〈宙COCORO〉
お猪口に広がる小宇宙。
新潟の蒔絵師が手がける人気プロダクト

新潟の伝統工芸のひとつ「新潟仏壇」。
その若き職人によるユニークなプロダクトが、いま注目を集めています。
今回はその人気商品を、
『新潟のつかいかた』Twitterフォロー&リツイートキャンペーンの第4弾
編集部が見つけた「新潟のいいモノ」としてプレゼントします。

手のひらサイズの小宇宙

直径5センチほどの見込み(酒を注ぐ内側の凹み)に、
大小さまざまな無数の星が描かれたお猪口。
のぞき込めば、そこに広がるのはまさに“宇宙”。
澄みわたる酒をお猪口の縁いっぱいまで注げば、表面張力の効果で
レンズを透かして見るかのような、壮大な銀河が浮かび上がる。

伝統工芸士の資格を持つ、新潟の蒔絵師・佐藤裕美さんが手がける
〈宙(そら)COCORO〉は、2019年の販売開始以来、
その美しい宙模様がSNSを中心に話題となっている。
12星座が描かれたお猪口は、自分の星座のものを購入する人や、天文ファンをはじめ、
成人式や結婚記念日といった慶事のプレゼントとしても人気が高い。

ポップアップ販売が行われるとなれば、オープン前から長蛇の列ができ、
オンライン販売ではものの数分で完売となる、きわめて入手困難な一品だ。

ステンレスのお猪口に蒔絵の技術で模様が描かれた〈宙COCORO〉。そこにあるのは、大小さまざまな星、光の帯、星雲……まるで本物の天球を眺めているかのよう。角度の違いによって宙の表情がさまざまに変化していく。

ステンレスのお猪口に蒔絵の技術で模様が描かれた〈宙COCORO〉。そこにあるのは、大小さまざまな星、光の帯、星雲……まるで本物の天球を眺めているかのよう。角度の違いによって宙の表情がさまざまに変化していく。

澄んだ酒や水を注ぐことによって、色の深み、浮かび上がる星の様子に変化が。このお猪口を眺めながら、別のお猪口でお酒を楽しむ人もいるのだとか。

澄んだ酒や水を注ぐことによって、色の深み、浮かび上がる星の様子に変化が。このお猪口を眺めながら、別のお猪口でお酒を楽しむ人もいるのだとか。

ゲストハウス? デザインラボ? まちの学び舎〈やぶ前〉が 秋田県美郷町でつむぐ物語

撮影:船橋陽馬

引力のある場所

秋田県美郷町。ここに〈やぶ前〉というスペースが緩やかにオープンしたのは、2020年。
デザインラボ、ゲストハウス、まちの学び舎……。
さまざまな顔をもつこの場所には不思議な引力があり、
惹きつけられた多くの人がやってきます。

2021年末には、美郷町学友館で開催された
『美術/中間子 小池一子の仕事とMUJI IS-動詞の森-展』
とのタイアップ企画『けものみち、実はにんげんのみち』展も開催されていました。
(※『オルタナティブ! 小池一子展 アートとデザインのやわらかな運動』と題して、
〈3331 Arts Chiyoda〉でも展覧会を開催中)

秋田県美郷町にオープンした〈やぶ前〉は、デザインラボ、ゲストハウス、まちの学び舎…様々な顔をもつスペース。

やぶ前の主は、長らくロンドンを拠点に活動していた
デザイナーの和井内京子さん。
彼女が母の故郷であるこの地を訪れるようになってから、
次々と奇跡のような巡り合わせが起こっています。

数年前から「日本にも定住地とスタジオをつくりたい」と考えていた京子さんですが、
当初はアジアやヨーロッパへのアクセスを考え、
山口や沖縄など西日本を中心に視察していました。

「そうしたら弟がね、おもしろいことを言ったの。
親のふるさとがちゃんとあるのに、どうして違う場所をうろうろしているのって」

京子さんは横浜市出身ですが、子供のころ、祖母を訪ね、美郷町には何度も足を運んだことがあります。ひとり夜行列車に乗り、最寄りの「飯詰」駅まで来ていた思い出があるのだそう。

京子さんは横浜市出身ですが、子どものころ、祖母を訪ね、美郷町には何度も足を運んだことがあります。ひとり夜行列車に乗り、最寄りの「飯詰」駅まで来ていた思い出があるのだそう。

弟の言葉を聞き、ひさしぶりに美郷町を訪れた京子さん。
まちを視察するなか、ある建物の前に立ち、心が動きます。

創業は江戸末期に遡る、かつて〈志ら梅酒造〉だった木造2階建ての建物です。

「壊れかけている志ら梅酒造の前に立っちゃって、これをなんとかしないとって思ったの。
せっかくいい景観があっておもしろいまちなのに、これがなくなってしまったら、
まち自体も廃れてしまうって」

〈やぶ前〉は、美郷町六郷米町という場所にあります。

やぶ前は、美郷町六郷米町という場所にあります。

志ら梅酒造を蘇らせようと奔走し、出会ったのが、
やぶ前を共にスタートさせることになる、
美郷町で建設業を営む〈シーモワオカダデザイン〉の岡田茂義さんと、
〈澁谷デザイン事務所〉の澁谷和之さんでした。

「私が60代、岡田さんが50代、澁谷さんが40代。
美郷町に愛情をもった、10代ずつ違う3人が会うようになって、
この辺りでスタジオや倉庫をもってもいいかもなと思うようになったの」
と話す京子さん。

このときはまだ、ロンドンやブータンなど世界を飛び回って活動していましたが、
この直後にコロナ禍が始まり、美郷町に留まることになります。
そんななか、やぶ前の名前の由来になる
蕎麦屋〈やぶ茂〉へ足繁く通うようになりました。

「こんなに移動しないことはなかったけれど、自分は何者かということに気がつくために、同じ場所にいるのはいいことですね」と京子さん。

「こんなに移動しないことはなかったけれど、自分は何者かということに気がつくために、同じ場所にいるのはいいことですね」と京子さん。

「やぶ茂はやぶ前の斜め向かいにあるの。
だから『やぶ前』なのだけれど(笑)!
店を切り盛りしている愛子さんと、お蕎麦を食べながらよく話すようになったの。
やぶ前は、愛子さんのお母さんの実家でね、
お母さんはここ(やぶ前)からやぶ茂に嫁いだ人。
(やぶ前には)愛子さんの叔父にあたるお母さんの弟さんが住んでいたのだけれど、
建物を継ぐ人がいないから、使いませんか?って相談を受けたの」

岡田さんと澁谷さんともやぶ茂で集まり、
美郷の未来を話すようになっていた京子さん。
この打診をきっかけに建物を受け継ぐことを決意。
やぶ前の物語が動き出します。

〈大阪中之島美術館〉がオープン! 約30年の収集が結実した 近現代美術コレクションを一挙公開

約40年の道のりを経て、待望のオープン

大阪のキタとミナミの間、堂島川と土佐堀川に囲まれた「中之島」は、
〈大阪市立東洋陶磁美術館〉
〈中之島 香雪美術館〉
〈国立国際美術館〉といった文化施設や歴史的建造物が立地し、
訪ね歩くのが楽しいエリアです。
さらに2月2日、〈大阪中之島美術館〉がついに開館しました。

開館までには約40年にわたる長い道のりがありました。
1983年、大阪市制100周年記念事業基本構想のひとつとして
近代美術館の建設構想が持ち上がり、
1990年に近代美術館建設準備室が設置されましたが、
バブル崩壊や大阪市の財政悪化で計画が停滞し、ようやくオープンに至ったのです。

一方、準備室ができてから30年の間には、
美術館の根幹はコレクションであるという姿勢で、
19世紀後半から現在までの国内外の美術とデザインを核として収集を続けたため、
約6000点を超えるコレクションが形成されました。

開館記念展『Hello! Super Collection 超コレクション展 99のものがたり』では、
その中から選び抜いた約400点の代表的な所蔵品を一挙公開。
国内外の展覧会にも積極的に貸し出されていたため、ホームへの里帰り感もあります。
30年間館長を務めてきた菅谷富夫館長は、喜びとともに
「ここからが始まり」と決意を新たにしていました。

湿原カヌーに、阿寒湖アイヌコタンと
伝説の彫刻家。釧路から旭川へ、
大自然とアイヌ文化に触れる旅

今回の旅は、釧路から旭川へ

さまざまな北海道の魅力を満喫する周遊旅。
今回はまず、たんちょう釧路空港から釧路湿原でカヌー体験。
車で1時間半ほど北上し、阿寒湖アイヌコタンを訪れ
アイヌ古式舞踊や、アイヌの木彫り作家、藤戸竹喜の作品に出合う。

阿寒湖温泉から車で約4時間半、旭川へ。
もうひとりのアイヌ民族の伝説的彫刻家、砂澤ビッキの作品に触れ
さらに、100年以上の歴史を持つ〈川村カ子トアイヌ記念館〉を訪ねます。
そこから車で約40分の旭川空港から帰路に。

釧路湿原の自然を体感するアクティビティと、
阿寒湖温泉と旭川のアイヌ文化に触れる旅へ!

真冬のカヌーで出合う絶景と動物たちの物語

写真提供:釧路マーシュ&リバー

写真提供:釧路マーシュ&リバー

たんちょう釧路空港から向かったのは、釧路湿原国立公園内、
釧路川支流の「アレキナイ川」。今回の旅はカヌーツアーからスタート。
「わざわざ厳冬期にカヌー?」「寒そう!」という声が聞こえてきそうだが、
気温が最も下がるこの時期だからこそできる体験がある。

日本最大の湿原である釧路湿原は、国の特別天然記念物「タンチョウ」をはじめ、
約2000種もの動植物を育む大自然の宝庫。
太古の時代に、海から湿原へと変わる過程で多くの湖沼が点在し、
その名残が現在も見られるのが特徴だ。

釧路湿原最大の湖、塘路(とうろ)湖とつながるアレキナイ川は、
本流との高低差や、大きな岩や石がないため流れは穏やかで、
道路からも離れているため人工の音も聞こえない。

だからこそ、往復約3キロのコースを約1時間かけて
じっくりと景色を堪能でき、野生動物との出合いも楽しめる。
聞こえるのは野鳥の羽音、パドルを漕ぐときのチャポン、という水音。
ひと漕ぎするだけで、川の上をスーッと滑るように進んでいくのもおもしろい。
あまりの静けさに、川にいることを忘れてしまいそう。

川の水蒸気が凍り、結晶が花のように育つフロストフラワー、
湯気のようなけあらし、霧氷で真っ白にコーティングされた木々……。
冬ならではの幻想的な光景の連続に、ひととき寒さを忘れ、多幸感に包まれた。

とは言え、厳冬期の釧路湿原は氷点下20度を下回ることもある。
帽子、手袋、ブーツに加え、首回りの防寒は必須。
さらにつま先とお腹付近にカイロを仕込んだ。
北海道の建物内は暖かいことが多いので、重ね着で着脱しやすい服だとなおいい。

今回のガイドは、〈釧路マーシュ&リバー〉の斉藤松雄さん。
釧路出身で、子どもの頃から湿原を遊び場にして育ち、
一度は地元で就職したが「自然体験を通して湿原の魅力を伝えたい」と、
脱サラして同社を設立した。「三度の飯と同じくらいカヌー好き」なのだそう。

「一般的に川下りといったら森の中というイメージですが、視界を遮るものが何もなく、
広々とした空と大地を感じられるのは釧路湿原ならでは。
カーブの先にどんな景色が広がっているのか予想がつかないのもいい。
川は蛇行し、カーブが大きいから曲がるごとにわくわくしますよ」

アレキナイ川と塘路湖を往復する冬のカヌーコース。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

アレキナイ川と塘路湖を往復する冬のカヌーコース。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

アレキナイ川は川幅が狭いので、野鳥や小動物たちを間近に観察できる。
11月末から翌年3月頃までオオワシが見られたり、
タンチョウが川の中で魚をついばむ姿や、エゾシカが見られるのも珍しくない。

「せっかくこの自然環境が良くて暮らしている彼らを大事にしたいので、
見かけたら、なるべく川の端っこを静かに通過します」

さらに斉藤さんの解説は続く。

「タンチョウは冬になると通常、釧路市の隣の鶴居村にある
給餌場に多く集まっていますが、アレキナイ川は凍りにくいため、
そこを縄張りにしているタンチョウたちが餌の魚をとりに来ます。
タンチョウはお互いの強さ、弱さを認識する生き物。
いい縄張りを持っているのは、そのタンチョウの強さの証だと思う」

そんな話を聞いていると、動物たちは自分たちの仲間であり
隣人という思いが自然にわいてくる。

タンチョウの家族とオジロワシのつがいが同時に見られた珍しいシーン。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

タンチョウの家族とオジロワシのつがいが同時に見られた珍しいシーン。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

斉藤さんは「ここは春夏秋冬、いつ来てもベストシーズン」と胸を張る。
アレキナイ川のカヌーツアーはゴールデンウィーク頃まで行い、
夏のグリーンシーズンは、釧路川本流を下る。
途中から木が少なくなって葦原(よしわら)の景色になる変化や、
開放感ある湿原の中を行く体験が楽しめる。

四季折々、まったく異なる景色が楽しめるのも釧路湿原の魅力。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

四季折々、まったく異なる景色が楽しめるのも釧路湿原の魅力。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

釧路湿原でのカヌーは、スポーツ的でアクロバティックな川下りとはまた違う、
いわば「大人のカヌー」という趣だ。そこで感じられるのは、
川や湖が織りなす自然の歴史と、動植物がつむぐ命の物語。

「お客様に、疲れがスッと落ちた、リラックスしにまた来るよ! 
と言ってもらえるときがとてもうれしい」という斉藤さんの言葉に、深く頷いた。

information

map

釧路マーシュ&リバー

住所:北海道釧路郡釧路町トリトウシ88-5

TEL:0154-23-7116

冬の釧路湿原ネイチャーカヌー

実施期間:1月5日~3月31日

所要時間:約1時間30分(準備・移動含む)

料金:大人1名6500円(2名以上で参加の場合。1名で参加の場合、上記料金にプラス 3000円。傷害保険は別途1名500円)

※このほかネイチャーカヌー&塘路湖氷上あそびのコースもあり。

Web:釧路マーシュ&リバー

画家MAYA MAXXが
自由が利かないなかで描いた、
シカの連作

1か月半、利き手が思うように動かせない状態に

それは突然の出来事だった。
昨年11月、美流渡(みると)に住む画家のMAYA MAXXさんが
この地で創業100年以上となる〈つつみ百貨店〉のシャッターに
絵を描こうとしていたときのことだった。

シャッターを水で洗ってから白いペンキを塗っていたとき、
バタンと大きな音とともにMAYAさんが足場台から転落した。
足場台は1メートルくらいの高さであったが、顔面と肩を打ったようで、
そのまま数分間動けなくなってしまった。
塗装を手伝っていた私は、オロオロしながらその場にいることしかできなかった。

しばらくして、MAYAさんがゆっくりと起き上がったものの、
右肩と腕がひどく痛む様子だった。
私は運転が苦手なので、病院に車で連れて行ってくれる人を急いで探した。
幸いご近所さんが助けてくれることになり、
美流渡から車で20分ほどの市街地にある整形外科へと向かった。
車内でMAYAさんは、穏やかに世間話をしていたので、少し安心したのを覚えている。

昨年は夏から秋にかけて、閉校した美流渡中学校の窓に打ち付けられた板に絵を描いた。高所での作業も多かったが事故なく終わった。

昨年は夏から秋にかけて、閉校した美流渡中学校の窓に打ち付けられた板に絵を描いた。高所での作業も多かったが事故なく終わった。

雪が降る前の最後の作業として取り組もうとしたのが、〈つつみ百貨店〉のシャッターだった。人口減少で商店が数えるほどしかなくなるなか、地域のためにずっと店を開け続けている。

雪が降る前の最後の作業として取り組もうとしたのが、〈つつみ百貨店〉のシャッターだった。人口減少で商店が数えるほどしかなくなるなか、地域のためにずっと店を開け続けている。

診察してもらったところ、右肩の脱臼と骨折だった。
関節から外れた部分を元に戻してもらい、翌日に詳しく検査。
1か月半ほどバストバンドと三角巾で肩を固定することとなった。
右手の動かせる範囲は手首から先だけ。
手が上がらないため、上着を羽織ったりするだけでも大変な状況となってしまった。

そんななかにあっても、MAYAさんは歩みを止めようとはしなかった。
骨折から3日後には、新十津川町図書館で開催中だった絵本原画展で
ギャラリートークを行った。翌週には札幌の高校で講演会を、
さらには地元の小学校で絵を描くワークショップも実施。
絵が思うように描けない状況のなかで、
イベントがあったほうが気が紛れると語っていた。

トークを行うMAYAさん。ジャケットの下はバストバンドでしっかりと手が固定されている。

トークを行うMAYAさん。ジャケットの下はバストバンドでしっかりと手が固定されている。

地元の小学校で開催したワークショップ。

地元の小学校で開催したワークショップ。

手が動かせる範囲は限られていたが、それでも制作は行われた。
まず取り組んだのは粘土。手で握れるくらいの大きさに粘土を丸め、
ペンギンのような形をつくり、先の尖ったヘラで毛の一本一本を表していった。
毎日つくり続け、その数は30体以上にもなった。

ペンギンやリスを形づくった。手首から先を細かく動かして毛並みを表現した。

ペンギンやリスを形づくった。手首から先を細かく動かして毛並みを表現した。

次に絵画の制作も行われた。
完成に至らないままアトリエに置かれていた
240×120センチメートルのパネル作品の制作を再開したのだ。

このパネルは、移住してきてすぐに取りかかったもので、
夏の青々とした緑や秋から冬へと向かう薄暗い森を想起させるような
抽象形態が描かれていた。その上から、自由の効かない右手と、
利き手でない左手をゆっくりゆっくりと動かし、シカを描いていった。

『Deer in the Forest 1』2021

『Deer in the Forest 1』2021

「右手を上にあげることはできないけれど、
床に画面を置いて自分が動けば、画面の隅々まで描くことができる」

紫色の空間で木立の間からこちらを見るシカには胴体が描かれていなかった。
筆のタッチは、まるで小声でささやくように、か細く、静かだ。
MAYAさんは、この描き方を“骨折画法”と呼ぶようになっていた。

『Deer in the Forest 2』2021

『Deer in the Forest 2』2021

写真家・若木信吾
浜松で本屋を営んで11年。
次世代の文化をつくる

BOOKS AND PRINTSが浜松に残したもの

大手書店とは異なるこだわりのセレクトで、店主の個性が垣間見える。
そんなブックストアが、東京や都心部のみならず、全国に増えてきた。
その先駆けとなったのは、静岡県浜松市にある〈BOOKS AND PRINTS〉だろう。
数々の雑誌の表紙撮影や写真集なども発売している写真家・若木信吾さんが、
生まれ故郷である浜松市で始めた本屋だ。
しかし当時、本人には“先駆け”なんてつもりもないし、“地域貢献”のつもりでもなかった。

ビルの前には大きな立て看板。

ビルの前には大きな立て看板。

若木さんは浜松で生まれ育ち、高校生までを過ごした。
自宅から高校まで、自転車で毎日まちなかを通り抜けて通っていたという。

「写真部でしたけど、実質は帰宅部のようなもの。
学校が終わったら、すぐに帰って、映画を観たり、本屋さんに立ち寄ったり。
今はひとつしかないけど、映画館はもう少しありましたね。
当時は浜松に写真集なんて売ってなかったから、写真に触れ合うといえば雑誌がメイン。
『POPEYE』や『BRUTUS』などをよく読んでいました」

写真自体は小学生から興味を持ち、撮影もしていたという。

「海外の写真家に興味を持ったのは、ポストカードから。近くに額装屋さんがあって、
そこでアンリ・カルティエ=ブレッソンとかのポストカードを売っていたんです」

店内に入ると、左手一面に本棚が。

店内に入ると、左手一面に本棚が。

高校卒業後、写真家を目指す若木さんが選んだのは、東京ではなくニューヨークの大学。
当時は、海外旅行のハードルも低くなり、同時に海外留学する人も多かった。
地方の人が東京に憧れるのと並列に、
海外という選択肢も選べる時代になりつつあったのだ。

大学を卒業後は日本、ニューヨーク、サンフランシスコを行き来しながら
仕事をする生活が10年ほど続いた。
そして徐々に日本での仕事が増えてきて、東京に腰を据えたのが1999年のこと。
このとき、選択肢は浜松ではなかった。

「雑誌が好きで写真を始めたけど、浜松には雑誌がないですもんね。
いまほど、物理的にも精神的にも、東京と浜松が近くは感じなかったです」

熊谷〈原口商店★エイエイオー〉中編
シェアカフェから生まれる
新たなコミュニティ

ハクワークス vol.4

埼玉県熊谷市にて、空き家を使った設計、事業の立ち上げや場の運営も行うなど、
“空き家建築士”として活動する、〈ハクワークス〉の白田和裕さんの連載です。

前回に続いて、熊谷市の中心市街地、星川エリアの再生を目指して
生まれたシェアスペース〈原口商店★エイエイオー〉がテーマです。

オープン以降、この場所にシェアカフェの機能が追加され、
さらにコミュニティが広がっていきました。そのプロセスを振り返ります。

熊谷妄想会議

〈原口商店〉という元酒屋の空きビルを
レンタルスペースにリノベーションした〈原口商店★エイエイオー〉。
まちの余白のようなスペースとして、地域の人が気軽に集まれたり、
新たなチャレンジの受け皿になる場所を目指してオープンしました。

運営者である僕ら建築士4人組のユニット〈A.A.O〉も、
この場所でアウトプットを始めるようになりました。
その名も「熊谷妄想会議」。

初イベント「熊谷妄想会議vol.01」。

初イベント「熊谷妄想会議vol.01」。

僕らメンバーの3人が移住組であり、熊谷の外から来た者として、
熊谷の正直なイメージをお伝えするイベント。
人口動態から考える熊谷の未来、僕らが目指す未来、
子どもたちに継ぎたい未来を妄想して発表しました。
いま振り返ると少し挑戦的な内容だったような……。

身内で集まり“やった感”を出さないよう、今回は知り合いには声をかけず、
新規の方を集客しようとSNSで募集を開始。その結果、3人が集まりました。
無名のイベントとしては上出来でしょうか(笑)。

参加者は、またまた建築士! 
建築士の八木重朝さん、奈都子さん夫妻と
原口商店のオープン時に子ども向けの演奏会を開いてくれた方でした。
少ないメンバーだからこそ、みなさんとじっくりお話ができました。
そして、この出会いが、また新たな出会いを紡いでいくことになります。

同じエリアのリノベ案件〈108 ocha stand〉の八木重朝さん、奈都子さん夫妻。

同じエリアのリノベ案件〈108 ocha stand〉の八木重朝さん、奈都子さん夫妻。

ちなみに建築士の八木さん夫妻は、一時は川崎市で事業をしていました。
僕も参加した「リノベーションスクール@川崎」に参加しており、
同じように空き家、空き店舗を使ってまちに開くアクションを計画していました。

その後、Uターンで熊谷へ戻り、設計事務所を開設して、
僕らと同じエリアで空き店舗を自力で開拓し、
〈108 ocha stand〉というお茶スタンドをオープンさせました。
ふらっと立ち寄りたくなる場所として地域に愛されているお店です。
力強い同志ができたことがうれしく、この関係はいまでもずっと続いています。

瀬戸内の島々で4月14日から
〈瀬戸内国際芸術祭2022〉開催!

3年に1度の国内最大級アートイベントが、今年も開催!

2022年が始まりました。
寒い日もありますが、小豆島では穏やかな冬時間が流れています。
農家である私たちにとって、農閑期であるこの時期は
大事な休息期間でありメンテナンス期間。
家の気になるところを直したり、働く環境を整備したりしています。

さて、2022年!
今年は〈瀬戸内国際芸術祭2022〉(以下、瀬戸芸)が開催されます。
瀬戸芸は、3年に1度開催される現代アートイベントで、
小豆島も含めた瀬戸内海の12の島と、その島々と本州、四国をつなぐ
ふたつの港が舞台となります。2010年に第1回目が開催され、今回で5回目です。

小豆島・中山地区、棚田の中にあるワン・ウェンチー(王文志)さんの『小豆島の恋』(瀬戸芸2019)。

小豆島・中山地区、棚田の中にあるワン・ウェンチー(王文志)さんの『小豆島の恋』(瀬戸芸2019)。

小豆島・三都半島の海岸にある『潮耳荘』。波や船の音を拾い集め建物の中に響かせる作品。

小豆島・三都半島の海岸にある『潮耳荘』。波や船の音を拾い集め建物の中に響かせる作品。

私たちは小豆島に移住する前、2010年の瀬戸芸のときに
小豆島と豊島(てしま)を訪れました。瀬戸芸のアートを見に行こうと、
それまで足を運んだことがなかった田んぼや古い民家へ。
そこで見た風景や、感じた空気感がすばらしくて、
小豆島ってこんないいところなんだなぁと思ったことを覚えています。
この思いがのちに小豆島に移住するきっかけのひとつとなりました。

第1回目の瀬戸芸。開催期間に合わせて小豆島を訪れました。

第1回目の瀬戸芸。開催期間に合わせて小豆島を訪れました。

現在私たちが暮らしている場所のすぐ近くのこの田園風景。いまでは私たちにとっては暮らしのなかのいつもの風景。行くきっかけがなかったけど、瀬戸芸の作品を見に訪れたら、とても美しくて感動したのを覚えています。

現在私たちが暮らしている場所のすぐ近くのこの田園風景。いまでは私たちにとっては暮らしのなかのいつもの風景。行くきっかけがなかったけど、瀬戸芸の作品を見に訪れたら、とても美しくて感動したのを覚えています。

5回目となる瀬戸芸2022は、前回同様、春・夏・秋の3会期に分けて開催されます。
会期によって公開される作品や会場が変わるので、
公式サイトでチェックしてみてください。

京都にオープン! 堀川新文化ビルヂングで 〈『デザインのひきだし』の ひきだし展〉 開催中

名久井直子×津田淳子の“紙もの大好き”トークイベントも

京都市上京区に、
今年11月にオープンしたばかりの〈堀川新文化ビルヂング〉。

「モノに触れ、文化に深く感じ入り、心を豊かにする施設」
として京都・西陣の地に誕生しました。

堀川新文化ビルヂング(大垣書店)が運営する
ギャラリー&イベントスペース〈NEUTRAL〉では、
『デザインのひきだし』との2者合同で〈『デザインのひきだし』のひきだし展〉を
開催中です。

「本が作れる本屋」を目指す堀川新文化ビルヂング。

「本がつくれる本屋」を目指す堀川新文化ビルヂング。

堀川新文化ビルヂングは、書店、印刷工房、カフェバー、
ギャラリー&イベントスペース、レンタルオフィスという
ざまざまな要素で構成される施設。

今回の展示会の企画者である堀川新文化ビルヂング・NEUTRALの大垣さんは、
「“じっくりといいものを少しずつ”を体現している
『デザインのひきだし』を通して、紙や印刷、
製本の世界が身近で楽しいことを広く地域の方々や
お客さまに知ってもらいたい」と考え企画したと話します。

NEUTRALでの展示風景。これまで発行された『デザインのひきだし』がずらりと並ぶ。

NEUTRALでの展示風景。これまで発行された『デザインのひきだし』がずらりと並ぶ。

『デザインのひきだし』とは、
グラフィック社が2007年に創刊し年に3回ペースで発刊される、
デザイン・印刷・紙・加工の実践情報誌。

毎号反響が大きく、発売後すぐに売り切れるほどの人気ぶりなんです!

最新号の『デザインのひきだし44』はその厚さゆえ、
SNS上で「鈍器」「ひきトッツォ」「紙トッツォ」などと呼ばれ話題に。
(厚みは7センチ、重さは1.5キロほどにもなります)

特集「板紙・厚紙とそのかっこいい使い方」。

特集「板紙・厚紙とそのかっこいい使い方」。

『デザインのひきだし44』の制作にあたって収集された膨大な資料やサンプル、
編集作業の過程で出されたさまざまな指示書や
印刷加工実験したもの、台割、ラフ、束見本などが、今回一挙に展示されています。

『デザインのひきだし44』の記事「編集部オススメ 板紙・厚紙徹底紹介」において紹介されている板紙・厚紙のサンプルと、それを誌面に掲載するために封筒に書かれた撮影指示。圧巻。

『デザインのひきだし44』の記事「編集部オススメ 板紙・厚紙徹底紹介」において紹介されている板紙・厚紙のサンプルと、それを誌面に掲載するために封筒に書かれた撮影指示。圧巻。

印刷・紙もの好きのファンの心を捉えてやまない
『デザインのひきだし』が、どのようにできあがっていくか?
現場の様子や制作の舞台裏を垣間見れる貴重な機会ですね。

書名:『デザインのひきだし44』定価:2,420円(税込)表紙はヨーロッパから輸入された厚み約1mmという厚手の色板紙を使用。文字は加熱空押し技術で制作されている。

書名:『デザインのひきだし44』定価:2420円(税込)表紙はヨーロッパから輸入された厚み約1mmという厚手の色板紙を使用。文字は加熱空押し技術で制作されている。

今や入手困難といえる『デザインのひきだし』の
魅力をたっぷり体感できるこちらの企画。
気になる方は、こちらのホームページで最新情報をご確認ください。

『デザインのひきだし』のひきだし展
会期:2021年12月17日(金)〜2022年1月16日(日)
会場:NEUTRAL D/E 京都府京都市上京区皀莢町287 堀川新文化ビルヂング2F 
入場料:無料
営業時間:10:00~20:00 ※物販は1階にて10:00~22:00

『デザインのひきだし44』の表紙はオリーブ、オレンジ、ルビーの3色。※中身(本文内容)はすべて同一です。

『デザインのひきだし44』の表紙はオリーブ、オレンジ、ルビーの3色。※中身(本文内容)はすべて同一です。

長期休館中の〈広島市現代美術館〉。 工事中の美術館の裏側を 「#ゲンビの工事日記」で発信中!

工事完成までの過程や 普段は見られない美術館の裏側を発信中!

広島県広島市にある〈広島市現代美術館〉(通称・ゲンビ)は、
1989年に公立として初の現代美術を専門とする美術館として開館しました。

ゲンビは、広島市内を一望することができる比治山の丘陵、
桜の名所としても人気の比治山公園内に位置し、
先端的な表現を紹介する特別展や、所蔵品から選りすぐりの作品を紹介するコレクション展、
ワークショップなどで来館者を魅了してきました。

美術館の建築設計は建築家・黒川紀章氏が手がけ、
広島を代表するポストモダン建築のひとつ。
建物の素材が地面から高くなるに従って、自然石、磨き石、タイル、アルミと
現代的な素材へと軽やかに変わっていく特徴的な外観も人気です。

広島市現代美術館の外観。写真:花田ケンイチ

広島市現代美術館の外観。写真:花田ケンイチ

美術館を象徴するスポットのひとつ、アプローチプラザ。

美術館を象徴するスポットのひとつ、アプローチプラザ。

そんなゲンビは、昨年2020年12月より、改修工事に伴って長期休館中。
再オープンは2023年3月を予定し、休館期間は2年3か月間と長期にわたります。

今回のリニューアルは、設計者である黒川紀章氏の思想と意匠を受け継ぎながら、
美術館として必要な基本的機能の回復とともに、
一部デザインの変更やスペースの新設を行うことで、
来客者の多様なニーズに対応していくことが目的とのことです。

子どもたちが内へ外へと走り回る!
いつでも人で賑わう、
家と自然と人、開かれたログハウス

ペルー・リマの暮らしに憧れて

家を建てる段階から、自分たちが住むこと以上に、
たくさんの人を招き入れることを想定していた。
そんな人好きな夫婦が長野県下伊那郡阿南町新野(にいの)地区に住む
金田信夫(かなだしのぶ)さん・紫織さんだ。

自宅前にて談笑する金田信夫さんと紫織さん。

自宅前にて談笑する金田信夫さんと紫織さん。

2005年、新野のまちを見渡せる高台に、
BESS(当時は前身のBIG FOOT)の「カントリーログ」を建てた。
当初は新野のまちなかの実家に両親と同居していて、
ログハウスは信夫さんの個人的な木工作業場として利用していた。
しかし、最初から「人をたくさん呼べる家にしたい」という
将来の使い方を想定していたようだ。

「1階は水周りへの導線にはドアをつけず、
2階も部屋をなくしてワンルームにしてしまいました。
トイレとお風呂のサイズも本来と逆なんですよ。
たくさん人が来たときに、トイレが広いほうが着替えたりできるので。
お風呂は近くに温泉もあるし、小さくていいかなと」という信夫さん。

2階は大広間のようになっていて、傍らには何組かの布団が積まれていた。
“仕切り”というものを極力排除して、お客さんの行き来を生みやすい設計になっている。

妻の紫織さん自慢のキッチンは、大きなフランス製のオーブンを備えつけにした仕様。
「まとめて40人分くらいは料理できますよ」と笑う。

壁に直接フライパンや鍋をかけて便利そう。ワイングラスホルダーもお手製。

壁に直接フライパンや鍋をかけて便利そう。ワイングラスホルダーもお手製。

ふたりが「人をたくさん呼ぶ」という暮らし方に魅力を感じたきっかけ。
それは信夫さんがペルーのリマ日本人学校に赴任することになり、
1999年から2001年まで一家で首都のリマに暮らしたことに影響を受けている。
そこでは、平日はまちの狭いアパートに住んで会社などで働き、
週末は車で1〜2時間ほど離れた自然豊かな場所に、
DIYで別荘(セカンドハウス)を建てる人が多くいたという。

「ペルー人の友人は毎週のようにホームセンターで買ったレンガを持って別荘に通い、
ひと部屋完成すれば友だちを招き、一緒につくりながら、
バーベキューをしたり、歌ったり、踊ったり。そしてまたひと部屋増える。
10年以上かけてセカンドハウスを自分でつくっていくんです」(信夫さん)

そんな暮らしに、豊かさと楽しさを覚えた。
そこに住む人、そして訪れる人次第で、家という箱はどんな空間にもなる。

そうして帰国後、水道も電気も通っていない高台の原野だった自分の家の土地を整備し、
“人がたくさん訪れやすい”家を想定して、BESSの家を建てることにしたのだ。

佐賀・有田で生まれた 究極に美しいコラボレーション 〈SHIRO & HALF〉

〈KIHARA〉×〈佐藤可士和〉の新シリーズ

2016年に、創業400年を迎えた有田焼。
前後数年間には、地元企業と国内外のクリエイターが手を組み、
数多くの記念事業が進められました。

産地商社〈KIHARA〉と、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏も
そのタイミングで出会い、
パリで行われた国際見本市〈メゾン・エ・オブジェ〉への
出展などで信頼関係を築いて以降、
親交を深めながら、さまざまな挑戦を続けています。

2021年春に国立新美術館にて開催された〈佐藤可士和展〉でも、
〈KIHARA〉はミュージアムモデルの制作に協力。
その際に誕生したのが、ここで紹介する〈SHIRO & HALF〉です。

潔くシンプルな〈SHIRO〉と、呉須の青色が印象的な〈HALF〉

潔くシンプルな〈SHIRO〉と、呉須の青色が印象的な〈HALF〉

2年もの歳月をかけて追求した 待望の新モデル

究極にシンプルで、美しいプロポーションを求め、
数々の試作が重ねられた〈SHIRO & HALF〉。

特に〈HALF〉は、鮮やかな発色を実現するため、
通常は釉薬で色を付ける技法が一般的なところ、
有田焼の絵付けに用いられる呉須を掛けわけるという方法を選択。

デザインに関しても、佐藤氏自ら窯元の〈畑萬陶苑〉に何度も足を運び、
掛け分け技法を試しながら白磁と藍色の位置やバランスを調整。
さらに境目のラインを波打たせたりするなどさまざまな試作を実施し、
最終的に、直線的なラインが際立つ〈HALF〉が完成したのだとか。

プレート、ボールともにそれぞれ4サイズを展開、
組み合わせを楽しめるところも魅力です。

どこまでもシンプル。凛とした表情の〈SHIRO〉は、プレート、ボール共に990円〜

どこまでもシンプル。凛とした表情の〈SHIRO〉は、プレート、ボール共に990円〜

金の縁取りもモダン。白と青のコントラストが美しい〈HALF〉は、プレート、ボール共に2750円〜

金の縁取りもモダン。白と青のコントラストが美しい〈HALF〉は、プレート、ボール共に2750円〜

熊本名産×くまモンがかわいい! 〈ミニチュアくまもと旅するモン〉 開催中! ARくまモンで遊べるキャンペーンも

11月18日から約3か月間、熊本県が発信

熊本県出身のミニチュア写真家・田中達也さん
コラボレーションする〈ミニチュアくまもと旅するモン〉。
2016年に起きた熊本地震からの、創造的復興活動の一環としてスタートしました。

県産品を使い各地の美しい風景に見立てた
ミニチュアの熊本を、小さなくまモンが旅します。

スイカの船に乗るミニチュアくまモン。

スイカの船に乗るミニチュアくまモン。

ミニチュア写真家・見立て作家として全国で活躍中の田中さん。
2011年に、ミニチュアの視点で日常にある物を
別の物に見立てたアート「MINIATURE CALENDAR」を開始し、
以降毎日作品をインターネット上で発表し続けているアーティストです。

作品『スイカがスイスイ』。

作品『スイカがスイスイ』。

豊かな農産物や広大な自然を誇る熊本が、
田中さんの手によってギュッと手のひらサイズに凝縮され、
より魅力的に表現されています!

小さなくまモンがさまざまな風景の中を旅する様子が、
特設サイトおよびSNSで約3か月間、
計12回にわたり公開されるとのこと。

日常とは違う視点のミニチュアアートによって、
くまモンの旅の記録をアーカイブするとともに、
「創造的復興」の教訓を伝えるプラットフォームとして全国に発信されます。

くまモンと一緒にどんな世界が登場するか、ワクワクしますね!

詳しくは〈ミニチュアくまもと旅するモン〉特設サイトをご覧ください。

くまモンのサイズを実寸で測る田中さん。

くまモンのサイズを実寸で測る田中さん。

特設サイトではミニチュアアートがどのように制作されているのか?
撮影の裏側も覗けるとのことなので、アートやものづくりに興味のある方は必見です!

専用のボックスにはミニチュアの人形がびっしり!

専用のボックスにはミニチュアの人形がびっしり!

「生まれ育った熊本の魅力を、ミニチュアと見立てを通して世界中の人に
知ってもらえる機会を設けていただき大変嬉しいです。
また、ずっと応援してきたくまモンとコラボできることも光栄に思います。
今回つくるすべの作品は、熊本の名物を使って、熊本の名所を表現しています。
熊本県出身の写真家による、
熊本づくしの作品をぜひお楽しみください」(田中さん)

日南市〈JR日南駅〉
「待つ駅」から「行く駅」へ、
新しいまちの居場所が誕生

PAAK DESIGN vol.5

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市の中心地にある〈JR日南駅〉のリノベーションがテーマです。
多様な世代が集う新たなまちの居場所となった日南駅が
どのようにしてできあがったのか、振り返っていきます。

日南駅の存在

日南駅は、日南市の中心市街地にある駅です。
隣には城下町として栄えた飫肥(おび)駅と、
マグロ漁で栄えた油津(あぶらつ)駅があり、
市の名前がついている駅にしては少し影の薄い駅でした。
また、近年のJR利用者数は年々減り、
10年前と比べて約半分という状況でもありました。

日南駅は、日南市役所や県の出張所、高校などの最寄りの駅で
一定の利用者があるので、当面は廃線になることはないまでも、
このまま利用が減っていけば将来どうなるかはわかりません。

2015年以降は、日南市がJRから駅業務を受託して運営する簡易委託駅となり、
建物所有権もつい最近JRから日南市へ譲渡されたばかり。
市の施設としてあらためて駅舎の活用を検討しなければならない状況になりました。
建物自体は築60年ほどで、いままで外壁の塗装や看板のつけ加えがあった程度。
今回が初めての大規模なリニューアルとなります。

正面玄関のビフォー。サッシと看板が古く、くたびれた印象のファサード。

正面玄関のビフォー。サッシと看板が古く、くたびれた印象のファサード。

切符売り場と待合スペースのビフォー。駅舎全体の約半分以上は活用されておらず、この壁の向こう側には使用されていないスペースが存在した。

切符売り場と待合スペースのビフォー。駅舎全体の約半分以上は活用されておらず、この壁の向こう側には使用されていないスペースが存在した。

学生を交えたワークショップの開催

駅舎のリニューアルにあたって始めたのは、駅の利用者や近隣の学生、
子育て世帯を対象とした駅の空間づくりのためのワークショップでした。

このプロジェクトは、日南市が事業主体として行い、
企画プロデュース、ワークショップデザインやデザイン監修について、
〈無印良品〉でおなじみの〈良品計画〉さん、
全国でさまざまな集客施設・商業施設を手がける〈乃村工藝社〉さんのサポートがあり、
日南市と協働で〈PAAK DESIGN〉も地元企業として設計に携わることになりました。

ワークショップは3回ほど行い、
「どんな駅なら利用してみたいか」
「駅に何を求めるか」など、学生とその親世代、
近くで働くビジネスマンにも参加してもらい、
それぞれの立場から意見を発表してもらいました。

小中高生からは「子どもだけでも気軽に行ける場所になってほしい」、
ビジネスマンからは「列車を待つ間に読書がしたい、
仕事が快適にできるようwi-fiのある場所が欲しい」、
そして親世代からは「子どもを送迎する際にちょっと立ち寄れる
ミニスーパーのような場所があると便利!」など、いろいろな意見が出てきました。

また、既存の駅舎はただ待つだけの場所になっており、
「JRを利用する以外で行きたいと思ったことはない」
「暗くて寒くてきれいじゃないから、長時間は待ちたくない」
「市の名前がついた駅なのに自慢できない」など、
あまりいいイメージを持っていないこともわかりました。

ワークショップの様子。既存の駅舎の使用していないスペースを借りて行った。

ワークショップの様子。既存の駅舎の使用していないスペースを借りて行った。

駅の近くにある子育て支援施設〈ことこと〉でのワークショップの様子。想定利用者であるママ層の意見に耳を傾ける。

駅の近くにある子育て支援施設〈ことこと〉でのワークショップの様子。想定利用者であるママ層の意見に耳を傾ける。

地域の人々を光らせたい。
幾春別で制作を続けるアーティスト、
上遠野敏さん

校舎活用プロジェクトをサポートしてくれた“ご近所さん”

今年の夏から秋にかけて、
閉校になった旧美流渡(みると)中学校で活動を行うようになってから、
“ご近所さん”という感覚が広がったような気がしている。

美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんと一緒に行った、
校舎に打ちつけられた雪除けの窓板に絵を描くプロジェクトでは、
地元のみなさんだけでなく三笠市や長沼町、札幌市からも
人々がサポートに駆けつけてくれた。

さまざまな人との出会いがあり、その縁は
校舎活動が一時お休みとなった冬季期間にも続いている。
アーティストであり数々のアートプロジェクトを手がけてきた
上遠野敏(かとおの・さとし)さんもそのひとりだ。

旧美流渡中学校の窓板ペインティングプロジェクト。板に白いペンキを塗る作業に上遠野敏さんは何度も参加してくれた。

旧美流渡中学校の窓板ペインティングプロジェクト。板に白いペンキを塗る作業に上遠野敏さんは何度も参加してくれた。

出会ったのは4年前。
札幌市立大学の教授だった当時、上遠野さんは
〈札幌国際芸術祭 SIAF2017〉に企画者のひとりとして参加。
そのときに私は取材をさせてもらったことがある。

その後、長年勤めていた大学を退官し、
2年前に札幌の住まいとは別に三笠市にアトリエを設けた。
取材以来、上遠野さんとはSNSでつながっていて、
投稿されるアトリエでの日々に、私は大変興味を持っていた。

春になればさまざまな種類の水仙を生けたり、
羊の毛を洗いフェルトをつくり刺繍をして作品を制作したり。
私が住む美流渡からアトリエまでは車で30分ほどと、そう遠くはないこともあり、
いつか訪ねてみたいという思いが募っていった。

上遠野さんのアトリエがある三笠市の幾春別(いくしゅんべつ)には旧住友炭鉱立坑櫓が残る。櫓の高さは約51メートルで、当時は東洋一の立坑と呼ばれた。

上遠野さんのアトリエがある三笠市の幾春別(いくしゅんべつ)には旧住友炭鉱立坑櫓が残る。櫓の高さは約51メートルで、当時は東洋一の立坑と呼ばれた。

今年に入り別媒体の仕事で上遠野さんに再び取材をする機会が巡ってきた。
2度ほどお目にかかるなかで、校舎で行っているプロジェクトに関心を寄せてくれ、
窓板のペイント作業や展覧会の設営にも参加してくれるようになった。

上遠野さんは、いつでも笑顔を絶やさない。
現在、札幌市立大学の名誉教授でアーティストとしても大先輩ということもあって、
こちらとしてはつい恐縮してしまうのだが、
いつも気さくに校舎活動をサポートしてくれた。
そして、活動をつねに褒めて(!)くれたことに、何度も勇気づけられた。

「みなさんのプロジェクトを手伝ったり、ほかにも農家さんの収穫を手伝ったり。
そうすると思わぬ発見がある。
アトリエにこもっていたら、新しい発想なんてわかないから。
それに人生をケーキのホールに例えたら、まだ端っこしか味わっていない状態。
いろんな経験を積んで、すべてを味わい尽くしたいよね」

旧美流渡小学校に残されていた二宮金次郎像を見て「白御影石で彫られていてなかなか良い」と写真に収める。そこかしこにあるものから発見をする。

旧美流渡小学校に残されていた二宮金次郎像を見て「白御影石で彫られていてなかなか良い」と写真に収める。そこかしこにあるものから発見をする。

〈八戸市美術館〉が リニューアルオープン! アートを介した人々の活動が動き出す

撮影:阿野太一

“アートファーマー”が活躍する新しいかたちの美術館

いま世界の美術館では、文化遺産を収集・保存・展示するだけでなく、
対話のための空間が求められています。
そんな世界の変化にいち早く応える美術館が、青森県八戸市に誕生しました。

「種を蒔き、人を育み、100年後の八戸を創造する美術館 
出会いと学びのアートファーム」をテーマとし、
2021年11月3日にリニューアルオープンした〈八戸市美術館〉。
「もの」としての美術品展示を中心とした従来の美術館とは異なり、
アートを介した人の活動に焦点を当て、
「もの」や「こと」を生み出す新しいかたちの美術館です。

前身である旧八戸市美術館は1986年から約30年間活動し、
元税務署を改修した建物の老朽化や展示・収蔵機能の不足から、
2016年に新美術館建設推進室が設置されました。

八戸市では、すでに2011年から活動している〈八戸ポータルミュージアム はっち〉や
〈南郷アートプロジェクト〉など「アートのまちづくり」が進められてきました。

そのような流れのなか、同館建設アドバイザー兼運営検討委員会委員を務めた
建築家・佐藤慎也さんが、新しい八戸市美術館の館長に就任。
多様な人々が活動し、新たな文化を創造する美術館として、
八戸市全体の活性化にもつながる第一歩を踏み出しました。

11月2日に開催された内覧会。手前が佐藤慎也館長。その隣が、開館記念『ギフト、ギフト、』のディレクター、吉川由美さん。

11月2日に開催された内覧会。手前が佐藤慎也館長。その隣が、開館記念『ギフト、ギフト、』のディレクター、吉川由美さん。

美術館では、江戸末期〜明治の絵師・橋本雪蕉、
現代美術家・豊島弘尚などの八戸ゆかりの作品を中心に、
棟方志功、舟越保武といった著名作家の作品など、
約3000点のコレクションを収蔵しています。

全面建て替えとなった建築は、
西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオ設計共同体が手がけました。

八戸の文化資源を糧として拾い上げ、調査研究することで実らせ、
新しく価値づけすることで育て、そして誰でもアクセスできるかたちに
収穫=展示・収蔵する。市民や美術館スタッフ、アーティストが
互いに学び合うために、大きく2種類の空間がつくられました。

そのひとつは、同館を象徴する「ジャイアントルーム」。
エントランスに入ってすぐに3層吹き抜けの巨大空間が広がり、
進行中のプロジェクトのプロセスなどが見られます。
9メートルのカーテンによる間仕切りや家具で自在に空間をつくることもでき、
複数のグループが話し合ったり、イベントを行ったりと、
同時多発的にさまざまな活動を行えます。

面積約834平方メートル、天井高約17メートルの「ジャイアントルーム」。床にレールがあり、用途に応じて自由に区切って使える。(撮影:阿野太一)

面積約834平方メートル、天井高約17メートルの「ジャイアントルーム」。床にレールがあり、用途に応じて自由に区切って使える。(撮影:阿野太一)

もうひとつは、展示や制作などの機能を備えた「個室群」。
展覧会を行う「ホワイトキューブ」、
コレクションを展示する「コレクションラボ」、
映像展示に適した「ブラックキューブ」、
パフォーミングアーツや展示、講演を行う「スタジオ」などが、
ジャイアントルームに面しています。
これらの部屋を自由に組み合わせて使うこともできます。

また、アーティストとの制作活動に取り組むなど、
美術館活動に主体的に関わる人を「アートファーマー」と呼び、
美術館とともに企画をつくり、地域の新しい価値観を生み出す
市民や団体、教育機関、企業などを「共創パートナー」と呼びます。
美術館広場からも、ガラス越しに活動の様子が眺められます。

【細尾真孝×山井梨沙】
新しい糸を開発して
「環境×織物」の実現を目指す

『FIELDWORKS』は、新潟県を拠点にキャンプを中心とした
ローカルなライフスタイルを提案するスノーピーク代表取締役社長の山井梨沙さんが、
ローカルでありプラネット的なモノ・コト・ヒトに出会いながら、
コロナ後の暮らしのスタンダードを探し求める「フィールドワーク」の記録。
2回目となる今回は、地域産業である家業を継ぐことについて、
京都・西陣織の老舗〈細尾〉で革新的な試みを続ける細尾真孝さんに話を聞いた。

“〈HOSOO

〈HOSOO GALLERY〉にて展示を囲む。

デヴィッド・リンチと遊牧民がつないだ出会い

山井梨沙(以下、山井): 初めて会ったのは、2016年、東京の表参道にある〈GYRE〉で
開催されていた細尾さんと映画監督のデヴィッド・リンチとのコラボレーション展。
織物で渦を表現するような空間インスタレーションの展示をしていました。
音もオリジナルの曲がサラウンドでかかっていて、ものすごい体験だった。
当時、FedExの営業担当の方が〈細尾〉も担当していて、
ぜひ細尾さんに会わせたいと言ってくれて、
もともとデヴィッド・リンチの作品も好きだったから一緒に展示に行ったんです。
その後、別件で細尾さんと打ち合わせをしたときに、
『ドラゴンボール』の「ホイポイカプセル」のように投げたらバーンと出てくるような家を、
織物でつくりたいと相談してくれたんです。
だからもう、知り合って5年近くになるんですね。

細尾真孝(以下、細尾): そうそう、当時、織物で家ができないかと思っていて、
ちょうどその格納にホイポイカプセルを思いついたときだったんです。
建築は構造があったうえで機能を持つんですけど、
織物に構造と機能を与えるにはどうしたらよいのかと考えたら、
まずは織物を家として利用しているところ、
例えばモンゴルの遊牧民が暮らすゲルを見に行ってみようということで、
初めての打ち合わせのときにそのことを話したんです。
そしたら山井さんが「私、遊牧民とコンタクト取れるかも!」と言ってくれたのが
我々の出会いですね、ざっくり言うと(笑)。

ホイポイカプセルならではの急展開

山井: コロカルさんでも以前取材されていたように、
西陣織の老舗の跡取りで、〈クリスチャン・ディオール〉や〈シャネル〉などとも
一緒に仕事をしている、かなりクリエイティブで革新的な人だとは聞いていましたけど、
初回からホイポイカプセルについて打ち合わせるという展開になったので、
かなりインパクトがありました(笑)。
細尾さんからモンゴルというキーワードが出てくる2週間くらい前に、
写真家の山内 悠さんからモンゴルでの撮影話を聞いていて、
ちょうどスノーピークとしてもキャンプの原点を遡りに
モンゴルに行きたいと思っていたんですよ。
そんな運命的なタイミングで細尾さんからモンゴルの話を聞いたので、
すぐに「行きましょう!」ということになり、
半年後には山内さんを連れ立ち、一緒にモンゴルへの旅に出ました。

なぜ藝大でヤギを飼うのか?
茨城県取手市で始まった
「ヤギの目」プロジェクトとは

東京藝術大学取手キャンパスには、2匹のヤギがいる。
なぜ藝大でヤギなのか? その真相を取材するべく、取手キャンパスを訪ねた。

2匹がやってきたのは2020年12月のこと。
11歳のおばあちゃんヤギ「エヒメ」と、
昨年9月に誕生し1歳になったばかりの雌ヤギの「ムギ」が仲良く暮らしている。
「2回目の冬に備えて、暖かい場所に飼育場を移さなきゃ」
そんな話も始まっている。

人間ではない「他者」の視点で人間社会を深く見つめてみよう。
そんなヤギの目で社会を見ることをテーマとし、
2匹のヤギを真ん中に置いた新しいアートセンターを目指す、
その名も「ヤギの目」プロジェクト。

東京藝術大学美術学部先端芸術表現科の小沢剛研究室と
〈取手アートプロジェクト「半農半芸」〉が共同で立ち上げ、
東京藝術大学の学生や教員、地域住民から有志が集まって活動している。
そのメンバーに、ヤギを飼い始めてからの変化などを聞いた。

アートの現場にヤギがいると、いい景色が見えてくる

まず「ヤギを飼おう」と発案した、アーティストで
東京藝術大学教授の小沢剛さんにその動機をうかがった。

「農家と古民家カフェをしている知り合いがヤギを飼っていて、
いいなと思っていたんです。
もともとヤギには人と共存してきた長い歴史があって、
戦中戦後の頃には食糧難に対する国策として飼っていたそうです。
僕が子どもの頃には、近所でヤギを飼っている人もいたので懐かしい気持ちもあってね。

東京農業大学の学生に会ったときには、その学生が所属する“ヤギ部”の話から、
ヤギは“景観動物”だということも聞いていました。
ヤギが草を食べることで除草になるという話も聞いていましたので、
雑草が生い茂って荒れた里山のようになっている取手キャンパスにヤギを投入すれば、
いろいろといい方向に動くんじゃないか。そんな確信を持っていたんです」

アーティストで東京藝術大学教授の小沢剛さん。

アーティストで東京藝術大学教授の小沢剛さん。

モリモリと葉を食べ尽くすヤギ。こちらはムギ。

モリモリと葉を食べ尽くすヤギ。こちらはムギ。

一方、市民と取手市、東京藝術大学の3者で行っている
〈取手アートプロジェクト〉(以下、TAP)では、
会期を設定してイベントを行うフェスティバル型から、2010年度以降、
地域に日常的な芸術インフラの仕組みをつくる拠点型へと移行して活動してきた。

自然と地続きに行う表現活動のあり方を探る「半農半芸」を
コアプログラムのひとつとしていたことから、
2017年度より「藝大食堂」を芸大からの委託を受けて、
TAPの事業を担うNPO法人で運営している。

TAPの事務局長・羽原康恵さんは
「芸術家のおなかを支え、またディレクターも芸術家が務める食堂らしく、
つくれるものはできる限り手づくりで、をモットーにしています。

例えばドレッシングも毎日手づくり、
材料になる野菜もちょっとずつ自分たちでつくったり、
応援してくださる方からいっぱい採れた旬のものを譲っていただいたり。
食べることを最初の目的にすると地域の方も気軽に来てくださるし、
つながりもつくりやすいんです。
フェスティバルを行っていた頃は助成金に頼っていましたが、
藝大食堂はTAPが自立した事業になっていくための挑戦でもありました」と語る。

〈取手アートプロジェクト〉(TAP)事務局長の羽原康恵さん。

〈取手アートプロジェクト〉(TAP)事務局長の羽原康恵さん。

パプリカ、トマト、バジルなどを栽培。土が粘土質で、根っこが張り巡らされていて、石がゴロゴロしていたところから、地域のお父さんたちの多くの協力のもと開墾し、いまは小さな畑に。

パプリカ、トマト、バジルなどを栽培。土が粘土質で、根っこが張り巡らされていて、石がゴロゴロしていたところから、地域のお父さんたちの多くの協力のもと開墾し、いまは小さな畑に。

その中心を担ったのが、〈大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ〉で
数年かけて集落のコミュニティを再生したアーティストの岩間賢さんだ。

岩間さんは、取手で学んだ経験もありながら、
TAPの半農半芸にディレクターとして招聘されるかたちで、取手で再び活動することに。
食堂の運営を行うことまでは想定していなかったそうだが、
藝大食堂が始まるタイミングに、食の場を中心として
取手キャンパスの土地の開墾から始めるマスタードローイングを描いていた。

それには木材や粘土など「素材研究の森」、畑や養蜂なども描かれている。
今年は急斜面を耕して野外劇場をつくる予定だ。

「絵の中で、雑草を食べてくれるヤギの飼育も描いていたのですが、
同じ時期にたまたま小沢先生もヤギを飼うことを考えていたんですね」と岩間さん。
ふたりの思いが一致したことから「ヤギの目」が動き出した。

アーティストで愛知県立芸術大学准教授、TAP「半農半芸」ディレクターの岩間賢さん。

アーティストで愛知県立芸術大学准教授、TAP「半農半芸」ディレクターの岩間賢さん。

「土地整備のやり方もわからなかったけれど、
岩間さんが慣れているので一緒に動いてくれて、市民の人々も手伝ってくださって。
僕と学生だけだったらできなかったと思います」と小沢さん。

デザイナー・皆川明と
〈ミナ ペルホネン〉が考える、
都市とローカルの関係性

「100年続くブランド」のあり方

かわいい、華やか、やさしい、温かい、繊細、有機的、
物語がある、つくりが精巧、長く着続けられる――。
そのような言葉で表されるテキスタイルや服で
人々を魅了し続けているブランド〈ミナ ペルホネン〉。
創設者でデザイナーの皆川明さんがビジュアル・ディレクターを務める
〈北アルプス国際芸術祭2020-2021〉のオープニングの機会にインタビューを行った。

「ミナ ペルホネンは自然への好奇心とそこから生まれる
空想の世界を描いているんです」と皆川さん。

「僕は京浜工業地帯にある住宅街で育ちました。
光化学スモッグの警報で学校が休みになるほどでした。
そんな環境のなか、父がよく山登りに連れて行ってくれました。
そのときの爽快感が、後に自然への敬愛と好奇心につながったのかもしれません」

多様で、常に変化する自然。その環境に身を置けば、無限に空想が広がる。
皆川さんは空想から生まれた物語を絵にし、服の形を纏わせる。

ビジュアル・ディレクターを務める〈北アルプス国際芸術祭2020-2021〉のMilla Vaahtera(ミラ・ヴァーテラ)の作品と一緒に。以前からヴァーテラの作品が好きだったという皆川さん。「彼女の有機性に満ちた作品や、真鍮やモビールを使った表現は、この芸術祭に合っていると思って、総合ディレクターの北川フラムさんに推薦しました」

ビジュアル・ディレクターを務める〈北アルプス国際芸術祭2020-2021〉のMilla Vaahtera(ミラ・ヴァーテラ)の作品と一緒に。以前からヴァーテラの作品が好きだったという皆川さん。「彼女の有機性に満ちた作品や、真鍮やモビールを使った表現は、この芸術祭に合っていると思って、総合ディレクターの北川フラムさんに推薦しました」

〈北アルプス国際芸術祭2020-2021〉では
劇団カンパニー〈マームとジプシー〉との公演『Letter』も上演された。
劇中のセリフは、2011年からミナ ペルホネンのHPで
毎週配信している皆川さんのテキストから、演出の藤田貴大さんが構成。
ミナ ペルホネンは衣装用の服やテキスタイルも提供した。

木々に囲まれた野外劇場と、生をめぐる四季の情感にあふれた舞台に、
俳優たちが身につけた服は、まるで森の中で息を吹き返した生き物のようだった。

マームとジプシー×ミナ ペルホネン『Letter』は2021年10月2日、3日に森林劇場で上演された。2019~2020年に東京都現代美術館で開催された展覧会『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』での関連企画に続いてのコラボレーションとなった。衣装はミナ ペルホネンの服をスタイリングの遠藤リカがアレンジ。(Photo:Moe Kurita)

マームとジプシー×ミナ ペルホネン『Letter』は2021年10月2日、3日に森林劇場で上演された。2019~2020年に東京都現代美術館で開催された展覧会『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』での関連企画に続いてのコラボレーションとなった。衣装はミナ ペルホネンの服をスタイリングの遠藤リカがアレンジ。(Photo:Moe Kurita)

「服も言葉も僕らの手から離れて、原形もないものもあります。
でも、目的のために人の手が加わりながら続いているんだったら、
それでいいと思うんです。
最終的に『皆川明』という痕跡がなくなってもまったく問題ありません。
ミナ ペルホネンがいろいろな人と関わりながらつながり、
自然発生的に世の中に残っていくほうがいい」

フィンランドの作家ヴァーテラの作品は、国営アルプスあづみの公園内の「杣人(そまびと)の家」の周辺の風景に溶け込んでいる。どこに作品があるのか探しながら散策するのも楽しい。

フィンランドの作家ヴァーテラの作品は、国営アルプスあづみの公園内の「杣人(そまびと)の家」の周辺の風景に溶け込んでいる。どこに作品があるのか探しながら散策するのも楽しい。

皆川さんは「100年続くブランド」というあり方をよく口にする。
ひとりの人間が仕事に費やせる時間を30~40年と考え、
その持ち時間を使って人とつながり、新たな可能性を見つけ、何かを実現し、
次の人に課題を渡し、組織は理念を深めながら続いていく。

そのスケールは自然界の循環と重なる。
自分は確かに種を蒔き、育てた。
けれども実をつけて、種を落とし、また芽が吹いて、やがて森になったとき、
それはもはや自分ひとりの仕事で成したことを超えている。

「自分ひとりの寿命だけで考えるプランなんてつまらない。
次の人に委ねる前提で始めたほうが、自分個人の満足に終わらなくていい」
と皆川さんは言う。

山梨県北杜を舞台に、 アートや持続可能性について問う芸術祭 〈HOKUTO ART PROGRAM ed.1 - 未来から見た過去 -〉

永山祐子 3Dスキャンデータ:ARCHI HATCHI

河瀨直美、長場雄など、錚々たるアーティストが参加

10月30日(土)から12月12日(日)まで、山梨県北杜市の文化施設を舞台に
芸術祭〈HOKUTO ART PROGRAM ed.1 - 未来から見た過去 -〉が開催されます。

芸術祭のテーマは「自然を活かした持続可能性、アートとは何かという問い」。

このテーマを軸に、河瀨直美さん、永山祐子さん、長場雄さんをはじめ、
アート、建築、映画、音楽、伝統文化、パフォーミングアーツといった
多様なジャンルのアーティストやクリエイターの作品が集結します。

会場となるのは、〈清春芸術村〉、〈中村キース・へリング美術館〉、
〈平山郁夫シルクロード美術館〉、〈女神の森 セントラルガーデン〉、〈身曾岐(みそぎ)神社〉です。

谷尻誠 作品イメージ

谷尻誠 作品イメージ

©︎Go Hasegawa and Associates

©︎Go Hasegawa and Associates

清春芸術村の広大な庭園内には、重松象平さん、島田陽さん、谷尻誠さん、
永山祐子さん、長谷川豪さん、藤村龍至さんと、
国内外で活躍する建築家たちの提案による新たなかたちのテントが点在。
テントと北杜の自然が織りなす実験的な風景を楽しむことができます。

「『一瞬』が存在する奇跡と『永遠』を問う
 ルーツである南の島に宿る『記録』と小さな礼拝堂に
刻まれし『時間』のはざまで」というコンセプトのもと、
世界的映画監督、河瀨直美さんが手がけた撮り下ろし映像も公開。
会場となるのは、〈谷口吉生 ルオー礼拝堂〉です。

ぽってりとした丸みが愛らしい リサ・ラーソンデザインの 〈くまもとのくま〉

熊本のためにデザイン

ぽってりとした丸み、プリッとしたお尻……。
手のひらにすっぽりおさまるかわいらしい〈くまもとのくま〉は、
スウェーデン在住の陶芸家リサ・ラーソンさんが、
2016年に発生した熊本地震のチャリティーのためにデザインしたもの。
栃木県・益子で生産されています。

焼き立てのパンのように、ムクムクでプリッとしたお尻がチャームポイント。 写真:トンカチ

焼き立てのパンのように、ムクムクでプリッとしたお尻がチャームポイント。 写真:トンカチ

リサさんと益子の出会いは1970年。
大阪万博のスウェーデン代表として来日した際、
陶芸家・濱田庄司と出会い、日本の陶芸について教えを受けたことがきっかけでした。

以来「いつか益子焼の作品をつくってみたい」と思っていたリサさん。
約60年後にその思いが結実し、リサさんデザインの益子焼の器が展開されるようになります。

これまでリサさんがデザインした商品の一例。 写真:トンカチ

これまでリサさんがデザインした商品の一例。 写真:トンカチ

草加市〈キッチンスタジオ アオイエ〉
人と人、人とまちがつながる
ダイニングキッチン

ハクワークス vol.2

埼玉県熊谷市にて、空き家を使った設計、事業の立ち上げや場の運営も行うなど、
“空き家建築士”として活動する、〈ハクワークス〉の白田和裕さんの連載です。

そもそもなぜ白田さんは、建築家でありながら、
空き家を使った場の運営までも行っているのでしょうか。
今回はエピソードゼロ。きっかけは、白田さんの地元・埼玉県草加市で実施された、
まちづくりのイベントにありました。

こんにちは、熊谷

10年前、出産をきっかけに、奥さんの実家である熊谷へ引っ越してきました。
そのときの印象は
「まち並みはきれいに整っている。なのに、人がいない」ということでした。

熊谷市の中心市街地を流れる星川と遊歩道。

熊谷市の中心市街地を流れる星川と遊歩道。

熊谷の中心市街地にある星川通りは、終戦の前日に空襲を受けました。
終戦後、まちが再編されて、川と通りが直線的に抜ける、
緑豊かな、いまで言う“インスタ映え”抜群なロケーションに。
ただ、その後の社会の変化で、星川付近の商店街は元気を失っていきました。

ふわっと建築に携わる者として、大学でもなじみのあったまちづくり。
「この星川を元気にしたい」となんとなく思ったのですが、すぐ壁にぶつかります。

「まちづくりって、どうやるねん」

モヤモヤを抱えながら、時間は経っていきます。

リノベーションまちづくり@そうか

そんなある日、日本全国のまちづくり事例を調べていくなかで、驚きの発見が。

「え! 地元の草加でまちづくりやってんじゃん! 
しかも、テーマがリノベーション!!」

草加市主催で、「リノベーションまちづくり@そうか」という
イベントが行われていたのです。

実際の空き家を利用して、地域課題解決も含めた事業をつくり上げる
民間応援型のイベント。前段の説明会では、佐賀でまちづくりを行う方の講演が行われ、
「こんな方法があるのか!」と心打たれて、すぐに参加の申し込みをしました。

残念ながら、子どもの運動会の日程と被っていましたが、
どうにか奥さんの了承を得て、いざ参加へ。

リノベーションスクール@そうかの告知ポスター。

リノベーションスクール@そうかの告知ポスター。

デザイナー・二俣公一
福岡での暮らしに軸足を置きながら
日本そして世界を見据える

生活のリアルに軸足を持っていたい

住宅や商業施設をはじめ、多岐に渡るデザインを
国内外で手がける空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さん。
1998年にデザイナーとしてのキャリアを福岡でスタートし、
2005年に東京事務所を開設して以来、
福岡と東京、2拠点での活動を続けている。

住まいは福岡。週の前半に東京へ行き、後半に福岡へ戻って
週末はできるだけ福岡で家族と過ごす、というのが1週間の基本サイクル。
「生活のベースはあくまでも福岡。
仕事の拠点も東京だけにしようと思ったことはない」と言う。

二俣さんが主宰する2つの会社の福岡オフィス。

二俣さんが主宰する〈CASE-REAL(ケース・リアル)〉と〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO〉の福岡オフィス。

「ちょうど30歳になるタイミングで東京事務所を開設した当時は、
自分の建築やデザインの行く先を広げるためにも、
東京を知る必要があると思いましたし、
地方の“ゆったり感”に慣れてしまうことへの不安もありました。
実際に東京事務所を開設し、仕事が増えてきてからは
福岡と東京を頻繁に行き来することで
それぞれの場所のよさも悪さもわかる、というメリットが
大きかったように思います。
東京のようにコマーシャルやビジネス中心で動く世界って、
実はすごく特殊で、
それはみんなの“当たり前”じゃない気がするんです。
食べて、寝て、生活をする、暮らし中心の世界が
たぶん、多くの人の“当たり前”で、
やっぱり、軸足としては地方の空気感なり、
地方の生活をベースに持っておくほうが、
僕自身は判断を間違えない、かなと」

建築も家具や日用品も、それが人の暮らしを支えるものである以上、
暮らしのリアルから完全に離れてしまっては、
何をデザインのよりどころにしていいのか、わからなくなる。

「日本って、47都道府県あって、
東京がメインで地方がサブかというと、そうじゃなくて、
東京以外の46道府県を合わせた面積のほうが
圧倒的に広ければ、人も多い。
日本のマジョリティというか、リアルって、本当は地方にあると思うんです。
もちろん、東京にも暮らしはあるわけで否定する気はまったくないし、
ビジネス上はいろんな尺度があっていいと思うんですけど、
日々の生活とかそのリズムを考えると、
地方の暮らしのリアルをきちんと自分の中の尺度として
持っておくのは大事だと思っているんです」

ミーティングルームに貼られたポスター

ミーティングルームの一角。「DESIGN REAL」のポスターはドイツ人デザイナー、コンスタンチン・グルチッチがキュレーターを務めたデザイン展のときのもの。

「僕は鹿児島で生まれ育ったこともあって
九州の風土が性に合っているってことも自分でよくわかっているし、
バランスという意味でも、
鹿児島を知り、福岡を知り、東京を知り、海外も含めて、
そのどれかひとつだけに振り切って考えるのではなく、
わけ隔てなく、フラットに捉えながら、
無理のないラインを探るというのが
16年間、2拠点を続けて
今、一番大事にしていることかもしれません」

美流渡での『MAYA MAXX展』。
小さな集落に多くの来場者が訪れた、
その理由とは?

駐車場が満杯、予想外のにぎわいに驚いて

10月3日、『みんなとMAYA MAXX展』と『みる・とーぶ展』が、
2年前に閉校した美流渡(みると)中学校を舞台に始まった。

『みんなとMAYA MAXX展』は、昨年夏に東京から美流渡地区へ移住した、
画家・MAYA MAXXさんが、閉校した校舎の窓に打ち付けられた
無数の板に描いた絵を、みなさんに見てもらう機会となった。
また、2021年に描いた新作と、この夏、福岡アジア美術館で描いた
全長70メートルにもなるダンボールに描かれた作品も校舎に展示された。

1階の廊下にはMAYAさんが描いた『縄文の草』を展示。この夏、福岡アジア美術館で開催された『おいでよ! 絵本ミュージアム』で制作された作品を展示した。

1階の廊下にはMAYAさんが描いた『縄文の草』を展示。この夏、福岡アジア美術館で開催された『おいでよ! 絵本ミュージアム』で制作された作品を展示した。

3階の教室に壁を立て、絵が展示できるギャラリーとした。MAYAさんが美流渡で描いた新作を2室に展開。

3階の教室に壁を立て、絵が展示できるギャラリーとした。MAYAさんが美流渡で描いた新作を2室に展開。

これまで動物や植物などを連想させる形を描くことが多かったが、美流渡に移住して不定形の色があふれ出した。

これまで動物や植物などを連想させる形を描くことが多かったが、美流渡に移住して不定形の色があふれ出した。

同時開催となった『みる・とーぶ展』は、教室の1室を使い、
地域でものづくりの活動を続ける7組の移住者の家具や器、ハーブティーなど、
さまざまな商品を並べる場となった。

理科室の机を利用した、みる・とーぶの展示コーナー。

理科室の机を利用した、みる・とーぶの展示コーナー。

一昨年、この地に移住した陶芸家・こむろしずかさんの作品。

一昨年、この地に移住した陶芸家・こむろしずかさんの作品。

自らの農作業や薪割りの姿をデザインした〈Out Works Zootj〉。

自らの農作業や薪割りの姿をデザインした〈Out Works Zootj〉。

初日、10時に扉を開けると、ひとり、またひとりと来場者が現れた。
人の流れは途切れずに、ついには中学校の駐車場が満車になってしまった。
札幌から車で1時間半ほどと、道内ではそれほどアクセスは悪くはないものの、
予想を超える出足だった。
スリッパを補充したり、アルコール消毒液を追加したりと対応に追われた。

『みる・とーぶ展』の会場も、終日賑わった。
この日、接客に立ったのは、木工作家〈遊木童〉の五十嵐茂さんと、
ハーブティーをつくっている〈麻の実堂〉の笠原麻実さん。
お昼もそこそこに、ふたりはずっと商品の説明をしてくれて、
遊木童のスツールは午前中で完売。
麻の実堂の在庫も、ほとんどが品薄になってしまう事態に。

さまざまな樹種を組み合わせたスツールが完売。慌てて在庫を補充することに。

さまざまな樹種を組み合わせたスツールが完売。慌てて在庫を補充することに。

あっという間に閉館の16時を迎え、来場者は130名にもなっていた。
『みる・とーぶ展』は、この4年間、札幌などで会場を借りて開催してきたのだが、
それとは比べ物にならないほど好調な売り上げとなった。

美流渡は人口わずか350人の小さな集落。
これまでは自分たちが外に出向いて発信していたが、
地元にこんなにも人が来てくれることに勇気づけられた。

「まったく疲れを感じなかった。
一日中、いろんな人とお話しするのが楽しくて楽しくて」

麻の実堂の笠原さんは興奮気味にそう話した。
ハーブティーのお店としてイベントに出店するのはこれが初めて。
試飲をすると、みなさんそのおいしさに感動して買ってくれ、
大きな手応えを感じたという。

麻の実堂の笠原さんは、ハーブティーのパックを販売するだけでなく、イベント期間中にお茶を振る舞うスタンドを初オープン。

麻の実堂の笠原さんは、ハーブティーのパックを販売するだけでなく、イベント期間中にお茶を振る舞うスタンドを初オープン。