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文学の聖地、愛媛県松山市。
まちなかに、ことばの泉あふれて

Local Action
vol.170

posted:2021.3.29  from:愛媛県松山市  genre:旅行

PR 松山市

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Chizuru Asahina

朝比奈千鶴

あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。北陸の国道沿いのまちで生まれ育ち、東京とバンコクを経由して相模湾に面した昭和の残り香ただようまちにたどり着きました。旅先では、細い路地と暮らしの風景に惹かれます。

credit

撮影:池田理寛

穏やかな瀬戸内海に面したまち、松山は、
各所にことばがあふれている。

大通りを行き交う路面電車に、
街灯に取りつけられたタペストリーに、心に投げかけてくるような
ことばのかけらたちが描かれている。

―この先、足元にことばの落としもの あります。
松山城に向かうリフトに乗ると、そんな案内が支柱に貼られていた。

「松山はお湯とことばが湧いています。」
「かしとおみ! 心のリュック半分持つけん。」
「かあさんの瀬戸内の小学校、尋ねあてましたよ。」

足元に次々と現れる、ことばのバナー。
旅先で、いつもよりも自由な気持ちでいるなかで
目に飛び込んできたことばについて思いを巡らすのは、
旅行者にとっては有意義な時間の過ごし方でもある。

もし、胸がキュンとするような、もしくはずっしりと重く響くような、
そんなことばに出会えたなら、
土地の記憶も伴って、忘れられないことばになるに違いない。

松山市の中心部、海抜132メートルの勝山山頂に本丸にある松山城へリフトに乗って向かえば、足元にことばのバナーが登場する。

松山市の中心部、海抜132メートルの勝山山頂に本丸にある松山城へリフトに乗って向かえば、足元にことばのバナーが登場する。「松山はお湯とことばが湧いています。」

姫路城と並ぶ、連立式天守をもつ松山城。美しい城郭建築は慶長期の様式を保っており、重要文化財に指定されている。瀬戸内海、松山市街を望む天守からの眺望は壮観だ。 「松山や 秋より高き 天守閣」(正岡子規)

姫路城と並ぶ、連立式天守をもつ松山城。美しい城郭建築は慶長期の様式を保っており、重要文化財に指定されている。瀬戸内海、松山市街を望む天守からの眺望は壮観だ。 「松山や 秋より高き 天守閣」(正岡子規)

松山市内90か所以上に置かれている俳句ポストは松山城にも。年間で1万通くらい投句されている。3か月に1度回収し、俳人によって選句されている。

松山市内90か所以上に置かれている俳句ポストは松山城にも。年間で1万通くらい投句されている。3か月に1度回収し、俳人によって選句されている。

ことばは、リフト横を通っているロープウェーにも。「退職し 帰りました 松山に 還暦すぎて マドンナと」。 作者の故郷に戻った心境をしみじみと想像したりして。

ことばは、リフト横を通っているロープウェーにも。「退職し 帰りました 松山に 還暦すぎて マドンナと」。 作者の故郷に戻った心境をしみじみと想像したりして。

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17歳まで暮らした家を復元した子規堂へ

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文学の息遣いを感じる場所をめぐる

ことばを大切にしたまちづくりを行う松山は、“文学のまち”としても知られている。
その背景には、明治時代に活躍した
俳人の正岡子規や高浜虚子の生地であることや
子規の友人である作家、夏目漱石の書いた『坊っちゃん』の舞台となっていることが大きい。
松山市では、毎年「坊っちゃん文学賞」や「俳句甲子園」も開催しており、
全国でも珍しい“文学のまちづくり”を行っている。

司馬遼太郎が書いた人気小説『坂の上の雲』のファンならば
主人公である軍人・秋山好古、真之兄弟の過ごした家や
同じく登場人物である正岡子規にまつわる場所など
小説にゆかりのある地を訪れるのは、聖地巡礼のようでもある。
いっとき、100年以上前にタイムスリップして
彼らが生き生きと躍動する姿を想像しながらまちを歩いてみるのもいい。
いたるところに確かに彼らが存在した気配を感じることができるはずだ。

正岡家の菩提寺である正宗寺境内に建つ子規堂は、子規が17歳まで暮らした家を復元したもの。直筆原稿や当時の写真など貴重な資料が展示されている。

正岡家の菩提寺である正宗寺境内に建つ子規堂は、子規が17歳まで暮らした家を復元したもの。直筆原稿や当時の写真など貴重な資料が展示されている。

子規堂の前には、夏目漱石が『坊っちゃん』のなかで「マッチ箱のような汽車」と評した客車が置かれている。敷地内の墓地には、子規の遺髪を埋葬した埋髪塔も。俳句ポストも設置。

子規堂の前には、夏目漱石が『坊っちゃん』のなかで「マッチ箱のような汽車」と評した客車が置かれている。敷地内の墓地には、子規の遺髪を埋葬した埋髪塔も。俳句ポストも設置。

松山城のある勝山の麓にある坂の上の雲ミュージアムは、物語をイメージした4階建ての建築で、柱のない空中回廊で上下階が結ばれている。1968年4月22日から1972年8月4日まで1296回掲載された産経新聞の連載『坂の上の雲』が並んだ大きな壁面は壮観。

松山城のある勝山の麓にある坂の上の雲ミュージアムは、物語をイメージした4階建ての建築で、柱のない空中回廊で上下階が結ばれている。1968年4月22日から1972年8月4日まで1296回掲載された産経新聞の連載『坂の上の雲』が並んだ大きな壁面は壮観。

日本最古の温泉、道後温泉と文学

松山城の東に位置する道後温泉も、文学との関わりが深い。
聖徳太子も浸かったといわれている日本最古の名湯は、
『万葉集』『日本書紀』『源氏物語』にも登場し、全国にその名を轟かせている。
聖徳太子にはじまり、一遍上人、額田王(ぬかたのおおきみ)、小林一茶、種田山頭火、
柳原極堂、河東碧梧桐、与謝野鉄幹、与謝野晶子……。
道後にゆかりのある文人を挙げるとキリがない。
もちろん、漱石や子規も大いに関係がある。

 アーケードのある商店街、道後ハイカラ通りはノスタルジックな風情が残る。椅子に腰かけて、坊っちゃん団子とお茶をいただいたら『坊っちゃん』の世界へタイムスリップ。

アーケードのある商店街、道後ハイカラ通りはノスタルジックな風情が残る。椅子に腰かけて、坊っちゃん団子とお茶をいただいたら『坊っちゃん』の世界へタイムスリップ。

そんな道後温泉でまちを歩くと、
さりげなく設置された俳人、詩人の句碑に出会う。
そんな歴史と文学の息遣いを探してみるのも、
道後温泉界隈を散策する醍醐味のひとつだ。
温泉宿の浴衣に着替え、道後温泉本館でひとっ風呂浴びたら、
カランコロンと下駄を鳴らして次の湯へ。
椿の湯、道後温泉別館 飛鳥乃湯泉など、公衆浴場をはしごするのも趣がある。
途中、路傍にある歌碑の存在を意識しながら歩けば
自分好みの句に会えるかもしれない。

道後温泉本館は、国の重要文化財。2000年の歴史を持つ名湯も、老朽化のため2019年1月15日からしばらくお直し中。神の湯のみ営業している。

道後温泉本館は、国の重要文化財。2000年の歴史を持つ名湯も、老朽化のため2019年1月15日からしばらくお直し中。神の湯のみ営業している。

道後温泉駅前、坊っちゃんカラクリ時計の横にある正岡子規像。大の野球少年だった子規は、「打者」「走者」「四球」など、多くの野球用語を訳した。「まり投げて 見たき広場や 春の草」の句碑も。

道後温泉駅前、坊っちゃんカラクリ時計の横にある正岡子規像。大の野球少年だった子規は、「打者」「走者」「四球」など、多くの野球用語を訳した。「まり投げて 見たき広場や 春の草」の句碑も。

3月。道後を歩けば、松山市の花、椿が咲いているのが見られる。旅館やレストランなど、モチーフに椿を使っているところも多い。

3月。道後を歩けば、松山市の花、椿が咲いているのが見られる。旅館やレストランなど、モチーフに椿を使っているところも多い。

道後温泉駅近くにある、松山市立子規記念博物館も見逃せない。道後・松山の歴史に始まり、子規の青春時代やめざしていた世界までが見られる充実の展示。

道後温泉駅近くにある、松山市立子規記念博物館も見逃せない。道後・松山の歴史に始まり、子規の青春時代やめざしていた世界までが見られる充実の展示。

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応募者が紡いだ珠玉のことばをもとにして

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10年ぶりに開催された「だから、ことば大募集」

冒頭に戻ろう。
松山城へ向かうリフトで見かけたことばのバナーは、
主に「ことば」による松山市のまちづくりの一環で開催された
「だから、ことば大募集」の公募で集まった作品を使用している。

応募者が紡いだ珠玉のことばをもとにして、
バナーがつくられ、空港や港、商店街などに配されたほか、ラッピング電車まで登場した。
短いことばから、絵本や歌までもが生まれている。
申請をして許可をもらえば、工事現場に置かれるコーンにだって使ってもいい。
誰だって選ばれたことばたちを使用していいのだ。
松山市内にことばがあふれているのは、こういう背景があるからだ。

「だから、ことば大募集」が開催されたのは2000年、2010年、2020年の3回。
3回目の昨年は第2回の12200点を大幅に上回る22440点もの応募があった。
全国各地のほか、アメリカ、台湾、ドイツなど10の国と地域からも応募があり、
松山市のことばへの取り組みは、地域を超えて広がっている。

今回、大賞に選ばれたのは、松山市在住山口真由さんの「「ふるさと」をようけ詰めて送るけん」。「想い」のテーマに寄り添うことばは、コロナ禍、ふるさとに帰省することができない人や、家族に会えない人の心に響く。

今回、大賞に選ばれたのは、松山市在住山口真由さんの「「ふるさと」をようけ詰めて送るけん」。「想い」のテーマに寄り添うことばは、コロナ禍、ふるさとに帰省することができない人や、家族に会えない人の心に響く。

授賞式後、審査員長を務めた作家の高橋源一郎さんと
地元出身のラッパーDisryさんのトークショーが行われ、
ことばを職業にするふたりらしい話が繰り広げられた。
高橋さんは、「坊っちゃん文学賞」が初めて開催された30年前から、
足繁く松山に通っていて、まちのことをよく知る。
「松山は、文学への取り組みに非常に熱心ですよね」
高橋さんは取り組み方のしっかりしている松山に関して、
本気でやっているなという印象を抱いているという。

「だから、ことば大募集」で審査員長を務める高橋源一郎さん。長く松山に通い、まちについてもよく理解している。「私の知っている松山の人は非常に個性の強い人が多く、そういう意味で作家が多く出ているのもわかるんですよ。なぜそうなのかはよくわからないんですが……」

「だから、ことば大募集」で審査員長を務める高橋源一郎さん。長く松山に通い、まちについてもよく理解している。「私の知っている松山の人は非常に個性の強い人が多く、そういう意味で作家が多く出ているのもわかるんですよ。なぜそうなのかはよくわからないんですが……」

「まちのあちこちにことばがあるって、ほかではなかなかないですよね。
正岡子規も司馬遼太郎もどこかの遠い人じゃなく、
いたるところに作品がありますから。
ほかの文学者にしても、ただ単に出身者というわけではなく、
作品のなかにまちが出てきますから、まちの人にとってはより近い存在ですよね」

丸ごと松山が舞台になっている文学として代表的なのは『坊っちゃん』。
夏目漱石自身が、愛媛県尋常中学校で、
教鞭をとっていたときの体験をもとに書いた作品だ。
歴史的な名作のなかに、タイムカプセルのように、
地方のまちそのものが入っていて、誰もがパッと思い出せる文学作品など
なかなかないと高橋さんは話す。
教科書にも掲載される純文学の傑作は、
読んだ人なら誰もがすぐに、坊っちゃんといえば松山、と思い出せるのだ。

「ことばや文学への取り組みを30年も続けている松山市は
これが土地の強みになっているんじゃないですかね。
そういう意味では、こんなふうに文学やことばが
土地に根づいているのはすごいことなんじゃないですか」

高橋さんの仰る通り、このまちがどんなにことばにあふれているか、
通りすがりの旅行者にさえもまちの取り組みの本気度を感じられるところがあった。
それは、意識さえすればたやすく見つけられる。

旅先で目に飛び込んでくる短いことばは、まるで自分だけに向けられたメッセージのよう。大切に、記憶のお土産として持ち帰って。

旅先で目に飛び込んでくる短いことばは、まるで自分だけに向けられたメッセージのよう。大切に、記憶のお土産として持ち帰って。

初めて松山を訪れた人でも臆せずに俳句ポストに投函できる気軽さがいい。
松山というまちとの新しい接点がそこから生まれ、
投句した人にも新しい世界が広がる。
ことばがあふれる松山で、たくさんことばのシャワーを浴びたなら、
自分に響くことばを紡いでみよう。
きっとそこから生まれたことばが、誰かの心にも響くと信じて。

「俳句ポストは市内をはじめ、全国、海外にもあるんですよ」と言うのは松山市役所「文化・ことば課」の課長、石橋美幸さん。松山では年に1度、「俳句甲子園」や「坊っちゃん文学賞」のほか、「輝け!!言霊“ことばのがっしょう”群読コンクール」が開催されており、石橋さんは同課に異動になってからは俳句を詠むようになったとか。

「俳句ポストは市内をはじめ、全国、海外にもあるんですよ」と言うのは松山市役所「文化・ことば課」の課長、石橋美幸さん。松山では年に1度、「俳句甲子園」や「坊っちゃん文学賞」のほか、「輝け!!言霊“ことばのがっしょう”群読コンクール」が開催されており、石橋さんは同課に異動になってからは俳句を詠むようになったとか。

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