〈富士見 森のオフィス〉 標高1,000mにシェアオフィス? 長野と都心、二拠点を行き来する 働き方の提案

都会と地方の良いところ、
どちらも手に入れる二拠点生活での働き方

八ヶ岳の麓にある、長野県富士見町。
新宿から特急あずさ1本で到着するこのまちに、
いま、「新しい働き方」を求める東京の企業が集まってきています。

もっと自分に合った働き方はないだろうか?
もっと環境のいい場所で作業をできないだろうか?

そんな思いに応える〈富士見 森のオフィス〉。
コワーキングスペースとして誕生したこのオフィスは、
新たに「タイムシェアオフィス」というシステムを導入。
おもに都心の企業・団体に向け、
使いたい「時間」を選んでオフィスを保有できる仕組みを取り入れました。

オフィスのある富士見町はスキー場もある自然豊かなロケーション。
夏は緑にも恵まれ、まるで別荘で仕事をするかのような気分を味わえるかもしれません。

自然のなかで働けば、普段は出ないアイデアも出てきそう。

「冬場にスキーを楽しみながら仕事をしたい」
「自然のなかで1週間ほど企業合宿したい」
「夏場にアウトドアを楽しみながら、チームで仕事をしたい」など、
アウトドアと仕事をセットで楽しむことができます。

チームでBBQを楽しんで。何かを一緒に作り出す仕事をしている企業・団体におすすめ。

都会を拠点に仕事を得ながらも、作業は自然豊かな長野県で。
そんな贅沢な働き方も、もう夢ではありません。

写真家・南阿沙美さんの
ワークショップで子どもたちが
見せた、とびっきりの表情

簡単には見過ごせない。不可思議な感覚がわく、南さんの写真

岩見沢の山里にエコビレッジをつくれたら。
そんな想いを持ちながら、いまわたしは、
この地域で自分ができることは何かを探っている。
今年に入り、山里をテーマにした展示や似顔絵マップを地域の仲間とつくっており、
こうしたなかから地域に根ざしたエコビレッジの輪郭が
浮かび上がってくるのではないかと考えている。

さらに6月には、アーティストやデザイナーと一緒に岩見沢の山里を舞台にした
ワークショップを行う〈みる・とーぶSchool〉を立ち上げた。
6月より月1回ほどのペースで開催、10月で第4回となった。
10月のゲストは、札幌生まれで東京を拠点に活動する写真家の南阿沙美さん。
今夏開催された札幌国際芸術祭2017の参加アーティストで、
展示の搬出を終えた後に岩見沢に立ち寄ってくれた。

南さんは、札幌国際芸術祭2017で、「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip『アートは旅の入り口』」に参加。多彩な表情の人物写真を無数に展示した。

2005年より発表を始め、2014年にキヤノン写真新世紀で優秀賞を受賞。この写真は受賞作となった『MATSUOKA!』。(撮影:南阿沙美)

南さんに出会ったきっかけは雑誌の仕事だ。
わたしの本業はフリーランスの編集者。
担当した雑誌の記事で、あるとき南さんが撮影をしてくれたことがあった。
これまでたくさんの写真家と仕事をしてきたが、
南さんの撮影する様子は特に印象深かった。

取材相手に、弾けるような笑顔で話しかけながらシャッターを押す南さん。
その笑顔を見ているうちに、ついつい取材相手の顔もほころんでくるのだった。
誰が撮影するかによって、人はまったく違う表情を見せるもの。
生き生きとした表情を引き出すのが、南さんはとても上手だと、
そのとき強く感じたのだった。

また、雑誌の仕事だけでなく、作品として発表された写真もとてもおもしろい。
札幌国際芸術祭2017では、壁にところせましと人物写真が並べられ、
『ハトに餌をやらないでください』というタイトルがつけられた。

「ハトの餌なんか持っていないのに、この張り紙を見ると、
まるで自分が餌をあげようとしていたのかという、よくわからない気持ちになります。
そうしたいと望んでいたのかもわからないのに、思わずシャッターを押してしまう、
そういう感覚があるんです」

南さんの写真は、日常の何気ないスナップかと思いきや、
モデルの表情やポーズに意外性が感じられたり、
道端に置かれた意味不明な形状の何かがあったり。
簡単には見過ごせない、“心のひっかかり”とでもいったらいいのか、
不可思議な感覚が潜んでいる。

さまざまなシリーズを発表してきた南さん。『親子写真入門』では、8年ほど撮り続けている親子がレスリングのようなポーズをしたり、砂浜を猛スピードで駆け下りたり。激しい動きにもかかわらず、写真には淡々とした空気が流れている。(撮影:南阿沙美)

『ハトに餌をやらないでください』に展示された作品より。(撮影:南阿沙美)

こうした写真を撮る南さんとワークショップをやってみたら、
参加者もいつもと違った1枚が生まれるのではないか。
10月4日「親子で楽しい写真を撮ろう!」と題したワークショップに、
わたしはそんな期待を持っていた。

〈HOMEMAKERS〉のまかない、
採れたての旬野菜でつくる

みんなで一緒に、畑作業と昼ごはん

雨続きの小豆島です。
ほんとにこれでもかっていうくらい雨が続いていて、おまけに台風まで。
毎年10月中旬に数日かけて各地区で開催される小豆島太鼓祭りも今年は連日雨。
こんなに雨が続くことはなかなかないみたいです。

ここ数日、毎日こんな天気。雨の中収穫。

それにしてもこの雨ですっかり寒くなりました。
秋が一気に深まった感じ。
畑の秋冬野菜、ナバナやカブ、白菜、大根、にんじん、じゃがいもたちも
どんどん大きくなっています。
気づくともう食べられる大きさになっていたりして、
「あー、カブの季節だな」と野菜で季節を感じたりします。

ふさふさのにんじんの葉っぱ。

毎年育てている「あやめ雪かぶ」。大好きな野菜のひとつ。

私たち夫婦ふたりで始めたこの畑も、もうすぐ丸5年になります。
去年くらいから島の友人たちに畑を手伝いに来てもらうようになり、
いまは週に数日定期的に来てもらって一緒に畑作業をしています。
みんなで一緒に畑作業をする日は、お昼ごはんも一緒に食べます。

みんなでさつまいも掘り 。

収穫したての生姜。

料理があんまり得意じゃない(むしろ苦手な)私は、毎回何つくろうかなぁと迷い、
とりあえずご飯(炊くだけ!)とお味噌汁はいつもつくるようにしてます。
土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』という本は、
こんな私にとってすごく心強い(笑)。

というのはさておき、実はご飯とお味噌汁でも
結構なごちそうなんじゃないかなと思います。
お米は、ここ小豆島・肥土山(ひとやま)で育てられたもの。
そしてお味噌汁の中には、畑で収穫した旬のお野菜が数種類入っていて、
さらにお味噌は自家製だったりします。
うん、ごちそうだ!(笑)

それからおかずをどうしようか(やっぱり何かおかずがあったほうが楽しい)。
なるべくなら、その日採れた野菜を使った料理をつくりたいなと。
自分たちが育てたお野菜が食卓に登場すれば、それだけでテンションあがりますよね。
そんなに凝った料理をつくる腕もなければ、時間もないので、
いたってシンプルな調理方法で。焼く、蒸す、切るだけとか。

さて、収穫したこの野菜で何をつくろうか。

出荷するには細すぎる安納芋。輪切りにしてお味噌汁へ。ちょうどいいサイズ。

第43話・三宮駅付近で
立ち飲み居酒屋めぐり。
高架下エリアは
時間を忘れる楽しさ!

第43話
三宮駅の高架下、三宮阪急楽天地(さんらく)
にもおすすめ立ち飲みがずらり

今回グレアムさんが向かったのは、
阪急三宮駅西口付近の、細い路地道や高架下。
格安で楽しめる、立ち飲みやバー、レストランが
所狭しと並ぶ、グレアムさんおすすめエリアです。
そこで、ストリート哲学者で友人のマークとばったり。

(マークさん初登場の回はこちら)

時間を忘れて4軒5軒……、とハシゴしてしまった模様。
哲学者のマークさんならではのコメントと合わせて
今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

親が決めた移住に娘は…?
順風満帆というわけにはいかない、
移住した家族のリアル

家族で移住するとき、
子どもの心のケアは

伊豆の下田に移住して半年余りが経った津留崎さん一家。
ここまですべてが順風満帆、というわけにはいかなかったようです。
子どもが新しい土地になじめるようになるには何が大切か、
どんなふうにして新しい環境に慣れていったのか。
妻のフォトグラファー、徹花さんが移住一家のリアルな姿を綴ります。
家族で移住を考えている人、必読の内容です。

〈ふふふカフェ おいでよ、福島。Vol.3〉 福島を知る、担い手とつながる 交流イベントを開催!

会津本郷焼(福島県大沼郡会津美里町)

自分らしいライフスタイルを求めて、福島に移住した人たちがいます。
2017年10月27日(金)、東京・京橋にて
そんな福島の担い手たちと出会える交流イベントが開催されます。

当日は地域おこし協力隊の菅原守さんと石島来太さんによるトークセッションや
交流タイムが楽しめ、各市町村によるブースも開設。
福島にはどんな仕事があるの? 地域おこし協力隊って何をするの? 
などの具体的な疑問にお答えします。

高柴山(福島県田村郡小野町)

棚田の雪(福島県喜多方市)

あんぽ柿(福島県伊達郡国見町)

会津美里町の「会津本郷焼」や、浪江町の「大堀相馬焼」、
国見町の「あんぽ柿」など、福島にはいろんな伝統産業があります。
今回のイベントでは、そういった伝統産業に携わる地域おこし協力隊の仕事など、
募集情報も多数紹介。
福島で暮らすことに興味がある方は、参加してみてはいかがでしょうか?

大堀相馬焼(福島県双葉郡浪江町)

〈鎌倉で鹿児島のうまい魚を たのしむ3日間〉 鹿児島の魚がやって来る! 鎌倉に移動式鮮魚店を開店 させるプロジェクトが始動

2017年10月13日(金)〜15日(日)、
神奈川県鎌倉市の人気食堂〈COBAKABA〉にて
〈鎌倉で鹿児島のうまい魚をたのしむ3日間〉が開催されます。

この3日間は阿久根市から旬の天然魚を毎日空輸!
その場でさばいてもらえる「北薩摩鮮魚店」や、
一品料理や薩摩焼酎がいただける「居酒屋北薩摩」など、
いろんななかたちで鹿児島の魚を楽しめます。

神奈川県鎌倉市にある食堂〈COBAKABA〉

魚はタイ、カツオ、イカ、タコ、カンパチ、イサキ、
アラカブ、カワハギ、ハマチ、イトヨリ、アカハタ、
アオハタ、オオモンハタ、キジハタ、ホウボウ、
ヤガラ、クマエビ、タカエビなどが登場予定。

また、阿久根の鮮魚と鎌倉野菜、阿久根のイタリアンレストラン「マルチェッロ」の
シェフ監修によるレシピがセットになった「アクネパッツァセット」や
阿久根のアジフライと鎌倉の老舗パン屋の食パンを使った
サンドウィッチ「アジカツサンド」も販売されるそう。
これはたのしみですね!

「アクネパッツァセット」鮮魚と野菜とレシピがセットになったセット。自宅で簡単にアクアパッツァをつくれます。

鹿児島のうまい魚をたのしむ3日間は、
鎌倉と日本全国のさまざまな地域の交流を促す
インター・ローカルプロジェクト〈〇〇と鎌倉〉による
新プロジェクト〈阿久根と鎌倉〉のキックオフイベント。

〈〇〇と鎌倉〉と鹿児島県阿久根市を拠点とする
チーム〈あくね日和〉がパートナーシップを組み、
2018 年に鎌倉で「阿久根と鎌倉の移動式鮮魚店」 を
オープンすることを目指していくのだとか。

秋の小豆島撮影ツアー!
観光地としての小豆島、
暮らす土地としての小豆島

小豆島で暮らす私たちが考える撮影ツアー

気持ちのいい秋の週末、今年で4回目の開催となる
「OLYMPUSのカメラで撮る小豆島撮影ツアー2017」! 
リピーターの方も何人かいる人気の企画です。
カメラを持って1泊2日で小豆島をまわりました。

黄金色の棚田の中を歩いたり。

〈鈴木農園〉さんの豚さんたちに会いに行ったり。

私たちは〈小豆島カメラ〉として、ツアーの行程を考えるところから
関わらせてもらっていて、当日もカメラを持って参加しました。

どこに行ったら楽しいか、いい写真が撮れるか。
ごはんはどうしようか。
何時にどこで夕陽を見たらきれいか。
島で暮らし、写真を撮っている私たちだからこそ企画できるツアーにしようと、
時には地元の生産者さんや、おっちゃん、おばちゃんに協力してもらったりして、
いわゆる観光スポットめぐりの旅にならないようにしています。

島の素材をふんだんに使ったジェラートを食べたり。

道なき道を進み海岸まで小さな冒険したり。

小豆島には観光スポットとして有名な場所がいくつかあります。
観光スポットってやっぱりきれいなんです。
景色が抜群によかったり、いわゆる小豆島らしいもの、
オリーブやそうめん、醤油が用意されていたり。
だから、そういう場所を訪れるのももちろん楽しいと思います。
今回のツアーでもオリーブ公園などいわゆる観光スポットにも行きました。

オリーブ公園のギリシャ風車。ここはやっぱりきれい。

オリーブ公園で「魔法のほうき」を借りて、ほうきに乗ってジャンプ。みんなで撮影します。

公園内のオリーブ畑を歩きながら。

それに加えて、観光スポットじゃない場所。
島の人たちが暮らしている集落の中だったり、働く現場だったり。
観光スポットとして用意されているんじゃなくて、いつもの小豆島を感じられる場所。
普段の暮らしや仕事の中に入っていくことになるので、
迷惑にならないように、逆に新しい出会いをお互いに楽しめたらいいなと。

横手市〈金輝さくらんぼ園〉
自由な働き方で、農業以外にも
多彩な顔を持つさくらんぼ農家

父の思いを受け継いださくらんぼ

さくらんぼの産地といえば山形が有名だが、
隣接する秋田にもさくらんぼ栽培の盛んな地域がある。

「さくらんぼは、水と土を選ぶらしいですよ」

秋田県横手市十文字町で、〈金輝さくらんぼ園〉を営む金澤輝幸さんはこう説明する。
県南内陸部に位置する横手盆地は、全国でも有数の豪雪地帯。
その一方で夏は暑く、肥沃な土壌と豊富な雪解け水、
そして昼夜の寒暖差の大きい気候がさくらんぼ栽培に適しているらしい。

十文字地区でさくらんぼの栽培が始まったのは、明治初期。
さくらんぼが日本に伝来したのが明治元年といわれているので、
産地としての歴史も古い。
昭和20年代までは自家用に栽培されていた程度だったが、その後、
缶詰工場の進出や減反政策などの影響で、栽培面積が拡大して現在に至っている。

広大な平地を有する横手盆地では、ブランド米〈あきたこまち〉のほか、野菜やブドウ、桃、りんご、さくらんぼなど、さまざまな恵みをもたらしてくれる。

金澤さんが就農したのは4年ほど前。父の急逝を機に秋田市からUターンして、
さくらんぼ農園を継ぐことを決意した。
「父の本業は大工だったのですが、思うところがあったのか、
いつの日からかさくらんぼを栽培するようになっていました。
忙しい時期は手伝いに帰っていたのですが、
まさかこんなに規模が大きくなっているとは思いませんでした(笑)」

父の残した農園の面積は、約5000平方メートル。
ひとりで管理するのは、容易でない広さだ。

就農前の金澤さんは会社勤めをしていて、さくらんぼの知識はほぼゼロに等しかった。
しかしながら、父が手塩にかけてきた畑をなくしたくないという思いと、
固定のお客さんが少なからずついていたことが、思い切った決断を後押し。
右も左もわからない状態でできるのは、人に聞くこと、
そして見よう見まねをすることだった。

長さ100メートルもあるさくらんぼ農園。ビニールハウスをかけるのもひと苦労だ。さくらんぼ狩りを体験できる観光農園も運営している。

「最初は近所の先輩農家に聞いてみたりもしたけど、
それぞれ独自に編み出した栽培方法を持っていて、企業秘密にしている部分が多い。
そんななか、たまたま取り引きのあった肥料屋さんが見るに見かねたのか、
山形のさくらんぼ農家さんを紹介してくれて、
2年限定で教えてもらえることになったんです」

農園の中にはところどころに蜂の巣箱が。蜂が受粉してくれるのだ。

「剪定作業ひとつとっても、何が正解なのかは試してみないとわからないし、
人によって正解も違う。思い通りの木を形成するにはどうすればいいか、
先を見越しながら作業をするのは難しいけど、楽しいですね。
すべての責任が自分にある分、会社勤めをしていた頃より
手を抜くことがなくなりましたよ(笑)」

1本の木に数時間かかることもある剪定作業。「犬みたいに木の周りをくるくる回りながら、剪定すべきか悩むこともあります」

父が残した農園を、父の思いとともに受け継いでいく金澤さん。
「親父にはかなわないだろうなとは思います。
だけど、代が変わったら味が落ちたというふうには言われたくない。
それだけは心がけています」

埋もれていた地域の魅力を
掘り起こす、
初めてのフォトコンテスト

撮影:東井宏光

東部丘陵地域には、どんな人がいて、どんな風景があるの?

北海道は実りの秋が訪れている。
リンゴが熟し、お米の収穫もまっさかり。
わたしが転居しようと計画中の岩見沢の山里は、
ちょうど木の葉が色づき始めたところだ。
長い冬に閉ざされる前の、ほんの短い間の紅葉を眺めていると、
なんだか切ないような不思議な感覚がわいてくる。

色づき始めた葉。10月上旬には見頃を迎え、あっという間に冬がやってくる。

この自然に囲まれた山里を、もっと多くの人に知ってほしいと始めた
〈みる・とーぶ〉という活動。
これまでは、地元のみんなでつくった雑貨などを販売したり、
ワークショップをしたりしてきたが、この秋、新たな試みを行った。
この地域では初となる、フォトコンテストの開催だ。

岩見沢の山里は東部丘陵地域と呼ばれており、このエリアで撮影された写真であれば、
風景、人物、動物などジャンルは問わないというものだ。

コンテストのテーマとなった東部丘陵地域は、多様性にあふれた場所だ。
道道38号線沿いに広がり、20キロほどの道のりではあるが、
そのなかに、上志文、宝水、上幌、宮村、朝日、美流渡(みると)、
毛陽(もうよう)、万字(まんじ)と呼ばれる地区があり、
それぞれが違う個性を持っている。

例えば、朝日、美流渡、万字は、炭鉱街として栄えた歴史があり、
その名残りを感じさせる旧跡がいまもある。
上志文、上幌、宮村は田畑が広がる農村地帯。
また、毛陽や万字は山間の地形を生かして、
リンゴやブルーベリーなどの果樹の栽培が盛ん。
宝水は、映画のロケ地ともなったワイナリーが有名だ。

岩見沢・東部丘陵地域の地図。“東部”丘陵地域を“見る”からとった〈みる・とーぶ〉で制作した地図より。

各地区の写真をまとめたみる・とーぶの地図より。

こうしたさまざまな顔を持ち、四季折々の変化も美しいこの一帯には、
どんな景色や人の営みがあるのだろう。
これまでに、みんなが撮った写真を見てみたい。
そんな想いがきっかけになり、フォトコンテストの準備が始まった。

企画の中心となったのは、みる・とーぶのメンバーのひとり、上井雄太さん。
上井さんは、東部丘陵地域で活動する地域おこし推進員(協力隊)として、
2016年、この地にやってきた。

青年海外協力隊としてフィリピンで活動後、岩見沢の地域おこし推進員となった上井さん。大学で農業を学んだ経験から地元の人たちが集う家庭菜園をつくったり、スポーツイベントを企画したりと、この地域との関わり方を模索してきた。今回のフォトコンテストはみる・とーぶの主催となっているが、彼が企画と運営を一手に手がけた。

二足、三足のわらじを履く
「らんぷはうすのお母さん」に
下田の民謡舞踊を習う

「らんぷはうすのお母さん」とは?

伊豆下田に暮らし始めて半年になる津留崎さん一家。
複数の仕事を持つ新しい働き方をしたいと考えていた津留崎さんが出会った
「らんぷはうすのお母さん」は、そのお手本のような人でした。
そして、ひょんなことからそのお母さんに民謡舞踊を習うことに。
とにかく忙しくて元気なお母さん、その元気の源は……?

〈巣鴨養蜂園〉髙橋正利さん
ふるさとでスタートした
第二の人生は、
ミツバチに捧ぐ

西和賀にんげん図鑑vol.7
〈巣鴨養蜂園〉髙橋正利さん

自然豊かな西和賀町の中でも特に山深い、南本内岳ふもとの本屋敷地区。
西和賀町湯田出身で、巣鴨養蜂園のオーナーである髙橋正利さんは、
春から秋にかけてここに数十箱の西洋ミツバチの巣箱を置き、はちみつを採る。

冬はミツバチを千葉県で越冬させ、自身も東京・巣鴨の自宅へ。
平日は千葉に通ってミツバチに給餌したり様子を確認し、
週末は販売担当の娘さんとともに都内のイベントに立つ。
西和賀と東京を行き来しながらの、娘さんとの二人三脚の日々に、苦労は少なくないが、
それ以上にやりがいや楽しさがあり、幸せも感じる。

周囲を森に囲まれた養蜂園。ミツバチたちは、桜の開花時期から11月頃まで、山桜、藤、トチ、クロバナエンジュ、菩提樹、アカシアなどの蜜を集める。

ひとつの巣箱に約4万匹の西洋ミツバチが入っている。

今から10数年前、「銀座ミツバチプロジェクト」に参加して
養蜂を勉強したことをきっかけに、趣味として自宅で日本ミツバチを飼い始めた。
そのうち、「多い年には15キロも採蜜できた」ほど、養蜂の腕前は本格的に。
一方で同じ頃、退職後の生き方を模索するようになっており、
「ふるさとの西和賀は森が豊かで養蜂に向いているので、生業にできるのはないか」
と考え始める。
ただ、採蜜量が少ない日本ミツバチだとビジネスとしては難しい。
そこで、プロジェクトで知り合った養蜂の仲間たちに西洋ミツバチの養蜂のやり方を教わり、
3年前、東京消防庁を早期退職して養蜂園を立ち上げたという。

巣鴨養蜂園のオーナーの髙橋正利さん

「自分ひとりでやるのだから、徹底的に質の高さにこだわったはちみつをつくりたい」
そう考えた髙橋さんは、「隔王板(かくおうばん)」を使った採蜜方法を取り入れた。
隔王板とは隙間の空いた板で、これで巣箱を上下に仕切り、
上の蜜採り専用箱と下の子育て専用箱に分ける。
身体の大きい女王蜂は上の箱に移動できないので、
上の箱に卵やさなぎ、ハチの子などが混ざることはなく、
また働き蜂ははちみつを上に貯める習性があるので、
上の箱には純粋なはちみつだけが貯まるという仕組みだ。
手間がかかり採れる蜜の量も少なくなるが、
ピュアなはちみつをつくるためにあえて選んだという。
また、せっかくピュアな蜜を採っても、
巣箱のある現場や屋外でそれを絞るとほかの昆虫が混ざる可能性があるので、
絞る作業は、巣箱がある場所から車で15分ほどの屋内作業場で行う。
これもまた、純粋で質の高いはちみつをつくるためのポイントだ。

巣箱から引き上げた貯蜜枠。隔王板の効果で、さなぎなどがついておらず、きれい。

秋の瀬戸内、豊島を歩く
〈生産者と暮らしに出会う旅〉

シャッターをきりながら、おしゃべりしながら楽しむ豊島時間

暑すぎた2017夏が終わり、ようやく秋らしくなってきました。
まだ日中は畑で作業していると汗をかく暑さですが、
それでも朝夕は肌寒さを感じるくらい。
あー、私の大好きな秋が来たなと、それだけで毎日うれしくなります(笑)。

個人的には、瀬戸内の島をめぐるなら絶対秋がいいなと思ってます。
島をぶらぶらと歩くには、やっぱり夏は暑すぎで、暑さだけで疲れちゃいます。
冬も好きですが、やっぱり景色が少し寂しいかもしれません。
春はなんとなく空気がもわっとしている感じがして(すごく個人的感覚ですが)……。
ま、でも四季それぞれいいところがあるんですけどね!
カメラを持ってぶらぶら島を歩くなら、秋がいいのかなと。

私たちがまだ小豆島に引っ越す前、引っ越すなんて全然考えてなかったのですが、
第1回目の瀬戸内国際芸術祭があり、そのタイミングにあわせて、
小豆島のおじいちゃんちを訪れました。
その時に初めて行ったのが、小豆島のお隣の島、豊島(てしま)。
2010年秋のこと。あのときの豊島の空気感、いまでも覚えています。
とにかくいいところだった。

豊島と小豆島をつなぐフェリーをパシャリ。

島のさりげない風景が好き。ひまわりと家々と海。

小豆島に引っ越してからは、当たり前のように暮らしの中に
「秋の瀬戸内」があるわけで、なんと贅沢だろうと時々思います。
ただ日々の暮らしがあるので、毎日旅人のようにぶらぶらすることもできず。
すぐ隣りにある豊島にもなかなか遊びに行けず。

行きたいなら計画をたてよう! 
というわけで、9月上旬、島で一緒に活動している〈小豆島カメラ〉のみんなで
〈生産者と暮らしに出会う旅 vol.6〉を企画し、OLYMPUSカメラを持って、
約20人で豊島をまわるツアーを開催しました。

〈生産者と暮らしに出会う旅〉は、2014年秋から開催している企画。
ただ観光スポットをまわるだけで終わってしまうのではなく、
もう一歩深く、島の暮らし、島で働く人、現場に触れることで、
もっと小豆島のことを知ってもらおうというもの。
その案内、つなぎ役を私たち小豆島カメラがしています。

今回は私たちだけで豊島を案内するのは少し心もとないということで、
豊島でガイド、さまざまなコーディネートをしている
〈テシマサイト〉の森島丈洋さんに力をお借りしました。

まだ少し夏の暑さが残る9月上旬の日曜日。
小豆島からは片道480円の船に乗って
30分で着きます(こんなに気軽に行けるならもっと行こうっ!)。
船の中でさっそくカメラの貸し出し&説明。
今回のツアーでは、参加者全員にOLYMPUS PEN-Fを貸し出し!
いつも最新のカメラを貸してくださるオリンパスさんに本当に感謝です。

小豆島から豊島に向かう船の中で、OLYMPUS PEN-Fを全員に貸し出し。

まずはカメラの使い方を説明。

豊島に到着後、まずは〈豊島ウサギニンゲン劇場〉へ。
1年半前から豊島で暮らしている〈usaginingen(ウサギニンゲン)〉
こと平井伸一さん、絵美さんご夫妻が出迎えてくれました。
自分たちの手でデザインし改修した劇場、
その中で繰り広げられる映像と音楽のライブパフォーマンス。
豊島を訪れたらぜひ行ってみてほしい場所です。

豊島ウサギニンゲン劇場。倉庫を改修して劇場に。

usaginingenこと平井伸一さんと絵美さんご夫妻(写真右側)。

映像を映し出す道具も楽器もオリジナル。まさにウサギニンゲンワールド。

豊島ウサギニンゲン劇場は、唐櫃岡(からとおか)地区にあり、
近くには〈島キッチン〉や〈檸檬ホテル〉、
少し歩けば〈豊島美術館〉などこれまた行ってみたいところばかり。
また次回のお楽しみに。

劇場の前で、みんなで記念撮影。

Buvette(ブヴェット)× 農人たち NYの人気食堂が 栃木の農家とコラボ!

2017年9月30日(土)、東京・青山の国連大学内、
ファーマーズマーケットコミュニティラウンジに
〈ブヴェット ポップアップイベント at
ファーマーズマーケット コミュニティラウンジ〉がオープンします。

これは、来春日本初上陸を控えるニューヨークの人気レストラン、
〈Buvette ブヴェット〉による1日限りのポップアップスペース。

Buvette(ニューヨーク)

Buvette オーナーシェフ ジョディ・ウィリアムズさん

当日はブヴェットのオーナーシェフ、ジョディ・ウィリアムズさんが
栃木県宇都宮市の農業ネットワーク団体
〈農人たち〉の野菜や果物を使った料理を提供するほか、
日本の農家さんとのトークセッションも行います。

〈農人たち〉代表の宮本暢常さん(左)

ジョディさんはカリフォルニア州に生まれ、
ニューヨークの〈Rakel〉やイタリアの〈Felidia〉で修行後、
日本のレストランで働いた経験もあるのだとか。
どんな話が飛び出すか楽しみですね!

ブヴェットは「カジュアルなワインバーと古き時代のヨーロッパのカフェの融合」を
コンセプトとする小さなレストラン。
2011年、ニューヨークのウエストヴィレッジにオープンしました。

Buvette(ニューヨーク)

ロゴマークの下に記された「Gastrotheque(ガストロテック)」とは、
朝から晩まで1日を通して食 べたり飲んだりできる喜び・場所・環境を表す言葉。
アンティークに囲まれたノスタルジックな雰囲気のなかで
気取らずにおいしいものが楽しめるとあって、
いつも地元の人や観光客でにぎわっています。
来年の3月、東京ミッドタウン日比谷にオープン予定の東京店も、
同じコンセプトで展開するそう。

今回野菜を提供する〈農人たち〉は、
2013年に設立された農業ネットワーク団体。
有機肥料100%の野菜づくりや就労支援型ブルーベリー農園プロジェクトなど、
さまざまな試みに挑戦しています。

備前市・頭島、岡山の最高の素材で
つくる極上のリゾット。
イタリアンシェフ、寺田真紀夫さん

瀬戸内に浮かぶ日生諸島。都会の喧騒から遠く離れて

備前市に在住、あるいは備前にゆかりのある人が店主となり、
食やうつわを通じて人の交流を生み出す場、〈BIZENうつわバー〉。

連載第2回目は、岡山の食材から究極のひと皿を創作し続ける
イタリア料理のマエストロ・寺田真紀夫さん。
寺田さんの店〈kashirajima restaurant cucina terada〉を、
備前市・頭島に訪ねた。

姫路駅で山陽新幹線を降り、山陽本線で播州赤穂(ばんしゅうあこう)駅へ。
そこからさらに、2車両だけのローカルな赤穂線に乗り換えた。
山陽の田園風景の中をローカル列車はひた走る。

無人駅をいくつも通り過ぎ、刈り入れのときを待つばかりの
黄金色に実った田んぼに見とれているうちに目的の日生(ひなせ)駅に到着。
ホームに降り立つと、秋の午後のやわらかな日差しに輝く
瀬戸内の海が目の前に広がっていた。

日生と鹿久居島をつなぐ〈備前♡日生大橋〉は2015年に開通したばかり。

日生駅からさらに車で10分。
できたばかりという〈備前♡日生大橋〉を渡り、
野生の鹿たちが生息する鳥獣保護区を持つ鹿久居島(かくいじま)を通り抜け、
さらに頭島(かしらじま)大橋を渡ると、やっとのことで目的地の頭島に到着である。
日生諸島のほぼ中央にある、ぐるり一周が4キロほどの小さな島だ。
島を渡る橋の両側には、牡蠣の養殖場が広がっていた。

〈備前♡日生大橋〉から見る牡蠣の養殖筏。日生は瀬戸内でも有数の牡蠣の産地として知られている。

瀬戸内特有の、さらりとした甘い潮の香りが鼻をくすぐる。
人懐っこい猫が鳴きながら近寄ってきた。
漁港の脇では、牡蠣の幼生(赤ちゃん)がびっしりとついた
ホタテの貝殻を縄に通している女性がひとり。
これから養殖場に仕込まれていくのだろう。
秋晴れの午後、頭島には、ゆっくりと穏やかな時間が流れていた。

姫路からわずか1時間ほどだが、日常の喧騒から遠く離れた静かな小島で、
これから出会うシェフのひと皿へのワクワクが次第に高まっていった。

手刷りの本をつくる
“森の出版社”を
美流渡でやってみたい!

〈タラブックス〉が教えてくれた、これまでにない出版社の在り方

「北海道にエコビレッジをつくろう」と始めた連載も50回を過ぎた。
土地を探すべく、岩見沢にある山を買い、
古家を取得しと、いろいろやってきたわけだが、
なかなか「これ!」というビジョンが定まっていたわけではなかった。

エコビレッジとは、簡単に言えば環境に負荷をかけず自給自足的な暮らしを営む共同体。
世界各国でさまざまな事例があり、規模も運営方法も多彩だ。
つまり、どんなエコビレッジにするかというところが大事なのだが、
そこをこれまでずっと模索していた。

そんなわたしの頭がハンマーでガツンと叩かれたぐらいの衝撃的な出来事があった。
南インドの出版社〈タラブックス〉がつくった本との出会いだ。
20年ほど編集者を続けていたため、北海道に移住する以前から
タラブックスのことは知っていたが、これまでそれほど深く追求したことはなかった。

けれども、今年の11月に東京・板橋区立美術館で
タラブックスの大規模な展覧会が開催されることを知り、
しかも、この展覧会を企画しているメンバーは、
わたしの古くからの友人であったことも手伝って、
あらためて本を見てみようという気持ちになった。

タラブックスのハンドメイドの絵本シリーズ。日本語版もハンドメイド。『夜の木』(タムラ堂出版)(写真提供:ブルーシープ)

タラブックスの本の存在感はすごい。

ざらっとした紙の風合いとインクの臭い。
手漉きの紙にシルクスクリーンの手刷り、そして手製本。
描かれる内容もオリジナリティにあふれ、インドの少数民族が語り継いだ物語を
丁寧に編集し、独自の絵本文化をつくろうと試行錯誤を続けている。
土着的なエネルギーとともに、すっきりとしたデザインの感性も感じさせる
見事な本づくりだ。

「ああ、わたしもこんな本がつくってみたいなぁ〜」

本を手にしながら、そう思った瞬間、いままでバラバラに考えていたものが、
一本の道としてつながっていくような想いがした。

「そうか、美流渡(みると)で、手刷り手製本の出版社をつくって、
それをエコビレッジの拠点にすればいいんじゃない?」

岩見沢の山間部に位置する美流渡なら、
空いている土地があるから、工房も見つかりそう。
しかも、シルクスクリーンなら、まずはDIYレベルで機材を揃えられるはず。
そして、わたしが常々かたちにしたいと思っている、
美流渡にある自然や四季をテーマとするような絵本をつくってみたらどうだろう……。

頭の中には、すでに美流渡で工房をつくって印刷している様子が浮かぶほど、
妄想(?)はどこまでも広がっていった。
東京にいたときには思いもよらなかったビジョンが、
北海道という地にいることで急に具体的に考えられるようになったのだった。

シルクスクリーンを何版も重ね、刷られたインクが盛り上がっている。『夜の木』(タムラ堂出版) (写真提供:ブルーシープ)

さっそくYouTubeで、タラブックスの社員たちが印刷をする様子を見て、
ますます気持ちは盛り上がる一方。

こうなると、もう、自分を止められない。
どこまでも突っ走っていきたい気持ちになったのだが、
実は出産したばかりで、赤ちゃんはまだ1か月。
さすがにひとりでは、行動範囲も広げられずウズウズしていたところに、
いつもイベントやワークショップの活動をともにしている、
地域おこし推進員(協力隊)の吉崎祐季さんからこんな相談メールが舞い込んだ。

〈みる・とーぶ〉のロゴを、Tシャツやエコバッグに
シルクスクリーンで刷ってみたいんですが、來嶋さんやったことはありますか?」

ええっ!? なんてタイムリーな相談!!
わたしひとりだと赤ちゃん抱えては難しいけど、
吉崎さんが一緒なら、シルクスクリーンを試すことができるかも!?

ということで、わたしたちの活動、岩見沢の山里をピーアールする
みる・とーぶのロゴ入りのエコバッグをつくろうということになった。
また、わたしは、本づくりを見据えて、まずはポストカードをつくってみることにした。

第42話・
神戸岡本エリア散策・その2。
グレアムさんおすすめ
グルメ&注目ショップがぞくぞく
誕生の模様!

第42話
おしゃれで大人な雰囲気の岡本エリアに、
注目のお店がつぎつぎニューオープン。

前回にひきつづいてグレアムさん、
神戸の三宮・元町界隈の東に位置する、
岡本エリアを紹介してくれます。

「落ち着いた雰囲気で人気の岡本エリアでは、
パン屋さんをハシゴしてみるのも楽しいですよ!」

また、スコットランド出身のオーナーが手がけた
こだわりのスモークハウスもニューオープン。
グレアムさんのお気に入りがますます増えそうです。

今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

島暮らしを憧れだけで 終わらせたくない方へ。 長崎県の「島」が集まる移住相談会が東京で開催

長崎の「しま暮らし」ってどんな感じ?
「しまの暮らし」相談会で聞いてみよう!

長崎県には72の有人島があり、
豊かな自然、特有の文化、自慢できる食など、それぞれ個性豊かです。
島で暮らす人々の航路・航空路運賃の引き下げ、
島の地域資源を生かした雇用の場づくりを目的に制定された、
有人国境離島法の後押しもあり、島暮らしのハードルも以前より下がっています。

でも行ってみなければわからないことも確か。
そこで、10月と11月に開催される、
「長崎のしまで暮らそう!働こう!移住体験ツアー」に先駆けて、
9月24日(日)東京・有楽町で行われる、長崎県「しまの暮らし」相談会に足を運んで、
移住の先輩や、移住をサポートする行政のみなさんの話を聞いてみてはいかがでしょうか。
この相談会が、移住へ向けた大きな第一歩になりそうです。 

相談会の様子。

秘境・祖谷の地域問題の解決策!?
フォレストアドベンチャー・祖谷
がオープン

祖谷の自然と戯れる、新たな観光スポット誕生

日本有数の激流、吉野川の上流に位置する徳島県三好市の祖谷(いや)地区。
昨今、祖谷への外国人観光客は2014年から1万人ずつ増えているという。
シラクチカズラでつくったかずら橋が有名だが、
四国一の名峰、剣山や世界的に有名なラフティングの聖地、吉野川もある。
日本らしい原風景の残る秘境を求めて国内外から多くの観光客がやってくる、
それが現在の祖谷の姿だ。

吉野川の渓流で行われるラフティング。今秋には世界大会も行われる。(写真提供:馬場秀司さん)

アウトドア好きが高じて吉野川に魅了され、この地に移住をした馬場秀司さんは、
祖谷でラフティング会社〈ゴーゴーアドベンチャー〉を営んでいる。
クオリティの高いフィールド、そして安全性を求めて
世界中からゲストがやってくるため、
山城地区に彼らを受け入れるゲストハウス〈モモンガビレッジ〉までつくってしまった。
それだけでは飽き足らず、祖谷の自然を山から谷まで遊び尽くす
自然共生型アウトドアパーク〈フォレストアドベンチャー〉を誘致、
この夏、7月29日にオープンさせたのだ。
三好市山間部の魅力を知り尽くす馬場さんが始めた施設とのこと、
ここでしかできないようなおもしろい体験ができるに違いない。

ちなみに祖谷は、徳島空港、高知空港、高松空港からの
いずれからも車で1時間半ほどの移動でアクセスできるという非常にアクセスがよい場所だ。
〈フォレストアドベンチャー・祖谷〉は
ミュシュラングリーンガイド2つ星で紹介されている祖谷街道(県道32号線)沿い、
祖谷ふれあい公園内にあった。

まずは、大きなログハウスにある案内所で受付をし、トレーニングを受けたスタッフに安全器具を装着してもらう。スリル満点のコースだけに安全第一。山の向こうの手前に祖谷川を渡る橋がある。

森の中にあるアスレチックコースは5つ。
すべてのコースを回って、速い人でおよそ2時間かかる。
スケールや難易度も含め、いったいどんなものかわからないまま
祖谷川を渡ってフィールドに向かうのは、ミステリーツアーに参加する気分だ。
傾斜のある深い谷ならではの自然の地形を生かした本格的なアスレチックコースは
四国では初めてだとか。期待に胸は高まる!

地域に愛される、
伊豆下田〈高橋養蜂〉との出会い。
“ミツバチの楽園”という夢が
つなげてくれた里山の縁。

人との縁がつながって、ワクワクする展開に

伊豆下田に移住して5か月の津留崎さん。
ここでの暮らしにも少しずつ慣れ、
人との縁もつながり始めています。
今回は、下田の里山にミツバチの楽園をつくりたいという
夢を持つ養蜂家さんについて。
里山で農的な暮らしをする人たちとの、
いい出会いがあったようです。

山梨県北杜市〈ぴたらファーム〉と
2拠点生活スタッフ「マメちゃん」
の自然循環型の農業と暮らし

循環する農業・暮らしがテーマ!
各地から移住してきたメンバーが、共同生活を送る〈ぴたらファーム〉

「パーマカルチャー」という、自然のリズムに寄りそった農業と、暮らし方。
この思いに共感するメンバーが生活をともにする〈ぴたらファーム〉。

山に囲まれ、清流を抱く、山梨県北杜市の白州エリアに、
ファーム長・田才泰斗さん、青木彩華さんたちが農場を立ち上げたのは7年前。
それぞれに経験した農法や、自然への向き合い方、暮らしのアイデアが一致し、
泰斗さんの故郷、札幌北部の原風景に近いというこの地に移住したという。

その後レギュラーメンバーとなったスタッフ、短期滞在で訪れる人、
WWOOF(World Wide Opportunities on Organic Farms)を見て訪れる外国人など、
複数のメンバーが集まり、ひとつ屋根の下で暮らしている。

「ぴたら」とはマオリ語でテントウムシのこと。種によっては、作物に被害をもたらす害虫や菌を食べ、作物を守ってくれる強い味方。自然界のパズルの1ピースを担う「ぴたら」をファーム名に借りたのだそう。

「自然循環型」の暮らしには、アイデアと知恵が満載!

ここには、農業、土壌、建造物、自然エネルギー、廃棄物、コミュニケーションなど、
ぴたらファームの理念に基づいた、循環する仕組みが揃っている。

ぴたらファームの循環の仕組み。

オール手づくりのコンポストトイレ。排泄物を微生物で発酵させ、土に還す仕組み。便器も木を使った手づくり。建造物は、崩せば容易に土に還る素材でできている。

でも、なぜ循環する仕組みなのか?
ぴたらファームの考え方は、こういうこと。

私たち人間は、穀物、野菜、肉を食べて生きている。
食肉となる牛、豚、鶏などは、草や穀物を食べて生きている。
その動物が食べる草や穀物は、土からできている。
土にはたくさんの微生物がいて、有機的な土壌環境を整える。
有機的な土からは植物が育ち、植物は、動物や虫の命の糧となる。
そうして命を終えた生き物は、また土に還る。

よく聞く話ではあるけれど、都会で生活していると忘れがちな自然界の仕組み。
ぴたらファームでは、こうした巡りを農や暮らしに落としこむ実践をしているのだ。

鶏小屋は、竹、古畳、藁などの素材で手づくり。ハイペースで卵を産めなくなった鶏などを譲り受け、自然のペースで気ままに産卵させているそうだ。台所から出るごはんの残りは鶏たちが食べ、鶏糞は畑の肥料に。

玄関先に置いてある手づくりのヘビイチゴチンキ&ドクダミ軟膏。虫刺され、あせも、湿疹に。旬の植物を長く楽しむ工夫がなされ、健やかな暮らしに役立てている。(Photo:Shiori Kudo)

「パーマカルチャー」ってどんなもの?

パーマカルチャーとは、永続性(パーマネント)、農業(アグリカルチャー)、
文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、自然界の体系を観察し、
伝統的な農法の知恵と、現代の技術的知識(適正技術)を組み合わせ、
永続可能なライフスタイルを構築するシステムであると言われている。

ぴたらファームは、パーマカルチャーの哲学をベースにする農場。
しかし、なぜそこに行きついたのだろう?
立ち上げメンバーの泰斗さんと、彩華さんに話をうかがってみた。

「大学を卒業したあと、世界を放浪していた時期があって。
そのとき、日本は分業化が進んで、社会は成熟しているかもしれないけれど、
ひとりひとりの生きる力は失われつつあるんじゃないか、と感じたんです。
そこから僕は、自分の力で生きられる人になりたい、と思うようになって」(泰斗さん)

ファーム長の田才泰斗さん。畑・米担当。木工の仕事をしていた経験を生かし、敷地内の建造物づくりや建物の修繕も手掛けている。(Photo:Shiori Kudo)

その後、いくつかの経験や就業をするなかで、
茨城にあるオーガニックファームに出合った泰斗さん。
そこでは、スタッフが共同生活を送りながら、有機農業、循環型の暮らしをしており、
泰斗さんは約3年半、スタッフとして働くことに。

「しばらくして、もっと自分の理想とする環境で、自分が伝えたいことを
伝えられる場所をつくりたいと思い、独立を考えました」(泰斗さん)

泰斗さんとともに立ち上げに携わった彩華さんは、
ニュージーランドやオーストラリアに留学し、パーマカルチャーを学んだ経験が。

「もともと植物が好きで、いつも森で遊んでいるような子どもだったんです。
近所に大好きな木があったんだけれど、開発の関係で伐られてしまって……。
そのときから、自然と人間の共存みたいなものが、
自分の中のライフワークテーマになったような気がします」(彩華さん)

ECサイトの制作・更新や、加工品づくり、外国人が訪れたときの案内などを兼任する青木彩華さん。ときどき東京に出向き、ぴたらファームの食材を使った食事会を開くことも。

ランドスケープ、パーマカルチャー、自然農法——
さまざまに学んできたなかで、自分の行きついた理念に説得力を持たせるには、
自分自身がどう暮らすかというところから始めなければ、と思い至ったという。

「ニュージーランド、オーストラリアで、いろんな人と共同生活を送りながら、
自然にあまり負担のかからない暮らしや、持続可能な暮らしを模索するというような、
緩いコミュニティを見てきて。同じようなイメージで、
日本でやってみたいという気持ちがありました」(彩華さん)

そんな折、泰斗さんと出会うキッカケがあり、話をすれば、
お互いの理想とするイメージやキーワードが一致。
このようにして、ぴたらファームが立ち上がり、
パーマカルチャーというキーワードが、どっしりと根づくことになった。

「だいだい」って知ってる?
地元にある素材を生かし、
良さを伝え、販売するということ

小豆島の身近な柑橘を使って、加工品をつくる

「だいだい」という柑橘のことをどれくらいの人が知ってるんだろう。
たぶん名前くらいは聞いたことがあって、
ミカンの仲間だろうってことくらいまでは知っている方が多いと思います。
私も小豆島に来るまではそんなような知識で、
だいだいに対して特になんの思いもなく、よく考えたこともなく。
それはだいだいに対してだけじゃなくて、柑橘全体に対しても同じような感じでした。

それがいま、小豆島では身近に柑橘がたくさんある!
冬になればあふれるほどある!

夏の終わり時期からすだちの収穫が始まり、
10月にもなるとあちこちから甘酸っぱい温州みかんをいただく。
どっさりといただいたときには、〈HOMEMAKERSカフェ〉で
「みかんご自由にどうぞ〜」とおすそ分けしたり。
12月になればレモンが黄色くなり、
それはそれは甘く爽やかな香りでよだれが出る(笑)。

暮らしにおいても、商売においても、いまや柑橘は
私たち〈HOMEMAKERS〉にとってなくてはならない存在となりました。

8月末、今年のすだち。夏に採れる貴重な柑橘です。

ジンジャーシロップにもたっぷりの柑橘が入っていますが、フレッシュな柑橘のスライスを入れるとさらにさわやかに。

すだち入りジンジャーエール。

そんな柑橘の中のひとつが、だいだい。
大きくて丸くてごつごつしただいだい。
レモンやゆずなどと同じく、香りがよくて酸味の強い香酸柑橘です。
温州みかんなどのようにそのまま食べるのではなくて、
果汁を絞って調味料として使ったり、ジュースにしたりします。

小豆島は、だいだいの一大産地! というわけではなく、
各家の畑で何本か植えられていたり、庭に1本植えられていたり、
暮らしに身近な柑橘として育てられてきました。

熟しても木から落ちず、1本の木に前の年の実と次の年の新しい実が
同時についていることもあって「代々」とも書かれ、
「代々家が絶えることなく繁栄しますように」という願いとともに
縁起のいい果物として、お正月の飾りに使ったり。

普段の暮らしのなかでも、ナマコにだいだいの果汁をかけて食べたり、
醤油にだいだい果汁を足して自家製の即席ぽん酢にしたり。

大きく育った木にはたくさんの実がなります。

だいだいの収穫。こういう風景があり続けてほしい。

カゴいっぱいに入れると20キロくらい。収穫作業も大変です。

〈BIZENうつわバー〉開店。
イノシシの出る山里で作陶する
備前焼作家、渡邊琢磨さん

備前焼を通じた交流の場をつくる
プロジェクト〈BIZENうつわバー〉

岡山県備前市というと、まず大抵の人が連想するのは備前焼だろう。
同じ岡山県の在住歴通算25年の筆者からしても同じ。

「備前? そりゃ備前焼じゃないの?」と。

備前市には備前焼しかないというのでなく、認知の度合いで備前焼が抜けているのだ。

備前で思い浮かぶものの次点としては、日生(ひなせ)という
瀬戸内海に面したエリアで養殖が盛んな牡蠣、
あるいはその牡蠣を使ったお好み焼き「カキオコ」あたりか。
そのさらに次となると、正直、腕組みをしてひねり出すようなことになるのだが、
しかしこの備前焼と牡蠣だけでも十分すぎるほどの資産価値がある。

ふたつのコンビネーションもすばらしくいい。

かたや瀬戸や信楽と並んで“日本六古窯”のひとつに数えられる伝統的な焼きもの。
「食(牡蠣)」との取り合わせが悪いはずがなく、どう扱うにも連携がとりやすそうだ。

平安時代に始まったとされる備前焼。「投げても割れない」と言われるほどの頑丈さが特徴で、当時から生活容器として碗、皿、瓦などが焼かれた。同じ景色のものはふたつとないと言われる「窯変」が最大の魅力。

〈BIZENうつわバー〉という。

備前市に在住、あるいは備前にゆかりのある人が店主となり、
食やうつわを通じて人の交流を生み出す場(バー)となる。
そんなプロジェクトがいま、備前市で新しく生まれようとしている。
さて、どんな人たちがどんな魅力を語ってくれるか。

備前焼の作家・渡邊琢磨さんを訪ねて

記念すべき第1回目のマスターは、備前焼の作家・渡邊琢磨さん。
備前焼の作家が集中する備前市伊部(いんべ)地区でなく、
市の東に隣接する和気郡の人里離れた山間に住む渡邊さんの自宅兼工房を訪ねた。

渡邊さんの自宅の庭から見える景色。瀬戸内のジリジリするような真夏の太陽が濃い緑に降り注ぐ。田んぼの後ろに控える森はどこまでも深そうだ。

気温35℃の猛暑日が続く8月某日のこと。
比較的新しいナビゲーションシステムもさすがにそこまで案内しきれなかった。
山深い市道から一段と幅の狭い脇道に入って、
右手に青々とした稲穂を見ながら奥に進み、さらにそのまた奥、
道沿いに民家が途絶える最後の家がそうだった。

背後にある深い森に半分飲みこまれたかのように見える家。
ここにたどり着く直前で、心配になって引き返す人が絶対何人かいたにちがいない。
渡邊さんが家の前まで出てきてくれ、手を振っていた。わりと控えめな感じで。

備前に生まれ、代々、窯を受け継ぐ備前焼作家とは異なり、渡邊さんは兵庫から移住して初代で窯を立ち上げた。「しがらみがない気楽さはあります。そこは生かしていきたいと思っています」と渡邊さんは言う。

〈暮らしかた冒険家〉が考える、
これからの暮らしと
オフグリッドライフ

暮らしがアートに? 芸術祭を機に札幌に移住

前回の札幌国際芸術祭(SIAF)2014を機に、札幌で暮らすようになった人たちがいる。
「高品質低空飛行」をモットーに、理想の暮らし方や働き方をつくっていく
〈暮らしかた冒険家〉。クリエイティブディレクターの伊藤菜衣子(さいこ)さんと、
ウェブディベロッパーのジョニイ、こと池田秀紀さんの夫婦ユニットだ。

東京でカメラマンや広告制作の仕事をしていた菜衣子さんと
大手クライアントのウェブ制作をしていたジョニイさんは、
東日本大震災後、熊本市の築100年の家に移り住む。

「どこでもよかったんですけどね。20年近く空き家だった家で、
水道管もだめで電気もつながっていなくて、リアルオフグリッド(笑)。
全然問題ないと思ってたけど、大問題でした」と菜衣子さん。

大家さんに相談して水道工事と電気工事はしてもらったが、
暮らしをゼロからつくっていくことに。
そんななかで、「自分たちがつくった野菜と交換でウェブサイトをつくってほしい」
という農家と、貨幣以外の価値の交換をしたりする暮らしを、SNSで発信していった。
さらに、人が人を呼んでおもしろい人たちとつながり、
何かが起こりそうなおもしろい状況をつくりだしていった。

そんなふたりの活動が、坂本龍一さんの目にとまったのは2012年。
2014年に初めての開催を控えた札幌国際芸術祭の
ゲストディレクターに就任した坂本さんは、Facebookのメッセージで
「札幌に住んで、芸術祭に参加してほしい」と要請。
ふたりは最初、ウェブ制作の手伝いか何かと思ったら、
アーティストとして、ということだったのだ。

「『君たちの暮らしはアートだ』って言われて、
自分たちがアーティスト? この暮らしが芸術祭の作品? という動揺とともに、
もうひとり客観的な自分が、こういうことも含めて芸術祭とするなんて、
坂本さんは本当におもしろいなぁ、と思って」と菜衣子さん。

実は菜衣子さんは3歳から9歳まで札幌で暮らし、
その家がまだ札幌にあったということもあり、札幌に移住することに。

熊本から札幌に持ってきた薪ストーブ。

2014年に札幌の家に引っ越し、暮らしながら家を改装。
SIAF2014会期中は土日にオープンハウスとして家を開放した。
とはいえ、改装中の家はまるで工事現場。

「これまで私たちがやってきたことや、
Facebookを見て来てくれればわかると思いますが、
芸術祭のガイドブックだけ見て来た人は『これのどこが作品なんですか?』
という人も多くて。怒っちゃう人もたまにいました」

社会と自分たちとの距離感やズレを感じたり、
コミュニケーションの難しさを感じることもあったという。

一方で、多くのボランティアスタッフが支えてくれた。
多い日は、1日50人もの人がオープンハウスに訪れる。
当時、今年3歳になる息子を妊娠中だった菜衣子さんを気遣って、
「もう奥で休んでなさい」と声をかけてくれるお母さんたちや、
すてきな差し入れを持ってきてくれる人たち。
みんなでDIYで家をつくっていくのは楽しかったようだ。