新たな未来へと導く“祭” 『廣川玉枝 in BEPPU』 大分県別府市で12月18日から開催

別府市の芸術祭『in BEPPU』 今年も開催!

大分県別府市にて、2016年より始動した個展形式の芸術祭『in BEPPU』。
年に一度、国際的に活躍する1組のアーティストを招聘し、
地域性を活かしたアートプロジェクトを展開しています。

2021年は、12月18日(土)~2022年2月13日(日)で開催が決定。
鉄輪(かんなわ)温泉街を代表する温泉施設「鉄輪むし湯」、
別府温泉の守護神として知られる「火男火賣(ほのおほのめ)神社」、
「大谷公園」のほか、市内各所およびオンラインで行われます。

6回目を迎える本年は、デジタル技術と無縫製ニットの手法によって
“第二の皮膚”を目指した『Skin Series』で話題を呼び、
新時代のファッションデザインのあり方を模索する服飾デザイナー・廣川玉枝さんを招聘。
3つの神事を通して、別府の地嶽と温泉の恵みに感謝を捧げ、
豊かな未来を願う芸術祭が企画されています。

2021年の『in BEPPU』のアーティストとして招聘された服飾デザイナー・廣川玉枝さん。

2021年の『in BEPPU』のアーティストとして招聘された服飾デザイナー・廣川玉枝さん。

2021年『in BEPPU』のテーマは、“祭”

人類の歴史において、疫病や自然災害といった苦しい状況にあるときこそ、
土地の神様に祈りを捧げ、厄を祓う“祭”が行われてきました。

別府においても、鶴見岳の噴火を鎮めた神々の伝説が今も語り継がれ、
またその噴火によって誕生した別府の温泉に感謝をささげる神事や祭が
市内各所で催されています。

世界中がコロナ禍という困難に見舞われている今、
人々に必要とされているのは“祭”であると考えた廣川さん。
そこで2021年の『in BEPPU』は“祭”をテーマに据え、
廣川さんが新たに創作した3つの神事を奉納し、
屋内外でのインスタレーションのほか、
祭で使用する衣裳の常設展示などが企画されています。

廣川さんによる神事の衣裳ドローイング。

廣川さんによる神事の衣裳ドローイング。

古材・廃材で古民家リノベーション!
「床張り」を失敗しないDIYのコツと
ビフォー&アフターをご紹介

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

今回のテーマは、みんなが憧れる(?)古民家リノベーション。
リノベするのは、我が家の畳の和室です。

別の場所に保管していた畳が雨漏りで腐ってしまったので、
強度を上げる&部屋をいい感じにするため、
畳下地の上にさらに板を張り、フローリングにすることにしました。

畳の和室に木材を並べて、仕上がりをイメージする風景

切った木材を並べて、仕上がりをなんとなくイメージしていきます。

材料には、使われなくなった古材や、
解体をお手伝いしたときにもらった廃材などを使用します。

壁や天井のリノベーションに比べて、
“部屋の中で目に入る面積”が広いため、ガラリと印象が変わるのが床張り。
どんな部屋になるのか、ビフォー&アフターをどうぞお楽しみに。

床にねじを打ち付ける男性の写真

リノベ初体験のシェアメイト・こうじくん。

さて。私たちの住む家は築80年以上の古民家。
移住して9年目になりますが、壊れた場所は1か所や2か所ではありません。
台風が来ては窓が割れ、瓦が吹っ飛び、大雨が来ては雨漏りし、湿気で床板が弱り……
そのたびに、みんなで修理しながらここまで住み続けてきました。

今では、家の弱った部分を修復するため、月に2回「DIYの日」を決めて、
シェアメイトのみんなで家の手入れをしています。
この床張りも「DIYの日」を使って、合計2日で仕上げました。

日南市・飫肥〈武家屋敷 伊東邸〉
城下町の古民家再生リノベーション

PAAK DESIGN vol.3

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市飫肥(おび)城下町にある古い屋敷を復元改修した
お食事処〈武家屋敷 伊東邸〉がテーマです。

プロジェクトの始まり

始まりは、日南市役所に呼ばれたところからでした。

打ち合わせ場所にいたのは、日南市のすべての文化財を管理する
文化財担当課の方々とクライアントさん。
「古民家再生の設計をお願いしたい」とのことでした。

既存の外観。内部にあった不要な家財道具を撤去している様子。

既存の外観。内部にあった不要な家財道具を撤去している様子。

対象物件があるのは、飫肥地区の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されたエリア。
この文化的景観を守るため、市の条例や、文化庁の指導のもとに
改修を行わないといけないエリアです。その代わり、ルールに基づいた改修を行えば、
文化庁から改修費の一部に補助がもらえるというもので、
打ち合わせでは、条例や手続きなどについてお話をうかがいました。

クライアントさんは本田清大さんといい、実は中学の同級生。
彼は、私より少し早くUターンで日南に戻り、
家業である鰻屋さんと観光バスの運営をする会社を継ぐために働いていましたが、
このプロジェクトは「家業だけでなく、自分でも新しくリスクを背負って
歴史的な風景を守り、まちづくりに寄与していきたい」という想いで始めたそうです。

既存の内部の状態。さまざまな時代の家財道具が混在していた。

既存の内部の状態。さまざまな時代の家財道具が混在していた。

飫肥城下町の魅力

物件があるのは、歴史的な景観が残る飫肥城下町。
江戸時代から約300年間、飫肥藩伊東家5万1千石の城下町として栄えたまちです。
飫肥城跡を中心に建ち並ぶ武家屋敷と風格ある武家門、
飫肥石でつくられた石垣などで形成される美しいまち並みが保存されていて、
1977年には九州初の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。

地域の住民と行政が一体となり保存活動が進められ、先人たちの活動のおかげで、
全国でも有数の武家屋敷群が、非常に美しい状態で保存されています。

桜の季節の飫肥城大手門の前の通り。

桜の季節の飫肥城大手門の前の通り。

最近では宿泊客が減り、日帰り観光客が増え、ひとり当たりの地域消費額は2000円弱。
ランチをして、資料館など施設の入館料を払うか、お土産を買って帰るかという内容。
観光客自体も年々減っている状況でした。

そんな状況を少しでも改善させるため、
2015年に行政が飫肥のまち専属のまち並み再生コーディネーター事業を行い、
タウンマネージャーのような役目をひとりの民間人に託しました。

さらには日帰り観光が多い現状を変えつつ、
少しでも多くの消費を促し、よりいまの観光ニーズに合わせるため、
武家屋敷を改修した一棟貸しスタイルのふたつの宿泊施設〈季楽〉 がオープンし、
滞在型の観光となることを目指しました。

その宿泊施設がオープンし、新しくまちが変わっていく気運のなか、
私が初めて取り組むことになる古民家再生リノベーション、
〈武家屋敷 伊東邸〉の設計が始まりました。

新しい飫肥のまちづくりの起点となった古民家宿〈季楽 飫肥 勝目邸〉。まち並みになじむ風景を保存し、古民家を利活用した宿。

新しい飫肥のまちづくりの起点となった古民家宿〈季楽 飫肥 勝目邸〉。まち並みになじむ風景を保存し、古民家を利活用した宿。

〈ART SEEDS HIRADO〉 “アゴ風吹く”港町でアート鑑賞 平戸×オランダがテーマの芸術祭

この秋「平戸×オランダ」をテーマにした芸術祭が開催

長崎県平戸市は、九州の北西部に位置する日本海に囲まれた地域です。
古くから海を通じた大陸交流の玄関口であり、
江戸時代には平戸藩松浦氏の城下で国際貿易港として栄えました。

日本で初めてオランダとの西洋貿易が始まったのもここ平戸。
歴史あるまちで、この秋「平戸×オランダ」をテーマに
〈ART SEEDS HIRADO 2021 -平戸×オランダ 海を越えた芸術祭-〉が開催されます。

現在の〈平戸オランダ商館〉。1609年に日本初のオランダ商館が開設され、1641年に長崎出島に移された。

現在の〈平戸オランダ商館〉。1609年に日本初のオランダ商館が開設され、1641年に長崎出島に移された。

〈ART SEEDS HIRADO 2021〉は、10周年を迎えた平戸オランダ商館を中心に、
2か月間にわたって平戸の市街地を巡ってアート作品を鑑賞できるように
会場が設けられています。

まずは平戸オランダ商館からご紹介。

1階は資料館、2階ではインスタレーション作家の
原倫太郎と原游によるアーティスト・ユニットが、
平戸とオランダの歴史を遊びながら学べる〈平戸双六〉を展示。
体験型のアート作品として、大人も子どもも一緒に楽しめます。

〈平戸双六〉を楽しむ来場者の様子。(撮影:中倉壮志朗)

〈平戸双六〉を楽しむ来場者の様子。(撮影:中倉壮志朗)

さらに平戸オランダ商館を出てすぐ横の広場がパビリオンとなっており、
〈アリイイリエアーキテクツ + オンデルデリンデ〉が手がけた
インスタレーション作品が鑑賞できます。

目の前に広がる海から勢いよく風が吹く。

目の前に広がる海から勢いよく風が吹く。

作品名は『アゴ風の吹く場所』。

秋になると北東から吹く季節風を
地元の人は「アゴ風」と呼ぶのだそう。
アゴ(トビウオ)のやってくる季節と重なることから
そう呼ばれるようになったそうです。

風と共に育まれた豊かな風土を祝す交流の場として、
帆船時代の記憶と共に秋風を視覚化し称える“風の舞うパビリオン”。

ぜひ、吹き抜ける風の姿を目撃してください。

ソーシャル空き家こと〈デンクマル〉
日本一熱いまち熊谷で
空き家を“開き屋”へ

ハクワークス vol.1

こんにちは。
埼玉県熊谷市で〈ハクワークス〉という建築設計事務所をやっています、
白田和裕と申します。
空き家オタクの自分が、日本一熱い(暑い)まち熊谷市で、
ノリとテンションで進めている空き家利活用の事例をご紹介していきます。
よろしくお願いします。

僕は建築士として
「空き家をまちに開くような巨大なアップサイクルができれば、
まちも変わるんじゃないか」という想いのもと、
不動産事業にも関わりながら建築の可能性を模索しています。

ということで第1回目は、元住宅だった空き家が
めちゃ安のレンタルスペースになった事例。
ソーシャル空き家、その名も〈デンクマル〉。レッツゴー!

建築士、空き家を買う

建築士として独立したのは2016年。
大きなクライアントのひとりに不動産事業を営むお義父さんがいました。
彼が購入する古い不動産に僕がリフォームの設計と工事をして優良賃貸化し、
その後に再販していく事業の過程で、
“不動産業に片足を突っ込んだ建築士”となっていったのだと思います。

そういったつながりのなかで、今回の舞台となる空き家に出合い、
自身で購入することになります。築年数は僕と同じ=39歳。
土地建物付き200坪で金額は1000万円、坪単価は5万円。
隣は国道407号線という立地。
最終的に更地にすれば土地として売れるだろうという算段のもと、
個人出資という覚悟のある空き家プロジェクトが始まりました。

購入当時のリビング。

購入当時のリビング。

購入当時のキッチン。

購入当時のキッチン。

〈つなぎ美術館〉20周年プログラム 津奈木町から考えるMINAMATAと アートによる「癒しと再生」

撮影:​​石川武志

写真家が見つめた「MINAMATA」

熊本県南部の津奈木町に、2001年に誕生した〈つなぎ美術館〉は、
今年で開館20周年を迎えます。

現在、つなぎ美術館では20周年を記念した
さまざまなアート・プログラムを開催中。

そのひとつである
『ユージン・スミスとアイリーン・スミスが見たMINAMATA』展は、
1970年代に水俣病を取材し、世界に伝えた米国人写真家である
ユージン・スミスと活動を共にしたアイリーン・スミスによる、
当時の日常をとらえた貴重な写真を一挙に公開する展示会です。

本展フライヤー

本展フライヤー

津奈木町は水俣市と隣接した人口約4500人の町で、
かつて多くの町民が水俣病の被害を受けました。

その歴史的背景から、津奈木町では
1980代よりアートによる「癒しと再生」を目指して、
地域住民とともにさまざまな文化活動を重ねてきたのです。

ユージン・スミスとアイリーン・スミスは、
1971年から3年間水俣市に居を構え、水俣病を取材し多くの写真を撮影しました。
1975年にアメリカで出版した写真集『MINAMATA』は世界で大きな反響を呼び、
水俣病が世界的にも知られることとなったのです。

本展では、アリゾナ大学クリエイティブ写真センター
(Center for Creative Photography)などの協力を得て、
写真集『MINAMATA』に収められた写真をはじめ、
アイリーン・スミス監修のもと新たにプリントした
初公開の写真も展示されているとのこと。

今秋、ジョニー・デップ主演の映画『MINAMATA-ミナマタ-』も公開予定ということで、
再び水俣に注目が集まっています。

会期中は、アイリーン・スミスらが出演するトークセッションを収録、
アーカイブ配信されるとのことでこちらも注目です。

■アーカイブ配信
トークセッション「 MINAMATAはどういきるのか」
日時:つなぎ美術館HPで近日公開予定
出演:アイリーン・美緒子・スミス(写真家/環境ジャーナリスト)
川延安直(福島県立博物館副館長)
原田利恵(国立水俣病総合研究センター研究員)
モデレーター 楠本智郎(つなぎ美術館 主幹・学芸員)

ふたりの写真家が目を背けず向き合い、残した光景ーー。

近代資本主義の経済的偏重がもたらした災禍といえる水俣病。
さまざまな立場の人が自身との関わり方を模索し、
個人や地域、社会の未来を考え、
思考を深める機会になるのではないでしょうか?

隈研吾建築。岡山・蒜山高原の サステナブルな新ランドマーク 〈GREENable HIRUZEN〉

〈GREENable HIRUZEN〉。

注目は「里帰り」したCLT建築

SDGs未来都市でもある、岡山県真庭市。

製材端材や林地残材を発電燃料として活用するなど、
ゴミを資源に変え、資源とお金の地域循環をつくる
「回る経済」の実現に取り組んできました。

そんな同市内・蒜山高原(ひるぜんこうげん)に、
今夏、隈研吾建築のサステナブルな新ランドマーク
〈GREENable HIRUZEN(グリーナブル ヒルゼン)〉がオープン。

「回る経済」をさらに発展させるために、阪急阪神百貨店とともに設立された、
自然共生に関する行為やものを紹介するコミュニティブランド
〈GREENable(グリーナブル)〉のビジョン発信の拠点です。

象徴的建造物、CLTパビリオンの〈風の葉〉、
隈氏の建築資料と現代アートを展示する〈蒜山ミュージアム〉、
観光情報とサステナブルな暮らしを提案する〈ビジターセンター・ショップ〉、
自転車文化の発信や蒜山高原の自然や文化に触れられる〈サイクリングセンター〉
で構成された館内。

〈風の葉〉

〈風の葉〉。

〈風の葉〉は、真庭市産の木材、CLT(直交集成板)を使用し
2019年11月に東京・晴海に建てられた
隈氏設計監修〈CLT PARK HARUMI〉が役目を終え、
新たなシンボルとして生まれ変わったもの。

木の葉をイメージしたCLTパネルが、スパイラル状に空へ舞い上がるようなデザインのファサード。パネル間にわずかな隙間を設け、風が通るように設計されており、内部にも風が吹き抜けます。

木の葉をイメージしたCLTパネルが、スパイラル状に空へ舞い上がるようなデザインのファサード。パネル間にわずかな隙間を設け、風が通るように設計されており、内部にも風が吹き抜けます。

CLTは、断熱性や遮炎性、遮熱性、遮音性に優れているのはもちろん、
活用することで、林業・木材産業の活性化、CO2排出削減や森林保全にも貢献。
まさに、地方創生と環境の両面からサステナブルな社会の実現に貢献する資材です。

真庭市産のCLTの活用建築が「里帰り」するというストーリーは、
都市と農山村を結びつける、地方創生を象徴するものでもあります。

また、解体しても再生できる木造建築の特性を活かした
移築可能な素材・構造システムを実現したことで、
木材の新たな活用方法、さらに建築物のアップサイクル例として、
“持続可能性”を体現する建物ともいえるでしょう。

波佐見焼メーカー〈マルヒロ〉が 私設公園〈HIROPPA〉をオープン! アート遊具やカフェも併設

波佐見にユニークな公園が誕生

長崎県東彼杵郡波佐見町は、400年もの歴史がある焼き物のまち。
長らく有田焼や伊万里焼として生産された時代を経て、
2000年代からは「波佐見焼」として全国に広がりました。

そんな波佐見焼の産地メーカーである〈マルヒロ〉が、
私設公園〈HIROPPA〉をオープンします。

2021年9月25日から波佐見町民限定でプレオープン、
10月1日にグランドオープンを迎えます。

HIROPPAのWEBサイト

HIROPPAのWEBサイト

1957年、露天商に始まったマルヒロは、
2010年にリリースした〈HASAMI〉のマグカップが大ヒット。
以降〈BARBAR〉〈ものはら〉などのブランドを次々と展開し、
波佐見焼の人気を押し上げた産地メーカーとなりました。

そんなマルヒロがつくるHIROPPAはどんな場所なのでしょう?

エントランス。サインは浅葉球・飯高健人・石井伶の3人のグラフィックデザイナーで活動するデザインユニット〈GOO CHOKI PAR〉が制作した。

エントランス。サインは浅葉球・飯高健人・石井伶の3人のグラフィックデザイナーで活動するデザインユニット〈GOO CHOKI PAR〉が制作した。

一足先にHIROPPAを見学させてもらいました。
エントランスを抜けて園内に入ると、
広々とした敷地に明るい芝生が目に飛び込んできます。

HIROPPAのエントランスを抜けて園内に入ると、広々とした敷地に明るい芝生が目に飛び込んでくる。

HIROPPAのデザインを手掛けたのは、
〈DDAA/DDAA LAB〉の元木大輔さん。
約1200坪の敷地は、高低を描く稜線や
幾何学的なラインが見えるように設計されており、
風景の中に緩やかな動きが感じられます。

車椅子で一周できるバリアフリーの公園で、
アーティストの遊具で遊べるほか、
マルヒロの直営店やキオスク、カフェも併設されています。

Boris Tellegenの作品であり遊具。座ってコーヒーとサンドイッチのランチなんて最高。

Boris Tellegenの作品であり遊具。座ってコーヒーとサンドイッチのランチなんて最高。

そしてひときわ目立つのは、こちらのオブジェ。

国内外のアーティストと積極的にコラボを行うマルヒロが、
以前から縁のあるオランダのアーティストBoris Tellegen
オーダーしたという遊具で、上から見ると「HIROPPA」と読むことができます。

Borisさんはオランダ・アムステルダムで1980年~2000年代初め
ヨーロッパグラフィティの代表格として知られる〈DELTA〉として活動、
現在は本名のBoris Tellegenとして世に作品を送り出しています。

「まちの子どもたちにアートを身近に感じてほしい」という依頼に、
Borisさんは快く応じてくれたのだそう。

〈Get Me To The Church〉
東京から京都・綾部へ移住し、
カトリック教会をレストランに

旧教会がそのままレストランに

京都府の北部に位置する綾部市。
JR綾部駅から、歩いて15分の古い民家が並ぶ一角に突如、美しい教会が現れる。

住み手のない古民家が改装され、新たに店舗などとして生まれ変わる。
そんな例は珍しくない。けれど教会をそのままレストランに、という話は聞いたことがない。

ここは60年前に建てられた木造の旧・綾部カトリック教会で、
現在レストランとして運営されている。
その名も〈Get Me To The Church〉、“私を教会に連れてって”だ。

まるで教会だが、実はレストランであることに驚く。

まるで教会だが、実はレストランであることに驚く。

産地への「憧れ」で、東京から綾部へ

経営するのは料理人の宮野晋さん。
宮野さんは東京で出版社に勤務。そしてイベントプランナーを経て、
蕎麦懐石の人気店〈みや野〉を阿佐ヶ谷で25年経営。
そこから綾部に移住し、2019年に教会でレストランをオープンした。

“オーナーシェフの宮野晋さん。”

オーナーシェフの宮野晋さん。

「〈みや野〉で立ち退きの問題などがあったことがきっかけですが、
新しいことをやってみたくて」と移店を考え始めた。
当初は、京都市内での開業を考えていたが、
物件を見て回るうちに自然と綾部まで足を延ばすことになったそうだ。

「京都市から“遠い”といっても、綾部は(京都市内の)二条駅からJR山陰本線で59分です。
東京でいえば山手線1周と変わらない。都市部から1時間離れるだけで、
“自分のやりたいことを諦めて実現できないなんて、人生つまらないな”と考えて。
価値があるものをお出しすれば、
きっとお客さまは遠くても来てくれるだろうと思ったんです」

それまで〈みや野〉では、新鮮な食材を生かした料理を提供してきたこともあり、
より産地に近い場所でレストランを営むことは「憧れ」でもあったという。

「京都を含む、全国各地のさまざまな素材を取り寄せていました。
だからいい水があって、無農薬の野菜があって、とれたての魚があるという、
より第1次産業に近いところでお店をやるビジョンはずっと持っていたんですね。
だから、その思いを叶えたという感じで。水はすぐ近くに名水の出る井戸があります。
それに丹波地方は寒暖差の激しいところなので、
山菜や松茸、いろんな野菜がとれることもここに来た理由です」

“梅肉をそえたオクラのわらび粉寄せ。もちろん綾部産の食材を使用。”

梅肉をそえたオクラのわらび粉寄せ。もちろん綾部産の食材を使用。

焼酎工場の倉庫がコーヒー焙煎所へ。
日南市・飫肥城下町の〈塒珈琲〉と
〈PAAK DESIGN OFFICE〉

PAAK DESIGN vol.2

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市にあるスペシャルティコーヒー焙煎所〈塒(ねぐら)珈琲〉と、
同じ建物の2階にあるPAAK DESIGNの事務所がテーマです。
元焼酎工場の倉庫が店舗とオフィスへ。
PAAK DESIGNのビジョンについても紹介していきます。

父の開業への想い

このプロジェクトは、2015年にオープンした私の父の店の話です。
2012年、長年にわたって市役所で働いてきた父が
「早期退職して、コーヒーの焙煎所を始める」と言い始めました。
今後は毎月、東京にあるコーヒーのレジェンドの店に焙煎の勉強をしに行くからと。

〈塒珈琲〉を立ち上げた、私の父。

〈塒珈琲〉を立ち上げた、私の父。

2年間ほどそのお店に通い技術を身につけ、
その後はリノベーションして店舗をつくる話になっていきました。
物件は飫肥(おび)城下町にある、父の仲のいい後輩が所有していた元焼酎工場の倉庫。
父自身も若い頃に遊び慣れ親しんだ飫肥城下町に新しいお店を開くことで、
まちに対して恩返しをしたいとの思いがあり、
「それだったら協力したい」と物件を貸していただけることになったそうです。

別棟の元酒造の内観。現在は取り壊されて駐車場になっている。菌がついた柱や梁が印象的。

別棟の元酒造の内観。現在は取り壊されて駐車場になっている。菌がついた柱や梁が印象的。

1階のビフォー。元酒造の向かいに立っていた焼酎用の倉庫をコーヒー店にすることに。

1階のビフォー。元酒造の向かいに立っていた焼酎用の倉庫をコーヒー店にすることに。

当初から父は「厳選された豆で、風味特性を生かした焙煎のコーヒーを
まちの人に飲んでもらいたいし、コーヒーの本当の魅力を伝えていくお店にしたい」
と話していました。

いまでこそスペシャルティコーヒー店は地方のまちでも見かけるようになりましたが、
当時は宮崎県内にほとんどなく、私としては
「おもしろそうだけど、いままで行政の仕事しかしてこなかった父が
商売なんてできるのだろうか……」と少し不安に思っていました。

倉庫にあった焼酎の銘柄〈銀滴〉の看板。解体時に廃棄するのがもったいなく、いまでも大事に事務所に飾っている。

倉庫にあった焼酎の銘柄〈銀滴〉の看板。解体時に廃棄するのがもったいなく、いまでも大事に事務所に飾っている。

工事中。シャッターを開けると玄関もない、がらんどうの空間だったため、すべてを一からつくることに。

工事中。シャッターを開けると玄関もない、がらんどうの空間だったため、すべてを一からつくることに。

デザイナー・スズキタカユキ
東京・根室、ふたつの拠点の往来が
服づくりをより自由にする

日本あるいは北海道のイメージを超えた世界

学生時代、表現活動のひとつとして独学で服づくりを習得し、
映画、演劇、ダンス、音楽シーンなどの衣装を手がけるようになった
ファッションデザイナーのスズキタカユキさん。
自身の名前を冠したブランド〈suzuki takayuki〉では、
“時間と調和”をコンセプトに、
着る人の本質的な美しさを引き出すような洋服をつくり続けている。

カラフルな洋服が並ぶアトリエ

流行を追い求めることなく、長く愛されるものづくりを目指すスズキさんの洋服には著名人のファンも多い。

最近だと、東京オリンピック開会式で
ダンスパフォーマンスを披露した森山未來さんの衣装制作や、
同じく開会式冒頭、コロナ禍でアスリートたちが抱いた
不安や葛藤を表現したパフォーマンスで、
ダンサーの衣装デザインを手がけたことでも話題に。

一方で〈仕立て屋のサーカス "circo de sastre" 〉という
音楽家とのユニットに所属し、自ら舞台の上に立って、
音と光と布が織りなす見たことのない世界を創出。
国内だけでなくフランス、スペイン、インドネシアなど
海外でも公演を行っている。

デスクでデッサンするスズキさん

「鉛筆と紙があればどこでも仕事ができるし、生きていける。ものにあんまり執着がないんです」とデザイン画を描きながら。

そんなスズキさんが北海道・根室の土地に魅せられ、
東京と2拠点生活を送るようになったのは、2015年のこと。

「移住先を積極的に探していたわけではなかったのですが、
僕も妻も地方出身ですし、“東京にしか住めない”という意識は
もともとありませんでした」

さらさらと女性服を描いていく

会話をしながらも手を止めることなく、さらさらとデッサンを描きあげていく。

根室を訪れるきっかけとなったのが、友人の移住だ。
フライフィッシングが趣味のその友人は、
日本全国を回るなかで根室を訪れ、あっという間に移住を決意。

「彼は、東京でも活躍していたアクセサリー作家で、
『とにかく一度、来た方がいいよ』と強く誘ってくれるわけです(笑)。
彼のセンスや、ものを見る目を僕はとても信用していたのですが、
半信半疑で行ってみたら、日本にこんなところがあるのかと驚くほど、
想像を超えた世界が広がっていました」

荒涼とした春国岱が広がる

人の手がほとんど入っていない湿地と原生林からなる、春国岱(しゅんくにたい)。

北海道に行ったことは何度もあったし、
北海道に縁のある知り合いも少なくなかった。
しかしスズキさん夫妻が降り立った根室は、
今まで知っていた北海道とはまったく異なる場所だった。

「釧路と根室は同じ道東で比較的近いのですが、
それでも釧路から根室に向かう途中で風景が一気に変わる。
人の手が入っていそうな場所が圧倒的に減るんですよね。
しかも緯度が高いので、太陽が斜めから射してくるような感じで、
スコットランドとか北欧みたいなドラマチックな光なんです。
こういう環境に身を置いてみるのはおもしろいかもしれないと思いました」

浜辺に咲く花はオオハナウド

根室の浜辺に咲いているオオハナウド。

唯一の気がかりは、
訪れた時期がベストシーズンといえる6月だったこと。
すでにその時点で心はほぼ固まっていたものの、
自然環境がもっとも厳しくなる冬を知らずに決めるのは心もとない。
結局、地元の人が強くおすすめしてくる真冬に再訪し、
もうひとつの生活の場を根室に定めた。

丹波篠山の800坪の土地へ移住。
畑と竹林に囲まれたログハウスに住む

都会生活から草刈り生活へ

家を建てるにあたって、まずは土地を選ぶ。
整理された住宅地ではなく、裏手に山が迫る土地を選んだ時点で、
山ノ口翔太さん・かなふさん夫妻の「暮らしの覚悟」は決まったのかもしれない。
しかも大阪市内から電車で約1時間、兵庫県丹波篠山市の山間部である。

山ノ口翔太さんとかなふさん。

山ノ口翔太さんとかなふさん。

とにかく「草刈りが大変だ」と翔太さんは繰り返す。
〈BESS〉の「カントリーログ」を建てるために購入した土地は、
「見に来てみたら、雑草が生えまくり」だった。まずは草刈りをしなくてはならない。
ここからすでに、自分たちの手による里山暮らしがスタートしていたようだ。

土間が木製である「木土間」仕様。

土間が木製である「木土間」仕様。

「最初は雑草に加えて竹もたくさん生えていて、ジャングルのようでした。
1年間かけて、自分たちの手で土地の整備をしました。
竹は400本くらい伐っているんじゃないかな(笑)」

それまで大阪の中心部で暮らしていて、
もちろん草刈りなどしたことはないという翔太さん。
家を建てる前の草刈り作業は、予想以上に過酷だったようだ。

「最初は家も建物もない。つまりトイレも水道もないわけです。
だから、特に炎天下での作業は堪えましたね。
草刈りのために、クーラーボックスいっぱいに水を入れて大阪から通いました」

最近では草刈りも手慣れたもの。とはいえ、夏は週1回やっても間に合わないそう。

最近では草刈りも手慣れたもの。とはいえ、夏は週1回やっても間に合わないそう。

屋内に設置したブランコ。

屋内に設置したブランコ。

32年間、ありがとう。 福岡天神〈イムズ〉が8月末閉館へ 思いを伝える、最後の夏

情報受発信基地、イムズ

福岡市の進める都心部の再開発計画に伴い、
この夏、ひとつの商業施設が幕を閉じます。

Inter Media Stationの頭文字をとって名づけられた
〈IMS(イムズ)〉は、平成元年の1989年4月12日に開業。
「情報受発信基地」として32年間、
福岡天神の街に存在感を放ち、多くの人々に愛されてきました。

黄金のタイルを使用した豪華な外装や個性的な内装はいまでも廃れることなく、天神のビル街で異彩を放っています。

黄金のタイルを使用した豪華な外装や個性的な内装はいまでも廃れることなく、天神のビル街で異彩を放っています。

福岡市民だけではなく、開業当時は九州各地から
多くの人々がイムズを目指して押し寄せたそう。
JR九州の特急列車で長崎や熊本方面から
福岡にショッピングに来ていた人たちは「かもめ族」や「つばめ族」と呼ばれ、
社会現象にもなったといいます。

最先端のショッピング、演劇やアートを
観賞できる文化的なホールやギャラリー。
足を運べば常に新しいものに出合えるイムズは、
単なる商業施設の枠には納まらない、
“クリエイティブな精神”が息づく場所。
訪れるたびにワクワクを感じられる、福岡天神のアイコン的施設なのです。

イムズは創業から、常に斬新で時代を見据えたコンセプトを発信し続けています。
博多祇園山笠など古くからの伝統も残る福岡で、
モダンで都会的な文化面を象徴していたのがイムズ。

広告のコピーなどを通じて若者たちへ投げかけられた言葉は、
今も色あせることない力強いメッセージを放っています。

「文化に投資すること」を惜しまなかったイムズから、
長い月日を経て大きなプレゼントを受け取ることのできた私たちは、
心からの感謝しかありません。

〈東京ビエンナーレ〉がまちを変える?
『優美堂再生プロジェクト』で
中村政人さんがやろうとしていること

東京のまちなかに小さなコミュニティを生み出す

現在、東京の千代田区、中央区、文京区、台東区の各所で行われている
国際芸術祭〈東京ビエンナーレ2020/2021〉。
2年に1度開かれるビエンナーレとして、今回初めての開催を迎えた。

都市型の芸術祭や美術展では大きな美術館などが軸となることが多いが、
東京ビエンナーレは神田・湯島・上野・蔵前エリア、
本郷・水道橋・神保町エリアといったいくつかのエリアに会場が分かれ、
歴史的建築物や公共空間、商業ビルなどさまざまな場所に作品が点在。
国内外のアーティストが参加し、サイトスペシフィックな展示やアートプロジェクト、
デジタルで鑑賞するAR作品など、多様な作品が展開されている。

小川町の交差点にほど近い、元額縁屋の〈優美堂〉でも
アートプロジェクトが行われている。

戦前からそこに佇み、戦後まもなく富士山の看板を掲げて額縁屋として開業し、
長く地域で愛されてきた木造2階建の建物。
しばらく使われていなかったこの建物に新たな息吹を吹き込み、
また人が集まる場所に再生させるプロジェクト
『優美堂再生プロジェクト ニクイホドヤサシイ』だ。

手がけているのは、東京ビエンナーレの総合ディレクターでもあるアーティスト、
中村政人さん。

「これだけ特徴的な看板建築をなんとか残したい。
建物の中にたくさん残っていた額も使いながら、
新たな小さなコミュニティを生み出せないかという思いで
プロジェクトを始めました」と話す。

中村さんがこの建物と出合ったのは、2012年に神田のまちを中心に
自身が手がけたプロジェクト「TRANS ARTS TOKYO」のとき。
あるアーティストが地域のリサーチをするなかで、
作品のモチーフに優美堂を選んだのがきっかけだった。

戦後間もなく創業した〈優美堂〉。(写真提供:三澤義人)

戦後間もなく創業した〈優美堂〉。(写真提供:三澤義人)

その当時はまだ額縁屋として営業していたが、
その数年後にはシャッターが降りていることが多かったそう。
店の前を通りかかるたび気になっていた中村さんは、
ここでプロジェクトをつくりたいという思いを手紙に綴り、
一昨年の秋頃にシャッターの隙間に手紙を差し入れたのだという。

それから半年近く経ち、たまたま通りかかったときにシャッターが開いていて、
店主の息子さんと話すことができたが、そのときにはすでに取り壊しが決まっており、
新たな建築計画もできていた。
それでも中村さんはこの優美堂を地域で大切にしたいという思いを伝え、
諦めずに粘り強く交渉を続け、5年間の契約で貸してもらえることになったのだ。

プロジェクトタイトルの「ニクイホドヤサシイ」は、優美堂の電話番号の語呂合わせから。

プロジェクトタイトルの「ニクイホドヤサシイ」は、優美堂の電話番号の語呂合わせから。

そこから改修計画を練り、場をどう運営していくかなどプロジェクトの骨子を固めた。
SNSで人を募り、昨年8月頃から掃除をスタート。
近くに住む人ばかりでなく、近県からやって来る人や、
学生から建築家までさまざまな人たちが集まるように。
50~60人の人たちが関わりながら、片づけから改修まで協働した。

優美堂から運び出した約3000点以上の額。(写真提供:東京ビエンナーレ)

優美堂から運び出した約3000点以上の額。(写真提供:東京ビエンナーレ)

「業者に頼めばすぐできることですが、それでは何も関係が生まれない。
みんなでつくるという経験をすることで、それぞれの意識のなかに
自分が携わったという感覚が芽生えると思うんです。
こういう都心で自分ごととして関われる場所って、意外とないんですよね。
建物がいずれ壊されたとしても、ここに優美堂があったという記憶が、
この場所に関わることで心に刻まれる。そのためのプロジェクトです」と中村さん。

優美堂の大掃除に集まった30名以上のボランティア。(写真提供:東京ビエンナーレ)

優美堂の大掃除に集まった30名以上のボランティア。(写真提供:東京ビエンナーレ)

これだけこの建物にこだわるのには、
東京のまちが均質化されていくことへの違和感がある。

「建物が壊されても、“ここに何があったっけ?”って何の記憶も宿らない。
どこもかしこも同じような風景になって、同じようなことをしていて、
誰がどこにいるのかもわからない。
それよりは、自分の興味や関心を優先して関われる場があると楽しいですよね。
東京でそういう場をつくるのはなかなか難しいけれど、
ここであればできると思いました」

改修が終わってからは、展覧会が開かれたり、ヨガをするイベントが企画されたり、
カフェを開く準備が進められるなど、
プロジェクトメンバーによって、人が集まる場所がつくられつつある。

額縁を製造販売していた優美堂。その額に入った作品を展示する「ニクイホドヤサシイ/千の窓」展を開催中。

額縁を製造販売していた優美堂。その額に入った作品を展示する「ニクイホドヤサシイ/千の窓」展を開催中。

〈ミナ ペルホネン〉監修グッズも。 「水が生まれるまち」信州・大町市の 〈Mizunowa Marché〉オープン

長野県大町市の特産品や郷土料理、土産物などを取り扱うオンラインマルシェ、
〈Mizunowa Marché(みずのわマルシェ)〉が2021年8月7日にオープンしました。

長野県大町市の特産品や郷土料理、土産物などを取り扱うオンラインマルシェ〈Mizunowa Marché(みずのわマルシェ)〉。

雄大な北アルプスの麓に位置する長野県大町市。
長野県北西部に位置し、西は富山県、北は白馬村と隣接しています。

標高3000メートル級の北アルプスの山々を見上げ、
「仁科三湖」と呼ばれる3つの湖の恵みを受ける大町市は、
北アルプスからの雪解け水が豊富。
山に降り積もった雪は、20年もの時を経て、
町の至るところに流れる小川の水となって流れています。

〈Mizunowa Marché〉を運営する〈信濃おおまち みずのわプロジェクト〉。

大町市としても「水が生まれるまち」を掲げています。
豊かな水と自然の恵みのおかげで、蕎麦やジビエ、山菜、フルーツなど、
信州らしい郷土の味が揃っています。

〈Mizunowa Marché(みずのわマルシェ)〉では、
その大町市の美しい水の恵みから生まれた特産品や郷土料理、
土産物などを中心に販売しています。

水が生まれるまち・大町市の魅力に触れてもらいたいという目的で
Mizunowa Marchéを運営するのは、
2020年12月に大町市で発足した〈信濃おおまち みずのわプロジェクト〉。
大町市が策定したSDGs未来都市計画〈SDGs共創パートナーシップ〉によって
始まった産学官金連携の取り組みです。

信濃おおまち みずのわプロジェクトでは、北アルプス山麓を起点に、
豊かな"水"と育んできた暮らし・風土・文化を学び、
自然と人とのやさしいコミュニティを育むことで、
100年先を見据えた"まち・ひと・しごとづくり"を実現し、
サステナブルなモデルタウンを目指しています。

Mizunowa Marchéで取り扱う商品は、ペットボトル入りの地元の湧水、
大町市内にある3つの酒蔵がつくる日本酒やどぶろく、
峯村農園のりんごジュースやプラムジュース、
天然酵母で作ったおやきやお菓子類といった食品のほか
大町市のキャラクター〈おおまぴょん〉のグッズや、コスメと幅広いラインナップ。

大町市では3つの酒蔵が日本酒を作っている。

大町市では3つの酒蔵が日本酒をつくっている。

〈峯村農園〉の「りんごジュース」「ウメジュース」「プラムジュース」

〈峯村農園〉の〈りんごジュース〉180円(税込)〈ウメジュース〉180円(税込)〈プラムジュース〉270円(税込)

〈田中屋〉の「雷鳥の里」

〈田中屋〉の〈雷鳥の里〉25個入り 2592円(税込)

〈信濃おやき幸庵〉の「天然酵母おやき」

〈信濃おやき幸庵〉の〈天然酵母おやき〉各種160円(税込)

大町市の水をはじめとする北アルプスの山、
自然の恵みを堪能できるさまざまな郷土の品です。

建築家・谷尻誠
広島・東京の2拠点から学んだ
“谷尻流”働き方と発想力

キャリアは広島から始まった

「悔しかったんですよ。
いい建物を設計しても、わざわざ広島まで見に来る人は少ない。
だったらどうしても見に来たくなる、
本当にいい建物をつくろうと思いました。
仕事の本質は、“どこで活動するか”より“いいものをつくる”ことにある。
ずっとそう思っているんです」

こう話すのは谷尻誠さん。肩書きは建築家で起業家。
今、「ジャンルを超えて注目される人物」といえば、
間違いなくその名前が挙がるはずだ。

住宅からホテルまで建築家としての活躍に加え、
“絶景”物件を扱う不動産会社や工務店、家具制作会社に映像制作会社、
情報検索サービスからキャンプ用品ブランドまで、
次々と事業を立ち上げては話題を集めている。

たとえば、東京都渋谷区にある〈社食堂〉もそのひとつ。
ここは、ダイニングカフェであると同時に、
谷尻さんが建築家の吉田愛さんと共同主宰する
建築設計事務所〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉のオフィスでもある

〈社食堂〉でスタッフと談笑する谷尻さん

〈社食堂〉のデスクスペース。写真右手にキッチンを挟んでダイニングカフェがある。

いちばんの特徴は、一般客がランチを食べるスペースと、
設計事務所のデスクスペースとが、
オープンキッチンを挟んで仕切りなくつながっていること。
所長である谷尻さんの専用デスクはなく、
カフェの座席や壁づけのソファベンチなど、
その日パソコンを広げた場所が仕事場になる。

カフェエリアで仕事をする谷尻さん

この日の谷尻さんのデスクは壁づけのソファベンチ。

そんな谷尻さんは広島県出身。
建築家として独立し、最初にオフィスを構えたのも広島だった。
やがて東京での仕事が増えてきたのを機に、
2008年、東京にもオフィスを開設。
広島と東京を週イチで往復する2拠点生活が始まった。

08年といえば、クリエイティブな仕事をするなら東京で、
と考える人もまだ多かった頃。
なぜ東京に拠点を移さず、
2拠点というスタイルを選んだのだろうか?

その答えが冒頭の言葉。
「仕事の本質は“どこで活動するか”より
“いいものをつくること”だからです」。

石巻が舞台の総合芸術祭 〈Reborn-Art Festival〉 夏会期が始まっています!

『White Deer(Oshika)』名和晃平

23組のアーティストが石巻を彩る

現在、宮城県石巻市が舞台のアート・音楽・食の総合芸術祭
〈Reborn-Art Festival〉の2021年夏会期がスタートしています。

3回目となる同イベントのテーマは「利他と流動性」。

今年は東日本大震災から10年という節目。
引き続き、地域の内側からの復興と新たな循環を生み出す目的のもと、
利他と新しい日常や本質を形作る想像力、関係性に
改めて向き合うべく、さまざまな催しが企画されています。

毎回盛りだくさんのアートは、今回新たに女川エリアも加えて、
全6会場で参加アーティスト23組の作品を展示。

『Wish Trees』[1996 / 2021] オノ・ヨーコ

『Wish Trees』[1996 / 2021] オノ・ヨーコ

『Coho Come Home』 [2021] 岩根愛

『Coho Come Home』 [2021] 岩根愛

『forgive』 [2021] 森本千絵 × WOW × 小林武史

『forgive』 [2021] 森本千絵 × WOW × 小林武史

『億年分の今日』 [2021] 志賀理江子+栗原裕介+佐藤貴宏+菊池聡太朗

『億年分の今日』 [2021] 志賀理江子+栗原裕介+佐藤貴宏+菊池聡太朗

キュレーターの窪田研二さんのキュレーションのもと、
廣瀬智央さん(石巻市街地エリア)、オノ・ヨーコさん(女川エリア)、
岩根愛さん(桃浦エリア)、森本千絵さん × WOWさん × 小林武史さん(桃浦エリア)、
片山真理さん(荻浜エリア)、志賀理江子さん+栗原裕介さん+
佐藤貴宏さん+菊池聡太朗さん(小積エリア)などなど、
多彩なラインナップがまちを彩ります。

〈fan! -ABURATSU-
Sports Bar & HOSTEL〉
宮崎県日南市の商店街に
“ファン”が集うゲストハウスを

PAAK DESIGN vol.1

はじめまして。
宮崎県日南市で〈PAAK DESIGN株式会社〉という
設計事務所の代表をしている鬼束準三と申します。

PAAK DESIGNは、地元にUターンして4年目に設立した会社です。
設計をしながら地域の課題に悪戦苦闘して向き合っていたところ、
いまでは設計だけでなく、宿泊や物販などさまざまな事業に取り組むようになりました。
大学や設計事務所で学んだ、建築の美しさや先進性を追求することからは
ずいぶん離れているなと感じながらも、
いまでは、設計をベースにどこまでできるかを試している感覚もあります。

そんな建築家やデザイナーとしては邪道とも思える現状や取り組みが、
地方においては、ものすごく大事なのではないかと思うのです。
この連載では、携わってきたリノベーションの事例を通して、
日南市の魅力ある活動や場所や人、まちの変化を伝えられたらと思っています。

第1回は、Uターンしたきっかけから、起業するまでの空白の3年間と、
商店街にオープンしたゲストハウス
〈fan! -ABURATSU- Sports Bar & HOSTEL〉の事例を振り返っていきます。

エントランスロビー兼カフェエリア。

エントランスロビー兼カフェエリア。

地元の魅力を再認識してUターン

大学を卒業して東京で設計事務所に勤務後、独立し、ひとりで建築の仕事を始めました。
上京して10年ほど経ち、仕事はなんとか続けられる状況になっていた頃、
ふと地元の日南市のことが気になり始めました。
いままで、2〜3年に1度しか帰らなかったのですが、
独立して自由に動けるようになり、年に何度も帰省してみると、
自分は地元のことをなにも知らないのだと自覚していきます。

ひとまず人脈づくりから始めようと、いろんな場所へ出向き、
気になる人に積極的に会いに行くことに。

すると、地元資源である飫肥杉(おびすぎ)のこと、
それにまつわる活動をする〈オビスギデザイン会〉という団体や、
少し前から日南に移住して商店街の活性化に尽力していた人、
そのほかにも、自然の魅力や、磨けば輝きそうな不動産などを含め、
たくさんの遊休資源と出合うことができました。

日南の自然(乱杭野山頂・霧島神社から)。

日南の自然(乱杭野山頂・霧島神社から)。

このいろいろな出会いが、その後の私のUターンを大きく後押ししました。
地元に根を張り、地域の課題と向き合っている人がいたり、
外から来て日南のためにとがんばってる人がいたり、
ふと顔をあげるときれいな自然があったり。

いま、動ける状況にあり、なおかつ地元人である私が
何かできることがあるのではないか、
自分も何か貢献しなければいけないのではないか? と一念発起し、
東京の事務所や家を引き払い、地元に戻ってきました。

日本一組みやすい自治体・日南市

最近の日南市では、日々いろんなことが起こっています。
2013年に崎田恭平さんが当時33歳の若さで市長になったことが話題になり、
就任後は若い民間人を積極的に登用して事業を行い、
商店街活性化事業を成功させたり、10社以上ものIT企業を誘致したり、
伝統的建造物群保存地区の利活用事業を推進したり。
いまでは「日本一組みやすい自治体」と言われたりしています。

なおかつ、海・山・川とすべての自然要素がすごく豊かで、
現在の日南市は日本の中でも「人」と「自然」の資源が豊富な地域のひとつです。

日南の海辺の風景。

日南の海辺の風景。

美しい飫肥杉林。

美しい飫肥杉林。

アーティスト志村信裕さんが
千葉県香取市に移住して
創作活動をする理由

環境を変えたいという思いから始めた家探し

見る者の記憶や感情を引き出すような映像を制作するアーティスト、志村信裕さん。
2019年から千葉県香取市に住み、金継ぎ師であるパートナーの
志村いづみさんとともに、古民家を住居兼アトリエとして活動している。

香取市の志村さんの住居兼アトリエ。

香取市の志村さんの住居兼アトリエ。

2016年~18年には、文化庁による海外研修制度でパリに滞在し、
バスク地方で羊飼いを撮影するなど「羊」をめぐる映像を撮り始め、
帰国後、成田市三里塚の農家を撮影し続けるために近くの佐倉に住んだ。
1年後に完成した作品『Nostalgia, Amnesia』は、
『21th DOMANI・明日展』(国立新美術館)で好評を博した。

志村信裕《Nostalgia, Amnesia》2019年

志村信裕《Nostalgia, Amnesia》2019年

そんな、コンスタントに展覧会があるように見える志村さんでも
アルバイトをしないと生計は立てられず、
環境を変えて自分たちの仕事に集中したいという思いから家を探し始める。

「夫婦ともに自営業なので普通の賃貸は借りづらいんですね。
それで千葉県にゆかりのある知人に東京で偶然会ったときに、
空いている家はありませんか? ってふと聞いてみたら、
佐原に近い香取に家があると言われたんです」

庭も広大で、緑に囲まれた一軒家。

庭も広大で、緑に囲まれた一軒家。

佐倉は千葉県のなかでも人口多めな東京通勤圏だったので、
不便になっても静かな香取はむしろ魅力だった。
しかし、見学したときには、空き家になってから6、7年経っていたので
家が朽ち始めており、敷地や家も大きいので、
1か月くらい考えてから踏み出したという。
大家が応援のために家賃なしで貸してくれると言ってくれたのもありがたかった。

「家に残っていた荷物の中に香取神宮のものがいろいろありました。
香取神宮の御祭神、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)の“フツ”は、
刀剣でものが断ち切られる音ともいわれ、
刀剣を神格化した神ともいわれているんですが、
何か断ち切って決断を後押ししてくれたようにも感じたんですね」

写真家・川内倫子
移住先の千葉で
見つけたものとは?

田舎暮らしを、後押ししたもの

「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。
緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。
家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」

小さな生き物や草花など日常のなにげない光景から、
生命力に満ちた祭りや儀式まで、
やさしく真摯な目で世界を撮り続けている写真家・川内倫子さん。
長く都内で暮らしていた川内さんが、千葉県に移住したのは2017年。
豊かな自然が残る環境と、東京まで車で1時間という利便性。
両方を備えた土地を見つけ、大きな窓がある気持ちのいい家を新築した。

川内さんのご自宅の大きな窓。

周囲の自然を取り込むように、大きな開口部がふんだんに設けられた川内さんのご自宅。

「結婚、出産、引っ越し。
人生最大の変化がいっぺんにやってきたんです」

移住を決めたいちばんのきっかけは結婚だった。
田舎暮らしにはずっと憧れていたけれど、
ひとりでは不便だし心もとない。

「一緒に田舎暮らしを楽しめるパートナーが
いつかできたらいいな、とは思っていました。
夫は自然が好きなうえ、
小屋を建てたり、庭を整えたりという“生きる力”も持っている。
価値観は同じ。すぐに引っ越しを決めました」

ご主人が手作りした子ども用の小屋。

広い庭には、ご主人が手作りした子ども用の小さな小屋も。室内には、デスクやロフトも完備。

時代の流れも移住の後押しになった。

「10年くらい前は、東京に住んでいないと仕事に不利、
みたいな気分もありましたし、何より、
フイルムの現像所が近くにないと仕事にならなかった時期もありました。
でも今は、ネットがあればものはすぐ届くし、
地方であることの支障はほぼないですよね」

とはいえ、生活は一変。
子どもができ、家族と過ごす時間が長くなったことで、
限られたなかで、できることを効率的に進める習慣がついた。

廊下にはほかの作家の作品も。

ほかの作家の作品が飾られた廊下。

「夜中までだらだら過ごすということも、なくなりましたね……」

ふと川内さんが言葉を止めた瞬間、
開け放った窓から、さらさらと流れる川の音が聞こえてくる。
なんて気持ちがいいんだろう。

「ね? せせらぎが聞こえると、
家での会話もちょっとなごやかになるんです」

夏は湖底に沈み、冬に姿を現す。 幻の橋〈タウシュベツ川橋梁〉の 半年間をおさめた写真集はいかが?

穏やかな水面に、ぽっかり浮かぶようにして建つ白い橋。
湖の水位により大きく見え方が変わることから、
幻の橋とも呼ばれる〈タウシュベツ川橋梁(きょうりょう)〉です。

その姿を撮り続ける写真家・岩崎量示さんが、
直近半年間の記録をおさめた
写真集『タウシュベツ日誌 第3号』の制作にあたり、
クラウドファンディングを開始。
近い将来、崩落すると言われる橋と、
北海道・十勝の雄大な自然が織りなす厳しくも美しい光景が一冊に。

左奥から時計回りに、『タウシュベツ日誌』シリーズの第0号、第1号、第2号。

左奥から時計回りに、『タウシュベツ日誌』シリーズの第0号、第1号、第2号。

〈タウシュベツ川橋梁〉が完成したのは、1937年のこと。
帯広から北へと延びる旧国鉄・士幌線(しほろせん)の開通に伴い、
数多く建設されたコンクリートアーチ橋のひとつで、
全長130メートル、11連のアーチで構成されています。

建築資材の輸送コスト削減などの関係から、
セメントに現地調達が可能な砂や砂利を混ぜることでつくれるコンクリート製が、
橋の強度を上げるため、
そして鉄道が通る大雪山(たいせつざん)国立公園の景観に馴染むよう
アーチ型が採用されたとか。

糠平湖の端に位置する〈タウシュベツ川橋梁〉(2020年6月撮影)。

糠平湖の端に位置する〈タウシュベツ川橋梁〉(2020年6月撮影)。

しかし1955年、〈タウシュベツ川橋梁〉は
鉄道橋としての役目を終えることになります。
増える電力需要に対応するためダムがつくられ、
その人造湖である糠平湖(ぬかびらこ)の底に沈むことになったのです。

士幌線は湖の対岸へと移設され、橋は湖底へ。
ただひとつ想定と違っていたのは、水位の変化に伴い、
アーチ橋がさまざまな姿を見せることでした。

手前に見えるのは、糠平湖をつくる際に切り出された木の切り株。こちらも、60年以上前の姿のまま残っています(2020年7月撮影)。

手前に見えるのは、糠平湖をつくる際に切り出された木の切り株。こちらも、60年以上前の姿のまま残っています(2020年7月撮影)。

寒さで電力消費量が上がり、
ダムの水が減る冬は凍結した湖面から姿を現し、
雪解け水が流れ込み、
来る冬に向けて雨水をため始める夏から秋にかけて完全に水没。
1年を通した水位の差は30メートル近いと言われています。

エゾシカとパチリ。「紅葉の時期に橋の全容が見えるのは珍しいんですよ」と岩崎さん(2020年10月撮影)。

エゾシカとパチリ。「紅葉の時期に橋の全容が見えるのは珍しいんですよ」と岩崎さん(2020年10月撮影)。

山口県央連携都市圏域の 7市町の魅力を発信。 〈山口ゆめ回廊博覧会〉が、 12月末まで開催中!

2021年7月1日(木)から12月31日(金)まで、山口県央連携都市圏域
(山口市、宇部市、萩市、防府市、美祢市、山陽小野田市、島根県津和野町)を会場に、
〈山口ゆめ回廊博覧会〉が開催中。愛称は「ゆめはく」。

ディレクターには、〈BEPPU PROJECT〉代表理事の山出淳也氏や
〈graf〉代表の服部滋樹氏らを迎えています。

写真左から山出淳也氏、服部滋樹氏。

写真左から山出淳也氏、服部滋樹氏。

ゆめはくは、「7つの市町でつなぐ、7色の回廊」をコンセプトに、
圏域の市町が持つ伝統や文化、 自然といった魅力を7つのテーマ、
「芸術」「祈り」「時」「産業」「大地」「知」「食」に分類し、
そのテーマに沿ったイベントを圏域全体で展開。

特別な場所で体験するアートと食のコラボレーションや、
普段は入ることができない場所をご案内する特別なまち歩きなど、
それぞれの地域の特徴を生かした190以上ものプログラムを用意。
7市町のさまざまな会場で開催されます。

夏から冬にかけて 地域の個性が光るイベント目白押し

ここでは、気になるイベントをいくつかピックアップしてご紹介していきます。

来たる9月19日(日)〜 21日(火)の3連休には、
国内外で食やアートを融合した活動を行うアーティスト・船越雅代さんによる
予約制のイベント
「Yumehaku Art & Food in RURIKOJI 『Osmosis 滲透』」を開催。

プレイベントの様子。(写真:桑原明丈)

プレイベントの様子。写真:桑原明丈

開催場所は、山口市〈香山公園〉の瑠璃光寺五重塔・満月の庭 にて。

プレイベントの様子。バックに五重塔が輝く。(写真:桑原明丈)

プレイベントの様子。バックに五重塔が輝く。写真:桑原明丈

世界中を旅し、歴史や風土、食材や文化などを綿密にリサーチし、
その土地だからこそ派生する食のプロジェクトを手がける船越さんが、
圏域を巡る中で見出した言葉「Osmosis(オズモウシス)滲透」に導かれ、
構成・演出していくそう。

地球上の生命の源であり、
その環境によって様態を変化し流動する“水”がテーマ。
豊かで多様な水を湛えた山口と、その美しい水によって育てられた自然の造形、作物。
水のミクロの視点に近づき、
滲透していくその細胞に意識を近づけてみる、という内容です。

〈graf〉が徳島で生み出す循環の和。 四国初のショールームがオープン! 

重要伝統的建造保存地区、徳島県美馬市脇町。
江戸時代より阿波特産の藍の集散地として繁栄し、
商家が軒を並べ、富や成功を示す“うだつ”が目を引く
伝統的なまち並みが残っています。

そんな脇町に、設計業務を主とする徳島オフィス〈graf awa〉を構える
大阪発のクリエイティブユニット〈graf〉。

このたび、graf awaオープンから3年が経ち、
徳島県美馬市にある複合施設
〈ーみんなの複合文化市庭ーうだつ上がる〉内にオフィスを移転、
grafオリジナルの家具やプロダクトを扱うショールームが
2021年9月1日(水)にオープンします。

〈うだつ上がる〉は、土地や景色と向き合いながら
「その場所でしか成立しない建築」をテーマにしてきた建築家の高橋利明が、
脇町に感謝と恩返しの想いをこめて設計した複合型施設。
モノ、ヒト、仕事、風土や文化といった、さまざまなものが往来しながら、
新たな気づきや文化を生み出す“うだつ上がる循環”の拡大をコンセプトにしています。

今回のオフィス移転、ショールームの設立は、
graf代表の服部滋樹がディレクターを務める〈瀬戸内経済文化圏〉の活動がきっかけ。
今後、高橋氏と共にこれからの徳島、 四国で新しい循環を生み、
つながりを大切にしながら、次の時代へと進んでいくそうです。

フードロス削減に一石を投じる、 〈nendo〉デザインの 無人直売キット〈petit market〉

現在の農作物の国内流通システムでは、
サイズや形状などの出荷規格をクリアしないと流通することができません。
また、豊作時の値崩れを防ぐため、出荷量に制限がかかることもあります。

近年、このような規格外品や売れ残った農作物が、
フードロスという形で社会課題となっているのは、多くの方がご存知でしょう。

佐藤オオキ氏率いるデザインオフィス、〈nendo(ネンド)〉は、
そんなシステムに一石を投じる、
無人直売キット〈petit market(プチマーケット)〉を発表しました。

このキットは、道路脇などに設置される無人販売所に着目し、
petit marketを設置することによって、
農家による直売を支援、新鮮で安価な農作物を流通させ、
フードロスの削減や地域経済の活性化を目指す仕組みを促進させるというもの。

プチマーケットが畳まれた状態

畳まれた状態で配送され、特別な工具を使わずに
10分程度あればひとりでも組み立てられます。

棚板の数や位置は、簡単に変更が可能。花や背の高い野菜などを入れるバケツが設置できるほか、傾斜棚やフックなども取り付けられます。

棚板の数や位置は、簡単に変更が可能。花や背の高い野菜などを入れるバケツが設置できるほか、傾斜棚やフックなども取り付けられます。

屋根は傾斜をきつくすることで、雪や落ち葉の堆積を防げるほか、
夏場は内部の熱を通気口から逃す「煙突」のような役割も果たす仕様に。