連載
posted:2016.10.31 from:兵庫県 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
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〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer profile
Ikuko Hyodo
兵藤育子
ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。
photographer profile
Kazue Kawase
川瀬一絵
かわせ・かずえ●島根県出雲市生まれ。2007年より池田晶紀が主宰する写真事務所〈ゆかい〉に所属。作品制作を軸に、書籍、雑誌、Webなど各種メディアで撮影を行っている。
http://yukaistudio.com/
credit
supported by 但馬空港推進協議会
最近はさまざまな趣向を凝らしたパッケージツアーがあるけれども、
兵庫県豊岡市で10月22日~23日に行われた『Silent Seeing Toyooka』は、
ユニークかつ摩訶不思議という意味で、群を抜いているかもしれない。
但馬空港推進協議会、城崎国際アートセンター、全但バス株式会社が主催した
この企画はひと言で言うと、“観光とアートを組み合わせたツアー”。
豊岡市内の観光スポットを1台のバスで回りながら、
その都度パフォーミングアーツを楽しむのだが、
最大の特徴は、Silent Seeing(静かな観光)であること。
一部の場所や自由時間などを除いて、基本的におしゃべりが禁止されているのだ。
このツアー形式のパフォーマンス作品の総合演出を担当したのは、
大阪を拠点に活動する公演芸術集団dracomのリーダー・筒井 潤さん。
「最初は各所でダンスと演奏があるというイメージくらいしかなかったのですが、
それだと普通すぎておもしろみがない。
もうひとつ何か要素がほしいと思っていたとき、
出石永楽館の下見に行かせてもらったんです。
ちょうど団体観光客が賑やかに見学していたのですが、
彼らがいなくなった途端、シーンと静まり返って。
こういう静けさのなかでアートを楽しみながら
観光地を回ったらおもしろいのではないかと、
そのとき思いつきました」
パフォーマンスの舞台となる豊岡市は、関西屈指の名湯・城崎温泉や、
復活した近畿最古の芝居小屋である出石永楽館、
一時は絶滅したものの、市民によって野生復帰を成功させたコウノトリなど、
観光資源が豊富に揃っている。
これらの観光地をバスで巡るのだが、ツアー参加者に知らされているのは、
サウンド・アートの先駆者的存在である鈴木昭男さんと、
ダンス、音、美術などの表現の間で創作を行うダンサーの宮北裕美さんが、
それぞれの場所で何かしらのパフォーマンスを行うということだけだ。
参加者はもちろん、スタッフでさえどう転ぶのか予測がつかない、
ツアーがいよいよ幕を開けた。
コウノトリ但馬空港に降り立った人たちが、
もの珍しそうにプロペラ機の外観を撮影している。
空港のデッキでは、全身白い服を着た男女が、遠巻きに手を振っていた。
顔は無表情で、人形のようにゆっくりとした動き。誰かのお出迎えだろうか。
気になりつつもロビーに出ると、バスガイドさんが待っていたのだが、
彼女の様子もどこか変。
ひとことも発せず無表情のまま、旗を掲げて参加者をバスへと誘導する。
空港に降りた時点から“開演”していたことに、参加者はようやく気づき始めた。
JR豊岡駅でも参加者をピックアップすると、
先ほど空港で見かけた白い男女もゆっくりとした動きで最後にバスに乗り込んできた。
どうやら彼らもツアーに参加するらしい。
車内は静まり返り、一体これから何が起こるのか、
それぞれに様子をうかがっている感じが無言ながら伝わってくる。
バスガイドさんが立ち上がってこちらを向いたものの、表情はやはりなく、
録音されたアナウンスが抑揚のない調子で車内に流れる。
再び静かになる車内。車窓には、豊岡盆地を緩やかに蛇行する円山川が広がり、
時間が止まっているかのように流れも止まっている。
置かれているシチュエーションも相まって、
この世ではない世界へバスが向かっているような錯覚を抱いてしまう。
こちらの心配をよそに、バスは城下町・出石に到着した。向かったのは出石永楽館。
この芝居小屋は1901年に開館し、歌舞伎だけでなく新派劇や寄席なども上演。
但馬の大衆文化の中心として栄えたものの、1964年に閉館してしまう。
大改修を経て2008年に復活し、
手動の廻り舞台や奈落、スッポン(妖怪や幽霊などが登場する、花道の昇降装置)など、
昔ながらの貴重な設備が現在の公演でも使われている。
思い思いに見学していると、突然劇場が暗転した。
舞台上にぼんやり浮かび上がる人影。
暗闇に目が慣れてきた頃、鈴木昭男さんと宮北裕美さんのパフォーマンスが始まった。
宮北さんの歴史ある場の空気を慈しむような静かなダンスと、
鈴木さんの奏でる楽器という概念を覆すような素朴で研ぎ澄まされた音。
やがてパフォーマンスが終わると、白い男女が舞台へ近づき、おひねりを投げた。
それに倣って参加者たちも、配られたおひねりを舞台に向かって投げる。
木の床に落ちる音が、拍手の代わりに鳴り響いた。
出石のまちに出ると自由時間となり、ここにきて初めておしゃべり解禁。
参加者は出石名物のそばを食べようと三々五々に散ったが、
散策中に偶然出会った白い男女は、相変わらず無表情にSilent Seeingを続けていた。
翌日の城崎温泉街での自由時間も彼らだけは素に戻ることなく、
同じようにまちを歩いていたのだが、
筒井さんは白い男女の存在をこんなふうに解説してくれた。
「自由時間になっても、アートがまとわりついているような感覚を
お客さんに持ってほしかったんです。
彼らが常にいることを頭の片隅に起きながら行動してもらうことで、
こちらの演出から離れられない状況に置くのが狙いでした。
こちらの予想以上に、ふたりは目立っていたようでしたけど(笑)。
それと町中で彼らを見つける感覚が、
田んぼの真ん中でコウノトリを見つける感覚に少し似ていると思ったんです。
バスに乗っていて『あ、いたいた!』っていうのと同じように、
ちょっとだけうれしく思ってもらえたらいいなって」
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「豊劇」の愛称で親しまれている豊岡劇場は、
80年以上の歴史を経て2012年に一度閉館してしまったまちの映画館だ。
2014年末に再オープンして、現在は映画館だけでなくイベントなども行える、
幅広いコミュニティスペースに生まれ変わっている。
ここでもパフォーマンスが行われたのだが、
劇場の扉を開けると、スクリーンのある舞台上にイスがずらりと並べられていた。
映画館に入ったらいつもそうするように参加者たちは客席に座るものの、
そこではなく舞台上のイスに座るようにうながされる。
全員がスクリーンに背を向けるかたちで座り直すと、
映写機がスポットライトのように光って、参加者を照らした。
スピーカーから流れてきたのは、閉館前の豊劇の思い出を語る、まちの人たちの声。
「昭和30年代は屋根についた4つの拡声器から、朝から晩まで西部劇の音楽が流れていた」
「いつも人が少ない映画館で、予告編を観るのが怖かった」とか、
「小学校1年生のとき、おばあちゃんと初めて豊劇に来て、『ちびまる子ちゃん』を観た」
「いまでは考えられないけれど、冬になると劇場にストーブが置かれていた」など、
知らないまちに暮らす人の個人的エピソードばかりなのに、
なぜか自分の体験と重ね合わせて、懐かしい気持ちになってしまう。
地域や場所などに対する思いを語った豊岡の人の声は、
豊劇だけでなく、城崎国際アートセンターでのパフォーマンスや、
バスの中でもたびたび流れていたのだが、
これは合計30時間にもおよぶインタビューリサーチのなかから、筒井さんが選んだもの。
「普通に観光していたら、そのまちの背景まではなかなか知ることができないですよね。
声を重ねたり、走行音のうるさいバス内で流したりして、
部分的にわざと聞き取りにくくして、
まちに出たときと同じような状況をつくろうと思ったんです。
大々的にではなく、こっそりとまちの人たちの声を挟んでいくようなつもりで」
ほかにも、コウノトリ伝説のある久々比神社での鈴木さんの土笛の演奏や、
城崎国際アートセンターのホールで、城崎の人たちの声を暗闇で聞くパフォーマンス、
かつて地球の磁場が反転していたことが発見されたと言われている地、
玄武洞公園で行われた、鈴木さんと宮北さんの40分にもおよぶ演奏とダンスなど、
歴史的建築物や自然、あるいはいまの豊岡を象徴するような場所で、
贅沢なパフォーマンスが繰り広げられた。
あっという間に定員に達した人気のツアーだったが、参加者に話を聞いてみると、
鈴木昭男さんの演奏を聴きたくて来たというアート通から、
自ら映画館を経営していて豊劇に興味があったという人、
あるいは豊岡の観光名所を一度に回ることのできるお得なツアーだったから、と
観光目的で来た人までさまざまだった。
参加者の反応を逐一見ていた筒井さんも、終わる頃にはほっとした表情を浮かべていた。
「初日は戸惑って、ほかの方の様子をうかがっているような方もいましたが、
インスタレーションを鑑賞に行くと、そういうお客さんって結構いますよね。
『これはどう体感したらいいの?』『何がおもしろいの?』と探りながら、
積極的に関わってくださっていて、こちらとしてはすごくうれしかったですね」
一方、参加した人たちからは、こんな感想が。
「ダンスパフォーマンスを観ることは結構あるのですが、
ダンスだけでなく鈴木昭男さんの演奏と、
永楽館や玄武洞などの空間が一体となるすごみを感じました。
ギターやピアノみたいにみんなが知っている音ではないけれど、
どこか懐かしい気持ちにさせてくれて、
それが豊岡の風景ととても合っていて感動しました」
「自分はパフォーマンスを観ている側のつもりだったけど、
気がついたら観客も含めてパフォーマンスの一部になっているようなことが
何度かあって、新鮮で楽しかった」
「屋外でのパフォーマンスは特に、車や電車の音、
普通に観光している人の声なども入り込んできて、
それをどう捉えるかでパフォーマンスの印象が変わるのもおもしろかった」
観光とアートの境界を曖昧にして、双方の可能性を広げる試みは、
駅へ向かう車内でバスガイドさんがようやく見せてくれた満面の笑みと、
マシンガントークで笑いに包まれ無事終了。
ツアー参加者同士が会話をするような時間は限られていたものの、
2日間にわたる体験をともにした車内には、不思議な一体感が生まれていた。
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