連載
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Junzo Onitsuka
鬼束準三
おにつか・じゅんぞう●PAAK DESIGN株式会社代表取締役。1983年宮崎県日南市生まれ。大学進学とともに東京に移住し、大学院、設計事務所を経て、独立したのち、Uターンで故郷に帰る。商店街活性化のための取り組みをしていた〈油津応援団〉を経て、2017年、日南市の飫肥城下町にある建築デザイン事務所〈PAAK DESIGN〉を設立。地域資源を生かした循環型の仕組みをつくることを常日頃考えている。自転車いじりとコーラづくりが趣味。
https://paak-design.co.jp/
credit
写真提供:イザキコウスケ ワタナベカズヒコ パークデザイン株式会社
宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。
今回は、日南市・油津商店街にある空き店舗をリノベーションした
〈ADDress Kado〉がテーマです。
〈ADDress(アドレス)〉とは、全国どこでも定額制・住み放題のサービスで、
定住でも所有でもない新しいライフスタイルを提案するもの。
以前、コロカルの記事でもご紹介しました。
ここでは、どのようにして日南にアドレスの拠点ができあがったのか、
振り返っていきます。
アドレス代表の佐別当(さべっとう)隆志さんとの出会いは突然でした。
2019年1月、引き渡し間際の物件で仕上げ作業に没頭している最中、
「こんにちは」と挨拶され、ふと顔をあげると男の人が立っていました。
僕のクライアントでもあり、いつもいろんな人とつなげてくれる
田鹿基倫さんも立っていて、「佐別当さんです」と紹介され、
設計の相談をしていただいたのです。
佐別当さんからアドレスの事業について説明を聞き、
淡々とした会話のトーンとは裏腹に、
ものすごく魅力的な未来が描かれていて心が打たれました。
これを4月から全国に展開していく予定で、海や自然が近いこと、
サテライトオフィス誘致の取り組みで話題となっていたこと、
手頃ないい物件が商店街内にあることなど、
さまざまな理由から我が日南にも拠点をおきたいということで、
ワクワクと胸を踊らせたのを覚えています。
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物件は、すでに油津商店街の空き店舗に目星がつけられていました。
元果物屋で角地にある魅力的な物件でしたが、
閉店してから15年ほどずっとシャッターが閉まった状態。
市の商店街活性化事業でも何度か賃貸で交渉を試みたのですが、
条件が合わず頓挫していたところ、オーナーさんの代替わりのタイミングと一致し、
アドレスさんが土地を含め物件を購入してくれたことで、
シャッターを開くことができました。
1階にはいまの商店街に足りていない機能を入れて、地域に開かれた場所に。
2階はアドレスの会員が使用する居住スペースになります。
2階のシェアハウスについては、
既存の水回りや間仕切り壁の位置など、ほとんど変更することがなく、
アドレスの事業収支にも合う部屋数とベッド数がすんなり確保できました。
問題は、ふんわりとしか内容が決まっていない1階部分。
アドレスからのリクエストは、この場所を商店街や市民に開放すること。
オペレーション費用をかけず無人で運営すること。
商店街に足りない機能を備えて、人が集まれるスペースにすること。
それらを受けてふたつの案を提出することに。
どちらにも共通するテーマは、商店街になかった機能として、
「文化的な機能を持つこと」としました。
ひとつは「フォト&クラフトスペース」として、
フォトスタジオと写真をテーマとした工作室にする案。
もうひとつの案は、「レコードコミュニティスペース」。
その頃、全国的に話題となった油津商店街の開発。
若年層は商店街へ訪れるスポットや機会ができたものの、
年配層が気軽に来られる場所がないという課題がありました。
そこでレコードが自由に聴けて、音楽という商店街にない機能を入れてはどうか。
かつてレコードを楽しんだ世代と、レコードになじみのない若い世代との
交流が生まれることを狙った案です。
プレゼンの結果、レコードコミュニティスペースに決定し、
ハード(設計)とソフト(企画)ともに発注してもらうことに。
それはパークデザインの初めての挑戦となりました。
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企画が決まり、まず取りかかったのは、レコードを集めること。
自由にレコードが聴けるスペースを提案したものの、
自分たちはレコードを持っていないどころか触れたこともない。
どれくらいの量をどのように集めたらいいのか思案しました。
一番の方法は、かつてレコードに触れて楽しんでいた世代に声をかけて集めること。
まずは商店街の関係者にプロジェクトについて説明し、
できるだけ多く集めてもらいました。
さらに東京のレコードバーでも日南について知ってもらうイベントを仕掛け、
アドレスのブログでもイベントについて紹介。
ナカ(地元)とソト(東京)、ふたつの方向からアプローチすることで、
さまざまなジャンルのレコードを集めようと取り組みました。
私がかつて所属していた油津応援団・黒田泰裕さんの多大な尽力もあり、
10枚、20枚単位で集まり始め、最終的には400枚を超えるレコードが集まりました。
建築の調査については、プレゼン準備の段階から事前に進めていました。
物件は何度も改装を繰り返してきたようで、細かく調査すると、
中から築70年くらいの古民家が出てきました。
無秩序に鉄骨で増築されていて、独特な表情を持った建物。
その荒々しくも、時代の変化を感じさせる表情をなるべく残し、
表に露出させるかたちで設計することにしました。
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設計を終えたところで、当初の想定より要素が増えて、
工事費が予算から少し溢れはじめていました。
溢れた分は、プロジェクトを発信しつつ応援してもらうため、
クラウドファンディングを実施して、工事費用の補填とすることに。
さらに、現場では「ペンキ塗り」と「古材壁張り」の2回にわたり
DIYワークショップを行いました。
物件に告知の張り紙をして、あとはSNSで募集したのみ。
ところが当日には雨で試合が中止になったからと、
中学生野球部一同が「よろしくお願いします!」と来てくれたり、
近所の親子が歩いて来て、ペンキまみれになりながら壁を塗ってくれたり。
SNSで見たという知り合いが、職人さながらに
ガチンコで広い壁をきれいに仕上げてくれたり、
「ちゃんとやってるかぁ?」と差し入れに来てくれた商店街の店主の方たちも、
子どもたちに釘の打ち方を教えながら古材を張ってくれたり。
こうして、商店街の人たち、関係者、地域の子供たちの力を借りながらつくることで、
みんなが思いを共有し、このプロジェクトの温度感がさらに高まっていきました。
空間の構成としては、段階的に人々が交流することを促すため、
ふたつのオープンスペースをつくりました。
ひとつは軒下の半屋外スペース。
もうひとつは、ガラスで仕切られた透明な屋内スペース。
半屋外のスペースは、商店街と建物を緩やかにつなげる役割を持ち、
屋内スペースは外の様子と中の様子がお互いに見えて、
活動が影響し合えるようにしました。
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運営方法については、「無人オペレーション」と設定していましたが、
実質は少しだけ手をかけなくてはいけません。
毎日の鍵の開け閉めと電気の入り切りは、
このスペースをフォトスタジオとして使うことを条件に
目の前にある写真館の店主にお願いしました。
貸し切りなどの利用に関する窓口は、アドレスの家守の業務委託とセットで、
近くでレンタルスペースを運営する油津応援団に依頼。
レコードの管理は、この拠点でお店の宣伝することを条件に、
近くのレコードバーの店主にお願いしました。
お互いが負担にならず、普段のルーティーンが変わらない範囲で、
それぞれお金が介在しないWIN-WINの状況をつくり、
無人オペレーションを完成させました。
2019年7月下旬、盛りだくさんのプロジェクトはいよいよオープンを迎えました。
なんでもイベントにしてしまうことが得意な日南・油津商店街。
短い準備期間にもかかわらず、市役所の協力もあって、
オープニングには市長をはじめ、東京からもゲストを呼び、
どこからかテープカットの道具やDJ、ドリンクスタンドまでも登場。
トークセッションのほか、最後は小学生のご当地アイドルが
ライブまで行うイベントとなり、興奮からなかなか覚めることができませんでした。
オープン時は、ちょうど南国・日南にとって一番いい夏の季節。
アドレスの会員たちがたびたび訪れ、
1階のフリースペースではレコードを聴きながら仕事をする風景や、
商店街の人たちと交流する様子を見かけました。
そのほかにも、前を通りかかった年配の人がレコードに聴き入っていたり、
商店街でお弁当を買ってレコードに酔いしれながら友人とランチをしている姿や、
仕事のミーティングをしている様子もありました。
商店街に足りていない文化的な機能をつくろう! と生まれたスペース。
つくる過程でも多様な人たちの協力があり、完成後も文化的な利用だけでなく、
仕事場や勉強会の場としても使われたりと想定していなかった風景が生まれ、
いろいろな世代の人が立ち寄れる拠点となりました。
新型コロナウイルスの影響で、都会一極集中から、
地方への移住や多拠点居住への移行が加速しています。
アドレスの会員さんたちも都会から日南に来ることが増え、
ここが地元の人と混ざり合う場所になっています。
地方の商店街が持つ独特のゆるやかな空気感とともに
レコードが流れる穏やかな時間が味わえる、
そんなほかのどこにもないオリジナルな場所として、
ここでの活動が日南の新たなランドマークになっていってほしいと思います。
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