写真家・川内倫子
移住先の千葉で
見つけたものとは?

田舎暮らしを、後押ししたもの

「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。
緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。
家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」

小さな生き物や草花など日常のなにげない光景から、
生命力に満ちた祭りや儀式まで、
やさしく真摯な目で世界を撮り続けている写真家・川内倫子さん。
長く都内で暮らしていた川内さんが、千葉県に移住したのは2017年。
豊かな自然が残る環境と、東京まで車で1時間という利便性。
両方を備えた土地を見つけ、大きな窓がある気持ちのいい家を新築した。

川内さんのご自宅の大きな窓。

周囲の自然を取り込むように、大きな開口部がふんだんに設けられた川内さんのご自宅。

「結婚、出産、引っ越し。
人生最大の変化がいっぺんにやってきたんです」

移住を決めたいちばんのきっかけは結婚だった。
田舎暮らしにはずっと憧れていたけれど、
ひとりでは不便だし心もとない。

「一緒に田舎暮らしを楽しめるパートナーが
いつかできたらいいな、とは思っていました。
夫は自然が好きなうえ、
小屋を建てたり、庭を整えたりという“生きる力”も持っている。
価値観は同じ。すぐに引っ越しを決めました」

ご主人が手作りした子ども用の小屋。

広い庭には、ご主人が手作りした子ども用の小さな小屋も。室内には、デスクやロフトも完備。

時代の流れも移住の後押しになった。

「10年くらい前は、東京に住んでいないと仕事に不利、
みたいな気分もありましたし、何より、
フイルムの現像所が近くにないと仕事にならなかった時期もありました。
でも今は、ネットがあればものはすぐ届くし、
地方であることの支障はほぼないですよね」

とはいえ、生活は一変。
子どもができ、家族と過ごす時間が長くなったことで、
限られたなかで、できることを効率的に進める習慣がついた。

廊下にはほかの作家の作品も。

ほかの作家の作品が飾られた廊下。

「夜中までだらだら過ごすということも、なくなりましたね……」

ふと川内さんが言葉を止めた瞬間、
開け放った窓から、さらさらと流れる川の音が聞こえてくる。
なんて気持ちがいいんだろう。

「ね? せせらぎが聞こえると、
家での会話もちょっとなごやかになるんです」

夏は湖底に沈み、冬に姿を現す。 幻の橋〈タウシュベツ川橋梁〉の 半年間をおさめた写真集はいかが?

穏やかな水面に、ぽっかり浮かぶようにして建つ白い橋。
湖の水位により大きく見え方が変わることから、
幻の橋とも呼ばれる〈タウシュベツ川橋梁(きょうりょう)〉です。

その姿を撮り続ける写真家・岩崎量示さんが、
直近半年間の記録をおさめた
写真集『タウシュベツ日誌 第3号』の制作にあたり、
クラウドファンディングを開始。
近い将来、崩落すると言われる橋と、
北海道・十勝の雄大な自然が織りなす厳しくも美しい光景が一冊に。

左奥から時計回りに、『タウシュベツ日誌』シリーズの第0号、第1号、第2号。

左奥から時計回りに、『タウシュベツ日誌』シリーズの第0号、第1号、第2号。

〈タウシュベツ川橋梁〉が完成したのは、1937年のこと。
帯広から北へと延びる旧国鉄・士幌線(しほろせん)の開通に伴い、
数多く建設されたコンクリートアーチ橋のひとつで、
全長130メートル、11連のアーチで構成されています。

建築資材の輸送コスト削減などの関係から、
セメントに現地調達が可能な砂や砂利を混ぜることでつくれるコンクリート製が、
橋の強度を上げるため、
そして鉄道が通る大雪山(たいせつざん)国立公園の景観に馴染むよう
アーチ型が採用されたとか。

糠平湖の端に位置する〈タウシュベツ川橋梁〉(2020年6月撮影)。

糠平湖の端に位置する〈タウシュベツ川橋梁〉(2020年6月撮影)。

しかし1955年、〈タウシュベツ川橋梁〉は
鉄道橋としての役目を終えることになります。
増える電力需要に対応するためダムがつくられ、
その人造湖である糠平湖(ぬかびらこ)の底に沈むことになったのです。

士幌線は湖の対岸へと移設され、橋は湖底へ。
ただひとつ想定と違っていたのは、水位の変化に伴い、
アーチ橋がさまざまな姿を見せることでした。

手前に見えるのは、糠平湖をつくる際に切り出された木の切り株。こちらも、60年以上前の姿のまま残っています(2020年7月撮影)。

手前に見えるのは、糠平湖をつくる際に切り出された木の切り株。こちらも、60年以上前の姿のまま残っています(2020年7月撮影)。

寒さで電力消費量が上がり、
ダムの水が減る冬は凍結した湖面から姿を現し、
雪解け水が流れ込み、
来る冬に向けて雨水をため始める夏から秋にかけて完全に水没。
1年を通した水位の差は30メートル近いと言われています。

エゾシカとパチリ。「紅葉の時期に橋の全容が見えるのは珍しいんですよ」と岩崎さん(2020年10月撮影)。

エゾシカとパチリ。「紅葉の時期に橋の全容が見えるのは珍しいんですよ」と岩崎さん(2020年10月撮影)。

山口県央連携都市圏域の 7市町の魅力を発信。 〈山口ゆめ回廊博覧会〉が、 12月末まで開催中!

2021年7月1日(木)から12月31日(金)まで、山口県央連携都市圏域
(山口市、宇部市、萩市、防府市、美祢市、山陽小野田市、島根県津和野町)を会場に、
〈山口ゆめ回廊博覧会〉が開催中。愛称は「ゆめはく」。

ディレクターには、〈BEPPU PROJECT〉代表理事の山出淳也氏や
〈graf〉代表の服部滋樹氏らを迎えています。

写真左から山出淳也氏、服部滋樹氏。

写真左から山出淳也氏、服部滋樹氏。

ゆめはくは、「7つの市町でつなぐ、7色の回廊」をコンセプトに、
圏域の市町が持つ伝統や文化、 自然といった魅力を7つのテーマ、
「芸術」「祈り」「時」「産業」「大地」「知」「食」に分類し、
そのテーマに沿ったイベントを圏域全体で展開。

特別な場所で体験するアートと食のコラボレーションや、
普段は入ることができない場所をご案内する特別なまち歩きなど、
それぞれの地域の特徴を生かした190以上ものプログラムを用意。
7市町のさまざまな会場で開催されます。

夏から冬にかけて 地域の個性が光るイベント目白押し

ここでは、気になるイベントをいくつかピックアップしてご紹介していきます。

来たる9月19日(日)〜 21日(火)の3連休には、
国内外で食やアートを融合した活動を行うアーティスト・船越雅代さんによる
予約制のイベント
「Yumehaku Art & Food in RURIKOJI 『Osmosis 滲透』」を開催。

プレイベントの様子。(写真:桑原明丈)

プレイベントの様子。写真:桑原明丈

開催場所は、山口市〈香山公園〉の瑠璃光寺五重塔・満月の庭 にて。

プレイベントの様子。バックに五重塔が輝く。(写真:桑原明丈)

プレイベントの様子。バックに五重塔が輝く。写真:桑原明丈

世界中を旅し、歴史や風土、食材や文化などを綿密にリサーチし、
その土地だからこそ派生する食のプロジェクトを手がける船越さんが、
圏域を巡る中で見出した言葉「Osmosis(オズモウシス)滲透」に導かれ、
構成・演出していくそう。

地球上の生命の源であり、
その環境によって様態を変化し流動する“水”がテーマ。
豊かで多様な水を湛えた山口と、その美しい水によって育てられた自然の造形、作物。
水のミクロの視点に近づき、
滲透していくその細胞に意識を近づけてみる、という内容です。

〈graf〉が徳島で生み出す循環の和。 四国初のショールームがオープン! 

重要伝統的建造保存地区、徳島県美馬市脇町。
江戸時代より阿波特産の藍の集散地として繁栄し、
商家が軒を並べ、富や成功を示す“うだつ”が目を引く
伝統的なまち並みが残っています。

そんな脇町に、設計業務を主とする徳島オフィス〈graf awa〉を構える
大阪発のクリエイティブユニット〈graf〉。

このたび、graf awaオープンから3年が経ち、
徳島県美馬市にある複合施設
〈ーみんなの複合文化市庭ーうだつ上がる〉内にオフィスを移転、
grafオリジナルの家具やプロダクトを扱うショールームが
2021年9月1日(水)にオープンします。

〈うだつ上がる〉は、土地や景色と向き合いながら
「その場所でしか成立しない建築」をテーマにしてきた建築家の高橋利明が、
脇町に感謝と恩返しの想いをこめて設計した複合型施設。
モノ、ヒト、仕事、風土や文化といった、さまざまなものが往来しながら、
新たな気づきや文化を生み出す“うだつ上がる循環”の拡大をコンセプトにしています。

今回のオフィス移転、ショールームの設立は、
graf代表の服部滋樹がディレクターを務める〈瀬戸内経済文化圏〉の活動がきっかけ。
今後、高橋氏と共にこれからの徳島、 四国で新しい循環を生み、
つながりを大切にしながら、次の時代へと進んでいくそうです。

フードロス削減に一石を投じる、 〈nendo〉デザインの 無人直売キット〈petit market〉

現在の農作物の国内流通システムでは、
サイズや形状などの出荷規格をクリアしないと流通することができません。
また、豊作時の値崩れを防ぐため、出荷量に制限がかかることもあります。

近年、このような規格外品や売れ残った農作物が、
フードロスという形で社会課題となっているのは、多くの方がご存知でしょう。

佐藤オオキ氏率いるデザインオフィス、〈nendo(ネンド)〉は、
そんなシステムに一石を投じる、
無人直売キット〈petit market(プチマーケット)〉を発表しました。

このキットは、道路脇などに設置される無人販売所に着目し、
petit marketを設置することによって、
農家による直売を支援、新鮮で安価な農作物を流通させ、
フードロスの削減や地域経済の活性化を目指す仕組みを促進させるというもの。

プチマーケットが畳まれた状態

畳まれた状態で配送され、特別な工具を使わずに
10分程度あればひとりでも組み立てられます。

棚板の数や位置は、簡単に変更が可能。花や背の高い野菜などを入れるバケツが設置できるほか、傾斜棚やフックなども取り付けられます。

棚板の数や位置は、簡単に変更が可能。花や背の高い野菜などを入れるバケツが設置できるほか、傾斜棚やフックなども取り付けられます。

屋根は傾斜をきつくすることで、雪や落ち葉の堆積を防げるほか、
夏場は内部の熱を通気口から逃す「煙突」のような役割も果たす仕様に。

生活・産業、食、工芸、美術、舞台…… 多彩な軸で「あきた」を探る展覧会 『200年をたがやす』が秋田市で開催中

日常生活と表現が交わる展覧会

「生活・産業」「食」「工芸」「美術」「舞台」という5つの軸で
「あきた」のこれまでの200年と
これからの200年を探る展覧会『200年をたがやす』が
〈秋田市文化創造館〉を拠点に開催中です。

秋田市文化創造館は、2021年3月に開館した文化交流施設。
展示や公演を観賞者として受けとるだけの場所ではなく、
ジャンルに囚われないあらゆる活動の拠点になることを意図してつくられました。

円窓が印象的な〈秋田市文化創造館〉。JR秋田駅から徒歩約10分、久保田城があった千秋公園の入り口にあり、お堀に囲まれた場所に位置します。〈秋田県立美術館〉として市民に親しまれた建物をリノベーションし、今春オープンしました。(〈秋田県立美術館〉は2013年に安藤忠雄設計の新築建物に移転)

円窓が印象的な秋田市文化創造館。JR秋田駅から徒歩約10分、久保田城があった千秋公園の入り口にあり、お堀に囲まれた場所に位置します。〈秋田県立美術館〉として市民に親しまれた建物をリノベーションし、今春オープンしました。(秋田県立美術館は2013年に安藤忠雄設計の新築建物に移転)

オープニング企画としてはじまった展覧会『200年をたがやす』でも、
無料で自由に行き来できる空間に、秋田にまつわる美術作品や伝統工芸品、
食のレシピや進行中の市民プロジェクトの断片など、一見バラバラな分野の表現が、
建物の1階から3階、屋外のデッキや芝生広場にまで並びます。

1Fのキッチンのそばで紹介されているのは、『あの人から教わったレシピ』。公募で集められた「誰かが誰かに教わったレシピ」がエピソードとともに展示されています。秋田で受け継がれる、郷土料理に限らない家庭料理の数々。テーブルの上には21のレシピカードが並び、無料で持ち帰ることができます。(撮影:草彅裕)

1階のキッチンのそばで紹介されているのは、『あの人から教わったレシピ』。公募で集められた「誰かが誰かに教わったレシピ」がエピソードとともに展示されています。秋田で受け継がれる、郷土料理に限らない家庭料理の数々。テーブルの上には21のレシピカードが並び、無料で持ち帰ることができます。(撮影:草彅裕)

美術館のように「順路」はなく、
何をどこから見始めていいかわからないという印象も受けるかもしれませんが、
過ごし方も受け取り方も「来館者自身に開拓してもらいたい」と自由。

異なる活動が交わることはもちろん、
会場にはブランコやベンチ、椅子やテーブルなどもあり、
勉強したり、読書をしたり、
「日常生活の一部が、美術作品やプロジェクトと隣り合うような広場」
を目指して設計されています。入館料も無料です。

会場2F、美術作品と同じスペースに設置されているブランコ。

会場2階、美術作品と同じスペースに設置されているブランコ。

ブランコのそばには、秋田県十文字町(現・横手市)の農家に生まれ、
「農民の暮らし」をテーマに、農業に従事しながら創作活動を行った
農民彫刻家・皆川嘉左ヱ門さんの作品が並び、
公園で遊ぶように作品を味わうことができます。

皆川嘉左ヱ門さんは米の輸入自由化に反対したデモ活動や、
減反田を用いた野外美術ギャラリー〈減反画廊〉の運営でも知られ、
本展覧会では「活動家」としての側面にも注目。
3階では家族へのインタビュー映像も公開されています。

農民彫刻家・皆川嘉左ヱ門さんの作品群。1本の木から掘り出された大きな彫刻に出会えます。(撮影:草彅裕)

農民彫刻家・皆川嘉左ヱ門さんの作品群。1本の木から掘り出された大きな彫刻に出会えます。(撮影:草彅裕)

グラフィックデザイナー・原研哉
「グローバル/ローカル」の時代。
価値はローカルに眠っています。

さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉える「ローカルシフト」。
その第1回は、日本を代表するグラフィックデザイナーであり、
自主的なプロジェクトやエキシビションも
数多く手がける原研哉さんに話を聞いた。

個人の視点で見出す風景

無印良品、ヤマト運輸、蔦屋書店、JAPAN HOUSE……。
原研哉さんは現代の日本を象徴するような数多くの企業やプロジェクトに、
グラフィックデザイナーとして関わってきた。
1959年に亀倉雄策らが創業した日本デザインセンターの社長を
2014年から務めていて、英訳された著書もあり、海外でもよく知られる存在だ。

この4月1日から使用が開始された〈ヤマトホールディングス〉の新しいクロネコマークやロゴも、原さん率いる日本デザインセンターが手がけた。

この4月1日から使用が開始された〈ヤマトホールディングス〉の新しいクロネコマークやロゴも、原さん率いる日本デザインセンターが手がけた。

そんな原さんが、〈低空飛行〉という新しいプロジェクトを
発表したのは2019年のことだった。
これはクライアントをもたない自主的なプロジェクトで、
原さんが日本各地を訪れ、自身で撮影し、原稿を書き、
月1回のペースでインターネットに公開していく。
現在までに巡った場所は北海道から九州の五島列島までの30か所以上に及ぶ。

日本には、こんなにすばらしいところがこれほどたくさんあったのか!
〈低空飛行〉を見ると、それぞれの美しさや豊かさに圧倒されてしまう。
ホテル、旅館、ミュージアム、庭園、ものづくりの現場など、
原さんの目にかなった場所が、彼ならではの研ぎ澄まされた
感性と考察を通して紹介されているのだ。

〈小田原文化財団 江之浦測候所〉で撮影する原さん。〈低空飛行〉の撮影や原稿執筆は、基本的に原さんがひとりで行っている。

〈小田原文化財団 江之浦測候所〉で撮影する原さん。〈低空飛行〉の撮影や原稿執筆は、基本的に原さんがひとりで行っている。

「〈低空飛行〉で取り上げるのは、長持ちしそうな場所ですね。
土地の魅力を見定めて、その魅力を生かすことを生業にする人がいることが大切です。
一方で新しさには執着しません。
僕は建築好きですが、建築的才能に頼って新しく奇抜なものをつくると、
建築が自然に対して屹立してしまいます。
ただしはっきりした選考基準はなく、基本は直感です」

OLAibi、KOM_Iも出演。 岩手・遠野をめぐるカルチャーツアー 〈遠野巡灯籠木〉

遠野の文化を堪能できる3日間

柳田国男が手がけた『遠野物語』で有名な岩手県遠野市。
今夏、そんな遠野の魅力に迫るツアー型イベント〈遠野巡灯籠木〉が開催されます。
同イベントは、全国各地から“マレビト”として集結した参加者とともに、
遠野に新たな民話を紡ぐというもの。

遠野の民俗文化をめぐるスタディツアー、
遠野の郷土芸能「しし踊り」と音楽家たちによるライブセッション、
遠野の死生観にまつわるドキュメンタリー映像上映、
滋味あふれる食など、新旧のカルチャーを織り交ぜた内容となっています。

左上から時計回りに、OLAibi + KOM_I、Kuniyuki Takahashi、 DAISUKE TANABE、しし踊り

左上から時計回りに、OLAibi + KOM_I、Kuniyuki Takahashi、 DAISUKE TANABE、しし踊り

「しし踊り」は遠野の夏を代表する伝統芸能。
太鼓の音に揺さぶられ、動物と人が一体化するような迫力ある神事です。
本イベントでは、『遠野物語』の中にも記載のある
菅原神社の例祭で奉納される「張山しし踊り」を上演します。
また、OLAibi + KOM_I、Kuniyuki Takahashi、DAISUKE TANABE
といったアーティストたちが、「しし踊り」に触発されたライブセッションを披露。
個性あふれるアーティストたちは、しし踊りをどのように解釈し、
表現するのでしょう。

一方スタディツアーでは、遠野の風習や信仰を伝える〈to know〉コーディネートのもと、
『遠野物語』に登場する舞台や、河童や座敷わらしが実際にいた場所、
遠野ならではの信仰や文化を感じられる土地を歩きます。
多くの方が、幻想世界の中の存在であった妖怪。
それが実際にいたとなると、世界の見え方も変わってきそうですね。

また、上映されるドキュメンタリー作品は、
「目に見えないものはある」といまも強く信じられる遠野において
死生観は現代とどう接続しうるのかをテーマにした新作映画『DIALOGUE WITH ANIMA』。
当日は同作を上映のほか、関連トークショーも開催されます。

そのほか、食事は古くから残る発酵技術を極め、
唯一無二のどぶろくをプロデュースするオーベルジュ〈とおの屋 要〉提供の新酒どぶろくと、
新進気鋭のシェフが遠野で営むイタリアンレストラン〈おのひづめ〉プロデュースによる
ディナーが登場。
バーカウンターでは、遠野の名物スナック〈トマトとぶ〉の出張営業も行われます。
ぜひ、この機会に遠野の滋味を五感で味わってみてください。

遠野の文化や歴史を多角的に学び、体験できる充実の3日間。
ツアー締め切りは7月10日(土)までとなっているので、気になる方はお見逃しなく。

information

遠野巡灯籠木 民俗・芸能・食・音楽 ― 異界をめぐる3日間

日程:2021年8月27日(金)~29日(日)2泊3日

参加人数:20人程度

宿泊場所:たかむろ水光園

参加費:55000円

Web:遠野巡灯籠木公式サイト

予約:ツアー申込みフォーム

*価格はすべて税込です。

安藤忠雄建築。 物語の聖地・大阪 〈こども本の森 中之島〉

安藤さんから子どもたちへ。豊かな想像力を養う場

100年以上前に開館した重要文化財の大阪市中央公会堂をはじめ、
東洋陶磁美術館などがあり、大阪文化の中心地として栄えてきた中之島一帯。

こども本の森 中之島

こども本の森 中之島

そんな中之島にある中之島公園に、
2020年7月に誕生した〈こども本の森 中之島〉。
名前からも察することができる通り、
たくさんの本が集まった、子どもと本をつなぐ文化施設です。

本や芸術文化を通じて、
子どもたちが豊かな創造力を養ってもらう施設として活用してほしいと、
大阪出身の建築家・安藤忠雄さんが自身の設計で寄附した施設。

子どもが主役の施設であることを第一に考え、
場所の個性を十二分に生かすことを念頭に置いて設計したといいます。

地域に根ざし、 社会や環境の多様性を示す場に。 〈滋賀県立美術館〉 リニューアルオープン

「かわる、かかわる」美術館に

装いを新たにした美術館のオープンラッシュが続いています。

この滋賀県唯一の公立美術館〈滋賀県立美術館〉もそのひとつ。
晴れて2021年6月27日(日)に、リニューアルオープンされることになりました。

同館は、国内随一を誇る本画家・小倉遊亀や染織家・志村ふくみのコレクションをはじめ、
マーク・ロスコやロバート・ラウシェンバーグなど、戦後アメリカ美術を代表する
作家の良作を収蔵していることでも知られています。

一方で、ワークショップやアートゲームを用いた鑑賞教育なども開館当初から実施し、
美術教育の普及に尽力しているという側面も。

美術館のエントランス。クリエイティブユニット・grafがディレクションを担当。

美術館のエントランス。クリエイティブユニット・grafがディレクションを担当。

子どもたちが自由に遊べる開放的なキッズスペース。

子どもたちが自由に遊べる開放的なキッズスペース。

日本庭園が見える、静謐なムードのソファのある部屋。

日本庭園が見える、静謐なムードのソファのある部屋。

リニューアルに際して、掲げられたコンセプトは「かわる、かかわる」。

2021年1月に新しく館長に就任した保坂健二朗さんは、今日の美術館の使命を
「人がつくったさまざまなものに触れることを通じて、
社会や環境の多様性をより深く感じられる場をつくること」
であると考えます。

その使命を遂行するにあたり、
障害やジェンダーの枠を超え、創造の場を支える「Creation」、
人間にとってのアートの意味を問いかける「Ask」、
県民と協業し、地域の魅力を発信していく「Local」、
ユニバーサルの理念のもとに、人々の学びに貢献する「Learning」の
4つ(CALL)を軸に、事業を展開していくといいます。

美術館の大きな屋根のような三角から、「M」「S」のかたちをつくり、様々な人と手をとり、広くコミュニケーションをとっていく姿を表現。UMA/design farmがデザインを担当。

美術館の大きな屋根のような三角から、「M」「S」のかたちをつくり、さまざまな人と手をとり、広くコミュニケーションをとっていく姿を表現。〈UMA/design farm〉がデザインを担当。

館名も、時代や傾向を限定することになる「近代」を外し、
リニューアルに合わせて〈滋賀県立美術館〉と改名。

地域に開かれた現代の美術館として、
どのような取り組みが行われるのか、期待が募ります。

〈長野県立美術館〉が新築オープン。 今夏には〈Mame Kurogouchi〉 10周年記念展も

自然と歴史の調和がテーマの美術館

全国のアート好きの間でこの春話題にのぼった、
〈長野県立美術館〉の新築オープンのニュース。

信州一の美術館として親しまれてきた〈長野県信濃美術館〉が、
3年弱の年月をかけ、自然に囲まれたガラス張りの美しい
〈長野県立美術館〉へと一新しました。

コンセプトは美術館と自然的・歴史的景観の
調和をうたった「ランドスケープ・ミュージアム」。
「人と自然」を基本テーマに収集・展示が行われるそうです。

設計を担当したのは、建築家の宮崎浩氏。

本館と東山魁夷館をつなぐ連絡ブリッジ

本館と東山魁夷館をつなぐ連絡ブリッジ。

風テラス(屋上広場)

風テラス(屋上広場)。

水辺テラス

水辺テラスの様子。

地下1階から地上3階まである同館は、
近隣の善光寺や城山公園、美術館、神社へなだらかにつながる地形を生かし、
誰もが気軽に立ち寄れる憩いの場としても機能。

善光寺を正面に周囲の山々を見渡せる屋上広場や、
チケットレスで自由に入れる無料ゾーンも併設されています。

屋外常設作品には、
雪研究の第一人者で物理学者・随筆家の中谷宇吉郎さんの娘で
世界的現代アーティスト・中谷芙二子さんの
『霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series I-』が。

美術館と自然、霧が調和する幻想的な空間は、
「ランドスケープ・ミュージアム」を象徴する作品として、
さっそく多くの注目を集めているよう。

そのほか、子ども向けワークショップや対話型鑑賞を定期開催。
学校団体向けのプログラム「スクールプログラム」も整備し、
美術による、より豊かな学びをサポートする取り組みも。

県唯一の県立美術館として、多くの期待が寄せられています。

写真家・植本一子さんの旅コラム
「なにもないように見えて
すべてがある〈豊島美術館〉」

仕事の旅、そして、そのローカルを旅する

写真家として、撮影で遠方に行くこともあるのですが、
それはもはや旅ではなく、常に気の張った仕事です。
出張でいろんなところへ行けてうらやましいといわれることも多いのですが、
これが結構疲れるものなのです。

旅行という言葉で思い起こされる、気の抜けた、のびのびとした感じとはほど遠く、
撮影も無事に終わり、空いた時間でちょっとでもその土地を堪能しようと思っても、
重たい機材や、納品のことなんかを考えると、とてもそんな気分にはなれないのです。

ですが、数年前から文章を書き始め、それが運よく出版され……となると、
地方にある本屋さんからイベントに誘われることも増えました。
本についてのトークショーをするために行くのです。
遠方にいる読者の方に会えるのはもちろんうれしいし、
呼んでくださった本屋さんとも親しくなり、本を出版するたびに、
トークとかこつけてその土地へ行くことにすっかりハマってしまいました。

そんななか、大好きな場所を見つけました。
数年前の夏、高松の本屋さんで刊行記念のトークをした際、
同行していた編集さんや地元の人に勧められ、
豊島(てしま)に行ってみることにしました。

高松の船乗り場から、
まるでアトラクションのようにびゅんびゅん波の上を進む高速艇で、
瀬戸内海に浮かぶ小さな島々を横目に約35分。のどかな小さい島に着きました。
そのときは編集さんの運転するレンタカーに乗せてもらい、一気に山を登りましたが、
電動のレンタサイクルでのんびり走っている人もたくさんいます。

豊島へ向けて出発!

豊島へ向けて出発!

農園であり、家である。
新しい「東京の農業」を
次々と発信する拠点

新規就農して「東京の農家」になる

新規就農はローカルでなく東京でもできる。
その実例を見せたいと「東京の農業」にこだわっている
〈繁昌(はんじょう)農園〉の繁昌知洋さん。
農業のイメージアップのため、これまでとはひと味違うやり方で、
農業の可能性を広げようと努めている若手農家だ。

〈BESS〉の家を拠点に、東京都青梅市に16か所の農地を持つ繁昌さん。
学生時代から自然に関わる仕事を求めていて、
農業に惹かれていったのは当然のなりゆきだった。
そして体験農園や農業スクール、2年間の農家研修などを経て、
2016年、自身の名を冠する農園を独立開業することになった。

繁昌知洋さんと妻の美智(みさと)さん。

繁昌知洋さんと妻の美智(みさと)さん。

「独立するときは、まさか東京でできるとは思っていなかったので、
千葉や長野などで土地を探していました。
そんななか、偶然、東京都の立川市で農業をやっている人に出会ったんです。
その人と話して、“東京でも農業ができるんだ”と思いました」

東京での農業に大いに可能性を感じた繁昌さんは、
さっそく農地を探し始め、現在の青梅の農地を見つけた。

繁昌さんのスタイルは少量多品種生産。
現在では約140種類のオーガニック野菜を育てている。

「始めた当初は、売り先も定まらないまま、とにかくつくる日々。
売れたらいいけど、見込み生産みたいなものでした。
でも最近は、ニーズに合わせた受注生産に近いです」

東京産であることを打ち出すことで、都内のお客さんからの注文が増えている。
さっそく東京で農業をしているメリットを生かすことができたようだ。

「特に都心部のお客様は舌が肥えているというか、
普通のスーパーなどで売っていないような野菜を望む人が多いんです。
西洋野菜のカーボロネロとかコールラビとか。
お客様のニーズにそれぞれ応えていったら、自然と品種が増えていきましたね」

新規就農者の場合、最初から大規模農地を用意することが難しく、
特に東京や都市圏では飛び地の農地で活動している人も多い。
大量につくれないという特性を逆に生かせば、少量多品種という可能性が見えてくる。

もうひとつ、繁昌さんが「新規就農者がやるべき」と掲げるのが伝統野菜だ。

「各地の伝統野菜の復活も、新規就農者だからこそやりやすいことだと思います。
僕の場合は、江戸東京野菜。
亀戸大根、金町こかぶ、のらぼう菜、八丈オクラなどを栽培しています。
一般流通している野菜は、食べやすいように品種改良されているものが多いですが、
野菜はもう少しえぐみのあるもの。
伝統野菜にはそうした野菜本来の味が残されているので、
その味も忘れないようにしていきたいです」

収穫したばかりの亀戸大根。

収穫したばかりの亀戸大根。

伝統野菜が忘れられつつある理由には生産効率や流通、味などがあるだろう。
ほかにも農業にはフードロス、後継者不足など、社会課題がたくさんある。
その課題解決には、少なからず新しい目線を持った取り組みが必要になる。
それを解決していくには、新規就農者のほうがやりやすいのだろう。
繁昌さんは、それらの課題を明確に見据えながら農家としての道を歩んでいる。

北海道の森の景色が育んだ
臼田健二さん、
MAYA MAXXさんの二人展

森に囲まれた道北のまち、下川町を訪ねて

昨年7月に東京から北海道の美流渡(みると)地区へ移住した
画家のMAYA MAXXさんと
木工作家の臼田健二さんの二人展が、吉祥寺で開催されている。

開催の経緯は思いがけないものだった。
昨年秋、私は雑誌の取材で道北・下川町に住む臼田さんのもとを訪ねたことがある。
このとき運転が苦手な私に代わって車を出してくれたのがMAYAさん。
道内各地を巡ってみたいという思いもあって一緒に下川町を訪ねてくれた。

臼田さんは下川町木工芸センターで作品を制作している。工房には樹種も形もさまざまな器が無数に並んでいた。

臼田さんは下川町木工芸センターで作品を制作している。工房には樹種も形もさまざまな器が無数に並んでいた。

臼田さんは静岡県出身。東京でシステムエンジニアとして働いた後、
1992年に北海道に移住し木工制作を始めた。
東川町で工房を開き、2015年に下川町に拠点を移した。
主に器を制作していて、ナラやセンなどさまざまな樹種が使われている。
クルミの器は、木の皮の部分をあえて残していて、その有機的な形からは、
天に向かって木が伸びていく生命力のようなものが感じられる。

クルミの器。皮の部分と内側の部分の色のコントラストが美しい。

クルミの器。皮の部分と内側の部分の色のコントラストが美しい。

臼田さんは地元の材を使うことにこだわりを持っている。
北海道の広葉樹は、紙の原料としてチップにされてしまうことが多い。
年月を経て大きくなった木でさえも、粉々になってしまう状況を見て、
そこに新しい命を吹き込むことはできないだろうかと考えたという。

取材で訪ねた日、臼田さんは所有する森に案内してくれた。2016年に山を買い、自ら間伐をして道をつけ、大きなウッドデッキもつくった。

取材で訪ねた日、臼田さんは所有する森に案内してくれた。2016年に山を買い、自ら間伐をして道をつけ、大きなウッドデッキもつくった。

「道北の風景は美流渡はとはまた違う」、下川町を訪ねMAYAさんは語った。

「道北の風景は美流渡はとはまた違う」、下川町を訪ねMAYAさんは語った。

MAYAさんは取材に同行するなかで、偶然にも
以前から家に置きたいと思っていたランプシェードが
臼田さんの手によるものだったことに気づいた。
ちょうど欲しいサイズがネットで売り切れていたという話をMAYAさんがしたところ、
その翌日、取材帰りの私たちに臼田さんがランプシェードを手渡してくれた。
昨日、取材を終えてすぐに工房でつくってくれたというのだ(!)。

MAYAさんの自宅に取りつけられたランプシェード。

MAYAさんの自宅に取りつけられたランプシェード。

不動産サービス〈よいチョイス〉
賃貸 or 分譲が選べる、
住まいの新たな選択肢

SWAY DESIGN vol.8

石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。

いよいよ最終回となりました。
今回はSWAY DESIGNが自ら不動産を買い取り、賃貸を行う物件をご紹介。
受託事業がメインの設計事務所が、自社サービスとして
不動産事業に取り組み始めた経緯、さらにはふたつの物件を通じて、
住まいの新たな選択肢について考えていきます。

設計事務所による不動産事業〈よいチョイス〉

これまで店舗や住宅の設計を行うなかで
「設計事務所」という枠組みでは要望に応えることができず、
その受け皿としていくつかの自社サービスが生まれてきました。

今回はそのうちのひとつ、〈よいチョイス〉というサービスのお話。
自社で不動産を購入したり、他オーナーの仕入れを手伝い、
企画から設計・施工、そして販売 or 賃貸を一貫して対応するサービスです。

初期Webサイトに掲げたコンセプト。事業の変化に伴い改正中。

初期Webサイトに掲げたコンセプト。事業の変化に伴い改正中。

サービス開始のきっかけは、ある違和感からでした。

理想の住まいを実現するには家を購入するケースが多く、
つまりは長期所有が前提となってしまう。
設計者はその仕組みが施主にとって最善なのかを問うことなく、
予算やローン返済の月額から建築予算を決め、
その中で行う設計を“最適解”としているのではないか。

設計事務所の強みといえば、ハウスメーカーと違い、
個別対応で施主にとってベストな選択肢を提案できるといいます。
しかし、それはあくまで狭小住宅や変形敷地に対応できる、といった
“建築そのもののつくり方”に対するもの。
住まいづくりの仕組みに関わるものではありません。

自社不動産事業の第1弾、金沢市本多町にある物件。構造はほとんどそのままに、内装の模様替えを行った。

自社不動産事業の第1弾、金沢市本多町にある物件。構造はほとんどそのままに、内装の模様替えを行った。

同じ建築周辺の領域でも、建築予算を算出するファイナンシャルプランナー、
宅地開発する不動産会社、コスパが良い工業製品化した分譲住宅の販売会社など、
専門性が異なるサービスはいくつもあります。

その中で、設計を主体とする自分たちはどの領域まで取り組むべきか。
よいチョイスでは、注力すべき箇所、ルーティン化できる作業などを考え、

・設計については、個別対応の案件よりも作業時間を抑えて、

より良いものをローコストで提案する。

・設計以外では、自らが建物のオーナーとなり、所有の仕方の新しい可能性を示す。

という発想にたどり着き、実践へと移っていきました。

いちき串木野市の廃校の記憶を
記録に残す、地域映画プロジェクト。
「かんぷくシネマ」

地域プロデュースとして映画をつくる

2010年に鹿児島県南九州市で〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉という
フェスを始めてから10年以上が経ち、
運営している僕たち〈リバーバンク〉のチームには
商業施設や公園といった「公開空地」でのイベント企画や、
人が集まる場としてのショッププロデュースといった依頼が
舞い込むようになっていました。

そのなかで、リバーバンクが活動している南九州市ではなく、
鹿児島県いちき串木野市という自治体から、
地域を盛り上げるための企画を考えてほしいという依頼がありました。

地域では古くから、霊山として大事にされてきた冠岳の風景。

地域では古くから、霊山として大事にされてきた冠岳の風景。

いちき串木野市は市来(いちき)と串木野というふたつのまちが合併してできた、
人口3万人弱の地方都市です。市来も串木野も東シナ海に面した港町ですが、
内陸に入った中山間地域に冠岳という霊山があります。
その冠岳地区と麓の生福(せいふく)地区もまた、御多分に漏れず過疎化に悩む地域。

この地域を、芸術文化を切り口に関係人口を創出して盛り上げられないか、
というのが自治体からのオーダーでした。
ひとくちに芸術文化といっても、
それこそ子どもたちの書道や絵画展から現代アートまで、想定される領域は広大です。
これまで僕らも全国あちこち見て回るなかで、
いきなりエッジの効いたキレキレのアートを持ち込んでも、
地域に古くから暮らす人たちには響かないという事例をいくつも見てきました。
だからといってクオリティ度外視でなんでもありの展覧会などでは、
そもそも域外からの関係人口の巻き込みは難しい。

まずは、この地域に足を運んで見て回ろうということで
僕が代表を勤めるディレクション会社〈BAGN Inc.〉のメンバーと
地域を歩き回ってリサーチを始めました。
実は本当にたまたまですが、僕の父は合併前の串木野市の出身で、
子どもの頃は夏休みになると市街地にあった祖父母の家に預けられたりしていました。
しかも祖父母のルーツはそこから車で20分ほどの冠岳〜生福地域。
墓参りなどでときどき来ていたこともあり、多少の土地勘はありました。
でも僕自身はこの地域のことはほとんど知らなかった。
ここに自分のルーツがあるということも、
この仕事のオファーがあって調べているうちにあらためて認識したくらいでした。

かつてこの地を訪れた中国の伝説の人物、徐福の像。

かつてこの地を訪れた中国の伝説の人物、徐福の像。

“写真の町”北海道・東川町が舞台。 第一線で活躍する 6名のフォトグラファーによる グループ展を開催

©Yoshinori Mizutani

北海道・東川町は、1985年に世界でも類を見ない“写真の町宣言”を行い、
今日まで36年にわたり、さまざまな写真文化の醸成・発信をしてきた場所。

そんな写真の町を舞台に、
ファッション・アート業界の第一線で活躍しているフォトグラファー6名による
グループ展「6STORIES -東川町を写した写真家たち-」が
5月29日(土)から〈東川町文化ギャラリー〉にてスタートします。

東川町では毎年「東川町国際写真フェスティバル」や
「写真甲子園」などのイベント開催をはじめとする、長年の写真文化の活動によって、
地域住民も“撮る”“撮られる”ことから生まれる交流や結びつきが根づいています。

今回のグループ展は、フォトグラファーたちが自ら被写体を決め、
東川を舞台に思い思いのフィールドで作品を撮り下ろすというもの。

〈HIROSHIMA DESIGN CHALLENGE 2021〉 審査員に深澤直人らが参加。 デザイン都市を目指す 広島発のアワードが開催

「ピース」なデザイン溢れるまち・広島をめざして

「街なかをピースにするデザイン」をテーマに、
広島県の事業者が主体的に「デザイン」を活用し、
クリエイターと共に空間や設置物などの開発に挑戦するプロジェクト
〈HIROSHIMA DESIGN CHALLENGE 2021〉。

現在、同プロジェクトの参加事業者のお題に対し、
共に新たなものづくりに挑戦するデザインパートナーを募集しています。
申し込み期間は、2021年5月30日(日)まで。

「イノベーション立県」を掲げ、持続可能な経済社会の実現に向け、
新たな価値やサービスが次々と沸き起こる
イノベーション・エコシステムの構築に力を入れている広島県。

その提唱を受け、イノベーションの原動力
「創造的なデザイン人材」を巻き込み、デザインを活用していくことで、
魅力的な都市環境を備えた「デザインあふれるまち」を目指しているといいます。

その具体的なプロジェクトのひとつが、
このHIROSHIMA DESIGN CHALLENGE 2021。

今回、「デザインあふれるまち」を目指す上で、
キーワードとして掲げられたのが「ピース」。

これは、原爆投下による破滅的な状況からめざましい復興を遂げた
平和のまち・広島を象徴する「peace」であり、
ひとつのデザインを担うという意味を込めた「piece」でもあります。

そこから、今回のテーマである「街なかをピースにするデザイン」の
「ピースにする」という部分は、以下3つの意味から成ることばとして定義。

〈HIROSHIMA DESIGN CHALLENGE 2021〉のテーマ「街なかをピースにするデザイン」の「ピースにする」部分はHappiness、Imagination、Funの3つの意味からから成る

この施策を通し、広島からデザインの話題が上がるように。
そして、デザインによるコミュニケーションから、
平和について考えるきっかけとなるように。そんな想いが込められています。

旭川市〈Cafe Sunao〉
歴史ある商店街の居酒屋を
コミュニティカフェに

野村パターソンかずたか vol.8

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。

元ミュージシャンで世界の都市を巡った背景から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。

最終回の今回は、旭川市の中でもひときわ長い歴史を持つ
銀座商店街にあった居酒屋を、地域の人が集えるコミュニティカフェとして蘇らせた
〈Cafe Sunao〉さんをご紹介します。

旭川銀座商店街にある店舗。外観ビフォー。

旭川銀座商店街にある店舗。外観ビフォー。

かつては賑やかだった旭川銀座商店街

日本全体で見ると、名前に「銀座」と入る商店街は300を超えるらしい。
旭川銀座商店街もそのひとつで、市内では最も古い歴史をもつ商店街のひとつだ。
実は自分の先祖のルーツがある場所でもある。

私の曾祖父は、戦後に金沢から北海道に移住し、くず鉄拾いからシイタケ栽培まで、
生き抜くためにあらゆる商売をやってきたと聞いている。
銀座商店街の一角に店舗を構えていた彼の商店は、その後も場所やかたちを変え、
最終的には米菓製造に落ち着くことになる。

〈野村製菓〉という米菓会社は、餅の製造に加えて、江戸揚げを主力製品としていた。
江戸揚げは、「かぶきあげ」とも呼ばれ、蒸したもち米をついて、
米油で揚げ、粗塩をふりかけただけのシンプルな菓子だ。
最盛期には、このお菓子を北海道中で何億円分と販売していたというから驚きだ。

残念ながらこの会社はなくなってしまったが、
曾祖父からバトンを譲り受けた祖父に連れられて何度も訪れた旭川銀座商店街の風景は、
自分の幼少期の原風景として記憶に残り続けている。
活気あふれる野菜市、いつ行っても賑わっていた多くのお客さん。
全国どこの商店街も同じかもしれないが、いまとは比較にならない活気に包まれていた。

築51年、元居酒屋の空き店舗

今回紹介する物件の周辺には商店街の顔ともいえる建物が多く存在したが、
年を追うごとにどんどん解体されていった。
個人商店が多く入っていたRCの建物や、吹けば飛ぶような木造2階建てなど、
大通りに近いほうが徐々に潰されていった。

店舗の数には不釣り合いな駐車場だけが目立ち始めていた2019年、
元居酒屋の店舗が売りに出された。
もとは〈千鶴寿司〉という評判の寿司屋だった店舗が、
居酒屋として約10年利用されたあとに閉店して、店舗兼住居として売りに出されていた。
放っておけばまた駐車場がひとつ増えるだけだろう。
家族のルーツがあるこのエリアの物件の取得に向けて動くことにした。

内見パーティの様子。このあと人数は3倍ほどに膨れ上がる。

内見パーティの様子。このあと人数は3倍ほどに膨れ上がる。

物件の購入に合わせて恒例の内見を兼ねたパーティイベントを開催し、
たくさんの人が集まった。2021年のいまとなっては、
マスクもせずに何十人も集まり同じ空間で過ごしたあの夜は、もはや昔話のようだ。

シェアスタジオ〈野毛山Kiez〉
コロナを経て誕生。
築50年の倉庫を仲間たちの作業場へ

YONG architecture studio vol.4

横浜市の野毛山エリアにて、
オフィスや住宅、アトリエなど複数の拠点をつくり活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
現在は長野県にも拠点を持ち、2地域で活動を展開しています。

今回は京浜急行の戸部駅すぐ近くの元倉庫を改修した
シェアスタジオ〈野毛山Kiez〉について紹介します。
昨年コロナ禍にできたばかりのスタジオで、
これから野毛山エリアで活動を展開していく拠点となります。

事務所の分室を探して

〈藤棚デパートメント〉内の事務所スペース。

〈藤棚デパートメント〉内の事務所スペース。

ホールにある可動の本棚ワゴンスペース。

ホールにある可動の本棚ワゴンスペース。

前回ご紹介した〈藤棚デパートメント〉には、
シェアキッチンとともに自分の設計事務所があります。
利用者さんやまちの人とコミュニケーションをとるには良いレイアウトだったのですが、
年々利用者が増え、次第にホールも事務所も手狭になってきました。

そしてデパートメント開設から2年経った頃、レイアウトを変更し、
さらに近くにサテライトの作業所として使えそうな場所を探すことにしました。

そんなある日、まちの不動産屋さんを訪ねた際、1軒の倉庫物件を紹介されます。
それは、藤棚商店街から徒歩5分ほど、戸部駅近くにある築50年ほどの物件でした。

1間半の幅の建物。なかなかの佇まい。

1間半の幅の建物。なかなかの佇まい。

借り手がつかなければ取り壊すそうで、原状のまま貸すから好きにしてOK、
原状回復の義務はなし、という条件。
建物の状態は悪いですが、駅前にしてはかなりの破格の賃料でした。

1階の様子。奥はかなり傷んでいて、手直しが必要そう。

1階の様子。奥はかなり傷んでいて、手直しが必要そう。

2階は和室がふた部屋。真ん中にはキッチン、トイレがあります。

2階は和室がふた部屋。真ん中にはキッチン、トイレがあります。

藤棚商店街を訪れる方は戸部駅を使う方が多く、駅から商店街までは徒歩10分ほど。
ここの場所はちょうど藤棚に向かう道の途中なので、自分だけで使うのではなく、
なにか近隣の人たちが集まれる場所にできないかと考えていました。
デパートメントと駅の間にもうひとつ拠点ができれば、
それぞれの拠点で生まれる関係が重なって、
面的なつながりをつくっていくことができそうです。

とはいえ、この物件はかなり手を入れる必要がありそうです。
土台は腐り、トイレは使えない状態で、窓も壊れて外れかかっています。
このままでは、さすがに人を呼べそうにありません。

〈島根県立美術館〉所蔵の 浮世絵コレクションを多角的に楽しめる 特設サイトがオープン!

約3000点の浮世絵をさまざまな視点で紹介

宍道湖に面し、美しい夕日が差し込む〈島根県立美術館〉。
地元に縁のある展示をはじめ、西洋画から民芸まで、
さまざま企画展を行い、全国から注目を集める美術館です。

そんな同館が、なんと約3000点もの
浮世絵を所蔵しているのをご存知でしょうか。

このたび、島根県立美術館の
浮世絵コレクション特設サイトがオープン。
浮世絵をウェブ上で自由に観賞できるサービスを始めました。
例えば、葛飾北斎もこのように。

葛飾北斎『冨嶽三十六景 凱風快晴』 天保初期(1830-34)頃 [新庄コレクション]

葛飾北斎『冨嶽三十六景 凱風快晴』 天保初期(1830〜34)頃 [新庄コレクション]

葛飾北斎『肉筆画帖(鮎と紅葉)』 天保中〜末期(1835-44)頃 [永田コレクション]

葛飾北斎『肉筆画帖(鮎と紅葉)』 天保中〜末期(1835〜44)頃 [永田コレクション]

葛飾北斎『諸国瀧廻り下野黒髪山きりふりの滝』 天保4年(1833)頃

葛飾北斎『諸国瀧廻り下野黒髪山きりふりの滝』 天保4年(1833)頃

松江出身の実業家・新庄二郎氏(1901〜1996)旧蔵の「新庄コレクション」、
津和野出身の北斎研究者・永田生慈氏(1951〜2018)旧蔵の「永田コレクション」と、
ふたつの良質な個人コレクション約3000点の概要や代表作の紹介をはじめ、
さまざまな特集を通して、同館の浮世絵の魅力に迫ります。

金沢市〈本多町コーポ〉
築50年の空室マンションが、
店舗複合の人気物件へ

SWAY DESIGN vol.7

石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。

今回は金沢市本多町にある築約50年の3階建てRCマンションの改修事例をご紹介。

改修前の稼働率は12戸中6戸で、建物の残存価値はなく、
ほぼ土地値に近い価格で販売されていました。

そんな収益性の低い物件はなかなか買い手がつかず、
家賃を下げても入居者は集まりません。
しかし、いまでは満室稼働の人気物件に。その経緯を振り返ります。

オーナーとの出会い

〈SWAY DESIGN〉を立ち上げて3年を過ぎた頃、
東京・石川の2拠点生活をしていた時期がありました。
石川で仕事を続けることに迷いが生まれ、
独立前に東京でお世話になっていた会社を手伝いながら、石川と行き来する日々。

そんななか、東京で担当していた案件で施工をしていた
建設会社の会長さんと出会います。
それがその数年後に本物件のオーナーとなるYさんです。

当時Yさんには、東京の現場の合間に、事業を継続していくことの難しさや
技術面での悩みなどを聞いていただき、ときには叱られながら、
自分に足りない知識と意識を叩き込まれる日々でした。

東京からUターンして個人事業主になったものの、少しだけ弱気になり
「石川の事務所を引き払って、また東京で正社員として勤め先を探そうかな」
と考えていた時期でしたが、このYさんとの出会いが
SWAY DESIGNにとっての大きな転機を生むことになりました。

物件との出会い。難しい課題へと挑む

東京の仕事が竣工し、石川へ一時帰省していたとき、
Yさんから久しぶりに連絡をいただきました。
「知人から金沢のマンション売買の相談を受けて金沢に行くから、
一緒に物件を見てほしい」とのこと。

金沢駅近くの高層分譲マンションでしたが、劣化が激しく、その物件の話は中止に。
でもせっかく金沢に来たのだからと、地域を案内しながら話していると、
首都圏と地方都市の物件価格の違いや
不動産市場がどうあるべきかの議論で盛り上がります。

そして「再生できる可能性があるのに、
前例がないために動き出さない建物の利活用事例をつくろう」と、
新たな物件探しにのりだしたのでした。

複数の内見を経て見つけたのが、〈本多町コーポ〉です。

売却時の状態。塗装が剥がれ、手すりには錆が浮き、舗装はガタガタで草が生えている。

売却時の状態。塗装が剥がれ、手すりには錆が浮き、舗装はガタガタで草が生えている。

金沢市本多町にある昭和47年築のRC3階建て、全12室の賃貸マンション。
諸事情で不動産会社が買い取り、投資物件として一棟売りされていました。

古いうえに長い間修繕されておらず、雨漏りがあり、水道からは錆水が出る始末。
一部の居室は空室のまま賃貸にすら出ておらず、それ以外は倉庫としての賃貸。
実際に人が住んでいるのは、3室のみでした。

当時の室内の状態。和室2室の2DK。

当時の室内の状態。和室2室の2DK。

投資物件として売却されていましたが、劣化が激しく、
改修費を概算するのも難しい建物。

駐車場が不足しているエリアなので、解体して月極駐車場にする選択肢もありましたが、
土地の形状的に効率よい配置計画ができません。
解体費用を考えると、超長期的な回収計画になります。

購入してもそのまま使えず、解体しても収益が出にくく、
誰も手が出せず放置されている物件。ほかの物件と比較検討した結果、
前例のない空き物件の活用事例をつくるため
「難易度が高いからこそ、ここに決めよう!」と、
自ら苦労を買うような道のりを歩み始めたのでした。

オーナーはYさんであり、私は建築士という役割分担。
Yさんは所有権の移転手続きを無事に終え、
私は契約前に調べていた物件の状況をより綿密に調査。

建設会社の代表でもあるYさんは自ら現場監督を担い、
ふたりで協力して調査、計画から工事へと進むことになりました。

「十和田湖」に着想を得た 塩田千春の新作が 〈十和田市現代美術館〉の常設作品に

塩田 千春『水の記憶』 撮影:小山田邦哉 ©2021 JASPAR, Tokyo and SHIOTA Chiharu

〈十和田市現代美術館〉で初の常設作品入れ替え

2020年に青森県十和田市のアートによる
まちづくりプロジェクト〈Arts Towada〉が10周年を迎え、
青森県十和田市の〈十和田市現代美術館〉で、
開館以来初となる常設作品の入れ替え、
展示室の増築、寄託された作品の展示が行われます。

Berlin, 2020, Photo by Sunhi Mang

Berlin, 2020, Photo by Sunhi Mang

新たな常設作品として4月より展示されたのは、
現代美術家・塩田千春が「十和田湖」に着想を得た『水の記憶』。

22万年前の火山活動によって形成された「十和田湖」。
塩田はこの地に時間と記憶を運んでいく船を
繋ぎとめるように赤い糸で編んだ作品を発表しました。

赤い糸は、血液や血管の体内を循環する小宇宙や、
人と人との繋がりを象徴したもの。

一方の船は「十和田湖」で実際に使用されていたものであり、塩田の制作テーマ
「存在とは何か、生きているということはどういう意味なのか」、
「私たちは何を求めて、どこへ向かおうとしているのか」
という問いにもつながります。

船と糸を使用した塩田の作品が、
国内の公立美術館で常設作品となるのは今回が初。
圧倒的なパワーを放つ同作品を、ぜひ会場で体感してみて。

プリントの楽しさを再発見!
ポートランドから
ケイト教授のアート講座

スタジオからオンラインで〈リソグラフ〉について学ぶ

〈森の出版社ミチクル〉という名前で小さな出版活動を始めて4年。
そのなかで、いつも頭を悩ませていることがある。
それは“印刷”についてだ。

自分の本は絵も文字も手書きで、デザインも含めて全部手で行っているのだが、
印刷という段階になると、どうしてもほかの会社に委ねることになってしまう。
ネット印刷などを利用する場合は、入金してデータをアップロードしてと、
フォーマット化された作業の流れに自分の本を載せるのだが、
これがどうにも馴染めない。

しかも、印刷にはコストが結構かかり、気軽に誰もが本をつくることが難しい、
その要因になっているのではないかと感じている。

自分の手で印刷までできる方法はないだろうか?

最近、真剣に考えていたなかで、友人から
オンラインワークショップに参加してはどうかという誘いがあった。
講座は「Virtual Risograph Basics」。
ポートランド州立大学の教授でイラストレーターの
ケイト・ビンガマン・バートさんによる
〈リソグラフ〉という印刷機を使った作品づくり体験だ。

私に声をかけてくれたのは、ポートランド在住の山中緑さん。
札幌からの移住を「冒険の旅」として、
美流渡(みると)でお話会をしてくれたことがあり、
このワークショップ開催のためにつくられた団体
〈いろいろイロラボ〉の推進役のひとりでもある。

〈リソグラフ〉は刷り色を自分で選んで印刷する。2色を重ねてつくったワークショップ参加者の作品。

〈リソグラフ〉は刷り色を自分で選んで印刷する。2色を重ねてつくったワークショップ参加者の作品。

リソグラフとは〈理想科学工業〉の製品で、
チラシや教材の印刷で広く使われている印刷機。
コピー機と同じように見えるが仕組みが異なり、コピー機よりも省エネルギーで、
高速で印刷できるため、1枚ごとの単価が安いのが特徴。

こんなふうに説明するとオフィス機器としての印象が強くなるが、
この印刷機独特の風合いに注目して、
クリエイターらが作品づくりに生かすケースも多く、世界中にファンがいる。

オンラインワークショップが開催されたのは3月28日。
日本とアメリカから63名の参加があった。

司会と進行役を務めたのは、いろいろイロラボの代表・井出麻衣さん。
井出さんは日本でテキスタイルデザイナーとして活動後、
ポートランドに活動の拠点を移し、現在州立大学でアートを専攻している。
大学で学ぶなかでケイトさんと出会い、
彼女の主宰するアートスタジオ〈アウトレットPDX〉をたびたび訪ねて、
リソグラフによる作品づくりを体験してきた。

このすばらしいワークショップを日本の皆さんにも伝えたいという思いから、
日本語による「Virtual Risograph Basics」を今回企画したという。

司会と進行役を務めた井出麻衣さん。

司会と進行役を務めた井出麻衣さん。

講師となったのはケイトさん(左)とアシスタントのリランド・ヴォーンさん。

講師となったのはケイトさん(左)とアシスタントのリランド・ヴォーンさん。

ワークショップの始まりは、ケイトさんのこれまでの活動紹介から。
ケイトさんはイラストレーターとして、世界中のクライアントと仕事をしてきた。
2006年から1日も休まずに、目に止まった日用品などを
ペンで描くことを続けているという。

「これがすべてのインスピレーションの源です。
ここからリソグラフでZINEをつくったり、陶器のデザインをすることもあります」

15年間、毎日かかさず続けているというドローイング。インスタグラムでも配信している。

15年間、毎日かかさず続けているというドローイング。インスタグラムでも配信している。

こうした制作とともに大切にしているのが、人にものづくりの楽しさを伝える活動。

「私はできるだけ人と出会いたいと思ってワークショップを行ってきました。
旅行を兼ねてスタジオを訪ねてくれる人もいて、とてもうれしかったですね」

対面でのワークショップがスタートしたのは2017年。
これまで1000名以上が参加したという。
リソグラフの魅力を直接伝えることを重視していたため
オンラインでの開催はしてこなかったが、
2020年3月からコロナ禍となり、方向転換を余儀なくされた。

「実際に始めてみると、世界中のリソグラフ・ファンとつながることができて、
とても興奮しました」