移住の決め手は尊敬できる人? 美杉町でまたも魅力的な出会い
心に染み入るほど
おいしい干し野菜!?
移住探しの旅を続ける津留崎一家。
三重県津市の美杉町では、日本料理屋を営む
魅力的な夫妻に出会い心惹かれます。そして彼らから、
またも魅力的な人を紹介され、訪ねることに。
心にひびくおいしい干し野菜をつくるという
坂本幸さんとの出会いを、
妻の津留崎徹花が綴ります。
そもそも、なぜ
移住したかったのか?
岡山から三重まで巡る旅を終え(連載2~3回目参照)、
しばらくしてまた旅に出発した。
今度の行き先は奈良と和歌山、そしてまた最後に三重に寄るというもの。
今回はカメラマンの仕事と移住先探しを兼ねた、1週間ほどの旅。
奈良県の十津川村では黄金色に実った稲穂と穏やかな山並みに酔いしれ、
和歌山県の田辺市では青く輝く海とそのおいしい産物に心踊り、
そして何度も訪れている三重県の美杉町では、
この土地の空気と水と人は自分たちの肌に合うな~、
ということを再確認した。

奈良県の山間部にある十津川村。空も山も空気も清々しい。

和歌山で出会った絶品の「ひら天」。このひら天を毎日買いに行ける環境は魅力的だな~。

美杉町にて、沓沢家(前回の連載参照)の庭にできた水たまりで遊ぶ子どもたち。雨の美杉はまた特別に幻想的で美しく、私たちの目にはとても魅力的に映った。
さて、それからまた東京へ戻り、いよいよ今度は長い旅に出よう!
と思っていたのだけれど、私が仕事を詰め込みすぎて
なかなか出発できないでいる。
今回のことではっきりとわかった、自分がいかに無計画な性格であるか。
夫はせっかく会社を辞めたのに身動きがとれず、
私の煮え切らない態度にややいら立っている様子。
それはそうだ。
会社を辞めるという一大決心をしたのに、妻はいままで通りの仕事モード。
私が夫の立場でも間違いなくいら立つだろう。
そんな状況であるがゆえ、最近夫婦喧嘩が増えた。
決して仲が悪いわけではない。
けれど、お酒を飲みながらお互いの思いを打ち明けるうちに、
ついついエスカレートしてしまう。
一時は、夫の退職に合わせて私も休業しようと思っていた。
それを夫に話すと、
「全部断らなくても、できるときは受けたらいいんじゃない?」
という返事が返ってきたものだから、セーブしながらも仕事を続けてきた。
それが、こんなにも身動きのとれない状況になるとは思っていなかった、
というか、読みが甘かったのだ。
「本当に移住する気あるの? テツカは本当はどういう暮らしがしたいの?」
そう夫に詰め寄られる。
そういえばここのところ、東京からの距離とか条件ばかりにとらわれていて、
根っこの部分を忘れていた気がする。
そもそも私はなんで移住したかったんだろう、
どういう暮らしがしたかったんだろう。
あらためて思い返してみた。
私が地方に住みたいと思ったのは、東京の生活にどうも満たされない、
収まるところに収まっていないという
感覚が芽生えたからだった。(連載2回目参照)
どんな暮らし方をすればよいのか最初はまったくわからなかったのだけれど、
次第に自分たちが進むべき方向が見え始めた。
その方向へと導いてくれたのは、自然が豊かな場所で
丁寧に暮らしている人たちの存在だった。
取材や旅で訪ねたなかでも、生活するのに少し不便なのでは?
と感じられるような地域には、知恵の詰まった人たちがたくさんいる。
工夫しながら生まれてきた暮らしの知恵が、
昔からいまへと大切に受け継がれている。
自然に寄り添いながらその恵みに感謝し、
知恵を駆使してたくましく生きる姿に触れていたら、
いつか自分もそんな人になりたいと思うようになっていた。

祖谷民謡の名手でもある都築麗子さん。
以前、取材をさせていただいた徳島の奥祖谷に住む都築麗子さん。
小さい頃から山間の村で生活してきた都築さんは、
それこそ知恵の宝庫だった。
都築さんに裏山へ連れていってもらったときのこと。
あちらこちらで野草を摘みながら、
中耳炎のときにはユキノシタの絞り汁を耳にたらすとか、
胃腸炎のときは干したセンブリ茶、日射病になったときには
塩で揉んだタデをおへそと足の裏にあてて絞り汁を飲むのだとか、
たくさんの知恵を教えてくれた。
山奥での暮らしに不便はないか尋ねると、「ないな~」と首をひねりながら、
「田舎は食べるものにお金がかからないからいいよ~」
都築さんはそう笑顔で答えた。
蕎麦を食べたきゃ自分で打てばいい。
天ぷらを食べたくなったら裏山で山菜を摘めばいい。
そうした工夫や知恵は、
時代を追うごとにどんどんと消え去っている気がする。
それが私にとっては、ひどくもったいないことに感じられる。
そうしたことを経験していくうちに、いままで大切に受け継がれてきた
工夫や知恵を次の世代に伝えるのが自分の使命なんだ! と、
暑苦しい私は勝手に思い込むように なった。
東京育ちの貧弱かつ無知な自分にとって、ゼロからのスタート。
これから知恵を蓄えていくには、そうした人のそばで
自分が暮らし始めてしまうのが一番の近道ではないかと思う。
ふらっと立ち寄れるようなつき合いのなかで学びながら、
それを写真に収めることができたらと思うと、ワクワクして仕方ない。
移住を考え始めた当初は、そうした願望を夫に嬉々として話していた。
けれど、目の前のことに翻弄されているうちに、
そのワクワク感すら忘れていたのだ。
そんな話を三重県に住む友人(前回夫が書いた沓沢夫妻)にしていたら、
美杉町にすばらしい女性がいると教えてくれた。
その方は、地元の素材を使った野草茶や干し野菜などを加工し、
美杉町のマーケットなどで販売しているという。
以前、道の駅でその野草茶を購入したことがあった。
少々癖のある味は男性には受けがよくないかもしれないけれど、
私にはその香りがとても心地よかった。
飲むと体がすっきりして軽くなり、お酒を飲み過ぎてしまった晩に
ぐびぐび飲んで寝ると、二日酔いにならなかった(個人の感想です)。
その野草も山や庭で摘み、すべて手作業で天日干しにしているのだそう。
ぜひその方にお会いしたいと友人に頼むと、すぐに連絡をとってくれた。
そうして、下ノ川という地域に住む坂本幸さんを訪ねることとなった。
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命をひしひしと感じる
幸さんの野菜
おだやかな山並みを背にしながら坂を上がっていくと、
坂本さん宅に到着した。車のエンジン音が聞こえたのだろう、
エプロン姿の幸さんが玄関先へ出迎えに来てくれた。
立派な佇まいの古民家は、築140年以上を数えるという。
「どうぞ」
細身で凛とした雰囲気の幸さん。
中に入ると、ひんやりとした土間の向こうにかまどが見える。
土間とまかどは私の憧れ、やっぱり古民家に住んでみたいな~。
室内は、築140年とは思えないほど清らかな空気に包まれている。
土間も台所も、いたるところの掃除が行き届いていて、
それだけでも幸さんの丁寧な暮らしぶりが伝わってくる。

奥に見える古民家が坂本さんのご自宅。

今回、幸さんのご好意でお昼ごはんをごちそうになることに。
お座敷の卓上には、すでにおいしそうなお料理が並べられていて、
思わず唾を飲み込む。そこへ、お盆にのせたきのこご飯とすまし汁を、
幸さんが運んできてくれた。だしのいい香りが、ぷ~んと漂う。
「どうぞ、召し上がってください」
いただきます。
まずご飯と汁を口に含むと、まあるくやさしい味わいが
口いっぱいにひろがり、気持ちがすっと落ち着いていく。
おかずへ箸をのばすと、見慣れないものがいくつか並んでいる。
これはなんだろう?
「これは、タンポポの葉っぱを胡麻で和えたもの。
こっちは、菊の花と椿の花の酢の物ね」
初めていただくものばかり。
タンポポも椿も食べられるのか、知らなかった。
こういう知らない野生の食材に出会うと、とっても嬉しくなる。
自然の中で育った野草や花はほろ苦く、
そのエネルギーがダイレクトに伝わってくる。

タンポポの葉っぱの胡麻和え。

椿の花びらと菊の花のおひたし。色合いがなんともかわいらしい。
干し大根とにんじんのステーキをいただくと、これがまたすごい……。
「幸さん、この大根とにんじん、なんていうか……、命そのものっていうか」
興奮気味に伝えると、
「この大根ね、食べて泣いた人もいるの」
その方の気持ち、とってもわかります。
大地の恵みが体の細胞にすっと取り込まれていくような、
そんな初めての感覚だった。
幸さんがつくる干野菜は、にんじんや大根のほか、
玉ねぎやかぼちゃや牛蒡など種類も豊富。
材料となる野菜は、20年以上前から実践している
無農薬無化学肥料で育てたもの。
それを蒸して天日干しにして、という工程を繰り返し、
最後にじっくりと炭火の遠火で仕上げる。
「甘みが強いのは、炭火の効果もあるんでしょうね。
手間はとってもかかるけどね」
この日はたまたま作業がお休みで拝見できなかったのだけれど、
素材を育てるところから加工まで、すべて手作業で行っているのだそう。
手間ひまをかけて丁寧につくられたものだからこそ、
心にも体にも伝わってくるものがあるのだろう。

手前の濃いオレンジ色が干しにんじんのステーキ。右端のくったりとしたいかにもおいしそうなのが干し大根のステーキ。
食事のあと、幸さんが野草茶を煎じてくれた。
以前購入した野草茶を飲んだら、体がとってもすっきりしたことを伝えると、
「そうみたいね」という意外な言葉が返ってきた。
どうやら、ご本人はその効果を実感していない。
というのも、幸さんは体調を崩すことや、体調不良を感じることが
ほとんどないそうで、お茶の効果を感じる機会がないのだ。
お肌はつやつやで潤いがあり、機敏で溌剌としたその姿からは
74歳という年齢をいっさい感じさせない。
元気の源はというと、やはり日々の食事にある。
幸さんの食卓にのぼるものは、自ら育てた野菜や保存食が主体。
市販されている化学調味料や添加物の入っている食品を
口にすることはほとんどない。
「食べることって、一番大事なことだよね。みんな忘れてしまっているけど」
ひとつひとつ言葉を選びながら淡々と静かに話す幸さんを、
聡明でとても美しいと感じた。
おかしな方向に向かっているいまの世の中で、自分たちができることは何か。
幸さんが実践していることのひとつが、
自分の知恵や暮らし方を人に伝えること。
地元美杉町で野草教室を開いたり、食に関する講演会なども
たびたび行っている。そこには、全国から多くの人が集まり、
そうして幸さんの生き方が伝えられていく。
集まる人の数が年々増えているというのは、きっと本来の生き方に
みんなが少しずつ気づき始めているのだろう。



幸さんがおみやげに持たせてくれたお野菜。車内でトマトを頬張りながら「おいしいね、おいしいね」と、みんなで幸せなひとときを味わった。

[ff_assignvar name="nexttext" value="ますます美杉に惹かれる私たち…"]
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尊敬できる人たち
との出会い
東京に戻ってからしばらくすると、幸さんから電話がかかってきた。
「写真届きましたよ。なんていうか、鮮やかね」
喜んでいただけてよかった。
そのあと、電話でいろいろと話をしてくれた。
「私ね、自分の持っているものを次の世代に残したいと思っているの」
幸さんのその言葉を聞いて、私はついこんなことを伝えた。
「あの、幸さん。私は先人の知恵を次世代につなぐために
生まれてきたんだと思っているんです」
しまった……、また熱くなってしまった……、と反省していると、
幸さんが「ふふ」っと静かに笑った。
「野草のことも干野菜のことも、
教えていただきたいことがたくさんあります。
お邪魔になるかもしれませんが、また寄らせていただいてもいいでしょうか」
と言うと、「はい、いつでもどうぞ」と幸さんが答えてくれた。
そのやわらかい声色が、何だかとてもうれしかった。

〈美杉むらのわ市場〉に出店している幸さん。ずらりと並んだ商品の数には圧倒される。そのほか〈道の駅 美杉〉でも幸さんの商品を購入できます。
以前、長崎県に移住した方にインタビューをしたことがある。
彼女はこんなことを言っていた。
「移住先をこの場所に決めたのは、尊敬できる人との出会いだったんです。
この人がいればいい、そう思えるような人と出会ったんです」
そのエピソードを、私は頭の中で繰り返していた。
幸さんは私にとってそういう存在なのかもしれない。
前回も夫が書いたように、私たちはいま美杉にとっても惹かれています。
沓沢家との出会い、そして幸さんとの出会い。
さあ、この先どういう決断をしていくのか。
次回以降、またお伝えします。

幸さんは本も出版されている。『美杉村見てあるき』では、幸さんが文を、娘の千年さんが絵を担当している。『美杉村のはなし』は、美杉に古くから伝わる民謡や昔話をまとめたもので、その独特の空気感に引きずり込まれる。

長旅には車中泊が便利。左奥に見えるシルバーのボックスはポータブル冷蔵庫。道中自炊することが多いので、食材をストックしておけてとっても便利。ちょっと値が張ったけれど買ってよかった!

自宅でつくったお弁当を、車中泊の翌日の朝ごはんに。

自宅で仕込んだ自家製酵母パンを道の駅で焼いてみた。が、バーナーの調節にまだ慣れていなくて焦がしてしまった……。

長旅になると洗濯物がたまるので、コインランドリーに駆け込む。待っているあいだは隣の銭湯でひとっぷろ。
