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湿原カヌーに、阿寒湖アイヌコタンと
伝説の彫刻家。釧路から旭川へ、
大自然とアイヌ文化に触れる旅

北海道シティホッピング!
vol.003

posted:2022.2.8   from:北海道釧路市、旭川市  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

sponsored by 道内中核都市観光連携協議会

〈 この連載・企画は… 〉  とにかく広大な北海道を旅するなら、道内各地にある空港をうまく利用するのがおすすめ。
INとOUTのルートを変えることで北海道の魅力を存分に味わえる、新しい旅をご案内します。

writer profile

Yoshiko Nakayama

中山よしこ

なかやま・よしこ●ライター。世界自然遺産知床のお膝元、北海道斜里町在住。札幌市からUターン後、2011年に町内の仲間とともに、知床に生きる人々の日常を伝えるリトルマガジン『シリエトクノート』を創刊(休刊中)。以後、来訪するアーティストとのワークショップ企画や、移動古書店〈流氷文庫〉などでも活動中。

credit

撮影:國分知貴(阿寒湖温泉)、ハヤシヒロナオ(旭川)

今回の旅は、釧路から旭川へ

さまざまな北海道の魅力を満喫する周遊旅。
今回はまず、たんちょう釧路空港から釧路湿原でカヌー体験。
車で1時間半ほど北上し、阿寒湖アイヌコタンを訪れ
アイヌ古式舞踊や、アイヌの木彫り作家、藤戸竹喜の作品に出合う。

阿寒湖温泉から車で約4時間半、旭川へ。
もうひとりのアイヌ民族の伝説的彫刻家、砂澤ビッキの作品に触れ
さらに、100年以上の歴史を持つ〈川村カ子トアイヌ記念館〉を訪ねます。
そこから車で約40分の旭川空港から帰路に。

釧路湿原の自然を体感するアクティビティと、
阿寒湖温泉と旭川のアイヌ文化に触れる旅へ!

真冬のカヌーで出合う絶景と動物たちの物語

写真提供:釧路マーシュ&リバー

写真提供:釧路マーシュ&リバー

たんちょう釧路空港から向かったのは、釧路湿原国立公園内、
釧路川支流の「アレキナイ川」。今回の旅はカヌーツアーからスタート。
「わざわざ厳冬期にカヌー?」「寒そう!」という声が聞こえてきそうだが、
気温が最も下がるこの時期だからこそできる体験がある。

日本最大の湿原である釧路湿原は、国の特別天然記念物「タンチョウ」をはじめ、
約2000種もの動植物を育む大自然の宝庫。
太古の時代に、海から湿原へと変わる過程で多くの湖沼が点在し、
その名残が現在も見られるのが特徴だ。

釧路湿原最大の湖、塘路(とうろ)湖とつながるアレキナイ川は、
本流との高低差や、大きな岩や石がないため流れは穏やかで、
道路からも離れているため人工の音も聞こえない。

だからこそ、往復約3キロのコースを約1時間かけて
じっくりと景色を堪能でき、野生動物との出合いも楽しめる。
聞こえるのは野鳥の羽音、パドルを漕ぐときのチャポン、という水音。
ひと漕ぎするだけで、川の上をスーッと滑るように進んでいくのもおもしろい。
あまりの静けさに、川にいることを忘れてしまいそう。

川の水蒸気が凍り、結晶が花のように育つフロストフラワー、
湯気のようなけあらし、霧氷で真っ白にコーティングされた木々……。
冬ならではの幻想的な光景の連続に、ひととき寒さを忘れ、多幸感に包まれた。

とは言え、厳冬期の釧路湿原は氷点下20度を下回ることもある。
帽子、手袋、ブーツに加え、首回りの防寒は必須。
さらにつま先とお腹付近にカイロを仕込んだ。
北海道の建物内は暖かいことが多いので、重ね着で着脱しやすい服だとなおいい。

今回のガイドは、〈釧路マーシュ&リバー〉の斉藤松雄さん。
釧路出身で、子どもの頃から湿原を遊び場にして育ち、
一度は地元で就職したが「自然体験を通して湿原の魅力を伝えたい」と、
脱サラして同社を設立した。「三度の飯と同じくらいカヌー好き」なのだそう。

「一般的に川下りといったら森の中というイメージですが、視界を遮るものが何もなく、
広々とした空と大地を感じられるのは釧路湿原ならでは。
カーブの先にどんな景色が広がっているのか予想がつかないのもいい。
川は蛇行し、カーブが大きいから曲がるごとにわくわくしますよ」

アレキナイ川と塘路湖を往復する冬のカヌーコース。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

アレキナイ川と塘路湖を往復する冬のカヌーコース。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

アレキナイ川は川幅が狭いので、野鳥や小動物たちを間近に観察できる。
11月末から翌年3月頃までオオワシが見られたり、
タンチョウが川の中で魚をついばむ姿や、エゾシカが見られるのも珍しくない。

「せっかくこの自然環境が良くて暮らしている彼らを大事にしたいので、
見かけたら、なるべく川の端っこを静かに通過します」

さらに斉藤さんの解説は続く。

「タンチョウは冬になると通常、釧路市の隣の鶴居村にある
給餌場に多く集まっていますが、アレキナイ川は凍りにくいため、
そこを縄張りにしているタンチョウたちが餌の魚をとりに来ます。
タンチョウはお互いの強さ、弱さを認識する生き物。
いい縄張りを持っているのは、そのタンチョウの強さの証だと思う」

そんな話を聞いていると、動物たちは自分たちの仲間であり
隣人という思いが自然にわいてくる。

タンチョウの家族とオジロワシのつがいが同時に見られた珍しいシーン。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

タンチョウの家族とオジロワシのつがいが同時に見られた珍しいシーン。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

斉藤さんは「ここは春夏秋冬、いつ来てもベストシーズン」と胸を張る。
アレキナイ川のカヌーツアーはゴールデンウィーク頃まで行い、
夏のグリーンシーズンは、釧路川本流を下る。
途中から木が少なくなって葦原(よしわら)の景色になる変化や、
開放感ある湿原の中を行く体験が楽しめる。

四季折々、まったく異なる景色が楽しめるのも釧路湿原の魅力。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

四季折々、まったく異なる景色が楽しめるのも釧路湿原の魅力。(写真提供:釧路マーシュ&リバー)

釧路湿原でのカヌーは、スポーツ的でアクロバティックな川下りとはまた違う、
いわば「大人のカヌー」という趣だ。そこで感じられるのは、
川や湖が織りなす自然の歴史と、動植物がつむぐ命の物語。

「お客様に、疲れがスッと落ちた、リラックスしにまた来るよ! 
と言ってもらえるときがとてもうれしい」という斉藤さんの言葉に、深く頷いた。

information

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釧路マーシュ&リバー

住所:北海道釧路郡釧路町トリトウシ88-5

TEL:0154-23-7116

冬の釧路湿原ネイチャーカヌー

実施期間:1月5日~3月31日

所要時間:約1時間30分(準備・移動含む)

料金:大人1名6500円(2名以上で参加の場合。1名で参加の場合、上記料金にプラス 3000円。傷害保険は別途1名500円)

※このほかネイチャーカヌー&塘路湖氷上あそびのコースもあり。

Web:釧路マーシュ&リバー

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彫刻作品に圧倒されるロビーギャラリー

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阿寒湖温泉で触れるアイヌ舞踊と藤戸竹喜作品

塘路湖から北西へ車で約1時間半、阿寒摩周国立公園内に位置する温泉地、阿寒湖温泉。
そこには36世帯、約120人が暮らす〈阿寒湖アイヌコタン〉がある。
約15万年前の噴火により生まれた阿寒湖と、雄阿寒岳・雌阿寒岳に囲まれ、
アイヌ伝統の木彫りを扱う民芸品店や、飲食店など約20店舗が軒を連ね、
「ひがし北海道」では突出してアイヌ文化を体感できるスポットだ。

コタンはアイヌ語で集落を意味する。
〈前田一歩園財団〉の3代目園主・前田光子がアイヌ民族の暮らしを守るため、
土地を無償で提供したことから始まり、全道各地から集ったアイヌ民族が
伝統を引き継ぎ、文化を育て発信している。

アイヌの人々が暮らし、お店を営んで旅人を出迎える〈阿寒湖アイヌコタン〉。

アイヌの人々が暮らし、お店を営んで旅人を出迎える〈阿寒湖アイヌコタン〉。

伝統を踏まえながら、常に新しい表現を探ってきた、
アイヌコタンを代表する施設〈阿寒湖アイヌシアター イコ〉では、
ユネスコ無形文化遺産にも登録された「アイヌ古式舞踊」や、
2019年からスタートした演目『阿寒ユーカラ「ロストカムイ」』が観覧できる。

阿寒湖アイヌシアターイコロ。「イコロ」は、アイヌ語で宝を意味する。

阿寒湖アイヌシアターイコ。「イコ」は、アイヌ語で宝を意味する。

地域の自然と密着したアイヌ民族の踊りには、動物の動きを真似たものが多い。
そのなかでも優雅な踊りが、鶴(タンチョウ)の舞だ。
着物を羽のように広げ、親が子に飛び方を教える様子を表現している。
アイヌ文様を見せながら舞う女性たちの姿に、引き込まれた。

躍動感あふれる「鶴の舞」(アイヌ語でサロルンリムセ)。

躍動感あふれる「鶴の舞」(アイヌ語でサロルンリムセ)。

松の木が大嵐で揺れる様子を表現した「黒髪の踊り」(アイヌ語でフッタレチュイ)。

松の木が大嵐で揺れる様子を表現した「黒髪の踊り」(アイヌ語でフッタレチュイ)。

続いて『ロストカムイ』では、動植物はもちろん、
自然現象のあらゆるものにカムイ(神)が宿っているというアイヌ民族の世界観を、
デジタルアートと現代舞踊、古式舞踊を融合させた舞台で伝え、
特に敬ってきた「ホケウカムイ(エゾオオカミ)」に焦点を当てている。

「天から役目なしに降ろされたものはひとつもない」

アイヌ民族のことわざから伝わる、人間の都合で絶滅させられたエゾオオカミへの思い、
そして自然と人間の共生への願いが凝縮された渾身のパフォーマンス。
アイヌの人々はこうして、動植物に対する深い畏敬の思いを、
歌や踊りで表現し続けてきたのだろう。

アイヌ民族の古式舞踊、現代舞踊、3DCG、7.1chサラウンドが融合した『ロストカムイ』。

アイヌ民族の古式舞踊、現代舞踊、3DCG、7.1chサラウンドが融合した『ロストカムイ』。

阿寒湖アイヌコタンからほど近く、阿寒湖のほとりに佇むホテル
〈あかん湖 鶴雅ウイングス〉のロビーには、北海道を代表する木彫り作家のひとり、
藤戸竹喜(2018年没)のギャラリーが常設されている。
藤戸が同ホテルのために制作したという、高さ3メートルの『カムイ・ニ』をはじめ、
写実的でありながら力強い、数々の大作が展示されている。

〈あかん湖 鶴雅ウイングス〉のロビーギャラリー。

〈あかん湖 鶴雅ウイングス〉のロビーギャラリー。

母方の曽祖父をモデルにしたという『ふくろう祭り ヤイタンキ エカシ像』。シマフクロウとアイヌの人間が一体となった、実際のアイヌ民族の歴史的背景とは異なるイメージの創造的な作品。

母方の曽祖父をモデルにしたという『ふくろう祭り ヤイタンキ エカシ像』。シマフクロウとアイヌの人間が一体となった、実際のアイヌ民族の歴史的背景とは異なるイメージの創造的な作品。

藤戸の技法は、デッサンもせず人物や動物を
台座まるごと、いきなり1本の木から掘り出し、
あたかも木から生命が生まれ出たように見えるのが特徴だ。

妻の茂子さんは藤戸について、
「彫り始めたら、3時のお茶を飲むとき以外は、制作に集中。
探究心が強くて、70代になっても発展途上だと言っていました」と振り返る。

藤戸竹喜の妻、茂子さん。

藤戸竹喜の妻、茂子さん。

「鮭をくわえた、一般的な木彫り熊の概念を打ち破った人。
繊細さと大胆さを兼ね備えたオリジナルな世界観が、藤戸の魅力。
子ども時代は裕福ではなく学校にも行ってないし、木彫り一筋。
でも、それらすべてをプラスにして、たくさんの作品を生み出して、
全身全霊で人生を楽しんでいたと思います」

木目をそのまま川の流れとして表現した『川の恵み』。

木目をそのまま川の流れとして表現した『川の恵み』。

いまにも動き出しそうな『群れる鮭を追う 秋』。

いまにも動き出しそうな『群れる鮭を追う 秋』。

藤戸は1934年、北海道美幌町にてアイヌ民族の両親のもとに生まれた。
旭川市の近文(ちかぶみ)コタンで育ち、幼なじみとして、
やはり北海道を代表する彫刻家、砂澤ビッキがいる。

抽象的な作風でグローバルに国をまたいで活躍したビッキに対し、
具象にこだわり、ローカルに根をはって制作し続けた藤戸は対照的だ。

1歳で母を亡くした藤戸は「熊彫り」の父のもとで修業を積み、
1964年、30歳で阿寒湖温泉に店を構え、「木彫り熊の申し子」として、
2018年に84歳で亡くなるまで、生涯現役で創作を続けた。

アイヌコタンにある藤戸の店〈熊の家〉。現在は次男の藤戸康平さんが営む。

アイヌコタンにある藤戸の店〈熊の家〉。現在は次男の藤戸康平さんが営む。

藤戸竹喜作品と新しい表現のアイヌ文様作品が混在する熊の家の店内。

藤戸竹喜作品と新しい表現のアイヌ文様作品が混在する熊の家の店内。

鶴雅ウイングスを運営する〈鶴雅リゾート〉の黒滝博常務は
「藤戸さんは作品を制作する前に必ず、カムイノミ(アイヌの儀式)を行い、
アイヌの誇りを忘れなかった。そんな地元作家の作品を大切にし、
伝えていくのは私たちの役割のひとつ」と話す。

伝統を守りながら進化し続ける観光地・阿寒湖温泉で、
自然を敬い、共生するアイヌ民族の叡智にぜひ触れてみてほしい。

information

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阿寒湖アイヌコタン

住所:北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-7

アクセス:たんちょう釧路空港からバスで約70分

Web:阿寒湖アイヌコタン

information

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阿寒湖アイヌシアター イコ

住所:北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4–7-84

TEL:0154-67-2727

アクセス:たんちょう釧路空港からバスで約70分

料金:「アイヌ古式舞踊」中学生以上1500円、小学生700円

『阿寒ユーカラ「ロストカムイ」』中学生以上2200円、小学生700円(いずれも幼児無料)

Web:阿寒湖アイヌシアター イコ

information

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あかん湖 鶴雅ウイングス

住所:北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-6-10

TEL:0154-67-4000

アクセス:たんちょう釧路空港からバスで約70分

Web:あかん湖 鶴雅ウイングス

information

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熊の家

住所:北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-7-12

TEL:0154-67-2503

アクセス:たんちょう釧路空港からバスで約70分

営業時間:10:00~22:00(冬季は要問い合わせ)

Web:熊の家

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伝説的作家の巨大レリーフ作品が旭川駅に…!

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彫刻のまち旭川で、砂澤ビッキ作品に出合う

阿寒湖から石北峠を経て、車でさらに北西へ向かうこと約4時半、
札幌市に次ぎ、北海道第2位の人口を有する旭川市に到着。
北海道のほぼ中央に位置し、道北の産業や文化の中心でありつつ、
北海道の最高峰、旭岳を含む大雪山系と、石狩川など多数の河川に囲まれ、
都市と自然が融け合ったまちだ。

また、市内各所で野外彫刻作品を見られる「彫刻のまち」としても知られる。
そんな旭川市出身の彫刻家のひとりが砂澤ビッキだ。

市内でも、ビッキの彫刻作品がいくつか見られるスポットがある。
そのひとつが、旭川駅構内にある
〈中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館ステーションギャラリー〉。
彫刻のまちの玄関口として、彫刻を身近に親しんでもらおうと、
ビッキの大型作品を含め、道内ゆかりの彫刻家の作品を中心に紹介している。

〈中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館ステーションギャラリー〉に展示された、砂澤ビッキ作品『樹鮭 樹蝶』。右奥に見えるのが『カムイミンダラ』。いずれも旭岳温泉〈こまくさ荘〉(2008年閉館)の依頼で1977年に制作された。取材時には、著名な椅子の研究家、織田憲嗣さんの「織田コレクション」も展示。

〈中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館ステーションギャラリー〉に展示された、砂澤ビッキ作品『樹鮭 樹蝶』。右奥に見えるのが『カムイミンダラ』。いずれも旭岳温泉〈こまくさ荘〉(2008年閉館)の依頼で1977年に制作された。取材時には、著名な椅子の研究家、織田憲嗣さんの「織田コレクション」も展示。

ビッキは1931年、アイヌ民族として木彫りをたしなむ父と、
アイヌ刺繍の名手だった母の間に生まれた。
本名は恒雄。愛称である「ビッキ」はアイヌ語でカエルを意味する。

旭川では農業に従事したのち、22歳頃から彫刻の道へ。
阿寒や鎌倉、札幌などを拠点に制作し、晩年は道北の音威子府(おといねっぷ)に移住。
1989年に57歳で亡くなるまで、国内外で活躍し続けた。 

アイヌ文様とはまた違う、オリジナルの「ビッキ文様」ともいえる、
モダンで繊細なデザイン。そこからは、アイヌ民族という枠を超え、
ひとりの彫刻家として評価してほしいという思いが伝わってくる。

『樹鮭』に施されたビッキ文様。

『樹鮭』に施されたビッキ文様。

ステーションギャラリーの本館にあたる
〈中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館〉の山腋雄一館長は、
「ビッキはさまざまな動物や虫、甲殻類などをモチーフに玩具のように可動部をつけて、
遊びながら鑑賞できるような作品を多く制作していました」と話す。

『カムイミンダラ』は縦1.6メートル、横3.38メートルの巨大レリーフ。

『カムイミンダラ』は縦1.6メートル、横3.38メートルの巨大レリーフ。

「ビッキ作品最大のレリーフ『カムイミンダラ』は、
アイヌ語で神々が遊ぶ庭という意味。
大雪山連峰を指し、そこにある自然や動物、人の営みを包括するようなイメージで
つくられました。見る人によって、山の連なりや、魚の遡上など、
さまざまなものを想起させる作品です」

旭川ゆかりの彫刻家・中原悌二郎の作品や中原悌二郎賞受賞の彫刻作品を展示する〈中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館〉。旧陸軍第七師団が設営されたときに将校の社交場として建築された旧旭川偕行社(国の指定重要文化財)を美術館として活用。

旭川ゆかりの彫刻家・中原悌二郎の作品や中原悌二郎賞受賞の彫刻作品を展示する〈中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館〉。旧陸軍第七師団が設営されたときに将校の社交場として建築された旧旭川偕行社(国の指定重要文化財)を美術館として活用。

市内にはアイヌ民族ゆかりの施設も点在している。
旭川市から上川郡鷹栖町にわたる広大な嵐山公園内にある、
旭川市博物館分館〈アイヌ文化の森 伝承のコタン〉には、
「チセ」と呼ばれるアイヌの人々の伝統的家屋3棟などが復元されており、
自然と共生していたアイヌ民族の暮らしを体感できる。

〈アイヌ文化の森 伝承のコタン〉に復元されたチセ。(写真提供:旭川市博物館)

〈アイヌ文化の森 伝承のコタン〉に復元されたチセ。(写真提供:旭川市博物館)

旭川を含む上川地域のアイヌの人々は、自然豊かな嵐山を
神と人間をつなぐ「チ・ノミ・シ(われら・いのる・山)」、
すなわち「聖なる地」と呼び、自分たちが手をかけた動物の霊魂や、
愛用してきた器物に宿る霊魂を神々の世界に送り返す「送り場」としていた。
現在も、毎年春に、伝統儀式「チノミシ・カムイノミ」を開き、
人々の幸福や平和を祈っている。

厳しい自然から身を守るため、チセの屋根や壁に使用している笹は、
新芽ではなくひと冬越した強いものを採取するなど、かなり吟味して制作しているそう。
笹葺きは女性がメインとなって作業し、男性は笹の採集を担っていたという。
じっと見ていると、忙しく働く、たくましいアイヌの人々の姿が
目に浮かんでくるようだ。

嵐山公園センター内にある資料館では、おもにアイヌの女性が担ってきた
植物利用に関する資料が紹介され、公園内では春になると
アイヌの人々が実際に活用していた植物が咲く様子も見られるなど、
自然とアイヌ民族のつながりを強く感じられるスポットだ。

また、〈旭川市博物館〉でも、数千点におよぶ収蔵資料から
上川アイヌの歴史を学ぶことができるので、
地域により異なるアイヌ文化の多様性にもぜひ触れてみてほしい。

〈旭川市博物館〉。上層階には竪穴住居やチセを復元したもの、明治以降に入植してきた屯田兵の住まい(屯田兵屋)、下層階では自然と人文系の資料を展示。(写真提供:旭川市博物館)

〈旭川市博物館〉。上層階には竪穴住居やチセを復元したもの、明治以降に入植してきた屯田兵の住まい(屯田兵屋)、下層階では自然と人文系の資料を展示。(写真提供:旭川市博物館)

information

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中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館ステーションギャラリー

住所:北海道旭川市宮下通8-3-1

TEL:0166-46-6277

アクセス:JR旭川駅東口直結

開館時間:10:30~18:30(入館は閉館15分前まで)

休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、12月30日~1月4日

料金:無料

Web:中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館ステーションギャラリー

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旭川市博物館分館 
アイヌ文化の森 伝承のコタン

住所:北海道上川郡鷹栖町字近文9線西4号

TEL:0166-55-9779

アクセス:旭川駅から車で約20分

開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日:毎月第2・第4月曜(祝日の場合は翌日、4月下旬~10月は無休)、12月30日~1月4日

料金:無料

Web:旭川市博物館分館 アイヌ文化の森 伝承のコタン

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旭川市博物館

住所:北海道旭川市神楽3条7丁目(大雪クリスタルホール内)

TEL:0166-69-2004

アクセス:旭川駅から車で約5分

開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日:毎月第2・第4月曜(祝日の場合は翌日、6月~9月は無休)、12月30日~1月4日

料金:350円、高校生230円、旭川市内在住70歳以上170円、中学生以下無料

Web:旭川市博物館

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日本最古の私設のアイヌ資料館へ

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旭川ローカルのアイヌ文化を伝える〈川村カ子トアイヌ記念館〉

1965年築の木造平屋建ての〈川村カ子トアイヌ記念館〉。外観の意匠は砂澤ビッキによるもの。

1965年築の木造平屋建ての〈川村カ子トアイヌ記念館〉。外観の意匠は砂澤ビッキによるもの。

旭川駅から車で10分ほどの住宅地の中に、ひっそりとその建物はあった。
〈川村カ子(ネ)トアイヌ記念館〉は、上川地方を代表する
アイヌ民族の旧家である川村家の7代目、川村イタキシロマと
その息子カ子トが、アイヌ文化を正しく伝えるためにつくった
日本最古で唯一の私設のアイヌ資料館だ。

手づくり感の風情たっぷりの館内には、日本遺産構成文化財のひとつ
「上川アイヌに関する資料一式」を含む生活用具や資料約500点が展示されている。
多種多様な木彫り熊、儀式用の道具、女性たちがつくった日用品、
川村家と親交のあった作家らの作品など、
公設の博物館とは違う、庶民的で多様な展示物が目に楽しい。

明治時代中期、旭川近隣のアイヌの人々は
近文(ちかぶみ)地域で大きなコタンをつくり、
この見学者が増えたことから、アイヌ文化を正しく理解してもらおうと、
上川地方のアイヌ民族の長(おさ)だった川村イタキシロマが、
1916年(大正5年)に、自宅を公開するかたちで
私設資料館として開設したのが現在の記念館の前身となっている。

息子のカ子トは1893年(明治26年)に旭川で生まれ、
測量技師の名手としても多くの業績を残した。
晩年は目を患い測量の仕事を離れたものの、
私財を投じてアイヌ文化を後世に伝えるために記念館として拡充させた。
館内では、カ子トの測量道具や当時の鉄道資料なども展示されている。

上川地方のアイヌ民族の長だった川村一族の写真。右上が川村カ子ト。

上川地方のアイヌ民族の長だった川村一族の写真。右上が川村カ子ト。

その後、カ子トの息子、兼一(アイヌ名:シンリツ・エオリパック・アイヌ)氏が
館長を引き継ぎ、伝統儀式や古式舞踊の指導など
多岐にわたりアイヌ文化発信に尽力してきたが、昨年2月に亡くなった。

兼一氏の妻で副館長の久恵さんは、
「みなさんが想像するアイヌ民族の生活は数百年前のもの。
カ子トが測量技師として活動していたように、アイヌの人々それぞれのリアルな姿を、
この施設を通して伝えていきたい」と話す。

3代目館長、故・川村兼一氏の妻で副館長の久恵さん。アイヌ音楽ユニット〈マレウレウ〉のメンバーでもある。

3代目館長、故・川村兼一氏の妻で副館長の久恵さん。アイヌ音楽ユニット〈マレウレウ〉のメンバーでもある。

また、若き日に近文地域に暮らした彫刻家の砂澤ビッキや、
藤戸竹喜の作品をどちらも見ることができるのがうれしい。

「カ子トは、ビッキを養子にしようとしたことがあったくらい、
親戚のように仲良しでしたよ」とのこと。

藤戸竹喜の木彫り作品。

藤戸竹喜の木彫り作品。

記念館の隣には、久恵さんと兼一氏が市民ボランティアらとつくった、
笹を葺いたチセが建っていた。大量の笹を山から刈り、編み、
何か月もかかってつくり上げたという。

大量の笹を集めてつくった、アイヌ民族の家屋「チセ」。

大量の笹を集めてつくった、アイヌ民族の家屋「チセ」。

中に入ると天井が高く開放感があり、焚き火をすれば、想像以上の暖かさに包まれる。
ひととき、自然を敬い、活用するアイヌの人々の暮らしに思いを馳せた。

開放感あふれるチセの内部。

開放感あふれるチセの内部。

久恵さんは亡くなった兼一氏について、
「時代が変わっても、アイヌ文化を伝承することを諦めない、忍耐の人でした」
と振り返り、
「若い世代でアイヌ文化に興味を持ってくれる人は増えたけれど、
20~30年前と比べて伝える側の人材が確実に減ってきている」と話す。

アイヌ記念館として開設し106年目、いまの建物として築57年目を迎え、
老朽化が進んでいることから、2023年夏を目指し、隣接して新しい建物が建設される。
アイヌ文化の展示スペースに加え、古式舞踊の舞台や、
アイヌ料理をつくることができる調理室も備える予定だという。

久恵さんは
「公設の博物館はアイヌ全般のことを紹介している施設が多いけれど、
私設であるここではローカルにこだわり、
近文地域に根づいたアイヌの人たちを紹介していきたい」と抱負を語る。

兼一氏はじめ、アイヌ民族の伝統を受け継ぐ人々が少なくなっているいま、
ローカルでのアイヌ文化の維持は、ひときわ難しくなっているようだ。
漫画やアニメなどでアイヌ文化の人気が高まる一方、
リアルなアイヌ民族の存在自体や文化の継承が遠ざからぬよう、願うばかりだ。

「アイヌ記念館は、地元のアイヌにとって砦のような存在である」

案内文のひと言を心に留め、旭川空港へ向かった。

information

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川村カ子トアイヌ記念館

住所:北海道旭川市北門町11丁目

TEL:0166-51-2461

アクセス:JR旭川駅から車で約10分

開館時間:9:00~17:00(5月~11月無休、12月~3月は要問い合わせ)

料金:500円、中高生400円、小学生300円

Web:川村カ子トアイヌ記念館

information

おもいっきり北海道

とにかく広~い北海道を旅するのに、行きと帰りが同じ空港ではもったいない。北海道の空港を上手に使って、おもいっきり北海道を満喫しよう!

Web:おもいっきり北海道 公式サイト

北海道シティホッピング!

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