連載
posted:2023.12.18 from:福岡県糟屋郡久山町 genre:食・グルメ / 活性化と創生
PR 久原本家
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Yuichiro Yamada
山田祐一郎
やまだ・ゆういちろう●福岡県出身、宗像市在住。日本で唯一(※本人調べ)のヌードル(麺)ライターとして活動中。新聞の連載ほか、麺の専門書、全国紙などで麺に関するコラムや記事を執筆する。著書に「うどんのはなし 福岡」「福岡 秘蔵の一杯」。父の製麺所を事業承継し、2019年から「山田製麺」の代表も務める。
http://ii-kiji.com/
福岡県の中央に位置する久山町。
福岡市の近郊にも関わらず、手つかずの自然が残る土地として知られている。
そんな久山町の名前が全国へと広がるきっかけになったのが、
1893年に創業した〈久原本家〉の存在だ。
久原本家が手がける和食の店〈御料理 茅乃舎〉の鍋の味わいを家庭でも再現できる
「だし」を販売したところ大ヒットする。
そのヒットを受けて、茅乃舎のだしは全国的な知名度を獲得。
久山町という名前も全国へと知れ渡っていった。
〈御料理 茅乃舎〉から生まれた〈茅乃舎〉ブランドでは、
現在、だしだけでなく、醤油や味噌、麹といった幅広い調味料を展開。
さらに、こうした商品を企画・販売するだけでなく、関わりの深い食材にスポットをあて、
産地とつくり手を自社のウェブサイトを通して紹介している。
そのひとりが久山町でイタリア野菜を育てている城戸勇也さんだ。
海外での経験を含め、長らく飲食業に従事していたが、
前職のイタリアンでの勤務のなかで農業への転身を決意。
その後、ひとりで、しかも独学で、
ゼロから〈里山サポリ〉という屋号を打ち出し、農業を始めた。
しかも城戸さんは当初からイタリア野菜に特化。
その野菜づくりをベースに、さまざまなアクションを起こしているのだ。
そんな城戸さんの活動もまた、福岡県下はもちろん、今では全国へと認知を広げつつある。
久山という地に個性的な企業、そして個性的な人物が共存するのは、
果たして偶然なのだろうか。
普段よりも早起きして、久山町へと車を走らせた。
訪れたのは予約制をとる朝食専門店〈キッキリッキー〉だ。
入口のドアを開けると「いらっしゃいませ!」と元気な挨拶に迎え入れられた。
声の主はキッキリッキーを手がける里山サポリ代表・城戸勇也さんその人。
野菜づくりを軸としながらも、
こうして朝からキッキリッキーで料理人として自ら腕を振るい、
午後からは畑に出るという日々だ。
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キッキリッキーでの料理はコース仕立て。
この日は最初に「ハロウィンスウィート」というサツマイモを使った
ポタージュが提供された。
続いて運ばれてきたのが、farmer’sプレート。
これは城戸さんたち“サポリチーム”が育てたイタリア野菜が
ふんだんに盛り込まれた一皿で、オイル煮、トマト煮、マリネ、
フリッタータ(イタリア料理でいうオムレツ)、ソテーなど
10種以上の野菜料理に舌鼓が打てる。まさに野菜のメインディッシュだ。
最後に季節のパスタ。
その日は城戸さんが修業した南イタリアのナポリを連想させる
ムール貝とアサリを使った魚介のパスタだった。
これらの料理にドリンクまでついて2200円からという価格設定は、
実体験をもとに書かせてもらうなら破格。
リピーターが絶えないという話も頷ける。
ユニークなのはその値づけ。
料理の内容は同じだが、7時の予約だと最も安く2200 円、
8時スタートになると2300円、9時スタートだと2400円というように
少しずつ価格が上がる仕組み。まさに「早起きは三文の徳」なのだ。
最も遅い9時の部でも、食後はまだ10時台。
「さあ、これから何をしよう!」と、
最高にポジティブな気分で1日がスタートできた。
福岡でもふたつとない朝食に特化したイタリアン。
それをまちなかではなく、久山町という郊外で提供する。
こういうと集客は困難そうに思えるが、
そもそも城戸さんの頭ではお客が来る、来ないという観点で考えていなかった。
「“朝食イタリアン”という価値観を提案したい。
この価値観は絶対にこれからみんなにも共感してもらえるだろうと思ったんです。
だからやらないという選択肢はありませんでした」
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城戸さんは何よりも価値観を重視する。それは野菜づくりにおいても同様だ。
実は就農当初から有機・無農薬栽培といった
オーガニックな野菜づくりに取り組んでいるが、
そのこと自体は大々的に謳ってきていない。
「自分のなかの大前提として、先駆けの農家さんもほかにたくさんいらっしゃるので、
そこはアピールしなくてもいいかな、と。
それよりも、この久山でイタリア野菜に特化し、100種以上を育てているというほうが、
インパクトがあるし、オリジナリティを表現できるなと思ったんです」
もともと飲食業で働いてきた城戸さん曰く、
多彩なイタリア野菜があれば、
これまでつくりたくてもつくれれなかった料理ができるようになるのだという。
「イタリア料理といっても、北と南でざっくり分けてもまったく異なります。
日本でもそうですよね。北海道と沖縄では食文化が全然違いますから。
ナポリ料理、ローマ料理というように、地方ごとに郷土料理が存在していて、
それを日本でつくろうとしたとき、
キーになるイタリア野菜がないから再現できない、というケースが実はとても多いんです。
だから、そういう料理人の思いに寄り添い、
ほかでは手に入らない野菜を育てたいと思ってきました。
そこに自分らしさ、僕だから提案できる価値観があると思っています」
城戸さんの根底にあるのは、先述のとおり新しい価値観の提案であり、
加えて言うと差別化だ。
野菜づくりにおいては、創業時から有機・無農薬栽培をベースに、
さらに付加価値が添えられないかと考え、その結果、”循環型農業”を目指すことにした。
「どうすれば久山の地で循環のサイクルを生み出せるかと考えたとき、
真っ先に頭に浮かんだのが、ご近所の久原本家さんの存在でした。
食品廃棄物を分けていただき、だしガラを肥料に取り入れた野菜づくりが実現しました。
こうやって小さな農家に少量だけを分けるというのは、
逆に難しいお話だったと思うんです。感謝ばかりですね」
ちなみに、城戸さんが育てたイタリア野菜は、
茅乃舎の料理にも使われることがあるという。
茅乃舎にとっても地元・久山の食材を紹介するいい機会になり、お客からの評判も上々だ。
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城戸さんは
「物事にはフェーズがあります。今はまだ、認知を広めている段階です。
次のフェーズでしっかり利益を出して、
事業を永続できるようにしていくのが自分の役割だと思っています。
目下、飲食分野については製造業へのシフトを視野に入れた準備を進めています」と
語気を強めた。
城戸さんには久山に根づき、
全国区の人気を誇る〈御料理 茅乃舎〉という先駆者が身近にある。
「茅乃舎さんは飲食店としてどんどん店舗を増やすのではなく、
その自慢のだしを製造販売することで、一気に突き抜けていったと思うんです。
茅乃舎さんくらいの知名度、そしておいしさがあれば、
全国に店舗展開することは決して難しいことではないと思うんですよ。
でも、それをあえてせず、だしを販売するという方法を選ばれています」
こうした製造業を見越した動きのなかで、
今まさに城戸さんが着手しているのが“倉庫”づくりだ。
「自宅兼倉庫。そんな場所をつくります。
300坪の土地をこれから購入、2024年中に完成させる見通しです。
この倉庫は野菜の作業場・加工場、苗のストック場所などの役割を担えるようにして、
さらに敷地にはキッチンカーの保管場所を備え、
今まで離れ離れになっていたものを1か所に集中させることを考えています。
野菜の保存の過程まで倉庫で見学できるようにし、
ほかでは見られない風景をつくり出したいですね」
自身を泳ぎをやめてしまうと死んでしまう“マグロ”だという城戸さん。
実際、次から次へと時代の先を見据えた手を打ち続ける行動を見ていると
心から「そうだな」と実感させられる。
「真似してほしいんですよね。僕のやっていることで取り入れられそうなら、
どんどんパクってほしい。真似されやすいかを念頭におきつつ、すべてを考えています」
あっけらかんと、そう話す城戸さん。。
真似されるという言葉だけを聞くと、ネガティブなイメージで捉えてしまう。
「誰かに真似されること。
それが今の時代におけるひとつの勝ちパターンになっています。
例えば、TikTok。いち早くおもしろい、ヤバいモノを見つけ出して、
それを模倣してやってみる、そして拡散する。
そうやって真似される人が今、注目を集めていますから」
城戸さんが農業の次に手がけた野菜の無人直売がいい例だ。
「仮に久山町で野菜の直売所をつくって集客しようとするなら、
福岡一、ひいては九州一、センスがいい店にしないといけない。
建築にも手は抜かないとなったら莫大な初期投資が必要です。
だったら日本一、センスのいい無人販売所ならできるという発想に切り替えました。
これなら初期投資はグンと抑えられますし、なおかつ、真似してもらえると思ったんです」
朝食イタリアン〈キッキリッキー〉にしても、
単独で店舗を構えると初期投資を“丸かぶり”しなければならないが、
〈蕎麦処 鯨家 いすず庵〉とシェアすることで費用を半分に抑えた。
「もし果樹園の方だったら、お店を別業態の方とシェアして、
例えばフルーツパフェの店を始めたらいい。
そうやって応用、アレンジしながら、どんどん真似してもらえればうれしいですね」
ひと呼吸して、城戸さんはこう続けた。
「昔だったら誰にも真似できないことをやっていく、
というのが一種の勝ち方だったと思うんですよ。でも、今は違う。
誰にでも真似できるようなスタイルを提案できる人が生き残っていく。
本当に時代が変わり、ルールも変わったんだと感じています。
だからまずは僕らがその新しいルールにシフトし、
率先して行動を起こしていきたい」
そうあるために、城戸さんの決断は早い。行動も早い。
その分、人一倍失敗もしているという。だが、失敗の量こそが、城戸さんの強さだ。
「とにかくやってみて、ダメなら何がダメだったのか考える」
徹底したトライアンドエラーの繰り返しによって磨き抜かれた城戸さんの言葉は、強い。
ひとつひとつの言葉にパワーが備わっていると感じる。
城戸さんが話す言葉には、すでにやったことの結果か、
これから実行に移す決定事項しかない。揺るぎないものだけで構築されているのだ。
一見すると、いろんなことに手を出しているように見えるのに、
実は見えない一本の線によってしっかりと結ばれている。
その行動には無駄がない。
失敗は無駄ではないのか?
その問いは城戸さんにとって一番の愚問だ。
information
里山サポリ
Instagram:@satoyama_sapori
キッキリッキー
住所:福岡県糟屋郡久山町猪野548-1
営業時間:7:00〜8:30、8:00〜9:30、9:00〜10:30の3部制
定休日:火曜、水曜、第2・第4月曜
Instagram:@chicchirichi_hisayama
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*価格はすべて税込です。
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