連載
posted:2021.12.16 from:宮崎県日南市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Junzo Onitsuka
鬼束準三
おにつか・じゅんぞう●PAAK DESIGN株式会社代表取締役。1983年宮崎県日南市生まれ。大学進学とともに東京に移住し、大学院、設計事務所を経て、独立したのち、Uターンで故郷に帰る。商店街活性化のための取り組みをしていた〈油津応援団〉を経て、2017年、日南市の飫肥城下町にある建築デザイン事務所〈PAAK DESIGN〉を設立。地域資源を生かした循環型の仕組みをつくることを常日頃考えている。自転車いじりとコーラづくりが趣味。
https://paak-design.co.jp/
credit
写真提供:ワタナベカズヒコ 日南市 パークデザイン株式会社
宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。
今回は、日南市の中心地にある〈JR日南駅〉のリノベーションがテーマです。
多様な世代が集う新たなまちの居場所となった日南駅が
どのようにしてできあがったのか、振り返っていきます。
日南駅は、日南市の中心市街地にある駅です。
隣には城下町として栄えた飫肥(おび)駅と、
マグロ漁で栄えた油津(あぶらつ)駅があり、
市の名前がついている駅にしては少し影の薄い駅でした。
また、近年のJR利用者数は年々減り、
10年前と比べて約半分という状況でもありました。
日南駅は、日南市役所や県の出張所、高校などの最寄りの駅で
一定の利用者があるので、当面は廃線になることはないまでも、
このまま利用が減っていけば将来どうなるかはわかりません。
2015年以降は、日南市がJRから駅業務を受託して運営する簡易委託駅となり、
建物所有権もつい最近JRから日南市へ譲渡されたばかり。
市の施設としてあらためて駅舎の活用を検討しなければならない状況になりました。
建物自体は築60年ほどで、いままで外壁の塗装や看板のつけ加えがあった程度。
今回が初めての大規模なリニューアルとなります。
駅舎のリニューアルにあたって始めたのは、駅の利用者や近隣の学生、
子育て世帯を対象とした駅の空間づくりのためのワークショップでした。
このプロジェクトは、日南市が事業主体として行い、
企画プロデュース、ワークショップデザインやデザイン監修について、
〈無印良品〉でおなじみの〈良品計画〉さん、
全国でさまざまな集客施設・商業施設を手がける〈乃村工藝社〉さんのサポートがあり、
日南市と協働で〈PAAK DESIGN〉も地元企業として設計に携わることになりました。
ワークショップは3回ほど行い、
「どんな駅なら利用してみたいか」
「駅に何を求めるか」など、学生とその親世代、
近くで働くビジネスマンにも参加してもらい、
それぞれの立場から意見を発表してもらいました。
小中高生からは「子どもだけでも気軽に行ける場所になってほしい」、
ビジネスマンからは「列車を待つ間に読書がしたい、
仕事が快適にできるようwi-fiのある場所が欲しい」、
そして親世代からは「子どもを送迎する際にちょっと立ち寄れる
ミニスーパーのような場所があると便利!」など、いろいろな意見が出てきました。
また、既存の駅舎はただ待つだけの場所になっており、
「JRを利用する以外で行きたいと思ったことはない」
「暗くて寒くてきれいじゃないから、長時間は待ちたくない」
「市の名前がついた駅なのに自慢できない」など、
あまりいいイメージを持っていないこともわかりました。
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ワークショップを経て「学生の居場所の創出」
「シンボルとしての駅舎の復活」
「まちの一等地に立地する建物の利活用」など、あらゆる課題が見えてきました。
さらには良品計画、乃村工藝社、日南市と話すなかで、
「待つだけの場所じゃなく、何か目的を持って行きたくなる場所になってほしい」
というコンセプトが自然と出てきました。
駅舎であり公共施設なので、商業施設にはできませんが、
新しい空間を用意することで地域の人が集い、
常に人が活動している状況がつくれるなら、
楽しそうな場所として認識されてワクワク感が生まれていくのではないか。
そんな思いでこの場所のコンセプトが決定し、
新たなコミュニティスペースをつくることになりました。
利用できる面積を2倍以上拡大し、冷暖房を完備して学習や仕事がしやすく、
さらには子連れでも訪れやすいように小上がりの和室もつくることになりました。
まちの中心地であるがゆえに、多様な課題の解決を要求されたプロジェクト。
多くの人に受け入れてもらえるよう、軽やかな空間コンセプトが必要だと感じました。
日南駅のある地区の名前は「吾田(あがた)」と言います。
文字にあるとおり、市役所ができる60年前は一面が田んぼの地域でした。
いまは見ることのない原風景を空間に表すことができないかと、
空間コンセプトに「田んぼ」を用いることにしました。
田んぼは上空から見ると、きれいなグリッドの表情を見せてくれます。
地上からは見ることができない自然のグリッドを、
さまざまな箇所のデザインモチーフにすることにしました。
いよいよ工事に着手したところで、初めての出来事が発生しました。
通常、店舗などの改修では、一時閉店して
できるだけ短期間で工事を完了させる方法をとります。
ところが、今回は公共交通を担うインフラなのでそれができません。
駅の切符売りなどの業務はそのままに、工事を進める必要がありました。
まずは切符売り場を移設し、運用する一部だけ残して解体と工事を行い、
完成後に切符売り場を戻す計画でした。
しかし、仮設の切符売り場と新しい売り場で工事が干渉して、
うまく移設できないことが発覚。
別の場所にもう一度移設して工事をすることになり四苦八苦しましたが、
いい経験と勉強になりました。
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なんとか工事は進み、天井、間仕切り壁、既存の仕上げを撤去し、
構造体だけ残したスケルトン状態に戻しました。
開かずの倉庫や部屋があらわになり、60年以上も壁や天井に埋まっていた
荒々しいコンクリートの表情が出てきました。
天井は非常に高く、60年の歴史を感じつつ、
新鮮で明るく伸びやかな空間が現れました。
あらわになった壁と天井はそのままに、室内化する部分はガラスで間仕切りすることで、
荒々しくかっこいい空間を生かすことにしました。
外と内が一体となるワンルームのような空間を目指し、そこに彩りを添えていくように、
切符売り場のカウンター家具の腰壁、棚やデスクなど、
県産材である飫肥杉でつくられた家具を配置。
飫肥杉を壁や床など空間全面に使わなかったのは、
躯体のかっこよさを生かしながら建物の歴史を背景にすることで、
飫肥杉の表情をより浮き立たせたいと思ったからです。
家具に使用することで、手に触れる機会が多くなり、
飫肥杉の表情や感触を最大限に感じてほしいという思いもありました。
もちろん看板やサインもリニューアル。これまで約60年にわたり、
必要に迫られて無秩序に設置されていた看板やサインはすべて撤去して、
必要最低限の見やすくわかりやすい場所と大きさのサインに取り替えることにしました。
看板の取り替えに合わせて外観全体もリニューアルすることに。
看板が設置されるところには、飫肥杉を使った壁をつくりました。
上空から見た田んぼのように、木材と木材の間の目地をグリッド状に入れて
畦道(あぜみち)に見立て、コンセプトの「田んぼ」を表現しています。
くたびれていた古い窓枠のサッシは撤去し、看板と同様に飫肥杉で木質化。
ここでも全面に飫肥杉を使うのではなく要所に絞って使うことで、
既存部分が飫肥杉を引き立たせてくれます。
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学生とのワークショップから始まり、苦戦した改修工事を経て、
2020年3月末にオープンを迎えることができました。
オープニングイベントの準備がありましたが、
コロナの影響で直前にすべて中止となり、ひっそりとオープンを迎えました。
来年あたり、2年越しのオープニングイベントができるのではないかと
ワクワクしています。
オープン直後から、期待どおりに広い年代の人に利用されています。
高校生が毎日の電車の待ち時間に勉強したり、友だちとおしゃべりしていたり。
近くにある市役所や県の職員が仕事をしていたり、
列車を待つビジネスマンがパソコンを開いて仕事をしていたり、読書をしていたり。
休日になると、近隣の小中高生が友だちと一緒に
読書やおしゃべりをしにきたりしている様子が見られます。
これまではただ列車を待つだけの場所だった駅舎が、
目的を持って行く場所となり始めています。
これからもいろいろな地域の活動を受け入れ、
まちの活動の中心となる場所になっていくことと思います。
information
日南駅
住所:宮崎県日南市中央通1丁目
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