連載
posted:2021.9.10 from:宮崎県日南市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Junzo Onitsuka
鬼束準三
おにつか・じゅんぞう●PAAK DESIGN株式会社代表取締役。1983年宮崎県日南市生まれ。大学進学とともに東京に移住し、大学院、設計事務所を経て、独立したのち、Uターンで故郷に帰る。商店街活性化のための取り組みをしていた〈油津応援団〉を経て、2017年、日南市の飫肥城下町にある建築デザイン事務所〈PAAK DESIGN〉を設立。地域資源を生かした循環型の仕組みをつくることを常日頃考えている。自転車いじりとコーラづくりが趣味。
https://paak-design.co.jp/
credit
写真提供:ワタナベカズヒコ フクイトシヒロ ナカムラキヨシ ワタナベアカネ パークデザイン株式会社
宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN〉鬼束準三さんの連載です。
今回は、日南市にあるスペシャルティコーヒー焙煎所〈塒(ねぐら)珈琲〉と、
同じ建物の2階にあるPAAK DESIGNの事務所がテーマです。
元焼酎工場の倉庫が店舗とオフィスへ。
PAAK DESIGNのビジョンについても紹介していきます。
このプロジェクトは、2015年にオープンした私の父の店の話です。
2012年、長年にわたって市役所で働いてきた父が
「早期退職して、コーヒーの焙煎所を始める」と言い始めました。
今後は毎月、東京にあるコーヒーのレジェンドの店に焙煎の勉強をしに行くからと。
2年間ほどそのお店に通い技術を身につけ、
その後はリノベーションして店舗をつくる話になっていきました。
物件は飫肥(おび)城下町にある、父の仲のいい後輩が所有していた元焼酎工場の倉庫。
父自身も若い頃に遊び慣れ親しんだ飫肥城下町に新しいお店を開くことで、
まちに対して恩返しをしたいとの思いがあり、
「それだったら協力したい」と物件を貸していただけることになったそうです。
当初から父は「厳選された豆で、風味特性を生かした焙煎のコーヒーを
まちの人に飲んでもらいたいし、コーヒーの本当の魅力を伝えていくお店にしたい」
と話していました。
いまでこそスペシャルティコーヒー店は地方のまちでも見かけるようになりましたが、
当時は宮崎県内にほとんどなく、私としては
「おもしろそうだけど、いままで行政の仕事しかしてこなかった父が
商売なんてできるのだろうか……」と少し不安に思っていました。
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行政マンだった父の初めての開業。
私もどんな店舗になったらいいかをゼロから考え始めました。
まずは父が抱くおぼろげなお店のイメージを整理することからスタートです。
「どんなお店にしたいのか?」を要素分解していき、
どんなお客さんに来てほしいのか、どんな商品が売れそうかについて考え、
そこからロゴ、空間のコンセプトとデザインへと、
ひとつひとつひもときながら提案していきました。
通常の設計事務所は、お客さんから設計上の要件を聞き出し、
空間設計のみを行いますが、統一されたデザインや、
ブランディングによって生まれたお店を見てみたいと思い、
父のお店ということもあって、ゼロからお店づくりに挑戦することにしました。
お店は観光の中心地である飫肥城下町の中にあり、
平日休日問わず、多くの人が通りを歩いている場所。
できるだけお店の魅力を外に伝えながら、
お客さんに入ってもらいやすい空間にするため、
まちに対して開き、城下町に溶け込むような空間を目指しました。
店舗正面(ファサード)は、全面にガラスを用いて、
内部の壁には城下町の建物の外壁に多く使われている、
地元・飫肥杉の下見板張りという仕様を採用。
まち中どこでも見かける外壁を内装として使い、それをガラス越しに見ることで
“少しの違和感”を感じられるようにし、いい化学反応を起こせる空間にしました。
2015年4月にオープンを迎え、何年もシャッターが降りていた建物から、
ガラスで覆われた明るい空間が現れました。
外からは父がコーヒーを淹れたり焙煎する様子が見え、
通りを行き交う観光客や地域の方々が自然と入ってきてくれるようになりました。
店内に入るとコーヒーの芳しい香りに包まれ、お客さんはすごくいい顔になります。
少しずつではありますが、父の夢が叶えられている気がして、うれしく思っています。
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塒珈琲のオープンから2年ほど時が経ち、
前回ご紹介した〈株式会社油津応援団〉を2017年の春に退社。
同年の6月末に〈PAAK DESIGN (パークデザイン)株式会社〉を設立しました。
パークは「公園」の意味。公園のようにいろいろな活動や事業が行われ、
ワクワクするような場所になり、そこにいるさまざまなキャラクターの人が
活躍できる器のような会社になりたいという思いです。
うしろには「デザイン」とつけ、デザインが軸の会社だと誰でもわかるようにしました。
「パーク」は「PARK」ではなく「PAAK」。
一般的にデザインや設計監理の業態は受注産業(Recieve)です。
しかし、いまから自分のつくる会社は能動的(Active)に
事業を行っていきたいという思いから、パークの「R」を「A」に変えました。
会社で「何をするか」についても悩みました。
都会とは呼べない日南市で、デザインや設計で食べていけるのか。
モヤモヤと考えていたある日、さまざまな企業のホームページを見ていると、
あることに気がつきました。
好きな企業のホームページでは、社会やお客さんに対してのミッションを掲げ、
自社がどのような価値を提供するかがわかりやすく書かれていました。
一方で一般的な設計事務所のホームーページには、
自社の事例がメインで「いい設計をします」としか書かれていません。
この違いが設計事務所出身の僕にはとても新鮮で、おもしろいなと思いました。
そこから、デザイナーや設計事務所として、つくることだけを目的とせず、
社会に対して何ができるのか、何を提供するかをお客さん目線で考え始めました。
「地方でしかできないことに対して、デザインは何をすべきか」を考え、
4つの答えを出しました。むしろ、これくらいしか
僕には想像できないなと思ったのが正直なところです。
1 空き家事業(建物のリノベーションデザイン)
2 古物事業(古い建物から出た古材、古建材を引き取り、社会に戻す)
3 サブリース事業(空き家を借り、貸せる状態にリノベーションし、事業や賃貸をする)
4 地域ものづくり事業(地域内に眠る遊休資源を活用し、商品開発を行う)
この4つの事業を行うことを決め、PAAK DESIGNとして活動を始めました。
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事務所は、父の店である塒珈琲の2階に構えることに。
Uターン直後からここをオフィスにしようと考えていたものの、
油津応援団に所属することになり、3年間ほど手つかずの状態でした。
2017年6月末、PAAK DESIGNの設立後も今後スタッフが来てくれるのか、
当分はひとりか、打ち合わせスペースはどれくらい必要かと、
見通しが立たず悩んでいましたが、せっかく田舎のオフィスなんだから、
窮屈な印象にならないようにとだけ考えました。
まず、打ち合わせスペースと執務スペースを半分に仕切ることに。
ただし、固定の壁はつくらず、仕切った空間同士の気配がなんとなく感じられるよう、
高さ1.5メートルの本棚で仕切りました。
塒珈琲の2階にオフィスを構えたのは、
1階が父の店であり、さらには私が1日に何杯も飲むほどコーヒーが好きで、
毎日コーヒーの香りに包まれながら仕事がしたかったからです。
スタッフにもコーヒー好きが多く、仕事中のコーヒーは
福利厚生のひとつとして飲み放題にしています。
クライアントさんや仕事仲間とオフィスで打ち合わせをする際にも、
淹れたてのコーヒーをお出しします。
みなさんに「おいしい」と喜んでいただけ、
話が盛り上がり、打ち合わせが伸びる傾向に。
淹れたてのコーヒー1杯が、仕事だけでなく、プライベートや新規事業についてなど
話を盛り上げ、未来の仕事をつくっているような気がしています。
現在は、先述の4つの事業に日々少しずつ取り組んでいるところです。
サブリース事業として生まれた宿〈PAAK HOTEL 犀〉(今後紹介する予定)を
立ち上げたり、地域のものづくり事業から生まれ、
商品開発だけでなく、直接お客さんに届けるためのオンラインショップ
〈PAAK Supply〉(こちらも今後紹介予定)を開店したことで、
デザインや設計監理を超えた業務が発生し、仕事仲間も増えてきました。
地方においてひとりで考えて立ち上げ、
最悪の場合はひとりでもなんとかがんばっていこうと覚悟して始めた会社。
それがいまではいろいろな人に携わってもらえているのはうれしいことです。
これからもこの場所で、仲間たちと、
地方の少しだけいい未来をつくることを目指していきたいと思います。
次回は、起業してから初めての旧邸宅の復元に挑んだ
〈武家屋敷伊東邸〉のエピソードを紹介します。
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