやロゴデザイン、パッケージ、WEBサイトの構築など
さまざまなことを詰めていった。
「カネス製茶はブランドをつくったことがなかったので、
その基礎となる部分を一からつくり上げていきました。
ブランドミッションは『本物の日本茶の価値を、世界へ長く広くつないでいく』。
僕らはこのボトリングティーを“日本茶の完全体”と考えています。
その価値を、僕らの代だけでなく後世に受け継いでいくこと、
そして日本だけでなく世界に向けても伝えていくこと。
これをブランドの存在意義としました」
〈IBUKI bottled tea〉は、普通のお茶よりもだいぶ高価格であるため、
規格やパッケージデザインなどのプロデュースにも力を込めた。
ボトルを入れるボックスにはエンボス加工を施した貼り箱を採用、
さらにロゴを箔押しし、高級感漂うものに。
「デザイン性と視認性と機能性のバランスに最大限配慮しました。
そのなかでも一番苦労したのがボトルに巻くラベルのデザインです。
これだけで2か月ほどかかったんです」
一番のポイントは、ボトリングティー自体の認知度がまだ低いことから生まれる
「これがお茶とわかるか」という問題だった。
「お茶っぽくしすぎてダサくなってしまうのも嫌でしたし、
かつ意外性も欲しかったんです。
最終的に茶葉の形をかたどった絵と、
ラベルの素材もモダンな雰囲気をまとったコットンを採用して、
ひと目で引かれる意外性とスマートさが両立したいいものになりました」
これらブランドをつくり上げていく過程では、
東京で新規事業の立ち上げをしてきたことやTeaRoomで働いた経験が生かされたという。
「今の日本ではペットボトルがお茶の飲み方として主流になっていますが、
そうした状況で、TeaRoomではお茶文化本来の価値を伝えるため、
お茶の消費の仕方を創造するというのがミッションでした。
だから自分たちで0→1で価値を創出しなければいけなかった。
デリバリーフードブランドの立ち上げもそうです。
新しいものを生み出して広めるときに、どこまで考え抜かなければダメなのか、
これらの経験はIBUKIの立ち上げに大いに役立ちました」
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茶葉の価格低下や茶農家の高齢化といった問題が進み、
じわじわと、確実に衰退しているように感じる今の茶業界。
小松さんは今の静岡茶、ひいては日本茶がこれからよりよく発展していくために、
どのようなことが必要だと考えているのだろうか。
「お茶を飲める場所を増やすことが大切だと考えています。
具体的には、日本茶を飲めるカフェがもっと増えればいいなと思うんです。
日本茶専門ではなく、コーヒーと日本茶、
どちらの選択肢もあるようなお店がもっとあっていい。
カフェや喫茶店をやっている人たちは嗜好品が好きな方たちばかりなので、
お茶もおもしろがってくれるはずです。
同じ嗜好品のコーヒーを目の敵にするのではなく、
お茶も一緒に飲めばいいことを提案する。
そこがファーストステップだと思います」
さらに小松さんは続ける。
「どんな人たちが今後茶業界を盛り上げると思います? とたまに聞かれるんですけど、
僕ら茶商の立場からいうと、茶業界のつながりや慣習に囚われない、
尖った人物がもっと増えてくれば茶業界も活気づくと思うんですよね。
異業種でボトリングティーをやってみたいという人も出てきていますからね。
海外の人でブランドを既にやっている方もいますし、
ボトリングティーをつくりたいという問い合わせもきたりしています。
僕はそういった状況を歓迎します。
プレイヤーが増えれば増えるほど、市場がどんどん広がっていきます」
茶業界全体を俯瞰で捉え、日本茶文化の再興を目指す小松さん。
そうしたお茶への思いとともに、東京から静岡に戻り働くなかで、
地元へのひそかな思いも芽生えてきた。
「島田市のツーリズムに、ボトリングティーを通じて貢献できればと思うんです。
今、僕の同世代の友人たちが川根地区の寸又峡温泉にサウナ施設をつくったり、
金谷地区の使われていなかった古民家施設をリニューアルして
サウナ・図書館・カフェの複合施設をつくったりして、
島田市のツーリズムを盛り上げようと頑張っているんです。
その流れに僕らのブランドも貢献したい。
ブランドの名前がもっと有名になれば、製造工場もここにありますし、
地元の茶葉を使っているから、
島田を知ったり、訪れたりするきっかけにつながると思うんです」
そして島田市を訪れる人が増えて、楽しんでくれれば、
地域に還元されるものも増えるし、
何より地元の人たちが、地元に対して自信を持つようにもなるだろう。
先日、料理系YouTuber「Genの炊事場」と〈IBUKI bottled tea〉の
タイアップ動画を出したところ、大きな反響があったという。
さらにポップアップイベントの開催にも現在取り組んでいる。
今年7〜9月には、東京・蔵前の〈Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE〉で
ボトリングティーの試飲会とオリジナルカクテルの提供を行った。
このようなイベントは今後毎月開催していく予定だ。
一歩ずつ、着実に〈IBUKI bottled tea〉のブランドは広がっている。
〈IBUKI bottled tea〉の発展とともに、
島田地域の循環を生むツーリズムが、長く広く発展していく未来にも期待したい。
ブランドを立ち上げた小松さんの次なるステップに注目だ。
information
IBUKI bottled tea
*価格はすべて税込です。
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