colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

なぜ藝大でヤギを飼うのか?
茨城県取手市で始まった
「ヤギの目」プロジェクトとは

ローカルアートレポート
vol.093

posted:2021.11.15  from:茨城県取手市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

writer profile

Yuri Shirasaka

白坂由里

しらさか・ゆり●神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、自然のなかで遊びながら、ラジオで音楽をエアチェックしたり、学級新聞を自主的に発行したり、自由な土地柄の影響を受ける。映画館でのバイト経験などから、アート作品体験後の観客の変化に関心がある。現在は千葉県のヤンキー漫画で知られるまちに住む。『WEEKLYぴあ』を経て、97年からアートを中心にライターとして活動。

credit

撮影:小川朋央

東京藝術大学取手キャンパスには、2匹のヤギがいる。
なぜ藝大でヤギなのか? その真相を取材するべく、取手キャンパスを訪ねた。

2匹がやってきたのは2020年12月のこと。
11歳のおばあちゃんヤギ「エヒメ」と、
昨年9月に誕生し1歳になったばかりの雌ヤギの「ムギ」が仲良く暮らしている。
「2回目の冬に備えて、暖かい場所に飼育場を移さなきゃ」
そんな話も始まっている。

人間ではない「他者」の視点で人間社会を深く見つめてみよう。
そんなヤギの目で社会を見ることをテーマとし、
2匹のヤギを真ん中に置いた新しいアートセンターを目指す、
その名も「ヤギの目」プロジェクト。

東京藝術大学美術学部先端芸術表現科の小沢剛研究室と
〈取手アートプロジェクト「半農半芸」〉が共同で立ち上げ、
東京藝術大学の学生や教員、地域住民から有志が集まって活動している。
そのメンバーに、ヤギを飼い始めてからの変化などを聞いた。

アートの現場にヤギがいると、いい景色が見えてくる

まず「ヤギを飼おう」と発案した、アーティストで
東京藝術大学教授の小沢剛さんにその動機をうかがった。

「農家と古民家カフェをしている知り合いがヤギを飼っていて、
いいなと思っていたんです。
もともとヤギには人と共存してきた長い歴史があって、
戦中戦後の頃には食糧難に対する国策として飼っていたそうです。
僕が子どもの頃には、近所でヤギを飼っている人もいたので懐かしい気持ちもあってね。

東京農業大学の学生に会ったときには、その学生が所属する“ヤギ部”の話から、
ヤギは“景観動物”だということも聞いていました。
ヤギが草を食べることで除草になるという話も聞いていましたので、
雑草が生い茂って荒れた里山のようになっている取手キャンパスにヤギを投入すれば、
いろいろといい方向に動くんじゃないか。そんな確信を持っていたんです」

アーティストで東京藝術大学教授の小沢剛さん。

アーティストで東京藝術大学教授の小沢剛さん。

モリモリと葉を食べ尽くすヤギ。こちらはムギ。

モリモリと葉を食べ尽くすヤギ。こちらはムギ。

一方、市民と取手市、東京藝術大学の3者で行っている
〈取手アートプロジェクト〉(以下、TAP)では、
会期を設定してイベントを行うフェスティバル型から、2010年度以降、
地域に日常的な芸術インフラの仕組みをつくる拠点型へと移行して活動してきた。

自然と地続きに行う表現活動のあり方を探る「半農半芸」を
コアプログラムのひとつとしていたことから、
2017年度より「藝大食堂」を芸大からの委託を受けて、
TAPの事業を担うNPO法人で運営している。

TAPの事務局長・羽原康恵さんは
「芸術家のおなかを支え、またディレクターも芸術家が務める食堂らしく、
つくれるものはできる限り手づくりで、をモットーにしています。

例えばドレッシングも毎日手づくり、
材料になる野菜もちょっとずつ自分たちでつくったり、
応援してくださる方からいっぱい採れた旬のものを譲っていただいたり。
食べることを最初の目的にすると地域の方も気軽に来てくださるし、
つながりもつくりやすいんです。
フェスティバルを行っていた頃は助成金に頼っていましたが、
藝大食堂はTAPが自立した事業になっていくための挑戦でもありました」と語る。

〈取手アートプロジェクト〉(TAP)事務局長の羽原康恵さん。

〈取手アートプロジェクト〉(TAP)事務局長の羽原康恵さん。

パプリカ、トマト、バジルなどを栽培。土が粘土質で、根っこが張り巡らされていて、石がゴロゴロしていたところから、地域のお父さんたちの多くの協力のもと開墾し、いまは小さな畑に。

パプリカ、トマト、バジルなどを栽培。土が粘土質で、根っこが張り巡らされていて、石がゴロゴロしていたところから、地域のお父さんたちの多くの協力のもと開墾し、いまは小さな畑に。

その中心を担ったのが、〈大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ〉で
数年かけて集落のコミュニティを再生したアーティストの岩間賢さんだ。

岩間さんは、取手で学んだ経験もありながら、
TAPの半農半芸にディレクターとして招聘されるかたちで、取手で再び活動することに。
食堂の運営を行うことまでは想定していなかったそうだが、
藝大食堂が始まるタイミングに、食の場を中心として
取手キャンパスの土地の開墾から始めるマスタードローイングを描いていた。

それには木材や粘土など「素材研究の森」、畑や養蜂なども描かれている。
今年は急斜面を耕して野外劇場をつくる予定だ。

「絵の中で、雑草を食べてくれるヤギの飼育も描いていたのですが、
同じ時期にたまたま小沢先生もヤギを飼うことを考えていたんですね」と岩間さん。
ふたりの思いが一致したことから「ヤギの目」が動き出した。

アーティストで愛知県立芸術大学准教授、TAP「半農半芸」ディレクターの岩間賢さん。

アーティストで愛知県立芸術大学准教授、TAP「半農半芸」ディレクターの岩間賢さん。

「土地整備のやり方もわからなかったけれど、
岩間さんが慣れているので一緒に動いてくれて、市民の人々も手伝ってくださって。
僕と学生だけだったらできなかったと思います」と小沢さん。

次のページ
なぜ「ヤギの目」なのか…?

Page 2

飼育場からつくる「透明なアートセンター」とは?

鬱蒼とした森の木を切り倒し、膨大な量の草刈りのあと、
ヤギの飼育場をつくるところから始めた。

ヤギは湿気やジメジメした場所が苦手なため、
体を濡らさないよう屋根や小屋をつくる必要がある。
敷地内で採れるもので柵や小屋をつくることにして、
小屋は先端芸術表現科、建築科、工芸科など
専門の異なるメンバーがそれぞれマケット(模型)をつくった。

「できあがった6つの小屋のコンペをしました。
選者はヤギに任せました。彼らが住み着いた小屋にグランプリを与えることにね。
建築科の南昴希さんがつくった小屋になりました」と小沢さん。
つくりたい形や美意識が優先した小屋よりも、
使い手(ヤギ)の視点から設計された小屋がやはり選ばれたようだ。

小沢さんの知人の農家で生まれたムギを譲り受け、
ヤギは群れをつくる動物のため、茨城大学からエヒメを借りることになった。

小屋はヤギが来るまでに間に合わず、別の場所で仮住まいをしてから
2021年春にいまの場所に引っ越した。
茨城大学農学部食生命科学科教授で家畜行動学を研究する
安江健さんにサポートいただき、試行錯誤で飼育を続けている。

人間の年齢でいうと70代のエヒメ。

人間の年齢でいうと70代のエヒメ。

「ヤギの目」というプロジェクト名は、話し合いのなかで思いついた。

「ヤギの目を通して人間社会を見るとか、別の視点を獲得したいなと。
ヤギの目は水平で人間の目と違っていておもしろい。
ヤギがいることで、壁も屋根もないけど、
美術をやっている人もやっていない人も、多様な人々が世代を超えて集える、
透明なアートセンターをつくりたいと思ったんですね」

1歳になったばかりのムギ。

1歳になったばかりのムギ。

「ヤギの目」への登録は約50人で、うち15人ほどがコアに世話をし、
ひとり月1回以上、世話のシフトに入ることが決まっている。
飼育の先にアイデアが派生し、糞から紙や絵具をつくり出そうとする「ヤギの糞部」、
畑づくりをする「畑部」など、さまざまな部活動が始まっている。

「取手キャンパスの価値観が変わってきたんじゃないかな。
働いている人や学生に、風景がまったく違ってきたと言われますね。
飼うのは手間ですけど、いままでやったことのないいろいろな体験ができているし、
コロナ禍でも外でやれることができてよかった」

なによりも、ヤギを見ているとストレスが消えていく。

「ヤギは心地いい場所を見つけて、冬でもぽかぽかした陽だまりのある場所や、
夏でも木陰のような涼しい場所を見つけて移動しているので、
あらためて気づかされる感覚がありますね。
暑すぎて場所がなければ昼寝をするし、とても素直に生きている」
と言う小沢さんの表情も楽しげだ。

学生たちも、自分とヤギの関係性についてそれぞれに捉えている。

「手探りのなかで、みんながヤギのことを考え続けてるって、いいもんですよ」

次のページ
地域の人たちの反応は…?

Page 3

地域の人々も参加する「ヤギの目」

「ヤギの目」の活動は、地域住民にも支えられている。
開墾から草刈りまで、腕に覚えのある「耕す」チームは、
刈った木の後始末、野焼きをして環境整備を行う傍ら、
ヤギの柵づくりなどの指導、実働もしてくれている。

キャンパス内で栗拾い中の「耕す」チームメンバー、阿部成敏さん。

キャンパス内で栗拾い中の「耕す」チームメンバー、阿部成敏さん。

きれいな栗がゴロゴロと。これらは藝大食堂で栗ご飯として提供された。

きれいな栗がゴロゴロと。これらは藝大食堂で栗ご飯として提供された。

また、わが子のようにヤギをかわいがる主婦たちもいる。
そのうちのひとり、菅井彰子さんは、学内宿泊施設の管理をしている。
子育てがほぼ終わり、学生の来ない休日にヤギたちを散歩させたりしている。
冬は草がなく、青いところを探して遠くまで行ったりもした。

「ヤギには不思議な力があると思います。つい見入っちゃうとみんな言いますね。
そして穏やかな気持ちにしてくれます。お世話をしてるつもりが、
実は私のほうが彼女たちに助けてもらっているのかもしれない」

「ムギはまだまだ子ども。常にエヒメが見える範囲にいて、びっくりすることがあると、すぐにエヒメのそばに走っていくんです」と教えてくれた。

「ムギはまだまだ子ども。常にエヒメが見える範囲にいて、びっくりすることがあると、すぐにエヒメのそばに走っていくんです」と教えてくれた。

次のページ
ヤギからどんなアートが生まれた?

Page 4

飼育体験から多様なアートを生み出す

さる2021年9月19日~10月5日には、
アトレ取手4階にある文化交流拠点〈たいけん美じゅつ場 VIVA〉
(取手市、東京藝術大学、JR東日本東京支社、株式会社アトレの連携事業)で
展覧会『ヤギの目はアートの素をひねり出す』が開催された。

「ヤギの目」メンバーがヤギの飼育をベースとして制作した作品を初めて展示。
また、アートになる「素(もと)」は芸術家に限らず見つけているとし、
多彩なメンバーの「アートの素」がガラスケースなどに展示された。

『ヤギの目はアートの素をひねり出す』展示風景。

『ヤギの目はアートの素をひねり出す』展示風景。

『ヤギの目大壁新聞』2021年夏・秋号。

『ヤギの目大壁新聞』2021年夏・秋号。

その中で、〈PJJJ〉というグループで発表した荒川弘憲さんに話を聞いた。
田中John直人さんがヤギと人間の歴史や取手の歴史をリサーチし、
荒川さんがメソポタミア文明の文字とエジプト文字のヒエログリフ、
現代の絵文字を参照してエモグリフという文字をつくり、
石板に書かれた伝説のように描いている。
若山萌恵さんはシタール演奏や情報管理などをした。

PJJJ(荒川弘憲、田中John直人、若山萌恵)『山羊に関するエモグリフ, 取手市, 2000CE頃 emoglyph, ヒエログリフ と絵文字のかばん語』

PJJJ(荒川弘憲、田中John直人、若山萌恵)『山羊に関するエモグリフ, 取手市, 2000CE頃 emoglyph, ヒエログリフ と絵文字のかばん語』

「文明は、農耕と牧畜によって定住生活が維持可能になったことを根底として
発展してきましたが、ヤギと人間のつき合いは古く、
洋の東西を問わず、神話や伝承、美術といった文化にも
インスピレーションを与えてきたことがわかりました。
ひとりで作品をつくると感覚的で抽象的なことばかり考えてしまうのですが、
今回のように具体的に現実にあった歴史をリサーチしていくと、
人間の歴史も不思議だし、豊かで複雑なものだと気づきました」

自然が好きだという荒川さんは
「長野で自給自足をしている知り合いのおじさんがヤギを飼っていたので、
ヤギのことは少しは知っていたのですが、
実際に世話をしてみるとあらためて学ぶことが多いですね。
柵やヤギ小屋づくり、草刈りを通じて、直接土地に介入したので、
世界が素材に見える変化がありました」と語っていた。

〈PJJJ〉というグループで発表した荒川弘憲さん。

〈PJJJ〉というグループで発表した荒川弘憲さん。

また、小沢さんはヤギのために個展を開き、
自身の作品を見せた写真を、箱を積み重ねて展示。

「自己紹介のような。ヤギに作品を見せるというのは
非常に困難なことで、理解させることはさらに難しい。
実際には絵に餌の葉っぱを仕込んでいて、
いろいろな段階を踏まないとヤギに認めてもらえない。
世の中に認めてもらうのも簡単ではないのと同じかな」

小沢剛『わたしはヤギに草(葛、八手、青木、茅、枇杷の葉)をあげ、わたしの作品を見せた』

小沢剛『わたしはヤギに草(葛、八手、青木、茅、枇杷の葉)をあげ、わたしの作品を見せた』

「アートの素」では、学生の発案で、
糞から陶器をつくる試行中の作品も展示されていた。

糞から陶土をつくり陶器を焼く。

糞から陶土をつくり陶器を焼く。

「アートの素」より、ヤギが鉱塩(ミネラルソルト)を舐めてできた彫刻。

「アートの素」より、ヤギが鉱塩(ミネラルソルト)を舐めてできた彫刻。

TAPの羽原さんは
「個人的な事象を扱う学生が増えているなかで、
自然に対する作法を知ることで、多様な作品が出てくるといいなと思っています。
ヤギのペースで急がずに育てていくプロジェクトです」と語る。

今後、彼らはムギの成長やエヒメの老いに何を感じるのだろうか。
また、「ヤギの目」の活動を通じて、大学と地域が緩やかに協力し合い、
農業や自然科学、環境、セラピーなど、他分野とのつながりも生まれている。
その輪の中にいるヤギはやさしく、時に哲学的な表情にも見えた。

ヤギを取り巻く循環的な環境の中に身を置くと、自己のありようや他者との関係、
アートの考え方・つくり方も変わってゆくのかもしれない。
自然を通じて地域とのつながりや身体性を取り戻すなかから、
現代社会を見つめ直すアートが生まれる予感がした。
今後の行方を見守っていきたい。

information

ヤギの目

profile

Tsuyoshi Ozawa 
小沢剛

おざわ・つよし●美術家。1965年東京都生まれ。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。東京藝術大学在学中から、風景の中に地蔵を建立し写真に収める『地蔵建立』を開始。1993年から牛乳箱を用いた世界最小ギャラリー『なすび画廊』や『相談芸術』を開始。2018年に個展『不完全―パラレルな美術史』(千葉市美術館)を開催するなど作品多数。2019年、第69回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

https://www.ozawatsuyoshi.net/

profile

Satoshi Iwama 
岩間賢

いわま・さとし●美術家。1974年千葉県生まれ。NPO法人取手アートプロジェクト「半農半芸」ディレクター、藝大食堂統括ディレクター。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程を修了後、文化庁芸術家在外研究員として中国で創作活動。場と人との対話を生み出す作品や舞台、プロジェクトなどを国内外で展開。愛知県立芸術大学美術学部准教授。

https://www.oh-mame.com

profile

Yasue Habara 
羽原康恵

はばら・やすえ●アートコーディネーター。1981年高知県生まれ。NPO法人取手アートプロジェクトオフィス理事・事務局長。筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術学専攻(芸術支援学)修了。在学中に取手アートプロジェクト(TAP)でインターンとして活動。静岡県文化財団勤務を経て現職。

https://toride-ap.gr.jp

Feature  特集記事&おすすめ記事

    Tags  この記事のタグ