秋の瀬戸内、豊島を歩く
〈生産者と暮らしに出会う旅〉

シャッターをきりながら、おしゃべりしながら楽しむ豊島時間

暑すぎた2017夏が終わり、ようやく秋らしくなってきました。
まだ日中は畑で作業していると汗をかく暑さですが、
それでも朝夕は肌寒さを感じるくらい。
あー、私の大好きな秋が来たなと、それだけで毎日うれしくなります(笑)。

個人的には、瀬戸内の島をめぐるなら絶対秋がいいなと思ってます。
島をぶらぶらと歩くには、やっぱり夏は暑すぎで、暑さだけで疲れちゃいます。
冬も好きですが、やっぱり景色が少し寂しいかもしれません。
春はなんとなく空気がもわっとしている感じがして(すごく個人的感覚ですが)……。
ま、でも四季それぞれいいところがあるんですけどね!
カメラを持ってぶらぶら島を歩くなら、秋がいいのかなと。

私たちがまだ小豆島に引っ越す前、引っ越すなんて全然考えてなかったのですが、
第1回目の瀬戸内国際芸術祭があり、そのタイミングにあわせて、
小豆島のおじいちゃんちを訪れました。
その時に初めて行ったのが、小豆島のお隣の島、豊島(てしま)。
2010年秋のこと。あのときの豊島の空気感、いまでも覚えています。
とにかくいいところだった。

豊島と小豆島をつなぐフェリーをパシャリ。

島のさりげない風景が好き。ひまわりと家々と海。

小豆島に引っ越してからは、当たり前のように暮らしの中に
「秋の瀬戸内」があるわけで、なんと贅沢だろうと時々思います。
ただ日々の暮らしがあるので、毎日旅人のようにぶらぶらすることもできず。
すぐ隣りにある豊島にもなかなか遊びに行けず。

行きたいなら計画をたてよう! 
というわけで、9月上旬、島で一緒に活動している〈小豆島カメラ〉のみんなで
〈生産者と暮らしに出会う旅 vol.6〉を企画し、OLYMPUSカメラを持って、
約20人で豊島をまわるツアーを開催しました。

〈生産者と暮らしに出会う旅〉は、2014年秋から開催している企画。
ただ観光スポットをまわるだけで終わってしまうのではなく、
もう一歩深く、島の暮らし、島で働く人、現場に触れることで、
もっと小豆島のことを知ってもらおうというもの。
その案内、つなぎ役を私たち小豆島カメラがしています。

今回は私たちだけで豊島を案内するのは少し心もとないということで、
豊島でガイド、さまざまなコーディネートをしている
〈テシマサイト〉の森島丈洋さんに力をお借りしました。

まだ少し夏の暑さが残る9月上旬の日曜日。
小豆島からは片道480円の船に乗って
30分で着きます(こんなに気軽に行けるならもっと行こうっ!)。
船の中でさっそくカメラの貸し出し&説明。
今回のツアーでは、参加者全員にOLYMPUS PEN-Fを貸し出し!
いつも最新のカメラを貸してくださるオリンパスさんに本当に感謝です。

小豆島から豊島に向かう船の中で、OLYMPUS PEN-Fを全員に貸し出し。

まずはカメラの使い方を説明。

豊島に到着後、まずは〈豊島ウサギニンゲン劇場〉へ。
1年半前から豊島で暮らしている〈usaginingen(ウサギニンゲン)〉
こと平井伸一さん、絵美さんご夫妻が出迎えてくれました。
自分たちの手でデザインし改修した劇場、
その中で繰り広げられる映像と音楽のライブパフォーマンス。
豊島を訪れたらぜひ行ってみてほしい場所です。

豊島ウサギニンゲン劇場。倉庫を改修して劇場に。

usaginingenこと平井伸一さんと絵美さんご夫妻(写真右側)。

映像を映し出す道具も楽器もオリジナル。まさにウサギニンゲンワールド。

豊島ウサギニンゲン劇場は、唐櫃岡(からとおか)地区にあり、
近くには〈島キッチン〉や〈檸檬ホテル〉、
少し歩けば〈豊島美術館〉などこれまた行ってみたいところばかり。
また次回のお楽しみに。

劇場の前で、みんなで記念撮影。

Buvette(ブヴェット)× 農人たち NYの人気食堂が 栃木の農家とコラボ!

2017年9月30日(土)、東京・青山の国連大学内、
ファーマーズマーケットコミュニティラウンジに
〈ブヴェット ポップアップイベント at
ファーマーズマーケット コミュニティラウンジ〉がオープンします。

これは、来春日本初上陸を控えるニューヨークの人気レストラン、
〈Buvette ブヴェット〉による1日限りのポップアップスペース。

Buvette(ニューヨーク)

Buvette オーナーシェフ ジョディ・ウィリアムズさん

当日はブヴェットのオーナーシェフ、ジョディ・ウィリアムズさんが
栃木県宇都宮市の農業ネットワーク団体
〈農人たち〉の野菜や果物を使った料理を提供するほか、
日本の農家さんとのトークセッションも行います。

〈農人たち〉代表の宮本暢常さん(左)

ジョディさんはカリフォルニア州に生まれ、
ニューヨークの〈Rakel〉やイタリアの〈Felidia〉で修行後、
日本のレストランで働いた経験もあるのだとか。
どんな話が飛び出すか楽しみですね!

ブヴェットは「カジュアルなワインバーと古き時代のヨーロッパのカフェの融合」を
コンセプトとする小さなレストラン。
2011年、ニューヨークのウエストヴィレッジにオープンしました。

Buvette(ニューヨーク)

ロゴマークの下に記された「Gastrotheque(ガストロテック)」とは、
朝から晩まで1日を通して食 べたり飲んだりできる喜び・場所・環境を表す言葉。
アンティークに囲まれたノスタルジックな雰囲気のなかで
気取らずにおいしいものが楽しめるとあって、
いつも地元の人や観光客でにぎわっています。
来年の3月、東京ミッドタウン日比谷にオープン予定の東京店も、
同じコンセプトで展開するそう。

今回野菜を提供する〈農人たち〉は、
2013年に設立された農業ネットワーク団体。
有機肥料100%の野菜づくりや就労支援型ブルーベリー農園プロジェクトなど、
さまざまな試みに挑戦しています。

備前市・頭島、岡山の最高の素材で
つくる極上のリゾット。
イタリアンシェフ、寺田真紀夫さん

瀬戸内に浮かぶ日生諸島。都会の喧騒から遠く離れて

備前市に在住、あるいは備前にゆかりのある人が店主となり、
食やうつわを通じて人の交流を生み出す場、〈BIZENうつわバー〉。

連載第2回目は、岡山の食材から究極のひと皿を創作し続ける
イタリア料理のマエストロ・寺田真紀夫さん。
寺田さんの店〈kashirajima restaurant cucina terada〉を、
備前市・頭島に訪ねた。

姫路駅で山陽新幹線を降り、山陽本線で播州赤穂(ばんしゅうあこう)駅へ。
そこからさらに、2車両だけのローカルな赤穂線に乗り換えた。
山陽の田園風景の中をローカル列車はひた走る。

無人駅をいくつも通り過ぎ、刈り入れのときを待つばかりの
黄金色に実った田んぼに見とれているうちに目的の日生(ひなせ)駅に到着。
ホームに降り立つと、秋の午後のやわらかな日差しに輝く
瀬戸内の海が目の前に広がっていた。

日生と鹿久居島をつなぐ〈備前♡日生大橋〉は2015年に開通したばかり。

日生駅からさらに車で10分。
できたばかりという〈備前♡日生大橋〉を渡り、
野生の鹿たちが生息する鳥獣保護区を持つ鹿久居島(かくいじま)を通り抜け、
さらに頭島(かしらじま)大橋を渡ると、やっとのことで目的地の頭島に到着である。
日生諸島のほぼ中央にある、ぐるり一周が4キロほどの小さな島だ。
島を渡る橋の両側には、牡蠣の養殖場が広がっていた。

〈備前♡日生大橋〉から見る牡蠣の養殖筏。日生は瀬戸内でも有数の牡蠣の産地として知られている。

瀬戸内特有の、さらりとした甘い潮の香りが鼻をくすぐる。
人懐っこい猫が鳴きながら近寄ってきた。
漁港の脇では、牡蠣の幼生(赤ちゃん)がびっしりとついた
ホタテの貝殻を縄に通している女性がひとり。
これから養殖場に仕込まれていくのだろう。
秋晴れの午後、頭島には、ゆっくりと穏やかな時間が流れていた。

姫路からわずか1時間ほどだが、日常の喧騒から遠く離れた静かな小島で、
これから出会うシェフのひと皿へのワクワクが次第に高まっていった。

手刷りの本をつくる
“森の出版社”を
美流渡でやってみたい!

〈タラブックス〉が教えてくれた、これまでにない出版社の在り方

「北海道にエコビレッジをつくろう」と始めた連載も50回を過ぎた。
土地を探すべく、岩見沢にある山を買い、
古家を取得しと、いろいろやってきたわけだが、
なかなか「これ!」というビジョンが定まっていたわけではなかった。

エコビレッジとは、簡単に言えば環境に負荷をかけず自給自足的な暮らしを営む共同体。
世界各国でさまざまな事例があり、規模も運営方法も多彩だ。
つまり、どんなエコビレッジにするかというところが大事なのだが、
そこをこれまでずっと模索していた。

そんなわたしの頭がハンマーでガツンと叩かれたぐらいの衝撃的な出来事があった。
南インドの出版社〈タラブックス〉がつくった本との出会いだ。
20年ほど編集者を続けていたため、北海道に移住する以前から
タラブックスのことは知っていたが、これまでそれほど深く追求したことはなかった。

けれども、今年の11月に東京・板橋区立美術館で
タラブックスの大規模な展覧会が開催されることを知り、
しかも、この展覧会を企画しているメンバーは、
わたしの古くからの友人であったことも手伝って、
あらためて本を見てみようという気持ちになった。

タラブックスのハンドメイドの絵本シリーズ。日本語版もハンドメイド。『夜の木』(タムラ堂出版)(写真提供:ブルーシープ)

タラブックスの本の存在感はすごい。

ざらっとした紙の風合いとインクの臭い。
手漉きの紙にシルクスクリーンの手刷り、そして手製本。
描かれる内容もオリジナリティにあふれ、インドの少数民族が語り継いだ物語を
丁寧に編集し、独自の絵本文化をつくろうと試行錯誤を続けている。
土着的なエネルギーとともに、すっきりとしたデザインの感性も感じさせる
見事な本づくりだ。

「ああ、わたしもこんな本がつくってみたいなぁ〜」

本を手にしながら、そう思った瞬間、いままでバラバラに考えていたものが、
一本の道としてつながっていくような想いがした。

「そうか、美流渡(みると)で、手刷り手製本の出版社をつくって、
それをエコビレッジの拠点にすればいいんじゃない?」

岩見沢の山間部に位置する美流渡なら、
空いている土地があるから、工房も見つかりそう。
しかも、シルクスクリーンなら、まずはDIYレベルで機材を揃えられるはず。
そして、わたしが常々かたちにしたいと思っている、
美流渡にある自然や四季をテーマとするような絵本をつくってみたらどうだろう……。

頭の中には、すでに美流渡で工房をつくって印刷している様子が浮かぶほど、
妄想(?)はどこまでも広がっていった。
東京にいたときには思いもよらなかったビジョンが、
北海道という地にいることで急に具体的に考えられるようになったのだった。

シルクスクリーンを何版も重ね、刷られたインクが盛り上がっている。『夜の木』(タムラ堂出版) (写真提供:ブルーシープ)

さっそくYouTubeで、タラブックスの社員たちが印刷をする様子を見て、
ますます気持ちは盛り上がる一方。

こうなると、もう、自分を止められない。
どこまでも突っ走っていきたい気持ちになったのだが、
実は出産したばかりで、赤ちゃんはまだ1か月。
さすがにひとりでは、行動範囲も広げられずウズウズしていたところに、
いつもイベントやワークショップの活動をともにしている、
地域おこし推進員(協力隊)の吉崎祐季さんからこんな相談メールが舞い込んだ。

〈みる・とーぶ〉のロゴを、Tシャツやエコバッグに
シルクスクリーンで刷ってみたいんですが、來嶋さんやったことはありますか?」

ええっ!? なんてタイムリーな相談!!
わたしひとりだと赤ちゃん抱えては難しいけど、
吉崎さんが一緒なら、シルクスクリーンを試すことができるかも!?

ということで、わたしたちの活動、岩見沢の山里をピーアールする
みる・とーぶのロゴ入りのエコバッグをつくろうということになった。
また、わたしは、本づくりを見据えて、まずはポストカードをつくってみることにした。

第42話・
神戸岡本エリア散策・その2。
グレアムさんおすすめ
グルメ&注目ショップがぞくぞく
誕生の模様!

第42話
おしゃれで大人な雰囲気の岡本エリアに、
注目のお店がつぎつぎニューオープン。

前回にひきつづいてグレアムさん、
神戸の三宮・元町界隈の東に位置する、
岡本エリアを紹介してくれます。

「落ち着いた雰囲気で人気の岡本エリアでは、
パン屋さんをハシゴしてみるのも楽しいですよ!」

また、スコットランド出身のオーナーが手がけた
こだわりのスモークハウスもニューオープン。
グレアムさんのお気に入りがますます増えそうです。

今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

島暮らしを憧れだけで 終わらせたくない方へ。 長崎県の「島」が集まる移住相談会が東京で開催

長崎の「しま暮らし」ってどんな感じ?
「しまの暮らし」相談会で聞いてみよう!

長崎県には72の有人島があり、
豊かな自然、特有の文化、自慢できる食など、それぞれ個性豊かです。
島で暮らす人々の航路・航空路運賃の引き下げ、
島の地域資源を生かした雇用の場づくりを目的に制定された、
有人国境離島法の後押しもあり、島暮らしのハードルも以前より下がっています。

でも行ってみなければわからないことも確か。
そこで、10月と11月に開催される、
「長崎のしまで暮らそう!働こう!移住体験ツアー」に先駆けて、
9月24日(日)東京・有楽町で行われる、長崎県「しまの暮らし」相談会に足を運んで、
移住の先輩や、移住をサポートする行政のみなさんの話を聞いてみてはいかがでしょうか。
この相談会が、移住へ向けた大きな第一歩になりそうです。 

相談会の様子。

秘境・祖谷の地域問題の解決策!?
フォレストアドベンチャー・祖谷
がオープン

祖谷の自然と戯れる、新たな観光スポット誕生

日本有数の激流、吉野川の上流に位置する徳島県三好市の祖谷(いや)地区。
昨今、祖谷への外国人観光客は2014年から1万人ずつ増えているという。
シラクチカズラでつくったかずら橋が有名だが、
四国一の名峰、剣山や世界的に有名なラフティングの聖地、吉野川もある。
日本らしい原風景の残る秘境を求めて国内外から多くの観光客がやってくる、
それが現在の祖谷の姿だ。

吉野川の渓流で行われるラフティング。今秋には世界大会も行われる。(写真提供:馬場秀司さん)

アウトドア好きが高じて吉野川に魅了され、この地に移住をした馬場秀司さんは、
祖谷でラフティング会社〈ゴーゴーアドベンチャー〉を営んでいる。
クオリティの高いフィールド、そして安全性を求めて
世界中からゲストがやってくるため、
山城地区に彼らを受け入れるゲストハウス〈モモンガビレッジ〉までつくってしまった。
それだけでは飽き足らず、祖谷の自然を山から谷まで遊び尽くす
自然共生型アウトドアパーク〈フォレストアドベンチャー〉を誘致、
この夏、7月29日にオープンさせたのだ。
三好市山間部の魅力を知り尽くす馬場さんが始めた施設とのこと、
ここでしかできないようなおもしろい体験ができるに違いない。

ちなみに祖谷は、徳島空港、高知空港、高松空港からの
いずれからも車で1時間半ほどの移動でアクセスできるという非常にアクセスがよい場所だ。
〈フォレストアドベンチャー・祖谷〉は
ミュシュラングリーンガイド2つ星で紹介されている祖谷街道(県道32号線)沿い、
祖谷ふれあい公園内にあった。

まずは、大きなログハウスにある案内所で受付をし、トレーニングを受けたスタッフに安全器具を装着してもらう。スリル満点のコースだけに安全第一。山の向こうの手前に祖谷川を渡る橋がある。

森の中にあるアスレチックコースは5つ。
すべてのコースを回って、速い人でおよそ2時間かかる。
スケールや難易度も含め、いったいどんなものかわからないまま
祖谷川を渡ってフィールドに向かうのは、ミステリーツアーに参加する気分だ。
傾斜のある深い谷ならではの自然の地形を生かした本格的なアスレチックコースは
四国では初めてだとか。期待に胸は高まる!

地域に愛される、
伊豆下田〈高橋養蜂〉との出会い。
“ミツバチの楽園”という夢が
つなげてくれた里山の縁。

人との縁がつながって、ワクワクする展開に

伊豆下田に移住して5か月の津留崎さん。
ここでの暮らしにも少しずつ慣れ、
人との縁もつながり始めています。
今回は、下田の里山にミツバチの楽園をつくりたいという
夢を持つ養蜂家さんについて。
里山で農的な暮らしをする人たちとの、
いい出会いがあったようです。

山梨県北杜市〈ぴたらファーム〉と
2拠点生活スタッフ「マメちゃん」
の自然循環型の農業と暮らし

循環する農業・暮らしがテーマ!
各地から移住してきたメンバーが、共同生活を送る〈ぴたらファーム〉

「パーマカルチャー」という、自然のリズムに寄りそった農業と、暮らし方。
この思いに共感するメンバーが生活をともにする〈ぴたらファーム〉。

山に囲まれ、清流を抱く、山梨県北杜市の白州エリアに、
ファーム長・田才泰斗さん、青木彩華さんたちが農場を立ち上げたのは7年前。
それぞれに経験した農法や、自然への向き合い方、暮らしのアイデアが一致し、
泰斗さんの故郷、札幌北部の原風景に近いというこの地に移住したという。

その後レギュラーメンバーとなったスタッフ、短期滞在で訪れる人、
WWOOF(World Wide Opportunities on Organic Farms)を見て訪れる外国人など、
複数のメンバーが集まり、ひとつ屋根の下で暮らしている。

「ぴたら」とはマオリ語でテントウムシのこと。種によっては、作物に被害をもたらす害虫や菌を食べ、作物を守ってくれる強い味方。自然界のパズルの1ピースを担う「ぴたら」をファーム名に借りたのだそう。

「自然循環型」の暮らしには、アイデアと知恵が満載!

ここには、農業、土壌、建造物、自然エネルギー、廃棄物、コミュニケーションなど、
ぴたらファームの理念に基づいた、循環する仕組みが揃っている。

ぴたらファームの循環の仕組み。

オール手づくりのコンポストトイレ。排泄物を微生物で発酵させ、土に還す仕組み。便器も木を使った手づくり。建造物は、崩せば容易に土に還る素材でできている。

でも、なぜ循環する仕組みなのか?
ぴたらファームの考え方は、こういうこと。

私たち人間は、穀物、野菜、肉を食べて生きている。
食肉となる牛、豚、鶏などは、草や穀物を食べて生きている。
その動物が食べる草や穀物は、土からできている。
土にはたくさんの微生物がいて、有機的な土壌環境を整える。
有機的な土からは植物が育ち、植物は、動物や虫の命の糧となる。
そうして命を終えた生き物は、また土に還る。

よく聞く話ではあるけれど、都会で生活していると忘れがちな自然界の仕組み。
ぴたらファームでは、こうした巡りを農や暮らしに落としこむ実践をしているのだ。

鶏小屋は、竹、古畳、藁などの素材で手づくり。ハイペースで卵を産めなくなった鶏などを譲り受け、自然のペースで気ままに産卵させているそうだ。台所から出るごはんの残りは鶏たちが食べ、鶏糞は畑の肥料に。

玄関先に置いてある手づくりのヘビイチゴチンキ&ドクダミ軟膏。虫刺され、あせも、湿疹に。旬の植物を長く楽しむ工夫がなされ、健やかな暮らしに役立てている。(Photo:Shiori Kudo)

「パーマカルチャー」ってどんなもの?

パーマカルチャーとは、永続性(パーマネント)、農業(アグリカルチャー)、
文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、自然界の体系を観察し、
伝統的な農法の知恵と、現代の技術的知識(適正技術)を組み合わせ、
永続可能なライフスタイルを構築するシステムであると言われている。

ぴたらファームは、パーマカルチャーの哲学をベースにする農場。
しかし、なぜそこに行きついたのだろう?
立ち上げメンバーの泰斗さんと、彩華さんに話をうかがってみた。

「大学を卒業したあと、世界を放浪していた時期があって。
そのとき、日本は分業化が進んで、社会は成熟しているかもしれないけれど、
ひとりひとりの生きる力は失われつつあるんじゃないか、と感じたんです。
そこから僕は、自分の力で生きられる人になりたい、と思うようになって」(泰斗さん)

ファーム長の田才泰斗さん。畑・米担当。木工の仕事をしていた経験を生かし、敷地内の建造物づくりや建物の修繕も手掛けている。(Photo:Shiori Kudo)

その後、いくつかの経験や就業をするなかで、
茨城にあるオーガニックファームに出合った泰斗さん。
そこでは、スタッフが共同生活を送りながら、有機農業、循環型の暮らしをしており、
泰斗さんは約3年半、スタッフとして働くことに。

「しばらくして、もっと自分の理想とする環境で、自分が伝えたいことを
伝えられる場所をつくりたいと思い、独立を考えました」(泰斗さん)

泰斗さんとともに立ち上げに携わった彩華さんは、
ニュージーランドやオーストラリアに留学し、パーマカルチャーを学んだ経験が。

「もともと植物が好きで、いつも森で遊んでいるような子どもだったんです。
近所に大好きな木があったんだけれど、開発の関係で伐られてしまって……。
そのときから、自然と人間の共存みたいなものが、
自分の中のライフワークテーマになったような気がします」(彩華さん)

ECサイトの制作・更新や、加工品づくり、外国人が訪れたときの案内などを兼任する青木彩華さん。ときどき東京に出向き、ぴたらファームの食材を使った食事会を開くことも。

ランドスケープ、パーマカルチャー、自然農法——
さまざまに学んできたなかで、自分の行きついた理念に説得力を持たせるには、
自分自身がどう暮らすかというところから始めなければ、と思い至ったという。

「ニュージーランド、オーストラリアで、いろんな人と共同生活を送りながら、
自然にあまり負担のかからない暮らしや、持続可能な暮らしを模索するというような、
緩いコミュニティを見てきて。同じようなイメージで、
日本でやってみたいという気持ちがありました」(彩華さん)

そんな折、泰斗さんと出会うキッカケがあり、話をすれば、
お互いの理想とするイメージやキーワードが一致。
このようにして、ぴたらファームが立ち上がり、
パーマカルチャーというキーワードが、どっしりと根づくことになった。

「だいだい」って知ってる?
地元にある素材を生かし、
良さを伝え、販売するということ

小豆島の身近な柑橘を使って、加工品をつくる

「だいだい」という柑橘のことをどれくらいの人が知ってるんだろう。
たぶん名前くらいは聞いたことがあって、
ミカンの仲間だろうってことくらいまでは知っている方が多いと思います。
私も小豆島に来るまではそんなような知識で、
だいだいに対して特になんの思いもなく、よく考えたこともなく。
それはだいだいに対してだけじゃなくて、柑橘全体に対しても同じような感じでした。

それがいま、小豆島では身近に柑橘がたくさんある!
冬になればあふれるほどある!

夏の終わり時期からすだちの収穫が始まり、
10月にもなるとあちこちから甘酸っぱい温州みかんをいただく。
どっさりといただいたときには、〈HOMEMAKERSカフェ〉で
「みかんご自由にどうぞ〜」とおすそ分けしたり。
12月になればレモンが黄色くなり、
それはそれは甘く爽やかな香りでよだれが出る(笑)。

暮らしにおいても、商売においても、いまや柑橘は
私たち〈HOMEMAKERS〉にとってなくてはならない存在となりました。

8月末、今年のすだち。夏に採れる貴重な柑橘です。

ジンジャーシロップにもたっぷりの柑橘が入っていますが、フレッシュな柑橘のスライスを入れるとさらにさわやかに。

すだち入りジンジャーエール。

そんな柑橘の中のひとつが、だいだい。
大きくて丸くてごつごつしただいだい。
レモンやゆずなどと同じく、香りがよくて酸味の強い香酸柑橘です。
温州みかんなどのようにそのまま食べるのではなくて、
果汁を絞って調味料として使ったり、ジュースにしたりします。

小豆島は、だいだいの一大産地! というわけではなく、
各家の畑で何本か植えられていたり、庭に1本植えられていたり、
暮らしに身近な柑橘として育てられてきました。

熟しても木から落ちず、1本の木に前の年の実と次の年の新しい実が
同時についていることもあって「代々」とも書かれ、
「代々家が絶えることなく繁栄しますように」という願いとともに
縁起のいい果物として、お正月の飾りに使ったり。

普段の暮らしのなかでも、ナマコにだいだいの果汁をかけて食べたり、
醤油にだいだい果汁を足して自家製の即席ぽん酢にしたり。

大きく育った木にはたくさんの実がなります。

だいだいの収穫。こういう風景があり続けてほしい。

カゴいっぱいに入れると20キロくらい。収穫作業も大変です。

〈BIZENうつわバー〉開店。
イノシシの出る山里で作陶する
備前焼作家、渡邊琢磨さん

備前焼を通じた交流の場をつくる
プロジェクト〈BIZENうつわバー〉

岡山県備前市というと、まず大抵の人が連想するのは備前焼だろう。
同じ岡山県の在住歴通算25年の筆者からしても同じ。

「備前? そりゃ備前焼じゃないの?」と。

備前市には備前焼しかないというのでなく、認知の度合いで備前焼が抜けているのだ。

備前で思い浮かぶものの次点としては、日生(ひなせ)という
瀬戸内海に面したエリアで養殖が盛んな牡蠣、
あるいはその牡蠣を使ったお好み焼き「カキオコ」あたりか。
そのさらに次となると、正直、腕組みをしてひねり出すようなことになるのだが、
しかしこの備前焼と牡蠣だけでも十分すぎるほどの資産価値がある。

ふたつのコンビネーションもすばらしくいい。

かたや瀬戸や信楽と並んで“日本六古窯”のひとつに数えられる伝統的な焼きもの。
「食(牡蠣)」との取り合わせが悪いはずがなく、どう扱うにも連携がとりやすそうだ。

平安時代に始まったとされる備前焼。「投げても割れない」と言われるほどの頑丈さが特徴で、当時から生活容器として碗、皿、瓦などが焼かれた。同じ景色のものはふたつとないと言われる「窯変」が最大の魅力。

〈BIZENうつわバー〉という。

備前市に在住、あるいは備前にゆかりのある人が店主となり、
食やうつわを通じて人の交流を生み出す場(バー)となる。
そんなプロジェクトがいま、備前市で新しく生まれようとしている。
さて、どんな人たちがどんな魅力を語ってくれるか。

備前焼の作家・渡邊琢磨さんを訪ねて

記念すべき第1回目のマスターは、備前焼の作家・渡邊琢磨さん。
備前焼の作家が集中する備前市伊部(いんべ)地区でなく、
市の東に隣接する和気郡の人里離れた山間に住む渡邊さんの自宅兼工房を訪ねた。

渡邊さんの自宅の庭から見える景色。瀬戸内のジリジリするような真夏の太陽が濃い緑に降り注ぐ。田んぼの後ろに控える森はどこまでも深そうだ。

気温35℃の猛暑日が続く8月某日のこと。
比較的新しいナビゲーションシステムもさすがにそこまで案内しきれなかった。
山深い市道から一段と幅の狭い脇道に入って、
右手に青々とした稲穂を見ながら奥に進み、さらにそのまた奥、
道沿いに民家が途絶える最後の家がそうだった。

背後にある深い森に半分飲みこまれたかのように見える家。
ここにたどり着く直前で、心配になって引き返す人が絶対何人かいたにちがいない。
渡邊さんが家の前まで出てきてくれ、手を振っていた。わりと控えめな感じで。

備前に生まれ、代々、窯を受け継ぐ備前焼作家とは異なり、渡邊さんは兵庫から移住して初代で窯を立ち上げた。「しがらみがない気楽さはあります。そこは生かしていきたいと思っています」と渡邊さんは言う。

〈暮らしかた冒険家〉が考える、
これからの暮らしと
オフグリッドライフ

暮らしがアートに? 芸術祭を機に札幌に移住

前回の札幌国際芸術祭(SIAF)2014を機に、札幌で暮らすようになった人たちがいる。
「高品質低空飛行」をモットーに、理想の暮らし方や働き方をつくっていく
〈暮らしかた冒険家〉。クリエイティブディレクターの伊藤菜衣子(さいこ)さんと、
ウェブディベロッパーのジョニイ、こと池田秀紀さんの夫婦ユニットだ。

東京でカメラマンや広告制作の仕事をしていた菜衣子さんと
大手クライアントのウェブ制作をしていたジョニイさんは、
東日本大震災後、熊本市の築100年の家に移り住む。

「どこでもよかったんですけどね。20年近く空き家だった家で、
水道管もだめで電気もつながっていなくて、リアルオフグリッド(笑)。
全然問題ないと思ってたけど、大問題でした」と菜衣子さん。

大家さんに相談して水道工事と電気工事はしてもらったが、
暮らしをゼロからつくっていくことに。
そんななかで、「自分たちがつくった野菜と交換でウェブサイトをつくってほしい」
という農家と、貨幣以外の価値の交換をしたりする暮らしを、SNSで発信していった。
さらに、人が人を呼んでおもしろい人たちとつながり、
何かが起こりそうなおもしろい状況をつくりだしていった。

そんなふたりの活動が、坂本龍一さんの目にとまったのは2012年。
2014年に初めての開催を控えた札幌国際芸術祭の
ゲストディレクターに就任した坂本さんは、Facebookのメッセージで
「札幌に住んで、芸術祭に参加してほしい」と要請。
ふたりは最初、ウェブ制作の手伝いか何かと思ったら、
アーティストとして、ということだったのだ。

「『君たちの暮らしはアートだ』って言われて、
自分たちがアーティスト? この暮らしが芸術祭の作品? という動揺とともに、
もうひとり客観的な自分が、こういうことも含めて芸術祭とするなんて、
坂本さんは本当におもしろいなぁ、と思って」と菜衣子さん。

実は菜衣子さんは3歳から9歳まで札幌で暮らし、
その家がまだ札幌にあったということもあり、札幌に移住することに。

熊本から札幌に持ってきた薪ストーブ。

2014年に札幌の家に引っ越し、暮らしながら家を改装。
SIAF2014会期中は土日にオープンハウスとして家を開放した。
とはいえ、改装中の家はまるで工事現場。

「これまで私たちがやってきたことや、
Facebookを見て来てくれればわかると思いますが、
芸術祭のガイドブックだけ見て来た人は『これのどこが作品なんですか?』
という人も多くて。怒っちゃう人もたまにいました」

社会と自分たちとの距離感やズレを感じたり、
コミュニケーションの難しさを感じることもあったという。

一方で、多くのボランティアスタッフが支えてくれた。
多い日は、1日50人もの人がオープンハウスに訪れる。
当時、今年3歳になる息子を妊娠中だった菜衣子さんを気遣って、
「もう奥で休んでなさい」と声をかけてくれるお母さんたちや、
すてきな差し入れを持ってきてくれる人たち。
みんなでDIYで家をつくっていくのは楽しかったようだ。

古家改修中に、また空き家探し?
進まない美流渡への移住計画

改修は来年に持ち越し! いきなりの宣言

まだ8月だというのに、北海道は秋の深まりを感じさせる。
今朝、息子は目覚めると「ストーブつけて!」と言い出した。
秋が来ると、もう冬もすぐそこという気持ちになってくる。
11月には初雪が降り、12月にはあたり一面真っ白。
外でいろいろな作業ができるのは、あと2か月ちょっとしかない。

そんななかで、先日、夫が突然宣言をした。
「美流渡(みると)の古家に住めるのは来年だな。
あの古家を直すのにはまだまだ時間がかかる」

この連載で何度か書いてきたが、現在住んでいる岩見沢の市街地から
車で30分ほどの山間部・美流渡地区に古家を取得したのは1年半ほど前のこと。
大工である夫が古家を改修中で、当初は今年の4月、
息子が小学校にあがるタイミングで移住する計画だった。

しかし、建物の基礎が腐っているなど予想を超えるハプニングがたびたびあり、
なかなか改修が思うように進んでいなかった。
いつしか夫は、「引っ越しはゴールデンウィーク明け」と言うようになり、
それが「夏休み明け」となり、ついに先日「来年!」となったのだった。

さすがに、来年と聞いたときは「冗談かな??」と思ったが、
夫の行動を見ていると、どうもそうではないということがわかってきた。
あるとき夫は市役所に出かけていって、美流渡地区にある
市営住宅の空き状況を調べたり、地域の知り合いに
空いている家がないかどうか探したりし始めたのだ。

高台から眺めた美流渡。山間に囲まれた地区でスーパーと食堂は1軒ずつ。

ようやく基礎部分が直った古家。8月末の段階で、まだ骨組みだけの状態。

冬に備えて空き家探しもスタート

なぜ、古家を取得したのに、さらなる空き家を探し始めたのかというと、
これからやってくる冬を見越してのことだ。

いま息子は、移住予定があるため、すでに美流渡地区にある小学校に通っており、
毎日、夫が車で送り迎えをしている。
しかし、このあたり一帯は、北海道有数の豪雪地帯。
冬になれば吹雪になることも多いし、朝晩は冷え込みが厳しく路面は凍ってツルツル。
車での登下校ができない日もあるにちがいない。

そのため小学校に近い場所に、とにかくまずは引っ越して、
そのあとゆっくりと古家を直せばいいんじゃないかというのが夫の考えだった。

冬になると国道以外のほとんどの道は雪で覆われる。日中に雪が解け、朝晩の寒さで凍ると、路面はスケートリンクのような状態になる。

岩見沢は吹雪になることも多い。天候が突然変わり、ホワイトアウトに遭遇することも。

ということで、空き家探しを始めたわけだが、
手頃な物件は、いまのところなかなか見当たらない。

美流渡地区は、以前は炭鉱街として栄えたが、
いまでは人口400人ほどという過疎化が進む地域。
道を歩けば、そこかしこに空き家が見つかるが、
その多くは手直しをしなければならない状態だったり、
家財道具一式が置き去りになっていたり。

また、わりと良い状態の家であっても、所有者が誰なのかわからないこともあるし、
不動産屋に物件情報が出ることもほとんどない。
こうした地域で家を探すには、とにかく地域の人に
聞いてまわるしか方法がないのが実情だ。

道を歩けば空き家が見つかるが、手直しが必要な物件がほとんど。豪雪地帯のため、雪の重みで屋根が壊れていることも多い。

炭坑で働く人々が住んでいた炭坑住宅も残されている。中をのぞくと家財道具が置き去りにされていた。

あと、2か月のうちに本当に引っ越せるの? 
家ってそんなに簡単に見つかるのか、わたしには疑問が残る。
すでに8月末になってしまったにもかかわらず、夫はなぜか余裕のありそうな雰囲気だ。
古家を改装するなかで、たくさんの地元の人と顔見知りになっているためか、
きっと見つかるんじゃないかと楽観視しているのだろうか……。
真意は定かではなく、わたしはただただ気を揉む日々だ。

ゲストハウス実現に向けて?
自然と食に恵まれた豊かな土地、
伊豆下田流のおもてなし

おいしいものから温泉まで、
下田の魅力をご紹介!

下田に移住して、初めての夏。
夏の伊豆には海水浴を求めて多くの観光客が集まります。
津留崎家にもたくさんの友人たちが遊びに訪れるそう。
それを迎えるのもまた楽しいという妻の徹花さん。
いつかゲストハウスか民宿をやってみたいと思っている夫妻には
いいシミュレーションになっているようです。

〈Today Is The Day〉
小豆島の海辺のカフェ、
夏の夕暮れに島の仲間と集う

海の家だった建物を、「大切な1日」という名のカフェに

暑い……。
毎年お盆をすぎると少し涼しくなるような気がするのですが、
今年は8月下旬になっても、変わらず暑い、暑すぎです。
畑に出れば汗だくはもちろん、普通に過ごしてても
常に汗かいてるような気がします。ふぅ。

そんな暑い夏。
この7月に小豆島の海辺にまた新しいカフェができました。
Today Is The Day Coffee and Chocolate〉という名前のそのカフェは、
「今日という日は昨日の続きじゃなくて、人生の中の大切な1日」
という思いが込められた場所。カフェをオープンされたのは、
今年2月に家族で小豆島に引っ越してきた水野さん。

鎌倉で暮らし、東京で働いていた旦那さんと、鎌倉でお店をしていた奥さん。
鎌倉もとてもすてきなところだと思いますが、
人の多さだったり、車の渋滞だったり、通勤の満員電車だったり、
そういうことがない場所で暮らそうと小豆島へ。
引っ越し先の候補として小豆島以外の場所もあったそうですが、
最終的にはいま暮らしている海辺の空き家との出会いがあり、小豆島に決めたそう。

お店の目の前はオリーブビーチという海岸。夏は海水浴される方で賑やか。

Today Is The Day、お店のすてきなロゴ。

引っ越し直後から〈HOMEMAKERS〉の畑に手伝いに来てくれていて、
小豆島暮らし半年にしてあっという間にカフェを開業。
オープンの日にはすでに島の顔なじみのたまり場みたいになっていて、
またいい場所ができたなぁとうれしくなりました。

テラス席で海を眺めながら。

夏の夕暮れ。こんな景色を眺めながらビール。

Today Is The Dayは、水~土曜日の週4日オープンしています。
19時まで営業しているので、この時期だと夏の夕涼みに遊びに行けます。

もうなんといってもその立地が最高。
もともと海の家として使われていたその建物。目の前は海!
子どもたちはお店の端っこのほうで水着に着替えて、そのまま海までダッシュ。
そんなことができちゃう場所です。

子どもたちはさっそく水着に着替え。

持ってきた水風船で遊んだり。

〈サルビア〉の活動に学ぶ、
地域の魅力を伝えるものづくりとは

写真提供:サルビア photo:masaco

〈サルビア〉のデザイナー、セキユリヲさんのお話会を開催

北海道は、お盆を過ぎると朝晩はグッと気温が低くなり、秋の気配が漂うようになる。
そんな短い夏が終わりを告げる頃、グラフィックデザイナーのセキユリヲさん一家が、
わが家にやってきた。

セキさんと出会ったのは、15年以上も前のことになる。
わたしが編集長を務めた、絵とものづくりの雑誌『みづゑ』のアートディレクションを
セキさんにお願いしたこときっかけとなり、以来さまざまな仕事をともにしてきた。
昨年には、セキさん一家が北海道第2の都市である旭川からほど近い
東川町に古家つきの土地を手に入れ、東京との二拠点生活を始めたこともあって、
北海道で会う機会が徐々に増えつつある。

今年も夏の1か月間、セキさん一家は東川町に滞在。
その合間をぬって、わたしたちが住む岩見沢に立ち寄ってくれた。
セキさんがせっかく来てくれるのであれば、今回、ぜひともお願いしたいことがあった。
地元の仲間と立ち上げた、岩見沢の山里をPRする活動〈みる・とーぶ〉の
今後の展開について、彼女の意見を聞いてみたいと思っていたのだ。

セキユリヲさんは、何度か岩見沢を訪ねてくれるなかで、〈みる・とーぶ〉のロゴデザインをしてくれた。

セキさんは、これまでもわたしたちの活動を見守ってくれており、
〈みる・とーぶ〉という名前も一緒に考えてくれた。
岩見沢の山里一帯は東部丘陵地域と呼ばれているが、
もっとワクワクするような響きがほしいと考えた名前で、
ロゴデザインもセキさんが手がけてくれた。

リンゴや稲、汽車、雪といった東部丘陵地域らしいモチーフを散りばめてもらい、
これによって〈みる・とーぶ〉の活動が具体化する
大きなきっかけをつくってくれたのだった。
このロゴをサイトのイメージに使ったり、マップの表紙にしたりしつつ、
この春に札幌市資料館で開催した〈みる・とーぶ〉展へとつながった。

今年の4月に札幌市資料館で1週間〈みる・とーぶ〉展を開催。東部丘陵地域に住む作家の工芸品とともに、手づくりが好きな地元有志がつくった作品も展示した。

〈みる・とーぶ〉が生まれて約1年が経ち、次の展開を模索していたこともあり、
セキさんを囲んだお話会を企画。
お話会は「地域ならではのものづくりの可能性とは何か」をテーマとし、
東部丘陵地域の毛陽地区にある交流センターで、8月15日に開催した。
お盆のお休み期間ではあったが、地元だけでなく、札幌や
遠くは帯広からも人々が集まりにぎやかな会となった。

毛陽の交流センターでお話会を行った。左がセキユリヲさん。わたしが6月に立ち上げた、クリエイティブなゲストを招くイベント〈みる・とーぶSchool〉の第3回目の企画として開催した。

お話会にスペシャルなおやつを。この地域で採れたブルーベリーを使った手づくりケーキ。

前半では、セキさんのこれまでの活動について話してもらった。
セキさんのものづくりは、大量生産・大量消費と一線を画す
独自のスタンスを取っており、〈みる・とーぶ〉が活動するうえでも、
大きなヒントになると思ったからだ。

北海道、旭岳温泉〈湯元 湧駒荘〉
5種の源泉はすべてかけ流し。
静かに過ごす、山の美食宿

道産木材の山小屋ツインがリニューアルオープン!

あたり一面が輝くような緑に包まれる大雪山の夏。
この時期、全国から多くの登山客が訪れる旭岳ロープウェイのほど近くに、
名湯とうたわれる旭岳温泉があり、数軒の宿泊施設が建ち並びます。
冬季の積雪量が45メートルを超えるという旭岳。
大雪山国立公園の雄大な自然に抱かれた、まさに秘湯の宿です。

なかでも、ていねいな料理が味わえ、地下で豊かに蓄えられた
湧き水〈湧駒水(ゆこまんすい)〉とともに5種類もの源泉をもち、
3つのかけ流し温泉を湯巡りできるのが〈湯元 湧駒荘〉(ゆこまんそう)。

訪れたのは7月上旬。緑に包まれた宿の入り口からは旭岳の雄姿が見えます。

山の上の秘境にありながら旭川空港から車で45分とアクセスのいい湧駒荘。
ふもとのまち東川へも片道30分で行き来できます。

滞在するなら、木造建築を改装した別棟2階に
2017年6月にオープンしたばかりのハイグレードな洋室〈山小屋ツイン〉がおすすめ。
本館の趣ある和室とはまたひと味異なり、
北海道の素材やつくりにこだわった、上質な安らぎを感じられる空間です。

傾斜のある天井が高く、広々とした印象の山小屋ツイン。温泉のあとは東京西川の最高グレードの寝具に体を沈めよう。マットレスは快適な睡眠を提供する〈Air〉を採用。

あたたかみのあるサイドテーブルとチェア。木の質感を生かした家具は旭川家具の老舗〈匠工芸〉が手がけています。

自分で挽いた豆でゆっくりとコーヒーを淹れる。そんなくつろぎのひとときも楽しみのひとつ。豆は函館の老舗店〈美鈴コーヒー〉。

ホタテの貝殻でつくられた漆喰があたたかみのある白壁。
高い天井を見上げると、北海道でかつて主に大きな建物に使われた
洋小屋トラスと呼ばれる構造が、どっしりとした存在感を放っています。
建材はタモやトドマツなど北海道産。
地元の素材に包まれた空間でまずはゆっくりとひと息ついたら、
お楽しみの湯巡りに出かけてみましょう。

旬は、夏。北海道積丹半島のウニ!
評判のおいしさの裏にある、
漁師たちの仕事とは

泊村のウニ漁に密着!

積丹半島の夏を感じる海の幸といえば、なんといってもウニである。
泊村のウニ漁は毎年7月半ばから始まる。

古宇郡漁業協同組合の泊地区青年部長で第八哲栄丸を駆る
小塚哲弘さんのウニ漁を見せてもらった。
ガラス箱で海底を覗きながら“タモ”と呼ばれる柄の長い網でとる、伝統的な漁法だ。

半分身を乗り出して、ウニを獲る。

キタムラサキウニが大漁!

思いもしなかった心地よさ。
移住した伊豆下田、
小さなまちでの小さな暮らし

移住して、理想の暮らしに近づけてる?

伊豆下田に移住し、新しい暮らしをスタートさせて4か月。
夫の鎮生さんは看板づくりの仕事も見つかり
この土地での暮らしに少しずつ慣れてきた津留崎家。
当初イメージしていた暮らしには近づけているのか……?
でも、暮らしてみないとわからないこともあるようです。

暮らす場所としての「島」。
奄美大島・加計呂麻島を訪れて
移住について考えてみた

生き方、働き方、暮らし方を変えたいと思ったとき、
どんな場所で何をして暮らそうか。いろいろ考えると思います。

5年前、私たちもたくさん考え、家族で話し合い、小豆島に引っ越すことにしました。
なんで小豆島なの? と聞かれることがありますが、
小豆島にはたくちゃん(夫)のおじいちゃんちがあって、
何度か訪れたことがあって、いい場所だなぁと思っていたから。
私たちはたまたま小豆島に縁があったのですが、それでもいろんな本を読んだり、
人から話を聞いたりして、沖縄もいいなぁなんて考えたりもしていました。

最終的に「小豆島で暮らそう」と決めた理由はいろいろありますが、
そのひとつとして「島」であることは大きかったと思います。

移住しようかどうか考えていたときに読んだ雑誌で、
いまでも私たちのバイブルみたいな感じで大切に持っているのが
『ブルータス』の島暮らし特集(2011年9月1日号)。
「たとえば、いま、あなたが都会を離れて島で暮らすとしたら。」
私たちの人生を変えた一冊かもしれないです(笑)。

その雑誌の中で、小豆島での暮らしも紹介されていたのですが、
小豆島と同じくらい印象に残っていたのが、奄美大島での暮らし。
あー、なんてすてきなところだろうと思いましたが、行ったこともないし、
遠そうだし、そこで暮らすというイメージが全然浮かびませんでした。

なんとなく気になる存在として心の中にあった「奄美大島」。
実はこの夏、その奄美大島に行けることに!
島で暮らしていても、島への憧れの気持ちは昔と変わらず。
あの雑誌を読み返したりしながら、ワクワクをふくらませて行ってきました。

というわけで、今日はちょっと小豆島から離れて
「小豆島日記 番外編」として、奄美大島のことを書きますね。

憧れの島、奄美大島と加計呂麻島へ

奄美大島へは、関西国際空港からバニラエアで約1時間半。
鹿児島県に属していて、九州と沖縄の間にあります。
小豆島よりもずっと大きな島で、島の北側にある奄美空港から、
古仁屋(こにや)という島の南側にある港までは、車で約2時間。
今回は、奄美大島とその南にある加計呂麻島(かけろまじま)に
3泊4日で行ったのですが、もっともっと時間がいるなぁという感じでした。

奄美大島に到着した途端にザーザー降りの雨。奄美大島は雨が多く、日照時間が日本で一番短いとも言われているそう。

奄美大島といえば「鶏飯」。ご飯の上に、鶏肉、卵、ネギなどをのせて、出汁をかけていただきます!

やっぱり本州とは違う景色。植物がパワフル。

奄美大島の自然のこと、歴史のこと、暮らしのこと、ここでは書ききれないのですが、
いろんなことが私の想像と違っていて、とにかく本当に濃い旅でした。
沖縄とはまた全然ちがう場所。
やっぱり行ってみて自分で感じてみなければ、わからないもんです。

マングローブ原生林。カヤックに乗ってマングローブの中を冒険できます。

海の向こうにあるのは加計呂麻島。海の青さに引き込まれてるいろは(娘)。

奄美大島の南にある加計呂麻島。諸鈍(しょどん)という集落にあるデイゴの並木道。

二拠点暮らしから一拠点へ。
出産を機に、暮らしを変える

第三子の出産を機に考える、新しい暮らしと仕事

北海道にエコビレッジをつくりたい、そんな夢を掲げて連載を始め、
この回で丸2年となった。
これまでのことを一度振り返ってみるのにちょうどよい時期かな? 
と思っていた矢先、自分の暮らしを見つめ直す大きな出来事がやってきた。
予定日より1か月弱早く、7月中旬、第三子が産まれたのだ。

予定日より早く生まれたため、1日保育器で過ごしたが、その後はスクスク元気に育ってくれている。

思い返せば、自分にとって出産は人生の大きな節目となっている。
第一子が産まれて半年後に起きたのが東日本大震災。
震災は、小さなわが子をこれからどうやって育てていくのかを
あらためて考えるきっかけとなり、東京から北海道への移住を決断した。
幸いなことに、当時務めていた東京の出版社は、在宅勤務で働くことを認めてくれ、
それから3年ほど北海道と東京を往復しながら勤めを続けた。

しかし、第二子が産まれた年に、その出版社が民事再生法を申し立て、
私はフリーランスの編集者として独立した。

そして、今回、第三子の出産と重なったのは、岩見沢の市街地から、
人口わずか400人ほどの山間部の美流渡(みると)地区への転居だった。

長男6歳、長女3歳。赤ちゃんとの初対面。「小さい〜、かわいい〜」と興味津々の様子だった。

改装中の古家。現在の住まいは、岩見沢の市街地。そこから車で30分ほどのところが、転居を予定している美流渡地区。山間の美しい景色が広がる。

わが子の誕生と自身の転機が重なったのは、偶然と言えば偶然なのだが、
出産は、まるで自分も生まれ変わったような感覚を味わう体験と言えるため、
新しい気持ちで暮らしを始める、とてもよいタイミングとなっているのは確かだ。

この美流渡への転居にあたって、わたしが目標としているのは、
二拠点暮らしから一拠点暮らしへのシフトだ。
都会と田舎の両方の良さを取り入れようとする二拠点暮らしは、
ウェブや雑誌でも話題のライフスタイルとなっているが、
2012年から約5年、東京と北海道を往復してきたわたしとしては、
できれば早く北海道へしっかりと根をおろしたいという気持ちのほうが勝っている。

私の本業は編集者。
主にアートやデザインの専門誌や書籍などの仕事が多く、
依頼のほとんどは東京の出版社からだ。
月に1回、1週間から10日ほど東京に滞在して打ち合わせや取材を行い、
北海道に持ち帰って原稿をまとめたり編集をしたりしてきたが、
第三子が産まれたいま、二拠点の往復は、当分のあいだ難しい状況となった。

しかも、第二子もまだ3歳。
2歳の頃までは、飛行機代がかからないので一緒に東京に連れて行っていたが、
これからは留守番を強いることになるだろう。
別れ際に泣かれたりすると、こちらも本当に辛い気持ちになり、
東京滞在中も気が気ではなくなってしまう。

こうしたこともあって、子どもが小さいうちは、
やっぱり拠点はできるだけひとつのほうがいい、というか、
そうするしか方法はないんじゃないかというのが、わたしの考えだ。

いまのところは出産後も、東京の出版社から仕事の依頼はやってきているが、
やはり一度は直接顔を合わせて打ち合わせたいという案件も多く、
徐々に東京の仕事は減らさざるを得なくなるだろう。
そのため、いま仕事の内容を根本から変えていく必要に迫られている。

出産後6日間で退院。退院の日、家族でささやかに誕生日を祝った。

伊豆の朝採り野菜が手に入る、
それだけじゃない直売所の魅力とは

野菜を買うだけじゃない、直売所のこと

下田での暮らしがスタートして約4か月。
いつか民宿をやってみたいと考えている
フォトグラファー徹花さんの
日常の楽しみのひとつが、直売所で買い物をすること。
その日採れたばかりの地の野菜が並ぶ直売所は
まちの人たちの情報交換の場にもなっているようです。
今回は、そんな徹花さんお気に入りの直売所のお話です。

第41話・
神戸・岡本エリアのグルメ散策。
カフェにレストラン、
ベーカリーにお弁当まで、
グレアムさんのオススメがずらり!

第41話
元町界隈の東、おしゃれな岡本エリアで、
グレアムさんのお気に入りめぐり。

神戸の三宮・元町界隈の東に位置する岡本エリア。
グレアムさん、今回はこの岡本エリアを案内してくれます。

「岡本は、たくさんの小さなカフェやレストラン、ベーカリーで賑わうまち。
近隣に大学がいくつかあって、学生のまちとしても知られていますが、
平日は、落ち着いた大人の雰囲気でとっても魅力的なんです」

というわけで今回は、オールカラーでシックな仕上がりに。

スルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

小豆島に新しい遊び場が誕生!
ボルダリングジム〈ミナウタリ〉

改修した倉庫に、大きなクライミングウォールが!

ここ最近、小豆島では新しいお店のオープンが続いています。
倉庫を改修したカフェ、そうめん工場を改修した衣類や雑貨のセレクトショップ、
海辺の一軒家を改修した創作郷土料理のお店。
この数か月の間に次々とオープンし、
そしてまだいまもオープン準備中のお店がいくつか。
コーヒースタンド、パン屋、それから串焼き屋さんもできるという噂。

小豆島にUターンやIターンしてきた私たちと同世代の人たちがやっているお店が多く、
オープンの話を聞くたびにワクワクします。
また小豆島に行きたくなる場所、おもしろい場所が増えるな〜と。

そんな新しくオープンした場所のひとつが〈MINA. UTARI(ミナウタリ)〉。
小豆島で初のボルダリングジムです。

小豆島初のボルダリングジム。今年5月にオープンしました。

オーナーの渡利さんご夫妻。

ジムを運営されているのは、1年半前に東京から引っ越してこられた
渡利知弘さん、みきさんご夫婦。
今年の年明けに、町の企画で期間限定のボルダリングスペースがつくられたのですが、
そのときにもスタッフとして活動されてました。

その期間限定のボルダリングスペースが終わり、
今度は個人的にボルダリングできる場所をつくる! と話されていたので、
「また小豆島でボルダリングを楽しめる!」と
島のボルダリング好きたちはその完成をとても楽しみにしていました。

場所は、土庄港から車で10分ほどのところ。
もともと鉄工所だった大きな倉庫。そこを自分たちの手で改修。
大きなスペースの中に、大きなクライミングウォール。
自分たちの手でこんなスペースをつくりあげられるなんて、
ほんとにすごいなあと思います。

この鉄工所感が個人的にはすごく好き。

ボルダリング専用の靴に履き替えます。

いろは(娘)は、山登り好きのおばあちゃんから譲ってもらった靴をはいて登ります。