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グラフィックデザイナー・原研哉
「グローバル/ローカル」の時代。
価値はローカルに眠っています。

ローカルシフト
vol.001

posted:2021.7.12  from:全国  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。

writer profile

Takahiro Tsuchida

土田貴宏

つちだ・たかひろ●デザインジャーナリスト、ライター。会社員を経て2001年からフリーランスで活動。家具やインテリアを中心に、デザインについて雑誌などに執筆中。学校で教えたり、展示のディレクションをすることも。近著『デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ』。

credit

ポートレート撮影:永禮賢

さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉える「ローカルシフト」。
その第1回は、日本を代表するグラフィックデザイナーであり、
自主的なプロジェクトやエキシビションも
数多く手がける原研哉さんに話を聞いた。

個人の視点で見出す風景

無印良品、ヤマト運輸、蔦屋書店、JAPAN HOUSE……。
原研哉さんは現代の日本を象徴するような数多くの企業やプロジェクトに、
グラフィックデザイナーとして関わってきた。
1959年に亀倉雄策らが創業した日本デザインセンターの社長を
2014年から務めていて、英訳された著書もあり、海外でもよく知られる存在だ。

この4月1日から使用が開始された〈ヤマトホールディングス〉の新しいクロネコマークやロゴも、原さん率いる日本デザインセンターが手がけた。

この4月1日から使用が開始された〈ヤマトホールディングス〉の新しいクロネコマークやロゴも、原さん率いる日本デザインセンターが手がけた。

そんな原さんが、〈低空飛行〉という新しいプロジェクトを
発表したのは2019年のことだった。
これはクライアントをもたない自主的なプロジェクトで、
原さんが日本各地を訪れ、自身で撮影し、原稿を書き、
月1回のペースでインターネットに公開していく。
現在までに巡った場所は北海道から九州の五島列島までの30か所以上に及ぶ。

日本には、こんなにすばらしいところがこれほどたくさんあったのか!
〈低空飛行〉を見ると、それぞれの美しさや豊かさに圧倒されてしまう。
ホテル、旅館、ミュージアム、庭園、ものづくりの現場など、
原さんの目にかなった場所が、彼ならではの研ぎ澄まされた
感性と考察を通して紹介されているのだ。

〈小田原文化財団 江之浦測候所〉で撮影する原さん。〈低空飛行〉の撮影や原稿執筆は、基本的に原さんがひとりで行っている。

〈小田原文化財団 江之浦測候所〉で撮影する原さん。〈低空飛行〉の撮影や原稿執筆は、基本的に原さんがひとりで行っている。

「〈低空飛行〉で取り上げるのは、長持ちしそうな場所ですね。
土地の魅力を見定めて、その魅力を生かすことを生業にする人がいることが大切です。
一方で新しさには執着しません。
僕は建築好きですが、建築的才能に頼って新しく奇抜なものをつくると、
建築が自然に対して屹立してしまいます。
ただしはっきりした選考基準はなく、基本は直感です」

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土地の魅力を発見し、共有する

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価値を発見し、発信していく

たとえば北海道の余市町にある〈ニッカウヰスキー〉余市蒸留所。
1930年代、寂寥とした湿原だったこの地域に、
国産ウイスキーのパイオニアである竹鶴政孝が蒸留所を設立した。
竹鶴夫妻が住んだ家も、敷地内に移築されて当時のままに保存されているという。

「竹鶴政孝は京都の山崎でウイスキーをつくり始めますが、
余市のほうが水も風土もスコットランドに近く、
静かな時間の中で貯蔵するにもいいと考えて移り住んだ。
そこでしかできないことをやったわけです。
彼が亡くなっても、その精神はあの場所に受け継がれています」

同じ北海道でも、東端の根室半島にある落石岬は、また違った風景が広がる。
岬の中ほどにある無線送信所の廃墟は、1947年生まれの版画家、
池田良二が活動拠点として補修や改築を行ってきた。
この建物と岬の南端の灯台は、簡素な木道で結ばれている。
原さんが「日本の原風景」と形容する場所だ。

「池田さんは根室出身で、38歳の時にこの無線送信所を発見し、
東京に拠点をもちながらここでの活動を始めました。
エッチング作品は銅版を腐食させてつくりますが、
この風化した場所と同化しながら活動している、そんな雰囲気なんです」

「発見」というのは、〈低空飛行〉のひとつのキーワードだろう。
何気なく生活していると見過ごしそうな土地の魅力を、
誰かがあるきっかけで発見し、その価値がやがて広く共有されていく。
ただし発見も共有も、十分なノウハウや工夫が必要だ。
そこではしばしばデザインの力が発揮される。

「高知に住む友人のデザイナー、梅原真さんは
四万十川に架かる沈下橋を渡ったふもとに引っ越して、
その価値をアピールしていました。
沈下橋は川が増水すると沈むコンクリート製の低い橋で、
生活と川を結ぶ風景をつくってきた。
沈下橋を巡っていくと、河原と対岸の山に囲まれながら蛇行する
四万十川の景色が本当に美しい」

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ローカルとグローバルは一体!?

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グローバルとローカルの関係

こうして多様な地域をつぶさに見てまわり、
その魅力を発信するようになったきっかけは、
世界の国々に比べて日本の自然が際立っていることへの気づきだった。

「普通のジェット機は高度10000メートル以上で雲の上を飛ぶけれど、
1000メートル以下を有視界飛行するプロペラ機から見ると、
日本列島はとてもきれいなのだとわかります。
これは日本のものすごい資源。
まさに津々浦々、海も森も地域ごとに個性があり、
自然の力にあふれているんです。
なおかつ千数百年にわたりひとつの国であり続けた文化的蓄積があります」

しかし自然の風景も、伝統文化の蓄積も、
次第に失われる傾向にあるのは確かだ。
原さんは、それらの価値を産業と結びつけることが
現代の重大な課題だと考えている。

「第二次大戦の後から75年、日本は製造業にひた走り、
ファクトリー化を目指してきました。
それはエレクトロニクスの時代あたりまで成功を収めたけれど、
一方で国の資産を守り、自然をケアしようという意識はなかなか生まれなかった。
この状態が今後も続くとピンチですが、
僕は価値観が変わっていくと希望的に捉えています。
そこに大きな価値があり、需要があるとわかれば、その道に進む人も増える。
世界はその流れになっていて、日本だけが目覚めていないのです」

日本を代表するグラフィックデザイナーであり、自主的なプロジェクトやエキシビションも数多く手がける原研哉さん。

国や地域のハードルが低くなり、社会がグローバルになればなるほど、
ローカルの価値は高まるのだと原さんは説明する。
つまりグローバル/ローカルは対立する概念でなく、一体としてあるもの。
日本はローカルな個性の集合体であり、
それはグローバルな価値の原石ということになる。

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新しい価値が新しい産業を生む

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1本20万円の日本酒をつくるには

原さんが総合プロデューサーを務める
日本文化の海外発信プロジェクト〈JAPAN HOUSE〉は、
グローバル/ローカルの世界観を踏まえ、
この国のポテンシャルを世界に伝える活動の基点になりうるものだ。

〈JAPAN HOUSE〉は2017年から2018年にかけてロンドン、ロサンゼルス、
サンパウロの3都市に開設され、ユニークな企画展をそれぞれに行っている。
2018年にロンドンで開催された『燕三条―金属の進化と分化』展は、
歴史に裏づけられた新潟県の燕三条エリアの金属加工技術を伝え、
現地の多くの人々に好評を博した。

イギリス・ロンドンのケンジントン・ハイ・ストリートに、2018年開館した〈ジャパン・ハウス ロンドン〉。

イギリス・ロンドンのケンジントン・ハイ・ストリートに、2018年開館した〈ジャパン・ハウス ロンドン〉。

「ロンドンはもともと金属加工が産業としてあったまち。
造形美に感度の高いクリエイターも多いので、いろんな人が来てくれました。
日本のものづくりは卓越していて、
たとえ伝統工芸品が日本の生活の中で使われなくなっても、
世界ではこういう文化に触れたいという需要が確実に増していく。
ロンドンの〈JAPAN HOUSE〉は今後、飛騨の木工家具の展示を計画中です」

また原さんは、日本酒〈八海山〉のパッケージデザインも手がけている。
日本において酒は、江戸時代から大衆のための量産品であり、
高価なものでも一升瓶が数千円で流通するケースが大半だ。
ここにグローバル/ローカルの価値基準を当てはめると、
まったく違う市場が広がる。

新潟の銘酒〈八海山〉のパッケージデザインも担当。写真は〈純米大吟醸 八海山 浩和蔵仕込み〉。

新潟の銘酒〈八海山〉のパッケージデザインも担当。写真は〈純米大吟醸 八海山 浩和蔵仕込み〉。

「フランスでは750ミリリットルのワインが20万円で売れる市場があります。
日本酒のようにおいしいお酒は同じ値段で売れるはずです。
ただしそのためには、どんな徳利で、どんなふうに燗をして、
どんな器でどんな料理と味わうかを、海外に広めなければならない。
また氷温で熟成させると、“何年もの”というバリューも付加できる。
そこまでやって初めて新しい産業が生まれ、地方再生になるんです。
こういう産業をつくることは日本の課題ですが、デザインの課題でもあります」

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新たな観光のかたちを浸透させる

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観光をアップデートする

〈低空飛行〉を通して日本のローカルを探訪することと、
ものづくりの発信で新しい市場をつくろうという意志。
原さんにとっては、どちらも日本の観光のあり方を
革新する活動へとつながっていく。

「日本は観光を二流の産業と思ってきたところがあり、
その可能性に目覚めていませんでした。
しかし、日本の自動車輸出の産業規模が約12兆円なのに対し、
2019年のインバウンドは約3000万人で関連収入は約5兆円。
2030年にインバウンドは6000万人になると言われ、
その収入は付加価値を高くすると12兆から15兆円まで伸びると言います。
この可能性を認識しなければなりません」

「ラグジュアリーという言葉にバチ当たりみたいな感覚があり、
毛嫌いされることもあります。でもちゃんとした付加価値を用意し、
高い対価を受け取っていくのが、正当な産業のあり方。
風土の価値や職人の技術を無駄遣いせず、世界に貢献していくことにつながります」

そして新しい観光を日本に浸透させるため大きな役割を果たすのが、
地域に根ざしたホテルや旅館ということになる。

「現在、京都でいちばん高いホテルは外資系です。
どんな立地が望ましいかを何年もかけて考え、
すばらしいクオリティのものをつくっています。
その蓄積は日本人にはなかなか太刀打ちできません。
でも日本のポテンシャルを引き出すためには、大きな付加価値を生み出すべき。
そうしないと伝統工芸の発露もないし、日本酒の価格も上げられません」

〈JAPAN HOUSE〉などの活動を通して原さんは、
日本文化の本質は海外ではほとんど理解されていないと感じてきた。
何十万円もする陶磁器もそのすごさは認識されず、
なぜそんなに高価なのか不思議がられるという。
しかし一旦、その魅力に気づくと、陶磁器の世界に引き込まれてしまうそうだ。
自然も、工芸も、そのほかのあらゆる文化も、
同様のポテンシャルがあると原さんは実感している。

グローバルとローカルの両方を知り、
その関係の可能性に触れてきた原さんのビジョンは、
今後の日本にどんな光を当てていくだろうか。

Creator profile

KENYA HARA
原研哉

はら・けんや●グラフィックデザイナー。1958年生まれ。〈無印良品〉〈蔦屋書店〉〈森ビル〉など数多くの企業や商業施設のビジュアル、広告、VIなどを手がける。2019年ウェブサイト〈低空飛行〉を立ち上げ。『デザインのデザイン』『白』など著書多数。日本デザインセンター代表取締役社長、武蔵野美術大学教授を務める。

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