連載
posted:2017.8.24 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
北海道は、お盆を過ぎると朝晩はグッと気温が低くなり、秋の気配が漂うようになる。
そんな短い夏が終わりを告げる頃、グラフィックデザイナーのセキユリヲさん一家が、
わが家にやってきた。
セキさんと出会ったのは、15年以上も前のことになる。
わたしが編集長を務めた、絵とものづくりの雑誌『みづゑ』のアートディレクションを
セキさんにお願いしたこときっかけとなり、以来さまざまな仕事をともにしてきた。
昨年には、セキさん一家が北海道第2の都市である旭川からほど近い
東川町に古家つきの土地を手に入れ、東京との二拠点生活を始めたこともあって、
北海道で会う機会が徐々に増えつつある。
今年も夏の1か月間、セキさん一家は東川町に滞在。
その合間をぬって、わたしたちが住む岩見沢に立ち寄ってくれた。
セキさんがせっかく来てくれるのであれば、今回、ぜひともお願いしたいことがあった。
地元の仲間と立ち上げた、岩見沢の山里をPRする活動〈みる・とーぶ〉の
今後の展開について、彼女の意見を聞いてみたいと思っていたのだ。
セキさんは、これまでもわたしたちの活動を見守ってくれており、
〈みる・とーぶ〉という名前も一緒に考えてくれた。
岩見沢の山里一帯は東部丘陵地域と呼ばれているが、
もっとワクワクするような響きがほしいと考えた名前で、
ロゴデザインもセキさんが手がけてくれた。
リンゴや稲、汽車、雪といった東部丘陵地域らしいモチーフを散りばめてもらい、
これによって〈みる・とーぶ〉の活動が具体化する
大きなきっかけをつくってくれたのだった。
このロゴをサイトのイメージに使ったり、マップの表紙にしたりしつつ、
この春に札幌市資料館で開催した〈みる・とーぶ〉展へとつながった。
〈みる・とーぶ〉が生まれて約1年が経ち、次の展開を模索していたこともあり、
セキさんを囲んだお話会を企画。
お話会は「地域ならではのものづくりの可能性とは何か」をテーマとし、
東部丘陵地域の毛陽地区にある交流センターで、8月15日に開催した。
お盆のお休み期間ではあったが、地元だけでなく、札幌や
遠くは帯広からも人々が集まりにぎやかな会となった。
前半では、セキさんのこれまでの活動について話してもらった。
セキさんのものづくりは、大量生産・大量消費と一線を画す
独自のスタンスを取っており、〈みる・とーぶ〉が活動するうえでも、
大きなヒントになると思ったからだ。
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セキさんは、2000年に〈サルビア〉という名前の活動をスタートさせた。
当初は、自分で描いた図案を使って、クッションや缶バッジなど、
ささやかなものづくりをしていたが、日本の伝統技術を持つ職人と出会うなかで、
ものづくりの方向性が固まっていった。
そして「古きよきをあたらしく」という言葉を掲げ、
東北で独自の製法を探求する織りや染めの職人や、
東京の下町で何代も続く紙加工や缶製造の職人との協働によって、
プロダクトを生み出していった。
例えば、〈サルビア〉の人気アイテムのひとつである靴下にも、
セキさんと職人のさまざまな想いがつまっている。
「靴下は、ずっとつくりたいと思っていたもののひとつでした。
でも、一度に大量に発注しなければならなくて、
〈サルビア〉で考えている小さな単位では、
どの工場でもつくることができないと言われ続けていたんです」(セキさん)
そんななかで、セキさんは小ロットでも受け入れてくれる新潟の〈くつ下工房〉と出会った。
この工房では、長年使っている古い編み機で、あえてゆっくりと生地を編むことで、
足をふんわり包み込むガーゼのような仕上がりの靴下を考案していた。
工場を営む職人が、長年入院している両親のために、足がむくんでも、
しめつけない靴下をつくりたいという想いから生まれたものという。
この靴下に、セキさんがデザインした柄を配して生まれたのが〈ふんわりくつした〉だ。
〈サルビア〉の商品には、セキさんのデザインした
愛らしいグラフィックが配されていて、そこに惹かれるファンも多いが、
目指しているのは見栄えを良くすることではない。
「単にかわいい柄のものをつくっているメーカーとしてではなく、
古くから受け継がれているものづくりの姿勢とか、職人さんの技術が、
“もの”を通じて、みんなに伝わってくれたらと思っています」(セキさん)
そのために〈サルビア〉では、受け手に伝える努力を怠らない。
商品を取り扱ってくれている小売店にできるかぎり足を運んで、
店員さんひとりひとりにつくり手の想いを丁寧に伝え、
タグにも細やかな解説を盛り込む。
そして、さらに年4回、『季刊サルビア』という小冊子を発行して、
職人のインタビューや工房の様子、制作過程の取材も行っている。
「『季刊サルビア』は、どうしてもわたしの中でつくりたいものだったんです。
つくった“もの”にはどういう背景があるのか、
どんな人がどんな風に関わっているのかを伝えたいと思ったんですよ」(セキさん)
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日本の伝統のすばらしさを未来に伝えたい。
そんな強い想いを持って、〈サルビア〉という活動を続けるセキさん。
対する〈みる・とーぶ〉は、まだ始まったばかりで
比べるようなところまではいっていないが、こうした話を聞いていると、
「果たしてセキさんのように明確で、強い想いをわたしたちは持っているのか?」
とあらためて問い直したい気持ちになった。
お話会の後半では、今年の春に行った〈みる・とーぶ〉展の
展示販売風景の写真を見ながら、さまざまな意見が交わされた。
この日、セキさんを囲むお話会に参加してくれたのは、
地元の仲間に加え、札幌や帯広などで活動するイラストレーターやデザイナー、
雑貨作家など多彩な顔ぶれだった。
〈みる・とーぶ〉展では、
主に東部丘陵地域に住む木工作家や陶芸家の作品の展示とともに、
手づくりが好きな地域おこし推進員(協力隊)をはじめとする地元有志が集まり、
思い思いの商品を制作した。
その中で、もっとも売れ筋だったのは、東部丘陵地域のひとつ、
毛陽地区の果樹園で採れた蜜蝋を使ったキャンドルと、
農家で以前に使われていたリンゴ箱。
「キャンドルやリンゴ箱は、果樹園でつくられたり使われたりという背景が感じられて、
生産者の顔が見える感じがしますね」(セキさん)
一方で、カギ編みのバッグなど、あまり動かなかったものもあった。
振り返ってみれば、こうした商品は、東部丘陵地域の暮らしとの結びつきが
イメージしにくかったと言えるのかもしれない。
お話会の参加者のひとり、札幌でイラストレーターとして活躍する
すずきももさんからは、東部丘陵地域というテーマから、
もう一歩進んだ何かを考えてはどうかという提案もあった。
「わたしたちは、札幌の仲間と一緒に2年に1回グループ展をやっていますが、
そのとき必ずテーマを決めるようにしています。
何をテーマにするかはすごく悩むんですが、
それがないと、自分たちが勝手に寄り集まって
表現するだけで終わってしまうこともあって……」(すずきさん)
こうした意見から、ではテーマとなるような東部丘陵地域の魅力とはなんだろう?
と話は進んでいった。
何度かここを訪れたことのある地元以外の人たちが魅力としてあげたのは、
風景の美しさや人の温かさ。
しかし、ここに住んでいる人にとってみれば、それは見慣れたもの。
「山や川などの風景は、どこにでもあるものだし、それを商品化するのは難しい」
という声もあがった。
参加者のひとりで、この地区で森のパン屋を営む〈ミルトコッペ〉の女将・
中川文江さんは、この地域の魅力をこんな風に語っていた。
「わたしは移住して19年になります。
この地域に来て初めて、たくさんの果物が採れることを知ったんですね。
例えば毛陽地区で栽培しているリンゴは、
一般のスーパーではあまり見かけない品種のものが多い。
ある時期だけ売られる品種もあって、それを目当てにわざわざ遠くから買いにくる人も。
また、同じ品種でも果樹園によって味も違うのもおもしろいし。
そんなマニアックな人が喜ぶ地域だなと思いました」(中川さん)
こうした話を受けて、セキさんが提案したのは“もの”に固執しない魅力の伝え方だ。
「風景や人が財産というのは、すばらしいこと。
この地の体験を伝えていくようなことがいいのかなあと思います。
例えば、個性的なガイドさんが春夏秋冬で日帰りツアーを企画してくれるとか。
おばあちゃんの手づくりの料理が食べられる会とか」(セキさん)
参加者からは、さらに奇抜なアイデアも飛び出した。
この春、〈みる・とーぶ〉展に合わせてわたしたちが制作した、
東部丘陵地域に住む人たちの似顔絵を掲載したマップを見て、
「ここに描かれているおじさんたちにすごく興味を持ったので(笑)、
おじさんに会いに行くスタンプラリーなんかもおもしろそうですね」といったものだ。
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このお話会では、〈みる・とーぶ〉の今後の活動について、
メンバーだけで話し合っていたのではわからないたくさんの気づきがあった。
特に東部丘陵地域は岩見沢市にあるが、市街地に住む人々でも、
ここに来たことのある人は少ないという指摘もあり、
この地の魅力を発信する需要性をあらためて感じた。
そして何より、経験豊富な参加者のみなさんがわたしたちに教えてくれたことは、
展覧会を一度しただけでは“答えは出ない”ということだった。
「続けること、発信し続けることが大事。
展示の準備などは、初めてだと大変だと感じると思いますが、
数をこなすことによって徐々に慣れてくるし、やっていくなかで
少しずつ協力してくれる人も増えてくるはず」(フェルト作家・Chicoさん)
「この商品が売れるとか売れないというのは、回数を重ねていかないとわからないこと。
そして、この地域が札幌に出て展覧会をしたというのは今回が初めての試み。
未来へつながる希望になったと思います」(中川さん)
継続することの大切さは、お話会で語られたセキさんの活動からも
ヒシヒシと感じられる。
セキさんは2011年に東京の下町・蔵前にアトリエを借り、
ここを月1回開放して、〈月いちショップ〉という試みをスタートさせた。
小さな会ながらも、毎回、料理研究家や雑貨アーティストなど多彩なゲストを招き、
「ジャムの会」や「カゴの会」など趣向を凝らした企画を行ってきた。
やがて、地域に〈月いちショップ〉が浸透するようになり、開催日に合わせ、
地元のカフェや雑貨店でもイベントが催されるようになっていった。
その輪はどんどん広がり、現在では20軒以上が参加。
全国から人が訪れる、〈月イチ蔵前〉という地域ぐるみのイベントとして成長した。
このように地域に貢献する活動となったわけだが、
何よりわたしがすてきだなあと思うのは、セキさん自身は、
地域活性や〈サルビア〉の活動拡大といった、野心的な目標を一切語ることはない。
始めた理由を尋ねると、決まって「楽しそうだったから」と
控えめな答えしかかえってこないのだ。
そして、見習いたいと感じるところは、
その気持ちをずっと継続していく力を持っていること。
〈月いちショップ〉は6年、小冊子『季刊サルビア』は10年続けてきた営みだ。
小さな会社で、こうした信念を貫くことは、恐らく相当な苦労があるに違いないが、
セキさんに継続のコツを尋ねると、
「やっぱり自分がいちばん楽しむこと」と軽やかな笑顔を見せてくれた。
さて、〈みる・とーぶ〉の今後の展開は?
まずは地元で開催される収穫祭などのイベントに参加が決まっているので、
新たな商品ラインナップについてメンバーと相談中だ。
そのほか、わたし自身の活動としては、セキさんのお話会が第3回目となった
〈みる・とーぶSchool〉を月1回ペースで開催していけたらと思っている。
自分の仕事との両立に、ときには難しさを感じることもあるが、
そういうことに押しつぶされないで、セキさんのように楽しみながら
〈みる・とーぶ〉の活動を育てていけたらと、今回の会で強く思った。
また、東部丘陵地域以外の場所に住む参加者のみなさんが、
帰り際に「これからもがんばって」「応援するからね」と、
温かな言葉を投げかけてくれたことが何よりうれしかった。
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