仮住まい物件はどう探す?
移住先探しの旅をするうち
三重県津市美杉町での縁を感じるようになった津留崎家。
試しに住んでみようということになり、
具体的な物件探しを始めます。
さて、どうやってお試し暮らしの家を探したのか?
そして、そこで無事移住生活スタートとなるのでしょうか…?
全力で三重の認知度向上・イメージアップに取り組む、
プロモーション企画〈つづきは三重で〉。
このサイトが、2016年11月18日(金)、
地元に詳しい方々の協力により、リニューアル。
パワーアップを遂げました。

地元愛あふれる布陣は、まさに三重づくし。
県職員が編集長、ライターは県と市の職員、
そして三重県の編集プロダクション〈OTONAMIE〉。
このサイトが、三重県に興味を持つきっかけとなり、
県内の観光・移住などの関連サイトや各市町サイトへの橋渡しとなる
県全体のサイトとなることを目指しているそうです。
「たべる(食)」「あそぶ(レジャー)」「はたらく(仕事)」
「くらす(暮らし)」「あるある」の全5カテゴリで、
三重県の魅力を全力で紹介しています。

なかでも注目は、三重県知事の鈴木英敬さん自らが
オリンピックを目指す義足ランナーを取材する記事も。
県内各地へ出かけ、夢を実現するため三重を舞台に
がんばっている人たちを紹介しています。

平和通買物公園沿いに建つ七福ビルに入ってすぐの場所に、
お昼どきには行列のできる名物のお惣菜屋さんがあります。
「弁当、400円でザンギ入れて、おまかせで。ごはんなし」
「のりメンチ6個ね」「卯の花、まだある? 500グラムちょうだい」
そんなお客さんの声が飛び交う、活気あふれる旭川ならではのまちの風景のなか、
お店のたたずまいは、昭和の風情をそのままとどめています。

訪れた午前中には、ホーローバットにたっぷりのお惣菜が。営業中もつくり足していますが、夕方にはほとんど売り切れてしまうそう。
ガラスケースにずらりと40種類以上並ぶお惣菜は、
ボリュームたっぷりでどれもリーズナブル。
創業昭和37年、まちに愛され、〈七福弁当〉の愛称で知られる〈鈴木商店〉は、
市民はもちろん旅人にとっても頼れるお店です。


〈のりメンチ〉(1枚70円)。種類をたくさん食べたい人向けに、1枚を半分にカットしてもOKという、うれしいサービスも。
さまざまな人気商品を誇る七福弁当。なかでも創業以来のロングセラー商品は、
特製メンチをのりで挟んで揚げた〈のりメンチ〉。
かぶりつくと、玉ねぎの甘みが絡んだジューシーな肉感に、
香ばしいのりの風味が絶妙なバランスです。
このほかにも、北海道名物の鶏唐揚げ、
ザンギ(100グラム200円)や、きんぴらごぼう(100グラム180円)、
うの花(100グラム100円)などの定番商品が飛ぶように売れていきます。

てきぱきと立ち働くスタッフの皆さん。おまかせ弁当を3つお願いすると、それぞれおかずを変えてぎっしりと詰めてくれました。
ここ七福弁当での買い物の醍醐味は、〈おまかせ弁当〉にあります。
希望の値段、入れてほしいお惣菜、ごはんをつけるかつけないかを伝えたら、
あとは店員さんが独自に選んで詰めてくれるというスタイル。
どうしても食べたいお惣菜を先にチェックしてから、ぜひ、おまかせで頼んでみて。
「野菜多めに」「揚げ物少なめ」などの希望にも、もちろん対応してくれます。
味がしみしみの大根やナポリタンなど、どのメニューも本当においしくて、
気取らない茶色なお弁当にほっとします。

人気商品を詰めてもらったごはんつきのおまかせ弁当。これでなんと410円!かなりの量と思いきや、女性でもぺろりと完食できるおいしさ。

本棚の中にベッドが埋め込まれ、まるで本棚の中で眠るような体験ができる
ホステル〈BOOK AND BED TOKYO〉。
2015年、東京・池袋にオープンし、国内外のお客さんから大好評のこのホステルが、
2016年12月2日(金)、第2店舗目となる〈BOOK AND BED TOKYO 京都店〉をオープン!
館内の中央に最大5,000冊収納可能な本棚を、島のように配置。
ブックセレクトは、京都の個性派本屋さん〈恵文社一乗寺店〉が担当します。
読書をしながら寝落ちしてしまう、幸せな体験を提供してくれます。



ホステル内のデザインは池袋店につづき、
谷尻誠氏・吉田愛氏率いる〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉、
グラフィックデザインを〈Soda design〉
ブックセレクトは〈SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS〉によるもの。


また、〈BOOK AND BED TOKYO〉お楽しみメニューのひとつ、
であるビールも京都バージョンでご提供!
京都産を中心に数種類の地ビールを、館内にある
“BOOK AND BED AND BEER”と称したバースペースにて、
宿泊者向けに販売を行います。

バースペース“BOOK AND BED AND BEER”
飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。
今回は高山市で注目すべき場所を紹介。
すでに観光地としても名高く、特に最近では外国人観光客に人気が高い。
彼らも東京などの都市部とは違う魅力を発見しているようだ。
自然が近く、その恩恵を受けた高山を堪能してほしい。

全国各地に四十八滝と呼ばれる滝の集まりがある。
某アイドルグループと同じく正確に48ではなく、数が多いことを指すが、
約800ヘクタールの県立自然公園に、無数の滝が存在している。
標高1200メートルにある滝上川が源流で、名前をつけられている滝が13ある。
高さ18メートルの急峻な滝や、2メートル程度のゆったりとした角度で流れる滝、
幅の広い滝など、すべてが独特の表情を見せてくれるので飽きない。
すべての滝を巡るように登って行くと、所要約1時間。
道は整備されているので、普段の格好のままでも
充分に歩ける(もちろんスニーカーなど動きやすい格好がベター)。
滝と飛騨の木々、つまり水と緑で目にも心にも栄養を。

information
宇津江四十八滝県立自然公園
住所:岐阜県高山市国府町宇津江3235-86
TEL:0577-72-3948(四十八滝総合案内所)

今年4月にオープンしたばかりの民藝ショップ〈やわい屋〉。
高山市街地からは車で20分ほど。のんびりとした雰囲気の景色を進んでいくと
味のある建物が見えてくる。実は移築した古民家なのだ。
「オリジナルに近いかたちのまま、次に誰かが移築するときも
また使えるようにお願いしました。だから間取りもほぼそのままです」
この古民家を見に行くだけでも充分におもしろい。
店主の朝倉圭一さんは民藝の考え方に影響を受けてこのお店を始めた。
店内には、数々のうつわや小物が並んでいる。
「工房に見学しに行って、暮らしぶりや考え方に共感した作家の作品を
置かせてもらっています。みんなやさしく迎えてくれるんですよね。
それが民藝のあたたかさ。同じことをこのお店でも感じてもらいたい」

取り扱う作家数を増やすよりも、好きになった作家の作品を
なるべく多く取り揃えようとしている。現在は13組の作家の商品がある。
「まちの専門店になりたいんです。かつての魚屋さんや八百屋さんのような。
特殊なものがあるというよりも、“いいのが入ったよ”と教えてくれたり、
あそこなら間違いないものがあるというお店です」
飛騨地方で民藝のことが知りたいなら、まずはやわい屋へ。

information
やわい屋

高山のまちを一望できる高台に、山小屋のようなカフェを構えて38年。
まち中からプラプラと散歩がてら歩いていくのに
ちょうどいい距離にあるのが〈檪(いちい)〉だ。
地元の人が、友だちや親戚が来たときに連れて来て、
まちのアウトラインを説明していることも多いようだ。
景色がいいので、テラス席は最高だし、屋内席でも窓が大きいので
日差しが心地いい。なんだかのんびりしてしまう。
「長時間大歓迎です。パソコンで仕事してもいいし、お昼寝してもいい。
昼寝できるくらいリラックスしてもらえるのが理想です。
欧米人の方のほうがそういう使い方がうまいですよね。
トランプなんかして、5時間くらいいる人もいますよ」

西向きなので、夕陽が美しく、桜並木なので春には華やかな風景を見せる。
移りゆく自然も堪能できる。ちなみに檪というのは木の名前だが、
岐阜の県木であり、高山の市木でもある。まるでこの地を象徴しているようだ。
お店は道の突き当たりで、この先には北山公園がある。
そこからはまちの反対側を臨むこともできる。ぜひ公園とセットで訪れたい。

information
檪
住所:岐阜県高山市三福寺町4340
TEL:0577-34-9016

飛騨地方、特に高山市の国府町で、以前は盛んに栽培されていた「なつめ」。
かつては子どもたちが、庭先などに生えているなつめを採って食べていたそう。
いまでも庭になつめの木を植えている家庭も多い。
ひと粒2~3センチの大きさで、薬膳料理などに使われるなど珍重されてきた。
熟したものは、そのまま生でいただける。
リンゴと比べられるようにさわやかでシャリシャリとした食感だ。
なつめの甘露煮は、飛騨のみで食べるといわれる郷土料理。
朝市などで生のなつめを購入して甘露煮をつくってみるのもいいが、
まずはお手軽な缶詰めもある。おみやげにも喜ばれそうだ。
ここまでなつめを日常的に食すのは飛騨だけ。
訪れた機会にぜひ、なつめデビューしてみては?

江戸時代、飛騨の政治が行われていた場所。役所や家などを総称して陣屋という。
全国で唯一、郡代役所の建物が現存していて、現在のものは平成8年に
修復・復元が完成。江戸時代の〈高山陣屋〉の姿がほぼ再現された。
高山観光のハイライトともいえる。
観光客でいつも賑わっているが、一度は訪れておきたい場所だ。

江戸時代、高山は天領地と呼ばれ、幕府の直轄地になった。
それを証明するのが葵紋の幕。水戸黄門のアレと同様である。
館内を見学してみると、細かいデザインなどおもしろい。
ガイドツアーに参加すれば、江戸時代の高山を勉強しながら、
より立体的に思い描くことができそうだ。

information
高山陣屋
住所:岐阜県高山市八軒町1-5
TEL:0577-32-0643

「TOKU & 小沼ようすけ Duo Live in 飛騨高山 at 日下部民藝館」
高山で音楽を楽しみたいと思ったら、絶好の場所がある。
ライヴハウスでも、クラブでもない。
築100年を超える古民家で、高山の郷土料理が食べられる〈久田屋〉だ。

主催しているのは久田屋の久田上総さん。
年に数回、久田屋を使ってジャズを中心として音楽ライヴを開催している。
和の空間、しかも古民家でジャズを聴くなんてオツなもの。
お酒は持ち込み自由で、おつまみを提供するという。
「いつも家で飲んでいるお酒を持ってきてもらって、
アットホームな雰囲気で、楽しんでもらいたい。
自分自身がお酒を飲み歩くのが好きなんです。
ホールのようなところでライヴを聴くのもいいけど、
“日常の延長線上にある非日常”みたいなものを目指しています」

久田さんは、高山生まれ。高校まで高山で育ち、その後関西に移住。
自身も音楽活動をスタートして、勉強のためにアメリカに2回ほど留学している。
「古民家で生まれ育ったので、正直、昔は特に憧れのようなものはありませんでした。
自分の家ですからね(笑)。でも外に一度出てみて感じるのは、
100年以上の古民家がたくさんあって、しかもそこでライヴもできてしまう。
そんな土地は珍しいのではないでしょうか」
久田屋以外にも、最近では〈日下部民芸館〉でも開催することもある。
こちらはやや広めなので、ビッグネームを招聘することも。
地元の人にとっては歩いていけるような場所なので、
年配の方は着物で着てくれることもあるという。
旅先で、地元の人にまじってライヴを楽しんでみるというのも
おもしろい体験になりそうだ。

information
久田屋

江戸時代に徳川将軍にも献上されたという記録も残っている飛騨の山椒。
奥飛騨の山中で、高度800メートル、半径5キロメートルという、
ある限られたエリアの土地で栽培された山椒のみが、高い香りを生み出す。
ちなみにほかの土地に移植してもこの香りは出ないという。
そんな飛騨産山椒を100%使用してつくられているのがこの〈飛騨山椒〉の〈山椒粉〉。
創業以来、天日干しにこだわっている。乾燥機などを使うと香りが飛んでしまうからだ。
その後、種と皮を分け、皮のみ杵と石臼でついて粉にしていく。
その味と香りの良さは全国的にも知れ渡っている。
たかが山椒と侮るなかれ、飛騨の山椒を試してみるべし。
information
■日本一広い、飛騨地域の中心市「高山市」をもっと知るには↓

ただいま岐阜県美濃地方で、秋恒例の大イベント
〈中山道ぎふ17宿歩き旅 2016〉が開催中です!
これは、古くからの宿場町の雰囲気が残る中山道ぎふ17宿を、
まるごとテーマパークにするイベント。
2016年11月27日(日)まで、食や美容、伝統芸能など様々な
プログラムを毎日開催しているんです。

中山道
毎日どこかでイベントが行われていますが、
中でもオススメは、11月27日(日)。
中山道のハイライトともいえる〈馬籠宿〉で、
散策と名物の味を楽しめるプログラムが開催されます。
馬籠宿は全国でも珍しい坂に開かれた宿として知られているところ。
プログラムでは、馬籠峠までの道のりをガイドさんと共に散策します。
散策のあとは、峠のお食事処〈樹梨〉にてお昼ごはんが用意されていて、
文豪・島崎藤村も食べた馬籠の三大名物
「五平餅・信州そば・栗こわめし」を堪能できるそう!

馬籠の三大名物
冷たい風の吹く10月中旬、美深町の山あいにある
元恩根内小学校を活用した〈アートヴィレッジ恩根内〉のカフェに入ると、
パチパチと燃える薪ストーブの火が出迎えてくれました。
懐かしいたたずまいの校舎のなか、
木のぬくもりに包まれた暖かな空間に、冷えた体がほっとゆるみます。

アートヴィレッジを運営する工藤 貢さん、眞紀美さん夫妻が4年間かけ、丹精込めてつくりあげてきた校舎内のカフェ。薪ストーブやテーブル、椅子はもちろん、なんと窓枠や木製ライトまで手づくり。
2009年にオープンしたアートヴィレッジ恩根内には、
まちに住む人や作家活動をする人が利用できる、
絵画室や木工室、暗室などが整備されています。
美深町では、ここの木工室を使って、冬の新しい遊びとして注目を集める〈雪板〉の制作から、
完成した雪板で美深の雪山滑りまでを楽しめる、魅力的な体験プログラムがスタートしました。
主宰するのは、美深を中心に有志が立ち上げた、
道北の魅力を発信するプロジェクト〈BASIS〉(ベイシス)。
“Craft & Play”を掲げ、“遊び道具を自分でつくる楽しみを知り、
それを使って道北の自然をぞんぶんに味わう”ことを伝えています。
屋外での体験には、雄大な眺めを楽しめる天塩川カヌー下りプログラムも。

完成品の雪板。スタッフが試行錯誤を重ね、よく滑る現在の形までたどり着いたそう。乗る人の個性やスタイルに合わせた加工ができるのも雪板の特徴。
近年、国内外のスノーボーダーに注目されている手づくりの雪板。
パウダースノーを、木の板で滑るアクティビティがじわじわと人気となっています。
ビンディングがない一枚板なので、持ち運びも手軽。イメージは、ソリ遊び。
ガイドとともに新雪の森のなかへ入りスロープを滑ったり、雪遊びを満喫できます。
なだらかな丘が続く美深の地形は、
雪板で滑ると臨場感たっぷりで最適なロケーションなのだそう。
本格的な雪板は一枚板から削りだし、こだわりの樹種の場合10万円以上するものも。
美深町の雪板づくり体験では、板を重ねて厚みを出し、
カーブをつけたのちにカットして塗装までを行います。
「つくり方はいたってシンプル。雪板は誰でもつくれるし、初心者も簡単に扱えますよ」
雪板づくりを教えてくれるのは、BASISを立ち上げた
美深町観光協会の事務局長、小栗卓さんです。さっそく、その手順を見せてもらいました。

まずは厚みをつくるため、ベニヤ板に手早く均一にボンドを伸ばし、4枚を貼り合わせていきます。板の厚さにも意味があり、初心者はゆっくり滑ることをイメージして薄い板を、上級者は加速をつけるため厚い板を使います。

これまで50枚以上の制作を重ねてきた小栗さん。そのなかで考案された、カーブを出すための専用台へ、重ねた板を金具でしっかりと固定。

基本となる板のでき上がり。次は特製の型にそって、好きな形にカットします。

基本の型以外に、先端の形を変えたり、板の幅を太くすることも可能。

電動ノコでカットしていきます。細かい粉が飛ぶので、体験では汚れてもいい服装がおすすめ。

丁寧にヤスリがけ。この工程で、滑りが格段に良くなるそう。

仕上げに、試行錯誤を重ねて行き着いた、水性ウレタンニスをペイント。

左ができ上がった雪板。ここから好みで色を塗ったり、右の完成品のように滑り止めシートを貼り付けて完成。見た目より軽く、運ぶのも楽です。
雪板づくりの所要時間は約3時間。希望者はでき上がった雪板を背負い、
ガイドつきの雪山ツアーへ行くこともできます。雪板を満喫できる、
美深町近郊のとっておきのバックカントリーをご案内。
「初心者でも、上手に滑れなくても、
ふわふわの雪が受け止めてくれるので、大丈夫。本当に楽しいですよ」と小栗さん。
町内にある、アウトドアガイド〈リバートリップキャメル〉では、
雪板遊び体験のみも受け付けています。

静寂の森へ向かい、新雪のなかを滑るのは壮快!(写真提供:美深町観光協会)
制作体験がひと息ついたら、校舎内につくられた
ギャラリースペースにも立ち寄ってみましょう。
廊下には、近郊遺跡の出土品を展示するガラスケースも。
廃校から8年、今もさまざまな人が訪れ生かされている校舎で、
アート作品や、まちの歴史に触れることができます。


ギャラリースペースでは、道北各地で巡回開催された〈道北アート〉展が開催されていました。“アートで道北を盛り上げていこう”と工藤さんを中心に2016年からスタートした事業で、上川北部、留萌、宗谷が、地域を超えて連携しながら道内外へ向けて道北を発信しています。
アートヴィレッジの運営とともにカフェを切り盛りする工藤さんは、小樽出身。
札幌で作家として版画制作を行い、奥さまも画家として活動してきたそう。
おふたりは静かな環境で作品制作に打ち込むため、
アトリエとして使える廃校を探して道北を回り、最後にここ美深にたどり着きます。
「持ち主である美深町役場からは、アトリエだけでなく、
地域に寄与する活動をと依頼されました。私は内装や木工は初体験だったけど、
カフェをつくったり、木工室などものづくりの場を整備したのは、
そもそも地域のおじいちゃんおばあちゃんのために始めたこと。今もその思いで続けています」

立派なカウンター席で水出しコーヒーを淹れる工藤さん。カフェメニューはブレンドコーヒー(300円)などドリンクのほかにケーキ(各300円)も。ドライブのひと休みにも立ち寄ってみては。
地域の人たちへ開かれたカフェは、近所のおじいちゃんが酒瓶を持って訪れたり、
近隣の忘年会や新年会の会場になるほか、
木工室では、持参したまな板を削るおばあちゃんもいるそう。
自由に過ごせるコミュニティスペースとしての機能を果たしています。
港町・釧路には、まちの文化の薫りを色濃く醸す古書店があります。
釧路駅の駅裏と呼ばれる地区で30年以上営業している〈豊文堂書店本店〉と、
喫茶店を併設する支店の〈豊文堂書店北大通店〉。
一歩店内に足を踏み入れると、まるで本の海に飛び込んだような、
本好きにはたまらない空間が広がっています。
常連客や旅人を魅了するふたつの古書店で、
本のこと、お店のこと、地域と文化の話をお聞きしました。
まず向かったのは駅裏の本店。
小さな店構えですが、特に北海道に関する書籍が多数そろっています。
うず高く積まれた本の中を進むと、
奥のカウンターから社長の豊川俊英さんが顔を出してくれました。
「図書館分類は無視して、独自の並べ方をしているの。そのほうがおもしろいでしょ」
釧路の基幹産業である漁業や石炭業に関する本、北方領土や樺太に関する文献、
多彩な文庫本、レコードなど、
棚を細かくみていくと、不思議なくらい次から次へと気になる本が出てきます。

気さくな雰囲気の豊川さん。探している本の名前を告げると、「ああ、あれね」とすぐに棚から出してきてくれました。
カウンター横の棚には、
昭和30年代のベストセラー、釧路を舞台にした小説『挽歌』が有名な原田康子さんや、
釧路出身の直木賞作家、桜木紫乃さんの著作がずらり。
ふたりを育てた釧路の同人誌『北海文学』のバックナンバーも揃っています。
少しどんよりした霧の日が多い釧路の夏。
「やっぱり、この気候が文学を育てるんだろうねえ」と、豊川さんはしみじみ語ります。

豊川さんは釧路出身。大学時代を東京で過ごし、その後、
かつて釧路にあった百貨店〈丸三鶴屋〉で婦人服のバイヤーなどを務めました。
東京転勤となったのち、東京の古書店を巡っているうちに
「自由でいいなあ」と思い立ち、1982年、故郷に戻って豊文堂を開業。
30年以上、この地で古書店の灯をともし続けています。
豊文堂書店の本の仕入れは、ほとんどが釧路やその周辺。
以前は東京や札幌で行われる古書組合の競りにも参加していましたが、
今は店の品揃えや経費を考え、地元で仕入れるのが理にかなっているそう。
豊川さんは「買い入れは個人のほうが多いかな。
地元の歴史や産業の本は地元で仕入れるのが一番だし、地産地消だね」と話します。
そんな豊川さんが今、力を入れているのは釧路を中心とする道東の『学校史』です。
少子化や過疎化でどんどん地域の学校が閉校してしまう時代。
学校史は地域の歴史そのものであり、
懐かしんで記念誌を手に取るお客さんも多いと言います。
「なくなっていくから、貴重になるんだよね」
地域の歴史を残すこと、それを受け継ぐこと、
大切な役割の一端を担っているという自負が見えました。

豊文堂書店北大通店の店先。夜は北大通のオレンジ色の街灯に照らされています。
「あっちはあっちでおもしろいよ」という豊川さんに別れを告げて向かったのが、
釧路駅から幣舞橋までの目抜き通りに面した〈豊文堂書店北大通店〉です。
ここは1階が古書店で、2階が喫茶店。オフィス街でありながらビジネスホテルも多く、
観光客やビジネス客などさまざまな人が訪れやすい場所です。
「観光に来たみなさん、荷物になるのもいとわずにけっこう買っていってくれますね」
1階の店長・川島直樹さんが、入り口そばのカウンターで迎えてくれました。

カウンター前に並ぶ古書。寺山修司や須賀敦子、小檜山博、そしてトイレに関する本。幅広いです。
北大通店の選書や運営を任されている川島さん曰く、品揃えは「本店より一般的」。
釧路の郷土史はもちろん、文学や自然、食、SF、アート、サブカルチャーなど、
幅広いジャンルで、専門性が高いもの、視点が鋭いタイトルが並んでいるのに驚きます。
川島さんの得意分野、映画に関する本やパンフレットも豊富で、
カウンターの後ろには過去の映画のチラシなどがびっしり貼られています。
「余白恐怖症で、すき間があると貼ってしまいます」と笑う川島さん。
ビジネス書と自己啓発本以外は、ほぼ網羅しているそうです。

無数のパンフレットやフライヤーに囲まれる川島さん。豊文堂書店のウェブサイト右下のほうで「本日の在庫お問い合わせ」という、クスッと笑える備忘録を更新しています。
川島さんも釧路出身。中学生の頃から本店の常連客として文庫本を読みあさり、
市外に進学・就職しても、帰省のたびに店を訪れていたとのこと。
転機は2003年。本店の豊川さんから
「北大通店を始めるから、店長をやらないか」
とスカウトされて、そのまま店長に。驚くような成り行きですが、
「本が好きだったのでありがたかったです」と話します。

閉店した隣の画廊から譲り受けたマッチラベル。
古い電話や掛け時計、アサヒビールの看板など、
本に混じってディスプレイされている品々は、不思議と店の雰囲気とマッチしています。
隣の画廊が閉店するときに譲り受けた古いマッチラベルのコレクションは、
歴史を感じるレトロなデザイン。
「お客さんからの買い入れ次第で棚がどんどん変わっていく。
いつもおもしろい本が入ってきますよ」
川島さんの言葉から、本とお店への愛がにじみ出ていました。

階段横の棚にある食に関する本。女性に人気のコーナーです。
食の本棚を眺めながら階段を登れば、2階には〈喫茶ラルゴ〉があります。
ブラウンのフローリング、オレンジ色の照明、大きな窓から見える北大通の風景など、
老若男女の誰もがくつろげるであろう、落ち着いた雰囲気です。
ラルゴのマスターは、はにかんだ笑顔が素敵な豊川大輔さん。
社長の豊川俊英さんの息子さんです。釧路で生まれ育ち、
神奈川県の機械工場などで働いたあと、北大通店の2階が空いていたことから、
2006年に念願の喫茶店をオープンしました。
スパゲティやハンバーグなど洋食メニューにドリンクが付く
日替ランチ(880円)が人気ですが、ブレンドコーヒー(430円)、
クレームブリュレ(300円)など手づくりスイーツも充実しています。
季節限定のカボチャプリン(400円)は、やさしい甘さが口の中に広がりました。

カボチャプリンとブレンドコーヒー。
年10回ほど開催している音楽ライブもラルゴの特徴。
音楽好きな大輔さんがセレクトするさまざまなジャンルのアーティストが、
アットホームなライブを繰り広げます。大輔さんは
「もともと音楽ができるお店を開きたかった。これはずっと続けていきたいですね」
と思い入れを語ります。

ラルゴの豊川大輔さん。1階の川島さんとはまるで兄弟のようです。
三者三様で、居心地のよい雰囲気をつくり出す豊文堂の3人。
チェーン店では決して出せない各店の個性はゆるく、熱く、心地よく感じられます。
ぜひふたつの古書店をはしごし、ラルゴでひと休みし、
情緒あふれる釧路のまちと文化に触れてみてください。
information
豊文堂書店本店
information
豊文堂書店北大通店
住所:釧路市北大通8−1
TEL:0154−31−4880
営業時間:10:00〜19:00
定休日:不定休
※駐車場あり
information

喫茶ラルゴ(豊文堂書店北大通店2階)
先月、鳥取県で最大震度6弱を観測した地震。
ほとんど被害がなかったため、
いまは通常通り営業している鳥取の〈三朝(みささ)温泉〉ですが、
地震発生から一週間で約10,000人以上の宿泊キャンセル(2016年11月3日時点)が
発生してしまっているのだそう。
そんな三朝(みささ)温泉を応援する
特別キャンペーンが始まります!
ひとつは、三朝温泉旅館協同組合加盟旅館にて、
1予約20,000円~の宿泊料金が10,000円引きになる
限定クーポン券の発行。2016年11月14日から、
じゃらんnet、楽天トラベル、るるぶトラベルの各サイトより取得できる
10,000円割引クーポン券で申し込むことができます。
そしてもうひとつが、大阪・三朝温泉間を往復1,000円(税込)で
利用できるバス〈鳥取県三朝温泉元気です号〉の運行です。
運行は2016年11月27日から2016年12月25日まで!
詳細はこちらから。

三朝温泉は、開湯850年の由緒正しい温泉地。
世界有数のラドン含有量を誇り、新陳代謝を活発にする効果が
あると言われています。その名前は“三たび朝を迎えると元気になる”と
いうことから付けられたのだそう。
例年、心と身体の癒やしを求める多くの観光客で賑わっています。
そしてなんといっても、いまは日本海で獲れたカニのシーズン!
カニ漁は、一年のうち半分以上が禁漁期であり、捕獲できるのは11月から3月まで。
2016年は松葉ガニ漁が11月6日に解禁となり、各温泉旅館では、
地元賀露港などで獲れたばかりの松葉ガニを使った、
活松葉蟹会席やズワイガニフルコースなどを提供中です!


日本海のカニは、他では味わえない絶品。
旬の“カニ料理”を刺し身・焼き・茹で・揚げなどで、
心ゆくまで堪能してはいかがでしょう。
飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。
そのなかから今回は飛騨市で注目すべき場所を紹介。
最近では映画『君の名は。』の聖地巡りを楽しんでいる人も多いが、
通常の観光エリアから一歩踏み込んだ飛騨を感じてもらえるだろう。

飛騨がある岐阜県は、全国有数の森林県。特に飛騨は木工のまちである。
そんな木工技術やクラフトマンシップを、
手軽に、そして間近に感じられるカフェがある。
古川のまち中から少し離れたところにある〈calm’s cafe〉だ。
オーナーの堅田恒季さんは、木工職人でもある。
それだけに店内はクラフト感にあふれている。
「カフェをやりたいというより、カフェの空間をつくってみたかったんです。
だからトータルコンセプトがあるわけでもなく、
その時々の“こうしたい”が集まっています。
窓も、たまたま持っている窓があって、それに合わせた間仕切りと形だったりします」

カフェでありながら、堅田さんがつくった商品のショールームにもなっているのだ。
カフェの奥は工房になっているので、木の香りも漂ってくる。
クラフト好きにはたまらない空間だ。ワークショップを開催していることもあるので、
飛騨の木工を肌で感じたい人は参加してみては?
そもそも堅田さん自身、ものづくりせずにはいられない人。
お店に遊びに行くたびに、何かが変わっているのだ。それを楽しむのもあり。

information
calm’s café

いまや映画『君の名は。』の聖地巡礼地として人気の飛騨市図書館。
そのなかで地元で20~30代の利用者が少ないということから始まった
「大人の時間」が話題だ。このイベントをメインですすめているのが司書の堀 夏美さん。
「本にあまり興味がない人にも図書館を使ってほしい。
読むだけでなく、調べものもできるし、
いざというときに図書館があるということを知ってほしい。
一度行ってみたいと思わせるフックをいろいろなジャンルでつくっています」
これまで、大型本を並べてギャラリー風にしたり、大人向け絵本の朗読会をしたり。
ジャズライヴや蓄音機を使った試聴会も行われた。
最近注目を集めたのが、なんと官能小説朗読ライヴだ。堀さんたち自身が朗読した。

これからは、ただ目立つだけでなく、
より地元の人たちと一緒につくりあげていきたいという。
飛騨で薬草を普及しようとしているグループと一緒に、
マイ薬草茶をつくる催しも「魔女の集い」として開催された。
「人が集まったときに生まれる会話を大事にするのも、
情報拠点としてやるべきことのひとつだと思います。
ローカルだと特に、人との会話のなかで知る情報が大事なんです」
飛騨市図書館のイベントをきっかけに、飛騨古川を訪れてみてもいいかもしれない。
飛騨のことをより知ることができる場所で、いっそう飛騨に詳しくなれそうだ。

information
飛騨市図書館

飛騨エリアは、漬け物が盛ん。冬の保存食として発達してきた。
古川のまちで漬け物名人として知られる加藤敏子さん。
販売などはまったくしていないのに、昨年は330キロの漬け物を漬けたという。
「生まれも育ちも古川です。子どものころから実家でも親から漬け物は習いました。
ここに嫁いで、こちらのお母さんからも習いました。
昔からある定番は、白菜と赤かぶらを使った“切り漬け”。基本的には塩のみで漬けます」
この切り漬けは、いつもはそのまま食べるが、
「漬け物ステーキ」になったり、「煮たくもじ」になったりもする。
「切り漬けも時間が経つと酸っぱくなってしまいます。その直前に冷凍しておきます。
解凍して、2回茹で、水分を絞った後、ごま油で炒めて煮たものが煮たくもじです」

いまでも漬け物を漬ける家庭が多いという古川。
敏子さんの最新版は、きゅうりのきゅーちゃん漬け、
きゅうりのからし漬け、大根の柚子漬けなど。
最近では少なくなってきたというが、それでも漬け物の味は各家庭に伝わっている。
せっかく飛騨に来たならば、漬け物を食べないという手はない。


漬け物は飛騨エリアの名物だが、飲食店でよく提供されているのが漬け物ステーキだ。
漬け物をステーキに? と思うかもしれない。実際にその通りなのである。
鉄板や陶板などで漬け物を焼き、ステーキのように供される。
もともとは古くなってしまった漬け物の再利用として考えられたというが、
定番メニューのひとつとなったいまでは、漬け物ステーキ用に
わざわざ塩を強めに漬けて、保存をしていたりもする。

「味付けは飲食店や家庭によってさまざまです。
うちは卵を落として醤油をかけてもらいます」と言うのは、
古川で50年お店を構える居酒屋〈香梅〉さん。
卵でとじるところが多いなか、こちらは生卵を落とす。
好みの半熟加減にしてトローリおいしい。
飛騨地方では、いろいろなところで食べられる漬け物ステーキ。
食べ比べをしてみても楽しい。

「なすの田舎焼き」も辛めの味噌が絶品。
information
香梅
住所:岐阜県飛騨市古川町金森町15-38
TEL:0577-73-4035

映画『君の名は。』を見た人のなかには、前半のシーンで、
主人公が組み紐をしているシーンを覚えているかもしれない。
あの組み台が実際に店頭に置かれているのが、120年続く呉服屋の
〈大洞(おおぼら)〉だ。現在の店主、大洞壽賀子さんは6代目。
着物の販売と仕立て直しなどのメンテナンスを受けつけている。

3年ほど前には、ゆかたと着物の着付けサービスも始めた。
特に外国人観光客に人気だ。
「4割くらいは外国のお客様です。帯のみで留めている感覚がおもしろいようですね」
和装は、外国人であっても古川のまちと調和して美しく見える。
日本人であるなら、なおさら挑戦してみたい。
「観光客の方とお話して、住んでいてはわからない
地元の魅力に気がつくことが多いです」と言う大洞さん。
だから組み紐きっかけでも、気軽に訪れてみよう。

information
染めと呉服 大洞(おおぼら)
住所:岐阜県飛騨市古川町本町2-15
TEL:0577-73-2209

まち外れの石段をのぼっていくと、平安時代に建立されたとされる
〈気多若宮神社(けたわかみやじんじゃ)〉の境内にたどり着く。
そこからは古川のまちを一望できるので、
まずここを訪れてみると全体像をイメージできる。

毎年4月19日、20日に行われる有名なお祭り〈古川祭〉は、この神社の例祭であり、
祭りで大きな太鼓を打ち鳴らす〈起こし太鼓〉が奉納されている。
4月の古川祭に行けなくても、まちを象徴する存在である気多若宮神社で
その息吹を感じたい。

information
気多若宮神社
住所:岐阜県飛騨市古川町上気多1297

古川の住民も日常生活用水として汲みに来るという湧き水。
〈天王洞〉は道路から少し入った場所に水場があるが、その先の階段を登って行くと、
上には不動明王が祀られており、もっと小さな水場がある。

飛騨地方は湧き水が豊富で、生活と密着している。
ひっそりとあるこの水場で、まずは飛騨のおいしい水を感じてみよう。


飛騨地方らしいおみやげといえば〈豆つかげ〉。
大豆を醤油と砂糖で味つけした小麦粉で揚げるだけという、実にシンプルな逸品。
飛騨の方言で「つかげ」とは「揚げたもの」を指す。
農家の大塚智英さん一家がコツコツと揚げているのだ。
少しかためだが、バリバリと食べ進める食感が心地よい。
パッケージも透明の袋に飾り気のない文字。「ベスト・オブ・素朴」とでもいうべき、
しかしやめられない止まらないおつまみである。
宿でビールのおともに、駅やまち中のお店でも売っているので、おみやげにも最適。
■新しいものと古いものが混在するまち「飛騨市」をもっと知るには↓
山と自然を愛した、伝説の文芸誌『アルプ』を知っていますか。
1958年から1983年まで発刊され、哲学者で詩人の串田孫一をはじめ、
詩人の尾崎喜八、版画家の畦地梅太郎、作家の深田久弥ら多彩な執筆陣が
山への畏敬と自然賛歌の精神を伝え、多くの登山家たちを魅了しました。
世界自然遺産・知床半島の玄関口、知床斜里駅から徒歩約20分。
静かな住宅地の中に、
そのアルプの資料を展示する〈北のアルプ美術館〉がひっそりと佇んでいます。

緑に囲まれてひっそりと佇む、山荘のような北のアルプ美術館。
オホーツクの風雪から守るように囲む白樺林、
昭和で時を止めたかのような雰囲気に引き込まれるかのように、
この小さな私設美術館には1992年の開館以来、
全国から『アルプ』を愛する人々が訪れています。
『アルプ』はA5版、70ページ前後の小冊子ながら、紀行文や詩、
スケッチなどが豊富に盛り込まれた芸術性の高い内容。
幾多の山岳雑誌のような登山道具の広告や、山のコース解説などは、一切なし。
芸術の観点から山と真摯に向き合う
孤高の月刊誌として300号まで発刊されました。


山と自然の文芸誌『アルプ』。毎号表紙は、山をモチーフにした素朴な版画があしらわれています。一部のバックナンバーは館内で購入可能です。(photo:シリエトクノート編集部)
ひとたび館内に足を踏み入れれば、
建物の持つノスタルジックなムードと、
山へのロマンにあふれた独特の世界観に心を奪われることでしょう。
西洋風な外観が特徴的な建物は1961年築。
三井農林斜里事業所(1974年に撤退)の旧社員寮で、アルプのイメージに合わせ、
山荘風に改修したそう。
歩くと「ギシ、ギシ」と音をたてる廊下に歴史の重みを感じつつ、
2階へ上がると、8室にわたる展示室にアルプのバックナンバー、
参加作家の生原稿やスケッチ、山岳図書などが整然と展示されています。
六花亭の包装紙イラストでおなじみの画家、
坂本直行さんが描いた知床五湖や斜里岳のスケッチなど、
知床にゆかりの深い絵画作品も数多く見られます。
凝った装丁の山岳関連書籍がぴったりと収められた木製本棚、
スケッチや生原稿の美しさが映えるガラスケース、
廊下でひと休みできるベンチ。これら展示什器のほぼすべてが、
昭和モダンな館内の雰囲気に合わせてこしらえた別注品とのこと。
館長の山崎猛さんの並々ならぬ美意識が伝わってきます。

アルプ参加作家、畦地梅太郎、中村朋弘、山口燿久によるスケッチや文。
「アルプに出会って、人生が変わってしまいました」と、
山崎さんは目を細めながら振り返ります。
1937年、北海道南西部の乙部村(現・乙部町)生まれ。
読書好きが高じて斜里町内の書店で働いていた20歳のころ、
アルプ創刊号を手にし、大きな衝撃を受けました。
「心にスッと染み込むような串田孫一の文章、
自然観と人生観がめいっぱい表現された誌面に心揺さぶられ、
新たな美術や音楽の世界にも導かれました。
テントを揺らす風を『カンタータのリズム』、と表現した文章があれば、
そのレコードを探したりね」
アルプを読み続けるうち、身近な自然に関心が高まり、
自身も写真家として知床の風景へとレンズを向けるようになります。

「美術館は人生最後の大仕事。自分のすべてを賭けてきた」と語る山崎さん。

串田孫一の著書の一部。山岳文学、画集、小説、哲学書、翻訳など執筆分野は多岐にわたります。
休日のたびに山や海の撮影へくり出すようになった山崎さん。
そして、アルプへ送り続けていた写真がついに掲載され、
憧れの串田氏と交流が芽生えます。
同誌終刊後も情熱は冷めず、「アルプの精神を次世代に伝えたい」と、
約10年間の準備期間を経て、1992年に美術館を開館。
アルプ編集関係者や作家から寄贈された生原稿や原画などは約5万点に達しました。

美術館に飾られた串田氏の写真。(photo:シリエトクノート編集部)
2005年に亡くなった串田氏の書斎と居間も東京都小金井市から移設し、
開館20周年記念の2012年から公開しています。
「写真をもとに実物と差のないように、可能な限り気を配った」と話す山崎さん。
復元された書斎には、当時の佇まいや空気が蘇っているかのようです。
「この空間は、串田孫一の宇宙。計画当初は、荷の重さに迷いもありましたが、
先生の奥さまから『孫一の魂はもう斜里に行っている』と
背中を押してもらいました」
いち読者と作家の交流は、いつしか大きな実を結んでいたのです。

東京都小金井市から移設、復元した串田氏の書斎。本棚、窓枠も運び込み、積み重ねた本の並びまで、とことんこだわりました。
時を経て独特の風合いが出た2千冊もの本やクラシックレコード、
使い込まれたピアノ、家具や文房具の細かな配置に至るまで
可能な限り再現した居間からは、
多くの作家と談笑したであろう歳月が想像できます。
「小金井からはホコリひとつ払わずに持ってきました。
それも大事な歴史ですから」
2017年6月月の25周年記念には、
山岳図書とギャラリーを備えた〈齋藤俊夫山岳文庫〉の公開を予定しています。
季節ごとに表情を変える白樺林の中、
読書をしながらほっとひと息、心ほぐれるスポットです。
「自然と芸術を通じて人間性を高めようとしたアルプの小さな美術館が、
世界自然遺産・知床に存在するのは大きな意義があると思っています」

北海道石狩郡当別町の元教師、故・齋藤俊夫さんがコレクションしていた山岳図書を譲り受け、閲覧できるよう敷地内ログハウスを整備中。(photo:シリエトクノート編集部)
時折訪れる誰かのために、
そっと明かりを灯すような北のアルプ美術館。
厳しくも美しい自然風景からインスピレーションを得て創作された、
紀行文、絵画、彫刻、陶芸などの作品たちが出迎えてくれます。
知床の旅の途中に立ち寄れば、その先出会う知床連山やオホーツク海、
原生の森林は、より生き生きと心に刻まれることでしょう。
information
北のアルプ美術館
住所:北海道斜里郡斜里町朝日町11-2
TEL:0152-23-4000
営業時間:6月~10月10:00~17:00、11月・3月〜5月10:00~16:00
※冬期休館 12月中旬~2月末(事前連絡があれば、対応できる場合も)
定休日:月曜、火曜
※駐車場あり
最近はさまざまな趣向を凝らしたパッケージツアーがあるけれども、
兵庫県豊岡市で10月22日~23日に行われた『Silent Seeing Toyooka』は、
ユニークかつ摩訶不思議という意味で、群を抜いているかもしれない。
但馬空港推進協議会、城崎国際アートセンター、全但バス株式会社が主催した
この企画はひと言で言うと、“観光とアートを組み合わせたツアー”。
豊岡市内の観光スポットを1台のバスで回りながら、
その都度パフォーミングアーツを楽しむのだが、
最大の特徴は、Silent Seeing(静かな観光)であること。
一部の場所や自由時間などを除いて、基本的におしゃべりが禁止されているのだ。
このツアー形式のパフォーマンス作品の総合演出を担当したのは、
大阪を拠点に活動する公演芸術集団dracomのリーダー・筒井 潤さん。
「最初は各所でダンスと演奏があるというイメージくらいしかなかったのですが、
それだと普通すぎておもしろみがない。
もうひとつ何か要素がほしいと思っていたとき、
出石永楽館の下見に行かせてもらったんです。
ちょうど団体観光客が賑やかに見学していたのですが、
彼らがいなくなった途端、シーンと静まり返って。
こういう静けさのなかでアートを楽しみながら
観光地を回ったらおもしろいのではないかと、
そのとき思いつきました」

総合演出を担当した演出家・劇作家の筒井潤さん。
パフォーマンスの舞台となる豊岡市は、関西屈指の名湯・城崎温泉や、
復活した近畿最古の芝居小屋である出石永楽館、
一時は絶滅したものの、市民によって野生復帰を成功させたコウノトリなど、
観光資源が豊富に揃っている。
これらの観光地をバスで巡るのだが、ツアー参加者に知らされているのは、
サウンド・アートの先駆者的存在である鈴木昭男さんと、
ダンス、音、美術などの表現の間で創作を行うダンサーの宮北裕美さんが、
それぞれの場所で何かしらのパフォーマンスを行うということだけだ。
参加者はもちろん、スタッフでさえどう転ぶのか予測がつかない、
ツアーがいよいよ幕を開けた。

豊岡のシンボル、コウノトリ。ツアーで訪れたコウノトリの郷公園にて。
コウノトリ但馬空港に降り立った人たちが、
もの珍しそうにプロペラ機の外観を撮影している。
空港のデッキでは、全身白い服を着た男女が、遠巻きに手を振っていた。
顔は無表情で、人形のようにゆっくりとした動き。誰かのお出迎えだろうか。
気になりつつもロビーに出ると、バスガイドさんが待っていたのだが、
彼女の様子もどこか変。
ひとことも発せず無表情のまま、旗を掲げて参加者をバスへと誘導する。
空港に降りた時点から“開演”していたことに、参加者はようやく気づき始めた。

空港のデッキでお出迎えする、白い男女。その存在に気づく人も、気づかない人も。
JR豊岡駅でも参加者をピックアップすると、
先ほど空港で見かけた白い男女もゆっくりとした動きで最後にバスに乗り込んできた。
どうやら彼らもツアーに参加するらしい。
車内は静まり返り、一体これから何が起こるのか、
それぞれに様子をうかがっている感じが無言ながら伝わってくる。
バスガイドさんが立ち上がってこちらを向いたものの、表情はやはりなく、
録音されたアナウンスが抑揚のない調子で車内に流れる。
再び静かになる車内。車窓には、豊岡盆地を緩やかに蛇行する円山川が広がり、
時間が止まっているかのように流れも止まっている。
置かれているシチュエーションも相まって、
この世ではない世界へバスが向かっているような錯覚を抱いてしまう。

バスの中でも基本的におしゃべり禁止。バスガイドさんも終始無言&無表情。

円山川を眺めながら、最初の目的地、出石へと向かう。
こちらの心配をよそに、バスは城下町・出石に到着した。向かったのは出石永楽館。
この芝居小屋は1901年に開館し、歌舞伎だけでなく新派劇や寄席なども上演。
但馬の大衆文化の中心として栄えたものの、1964年に閉館してしまう。
大改修を経て2008年に復活し、
手動の廻り舞台や奈落、スッポン(妖怪や幽霊などが登場する、花道の昇降装置)など、
昔ながらの貴重な設備が現在の公演でも使われている。
思い思いに見学していると、突然劇場が暗転した。
舞台上にぼんやり浮かび上がる人影。
暗闇に目が慣れてきた頃、鈴木昭男さんと宮北裕美さんのパフォーマンスが始まった。
宮北さんの歴史ある場の空気を慈しむような静かなダンスと、
鈴木さんの奏でる楽器という概念を覆すような素朴で研ぎ澄まされた音。
やがてパフォーマンスが終わると、白い男女が舞台へ近づき、おひねりを投げた。
それに倣って参加者たちも、配られたおひねりを舞台に向かって投げる。
木の床に落ちる音が、拍手の代わりに鳴り響いた。

永楽館での鈴木昭男さんと宮北裕美さんのパフォーマンス。

おひねりを投げる参加者たち。
出石のまちに出ると自由時間となり、ここにきて初めておしゃべり解禁。
参加者は出石名物のそばを食べようと三々五々に散ったが、
散策中に偶然出会った白い男女は、相変わらず無表情にSilent Seeingを続けていた。

出石のまちをさまよう白い男。白い女を見失ってしまったらしく……。
翌日の城崎温泉街での自由時間も彼らだけは素に戻ることなく、
同じようにまちを歩いていたのだが、
筒井さんは白い男女の存在をこんなふうに解説してくれた。
「自由時間になっても、アートがまとわりついているような感覚を
お客さんに持ってほしかったんです。
彼らが常にいることを頭の片隅に起きながら行動してもらうことで、
こちらの演出から離れられない状況に置くのが狙いでした。
こちらの予想以上に、ふたりは目立っていたようでしたけど(笑)。
それと町中で彼らを見つける感覚が、
田んぼの真ん中でコウノトリを見つける感覚に少し似ていると思ったんです。
バスに乗っていて『あ、いたいた!』っていうのと同じように、
ちょっとだけうれしく思ってもらえたらいいなって」

翌日、城崎の温泉街でも白い女を見失ってしまった白い男。どんどん溶けていくソフトクリームが切ない。
屈斜路湖から太平洋まで、日本最大の湿原〈釧路湿原〉を流れる154キロの釧路川。
源流から河口までの標高差が約120メートルとなだらかで、
ダムなどが一切ないため、上流から下流までカヌーを楽しめる日本でも希有な川です。
太古の時代は海だった広大な釧路湿原。
特異な景観をもち、さまざまな動植物を育む豊かな自然の中を、
カヌーでくだる貴重な体験ができる場所でもあります。
今回は〈釧路マーシュ&リバー〉のカヌーガイド・斉藤松雄さんと、
下流域のツアーに出かけ、釧路川カヌーの魅力を体感しました。

釧路マーシュ&リバーの事務所からツアー出発地点までは車で10分ほど。カヌーと一緒に移動します。

カヌーポートでツアーの説明をするガイドの斉藤松雄さん。
出発はJR細岡駅近くのカヌーポート。
ライフジャケットを着用し、万が一川に落ちた場合のレクチャーを受け、
カヌーに乗り込みます。ほとんど揺れもなく、スーッと川面を滑り出すカヌー。

「釧路川は大きな岩や石がないから、本当に静かなんですよ」
斉藤さんが話すとおり、川の上はまるで別世界のような静けさ。
パドルを漕ぐ音、倒木に水が当たる音など、
時折聞こえるチャポンという水音に癒されます。
カヌーに準備されているパドルは漕いでもよし、置いたままでもよし。
川の流れに従ってガイドが舵をとってくれるので安心です。
今回のコースは、釧路川のなかでも特に蛇行が多い区間。
穏やかな流れに乗って目の前の景色を眺めていると、
当初あまりその感覚はありませんでしたが、
「太陽が自分の左右どちらにあるか確認していてくださいね」と斉藤さんがひと言。
確かに、カヌーが進むにつれて目に見える太陽の位置が変わります。
自然がつくり出した蛇行の流れに乗っているのを実感しました。

この日は台風通過後で釧路川が増水中。普段より川幅が広がり、
川面が2メートルも高い状態でした。
「川の水があふれても湿原が水を吸収するスポンジの役割をしてくれる。
水が横へ逃げるので、増水時でも流れが穏やかなんです」
斉藤さんの解説を聞いて納得。川の両端からどんどん水が染み出ていくような
不思議な風景を目にすることができました。
箱根火山の南東縁から相模湾に3キロほど突き出している真鶴半島。
その先端は、樹高30メートルを超えるクロマツやクスノキをはじめ、
数百種類の植物と野鳥が生息する原生林となっており、
〈魚(うお)つき保安林〉ならびに〈県立真鶴半島自然公園〉として、
古くから大切に保護されてきた。
真鶴の海は、多様な魚介類が生息していることでも知られているが、
そんな豊かな海を支えているのが、この「お林」と呼ばれる原生林だと信じられている。
お林が人々の暮らしを支え、人々はお林を守る。
その関係性は、人と自然の共生を象徴するものだ。

写真右に見える、こんもりと繁るのが「お林」。

真鶴駅から10分ほど車を走らせたところに遊歩道の入り口がある。
お林のはじまりは、江戸時代にまでさかのぼる。
寛文元年(1661年)に小田原藩が3年の月日をかけて15万本の松苗を植林し、
以降、明治37年には、魚を守り、育てる森林と認められ魚つき保安林に指定。
昭和27年に真鶴町へ移管されるまで、御留山(幕藩領主の管理下にあった森林)から
御料山(皇室所有の森林)へと、長らく国が管理してきた場所だった。
お林一帯が県立真鶴半島自然公園に指定されたのは昭和29年。
今日ではお林をいまの姿のまま次世代へ継承していくために
「採らない」「燃やさない」「捨てない」「踏み込まない」という
ルールが定められている。

2014年からは、真鶴町による〈魚つき保安林保全プロジェクト〉が始動。
お林を地域活性化の資源としても活用できるようにと、
プロジェクトに賛同する町民やNGO会員らがボランティアとして参加し、
調査を進めている。そのほかにも、NPOや市民団体による植樹など、
お林を守り、育むための活動が勢いを増している。
そんななか、真鶴の漁師たちも3年前からクロマツの植樹をスタートさせた。
海と森林の関係性においては諸説あるが、
樹木の陰が魚の産卵や生育の場に適していることや、
半島から森林を通って滲み出たミネラル豊富な地下水にプランクトンが集まることから、
それを求めて魚が集まり、豊かな漁場がつくられると考えられているのだ。
真鶴町漁業協同組合の朝倉一志さんは、
「お林と海には、深い関係があると思う」と話す。

朝倉一志さん。真鶴に生まれ育ち、31年前から漁業協同組合で働いている。
「ここのところマツが少なくなってきたので、
このままじゃいけないだろうと植樹を始めました。
残念なことに1年目と2年目に植えた分は枯れてしまって。
やみくもにやっても意味がないので、
いまどこに植えたらいいのかを調査しているところです。
マツは横に生えてから上に伸びるという特徴があるでしょう?
ほかの樹木に比べて半島からせり出す分、海に陰をつくる。
その陰が魚を守ってくれるんです」
出版とゲストハウスをやりたい。
それを実現するための場所を探そう。
そんな思いを胸に、2015年の春、神奈川県の西南部、
真鶴にやってきた川口瞬さんと來住(きし)友美さん。
ふたりは〈真鶴出版〉という屋号で、出版活動をしながら、
1日1組限定のゲストハウスも併設する「泊まれる出版社」を運営している。
真鶴への移住を決めるまで、川口さんはIT企業に勤務するかたわら、
「働く」をテーマにしたインディペンデントマガジンを友人とともに制作。
「会社に不満はなかったけれど、身の丈にあった、
自分の目の届く範囲でのビジネスをしたい」という思いがだんだんと膨らんでいき、
仕事としての編集経験はなかったものの、出版活動をすることを決意する。

川口さんが会社員時代から制作しているインディペンデントマガジン『WYP』。
一方、來住さんは青年海外協力隊としてタイで活動した後、
フィリピンの環境NGOに所属し、現地でゲストハウスを運営した。
「見知らぬ土地でたくさんの人に受け入れてもらった分、
今度は自分が海外の人を受け入れたい」
と、地方でゲストハウスを開くことを夢見るように。

左から宿泊担当の來住友美さん、出版担当の川口瞬さん。
川口さんも会社を辞めてフィリピンに英語留学し、
ふたりでフィリピンから帰国した翌日には、移住先を探しに動き始めた。
そんななか、最初に訪れたのが真鶴だった。
「地方で精力的に活動している写真家のMOTOKOさんから
『地方に行くなら、真鶴がいいよ』と言われたんです。
そこで役場の方を紹介してもらい、移住を考えていることをお話ししました。
真鶴を一旦あとにし、ひと月半をかけてほかの地域も見てまわったのですが、
ちょうどその旅が終わる頃に役場の方から
『お試し暮らしのモニタリングを募集している』と連絡をいただいたんです。
お試し暮らしのお試し版として参加することにしました」(來住)
その後、約2週間のお試し暮らしを経て、ふたりは真鶴への移住を決めた。
たくさんの土地を巡った末、その決め手は何だったのだろう?
「空気がきれいなこと、食べ物がおいしいこと、人がやさしいこと。
その3つを移住先の条件として考えていました。
それを満たす地域はほかにもあったのですが、
それなら縁を感じたところに住んでみようと思ったんです」(川口)
MOTOKOさんのひと言、新たな人との出会いとつながり、そして絶妙なタイミング。
さまざまな縁に背中を押され、真鶴での暮らしが始まった。
真鶴駅から徒歩5分。人ふたりがようやく通れるほどの細い道に入ると、
その途中に築50年の平屋がある。ここが真鶴出版兼自宅だ。
「私たちはそのまま住んでいるだけで、何もしていないんですよ」と来住さん。
使い込まれた木の表情が優しく、目に入るしつらえの美しいこと。
小高い場所にあるためまちを見下ろせ、風が気持ちよく抜ける。
台所と和室が宿泊客との共有スペース、そのほかに客間と
ふたりのプライベートルームがひと部屋ずつというコンパクトな間取りだ。

玄関を入ると目の前には心和む一角が。

宿泊客用の部屋。希望をすれば、真鶴の成り立ちや見どころを教えてもらいながら一緒にまちを歩くこともできる。

飛騨市、高山市、下呂市、白川村、4つの市村からなる飛騨地域。
豊かな自然に、小京都とも言われる古いまち並みや温泉、世界遺産。
最近は映画『君の名は。』の舞台としても注目を集めるエリアだが、それだけではない。
伝統と新しい技術、あたたかい人、地域のコミュニティ。
そこで、ずっと飛騨に住んでいる人、移住者、そして外国人観光客に聞いてみた。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」


柴原敦子さん【白川村】
名古屋から移住し、2013年、〈アオイロ・カフェ〉をオープン。
「このあたりはパン屋さんがなくて、パン目当てのお客さんにも喜んでもらえています。ここはお店から川が見えるし、ウッドデッキでBBQしながらビールが最高です。周囲も、みんな顔見知りで、子どもをかわいがってもらえますね」

長坂風子さん【白川村】
名古屋から地域おこし協力隊として赴任して3か月。
「白川村は、みんなモノをくれるし(笑)、あたたかくて、地域との関わり合いが深いです。いまは村を回って、情報発信をしています。とにかく積極的に話しかけています。この立場をうまく使って、ここでしかできないことを吸収していきたいです」


今井登志雄さん(66歳)【下呂市】
1994年から下呂市で農業を始める。〈上原プロジェクト〉副代表。
「“回り舞台”が国の重要有形民俗文化財に指定されている芝居小屋〈白雲座〉があって、40年も素人歌舞伎が行われている地域です。まちはまち、田舎は田舎らしさをだそうと、下呂の温泉にプラス1泊できるような工夫を考えています。去年から〈上原プロジェクト〉として本格的に始めたのが、農業体験。田植え、稲刈り、しめ縄づくりなど行い、小学生も参加しています。昨年は4年に1回の“24時間ソフトボール大会”が開催されましたよ」


横関真吾さん、万都香さん【高山市】
東京都出身。ゲストハウス経営のために高山に移住し、2011年〈飛騨高山ゲストハウスとまる〉をオープン。
「実際にまちを歩いてみて、高山にゲストハウスをオープンしようと決めました。歩いて回れるので、お客さんの案内をしやすいですね。外国人ツーリストによく案内するのは、古民家の〈吉島家住宅〉や寺社巡りができる〈東山遊歩道〉です。子育ての環境もいいし、近所の人もアットホーム。まちを良くしようと考えている地元愛にあふれる若者もたくさんいます」

セルヒヨさん(35歳) グラフィスラさん(35歳)【高山市】
スペインのバレンシアから来たカップル。
「東京と京都に行ったけど、とてもビジーでした。山が見たかったので、松本を経由して高山に来ました。都市と雰囲気が違って、静かで落ちついているところが気に入っています」

イエスパさん ローズさん アマンダさん マットさん【高山市】
オランダ人の4人組。
「東京から来て、このあとは富士山と京都に行くつもりです。山をサイクリングしたり、トレッキングしたいと思っています。まだ高山に着いて1時間なんだけど、ビルがない小さなまちには、フレンドリーな人がたくさんいますね」

鈴木岳人さん【高山市】
神奈川県相模原市から高山市に移住して10年目。家具職人として〈山岳木工〉を営んでいる。
「飛騨地域は、祭り屋台や山車の修理などで培ってきた独特の木工技術があって、木工に関してのグレードの高さでいえば、特殊なエリアです。このあたりはすごく牧歌的。季節がはっきりしているところが好きです。ドライブするだけで、リフレッシュできますよ」


森本純子さん【飛騨市】
生まれも育ちも飛騨古川。1999年に〈壱之町珈琲店〉をオープン。
「古川でも古民家がどんどん壊されていくなかで、古民家を再利用したいと思ってお店を始めました。飛騨は自然の中に文化も溶け込んでいます。地元の人や近所の子どもたちの声などに、旅の人が入り込む風景が好きです。あと安峰山から見える朝霧は、とても美しい光景だと思います」

森口明子さん【飛騨市】
〈飛騨の森でクマは踊る〉勤務。
「自分の周りのデザイナーやクリエイターたちが遊びに来ていて古川祭・起し太鼓がおもしろいという話をしていました。それで興味を持っていたんです。仕事の話になっても、お金から始まらないところが好きです。お金よりやる気であって、心が最初にあるんです」

藤田敦子さん(23歳)【飛騨市】
北海道大学在学中。〈FabCafe Hida〉勤務中。
「昨年、休学して3週間インターンとして古川に来たんです。そうしたら古川のことが大好きになってしまって! エコとかの概念ではなく、人が当たり前のように自然の良さをとり入れていることに感動しました。いつもみんな家族のようにあたたかくて、みなさんに見守ってもらっています」

photo:MOTOKO
2016年10月。
神奈川県真鶴半島の先端にあるお林展望公園で、
〈グリーンエイド真鶴〉という小さな音楽フェスティバルが30周年を迎えた。

このイベントに第1回から関わっているのが、
真鶴港のそばにある酒屋〈草柳商店〉の4代目、
通称「しげさん」こと草柳重成さんだ。
30年前、当時まだ21歳だったしげさんは今年51歳になった。
いまではグリーンエイド真鶴の司会を、
その頃のしげさんと同じ、21歳の娘の采音(ことね)さんが務める。

宿浜商店街の一角にある酒屋、草柳商店。

昭和を彷彿させる店内には、神奈川の地酒が中心に並ぶ。
しげさんが店主を務める草柳商店は、地元の漁師や近所の人はもちろん、
最近では町外のアーティストや旅行者も集まるまちの酒屋だ。
お店に入るとすぐにしげさんのお母さんが話しかけてくれる。
「どこから来たの?」
「名前は? 私すぐに人の名前が覚えられるの」
川上弘美の小説『真鶴』にも登場するお母さんはマシンガントークで、
躊躇する暇もなく、訪れた人は輪の中に入れられる。
だけどそれが不思議と心地よい。もちろんしげさんもその輪に加わる。
ときにはギターを片手に唄い出し、ゲリラライブが始まることもある。
真鶴に生まれ、真鶴で育ったしげさんは、
高校卒業後に入学した東京の美術学校を半年で辞めた。
笹塚の友だちのアパートに泊めてもらい、バイトをしながら、
原宿や渋谷で当時有名だったライブハウスでバンド活動を始めたのだ。

「無理に頑張らず、楽しんでやればいい。食っていければそれで幸せと思わないと」と語るしげさんからは、いつもポジティブな空気が流れる。
「真鶴のことを嫌いになったことはないですよ。
でも10代後半や20代前半のときって、やっぱり東京への憧れがあるんですよね。
どうしても東京が気になって仕方なくて……。
ただ、25歳のときに親父が亡くなっちゃって、
真鶴に戻らなきゃいけなくなったんです。
もちろん東京にいたほうがいいんじゃないかって思いもありましたが
弟もまだ高校生で、妹が大学生だったから、お金も稼がなきゃいけなかったので」
地元真鶴に戻ってきたしげさんは、迷いながらも草柳商店のお店に立ち始める。
ただ、客はすぐにはしげさんのことを認めてくれなかった。
「自分の好きな地酒を選んで並べても、まだ酒を飲み始めて5年だろって、
馬鹿にされるんですよ。それが悔しくてね。
年齢をカバーできるよう、日本酒のソムリエと呼ばれる
“唎酒師(ききさけし)”の資格を取得しました。
勉強のため全国の酒蔵を訪ね歩きもしました」

『リラックス』『クウネル』などに携わってきた
編集者の岡本仁さんによる人気ガイドブックシリーズ
『ぼくの鹿児島案内』『続・ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』。
2016年10月、本シリーズの第4段が出版されます。
このたび岡本さんが紹介するのは、岡山県。
今回はミュージシャンの坂口修一郎さんとの共著により、
各スポットを写真1枚と文章のみというシンプルな構成で紹介しています。

このガイドブックは、岡本さんたちが何度も現地へ足を運び、
本当にいいと思った所を紹介しているのが魅力。
「誰かが岡山を旅行しようとする時に、ぼくらが紹介したいのは、
その土地に暮らす人たちが当たり前のこととして享受しているものです。
そこには観光的な派手さはありませんが、
ゆっくりと時間をかけて自分の身体に染み込んでいき、
やがて心を和ませてくれます。このガイドブックは、
一般の旅行ガイドとは 少し違う視点で、
あらためて見つけた岡山県の魅力を集めたものです」(著者より)

飛騨エリアとは、岐阜県の高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
最近では、外国人を含めた観光客増加の増加が注目されるが、
それだけでなく、新しい拠点やプロジェクトが生まれ、そこに訪れる人も増えている。
また、観光客が触れたいと思っているのは、
実は飛騨に生活する人々の暮らしぶりであったり……。
飛騨の魅力とは、暮らしと観光と仕事との新しい可能性モデルかもしれない。
ずっと飛騨に住んでいる人、移住者、そして外国人観光客に聞いてみた。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」


井之丸広幸さん(53歳)【飛騨市】
1908年創業、味噌煎餅本舗〈井之廣〉4代目。
「こいこい会という若者たちが主催して花火をあげている〈ナチュールみやがわ〉というキャンプ場がおすすめです。いろいろなイベントをやっていて楽しい場所です」

宮地元治さん(65歳)【飛騨市】
イラスト入りのPOPが美しい、自身いわく「よろず屋」。生鮮からお菓子まで、整然としたディスプレイで、商品が見やすいお店。
「山があって当たり前の生活を送っているので、山が見えないと息苦しくなりますね」

福山良子さん【飛騨市】
古川のまちで唯一の精米所である福山米殻店。〈しゃべりばち☆おとめの会〉として、まちのマップや飛騨弁カルタをつくるなど、地域活動をしている。
「古川の人は、元気だけど奥ゆかしい。自分のまわりの道も掃除するのが当たり前です。観光に来ても、そんな普段の生活をこっそり見てもらえると思います」

井畑仁志さん(37歳)【飛騨市】
飛騨市役所企画部企画課に勤務。
「家の近所にある、荒城川の桜並木が好きです。古川は互助の精神が強く、つい最近までお葬式も近所の人たちでやっていました。草刈りや川そうじは当たり前ですね。野菜や鮎をもらえたりと、コミュニティが濃いと思います」


藤垣武史さん 奥原美智子さん【高山市】
高山市役所ブランド戦略課のふたり。藤垣さんは高山市生まれ。
「ロードバイクで乗鞍岳の頂上まで登るのはとてもハードですが、登ったあとの景色は最高です。飛騨弁は早口ですが、あたたかくて好きです」
奥原さんは愛知県生まれ。結婚を機に高山へ。
「湿気がなくて住みやすいですね。よく家の周りにある田んぼの真ん中を散歩しています。私にとって飛騨弁は、“日本語じゃないのかな”くらい早口で難しい(笑)」

大道雅司さん(51歳)【高山市】
〈大道たばこ店〉の3代目。
「昔は飛騨の人は引っ込み思案だと思っていたんですけど、やるときはやりますね。古い文化が残りながらイベントなども多くて、古いものと新しいものが融合している気がします。活動的な若者を上の世代が邪魔しないので、世代間が交じり合っていますね」

ジョンさん(34歳) ルーベンさん(36歳)【高山市】
イギリス人のふたり、ジョンさんはサンフランシスコ在住、ルーベンさんはタイ在住。
「東京に3、4日いて、昨日、高山に来ました。伝統が守られているまちで、旅館体験がすごく良かった。風鈴の音が聞こえてとても静かですね。このあとは京都と直島に行く予定です」


野田真司さん(41歳)【白川村】
川魚の養殖をしている野田さんは合掌造りの家に住んでいる。
「白川村には『結』という助け合いの精神が残っています。かつては田植えや冠婚葬祭、いまでも屋根葺きや葬儀はみんなで行います。なんと数年前までは自分たちで火葬してたんですよ」

森下清子さん【白川村】
「人にごはんを食べてもらうのが生き甲斐になっているのよ。次男がゲストハウスをやっているので、食事を持っていったり。外国人も家庭料理を喜んでくれます。この前、布ぞうりをフランス人にプレゼントしたらすごく喜んでくれたわ。このあたりはみんな仲良しで、祝い事などでは七福神の扮装をして村を回るのよ」


二村有三さん(37歳)【下呂市】
下呂市生まれ。東京でお笑い芸人となり、10年ほど前にUターン。現在は川魚の養殖業〈馬瀬川水産〉に従事。
「馬瀬エリアは何もないです。だからいいんです。川には排水もまったく流れていないので、その水で育てたアマゴ、イワナ、マスは最高です。コレが都会には絶対にないこと。生きているなって感じます」

洞 千香子さん【下呂市】
料理が評判の宿〈丸八旅館〉2代目女将。
「この馬瀬地区は、信号もない、もちろんコンビニもありません。でも、馬瀬にしかない風景があります。馬瀬川も上流はもっと澄んでいますよ。こんなところでも、外国人ツーリストが来るんですよ。のんびり、ゆっくりしたいという人が多いです。料理はなるべく地元のものを使っています。ほかから仕入れてしまったら、お互いのためになりませんから。地元があっての旅館だと思っています」

加藤英樹さん【下呂市】
1918年創業の〈柏屋酒店〉3代目。湯之島サンロード発展会会長。
「かつては社員旅行が多かった下呂温泉ですが、最近では個人旅行が増えてきました。だから歩いていて楽しいまちづくりを心がけています。下呂=ゲロにあやかって、カエルをキャラクターにしたり、古いまち並みを残す努力をしています。お店でも、お酒の試飲コーナーを設けて、お客さんと積極的にコミュニケーションをとるようにしています」

いたるところで火山ガスが立ちのぼり、硫黄泉が沸きたつ〈登別地獄谷〉。
登別温泉街の奥、北海道遺産にも指定されている地獄谷は、
かつて日和山の噴火で生まれた爆裂火口跡。
遊歩道を進めば、強い硫黄の香りがたちのぼってきます。
1日に約1万トンもの温泉が湧出するこの地獄谷こそ、
北海道有数の湯量を誇る登別温泉の源泉。
古くからアイヌの人々が薬湯として利用したといわれる登別温泉は
〈温泉のデパート〉と呼ばれ、なんとひとつの地域に
9種類もの泉質の温泉が湧く、世界的にも大変稀少な温泉郷です。

温泉郷の奥にある、登別地獄谷。
この9種類のうち、〈硫黄泉・単純硫黄泉・酸性鉄泉・食塩泉〉の
4種類の泉質を湯めぐりできるのが、
登別温泉街の中心にたたずむ〈登別温泉ホテルまほろば〉です。
“すぐれてうつくしいところ”を意味するまほろば。
ここの湯めぐりは、宿泊する方だけのお楽しみ。
地下1階・2階、森に面して広がる男女入れ替え制でどちらも楽しめるふたつの温泉には、
合わせて31もの湯殿が豊かなお湯をたたえています。
なかでも地下2階にある3つの泉質がそろった露天風呂は、壮大なスケール。
なめらかな濁り湯の〈硫黄泉〉、鉄成分を豊富に含む〈単純硫黄泉〉、
美肌の湯といわれる〈酸性鉄泉〉。
それぞれの泉質の違いを味わいながら、湯殿をめぐってみましょう。

単純硫黄泉の露天風呂。(写真:登別温泉 ホテルまほろば)

酸性鉄泉の露天風呂。(写真:登別温泉 ホテルまほろば)
温泉を楽しんだあとの心地よいリラックスに浸るなら、
リニューアルされたスイートルームがおすすめです。
2タイプ計8室の広々としたスイートルームは、
乳白色の硫黄泉が引かれた展望露天風呂つき。
温泉街の風景を見下ろしながら、極上の湯浴みを楽しめます。
広い脱衣スペースには、部屋浴用と大浴場用2種類のタオルが置かれ、
〈ジョンマスターオーガニック〉のバスアメニティも女性に好評です。
北海道産木材でつくった家具は、
部屋全体にやわらかい雰囲気をつくり出しています。
また、ふたつ備えられた明るい洗面化粧台、
車椅子の方がそのまま入れるバリアフリーの入口など随所に
きめ細やかなおもてなしが、深いくつろぎを誘います。

白い壁が明るい印象の広々としたワンルームタイプ〈槐 えんじゅ〉。

〈槐 えんじゅ〉の露天風呂。
そして旅のお楽しみ、地元の食との出合いを満喫できる
バイキングレストラン〈GREEN TERRACE〉へ。〈春ニシンの幽庵風味変わり揚げ〉
〈ホタテ稚貝の味噌汁〉〈春鱒のふきのとう味噌焼き〉など、
魚介を中心にできる限り登別近郊の食材を使った季節のメニューがずらりと50種類。
“ひと手間を惜しまずおいしさをつくる”という志のもと、
手をかけられた北海道の旬をたっぷりと味わえます。

蟹・蟹・蟹!毛ガニ・ズワイ・タラバ〈3大ガニ食べ放題バイキング〉は、まほろばならではの一番人気コーナー。自分でつくるぜいたくな〈海鮮丼〉も。料理が小鉢に分けられているのもうれしい。
登別温泉は山あいに位置していますが、市内の南には豊富な海の幸を誇る噴火湾が広がり、
たらこの産地で有名な白老町の虎杖浜もすぐ。
実は新鮮な魚介類が手に入る地域でもあります。
朝食には、温泉街から車で10分の〈のぼりべつ酪農館〉特製、
地元産生乳がリッチな飲み心地の〈のぼりべつ牛乳〉で目覚めの一杯をどうぞ。

スイートルームの冷蔵庫には、のぼりべつ酪農館の人気商品、クリーミィな舌触りの〈のぼりべつ とろ〜りプリン〉(各324円)がセットされています。1階の売店でも販売中。(※写真はイメージ)

1994年に開業、2016年に全客室のリニューアルが完了したホテルまほろば。客室もwi-fi完備。
登別温泉では、毎年8月下旬におこなわれる〈登別地獄まつり〉や、
厳冬期の源泉湯かけ合戦が見物の〈登別温泉湯まつり〉をはじめ
年間を通してさまざまなイベントが開催され、訪れる方たちを迎えています。
また、温泉街のまわりに点在する景勝地もあわせて訪れてみましょう。

今もなお煙を上げる日和山が噴火した火口跡の〈大湯沼〉は底から約130度の硫黄泉が噴出。観光道路沿いにあるので車でもすぐ。
地獄谷から遊歩道でつながり、徒歩15分の距離に湧く硫黄泉〈大湯沼〉。
左側にそびえる、地獄谷や大湯沼を生んだ活火山〈日和山〉は実は高山植物の宝庫。
〈大湯沼展望台〉の駐車場から徒歩で15分ほど、
倶多楽湖方面へと進んだ先にある〈日和山原生野草園〉では、
7月から9月にかけてさまざまな高山植物を見ることができます。
地獄谷から倶多楽湖(くったらこ)へ続く観光道路ぞいには
紅葉が美しい名所として知られる〈登別原生林〉が広がり、秋の見頃には多くの人が訪れます。

大湯沼川。大湯沼から探勝路を少し下れば間欠泉の〈大正地獄〉も。あたりの森は四季折々に表情を変えます。
また、大湯沼からの温泉水が合流して流れる〈大沼湯川〉に沿って
探勝歩道を10分ほど下れば、森にかこまれた自然の川で足湯が楽しめる、
国内でも珍しい〈大湯沼川天然足湯〉にたどり着きます。
登別の由来である、アイヌ語の「ヌプル・ペッ」(水色の濃い川)の意味、
そのままの姿を見せる大沼湯川。木漏れ日と川のせせらぎのなか、
白く濁った川に足をつければ、体が芯からあたたまってきます。

大湯沼の源泉がちょうど適温になっている天然足湯。タオル持参でぜひ訪れてみて。
世界に誇る豊富で良質な温泉はもちろん、
それを育む大自然そのものを体感できる登別温泉へ訪ねてみてください。
information
登別温泉 ホテルまほろば
写真家の在本彌生さんと北海道の道央エリアをめぐりました。
畑も山も緑に被われ、活気ある自然の息吹を感じます。
在本さんの視点はチャーミングで美しく、
するどくそのまちにしかない風景を切り撮ります。
旅を重ねるごとに、膨大な読書量で得た深い知識を
携えてくる彼女との旅は、いつも刺激的。
そんな今回の旅でおもしろかったのは
知らなかったこの土地の歴史に遭遇したこと。
何百年前の生物の化石や洞窟画に加えて、
激動の昭和を生きた人々の暮らしの軌跡。
時空を超える出合いが各地に眠っていました。
そして、短い夏にこそさまざまな作物と向き合う
生産者たちとの出会いも。
余市のワインに野菜、果物、魚介にブランド牛まで!
やはり北海道の旅に、おいしいものは欠かせません。
いざ、道央の旅へ。