連載
posted:2021.10.4 from:埼玉県熊谷市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Kazuhiro Hakuta
白田和裕
はくた・かずひろ●1981年埼玉県草加市出身。熊谷にて〈設計事務所ハクワークス〉〈まちづくり団体A.A.O〉、草加にて〈キッチンスタジオアオイエ〉で活動中。大学卒業後、ドイツ・ケルンの設計事務所にて研修し、古いものを生かしたリノベーションの虜に。2016年よりハクワークスとして独立。「空き家にチャンスを。空き家でチャンスを」をテーマに活動中。空き家をシェアキッチン〈デンクマル〉に、空きビルをシェアカフェ〈シェアカフェ★エイエイオー〉に、空きビルの区画をシェアサロン〈みかんビル〉にするなど、“空き家を開き屋“に。建築士が空き家を妄想する不動産サイト『空き家妄想バンク』も展開。まちの旗振り役として地域を巻き込み、“ おもしろい妄想”を繰り広げる。
https://www.denkmal.work/hakuworks
こんにちは。
埼玉県熊谷市で〈ハクワークス〉という建築設計事務所をやっています、
白田和裕と申します。
空き家オタクの自分が、日本一熱い(暑い)まち熊谷市で、
ノリとテンションで進めている空き家利活用の事例をご紹介していきます。
よろしくお願いします。
僕は建築士として
「空き家をまちに開くような巨大なアップサイクルができれば、
まちも変わるんじゃないか」という想いのもと、
不動産事業にも関わりながら建築の可能性を模索しています。
ということで第1回目は、元住宅だった空き家が
めちゃ安のレンタルスペースになった事例。
ソーシャル空き家、その名も〈デンクマル〉。レッツゴー!
建築士として独立したのは2016年。
大きなクライアントのひとりに不動産事業を営むお義父さんがいました。
彼が購入する古い不動産に僕がリフォームの設計と工事をして優良賃貸化し、
その後に再販していく事業の過程で、
“不動産業に片足を突っ込んだ建築士”となっていったのだと思います。
そういったつながりのなかで、今回の舞台となる空き家に出合い、
自身で購入することになります。築年数は僕と同じ=39歳。
土地建物付き200坪で金額は1000万円、坪単価は5万円。
隣は国道407号線という立地。
最終的に更地にすれば土地として売れるだろうという算段のもと、
個人出資という覚悟のある空き家プロジェクトが始まりました。
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さてさて、行き当たりばったりなもんで、
物件購入が決まってから事業計画が始まります。
元住宅ということで、1階にリビング、和室、キッチン。
2階には、2部屋の寝室という構成。
離れとして、隣には2階建てのログハウスがあり、
1、2階とも大広間となっています。
空き家活用のほか、僕には建築士として、もうひとつの事業テーマがあります。
それは、断熱リフォームです。新築の高気密高断熱化は進んでいますが、
中古住宅においては未だ手つかずのことが多い現状。
40年前の住宅はほぼ無断熱であり、冬はヒートショック、
夏は熱中症のリスクといった、死と隣り合わせの家と言っても過言ではありません。
なので、この空き家を断熱リフォームのショールームとして、
断熱の快適性を体感してもらい、さまざまな実験とともに、
断熱化のデータ収集をしていくぞ! と決めました。
断熱リフォームは、屋根、天井、窓、壁に行いました。
特に中古住宅は窓が弱点になります。使い勝手や種類の違いがわかるように、
窓でも4種類の断熱リフォームをしています。
屋根にはDIYでグラスウールを300ミリ並べて、
メリット・デメリットを検証したりもしました。
「意図せずとも、自然と人が集まってほしい」という思いから、
1階のリビングを1時間500円~というめちゃ安のレンタルスペースに、
キッチンは1時間700円~とめちゃ安の菓子製造許可つきのシェアキッチンに、
2階の個室はシェアオフィスにしました。
パッと見た目ではわかりづらいのですが、
空間を体験することで断熱リフォームの良さに気づいてもらい、
建築の顧客へと循環していく流れ。実はこれが裏のテーマだったのです。ニヤリ。
この場所を〈デンクマル〉と名づけました。
ドイツ語でdenkmal。文化財や記念碑といった意味で
古いものに敬意を表し、また、denkとmalは英語でいうとthink it。
「もう一度考えよう」という感じです。
建築士として、空き家についてもう一度考えようという意味を込めました。
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2020年2月にオープンしたのですが、すぐ新型コロナウイルスが感染拡大しました。
ちーん……。
これは開店休業状態だぜ! と思っていたのですが、
新型コロナの影響で、熊谷市の体育館などは閉鎖され、
そこでヨガクラスやボディコンディショニングのクラスを開講していた人が、
スペース難民となりました。
すると、人によってはプライベートレッスンやオンラインに切り替えたり、
この“めちゃ安レンタルスペース”を借りてくれるようになり、
2階のシェアオフィスには、コロナを機に東京の事業を売却し、
地元で新事業を行う方が入居してくれました。
いろいろな用途が混在したこの怪しい(?)空き家に見学に来てくれて、
対話のなかで「おもしろいね」と共感し、参画してくれたみなさんの存在。
それがとてもうれしかったのを思い出します。
一軒家という半ばクローズドな部分が功を奏したり、
またコロナで世間が閉ざされていくなかで
「多くの人を受け入れるぞ」という意識が、
コロナをきっかけに時代の変わり目を読んだ、
ある種の少し変わった人たちにフィットしたのかもしれません。
オープンしてから、たくさんの利用がありました。
ヨガ、ピラティスやワークショップなどの利用や、
徐々に菓子製造許可シェアキッチンの利用も増えてきました。
そのほか、自主制作映画の撮影、 MVの撮影、YouTubeの撮影、
コスプレ食事会など、多様な用途のカメレオン的な場所に育ってきました。
ところが、そのうちに
「たくさんの人が集まりつつある。だけど、ただ素通りしているだけのような……」
ということに気がつきました。
“空き家アップサイクル建築士”としての未来を描いたときに、
もっとデンクマルでできることを模索し始めます。
まずは、シェアオフィス入居者とヘビーユーザーのみなさんをお招きし、
カレーパーティーをしました。
ゆるくお互いの素性を知り、挨拶できる関係を築くこと。
そしてデンクマルのアップデートのために、
利用者としての意見を聞くことが目的でした。
私のカレーは評判も上々でした。
次に、僕自身もレンタルされている方のレッスンを受講してみます。
知り合いやオフィス入居者とともにメンズダイエット部を結成し、
ヨガを受けてみたり、ボディコンディショニングを受けてみたり。
果たして、痩せたのか……。
また、自分でもDIYワークショップを開催してみました。
プロの職人が教えるワークショップと称し、庭にウッドデッキをつくりました。
BBQコンロとピザ窯を完成させ、BBQスペースとしても利用が可能になりました。
多種多様な人と関わりを持っていくなかで、いろいろな可能性が見えてきます。
「この人とこの人が一緒にやったらおもしろいんじゃないか?」
「この人にはこの講座を紹介してあげよう」
「新しくロゴをつくるなら、あのデザイナーさんを紹介しよう」というように。
例えば、ボディコンディショニング×オーガニック。
別々に行っていた講師やレッスンを結びつけて、体を整える運動をし、
その後にコールドプレスジュースを飲み、
季節の有機野菜のフルコースを食事する企画だとか。
例えば、熊谷で行われるナイトマルシェに、
シェアキッチン利用者みんなで参加してみよう! と企画をまとめてみたり。
カッコよく言えば、「シェアするのは場所だけじゃない」。
夢が集まり、人と人とがつながり、また夢が夢を呼ぶ。
そんな熱い連鎖を、日本一熱いまち熊谷から
生み出していくチームができればと思っています。
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ここで少しリアルなお話を。
空き家の購入金額は1000万円、リフォーム費用は700万円になりました。
ローンの返済は10年、月々の支払いは14万円です。
収入は、レンタルスペースとシェアキッチンで月8万円。
シェアオフィス賃貸が2部屋で月8万円。
その他、現在は離れをテイクアウト専門店と貸し倉庫としており、月8万円になります。
合計24万円。利回りは約15%程度で、ビジネスとして十分に成立しています。
さらに、自身の事業の広告となり、設計・工事にもつながっています。
悪くないでしょ!?
「低価格」と「シェア」の概念を取り入れたデンクマルは、
やりたいことを小さく始められる場所となり、
何かを始めたい人の一歩を応援する場所になっていきました。
この1年半のなかで、デンクマルをきっかけに知り合った人が多かったと思います。
「ここがあってよかった」とか
「一歩踏み出してよかった」と言われることが多く、
たかがレンタルスペース、されどレンタルスペース、
いろんな方々の出会いの場所になっています。
特にうれしかったのは、200坪の庭の管理に困っていたとき、
ヨガ教室の生徒さんが率先して手伝ってくださったこと。
「先生がこの場所にお世話になっているから、私たちも恩返しがしたい」
とのことでした。
断熱に対する反応も上々です。
エアコンがすぐに効くので仕事の効率がアップしているとか、
自分の家にも導入したいと工事の依頼がくるようになりました。
広告の効果としても上々です。
そのほか、地球環境やエネルギー問題のこと、
食を大事にしている方と共通の話題ができたり、共感の輪が広がっています。
そんなこんなで、建築(ハード)の可能性を探りながら、
場所(ソフト)の充実を願った結果、両輪が回って、
ソーシャル空き家が動き出した感じがしています。
「空き家は物語の舞台である」
デンマルクは、私の“空き家リノベ建築士”の
第一歩を進めるきっかけの場所ともなりました。
続いては、エピソードゼロ。
少し時をさかのぼって、地元である埼玉県草加市の
キッチンスタジオの事例についてご紹介していきますね。お楽しみにー!
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