連載
posted:2021.9.21 from:京都府綾部市 genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルで暮らすことや移住することを選択し、独自のライフスタイルを切り開いている人がいます。
地域で暮らすことで見えてくる、日本のローカルのおもしろさと上質な生活について。
writer profile
Yusuke Nakamura
中村悠介
なかむら・ゆうすけ●編集者。京都市在住。このところのルーティンはクラシックな銭湯巡り。サウナではなく銭湯派。
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撮影:田中陽介
京都府の北部に位置する綾部市。
JR綾部駅から、歩いて15分の古い民家が並ぶ一角に突如、美しい教会が現れる。
住み手のない古民家が改装され、新たに店舗などとして生まれ変わる。
そんな例は珍しくない。けれど教会をそのままレストランに、という話は聞いたことがない。
ここは60年前に建てられた木造の旧・綾部カトリック教会で、
現在レストランとして運営されている。
その名も〈Get Me To The Church〉、“私を教会に連れてって”だ。
経営するのは料理人の宮野晋さん。
宮野さんは東京で出版社に勤務。そしてイベントプランナーを経て、
蕎麦懐石の人気店〈みや野〉を阿佐ヶ谷で25年経営。
そこから綾部に移住し、2019年に教会でレストランをオープンした。
「〈みや野〉で立ち退きの問題などがあったことがきっかけですが、
新しいことをやってみたくて」と移店を考え始めた。
当初は、京都市内での開業を考えていたが、
物件を見て回るうちに自然と綾部まで足を延ばすことになったそうだ。
「京都市から“遠い”といっても、綾部は(京都市内の)二条駅からJR山陰本線で59分です。
東京でいえば山手線1周と変わらない。都市部から1時間離れるだけで、
“自分のやりたいことを諦めて実現できないなんて、人生つまらないな”と考えて。
価値があるものをお出しすれば、
きっとお客さまは遠くても来てくれるだろうと思ったんです」
それまで〈みや野〉では、新鮮な食材を生かした料理を提供してきたこともあり、
より産地に近い場所でレストランを営むことは「憧れ」でもあったという。
「京都を含む、全国各地のさまざまな素材を取り寄せていました。
だからいい水があって、無農薬の野菜があって、とれたての魚があるという、
より第1次産業に近いところでお店をやるビジョンはずっと持っていたんですね。
だから、その思いを叶えたという感じで。水はすぐ近くに名水の出る井戸があります。
それに丹波地方は寒暖差の激しいところなので、
山菜や松茸、いろんな野菜がとれることもここに来た理由です」
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ここは統廃合で使われなくなった教会で、
以前はコワーキングスペースとして月1回ほど利用されていたそうだ。
宮野さんが、地元の不動産屋に紹介され、この物件に決めたのは理由があった。
それは文化発信基地としての可能性を感じたこと。
「ここはPAなしでコンサートができる。
教会なのでマイクなしで神父さんの声が後ろまで届くような構造になっているんです。
この先、コロナでどうなるか? はわからないですが、
レストランとしてだけでなく建物の可能性を最大限に活用することができたら」
宮野さんの出身は岩手県の盛岡。
地元にいた頃は、映画館やジャズのコンサートに足繁く通った思い出があるそう。
元・音楽系のイベントプランナーで、自他ともに認めるジャズ愛好家。
東京ではジャズフェス『阿佐ヶ谷ジャズストリート』の実行委員でもあったことで
ミュージシャンの友人も多い。なにより地域にライブハウスや映画館がないこともあり、
綾部の文化拠点としての役割を担えるのでは? と考えている。
「運のいいことに、文化発信に賛同してくれた近所の友人がピアノを貸してくれました。
それも〈スタインウェイ〉のもともとの工房である
ドイツの名器〈グロトリアン・シュタインヴェーク〉。
そこで106年前に製造された貴重なピアノです」
これまで京都のシンガーソングライター・Yammy*のライブストリーミングや、
宮野さんの友人でもあるイスラエル生まれのギタリスト・山口亮司などの
コンサートが開催され、今後はバーレスクショーなども企画しているそうだ。
オープンして2年半。
大阪や京都市内から噂を聞きつけ、やってくるお客さんが圧倒的に多い。
まだ地域では「教会で何をやっているのか、理解されていないところもある」。
「それは当然なんです。むしろ東京はよその土地の人を受け入れることに慣れ過ぎている。
ある意味すごいけど、今思えば異常なのかもしれないですね。
綾部が普通というか当たり前だと思います。
小さなまちだから、市長によく会ったりしますよ(笑)。
そんな距離感は今も衝撃だけど、楽しくもある」
地元の生産者とのつながりも少しずつ広がり、
現在使用する有機栽培の野菜は顔の見える人が生産するものばかりとなった。
宮野さんは、生産者と「キャッチボールする」ように連携しているそう。
なるべく素材の良さを引き出すように料理していきたいので、
食材の特徴を農家から聞き出し、
どのような料理にしたいのかを生産者に直接しっかりと伝える。
こうしてネットワークを濃くし、ともに綾部を活性化していけたらという考えだ。
「例えば、綾部の有機農法の米はめちゃめちゃおいしいんです。
うちではこの米を生かした料理を出すべき、とサワラの棒鮨をつくりました。
サワラは隣の舞鶴湾で一年中、いいものがとれます。
あと〈今しぼり〉という綾部の醤油はおすすめです。
古式醸造でつくられた完全な生のしょうゆです」
宮野さんによれば、綾部の生産者は、
商売の損得勘定のみで農業をやっているわけではないという。
「例えば、農薬不使用で自家採取の種から野菜を育てることにこだわった村上さん。
“孫にちゃんとした野菜を食べさせたい”とか。そういう思いから始まっていたりする。
だから結果として、ものすごくおいしい野菜ができあがる。
玄関に置いてあるカボチャなんて、とんでもなくおいしいよ」
思いがこもった生産者とコミュニケーションし、
素材を新鮮なうちに手に入れることができる。
宮野さんが「憧れて」いた、産地に近いレストランの姿が綾部にあった。
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産地に憧れ、移住して約3年。
現在は「観光大使じゃないけど(笑)、
綾部のいいものがわかってくると自然に人にも教えたくなってくる」と話す宮野さん。
綾部の有機栽培の野菜を〈Get Me To The Church〉で使用するだけでなく
「めっちゃ喜ばれるから」と京都市内のレストランに持っていくこともあるという。
「ある農家さんが育てている完全無肥料、無農薬の豆がすごくおいしいから、
うちでも炊いてデザートにして使っていたんだけど、
あまりにすばらしい豆なのであっちこっちで紹介しているうちに
自分の仕入れる分がなくなってしまった。でも、よくあることです。
それが地域の生産者のためになるし、まぁいいかと(笑)」
宮野さんが今後の展開として目論んでいるのは
「2000円で泊まれるような」ゲストハウスをつくること。
「綾部は朝がすばらしいんです。霧がかかっていて雲海の中のような。幻想的なんですよ」
そもそも宿泊施設が少ないこともあり、
綾部の朝を知ってもらうには宿泊してもらうのがベストなのだ。
いうなれば綾部の幸。
それを伝えるバトンを、料理人の視点、元イベントプランナーの視点、
そして移住者だからこその視点で受け取り、今リレーし始めたように見える。
もしあなたがここでガスパチョの濃厚で爽快な美味を味わえば、
きっと誰かを教会に連れていきたくなるはずだ。
information
Get Me To The Church
ゲット・ミー・トゥ・ザ・チャーチ
住所:京都府綾部市新宮町6
Tel:080-1238-6477
営業時間:12:00〜14:00、17:00~22:00
定休日:月・火曜
Facebook:Get Me To The Church
Instagram:Get Me To The Church
*価格はすべて税込です。
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