連載
posted:2024.2.29 from:長野県下伊那郡松川町 genre:食・グルメ / ものづくり
PR 「南信州みんなの日本一発掘プロジェクト」長野県 南地域振興局
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Hiromi Shimada
島田浩美
しまだ・ひろみ●編集者/ライター/書店員。長野県飯綱町出身、長野市在住。信州大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店〈ch.books〉をオープン。趣味は山登り、特技はトライアスロン。体力には自信あり。
photographer profile
Kenta Sasaki
佐々木健太
ささき・けんた●1983年長野県中川村生まれ。東京綜合写真専門学校卒業後、スタジオアシスタント、広告制作会社撮影部アシスタントを経てフリーランスへ。結婚を機に長野県中川村へ拠点を移す。現在中川村を拠点に活動中。
全国屈指のりんごの産地として知られ、国内2位の生産量を誇る長野県。
高い育種技術でさまざまなオリジナル品種も数多く生み出しているほか、
近年は、りんご果汁の醸造酒・シードルが盛り上がりを見せている。
県内で新進気鋭の醸造所が続々と開業し、生産者数は80を超えるとも。
酒蔵やワイナリーが多い土地柄もあって、
地域や品種の個性を生かした多彩な味わいのシードルが生まれている。
なかでも注目を集めるのが、県南部にあたる南信州地域。
とりわけ「くだものの里」として知られる松川町は
シードルづくりに意欲的に取り組むりんご農家が多く、
それぞれが独自のブランドを立ち上げて製造・販売する
ユニークなシードル文化が根づいている。
その一翼を担うのが、2018年に創業した株式会社〈VinVie(ヴァンヴィ)〉。
自社畑で育てたりんごとブドウを使ったシードルやワインの製造・販売、
そしてりんご農家からの委託醸造も引き受けている。
社名でありブランド名でもある〈VinVie〉は、フランス語でワインを意味する「Vin」と、
生命や人生、生活などを意味する「Vie」を合わせた造語だ。
普段の生活や地域に根ざし、
飲む人すべてを幸せにするやさしいワインとシードルづくりを通じて、
地域の発展や活性化も目指したいとの思いが込められている。
そもそも松川町で本格的に果樹栽培がはじまったのは、約100年前の大正4(1915)年。
町の中央を流れる天竜川の河岸段丘と扇状地に開けた自然豊かな地で、
水はけのよい土壌と、
日照時間が長く昼夜の寒暖差が大きいという果樹栽培に適した環境を生かし、
りんごやナシの集団生産地として農業が発展した。
〈VinVie〉のある増野(ましの)地区を中心に農地の開墾も進み、
現在の数多くの果樹園の下地に。
今ではブドウやさくらんぼ、ブルーベリーなど、さまざまな種類の果樹が栽培されている。
くだもの狩りができる観光農園も多く、
直売所運営、自社製品の開発や独自の販売ルートの開拓など
意欲的な農家が多いのもこのまちの特徴だ。
「観光農園は自分たちで価格を決められますし、
固定客がつくなど収入が安定しやすいので、若い世代も事業承継しやすいんです。
特に、1975年に町内に高速道路のICが開かれたことで、
それぞれの農園ごとにオリジナリティを出す農家が多かったことが
背景にあると思います」と〈VinVie〉代表の竹村暢子さんは言う。
Page 2
かくいう暢子さんも、そうした若手農家のひとりだ。
代々続くりんご農家で夫の竹村隆さんとの結婚を機にりんご栽培に携わるようになり、
しばらくは3人の子どもたちの子育てをしながら農業に取り組んでいた。
しかし、10年ほど前に自家畑の前に新たな道路が開通したことで
直売所の経営を開始し、
販売方法や品揃えの自由度におもしろさを感じるようになったと言う。
そして、農家でも果実酒をつくって販売できることを知り、
直売所のオリジナルアイテムを増やそうと、酒類販売業免許を取得。
地域に唯一あったワイナリー〈信州まし野ワイン〉に依頼して
「りんごワイン」の委託生産を開始した。
2014年には町内で〈南信州松川りんごワイン振興会〉が設立され、
〈信州まし野ワイン〉に委託していた5軒の農家で協力することに。
県内で少しずつつくられはじめていた発泡性シードルに興味を抱き、
原料を持ち寄ってオリジナルシードルの共同生産に着手した。
そのとき醸造を担当したのが、県内のワイナリーで修業し、
醸造家として〈信州まし野ワイン〉に入社したばかりの竹村剛さんだった。
剛さんとしても、シードルづくりは修業先で経験したことがあったものの、
〈信州まし野ワイン〉としては初の試みで、チャレンジの気持ちが強かったそうだ。
こうして、2015年、
〈南信州まつかわりんごワインシードル振興会〉の共同生産というかたちで
松川町初のシードル〈Marry. (マリー)〉が誕生。
暢子さんは、その深い味わいのおもしろさや、
ほかにはない製品ができたことに手応えを感じたと言う。
同時に、国内外のシードルを飲み比べたり、各種セミナーなどで学ぶうちに、
原料によって味わいが異なるシードルの奥深さにのめり込んでいった。
南信州まつかわりんごワインシードル振興会に賛同する若手りんご農家も増え、
メンバーは20軒まで増加。
次第に、それぞれが〈信州まし野ワイン〉に依頼して
オリジナリティのあるシードルを製造するようになり、
町内に個性豊かなシードルが生まれる文化が育まれていった。
その文化のなかで、暢子さんも毎年、委託醸造で自園のオリジナルシードルを製造。
徐々に「もっとおいしくて魅力ある商品をつくりたい。
醸造を探求する楽しさを深め、自分の手でワインもシードルもつくってみたい」
と考えるようになったと話す。
折しも、2016年には松川町が、
内閣府の定める「りんごワイン・シードル特区」に認定された。
醸造規制が緩和され少量生産が可能になったことで、
小規模醸造所の設立が可能になった。
そこで「いずれは独立したい」と話していた剛さんを醸造家として迎え入れ、
2018年、暢子さん夫妻のほか、営業担当も加えた
4人のメンバーで念願の醸造所〈VinVie〉を起業した。
Page 3
〈VinVie〉の特徴のひとつが、
シードルもワインも醸造し、原料から自社で生産していること。
一般的な生食用のりんごだけでなく、醸造用の海外品種も多く栽培している。
酸味や渋みがある醸造用りんごを使うと、
奥深い味わいの風味豊かなシードルができあがる。
また、搾汁機などの設備が小規模であることも特徴だ。
小ロットで発注したい農家には喜ばれる存在となり、
委託先の選択肢の拡大にもつながっている。
そんな〈VinVie〉にシードル委託する生産者のひとりが、
85年ほど続く果樹農家の3代目にあたる〈子白農園〉の子白渉さん。
りんごとナシをメインに多品種の果樹を栽培する。
子白さんがこだわっているのが、
「りんご三兄弟」と呼ばれる長野県オリジナル品種の
「秋映」「シナノスイート」「シナノゴールド」をブレンドしたシードルだ。
「剛さんは口下手な私の思いをうまく理解してくれるのがありがたいですね」と話す。
一方で、子白さんは町内外の複数の醸造所も利用し、
メーカーごとに得意分野を生かした製品づくりにも取り組んでいる。
「農家さん自身も研究し、それぞれの醸造所を理解して依頼しています。
シードルが盛り上がってきたこの地域ならではのかたちで、
結果的に全体のレベルが上がっています」と暢子さん。
その言葉に対し、
「南信州の生産者は仲がいいと他地域から言われます。
みんな良きライバルであり、同志であるのもこの地域の特徴だと思っています」
と語るのは、子白さんと同じく〈VinVie〉に委託醸造する
〈やまき北村農園〉北村朝子さんだ。
実際、北村さんと子白さんは、〈VinVie〉を通じて知り合った縁で意気投合し、
共同でシードルつくっている。
搾ったりんご果汁を一度冷凍し、解凍時の濃縮した果汁を抽出する
「クリオコンセントレーション」という醸造方法を用いたもの。
結果的に、果汁の量は5分の1になるが、甘味も酸味も香りも旨みも高まり、
甘口ながらも濃厚で、5倍濃縮の格別な味わいになる。
その分、りんごが大量に必要で、当然、販売価格も高くなるため、
半分ずつ原料を出し合うことで、1軒あたりの負担とリスクを減らそうと考えたのだ。
「高額商品でも対面で接客する直売所で丁寧に説明すれば、
納得して購入してもらえます。これは、一般的な小売店では難しい販売方法ですよね」
と北村さんは話す。
ほかにも「暢子さん、剛さんの真面目な人柄や学び続ける姿勢、
生産者の気持ちも汲みながら真摯に醸造する向き合い方に惹かれ」
〈VinVie〉に醸造を委託しているというのが、
松川町に隣接する飯田市〈倉澤農園〉の倉澤ちふみさん。
毎回、丁寧なつくりときれいな仕上がりに満足していると言う。
さらに、りんご農家以外からの依頼も。
南信州・喬木村のいちご専門農家〈農園野風〉清水純子さんは、
シードルで地域を盛り上げようと頑張っている人たちがいると知り、
「自分もつくってみたい!」と思うようになったそうだ。
「うちはいちご農家ですが、南信州のりんごは本当においしいし、お酒も好きなので、
南信州の農産物のすばらしさを
シードルというかたちで発信できたらおもしろいと考えました」
村内のりんごを使い、自分たちの特徴や複雑さを演出するために、
自家栽培のいちごや、天日干しした市田柿の皮、村産レモンなどを浸漬させた
フレーバーシードルにしていると言う。
「つよぽん(剛さん)のつくるシードルの味が好きで信頼していますし、
同い年なので、幼なじみに頼むような気楽さでお任せしています」と清水さん。
こうした生産者たちの話を聞くと醸造の魅力が伝わってくるが、
一方で剛さんは「それでもシードルづくりで一番重要なのは、やはり原料」と話す。
「シードルの味わいを左右する要素のなかで、実は醸造の役割はほんのちょっと。
結局はワイン同様、原料が命。
シードルづくりの8割は畑でできていて、僕が手を加えるのは1割くらいです」
だからこそそれぞれの農家は、栽培面でも勉強を重ねている。
まずは素材ありき。
そこから広がる魅力的な製品づくりや地域コミュニティなど、
幸せな循環がシードルによって育まれていることこそが、
松川町を中心とした南信州の豊かなシードル文化へと発展させている。
Page 4
〈VinVie〉から広がるつながりは、飲食シーンにも。
特に、すっきりとした甘さと酸味が、南信州独特の食文化、焼肉とも好相性とあって、
人口1万人あたりの焼肉店が全国1位(5.26軒)の
“日本一の焼肉のまち”飯田市では、シードルを提供する焼肉店も人気を集めている。
そのひとつが、飯田市中心部に位置する焼肉とモツ鍋専門店〈ほんのり家〉。
酒の品揃えは市内屈指で、酒好きのオーナー・河手忍さんの独自ルートにより
ほかではなかなか手に入らない酒類も豊富に揃う。
シードルは〈VinVie〉のほか、南信州地域の下條村
〈FARM&CIDERY KANESHIGE(ファーム&サイダ―カネシゲ)〉のものなどが並ぶ。
牛肉や豚肉のほか、飯田ならではのマトン(ジンギスカン)などが味わえ、
山椒が効いたゴマダレやオリジナルの塩など調味料も特徴的。
メニューの随所にこだわりが満ちている。
地域のさまざまな魅力の相乗効果で、一層熟成していく南信州のシードル文化。
ユニークな地域のコミュニティは、
これからも付加価値を高めながら可能性を広げ、深みを増していく。
information
Feature 特集記事&おすすめ記事