連載
posted:2021.4.20 from:神奈川県横浜市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Kenichiro Nagata
永田賢一郎
ながた・けんいちろう●YONG architecture studio主宰。1983年東京出身。横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA修了。2013年より設計ユニットIVolli architectureとして活動の後、2018年より永田賢一郎|YONG architecture studioとして活動を開始。2014年よりシェアスタジオ〈旧劇場〉や設計事務所兼シェアキッチンの〈藤棚デパートメント〉、〈野毛山Kiez〉など自身の活動の場を地域拠点化していく活動をライフワークとして展開。藤棚一番街理事。2020年より長野県北佐久郡立科町地域おこし協力隊兼任、横浜と長野の2拠点での活動を始める。
https://www.yong.jp/
横浜市の野毛山エリアにて、
オフィスや住宅、アトリエなど複数の拠点をつくり活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
現在は長野県にも拠点を持ち、2地域で活動を展開しています。
今回は京浜急行の戸部駅すぐ近くの元倉庫を改修した
シェアスタジオ〈野毛山Kiez〉について紹介します。
昨年コロナ禍にできたばかりのスタジオで、
これから野毛山エリアで活動を展開していく拠点となります。
前回ご紹介した〈藤棚デパートメント〉には、
シェアキッチンとともに自分の設計事務所があります。
利用者さんやまちの人とコミュニケーションをとるには良いレイアウトだったのですが、
年々利用者が増え、次第にホールも事務所も手狭になってきました。
そしてデパートメント開設から2年経った頃、レイアウトを変更し、
さらに近くにサテライトの作業所として使えそうな場所を探すことにしました。
そんなある日、まちの不動産屋さんを訪ねた際、1軒の倉庫物件を紹介されます。
それは、藤棚商店街から徒歩5分ほど、戸部駅近くにある築50年ほどの物件でした。
借り手がつかなければ取り壊すそうで、原状のまま貸すから好きにしてOK、
原状回復の義務はなし、という条件。
建物の状態は悪いですが、駅前にしてはかなりの破格の賃料でした。
藤棚商店街を訪れる方は戸部駅を使う方が多く、駅から商店街までは徒歩10分ほど。
ここの場所はちょうど藤棚に向かう道の途中なので、自分だけで使うのではなく、
なにか近隣の人たちが集まれる場所にできないかと考えていました。
デパートメントと駅の間にもうひとつ拠点ができれば、
それぞれの拠点で生まれる関係が重なって、
面的なつながりをつくっていくことができそうです。
とはいえ、この物件はかなり手を入れる必要がありそうです。
土台は腐り、トイレは使えない状態で、窓も壊れて外れかかっています。
このままでは、さすがに人を呼べそうにありません。
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手頃な大きさで、手を入れてもいい物件なので、近くに住んでいて、
一緒にDIYして使ってくれる人とシェアするのが良さそうだと考えました。
そこで声をかけたのは、ひと駅隣に住む、
まちづくり会社〈about your city〉を主宰する小泉瑛一くん。
設計事務所〈ONdesign〉を独立した直後の彼は大学の後輩でもあり、
藤棚デパートメントでも夫婦で一日カフェをやってくれたこともありました。
彼の自宅から藤棚商店街までの、ちょうど中間地点くらいがこの物件でした。
まちづくりの会社の拠点として入居してくれたら、
ここが新たな地域の発信拠点にもなりそうです。
小泉くんもこの物件をシェアすることを快諾してくれたので、
2020年の3月頃には借りることを決意。
2年ごとの更新で原状回復なし、家賃は1棟で50000円/月です。
これなら気軽に手を加えていけるし、運営も難しくはなさそうでした。
2020年4月に最初の緊急事態宣言が発令され、
藤棚デパートメントも営業休止を余儀なくされました。
移動が制限され、仕事もいろいろと止まり、
いよいよ家の近所だけでの生活が始まりました。
ですが、藤棚デパートメントも戸部の倉庫も
自宅(藤棚のアパートメント)の徒歩圏内にあります。
この期間にできることは、黙々とDIYで改修作業をすることでした。
そこでデパートメントの事務所スペースを改修し、ホール部分を使いやすくし、
同時に戸部の倉庫も改修に着手していきます。
こちらは1階を土間のまま使える作業場として、
2階の和室ふた部屋はそれぞれ事務所として使う想定で改修することにしました。
腐っている土台など躯体工事が必要な箇所は、以前の事務所〈旧劇場〉の仲間で、
近くに工房を構えている大工の劉功眞くんにお願いし、
2階は小泉くんにもDIY工事に入ってもらいます。
みんなが自宅や事務所から近いので、来られるときに来て
それぞれの工事をやり、無理のない範囲で改修を進めていきました。
公共交通や人の集まる場所のリスクが叫ばれ、
自宅待機やリモートワークが推奨されるなかで
「自宅だけでは補いきれない要素をカバーするような、自宅の延長のような場所」
が必要になると感じていました。
この時期を機に「不特定多数の人が使えるために開かれた場所」から、
「特定少数の人が自分の場所を持てる、少し閉じた場所」へと、
シェアの価値観も変わっていくのかもしれません。
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工事も終盤に差しかかり、この頃にはこの拠点に入るメンバーが決まりました。
戸部駅のふたつ先、黄金町で活動していたアーティストの吉田ゆうさんと、
旧劇場からのつき合いの写真家の加藤甫くん。
暮らしている場所も近く、まさしくご近所で暮らす人たちの拠点です。
それぞれのつながりから、少しずつ関わる人が増えてきて、
工事の手伝いにも多くの方が参加してくれました。
みんなで話し合い、この拠点の名前は〈野毛山Kiez〉に決定。
“Kiez(キーツ)”とはベルリン地方の言葉で「ご近所、界隈」を指す言葉。
小泉くんがドイツで出会った言葉だそうです。
山岳用語にはドイツ語が多いらしく、野毛山の山らしさを印象づける意味でも、
ドイツ語を入れるのはいい組み合わせになると思いました。
野毛山、伊勢町、戸部、藤棚は、横浜の中心のちょっと外側になりますが、
いい感じにゆるく店を持ったり、ものづくりをする人たちが点在しているエリア。
野毛山のご近所のつながりを広げていくハブになっていくことを期待しています。
1階は僕と写真家の加藤甫くんがシェアします。
あまり日差しが入らないこともあり、
ゆくゆくはここに加藤くんの暗室をつくる予定です。
2階は小泉くんの事務所と吉田さんのアトリエが入ります。
サッシをつくって入れ替えたことで、ここで働いている様子が外からよくわかります。
活動そのものが、Kiezの顔となります。
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2020年の8月11日、山の日に野毛山Kiezが始動しました。
オープニングには黄金町で活動するアーティストや、
〈ヨコハマアパートメント〉や藤棚のアパートメントの入居者さんたち、
〈casaco〉の方々など、近隣で活動する方たちがたくさん来てくれました。
地域に暮らす人たちが、自分たちのもうひとつの場所としてつくったのが
野毛山Kiezです。みんなにとって、家の延長のような、
居心地のいい、また都合のいい場所になっていけばいいと思っています。
毎日イベントや企画をやらなくとも、非日常的な場所としなくても、
ふらっと集まれてごはんを持ち寄ったり、帰り道に立ち寄れたりする、
そういう場所がいま必要とされている気がしています。
今年はKiezのご近所に暮らすダンサーさんとアートプロジェクトも画策中。
ご近所の方たちと一緒に地域で楽しく暮らしていく活動はまだまだ始まったばかりです。
さて次回は、場所ががらりと変わって、2拠点活動のもうひとつの舞台、
長野県の立科町での取り組みについてご紹介したいと思います。
なぜ2地域なのか、なぜ横浜と長野なのか。
詳しくご紹介しますのでお楽しみに。
information
野毛山Kiez
住所:神奈川県横浜市西区中央1-30-15
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