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連載

〈Nazuna 飫肥 城下町温泉 小鹿倉邸〉
日南市の築140年の屋敷を、
城下町を旅する古民家宿へ

リノベのススメ
vol.235

posted:2022.1.31   from:宮崎県日南市  genre:旅行 / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

profile

Junzo Onitsuka

鬼束準三

おにつか・じゅんぞう●PAAK DESIGN株式会社代表取締役。1983年宮崎県日南市生まれ。大学進学とともに東京に移住し、大学院、設計事務所を経て、独立したのち、Uターンで故郷に帰る。商店街活性化のための取り組みをしていた〈油津応援団〉を経て、2017年、日南市の飫肥城下町にある建築デザイン事務所〈PAAK DESIGN〉を設立。地域資源を生かした循環型の仕組みをつくることを常日頃考えている。自転車いじりとコーラづくりが趣味。
https://paak-design.co.jp/

credit

写真提供:ワタナベカズヒコ パークデザイン株式会社

PAAK DESIGN vol.6

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市の観光地、飫肥(おび)城下町にある
〈Nazuna 飫肥 城下町温泉 小鹿倉邸(こがくらてい)〉の
リノベーションがテーマです。まちを周遊するための施策とともに、
古民家宿がどのようにできあがったのか、振り返っていきます。

プロジェクトの始まり

2017年4月頃。
まだ、〈PAAK DESIGN〉の会社設立の準備をしている頃の話です。
日南市の「まちなみ再生コーディネーター」(当時)を務める
徳永煌季(こうき)さんから、
「旧小鹿倉邸」という大きな武家屋敷を活用するために、
一度建物を見てほしいと相談を受けました。

ちなみに、まちなみ再生コーディネーターとは、
日南市が飫肥城下町の歴史的風景を保存しながら、魅力を向上させ活力を高めるために、
タウンマネージャー(コーディネーター)となる人材を全国公募して、
コーディネーターが移住し、まちの中に住みながらまちづくりを推進する事業です。

空き家の状態だった小鹿倉邸の玄関付近。

空き家の状態だった小鹿倉邸の玄関付近。

2015年に市に寄贈されたときの様子。家財道具がそのまま残り、当時の生活感がうかがえる。雨漏りもなく、保存状態も極めて良好だった。

2015年に市に寄贈されたときの様子。家財道具がそのまま残り、当時の生活感がうかがえる。雨漏りもなく、保存状態も極めて良好だった。

飫肥城下町について

2015年にまちなみ再生コーディネーター事業が始まって以降、
飫肥城下町では新しい取り組みが続いています。
2017年4月に徳永さんらが中心となり、
一棟貸しの古民家宿〈季楽 飫肥 勝目邸(かつめてい)〉
〈季楽 飫肥 合屋邸(おうやてい)〉の2棟をオープンさせました。

続いて、2018年4月には、以前ご紹介したお食事処の〈武家屋敷伊東邸〉が開店し、
2020年3月に今回の物件である〈Nazuna 飫肥 城下町温泉 小鹿倉邸〉が
オープンすることになり、段階的に新しいまちづくりが行われています。

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歴史的建造物を保存する新たなスキームとは

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官民一体の事業スキーム。建物保存を目的とした利活用へ

今回の建物は、飫肥藩の藩医だった壱岐宗淳(いき・そうじゅん)が
明治12年に建築したものとされていますが、
一部の棟は幕末期に建てられたとも言われています。
廃藩置県後に取り壊された飫肥城の建物部材が一部使われ、
意匠や様式も幕末時の代表的な武家屋敷の仕様であり、
建物・石垣ともに極めて良好な状態で残っていました。

江戸時代から残る石垣とその上の生垣。

江戸時代から残る石垣とその上の生垣。

明治12年に建築された表向きの3間の既存状態。当時の建築様式が色濃く残り、ここが新しく宿のフロントになる。

明治12年に建築された表向きの3間の既存状態。当時の建築様式が色濃く残り、ここが新しく宿のフロントになる。

もとは一般の人が所有する建物でしたが、現在は県外に住んでいるため、
2015年に日南市へ寄贈することになりました。
日南市は庭木の剪定などに年間数十万円の維持管理費をかけていましたが、
建物を改修して利活用する予算の捻出はなかなか厳しい状況でした。

そこで「民間に施設の維持・管理費を事業経費として捻出してもらい、
建物を宿泊施設などとして利活用する」という方針に切り替え、
全国に利活用事業者の公募をすることになりました。

審査を経て、利活用事業者は、京都で複数の古民家宿を運営している
〈株式会社 Nazuna(なずな)〉に決定。
いままで維持管理の支出しかなかった状況から、
公共資産を民間に貸し出すことで、新たな価値を生み出し、
施設の改修・維持管理は民間事業者負担、かつ市は賃料も得られるという、
歴史的建造物を持続可能なかたちで保存する新たなスキームを実現させました。

日南市はプロジェクトが完遂するまで担当課が伴走し、
必要に応じてサポートをする官民一体の体制を整えました。

家財道具や衣類をすべて取り除いたときの様子。柱、梁、つくりつけの家具などが露わになり、古き良き力強さが醸し出される。

家財道具や衣類をすべて取り除いたときの様子。柱、梁、つくりつけの家具などが露わになり、古き良き力強さが醸し出される。

また、改修計画の実施体制としては、利活用事業者のNazunaさんの意向により、
日南市と連携協定を結ぶ〈乃村工藝社〉が設計監理を担当することになり、
弊社は現地設計事務所としてサポートに入ることに。

施工は乃村工藝社と地元施工会社が共同企業体を組み、
外からと内から、さらに行政のバックアップも組み合わせた、
地域活性化の新しいモデルのような体制ができあがりました。

既存建物内で、各地元専門業者と〈乃村工藝社〉と初顔合わせと打ち合わせをする様子。

既存建物内で、各地元専門業者と〈乃村工藝社〉と初顔合わせと打ち合わせをする様子。

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古民家の再生方法とは…?

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古民家の再生の方法1:法令の整理

小鹿倉邸の設計でまず始めたのが、用途変更のための建築確認申請の準備。
明治時代に建てられたであろう建物で確認済証があるはずもなく、
いつ建てられたかを調査します。
市に協力を仰いで固定資産台帳などの履歴を調べてもらい、
情報を取得することができました。

建物履歴の調査資料。色分けされた部分は築年数の異なる部分を表し、段階的に増築されていったことがわかる。

建物履歴の調査資料。色分けされた部分は築年数の異なる部分を表し、段階的に増築されていったことがわかる。

その後、増築した一部の確認済証が見つからずに解体しましたが、
ほとんどの部分は建築時点の法令で合法だったことが確認でき、
改修を進めても問題ないことがわかりました。

また、古民家を宿泊施設に改修するにあたり、特に防火関係の規定において、
歴史的文化財の価値を損なわずに適法させていくのに苦労しました。
ここまで来るのに、気づけば4か月ほど要していました。

古民家の再生の方法2:いかに歴史を残しながら快適性をつくるか

次は内装を検討していく段階へ。
歴史的価値を損なわず保存しながら利活用することが条件になっていたため、
どのように魅力を引き出せるかを模索しました。

つくられた年代ごとに特徴の分かれる意匠を持った天井はすべて既存のままに、
照明や消防設備の穴を空ける程度とし、
竹小舞でつくられた漆喰壁はほとんど残すことにしました。
中身は土壁なので浸透系の補強剤を塗布し、耐久性を上げて保存しています。

既存の長い廊下。100年以上も経過した土壁が歴史の重さを醸し出している。

既存の長い廊下。100年以上も経過した土壁が歴史の重さを醸し出している。

既存天井の様子。増築を繰り返し、建築した年代によって様式が異なる。

既存天井の様子。増築を繰り返し、建築した年代によって様式が異なる。

畳だった床は、快適性を向上させるため断熱を施し、
高さ調整のため薄い琉球畳を採用したり、
部屋の用途に合わせてフローリング仕上げにしました。
いまではつくれない歴史の重みと魅力を持った材料や仕上げを保存しつつ、
新しい部分との対比により、どちらの魅力も引き出せるように設計しました。

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魅力的な5つのタイプの客室

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地域の魅力を引き出す古民家宿へ

エントランス。外装は補修程度とし、できるだけ歴史的建築をそのまま保存した。暖簾がかかり、空き古民家に息吹が吹き込まれる。

エントランス。外装は補修程度とし、できるだけ歴史的建築をそのまま保存した。暖簾がかかり、空き古民家に息吹が吹き込まれる。

フロントとウェルカムスペース。ここで受付を済ませて、ウェルカムスイーツとドリンクをいただく。

フロントとウェルカムスペース。ここで受付を済ませて、ウェルカムスイーツとドリンクをいただく。

地域の魅力をより明確に表現するため、5タイプの客室をつくり、
各部屋に地域を体感できるコンセプトを考えました。

・飫肥のシンボルカラーである紫を基調とした「本紫(ほんむらさき)」

・古くから飫肥の産業を⽀えてきた飫肥杉がテーマの「杉(すぎ)」

・飫肥のまち並みのあちこちで⾒かけるお茶の⽊の⽣垣から着想を得た「茶木(ちゃぼく)」

・⽇南市の特産品である柑橘種をモチーフとした「橙(だいだい)」

・飫肥の美しい⾵景に⽋かせない「苔(こけ)」

全室には、近くの温泉地から毎日汲み上げた
天然の温泉を楽しめる露天風呂を備えています。

露天風呂と屋外デッキ。近くの源泉から毎日汲み上げて運んできている。

露天風呂と屋外デッキ。近くの源泉から毎日汲み上げて運んできている。

城下町の周遊を促す6つの施策

このプロジェクトは、経済産業省(中小企業庁)の
「商店街活性化・観光消費創出事業」という補助事業を活用した宿開発であり、
ただハードを整備するのではなく、
より直接的に地域経済を活性化させる必要がありました。
そこで補助申請をする際に、宿と連携するソフト事業についても提案しました。

補助事業申請の事業計画書作成に尽力した、
日南市の「地域おこし企業人」(当時)だった山野恭稔(たかとし)さんが、
数年にわたり飫肥のまちづくりに携わって蓄えたアイデアをもとに、
飫肥城下町にフィットする「6つの施策」を考えました。

考案した城下町の周遊を促す6つの施策一覧。

考案した城下町の周遊を促す6つの施策一覧。

・地域の商店を紹介する多言語ガイドカード「商家札」

・ガイドカードと情報連動した商店のサインともなる「提灯」

・まちを照らし夜の周遊を促す「街路灯」

・郷土料理を紹介しながらそれが食べられるお店なども紹介した「レシピ本」

・昼の滞在を促す「体験型のランチ」

・若年層にフィットし飫肥の文化を発信する新しい「お土産」

地元商店や民間事業者、日南市役所などとの調整が多岐にわたり、
ハードルが高いプロジェクトでしたが、
説明会やワークショップを実施して調和をとることで実現に至りました。

この取り組みが評価され、グッドデザイン賞
「古民家再生を軸とした城下町周遊デザイン」を受賞することができました。

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約2年をかけてついにオープン!

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ソフトとハードの連動のさせ方

こうしてハード、ソフトそれぞれ地域の魅力を最大化し、
経済循環に寄与するアイデアを具現化することができました。
しかし、これをどのように稼働させていくかが重要です。

実は、この宿泊施設のレセプションスペースは地域交流機能も兼ねており、
宿泊客だけでなく、飫肥に観光にきた人々が気軽に立ち寄れる場所となっています。

ここならではの商品と出合えるギャラリーや、
6つの施策のひとつである「商家札」や「レシピ本」が設置してあり、
商家札の情報をもとに各商店の店先の提灯を目印にして、
まちを周遊する起点となるように設計しました。

宿内のフロント横の地域交流機能スペース。古家具を利用したディスプレイ什器には周辺マップが展示してある。

宿内のフロント横の地域交流機能スペース。古家具を利用したディスプレイ什器には周辺マップが展示してある。

地域の人に見守られながら、ついにオープン!

2020年3月。約2年を要したプロジェクトも
ようやくオープンを迎えることができました。

飫肥城下町の一大リノベーションプロジェクト。
オープニングセレモニー兼内覧会には、関係者だけでなく、
飫肥城下町の住民たちも宿の中をひと目見たいと、数百人もの人が集まりました。
幼少期に毎週のようにここに遊びに来ていたというおばあちゃんが、
宿として改装された空間や庭の景色と、自分の記憶とを照らし合わせながら、
思い出話をしてくれたりもしました。

オープン直後は、新型コロナウイルス感染症の影響により
一時休業を余儀なくされる時期があり、6つのソフト事業についても
なかなかうまく稼働できない状況ではありますが、
落ち着いた時期には、多くの宿泊客で溢れ、
夜のまちにも観光客が歩く様子を見ることができました。

オープニングセレモニー。宿運営事業者、地元商店会会長(当時)、市長(当時)が列席し玄関前でテープカットした。

オープニングセレモニー。宿運営事業者、地元商店会会長(当時)、市長(当時)が列席し玄関前でテープカットした。

オープニングセレモニーで宿内の交流機能スペースの説明をする、日南市の地域おこし企業人(当時)の山野さん。

オープニングセレモニーで宿内の交流機能スペースの説明をする、日南市の地域おこし企業人(当時)の山野さん。

ほかにも、この宿開発をとおした飫肥城下町の取り組みに興味を持った
ほかの自治体のまちづくりに携わる人たちや、
まちづくりを勉強する学生たちが数多く視察に来てくれました。

今後、コロナの状況が落ち着いて、この場所が飫肥城下町の
新たな観光拠点となっていってほしいと思います。
そしてこの旅館を中⼼に、地域に点在する宿や飲⾷、スパなどの店舗や
体験商品をひとつのプラットフォームに統合することで、
「⾯での魅⼒発信」と「地域周遊の促進」を可能にする、
新たな分散型旅館を構築したいと考えています。

夜の宿玄関前外観。夜間は玄関前を毎日照らし、飫肥の夜のまちを明るくすることにも寄与している。

夜の宿玄関前外観。夜間は玄関前を毎日照らし、飫肥の夜のまちを明るくすることにも寄与している。

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Nazuna 飫肥 城下町温泉 小鹿倉邸

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