連載
posted:2021.3.31 from:神奈川県三浦市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
PR 日立製作所
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Ai Sakamoto
坂本 愛
さかもと・あい●香川県高松市出身。フリーランスの編集&ライター。建築と食という両極端な2ジャンルが大好物。製麺所(いまは廃業)の孫として、子どもの頃から鍛えられたおかげで、うどんも打てる。
photographer profile
Satoshi Nagare
永禮 賢
ながれ・さとし●青森県生まれ東京都在住。広告・雑誌・書籍・作品制作などで活動中。2020年、n.s.photographs設立。
https://nsphotographs.jp
神奈川県の南東部。
三方を海に囲まれた三浦半島は漁業と同様、農業も盛んな土地として知られる。
温暖な気候を利用して栽培されているのは、大根やキャベツといった露地野菜。
海岸近くまで延びる広大な台地に、見渡す限りの畑が広がる、
独特な農の景色を見せている。
ここ三浦半島で、いま、おもしろいプロジェクトが進行しているのをご存知だろうか?
その名も小屋とアートを重ね合わせた造語〈koyart(コヤート)〉。
空間やアート、サイエンスを専門とする団体が、
生産者(農家)、地域の学生らと共創し、
主に野菜の販売小屋をテーマにした作品づくりを通して、
訪れた人と地域のコミュニケーションの広がりを目指すという。
3月のある日、そのkoyartのイベントが1日限りで開催。
常設の2か所に、建築を学ぶ学生が制作した3か所を新たに加えた、
計5か所で実際に野菜販売を行った。
それらを周遊するための仕組みとして、各所にバス停のような看板を設置し、
ほかの直売所の位置情報を掲出。
同時に、野菜を購入した人が次の人のために、売られている商品の状況を
インスタグラムを使ってアップロードする取り組みも。
地元・三浦の人々と学生、そして企業が一緒になって、地域の未来を考える。
その現場を訪ねた。
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広い畑のど真ん中に、木製の箱が口を開けてぽつんと立っているのは、
陶芸家でもある井上惠介さんが手がける〈KHファーム〉。
窯名である〈小網代陶房〉と、「畑部(はたけぶ)」(部員は井上さんひとり)の
頭文字をとってKHと名づけられたという。
生まれも育ちも東京の井上さんが、作陶のため三浦に窯を構え移住したのは、
約30年前のこと。食を彩る器をつくり続けるうち、
伝統的で健康的な食事を追求するようになり、
7年ほど前からは本格的に野菜づくりをスタート。
無農薬・無化学肥料で野菜を育てる一方、
在来野菜をはじめとする固定種を自家採種している。
「うちでは、野菜が虫に食われてもそのまま栽培して種をとり、また蒔いて種をとる。
それを何度も繰り返していくうちに、野菜が環境に適応し、
本来のおいしくて安全な姿になるんです」
ものづくりに対する井上さんの、並々ならぬ思いが伝わってくる。
そんな井上さんが、今回のイベントに参加したきっかけは、
三浦市市民部市民協働課の課長・石川博英さんのひと言だった。
「『koyartという共創活動があるんだけど、協力してもらえませんか?』
って言われてね。学生と企業と地元の人が一緒になってやるということ以外、
あまりよくわからないけど、とにかくおもしろそうだから
参加してみようと思ったんです(笑)」
こう聞くと、自治体が率先してkoyartの活動を行っているようにも思えるが、
実際はそうではない。三浦の地域資源に関する情報を集めていた石川さんが、
その取り組みを通して、東京大学生産技術研究所の腰原幹雄教授と知り合い、
そこから今回のコラボレーションは始まったという。
「腰原先生に小屋を置かせてくれる農家さんを紹介してほしいと言われ、
真っ先に頭に浮かんだのが、井上さんでした。
koyartのことを理解して、そのポテンシャルを引き出せる人、
何よりもおもしろがってくれそうな人というのが重要だと思ったんです」
石川さん自身も、koyartには大きな期待を寄せている。
この活動が刺激となって、地元に新たな動きが生まれ、
外部に魅力を発信していくなどだ。
魅力があるということが広く共有されれば、若い世代の定住意識も変わり、
観光に来る「交流人口」はもちろん、
地域と多様に関わる「関係人口」の増加にもつながる。
「例えば、農家さんが直売に関する新しいビジネスモデルを構築したり、
koyartやその周辺のシーニックポイント(景勝地)を巡るツーリズムが
成立することだって考えられますよね。
外部発の試みが、地元の人の理解を得て、実際に効果を出すまでには
少し時間が必要なのも事実。でも、結果を残してさえいけば、
Z世代の若い後継者も興味を持って、どんどん参加してくれると思っています」
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「おぉーっ、かわいい!」
井上さんも、石川さんも、その場にいた全員が年齢性別関係なく、
こうつぶやいた視線の先に登場したのは、腰原研究室の学生たちが制作した〈大根屋〉。
CLTと呼ばれる木質パネルを使った小屋は、上部を開閉することが可能で、
野菜の販売中は開き、それ以外のときは閉じることで、
遠くから見ても直売所の状況がわかるよう工夫されている。
コンピューター制御による最新鋭の加工機を使って切り出したパーツは、
釘や接着剤を使うことなく、組み木の要領で仕上げることが可能。
ふたりかがりで、15分もあれば組み立てられるという。
「完成品をできる限り単純化することで、
一般の人たちでも簡単に組み立てられるようにしています。
最新鋭の加工機を使えば、デザインデータをそのまま形にできるので、
農家さんごとにサイズや色をアレンジすることもできる」と腰原さん。
将来的には、自動走行システムを搭載したいとも。
「自動走行できれば、商品が売り切れたら畑まで取りにいけるし、
収穫の手助けもできる。うちの学生も訪れるたび驚くんですが、
三浦特有のあの農の風景は本当にすばらしい。
その中にいろんな大きさや色をした大根屋が勝手に動いていたら、
とても楽しいと思いませんか?(笑)」
腰原研究室では、すでに初号機にアレンジを加えた2号機をつくるべく研究を開始。
パワーアップした大根屋を見られる日もそう遠くないかもしれない。
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三崎街道と呼ばれる県道26号線沿い。
通行量の多いこの場所に現れたのは、
関東学院大学建築・環境学部 粕谷研究室が制作した〈野菜の居処〉。
「三崎口までしか電車が通っていない三浦市での生活の足はバス。
そこで、バスを待ちながらひと休みできる、無人販売スタンドを提案したんです」
と粕谷淳司准教授は話す。
あいにく今回のイベントでは、バス停と組み合わせることはできなかったが、
もしも実現すれば、地元の人にはもちろん、
観光客にもその存在をわかりやすく訴求できる。
バスのネットワークを利用して複数設置すれば、農家ごとに特色を出したり、
自転車で巡ることも可能に。
「関東学院の学生さんとは一緒に野菜を売ったりしたこともあるので、
今回のお話をいただいたときも、すんなりお受けすることができました。
こうして見ると、スタンドのクオリティはもちろんなんですが、
看板の似顔絵がすごく似ていてビックリ。
見た瞬間、『あっ、私だ』ってわかりましたから」
横須賀総合高校美術部の生徒がデザインしたマークを見ながらこう話すのは
〈高梨農園〉の高梨尚子さん。その笑顔はマークと同じく、生き生きと輝いていた。
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今回のイベントのなかでも、もっとも人通りの多い
京急長沢駅前で野菜を販売したのは、関東学院大学建築・環境学部 柳澤研究室。
野菜を積み込んだ〈ながしま農園〉からの約1キロの道のりを、
鈴を鳴らしながら練り歩いてきた。
駅前にある居酒屋の軒先に直売所が設置できるよう仲介してくれたのは、
生産者である長島勝美さん。
ここで売る野菜の種類選びも値つけも、長島さんが行ってくれたという。
「この〈浦風〉の手づくり感に合うようにと葉物を選んでくれました。
おかげさまで、野菜は完売。『次はいつやるの?』など、
多くの地元の方が声をかけてくれたのが印象的でした」と柳澤潤准教授は話す。
固定式の直売所が多いことを受け、もう少しフットワークの軽い、
ひとりでも野菜が販売できる移動式を提案。
三浦の風景になじむよう、抜け感のあるデザインを取り入れた。
「すでに、いまの形とは異なる2代目浦風のデザインも終えているので、
今日の実演販売での経験やかかったコストを踏まえて、
さらに学生たちも考えると思います」
生産者や地元の人との交流を経て、成長する大学生。
2代目の完成に期待が高まる。
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koyartの仕掛け人でもあるクリエイティブディレクター藤原大さんと、
100年以上の歴史ある農家がコラボレーションした直売所がこちら。
自宅裏にある広い畑で、年間を通じて数多くの野菜を栽培。
常設で直売所を設置している。
〈赤門農園〉の鈴木功さん・理賀さん夫妻が、
今回のイベントでもっとも楽しみにしていたのは看板。
100年以上もの長い間、自宅を守ってきた赤い門と、
自慢の野菜を組み合わせたマークをつくってほしかったという。
「こんなふうに、絵と文字を組み合わせるなんて、
高校生はやっぱり頭が柔らかいな」とマークを見た功さんが言えば、
「私たちもいろいろ考えてみたけど、
門と野菜がバラバラになっちゃうんだよね」と理賀さんが返す。
ご夫婦ふたりとも、大満足の出来映えだったようだ。
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三浦海岸に面する〈SHOP PEEKABOO(ピーカブー)〉に置かれているのは、
三浦かぶをはじめ、〈PEEKABOO〉がつくる野菜たち。
東日本大震災後に福島県に建てられた仮設住宅の廃材を利用した
この直売所ができたのは、2019年11月のこと。
その建設イベントや、独自の対話型決済端末の実証実験(現在は終了)などで
協創してきたのが、日立製作所研究開発グループのビジョンデザイン部だ。
今回のkoyartイベントでも、日立は各直売所を横断する簡易的な仕組みづくりや、
メディア発信を担当。社会課題の解決に向けて地元の人々とともに活動している。
PEEKABOOの代表を務める〈石井農園〉の石井亮さんは、
この地域の農家が抱える課題に向き合い、
生産者ならではのアクションを起こしているひとりだ。
7年ほど前から、大根に代わる野菜として、かぶを栽培。
そのノウハウをほかの生産者と共有し、できたかぶの洗浄から箱詰め、
スーパーなどへの営業は石井さんが引き受けるという新しい農業モデルを実践している。
いまでは、三浦かぶのブランド化を目指すほどだ。
「農家は野菜づくりのプロだけど、取引相手との交渉などは苦手な人が多い。
それなら得意な分野でがんばってもらい、そのほかの部分はこちらが引き受ければ、
Win-Winの関係になれると考えたんです。
洗浄作業の一部を委託したことで、障がい者を含む地域の雇用も生まれた。
目指しているのは、三浦全体を元気にすること。
みんなが笑顔で過ごせるまちになってほしいと思っています」
広い三浦半島の中でいま起こっている取り組みは、まだ点にすぎないけれど、
それを続けていくうちに、やがて線になり、面となり、地域全体を元気にしていく。
koyartとその関係者の試みは、始まったばかりだ。
information
koyart
Web:koyart
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