Iターン移住者が
渦を巻き起こした!?
長野県飯山市で自然体験イベント
〈自然足りてますか?〉が
生まれるまで

東京・三軒茶屋生まれ、三軒茶屋育ちが、
不思議な縁から長野県飯山市にターン、しかも山伏として。
そこで気の合う仲間を得て、地元と東京をつなぎ始める。
2017年9月には自然体験イベント〈自然足りてますか?〉の第2回目も開催。
彼はどうやって飯山に新しい渦を起こしたのだろうか?

「次は、何する?」
気の合う“男4人衆”が長野県飯山市を盛り上げる

長野県飯山市と言われてもピンとこない人も多いだろう。
野沢温泉に向かう途中のまちといえば、少しはわかるはず……。
長野県の観光ガイドブックを見ても紹介されているページ数は少なく、
グッとくるスポットがないのが正直なところ……。

飯山市は長野県の最北部に位置し、
全国ターンランキングで毎回首位を争う長野県のなかでも、
飯山市に移住する人は県内トップ。
しかしまち自体はそこまで盛り上がっていない。

長野新幹線の停車駅として乗降客数は多いものの、
観光客は隣町の野沢温泉へと直行してしまいがち。
停車駅としての知名度は高いが、「まちを知っている人」は少ない。

そんなまちに魅了され、住みたいまちランキングでも
常に上位に位置する東京・三軒茶屋からターンで
この飯山に移住してきた人がいる。志田吉隆さんだ。
過去には芸能事務所で働き、六本木ヒルズなどの飲食店でマネージメントを経験。

「人が好きだから」

とあっけらかんと彼は言うが、それだけで移住してしまうものだろうか。

それに加え、山伏の道にも入ってしまう。

何もかもをリスタートさせる

職を捨て、地位を捨て、ステータスを捨て、飯山に移住して1年。
地域おこし協力隊員として活動し、
徐々に地元の人にも受け入れてもらえるように。

ターン移住者というと、聞こえはいいが、地域住民との問題はたくさんある。
行政がウエルカムでも、決してすべての地元住民が望んでいるわけではない。
自然環境などを理由に移住しても、
その後の暮らしの充実ぶりを左右するのは、結局は 「人とのつながり」だ。

都会のマンションなら、隣の住人を知らなくても構わず生活できるが、
田舎はそうはいかない。田舎には田舎のルールがあり、自身の対応力を試される。
そんななか志田さんは、持ち前の明るさと人懐っこい性格で新生活をスタート。
単身、静かな山間の集落で古民家を借り、テレビも置かず、自然の音を楽しんでいる。

「まにまに」に任せて

移住を決断する前、ひょんなことから
修験で有名な出羽三山の星野先達さんと東京で出会うことに。

「修験とは山に身を置いて感じたことを考える哲学。
山伏とは山と里、神と人をつなげる存在」
などの山伏の話に魅了され、修験の道に入る。
震災以降、“食”に対しても、どこか都会的なシステムには違和感があり、
「まにまに(流れに逆らわず、あるがままに)」
という言葉を聞いたときに移住を決める。
移住先の飯山市小菅地区は、昔、修験の地として
多くの山伏がいたことも要因のひとつだ。

「このご縁を信じたことが始まりです。ノリ的なとこもありましたね(笑)。
『まにまに』って言葉が好きで、これからの流れって部分もあるけど、
いままでの自分の流れも大切にしています。
人と人がつながることができれば、地域には新たな流れができて、
おもしろいことがきっとできるはず」

普段は市役所に勤務。年数回、山形の出羽三山で修行し、住んでいる小菅の山に祈り入れている。

日光で楽しむシャワーウォーク!
Uターンという道を選んだ
アウトドアガイドと歩く

山、森、清流、湖がそろうフィールド

紅葉の隙間からやわらかな光が降り注ぐなか、
川の中を上流に向かってじゃぶじゃぶと歩く。
肌に当たる水はひんやりと冷たく、日に日に秋が深まっていることを教えてくれる。

なだらかな一枚岩の川床が続く、霧降川の「床滑」。水の流れに逆らって上っていくのが楽しい。

「ここの川底は大きな一枚岩になっていて、
シャワーウォークにぴったりの場所なんですよ」
「冷たくないですか? こっちのほうが比較的浅くて、歩きやすいですよ」

前を歩くふたりが、こちらの様子をいちいち気にしながら声をかけてくれる。

「夏にここを歩くのも気持ちよさそうですね」と言うと、
「だけど夏は歩くだけでも汗をかくから、膝下だけ水に浸るシャワーウォークより、
全身ずぶ濡れになるキャニオニングのほうが断然おすすめですよ」とのこと。
シャワーウォークは紅葉シーズン限定の、贅沢なアクティビティなのだ。

川の中でも滑りにくい、沢登り用のシューズを着用。

「これからの季節だと1月下旬くらいから、
雲竜渓谷のスノートレッキングがイチオシですよ。
滝や渓谷が凍って、巨大なつららができるのですが、
その年によって形が全然違うんです。

それと、スノーシューという西洋“かんじき”を履いて奥日光を歩く、
スノーシューツアーもおすすめですね。
本州の北海道と言われていて、サラッサラのパウダースノーの上を
歩くことができるんです。奥日光の温泉とセットで楽しむと最高ですよ!」

厳冬の日光の自然を体験できる雲竜渓谷でのスノートレッキングは、NAOCのトレッキングツアーで一番人気。(写真提供:NAOC)

奥日光は、本州ではなかなかない極上のパウダースノースポット。スキーより手軽に楽しめるスノーシューツアーも人気。(写真提供:NAOC)

高山の夜祭り〈本町四丁目夏酒場〉
シャッター商店街にグルーヴを。
人生にロックンロールを!

写真提供:hiroko.hashimoto

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.2

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

レトロな商店街で人々を熱狂させる、夏の恒例イベント

歴史ある家屋が並ぶ「古いまち並み」や、
日本三大朝市のひとつ〈宮川朝市〉で有名な高山市。
まわりを山に囲まれた情緒深いまちの風景は、近年外国人旅行者にも人気が高い。

趣のある夕方のまち並み。日中は外国人旅行者も多数訪れる。

ちょうど、まちの中心を流れる宮川に沿って、レトロな雰囲気の本町商店街がある。
ここでは、毎年夏に多くの人々を熱狂させる
〈本町四丁目夏酒場〉(夏酒場)というお祭りが行われている。

このイベントを主催するのは、本町四丁目商店街振興組合のみなさん。
商店街の持続と発展を目的として、四丁目で商店を営む19名で構成されている。
40年以上前からある組合だが、近年は高齢化や後継者問題を抱える商店も多く、
昔と比べて活動規模は縮小している。

そんな商店街で毎年行われている夏酒場は、飛騨地域には珍しい屋外の大型イベントだ。
いまでは、夏の恒例イベントとして多くの人に知られるようになったが、
活動が始まった背景には、さまざまな人たちの思いが詰まっていた。

空き店舗をなんとかしたい! 靴屋の原田さんの思い

原田憲一さんは、本町四丁目にある〈靴のハラダ〉の息子として生まれ育った。
大学進学を機に上京し、東京の靴屋で修業時代を過ごした後、25年前に帰郷。
高山で自身の靴屋をオープンさせた。
もともと郊外に出店していたが、何度かの移転を経て、
現在は本町四丁目でブーツ専門店〈Knockin’ Boots〉を営んでいる。

Knockin’ Bootsはネット販売が中心。店舗では、原宿系のカラフルなブーツが目を引くこともあり、外国人旅行者がよく立ち寄るという。

「この場所で靴屋を始めたのは2012年。
ちょうど四丁目でも空き店舗が目立ってきた頃でしたね。
昔は、地元の人は商店街で買い物していましたが、やっぱりいまは、
郊外の大型店やショッピングモールなどに出てしまう人が多い。
何もせずに放っておいたら、衰退する一方です」

本町四丁目は、市街地のメインストリートから少し離れていることもあり、
人通りが多いとは言えない。
なかには、どうしても環境の変化に対応しきれない商店もある。
シャッターが下り、空き店舗が目立つようになってきた商店街は、
原田さんにとって、なんとかしたい課題だった。

夜の商店街は、人通りもまばら。閉店してしまっている店舗も多い。

「もともと、本町では毎年8月1、2日に〈納涼夜市〉というお祭りがありました。
一丁目から四丁目まで、それぞれの組合が管理していますが、この日は一致団結。
本町商店街がすべて歩行者天国になって、金魚すくいや動物のレースなど、
お祭りらしいことをやっていたんです。
組合としては、自分たちの父親世代が頑張っていた時期ですね」

以前は靴以外にも商品を販売していたが、現在はブーツが看板商品だ。

一丁目から三丁目までは、いまでも多くのお店が開店しているが、
空き店舗が増えてきた四丁目では、イベント運営が徐々に難しくなっていった。
原田さんがUターンしてお店を始めた頃は、
四丁目のみ納涼夜市のすべての運営を企画会社に委託していたという。

子どもの頃に体験したかつての賑わいと、
目の前にある空き店舗だらけの商店街とのギャップ。
何かできないかと思案していた原田さんに、ある店で転機が訪れた。

いい働き方をしたい。
小豆島に移住して農業を営む
〈HOMEMAKERS〉の畑の1日

私たち、こんなふうに働いてます!

11月中旬からぐっと寒くなりました。
天気予報では、1月並みの寒さになるでしょうとか初雪を観測しましたとか。
いよいよ冬ですね。

この秋初収穫のフェンネル。肌がとてもきれい。

レタスの葉の上を歩くてんとう虫。アブラムシを食べてくれます。

11月の畑は、夏にはなかった野菜たちがいっぱいです。
大根、にんじん、白菜、なばな、とにかく緑の葉っぱがわさわさしてます。
1年のなかで、畑が一番きれいな時期なんじゃないかなと思います。

今日はそんな私たち〈HOMEMAKERS〉の畑の1日について書こうかと。
こんなふうに働いています!

私たちは週に3回、野菜の収穫&出荷作業をしています。
レタス農家、さつまいも農家さんなど、単一のお野菜を栽培しているところは、
1年のなかで出荷のシーズンが決まっていて、その時期に出荷作業が集中しますが、
私たちはいろいろな野菜をつくっていて、1年を通して収穫&出荷作業をしています。
もちろん野菜が多い時期、少ない時期などあるので、量は変動しますが。

11月23日(木)、この日は出荷の日。
朝一番で、その日の出荷リストや宅配用の宛名、
お届け案内などを作成します(前日にしておくこともありますが)。
私たちは島外のお客さまにもお野菜を宅配でお届けしているので、
その宛名の準備や、ダンボールの中に野菜と一緒に入れる野菜の説明や
納品書などを用意するのに結構時間がかかります。

野菜の出荷リストを作成。これをもとに収穫していきます。

この時期の大根は葉もきれいでまるごと食べられます。

にんじんも掘りたてを出荷します。

この時期、畑に出るのは9時から。
ほかの農家さんと比べたらちょっと遅めかも。
それでも家族そろって朝ごはんを食べて、子どもを送り出して、ストレッチとかして、
片づけや準備、事務作業などしているとあっという間にその時間。
朝のこの時間がけっこう貴重だったりします。

9時、畑チームのみんな集合、いざ出動です。
この日はいつもより少し多めの6人体制(私たち夫婦も入れて)。
この時期は玉ねぎの定植、生姜の収穫などやることが多いので、
みんなにお手伝いをお願いしています。
玉ねぎの定植チームと収穫出荷チームに分かれて作業を進めていきます。

種をまいて育てた玉ねぎの苗を掘り上げて、等間隔に定植していきます。

秋は青虫の被害がひどいので、防虫ネットをはって野菜を守ります。

赤かぶ。これは週末カフェで使います。

買った山に大量の枝や幹が
放置されていた!
森林伐採に潜む“闇”

ありえないほど大量の木の枝があったことが発覚!

前回の連載で買った山に植林をしたいきさつを書いたが、
実は苗を植えようとした矢先に驚くべき事態が起こっていた。

それは10月下旬のこと。
岩見沢に出張所のある〈千歳林業〉さんが、苗を植える準備となる
“地ごしらえ”の作業を行おうとしたときのことだった。

今回の作業では、まず木が伐採された跡に残った細い枝や幹を、
重機を使ってじゃまにならない場所に移動させることから始まった。
そのとき作業員のひとりが土の下の変な感触に気づいたという。

地面を掘ってみたところ、山積みになっていた枝や幹は氷山の一角で、
土だと思っていた部分からも、それらが大量に見つかったのだった。
作業員によると、伐採した木を運搬しやすくするために、
土とともに枝や幹を置いて土地を平らにならしたのではないかということだった。

ところどころに枝や幹が山積みにされていたが、その下にも大量に埋まっていた。

このままでは木を植えられない……。
事態を聞いて駆けつけた道の森林室や森林組合の皆さんも
作業の大変さに頭を痛めていた様子だったという。
通常は3日ほどで行われる“地ごしらえ”の作業は、
たくさんの土や枝を取り除くために難航し、
1週間以上にわたって行われることになった。

わたしと夫は現場に何度か出向いて、作業員の方から話を聞いたのだったが、
驚くべきことに、処理した層は厚いところでは2メートル(!)もあり、
さらに一部の場所からは地下水が出ていたようで、
ぬかるみがひどく作業は困難を極めたそうだ。

予定していた重機だけでは足りずに、新しい重機も導入し、土や枝を寄せる作業が連日続いた。

地下水がわいている部分に排水溝をつけることになった。苗木の成長を助けるための対策のひとつ。

なぜこんな事態が起こったのか。
この山は、わたしたちが取得する数年前に、
ある業者の手によって木が伐採されていたのだが、その業者とは
2014年に立木売買の詐欺容疑で逮捕されたことがある、いわゆる悪徳業者だった。
その業者がこの土地の木を伐採したことは以前から聞いていたが、
今回の出来事は、まったく予想もしていなかった。

「普通は苗を植えやすいように“ボサ”(枝や幹)は、
きれいに端によけておくものなんですよ」と、山の植林を進めてくれている
森林組合の玉川則子さんも困惑した様子だった。

山には植林する前からカラマツの小さな苗がいたるところに出てきていたが、ボサのような土ではない層の上では大きく育つことはできないという。

国や北海道の補助金を使って行われる植林は、木を切ったら
必ずまた木を植えなおさなければならないという決め事がある。
そして通常は、木を伐採する作業と、その後に苗を植え、
下草刈りや間伐などを行う作業は、同じ業者が請け負うことになっている。

しかし、森林室の栗田健さんの考えでは、
「おそらく、この山の木を切った業者は、その後の植林までは考えていなかったため、
雑な作業しかしなかったのではないか」とのことだった。

移住がきっかけでパン屋に?
伊豆に移住したカメラマンが
ときどきパン屋をやろうとする理由

「カメラマン、ときどきパン屋」
という暮らし方。

伊豆下田に移住して、東京と行き来しながら
カメラマンを続ける津留崎徹花さん。
東京で暮らしていたときからパンを焼くのが好きだった徹花さんが
下田でさらにパンづくりに夢中になり、パン屋をやりたいと思うまでに。
パン屋と移住、一見関係なさそうですが、
彼女にとっては大いに関係ある、必然のことだったようです。
移住して新しいことに挑戦、新しい働き方ができるのでしょうか。

〈島&都市デュアル〉 神戸市、芦屋市、淡路市、洲本市が 連携する、島&都市を行き来する 移住推進プロジェクト始動!

都市と島の“いいとこどりな暮らし”を叶える
新しい移住促進プロジェクト

兵庫県神戸市、芦屋市、淡路市、洲本市の近接する4市が、
島と都市を両立した魅力的な暮らしを提案する移住促進プロジェクト
〈島&都市デュアル〉を始動。
4市長による合同発表会が10月30日、神戸市役所で行われました。

〈島&都市デュアル〉とは、都市と島が近接する
この地域ならではの特徴を生かした4市合同によるプロモーション事業。
都市の文化が味わえる「都市エリア」と、
自然の豊かさを体験できる「島エリア」をひとつの生活圏として捉え、
それを行き来できるというちょっと贅沢なライフスタイルを提案しています。

「都市エリア」としての生活圏は神戸市と芦屋市。
「島エリア」として生活圏は淡路市と洲本市。

全国6位の人口を擁し、関西有数の観光都市として知られる神戸市。ショッピングやレジャー施設のほか、暮らしに欠かせない医療、教育施設も充実していします。芦屋市は、全国屈指の高級住宅街としてもおなじみ。

淡路島に位置する淡路市と洲本市。漁港や山などの自然に恵まれ、島特有のおおらかな時間が満喫できます。

4市は海をはさんでほぼ隣接し、明石海峡大橋を駆け抜ければ、
わずか数十分で行き来が可能!

都市のオフィスで働き、暮らしながら、
週末は自然のある島で家族とのんびりと過ごす、
自然溢れる島を生活拠点にしながら、
週末は都市でショッピングやカルチャーを満喫する、
島で暮らしながら都市のオフィスに通う。
そんな“都会と田舎のいいとこ取り=デュアルな暮らし”が、ここでなら叶うのです。

「明石海峡大橋で都会と自然がつながっているこの地域ならではの魅力を発信していきたい」と神戸市の久元喜造市長。

子育てもワインづくりも諦めない!
愛するものを育むための移住。
井下奈未香さん

徳島県初のワイナリーを成功させる!

取材班との待ち合わせ場所にやってきた井下奈未香(いのした・なみか)さんは、
つなぎを身にまとい、長年農に従事する人といった出で立ちだった。
彼女の手がける作物は、ブドウ。といっても食べるためのものではなく、
ワインをつくるためのもの。
ワインに惚れ込んでソムリエの資格を取得し、
奈良市内でワインショップを営んでいた奈未香さんは
結婚を機に30代半ばで徳島県三好市に移住した。
現在、長年の夢だったワイナリー設立に向けてブドウ栽培をしている。

市役所やスーパーなどがある市の中心地から車で約20分。
山を上がったところにある集落にたどりつくと、
谷を挟んだ向かいの山の上にも人の営みが見えた。
3年前、彼女はそのような傾斜地の一角に、ワイン用のブドウを180本植樹した。

3年前、奈未香さんが奈良から徳島に引っ越すことを決めたとき、
ワイナリーを始めると周囲に伝えたら、無謀だと大反対されたそうだ。
なぜなら、これまで徳島県でのワイン用ブドウ栽培に関する前例がなく、
どの品種がこの土地で栽培できるのか予想がつかなかったから。
ブドウが苦手とする湿気の多い土地ということで、周囲には先の苦労が目に見えていたのだろう。

「絶対無理、やめとけと言われるほど、やる本人が無理とは言っていないから大丈夫、
と思うようにしました。確かに、カビ系の病気や虫とは日々格闘していますけどね」
奈未香さんは、まずはブドウを家族として扱い、ともに暮らしていく生活を目指した。
基本的に肥料や農薬は使わないが、病気の予防には気をつける。
「土もブドウも日々見続けていないと相性が良いとか悪いとかわかりません。
植えてしばらくのブドウは赤ちゃんと一緒なんです。
必要に応じて薬をあげるなど対応してあげないと。
だから、こういう育て方でこんなワインにしてやると決めつけないことにしています」

奈未香さんのブドウ畑の周囲には、牧歌的な風景が広がっている。雨が多いとされる三好でも、この場所はなぜか少ないと土地のおばさんは言い切るのだとか。

幸いなことに畑を借りた緩やかな傾斜地は、四季を通して寒暖差があり、
北東から風が抜ける。ブドウ生産の条件として、まったくダメというわけではない。
定植して3年目を迎えた今年は8月にヤマソーヴィニヨン15キロを収穫し、
10月初旬に試験醸造を終えた。
来年には、徳島県初のワインがリリースされる予定だ。
現在はたったひとりですべての作業を行う彼女だが、
どんな作業もうれしくてしょうがないと笑顔を見せる。
「ワインのためと思うと苦労は感じないですね。自分でやりたいことをやっているから」

25歳のときに出会ったワインで人生が変わったという奈未香さん。ワインとともに生きることを信条としている。ソムリエの資格取得のほか、大阪の飛鳥ワイン株式会社のワイナリーで研鑽を積む。「ワインに人生を溺れさせたいんです」

日本固有の品種、ヤマソーヴィニヨン。親に日本固有の品種が入っていると育てやすいかもしれないとのことで選んだ。そのほか赤ワインはピノ・ノワールも栽培。白は甲斐ブランとリースリングを植えている。1本の木からできるワインは1本半。ブドウのいのちはひと粒たりとも無駄にできない。

小豆島に移住して5年、
1日1日積み重ねていく

これからも、この暮らし方でやっていける?

今年の10月31日で、小豆島で暮らし始めて5年経ちました。
小豆島暮らし5周年です!

5年というのはなんとなくひとつの区切りで、引っ越してきて農業を始めて、
5年後にはちゃんと生計が成り立っていないと、ここでのいまみたいな暮らし方は
続けていけないよねというのが私たち家族の共通認識。
というのも、私たちが受給している農業に関する助成金である
青年就農給付金も5年で交付期間終了。
いよいよ頼るものがなくなり、自分たちだけで立たないといけない時期になりました。

5年前〈HOMEMAKERS〉はありませんでした。
小豆島に来てから約半年後にたくちゃん(夫)とふたりで始めて、
毎日毎日つくりあげてきたこの場所と暮らしと仲間。
いまはここにHOMEMAKERSがあります。

HOMEMAKERSロゴの入ったダンボール。この箱に野菜やシロップを入れてお届けします。

畑作業をともにしてくれる仲間たち。

自分たちの手で何かをつくりだすって本当にとてもワクワクすることで、
当時はなかったジンジャーシロップが、いまは世の中に出回っていたり
(まだとても狭い範囲でしか出回っていませんが、笑)、
自分たちがデザインしたロゴのTシャツを着てみんなと一緒に働いていたり。
少しずつだけど、積み重なってできていく自分たちの世界。
それがとてもうれしい。

にんじんひとつ育てるのも難しい。ようやく収穫できるようになりました。

窓からのいつもの風景。今年は柿が豊作でした。

お金の面でいうと、やっぱり農業で生きていくというのはとても難しくて、
それは私たちが農業者としてまだまだ未熟だからなんだけど、
もっともっと野菜を育てるということを学んで、
売り方を工夫していかないと厳しいのが実情です。

買った山に2000本の木を植える。
植林という未知の世界に踏み込む

どんな種類の木を植える? プロの意見とわたしたちの想いがぶつかる

昨年春に岩見沢に山を買い、いま、わたしは“植林”という新しい世界に足を踏み入れた。
連載第45回で書いたように、総面積8ヘクタールのうちの
1ヘクタール分は人工林だった場所。
木はすでに伐採されているが、もともと国や北海道の補助金を利用して
植林をしていた場所だったために、所有者は植林をして森林に戻す義務がある。

そこで、今年の6月に、森林組合や道の森林室の皆さんと
植える樹種について相談する機会があった。
連載で書いた通り、皆さんのおススメは、カラマツやトドマツなどの針葉樹。
成長が早く、広葉樹に比べて動物の害に遭いにくいことから、
このふたつがもっともポピュラーなのだという。

けれど、わたしも山の共同購入者の農家の林宏さんも、
植林のビジネスという側面にピンとこないところもあり、
広葉樹を植えてみたいという希望があった。

買った山で植林の話をする。左端が北海道空知総合振興局森林室の栗田健さん。右端が森林組合の玉川則子さん。

「カラマツやトドマツのほうがいいと思いますよ……」

森林室の栗田さんは、何度かそう語り、広葉樹を植えたいというわたしたちの意見に、
どうやら賛同していないような雰囲気が感じられた。
ただ、わたしも林さんも、植林のことについてまったく知識がなく、
常識はずれのことを言っているのかさえ、よくわからない。

「植林と言ってもイメージがわかないと思うので、
今度、近くの現場を見に行ってみましょう」と森林組合の玉川さんからの提案もあり、
岩見沢で実際に植林を行っている土地を3か所見せてもらうことになった。

新芽は動物たちのごちそう。食害の多さに驚く

まず1か所目は、昨年秋にカラマツの苗を植えたばかりという土地だった。
ほとんど植林の現場を見たことのないわたしにとっては、
「えっ、苗はどこにあるの?」と言いたくなるような感じだった。
よくよく見ると草のあいだに、等間隔で植えられた苗を発見。
40センチから1メートルくらいの背丈のもので、ひょろひょろっと頼りなげ。
これらがやがて森になるのだろうかと思うほどだった。

昨年秋にカラマツの苗を植えた場所。

土地を案内してくれた森林室の栗田さんが、先端が切り取られた苗を見せてくれた。
動物に食べられた跡だという。シカ、ウサギ、ネズミなど、
春に伸びた新芽は動物たちの恰好の餌となり、針葉樹も被害に遭うそうだ。
一度、新芽を食べられても生えてくるが、その分、成長が遅くなる。
また、何度も被害に遭うと枯れてしまうこともある。

そのため、植林する木としておススメなのが、苗の成長が早い樹種だ。
動物たちが届かない高さまで成長すれば、
新芽を食べられることはなくなるというわけだ。
ちなみに、食べられなくなる高さは、わたしの背丈と同じくらい(150センチ)で、
早く伸びる樹種でも3~5年はかかるという。

新芽の部分がなくなっている。ウサギやネズミの仕業?

もともとカラマツが生えていた土地だそうで、松ぼっくりが残っていた。

伐採されたカラマツは50年ほどたったものだった。年輪を数えるとだいたいの樹齢がわかる。

次に案内してくれたのは、ヤチダモという樹種を植えている場所。
ヤチダモとは広葉樹の一種で、バットの材料に適したものだという。

「人気のある樹種ですよ」

針葉樹を強く推していた栗田さんだが、ヤチダモはおススメらしい。
理由は、広葉樹のなかでは成長が比較的早く、一度食害に遭っても、
成長が止まらないことがあげられるという。

7年経ったヤチダモ。このくらいの高さになるとシカの食害に遭いにくくなる。

食害されやすいのはどんな樹種か。栗田さんは資料を見せてくれた。

そして3か所目は、カラマツを植えたが苗が育たず、
次にヤチダモを植えたという場所だ。
ここは、もともとカラマツ林だった場所だが、
以前と同じ樹種を植えても育たないこともあるそう。
シカに食べられた跡もあるので食害かもしれないが、
その理由ははっきりとはわからないそうだ。

ヤチダモを植林した土地。といっても、どこに苗があるのかは、瞬時には判別できない。

次にヤチダモを植えた理由は、土地との相性を考えてのこと。
ヤチダモのヤチは谷地と書き、湿地帯のことを指す。
この土地は、水を多く含んでいたため、
育つ可能性があるかもしれないと考えたのだという。

苗には、ピンクテープが巻きつけられていた。
草刈りのときに、間違って苗を切らないようにするための印なのだという。
広葉樹の苗は小さいうえに、ほかの草と見分けがつきにくいために印をつけるそうだ。

草刈りのときに、苗を切ってしまうことがあるため、ピンクテープで目印をつけている。

以前に植えたカラマツが枯れている。皮をシカなどの動物に食べられた跡がある。

学童保育がない…?
移住先での子育てで直面した、
悩ましい問題

子どもが少ない地域での子育ては大変?

伊豆下田に移住して約半年が経った津留崎さん一家。
娘さんは来春から小学生ですが、そこで新たな問題が。
移住しやすいことも大事だけど
移住したあとの暮らしやすさも重要。
今回は、移住の際にちょっと見落としがちなポイントについて。

〈白川郷ヒト大学〉って?
世界遺産の小さな村に誕生した、
未来を切り拓く学びの場

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.1

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

地域の人々が集う学びの場をつくる

世界遺産の合掌造りが有名な白川村。
観光で注目されることが多いが、当然ここにも暮らす人々がいて、日々の営みがある。
昔から続いてきた村独自の文化や、周囲の大自然から、生き方を学ぶことも多い。

そんな人口1700人の小さな村に、2016年11月に大学が開校した。
〈白川郷ヒト大学〉(ヒト大)と名づけられたこの大学は、
特定のキャンパスを持たないソーシャル大学のひとつだ。

日本の各地域で見られる学びのスタイルだが、人口の多い都市部ではなく、
村で展開していることに驚かされる。いったいどのような大学なのだろうか。

「村では、青年部をはじめ昔から続いているコミュニティはあっても、
若者が多様な価値観を学ぶ場はありませんでした。
これからは、この地域に住んでいる人が、
楽しみながら学べるコミュニティをつくりたいと思ったんです」

こう話すのは、事務局長の前盛よもぎさん。
2年前に、地域おこし協力隊として白川村に着任し、
現在は教育に関する活動に力を入れている。
村では、子どもたちと〈かやっこ劇団〉という劇団を立ち上げて村内外で公演したり、
『そんみんし』という、地域住民を取り上げたローカル冊子の編集・発行をしている。

村の住民にフォーカスした小冊子。現在は8号まで出ている。

「もともと、私は教育と地域をつなぐ仕事をしたかったこともあって、
村で何かできないか模索していたんです。
ちょうどそのとき、協力隊の先輩でもある柴原さんも
同じ思いを持っていることがわかり、まずはやってみよう! という話になりました」

事務局長としての仕事は、授業の企画から運営まで多岐にわたる。
そもそも、ソーシャル大学ということもあり、決まった形式はなく、
授業内容はコアメンバーで話し合いながら決めているそうだ。
調整ごとも多いが、地域おこし協力隊として活動している下地もあり、
取り組む姿は生き生きとしている。

地域おこし協力隊の任期は2017年度で終わる。その後も村に残ることを決めた。

「村内には、若者たちが働く場も少しずつ増えてきています。
ただ、そういった若者が、人とのつながりを感じられる場というものはまだ少ない。
せっかく豊かな場所に住んでいるのだから、家と職場の往復だけでは、
もったいないですよね。若者たちが、もっと村に関わるきっかけを
提供できればと考えています。
今後は、村の人たちだけでなく地域外の人も巻き込んで、
多様性のある交流が生まれるのが理想です」

ソーシャル大学だからこそ、誰でも学生になれることは魅力だ。
これまでの授業の参加者も、村の住民に加えて、移住検討者や、
今後の生きる場を探している人が多かったそうだ。

村で暮らす人たちには、よりよい村の未来を見据えた、新しい学びの場の提供を。
そして、都市部の人たちには、地域に入ってくるきっかけをつくる。
それぞれが混ざり合うことで、白川郷ヒト大学の活動に価値が生まれる。

村の内外から参加者が集まる講座。村すべてがフィールドになるのは、ヒト大ならでは。

〈富士見 森のオフィス〉 標高1,000mにシェアオフィス? 長野と都心、二拠点を行き来する 働き方の提案

都会と地方の良いところ、
どちらも手に入れる二拠点生活での働き方

八ヶ岳の麓にある、長野県富士見町。
新宿から特急あずさ1本で到着するこのまちに、
いま、「新しい働き方」を求める東京の企業が集まってきています。

もっと自分に合った働き方はないだろうか?
もっと環境のいい場所で作業をできないだろうか?

そんな思いに応える〈富士見 森のオフィス〉。
コワーキングスペースとして誕生したこのオフィスは、
新たに「タイムシェアオフィス」というシステムを導入。
おもに都心の企業・団体に向け、
使いたい「時間」を選んでオフィスを保有できる仕組みを取り入れました。

オフィスのある富士見町はスキー場もある自然豊かなロケーション。
夏は緑にも恵まれ、まるで別荘で仕事をするかのような気分を味わえるかもしれません。

自然のなかで働けば、普段は出ないアイデアも出てきそう。

「冬場にスキーを楽しみながら仕事をしたい」
「自然のなかで1週間ほど企業合宿したい」
「夏場にアウトドアを楽しみながら、チームで仕事をしたい」など、
アウトドアと仕事をセットで楽しむことができます。

チームでBBQを楽しんで。何かを一緒に作り出す仕事をしている企業・団体におすすめ。

都会を拠点に仕事を得ながらも、作業は自然豊かな長野県で。
そんな贅沢な働き方も、もう夢ではありません。

写真家・南阿沙美さんの
ワークショップで子どもたちが
見せた、とびっきりの表情

簡単には見過ごせない。不可思議な感覚がわく、南さんの写真

岩見沢の山里にエコビレッジをつくれたら。
そんな想いを持ちながら、いまわたしは、
この地域で自分ができることは何かを探っている。
今年に入り、山里をテーマにした展示や似顔絵マップを地域の仲間とつくっており、
こうしたなかから地域に根ざしたエコビレッジの輪郭が
浮かび上がってくるのではないかと考えている。

さらに6月には、アーティストやデザイナーと一緒に岩見沢の山里を舞台にした
ワークショップを行う〈みる・とーぶSchool〉を立ち上げた。
6月より月1回ほどのペースで開催、10月で第4回となった。
10月のゲストは、札幌生まれで東京を拠点に活動する写真家の南阿沙美さん。
今夏開催された札幌国際芸術祭2017の参加アーティストで、
展示の搬出を終えた後に岩見沢に立ち寄ってくれた。

南さんは、札幌国際芸術祭2017で、「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip『アートは旅の入り口』」に参加。多彩な表情の人物写真を無数に展示した。

2005年より発表を始め、2014年にキヤノン写真新世紀で優秀賞を受賞。この写真は受賞作となった『MATSUOKA!』。(撮影:南阿沙美)

南さんに出会ったきっかけは雑誌の仕事だ。
わたしの本業はフリーランスの編集者。
担当した雑誌の記事で、あるとき南さんが撮影をしてくれたことがあった。
これまでたくさんの写真家と仕事をしてきたが、
南さんの撮影する様子は特に印象深かった。

取材相手に、弾けるような笑顔で話しかけながらシャッターを押す南さん。
その笑顔を見ているうちに、ついつい取材相手の顔もほころんでくるのだった。
誰が撮影するかによって、人はまったく違う表情を見せるもの。
生き生きとした表情を引き出すのが、南さんはとても上手だと、
そのとき強く感じたのだった。

また、雑誌の仕事だけでなく、作品として発表された写真もとてもおもしろい。
札幌国際芸術祭2017では、壁にところせましと人物写真が並べられ、
『ハトに餌をやらないでください』というタイトルがつけられた。

「ハトの餌なんか持っていないのに、この張り紙を見ると、
まるで自分が餌をあげようとしていたのかという、よくわからない気持ちになります。
そうしたいと望んでいたのかもわからないのに、思わずシャッターを押してしまう、
そういう感覚があるんです」

南さんの写真は、日常の何気ないスナップかと思いきや、
モデルの表情やポーズに意外性が感じられたり、
道端に置かれた意味不明な形状の何かがあったり。
簡単には見過ごせない、“心のひっかかり”とでもいったらいいのか、
不可思議な感覚が潜んでいる。

さまざまなシリーズを発表してきた南さん。『親子写真入門』では、8年ほど撮り続けている親子がレスリングのようなポーズをしたり、砂浜を猛スピードで駆け下りたり。激しい動きにもかかわらず、写真には淡々とした空気が流れている。(撮影:南阿沙美)

『ハトに餌をやらないでください』に展示された作品より。(撮影:南阿沙美)

こうした写真を撮る南さんとワークショップをやってみたら、
参加者もいつもと違った1枚が生まれるのではないか。
10月4日「親子で楽しい写真を撮ろう!」と題したワークショップに、
わたしはそんな期待を持っていた。

〈HOMEMAKERS〉のまかない、
採れたての旬野菜でつくる

みんなで一緒に、畑作業と昼ごはん

雨続きの小豆島です。
ほんとにこれでもかっていうくらい雨が続いていて、おまけに台風まで。
毎年10月中旬に数日かけて各地区で開催される小豆島太鼓祭りも今年は連日雨。
こんなに雨が続くことはなかなかないみたいです。

ここ数日、毎日こんな天気。雨の中収穫。

それにしてもこの雨ですっかり寒くなりました。
秋が一気に深まった感じ。
畑の秋冬野菜、ナバナやカブ、白菜、大根、にんじん、じゃがいもたちも
どんどん大きくなっています。
気づくともう食べられる大きさになっていたりして、
「あー、カブの季節だな」と野菜で季節を感じたりします。

ふさふさのにんじんの葉っぱ。

毎年育てている「あやめ雪かぶ」。大好きな野菜のひとつ。

私たち夫婦ふたりで始めたこの畑も、もうすぐ丸5年になります。
去年くらいから島の友人たちに畑を手伝いに来てもらうようになり、
いまは週に数日定期的に来てもらって一緒に畑作業をしています。
みんなで一緒に畑作業をする日は、お昼ごはんも一緒に食べます。

みんなでさつまいも掘り 。

収穫したての生姜。

料理があんまり得意じゃない(むしろ苦手な)私は、毎回何つくろうかなぁと迷い、
とりあえずご飯(炊くだけ!)とお味噌汁はいつもつくるようにしてます。
土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』という本は、
こんな私にとってすごく心強い(笑)。

というのはさておき、実はご飯とお味噌汁でも
結構なごちそうなんじゃないかなと思います。
お米は、ここ小豆島・肥土山(ひとやま)で育てられたもの。
そしてお味噌汁の中には、畑で収穫した旬のお野菜が数種類入っていて、
さらにお味噌は自家製だったりします。
うん、ごちそうだ!(笑)

それからおかずをどうしようか(やっぱり何かおかずがあったほうが楽しい)。
なるべくなら、その日採れた野菜を使った料理をつくりたいなと。
自分たちが育てたお野菜が食卓に登場すれば、それだけでテンションあがりますよね。
そんなに凝った料理をつくる腕もなければ、時間もないので、
いたってシンプルな調理方法で。焼く、蒸す、切るだけとか。

さて、収穫したこの野菜で何をつくろうか。

出荷するには細すぎる安納芋。輪切りにしてお味噌汁へ。ちょうどいいサイズ。

第43話・三宮駅付近で
立ち飲み居酒屋めぐり。
高架下エリアは
時間を忘れる楽しさ!

第43話
三宮駅の高架下、三宮阪急楽天地(さんらく)
にもおすすめ立ち飲みがずらり

今回グレアムさんが向かったのは、
阪急三宮駅西口付近の、細い路地道や高架下。
格安で楽しめる、立ち飲みやバー、レストランが
所狭しと並ぶ、グレアムさんおすすめエリアです。
そこで、ストリート哲学者で友人のマークとばったり。

(マークさん初登場の回はこちら)

時間を忘れて4軒5軒……、とハシゴしてしまった模様。
哲学者のマークさんならではのコメントと合わせて
今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

親が決めた移住に娘は…?
順風満帆というわけにはいかない、
移住した家族のリアル

家族で移住するとき、
子どもの心のケアは

伊豆の下田に移住して半年余りが経った津留崎さん一家。
ここまですべてが順風満帆、というわけにはいかなかったようです。
子どもが新しい土地になじめるようになるには何が大切か、
どんなふうにして新しい環境に慣れていったのか。
妻のフォトグラファー、徹花さんが移住一家のリアルな姿を綴ります。
家族で移住を考えている人、必読の内容です。

〈ふふふカフェ おいでよ、福島。Vol.3〉 福島を知る、担い手とつながる 交流イベントを開催!

会津本郷焼(福島県大沼郡会津美里町)

自分らしいライフスタイルを求めて、福島に移住した人たちがいます。
2017年10月27日(金)、東京・京橋にて
そんな福島の担い手たちと出会える交流イベントが開催されます。

当日は地域おこし協力隊の菅原守さんと石島来太さんによるトークセッションや
交流タイムが楽しめ、各市町村によるブースも開設。
福島にはどんな仕事があるの? 地域おこし協力隊って何をするの? 
などの具体的な疑問にお答えします。

高柴山(福島県田村郡小野町)

棚田の雪(福島県喜多方市)

あんぽ柿(福島県伊達郡国見町)

会津美里町の「会津本郷焼」や、浪江町の「大堀相馬焼」、
国見町の「あんぽ柿」など、福島にはいろんな伝統産業があります。
今回のイベントでは、そういった伝統産業に携わる地域おこし協力隊の仕事など、
募集情報も多数紹介。
福島で暮らすことに興味がある方は、参加してみてはいかがでしょうか?

大堀相馬焼(福島県双葉郡浪江町)

〈鎌倉で鹿児島のうまい魚を たのしむ3日間〉 鹿児島の魚がやって来る! 鎌倉に移動式鮮魚店を開店 させるプロジェクトが始動

2017年10月13日(金)〜15日(日)、
神奈川県鎌倉市の人気食堂〈COBAKABA〉にて
〈鎌倉で鹿児島のうまい魚をたのしむ3日間〉が開催されます。

この3日間は阿久根市から旬の天然魚を毎日空輸!
その場でさばいてもらえる「北薩摩鮮魚店」や、
一品料理や薩摩焼酎がいただける「居酒屋北薩摩」など、
いろんななかたちで鹿児島の魚を楽しめます。

神奈川県鎌倉市にある食堂〈COBAKABA〉

魚はタイ、カツオ、イカ、タコ、カンパチ、イサキ、
アラカブ、カワハギ、ハマチ、イトヨリ、アカハタ、
アオハタ、オオモンハタ、キジハタ、ホウボウ、
ヤガラ、クマエビ、タカエビなどが登場予定。

また、阿久根の鮮魚と鎌倉野菜、阿久根のイタリアンレストラン「マルチェッロ」の
シェフ監修によるレシピがセットになった「アクネパッツァセット」や
阿久根のアジフライと鎌倉の老舗パン屋の食パンを使った
サンドウィッチ「アジカツサンド」も販売されるそう。
これはたのしみですね!

「アクネパッツァセット」鮮魚と野菜とレシピがセットになったセット。自宅で簡単にアクアパッツァをつくれます。

鹿児島のうまい魚をたのしむ3日間は、
鎌倉と日本全国のさまざまな地域の交流を促す
インター・ローカルプロジェクト〈〇〇と鎌倉〉による
新プロジェクト〈阿久根と鎌倉〉のキックオフイベント。

〈〇〇と鎌倉〉と鹿児島県阿久根市を拠点とする
チーム〈あくね日和〉がパートナーシップを組み、
2018 年に鎌倉で「阿久根と鎌倉の移動式鮮魚店」 を
オープンすることを目指していくのだとか。

秋の小豆島撮影ツアー!
観光地としての小豆島、
暮らす土地としての小豆島

小豆島で暮らす私たちが考える撮影ツアー

気持ちのいい秋の週末、今年で4回目の開催となる
「OLYMPUSのカメラで撮る小豆島撮影ツアー2017」! 
リピーターの方も何人かいる人気の企画です。
カメラを持って1泊2日で小豆島をまわりました。

黄金色の棚田の中を歩いたり。

〈鈴木農園〉さんの豚さんたちに会いに行ったり。

私たちは〈小豆島カメラ〉として、ツアーの行程を考えるところから
関わらせてもらっていて、当日もカメラを持って参加しました。

どこに行ったら楽しいか、いい写真が撮れるか。
ごはんはどうしようか。
何時にどこで夕陽を見たらきれいか。
島で暮らし、写真を撮っている私たちだからこそ企画できるツアーにしようと、
時には地元の生産者さんや、おっちゃん、おばちゃんに協力してもらったりして、
いわゆる観光スポットめぐりの旅にならないようにしています。

島の素材をふんだんに使ったジェラートを食べたり。

道なき道を進み海岸まで小さな冒険したり。

小豆島には観光スポットとして有名な場所がいくつかあります。
観光スポットってやっぱりきれいなんです。
景色が抜群によかったり、いわゆる小豆島らしいもの、
オリーブやそうめん、醤油が用意されていたり。
だから、そういう場所を訪れるのももちろん楽しいと思います。
今回のツアーでもオリーブ公園などいわゆる観光スポットにも行きました。

オリーブ公園のギリシャ風車。ここはやっぱりきれい。

オリーブ公園で「魔法のほうき」を借りて、ほうきに乗ってジャンプ。みんなで撮影します。

公園内のオリーブ畑を歩きながら。

それに加えて、観光スポットじゃない場所。
島の人たちが暮らしている集落の中だったり、働く現場だったり。
観光スポットとして用意されているんじゃなくて、いつもの小豆島を感じられる場所。
普段の暮らしや仕事の中に入っていくことになるので、
迷惑にならないように、逆に新しい出会いをお互いに楽しめたらいいなと。

横手市〈金輝さくらんぼ園〉
自由な働き方で、農業以外にも
多彩な顔を持つさくらんぼ農家

父の思いを受け継いださくらんぼ

さくらんぼの産地といえば山形が有名だが、
隣接する秋田にもさくらんぼ栽培の盛んな地域がある。

「さくらんぼは、水と土を選ぶらしいですよ」

秋田県横手市十文字町で、〈金輝さくらんぼ園〉を営む金澤輝幸さんはこう説明する。
県南内陸部に位置する横手盆地は、全国でも有数の豪雪地帯。
その一方で夏は暑く、肥沃な土壌と豊富な雪解け水、
そして昼夜の寒暖差の大きい気候がさくらんぼ栽培に適しているらしい。

十文字地区でさくらんぼの栽培が始まったのは、明治初期。
さくらんぼが日本に伝来したのが明治元年といわれているので、
産地としての歴史も古い。
昭和20年代までは自家用に栽培されていた程度だったが、その後、
缶詰工場の進出や減反政策などの影響で、栽培面積が拡大して現在に至っている。

広大な平地を有する横手盆地では、ブランド米〈あきたこまち〉のほか、野菜やブドウ、桃、りんご、さくらんぼなど、さまざまな恵みをもたらしてくれる。

金澤さんが就農したのは4年ほど前。父の急逝を機に秋田市からUターンして、
さくらんぼ農園を継ぐことを決意した。
「父の本業は大工だったのですが、思うところがあったのか、
いつの日からかさくらんぼを栽培するようになっていました。
忙しい時期は手伝いに帰っていたのですが、
まさかこんなに規模が大きくなっているとは思いませんでした(笑)」

父の残した農園の面積は、約5000平方メートル。
ひとりで管理するのは、容易でない広さだ。

就農前の金澤さんは会社勤めをしていて、さくらんぼの知識はほぼゼロに等しかった。
しかしながら、父が手塩にかけてきた畑をなくしたくないという思いと、
固定のお客さんが少なからずついていたことが、思い切った決断を後押し。
右も左もわからない状態でできるのは、人に聞くこと、
そして見よう見まねをすることだった。

長さ100メートルもあるさくらんぼ農園。ビニールハウスをかけるのもひと苦労だ。さくらんぼ狩りを体験できる観光農園も運営している。

「最初は近所の先輩農家に聞いてみたりもしたけど、
それぞれ独自に編み出した栽培方法を持っていて、企業秘密にしている部分が多い。
そんななか、たまたま取り引きのあった肥料屋さんが見るに見かねたのか、
山形のさくらんぼ農家さんを紹介してくれて、
2年限定で教えてもらえることになったんです」

農園の中にはところどころに蜂の巣箱が。蜂が受粉してくれるのだ。

「剪定作業ひとつとっても、何が正解なのかは試してみないとわからないし、
人によって正解も違う。思い通りの木を形成するにはどうすればいいか、
先を見越しながら作業をするのは難しいけど、楽しいですね。
すべての責任が自分にある分、会社勤めをしていた頃より
手を抜くことがなくなりましたよ(笑)」

1本の木に数時間かかることもある剪定作業。「犬みたいに木の周りをくるくる回りながら、剪定すべきか悩むこともあります」

父が残した農園を、父の思いとともに受け継いでいく金澤さん。
「親父にはかなわないだろうなとは思います。
だけど、代が変わったら味が落ちたというふうには言われたくない。
それだけは心がけています」

埋もれていた地域の魅力を
掘り起こす、
初めてのフォトコンテスト

撮影:東井宏光

東部丘陵地域には、どんな人がいて、どんな風景があるの?

北海道は実りの秋が訪れている。
リンゴが熟し、お米の収穫もまっさかり。
わたしが転居しようと計画中の岩見沢の山里は、
ちょうど木の葉が色づき始めたところだ。
長い冬に閉ざされる前の、ほんの短い間の紅葉を眺めていると、
なんだか切ないような不思議な感覚がわいてくる。

色づき始めた葉。10月上旬には見頃を迎え、あっという間に冬がやってくる。

この自然に囲まれた山里を、もっと多くの人に知ってほしいと始めた
〈みる・とーぶ〉という活動。
これまでは、地元のみんなでつくった雑貨などを販売したり、
ワークショップをしたりしてきたが、この秋、新たな試みを行った。
この地域では初となる、フォトコンテストの開催だ。

岩見沢の山里は東部丘陵地域と呼ばれており、このエリアで撮影された写真であれば、
風景、人物、動物などジャンルは問わないというものだ。

コンテストのテーマとなった東部丘陵地域は、多様性にあふれた場所だ。
道道38号線沿いに広がり、20キロほどの道のりではあるが、
そのなかに、上志文、宝水、上幌、宮村、朝日、美流渡(みると)、
毛陽(もうよう)、万字(まんじ)と呼ばれる地区があり、
それぞれが違う個性を持っている。

例えば、朝日、美流渡、万字は、炭鉱街として栄えた歴史があり、
その名残りを感じさせる旧跡がいまもある。
上志文、上幌、宮村は田畑が広がる農村地帯。
また、毛陽や万字は山間の地形を生かして、
リンゴやブルーベリーなどの果樹の栽培が盛ん。
宝水は、映画のロケ地ともなったワイナリーが有名だ。

岩見沢・東部丘陵地域の地図。“東部”丘陵地域を“見る”からとった〈みる・とーぶ〉で制作した地図より。

各地区の写真をまとめたみる・とーぶの地図より。

こうしたさまざまな顔を持ち、四季折々の変化も美しいこの一帯には、
どんな景色や人の営みがあるのだろう。
これまでに、みんなが撮った写真を見てみたい。
そんな想いがきっかけになり、フォトコンテストの準備が始まった。

企画の中心となったのは、みる・とーぶのメンバーのひとり、上井雄太さん。
上井さんは、東部丘陵地域で活動する地域おこし推進員(協力隊)として、
2016年、この地にやってきた。

青年海外協力隊としてフィリピンで活動後、岩見沢の地域おこし推進員となった上井さん。大学で農業を学んだ経験から地元の人たちが集う家庭菜園をつくったり、スポーツイベントを企画したりと、この地域との関わり方を模索してきた。今回のフォトコンテストはみる・とーぶの主催となっているが、彼が企画と運営を一手に手がけた。

二足、三足のわらじを履く
「らんぷはうすのお母さん」に
下田の民謡舞踊を習う

「らんぷはうすのお母さん」とは?

伊豆下田に暮らし始めて半年になる津留崎さん一家。
複数の仕事を持つ新しい働き方をしたいと考えていた津留崎さんが出会った
「らんぷはうすのお母さん」は、そのお手本のような人でした。
そして、ひょんなことからそのお母さんに民謡舞踊を習うことに。
とにかく忙しくて元気なお母さん、その元気の源は……?

〈巣鴨養蜂園〉髙橋正利さん
ふるさとでスタートした
第二の人生は、
ミツバチに捧ぐ

西和賀にんげん図鑑vol.7
〈巣鴨養蜂園〉髙橋正利さん

自然豊かな西和賀町の中でも特に山深い、南本内岳ふもとの本屋敷地区。
西和賀町湯田出身で、巣鴨養蜂園のオーナーである髙橋正利さんは、
春から秋にかけてここに数十箱の西洋ミツバチの巣箱を置き、はちみつを採る。

冬はミツバチを千葉県で越冬させ、自身も東京・巣鴨の自宅へ。
平日は千葉に通ってミツバチに給餌したり様子を確認し、
週末は販売担当の娘さんとともに都内のイベントに立つ。
西和賀と東京を行き来しながらの、娘さんとの二人三脚の日々に、苦労は少なくないが、
それ以上にやりがいや楽しさがあり、幸せも感じる。

周囲を森に囲まれた養蜂園。ミツバチたちは、桜の開花時期から11月頃まで、山桜、藤、トチ、クロバナエンジュ、菩提樹、アカシアなどの蜜を集める。

ひとつの巣箱に約4万匹の西洋ミツバチが入っている。

今から10数年前、「銀座ミツバチプロジェクト」に参加して
養蜂を勉強したことをきっかけに、趣味として自宅で日本ミツバチを飼い始めた。
そのうち、「多い年には15キロも採蜜できた」ほど、養蜂の腕前は本格的に。
一方で同じ頃、退職後の生き方を模索するようになっており、
「ふるさとの西和賀は森が豊かで養蜂に向いているので、生業にできるのはないか」
と考え始める。
ただ、採蜜量が少ない日本ミツバチだとビジネスとしては難しい。
そこで、プロジェクトで知り合った養蜂の仲間たちに西洋ミツバチの養蜂のやり方を教わり、
3年前、東京消防庁を早期退職して養蜂園を立ち上げたという。

巣鴨養蜂園のオーナーの髙橋正利さん

「自分ひとりでやるのだから、徹底的に質の高さにこだわったはちみつをつくりたい」
そう考えた髙橋さんは、「隔王板(かくおうばん)」を使った採蜜方法を取り入れた。
隔王板とは隙間の空いた板で、これで巣箱を上下に仕切り、
上の蜜採り専用箱と下の子育て専用箱に分ける。
身体の大きい女王蜂は上の箱に移動できないので、
上の箱に卵やさなぎ、ハチの子などが混ざることはなく、
また働き蜂ははちみつを上に貯める習性があるので、
上の箱には純粋なはちみつだけが貯まるという仕組みだ。
手間がかかり採れる蜜の量も少なくなるが、
ピュアなはちみつをつくるためにあえて選んだという。
また、せっかくピュアな蜜を採っても、
巣箱のある現場や屋外でそれを絞るとほかの昆虫が混ざる可能性があるので、
絞る作業は、巣箱がある場所から車で15分ほどの屋内作業場で行う。
これもまた、純粋で質の高いはちみつをつくるためのポイントだ。

巣箱から引き上げた貯蜜枠。隔王板の効果で、さなぎなどがついておらず、きれい。