いったん東京に帰るはずが
三重県津市の美杉町へ…
岡山から徳島、淡路島と
移住先探しの旅を続けてきた津留崎一家。
東京に帰るはずが、ふと思いたって、
三重県津市の美杉町に寄ることに。
そこには、津留崎さんが「アニキ」と慕う料理人のご主人と
彫刻家で陶芸家の奥さんのご一家が暮らしているのです。
その最初の出会い、それから1年後の、
移住先探しの旅の延長のお話です。
最近はさまざまな趣向を凝らしたパッケージツアーがあるけれども、
兵庫県豊岡市で10月22日~23日に行われた『Silent Seeing Toyooka』は、
ユニークかつ摩訶不思議という意味で、群を抜いているかもしれない。
但馬空港推進協議会、城崎国際アートセンター、全但バス株式会社が主催した
この企画はひと言で言うと、“観光とアートを組み合わせたツアー”。
豊岡市内の観光スポットを1台のバスで回りながら、
その都度パフォーミングアーツを楽しむのだが、
最大の特徴は、Silent Seeing(静かな観光)であること。
一部の場所や自由時間などを除いて、基本的におしゃべりが禁止されているのだ。
このツアー形式のパフォーマンス作品の総合演出を担当したのは、
大阪を拠点に活動する公演芸術集団dracomのリーダー・筒井 潤さん。
「最初は各所でダンスと演奏があるというイメージくらいしかなかったのですが、
それだと普通すぎておもしろみがない。
もうひとつ何か要素がほしいと思っていたとき、
出石永楽館の下見に行かせてもらったんです。
ちょうど団体観光客が賑やかに見学していたのですが、
彼らがいなくなった途端、シーンと静まり返って。
こういう静けさのなかでアートを楽しみながら
観光地を回ったらおもしろいのではないかと、
そのとき思いつきました」

総合演出を担当した演出家・劇作家の筒井潤さん。
パフォーマンスの舞台となる豊岡市は、関西屈指の名湯・城崎温泉や、
復活した近畿最古の芝居小屋である出石永楽館、
一時は絶滅したものの、市民によって野生復帰を成功させたコウノトリなど、
観光資源が豊富に揃っている。
これらの観光地をバスで巡るのだが、ツアー参加者に知らされているのは、
サウンド・アートの先駆者的存在である鈴木昭男さんと、
ダンス、音、美術などの表現の間で創作を行うダンサーの宮北裕美さんが、
それぞれの場所で何かしらのパフォーマンスを行うということだけだ。
参加者はもちろん、スタッフでさえどう転ぶのか予測がつかない、
ツアーがいよいよ幕を開けた。

豊岡のシンボル、コウノトリ。ツアーで訪れたコウノトリの郷公園にて。
コウノトリ但馬空港に降り立った人たちが、
もの珍しそうにプロペラ機の外観を撮影している。
空港のデッキでは、全身白い服を着た男女が、遠巻きに手を振っていた。
顔は無表情で、人形のようにゆっくりとした動き。誰かのお出迎えだろうか。
気になりつつもロビーに出ると、バスガイドさんが待っていたのだが、
彼女の様子もどこか変。
ひとことも発せず無表情のまま、旗を掲げて参加者をバスへと誘導する。
空港に降りた時点から“開演”していたことに、参加者はようやく気づき始めた。

空港のデッキでお出迎えする、白い男女。その存在に気づく人も、気づかない人も。
JR豊岡駅でも参加者をピックアップすると、
先ほど空港で見かけた白い男女もゆっくりとした動きで最後にバスに乗り込んできた。
どうやら彼らもツアーに参加するらしい。
車内は静まり返り、一体これから何が起こるのか、
それぞれに様子をうかがっている感じが無言ながら伝わってくる。
バスガイドさんが立ち上がってこちらを向いたものの、表情はやはりなく、
録音されたアナウンスが抑揚のない調子で車内に流れる。
再び静かになる車内。車窓には、豊岡盆地を緩やかに蛇行する円山川が広がり、
時間が止まっているかのように流れも止まっている。
置かれているシチュエーションも相まって、
この世ではない世界へバスが向かっているような錯覚を抱いてしまう。

バスの中でも基本的におしゃべり禁止。バスガイドさんも終始無言&無表情。

円山川を眺めながら、最初の目的地、出石へと向かう。
こちらの心配をよそに、バスは城下町・出石に到着した。向かったのは出石永楽館。
この芝居小屋は1901年に開館し、歌舞伎だけでなく新派劇や寄席なども上演。
但馬の大衆文化の中心として栄えたものの、1964年に閉館してしまう。
大改修を経て2008年に復活し、
手動の廻り舞台や奈落、スッポン(妖怪や幽霊などが登場する、花道の昇降装置)など、
昔ながらの貴重な設備が現在の公演でも使われている。
思い思いに見学していると、突然劇場が暗転した。
舞台上にぼんやり浮かび上がる人影。
暗闇に目が慣れてきた頃、鈴木昭男さんと宮北裕美さんのパフォーマンスが始まった。
宮北さんの歴史ある場の空気を慈しむような静かなダンスと、
鈴木さんの奏でる楽器という概念を覆すような素朴で研ぎ澄まされた音。
やがてパフォーマンスが終わると、白い男女が舞台へ近づき、おひねりを投げた。
それに倣って参加者たちも、配られたおひねりを舞台に向かって投げる。
木の床に落ちる音が、拍手の代わりに鳴り響いた。

永楽館での鈴木昭男さんと宮北裕美さんのパフォーマンス。

おひねりを投げる参加者たち。
出石のまちに出ると自由時間となり、ここにきて初めておしゃべり解禁。
参加者は出石名物のそばを食べようと三々五々に散ったが、
散策中に偶然出会った白い男女は、相変わらず無表情にSilent Seeingを続けていた。

出石のまちをさまよう白い男。白い女を見失ってしまったらしく……。
翌日の城崎温泉街での自由時間も彼らだけは素に戻ることなく、
同じようにまちを歩いていたのだが、
筒井さんは白い男女の存在をこんなふうに解説してくれた。
「自由時間になっても、アートがまとわりついているような感覚を
お客さんに持ってほしかったんです。
彼らが常にいることを頭の片隅に起きながら行動してもらうことで、
こちらの演出から離れられない状況に置くのが狙いでした。
こちらの予想以上に、ふたりは目立っていたようでしたけど(笑)。
それと町中で彼らを見つける感覚が、
田んぼの真ん中でコウノトリを見つける感覚に少し似ていると思ったんです。
バスに乗っていて『あ、いたいた!』っていうのと同じように、
ちょっとだけうれしく思ってもらえたらいいなって」

翌日、城崎の温泉街でも白い女を見失ってしまった白い男。どんどん溶けていくソフトクリームが切ない。
屈斜路湖から太平洋まで、日本最大の湿原〈釧路湿原〉を流れる154キロの釧路川。
源流から河口までの標高差が約120メートルとなだらかで、
ダムなどが一切ないため、上流から下流までカヌーを楽しめる日本でも希有な川です。
太古の時代は海だった広大な釧路湿原。
特異な景観をもち、さまざまな動植物を育む豊かな自然の中を、
カヌーでくだる貴重な体験ができる場所でもあります。
今回は〈釧路マーシュ&リバー〉のカヌーガイド・斉藤松雄さんと、
下流域のツアーに出かけ、釧路川カヌーの魅力を体感しました。

釧路マーシュ&リバーの事務所からツアー出発地点までは車で10分ほど。カヌーと一緒に移動します。

カヌーポートでツアーの説明をするガイドの斉藤松雄さん。
出発はJR細岡駅近くのカヌーポート。
ライフジャケットを着用し、万が一川に落ちた場合のレクチャーを受け、
カヌーに乗り込みます。ほとんど揺れもなく、スーッと川面を滑り出すカヌー。

「釧路川は大きな岩や石がないから、本当に静かなんですよ」
斉藤さんが話すとおり、川の上はまるで別世界のような静けさ。
パドルを漕ぐ音、倒木に水が当たる音など、
時折聞こえるチャポンという水音に癒されます。
カヌーに準備されているパドルは漕いでもよし、置いたままでもよし。
川の流れに従ってガイドが舵をとってくれるので安心です。
今回のコースは、釧路川のなかでも特に蛇行が多い区間。
穏やかな流れに乗って目の前の景色を眺めていると、
当初あまりその感覚はありませんでしたが、
「太陽が自分の左右どちらにあるか確認していてくださいね」と斉藤さんがひと言。
確かに、カヌーが進むにつれて目に見える太陽の位置が変わります。
自然がつくり出した蛇行の流れに乗っているのを実感しました。

この日は台風通過後で釧路川が増水中。普段より川幅が広がり、
川面が2メートルも高い状態でした。
「川の水があふれても湿原が水を吸収するスポンジの役割をしてくれる。
水が横へ逃げるので、増水時でも流れが穏やかなんです」
斉藤さんの解説を聞いて納得。川の両端からどんどん水が染み出ていくような
不思議な風景を目にすることができました。
箱根火山の南東縁から相模湾に3キロほど突き出している真鶴半島。
その先端は、樹高30メートルを超えるクロマツやクスノキをはじめ、
数百種類の植物と野鳥が生息する原生林となっており、
〈魚(うお)つき保安林〉ならびに〈県立真鶴半島自然公園〉として、
古くから大切に保護されてきた。
真鶴の海は、多様な魚介類が生息していることでも知られているが、
そんな豊かな海を支えているのが、この「お林」と呼ばれる原生林だと信じられている。
お林が人々の暮らしを支え、人々はお林を守る。
その関係性は、人と自然の共生を象徴するものだ。

写真右に見える、こんもりと繁るのが「お林」。

真鶴駅から10分ほど車を走らせたところに遊歩道の入り口がある。
お林のはじまりは、江戸時代にまでさかのぼる。
寛文元年(1661年)に小田原藩が3年の月日をかけて15万本の松苗を植林し、
以降、明治37年には、魚を守り、育てる森林と認められ魚つき保安林に指定。
昭和27年に真鶴町へ移管されるまで、御留山(幕藩領主の管理下にあった森林)から
御料山(皇室所有の森林)へと、長らく国が管理してきた場所だった。
お林一帯が県立真鶴半島自然公園に指定されたのは昭和29年。
今日ではお林をいまの姿のまま次世代へ継承していくために
「採らない」「燃やさない」「捨てない」「踏み込まない」という
ルールが定められている。

2014年からは、真鶴町による〈魚つき保安林保全プロジェクト〉が始動。
お林を地域活性化の資源としても活用できるようにと、
プロジェクトに賛同する町民やNGO会員らがボランティアとして参加し、
調査を進めている。そのほかにも、NPOや市民団体による植樹など、
お林を守り、育むための活動が勢いを増している。
そんななか、真鶴の漁師たちも3年前からクロマツの植樹をスタートさせた。
海と森林の関係性においては諸説あるが、
樹木の陰が魚の産卵や生育の場に適していることや、
半島から森林を通って滲み出たミネラル豊富な地下水にプランクトンが集まることから、
それを求めて魚が集まり、豊かな漁場がつくられると考えられているのだ。
真鶴町漁業協同組合の朝倉一志さんは、
「お林と海には、深い関係があると思う」と話す。

朝倉一志さん。真鶴に生まれ育ち、31年前から漁業協同組合で働いている。
「ここのところマツが少なくなってきたので、
このままじゃいけないだろうと植樹を始めました。
残念なことに1年目と2年目に植えた分は枯れてしまって。
やみくもにやっても意味がないので、
いまどこに植えたらいいのかを調査しているところです。
マツは横に生えてから上に伸びるという特徴があるでしょう?
ほかの樹木に比べて半島からせり出す分、海に陰をつくる。
その陰が魚を守ってくれるんです」
出版とゲストハウスをやりたい。
それを実現するための場所を探そう。
そんな思いを胸に、2015年の春、神奈川県の西南部、
真鶴にやってきた川口瞬さんと來住(きし)友美さん。
ふたりは〈真鶴出版〉という屋号で、出版活動をしながら、
1日1組限定のゲストハウスも併設する「泊まれる出版社」を運営している。
真鶴への移住を決めるまで、川口さんはIT企業に勤務するかたわら、
「働く」をテーマにしたインディペンデントマガジンを友人とともに制作。
「会社に不満はなかったけれど、身の丈にあった、
自分の目の届く範囲でのビジネスをしたい」という思いがだんだんと膨らんでいき、
仕事としての編集経験はなかったものの、出版活動をすることを決意する。

川口さんが会社員時代から制作しているインディペンデントマガジン『WYP』。
一方、來住さんは青年海外協力隊としてタイで活動した後、
フィリピンの環境NGOに所属し、現地でゲストハウスを運営した。
「見知らぬ土地でたくさんの人に受け入れてもらった分、
今度は自分が海外の人を受け入れたい」
と、地方でゲストハウスを開くことを夢見るように。

左から宿泊担当の來住友美さん、出版担当の川口瞬さん。
川口さんも会社を辞めてフィリピンに英語留学し、
ふたりでフィリピンから帰国した翌日には、移住先を探しに動き始めた。
そんななか、最初に訪れたのが真鶴だった。
「地方で精力的に活動している写真家のMOTOKOさんから
『地方に行くなら、真鶴がいいよ』と言われたんです。
そこで役場の方を紹介してもらい、移住を考えていることをお話ししました。
真鶴を一旦あとにし、ひと月半をかけてほかの地域も見てまわったのですが、
ちょうどその旅が終わる頃に役場の方から
『お試し暮らしのモニタリングを募集している』と連絡をいただいたんです。
お試し暮らしのお試し版として参加することにしました」(來住)
その後、約2週間のお試し暮らしを経て、ふたりは真鶴への移住を決めた。
たくさんの土地を巡った末、その決め手は何だったのだろう?
「空気がきれいなこと、食べ物がおいしいこと、人がやさしいこと。
その3つを移住先の条件として考えていました。
それを満たす地域はほかにもあったのですが、
それなら縁を感じたところに住んでみようと思ったんです」(川口)
MOTOKOさんのひと言、新たな人との出会いとつながり、そして絶妙なタイミング。
さまざまな縁に背中を押され、真鶴での暮らしが始まった。
真鶴駅から徒歩5分。人ふたりがようやく通れるほどの細い道に入ると、
その途中に築50年の平屋がある。ここが真鶴出版兼自宅だ。
「私たちはそのまま住んでいるだけで、何もしていないんですよ」と来住さん。
使い込まれた木の表情が優しく、目に入るしつらえの美しいこと。
小高い場所にあるためまちを見下ろせ、風が気持ちよく抜ける。
台所と和室が宿泊客との共有スペース、そのほかに客間と
ふたりのプライベートルームがひと部屋ずつというコンパクトな間取りだ。

玄関を入ると目の前には心和む一角が。

宿泊客用の部屋。希望をすれば、真鶴の成り立ちや見どころを教えてもらいながら一緒にまちを歩くこともできる。

飛騨市、高山市、下呂市、白川村、4つの市村からなる飛騨地域。
豊かな自然に、小京都とも言われる古いまち並みや温泉、世界遺産。
最近は映画『君の名は。』の舞台としても注目を集めるエリアだが、それだけではない。
伝統と新しい技術、あたたかい人、地域のコミュニティ。
そこで、ずっと飛騨に住んでいる人、移住者、そして外国人観光客に聞いてみた。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」


柴原敦子さん【白川村】
名古屋から移住し、2013年、〈アオイロ・カフェ〉をオープン。
「このあたりはパン屋さんがなくて、パン目当てのお客さんにも喜んでもらえています。ここはお店から川が見えるし、ウッドデッキでBBQしながらビールが最高です。周囲も、みんな顔見知りで、子どもをかわいがってもらえますね」

長坂風子さん【白川村】
名古屋から地域おこし協力隊として赴任して3か月。
「白川村は、みんなモノをくれるし(笑)、あたたかくて、地域との関わり合いが深いです。いまは村を回って、情報発信をしています。とにかく積極的に話しかけています。この立場をうまく使って、ここでしかできないことを吸収していきたいです」


今井登志雄さん(66歳)【下呂市】
1994年から下呂市で農業を始める。〈上原プロジェクト〉副代表。
「“回り舞台”が国の重要有形民俗文化財に指定されている芝居小屋〈白雲座〉があって、40年も素人歌舞伎が行われている地域です。まちはまち、田舎は田舎らしさをだそうと、下呂の温泉にプラス1泊できるような工夫を考えています。去年から〈上原プロジェクト〉として本格的に始めたのが、農業体験。田植え、稲刈り、しめ縄づくりなど行い、小学生も参加しています。昨年は4年に1回の“24時間ソフトボール大会”が開催されましたよ」


横関真吾さん、万都香さん【高山市】
東京都出身。ゲストハウス経営のために高山に移住し、2011年〈飛騨高山ゲストハウスとまる〉をオープン。
「実際にまちを歩いてみて、高山にゲストハウスをオープンしようと決めました。歩いて回れるので、お客さんの案内をしやすいですね。外国人ツーリストによく案内するのは、古民家の〈吉島家住宅〉や寺社巡りができる〈東山遊歩道〉です。子育ての環境もいいし、近所の人もアットホーム。まちを良くしようと考えている地元愛にあふれる若者もたくさんいます」

セルヒヨさん(35歳) グラフィスラさん(35歳)【高山市】
スペインのバレンシアから来たカップル。
「東京と京都に行ったけど、とてもビジーでした。山が見たかったので、松本を経由して高山に来ました。都市と雰囲気が違って、静かで落ちついているところが気に入っています」

イエスパさん ローズさん アマンダさん マットさん【高山市】
オランダ人の4人組。
「東京から来て、このあとは富士山と京都に行くつもりです。山をサイクリングしたり、トレッキングしたいと思っています。まだ高山に着いて1時間なんだけど、ビルがない小さなまちには、フレンドリーな人がたくさんいますね」

鈴木岳人さん【高山市】
神奈川県相模原市から高山市に移住して10年目。家具職人として〈山岳木工〉を営んでいる。
「飛騨地域は、祭り屋台や山車の修理などで培ってきた独特の木工技術があって、木工に関してのグレードの高さでいえば、特殊なエリアです。このあたりはすごく牧歌的。季節がはっきりしているところが好きです。ドライブするだけで、リフレッシュできますよ」


森本純子さん【飛騨市】
生まれも育ちも飛騨古川。1999年に〈壱之町珈琲店〉をオープン。
「古川でも古民家がどんどん壊されていくなかで、古民家を再利用したいと思ってお店を始めました。飛騨は自然の中に文化も溶け込んでいます。地元の人や近所の子どもたちの声などに、旅の人が入り込む風景が好きです。あと安峰山から見える朝霧は、とても美しい光景だと思います」

森口明子さん【飛騨市】
〈飛騨の森でクマは踊る〉勤務。
「自分の周りのデザイナーやクリエイターたちが遊びに来ていて古川祭・起し太鼓がおもしろいという話をしていました。それで興味を持っていたんです。仕事の話になっても、お金から始まらないところが好きです。お金よりやる気であって、心が最初にあるんです」

藤田敦子さん(23歳)【飛騨市】
北海道大学在学中。〈FabCafe Hida〉勤務中。
「昨年、休学して3週間インターンとして古川に来たんです。そうしたら古川のことが大好きになってしまって! エコとかの概念ではなく、人が当たり前のように自然の良さをとり入れていることに感動しました。いつもみんな家族のようにあたたかくて、みなさんに見守ってもらっています」

photo:MOTOKO
2016年10月。
神奈川県真鶴半島の先端にあるお林展望公園で、
〈グリーンエイド真鶴〉という小さな音楽フェスティバルが30周年を迎えた。

このイベントに第1回から関わっているのが、
真鶴港のそばにある酒屋〈草柳商店〉の4代目、
通称「しげさん」こと草柳重成さんだ。
30年前、当時まだ21歳だったしげさんは今年51歳になった。
いまではグリーンエイド真鶴の司会を、
その頃のしげさんと同じ、21歳の娘の采音(ことね)さんが務める。

宿浜商店街の一角にある酒屋、草柳商店。

昭和を彷彿させる店内には、神奈川の地酒が中心に並ぶ。
しげさんが店主を務める草柳商店は、地元の漁師や近所の人はもちろん、
最近では町外のアーティストや旅行者も集まるまちの酒屋だ。
お店に入るとすぐにしげさんのお母さんが話しかけてくれる。
「どこから来たの?」
「名前は? 私すぐに人の名前が覚えられるの」
川上弘美の小説『真鶴』にも登場するお母さんはマシンガントークで、
躊躇する暇もなく、訪れた人は輪の中に入れられる。
だけどそれが不思議と心地よい。もちろんしげさんもその輪に加わる。
ときにはギターを片手に唄い出し、ゲリラライブが始まることもある。
真鶴に生まれ、真鶴で育ったしげさんは、
高校卒業後に入学した東京の美術学校を半年で辞めた。
笹塚の友だちのアパートに泊めてもらい、バイトをしながら、
原宿や渋谷で当時有名だったライブハウスでバンド活動を始めたのだ。

「無理に頑張らず、楽しんでやればいい。食っていければそれで幸せと思わないと」と語るしげさんからは、いつもポジティブな空気が流れる。
「真鶴のことを嫌いになったことはないですよ。
でも10代後半や20代前半のときって、やっぱり東京への憧れがあるんですよね。
どうしても東京が気になって仕方なくて……。
ただ、25歳のときに親父が亡くなっちゃって、
真鶴に戻らなきゃいけなくなったんです。
もちろん東京にいたほうがいいんじゃないかって思いもありましたが
弟もまだ高校生で、妹が大学生だったから、お金も稼がなきゃいけなかったので」
地元真鶴に戻ってきたしげさんは、迷いながらも草柳商店のお店に立ち始める。
ただ、客はすぐにはしげさんのことを認めてくれなかった。
「自分の好きな地酒を選んで並べても、まだ酒を飲み始めて5年だろって、
馬鹿にされるんですよ。それが悔しくてね。
年齢をカバーできるよう、日本酒のソムリエと呼ばれる
“唎酒師(ききさけし)”の資格を取得しました。
勉強のため全国の酒蔵を訪ね歩きもしました」

『リラックス』『クウネル』などに携わってきた
編集者の岡本仁さんによる人気ガイドブックシリーズ
『ぼくの鹿児島案内』『続・ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』。
2016年10月、本シリーズの第4段が出版されます。
このたび岡本さんが紹介するのは、岡山県。
今回はミュージシャンの坂口修一郎さんとの共著により、
各スポットを写真1枚と文章のみというシンプルな構成で紹介しています。

このガイドブックは、岡本さんたちが何度も現地へ足を運び、
本当にいいと思った所を紹介しているのが魅力。
「誰かが岡山を旅行しようとする時に、ぼくらが紹介したいのは、
その土地に暮らす人たちが当たり前のこととして享受しているものです。
そこには観光的な派手さはありませんが、
ゆっくりと時間をかけて自分の身体に染み込んでいき、
やがて心を和ませてくれます。このガイドブックは、
一般の旅行ガイドとは 少し違う視点で、
あらためて見つけた岡山県の魅力を集めたものです」(著者より)

飛騨エリアとは、岐阜県の高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
最近では、外国人を含めた観光客増加の増加が注目されるが、
それだけでなく、新しい拠点やプロジェクトが生まれ、そこに訪れる人も増えている。
また、観光客が触れたいと思っているのは、
実は飛騨に生活する人々の暮らしぶりであったり……。
飛騨の魅力とは、暮らしと観光と仕事との新しい可能性モデルかもしれない。
ずっと飛騨に住んでいる人、移住者、そして外国人観光客に聞いてみた。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」


井之丸広幸さん(53歳)【飛騨市】
1908年創業、味噌煎餅本舗〈井之廣〉4代目。
「こいこい会という若者たちが主催して花火をあげている〈ナチュールみやがわ〉というキャンプ場がおすすめです。いろいろなイベントをやっていて楽しい場所です」

宮地元治さん(65歳)【飛騨市】
イラスト入りのPOPが美しい、自身いわく「よろず屋」。生鮮からお菓子まで、整然としたディスプレイで、商品が見やすいお店。
「山があって当たり前の生活を送っているので、山が見えないと息苦しくなりますね」

福山良子さん【飛騨市】
古川のまちで唯一の精米所である福山米殻店。〈しゃべりばち☆おとめの会〉として、まちのマップや飛騨弁カルタをつくるなど、地域活動をしている。
「古川の人は、元気だけど奥ゆかしい。自分のまわりの道も掃除するのが当たり前です。観光に来ても、そんな普段の生活をこっそり見てもらえると思います」

井畑仁志さん(37歳)【飛騨市】
飛騨市役所企画部企画課に勤務。
「家の近所にある、荒城川の桜並木が好きです。古川は互助の精神が強く、つい最近までお葬式も近所の人たちでやっていました。草刈りや川そうじは当たり前ですね。野菜や鮎をもらえたりと、コミュニティが濃いと思います」


藤垣武史さん 奥原美智子さん【高山市】
高山市役所ブランド戦略課のふたり。藤垣さんは高山市生まれ。
「ロードバイクで乗鞍岳の頂上まで登るのはとてもハードですが、登ったあとの景色は最高です。飛騨弁は早口ですが、あたたかくて好きです」
奥原さんは愛知県生まれ。結婚を機に高山へ。
「湿気がなくて住みやすいですね。よく家の周りにある田んぼの真ん中を散歩しています。私にとって飛騨弁は、“日本語じゃないのかな”くらい早口で難しい(笑)」

大道雅司さん(51歳)【高山市】
〈大道たばこ店〉の3代目。
「昔は飛騨の人は引っ込み思案だと思っていたんですけど、やるときはやりますね。古い文化が残りながらイベントなども多くて、古いものと新しいものが融合している気がします。活動的な若者を上の世代が邪魔しないので、世代間が交じり合っていますね」

ジョンさん(34歳) ルーベンさん(36歳)【高山市】
イギリス人のふたり、ジョンさんはサンフランシスコ在住、ルーベンさんはタイ在住。
「東京に3、4日いて、昨日、高山に来ました。伝統が守られているまちで、旅館体験がすごく良かった。風鈴の音が聞こえてとても静かですね。このあとは京都と直島に行く予定です」


野田真司さん(41歳)【白川村】
川魚の養殖をしている野田さんは合掌造りの家に住んでいる。
「白川村には『結』という助け合いの精神が残っています。かつては田植えや冠婚葬祭、いまでも屋根葺きや葬儀はみんなで行います。なんと数年前までは自分たちで火葬してたんですよ」

森下清子さん【白川村】
「人にごはんを食べてもらうのが生き甲斐になっているのよ。次男がゲストハウスをやっているので、食事を持っていったり。外国人も家庭料理を喜んでくれます。この前、布ぞうりをフランス人にプレゼントしたらすごく喜んでくれたわ。このあたりはみんな仲良しで、祝い事などでは七福神の扮装をして村を回るのよ」


二村有三さん(37歳)【下呂市】
下呂市生まれ。東京でお笑い芸人となり、10年ほど前にUターン。現在は川魚の養殖業〈馬瀬川水産〉に従事。
「馬瀬エリアは何もないです。だからいいんです。川には排水もまったく流れていないので、その水で育てたアマゴ、イワナ、マスは最高です。コレが都会には絶対にないこと。生きているなって感じます」

洞 千香子さん【下呂市】
料理が評判の宿〈丸八旅館〉2代目女将。
「この馬瀬地区は、信号もない、もちろんコンビニもありません。でも、馬瀬にしかない風景があります。馬瀬川も上流はもっと澄んでいますよ。こんなところでも、外国人ツーリストが来るんですよ。のんびり、ゆっくりしたいという人が多いです。料理はなるべく地元のものを使っています。ほかから仕入れてしまったら、お互いのためになりませんから。地元があっての旅館だと思っています」

加藤英樹さん【下呂市】
1918年創業の〈柏屋酒店〉3代目。湯之島サンロード発展会会長。
「かつては社員旅行が多かった下呂温泉ですが、最近では個人旅行が増えてきました。だから歩いていて楽しいまちづくりを心がけています。下呂=ゲロにあやかって、カエルをキャラクターにしたり、古いまち並みを残す努力をしています。お店でも、お酒の試飲コーナーを設けて、お客さんと積極的にコミュニケーションをとるようにしています」

いたるところで火山ガスが立ちのぼり、硫黄泉が沸きたつ〈登別地獄谷〉。
登別温泉街の奥、北海道遺産にも指定されている地獄谷は、
かつて日和山の噴火で生まれた爆裂火口跡。
遊歩道を進めば、強い硫黄の香りがたちのぼってきます。
1日に約1万トンもの温泉が湧出するこの地獄谷こそ、
北海道有数の湯量を誇る登別温泉の源泉。
古くからアイヌの人々が薬湯として利用したといわれる登別温泉は
〈温泉のデパート〉と呼ばれ、なんとひとつの地域に
9種類もの泉質の温泉が湧く、世界的にも大変稀少な温泉郷です。

温泉郷の奥にある、登別地獄谷。
この9種類のうち、〈硫黄泉・単純硫黄泉・酸性鉄泉・食塩泉〉の
4種類の泉質を湯めぐりできるのが、
登別温泉街の中心にたたずむ〈登別温泉ホテルまほろば〉です。
“すぐれてうつくしいところ”を意味するまほろば。
ここの湯めぐりは、宿泊する方だけのお楽しみ。
地下1階・2階、森に面して広がる男女入れ替え制でどちらも楽しめるふたつの温泉には、
合わせて31もの湯殿が豊かなお湯をたたえています。
なかでも地下2階にある3つの泉質がそろった露天風呂は、壮大なスケール。
なめらかな濁り湯の〈硫黄泉〉、鉄成分を豊富に含む〈単純硫黄泉〉、
美肌の湯といわれる〈酸性鉄泉〉。
それぞれの泉質の違いを味わいながら、湯殿をめぐってみましょう。

単純硫黄泉の露天風呂。(写真:登別温泉 ホテルまほろば)

酸性鉄泉の露天風呂。(写真:登別温泉 ホテルまほろば)
温泉を楽しんだあとの心地よいリラックスに浸るなら、
リニューアルされたスイートルームがおすすめです。
2タイプ計8室の広々としたスイートルームは、
乳白色の硫黄泉が引かれた展望露天風呂つき。
温泉街の風景を見下ろしながら、極上の湯浴みを楽しめます。
広い脱衣スペースには、部屋浴用と大浴場用2種類のタオルが置かれ、
〈ジョンマスターオーガニック〉のバスアメニティも女性に好評です。
北海道産木材でつくった家具は、
部屋全体にやわらかい雰囲気をつくり出しています。
また、ふたつ備えられた明るい洗面化粧台、
車椅子の方がそのまま入れるバリアフリーの入口など随所に
きめ細やかなおもてなしが、深いくつろぎを誘います。

白い壁が明るい印象の広々としたワンルームタイプ〈槐 えんじゅ〉。

〈槐 えんじゅ〉の露天風呂。
そして旅のお楽しみ、地元の食との出合いを満喫できる
バイキングレストラン〈GREEN TERRACE〉へ。〈春ニシンの幽庵風味変わり揚げ〉
〈ホタテ稚貝の味噌汁〉〈春鱒のふきのとう味噌焼き〉など、
魚介を中心にできる限り登別近郊の食材を使った季節のメニューがずらりと50種類。
“ひと手間を惜しまずおいしさをつくる”という志のもと、
手をかけられた北海道の旬をたっぷりと味わえます。

蟹・蟹・蟹!毛ガニ・ズワイ・タラバ〈3大ガニ食べ放題バイキング〉は、まほろばならではの一番人気コーナー。自分でつくるぜいたくな〈海鮮丼〉も。料理が小鉢に分けられているのもうれしい。
登別温泉は山あいに位置していますが、市内の南には豊富な海の幸を誇る噴火湾が広がり、
たらこの産地で有名な白老町の虎杖浜もすぐ。
実は新鮮な魚介類が手に入る地域でもあります。
朝食には、温泉街から車で10分の〈のぼりべつ酪農館〉特製、
地元産生乳がリッチな飲み心地の〈のぼりべつ牛乳〉で目覚めの一杯をどうぞ。

スイートルームの冷蔵庫には、のぼりべつ酪農館の人気商品、クリーミィな舌触りの〈のぼりべつ とろ〜りプリン〉(各324円)がセットされています。1階の売店でも販売中。(※写真はイメージ)

1994年に開業、2016年に全客室のリニューアルが完了したホテルまほろば。客室もwi-fi完備。
登別温泉では、毎年8月下旬におこなわれる〈登別地獄まつり〉や、
厳冬期の源泉湯かけ合戦が見物の〈登別温泉湯まつり〉をはじめ
年間を通してさまざまなイベントが開催され、訪れる方たちを迎えています。
また、温泉街のまわりに点在する景勝地もあわせて訪れてみましょう。

今もなお煙を上げる日和山が噴火した火口跡の〈大湯沼〉は底から約130度の硫黄泉が噴出。観光道路沿いにあるので車でもすぐ。
地獄谷から遊歩道でつながり、徒歩15分の距離に湧く硫黄泉〈大湯沼〉。
左側にそびえる、地獄谷や大湯沼を生んだ活火山〈日和山〉は実は高山植物の宝庫。
〈大湯沼展望台〉の駐車場から徒歩で15分ほど、
倶多楽湖方面へと進んだ先にある〈日和山原生野草園〉では、
7月から9月にかけてさまざまな高山植物を見ることができます。
地獄谷から倶多楽湖(くったらこ)へ続く観光道路ぞいには
紅葉が美しい名所として知られる〈登別原生林〉が広がり、秋の見頃には多くの人が訪れます。

大湯沼川。大湯沼から探勝路を少し下れば間欠泉の〈大正地獄〉も。あたりの森は四季折々に表情を変えます。
また、大湯沼からの温泉水が合流して流れる〈大沼湯川〉に沿って
探勝歩道を10分ほど下れば、森にかこまれた自然の川で足湯が楽しめる、
国内でも珍しい〈大湯沼川天然足湯〉にたどり着きます。
登別の由来である、アイヌ語の「ヌプル・ペッ」(水色の濃い川)の意味、
そのままの姿を見せる大沼湯川。木漏れ日と川のせせらぎのなか、
白く濁った川に足をつければ、体が芯からあたたまってきます。

大湯沼の源泉がちょうど適温になっている天然足湯。タオル持参でぜひ訪れてみて。
世界に誇る豊富で良質な温泉はもちろん、
それを育む大自然そのものを体感できる登別温泉へ訪ねてみてください。
information
登別温泉 ホテルまほろば
写真家の在本彌生さんと北海道の道央エリアをめぐりました。
畑も山も緑に被われ、活気ある自然の息吹を感じます。
在本さんの視点はチャーミングで美しく、
するどくそのまちにしかない風景を切り撮ります。
旅を重ねるごとに、膨大な読書量で得た深い知識を
携えてくる彼女との旅は、いつも刺激的。
そんな今回の旅でおもしろかったのは
知らなかったこの土地の歴史に遭遇したこと。
何百年前の生物の化石や洞窟画に加えて、
激動の昭和を生きた人々の暮らしの軌跡。
時空を超える出合いが各地に眠っていました。
そして、短い夏にこそさまざまな作物と向き合う
生産者たちとの出会いも。
余市のワインに野菜、果物、魚介にブランド牛まで!
やはり北海道の旅に、おいしいものは欠かせません。
いざ、道央の旅へ。
コロカルで『美味しいアルバム』を連載する
フォトグラファー津留崎徹花が
夫、鎮生とともに移住を決意。
夫は今年6月に会社を辞め、現在は無職。
ふたりと5歳の娘は、改造したワンボックスカーで
移住先探しの旅に出ることに。
夫婦で交互に綴る連載、今回は妻の徹花が見た、
岡山の陶芸家夫妻の暮らしについて。
2014年台湾に新しい雑誌が生まれた。
コンセプトは「Discover Japan Now」。雑誌の名前は『秋刀魚』。
毎号台湾人目線で、日本人でも知らない日本の姿や魅力を独自の切り口で発掘している。
いまや台湾の日本好きで知らない人はいない雑誌だ。
今回は編集長のEva Chen氏がLIP田中の故郷であり、
台湾でもまだ知名度の高くない「福井」を訪れた。
新幹線も通っていない、空港もないこの場所だが、
幸福度日本一に選ばれた(日本総合研究所発表「幸福度ランキング2016年版」)
その理由は一体どこにあるのだろうか?
(by LIP)
散歩する、それはあるまちに近づく最も奥の深い方法である。
雑誌『秋刀魚』創刊以来、確かに日本のたくさんのまちを訪ね、
散策取材の企画も多く行ってきた。
そのなかでも今回訪れた福井は、日本で「最も行きにくいまち」と言われ、
空港も新幹線もまだ未開通の北陸の地。
福井のまち並みはまるで朝ドラに出てくる昭和時代の風景のようだった。
この地の温かくて平穏な日常は、神様がこの地に授けた日本一の水(*1)のように、
華やかな味わいはないが、口の中でほんのりとした甘みが漂う。
この甘みは人々に微笑みながらこう思わせる。
「福井がほかの場所から遠いおかげで、
福井ならではの幸せな味は守られているのかもしれない」
*1 日本一の水:水政策に詳しいジャーナリストの橋本淳司さんによる「水道水がおいしい市町村ベスト5」で、福井県大野市の水道水が1位に選ばれた。


親友の雑誌『LIP』の田中佑典氏のお誘いで彼の故郷を訪れることになった。
日本の友人の地元に行くのは、台湾人の私にはとても新鮮なことである。
まるで卒業アルバムのページをめくるように、
友だちの幼い頃の行きつけのお店に行き、学生時代に乗っていた電車に乗り、
十数年経っても変わらないどこかの道の物語を聞いていていると、
今回の旅は一層感情移入することができた。
あとから気づいたが、福井の方言で、語尾に「の」の音をつけた挨拶は
「ここは私の故郷じゃないか?」と思わせるくらい親近感の湧く響きだった。

故郷とは人々の記憶の中に隠れた古びた家であり、
古くまだらに色づいた外壁は歴史の跡を表している。
福井には古い町家が数多くある。高齢化と過疎化が進んでいるなか、
それらの古民家は一時的にまちから忘れられていた。
しかし、近年福井は「まちおこし」(日本式古民家「町家」のリノベーション)に
力を入れているおかげで、この地で古民家をリノベーションする若者が
どんどん増えている。歴史と新しい創造が融合し、
木造建築の積み重ねてきた月日を吸収し、新たな命を芽生えさせる。


町家のリノベーションの代表作のひとつは坂井市にある民宿〈詰所三國〉である。
明治時代の元〈田中薬局〉を改修し、当時の薬瓶や看板はそのままのかたちで、
庭園や吹き抜け構造を残した民宿へと姿を変えた。
室内デザインは日本を愛する東洋文化研究家のアメリカ人、
アレックス・カー氏(Alex Kerr)が手がけた。
1日限定2組。「行雲」と「流水」の2棟の客室があり、
夜は歴史を感じる空間に囲まれ、庭では星空を楽しめる。
朝は宿から3分くらい歩くと三国港があり、
幕末に北前船が商売をしていた歴史深い場所を歩くことができる。

しかし、私が一番驚いたのは客室に完備しているキッチン。
ご当地の伝統的な漆器や磁器が食器として使える。
一般的なホテルのように食事提供のサービスはないが、
民宿は旅の客にこう誘っているように感じた。
「ここで料理作りを楽しみ、短い滞在のなかでも
この地ならではの日常生活をイメージしよう」と。

2016年9月23日(金)、広島の原爆ドーム横に、
新しい複合施設〈おりづるタワー〉がオープンしました。
展望台のほか、物産館やカフェなども入っており
“広島を最も感じられる場所”の新たなランドマークに!

1945年に広島市に投下された原爆。
おりづるタワーは、核兵器の破壊と悲しさの象徴である〈原爆ドーム〉と
ほとんど同じエリアに、復興と優しさ溢れる未来を象徴して誕生しました。
運営するのは広島を拠点とする〈広島マツダ〉。
おりづるタワーの屋上展望台からは、原爆のあとに復興をとげた
広島のまち並みを見渡すことができます。

屋上展望台は、周囲がメッシュで覆われたウッドデッキの展望スペース。
風がそのまま通り抜ける設計です。
隣の平和記念公園・原爆ドーム、また晴れた日には宮島の弥山(みせん)まで、
広島の2つの世界遺産を同時に望むスポット。
テイクアウト専用のカフェも常設しているので、屋上展望台のゆるやかな丘の上で、
軽食やドリンクとともに広島市内の景色を眺めることができます。


9月23日〜25日の3日間は、グランドオープンの特別企画として、
通常大人1,700円の展望台入場料がなんと無料に!
この機会に是非訪ねてみてはいかがでしょうか?
名古屋市の南部、名古屋港及び築地口エリアで、
9月22日(木・祝)〜10月23日(日)の1か月間、
クラシック音楽×現代アートのフェスティバル
〈Assembridge NAGOYA(アッセンブリッジ・ナゴヤ)2016〉が開催されます。
イベントタイトルに掲げられた、Assembridgeとは、
Assemble(集める、組み立てる)とBridge(橋)を組み合わせた造語だそうです。
その言葉通り、いつものまちの風景の中に「音楽」や「アート」を落とし込み、
来場者、出演者や出展者はもちろん、このまちに住む人々までもが、
普段はなかなか接することのない世界レベルのクラシック音楽や、
現代アート作品を身近に体験する機会をつくり出します。
すでに今年の冬に開催されたプレイベントも好評を博した同イベント。
今回は、さらに会場数や参加アーティスト数を増大させた本祭として開催されるのです。

名古屋港水族館。プレイベントでの演奏風景。
港まちならではのロケーションと言える、公園や名古屋港水族館でのコンサートなど、
4日間で総勢200名というクラシック音楽の奏者らが集う音楽部門
『ピクニックに出かけるように、港まちで音楽を』。
名古屋港ガーデンふ頭「つどいの広場」では、
特設ステージ〈水の劇場 ヴァッサービューネ〉が設置され、
名古屋フィルハーモニー交響楽団と、現代フランスを代表するピアニスト、
ジャン=マルク・ルイサダによるフルオーケストラコンサートが野外で行われます。
また、名古屋港ポートハウスでは、フランスの鬼才と称される、
ミシェル・ベロフのピアノリサイタルも(こちらはチケット制)。

名古屋フィルハーモニー交響楽団による街頭コンサート(プレイベント時の様子)。

まちなかの飲食店なども、コンサート会場に(プレイベント時の様子)。
その他にも、茂木大輔、なぎさブラスゾリステン、三浦一馬、村治奏一、
大宮臨太郎、宮坂拡志、岩崎洵奈、朴葵姫、山根一仁など、
世界的に活躍するアーティストが集結。
イルカパフォーマンスとサクソフォンカルテットの競演や、
地域で親しまれる喫茶店、居酒屋でのコンサートなど、
バラエティに富んだコンサートが開催されます。
本格的なクラシック音楽を間近で鑑賞できるだけでなく、
さまざまなまちの風景を舞台に奏でられることで、「音楽」と「まち」が混ざりあい、
それぞれがいつもと違った魅力を見せてくれるはずです。
猫カフェに続き人気のふくろうカフェ。
2016年9月16日(金)、東京・浅草に、
神社をコンセプトにしたふくろうカフェ〈ふくろう神社〉がオープンします。
ふくろう神社では、地元浅草の神社・仏閣をイメージ。
店内に鳥居や神棚を設置したり、壁紙にも和紙調のものを導入。
幻想的な雰囲気を演出しています。

神社がモチーフ
そしてなんといっても一番のアピールポイントは、
“写真がきれいに撮れる”こと!



来場者の多くがSNS投稿のためなどに、ふくろうの写真を撮るふくろうカフェ。
従来のふくろうカフェの悩みは、室内全体を暗くしていて写真がブレてしまったり、
蛍光灯などのままで照らしてしまって写真の色味が良くないことでした。
そのため、こちらのカフェでは、
先日世界遺産に登録された上野の〈国立西洋美術館〉が展示品をきれいに見せるために
導入している照明器具と同じ製品で照明を演出しています。

もちろん、ふくろうの生態にも配慮しており、
色温度を落とすレンズを入れたり、
光源が直接見づらくなるようにフードをしたりしているのでご安心を。
店先にずらりと並ぶ、新鮮でお買い得な海の幸。
港町小樽でとれたての魚介類が集まるのが、
観光の中心地から少し離れた新富町の〈南樽市場〉です。
市内に点在する市場のなかでも、
市民の台所として地元のお客さんでにぎわい、いつも活気にあふれています。



9軒もならぶ鮮魚店には特産のハッカクやシャコ、カスベなど、季節ごとにとれたての旬の魚介が。地方発送を受け付けているお店も。
南樽市場の歴史は古く、前身は昭和初期に露天商を営んでいた人々のため
1938年に建設された高砂市場でした。やがて戦争による
物資不足や配給制度のため廃業。終戦後の1949年、
木造二階建てで50軒の商店が軒を連ねる長屋方式の南樽市場が誕生します。
1968年、建物の老朽化にともない、現在の建物が完成。現在は鮮魚店が8軒、精肉店、野菜や果物の店、日用雑貨店、薬局から小さな寿司屋に、
コーヒー店まで、幅広く計27店舗。
大型スーパーに行かずとも、ここでこと足りるほどの品揃えです。

山側入口向かいにある〈酒田商店〉。ほっけフライ(160円)や火・木・土販売のイカメンチ(67円)が人気。午後には品薄になることも。※2017年4月中旬に閉店

市民御用達のかまぼこ店〈大八栗原蒲鉾店〉。名物〈復古版角焼き〉(700円)や半熟の燻製卵をまるごと入れた〈くんかまたまご〉(230円)、旅のちょっとしたおともに〈つまみ揚〉(100g150円)も。

まちの子どもたちの身長がびっしりと貼られた柱。ほっとなごめる休憩スペースもご自由に。
1杯ずつドリップで落とされる、コーヒー専門店〈可否茶館〉の
コーヒー(200円)は、市場の店員さんたちにも人気。もちろんテイクアウトOK。
〈小樽クラシックブレンド〉のドリップパックがお土産に好評です。

市場の雰囲気と絶妙にマッチしている店内外のイラストは、小樽出身の画家・漫画家 横山文代さんの作。左が市場のイメージキャラクター“みなみちゃん”。こちらは山側の入口の休憩所。
広くとられた山側の駐車場沿いにも、
老舗豆腐店や人気のラーメン店が建ち並んでいます。
入口脇には小さな公園や木造の古い住宅が残る、どこか懐かしい風景が。
市場の脇を流れる勝納川には、
子どもの日が近づくと一面に300近くの鯉のぼりや大漁旗がはためき、
まちの風物詩になっています。
週末の老舗菓子店の出店や、土曜日にはお楽しみ抽選会も。
ちょっとしたおやつやお土産をみつけるのが楽しい昭和の情緒が残る市場で、
小樽のまちの素朴な暮らしぶりが体験できます。

運河から徒歩すぐのふ頭には、停泊する豪華客船の姿が。かつてはこの港に、日本海を巡って積み荷を売買する北前船が訪れていました。
江戸末期から明治にかけてニシン漁が盛んだった
小樽は本州との海運交易の拠点でした。北海道を代表する玄関口として、
食品から石炭まで多くのものや人が行き交った歴史を誇るまちです。
観光地としての小樽は、現在のまちのシンボル、運河から始まります。
港湾施設として1923年に完成した小樽運河はふ頭の整備などにより使命を終え、
1960年代、道路開発のため、埋め立て計画がもち上がりました。
歴史ある景観を守ろうと運河保存の市民運動がおこり、
十数年に及ぶ論争の結果運、河の北半分は保存。
道路に沿った南側は半分の幅が埋め立てられ、
散策路とガス灯が整備されて、現在の姿に生まれ変わりました。

ふ頭のなかった時代には荷を積んだ小舟“はしけ”が行き交っていた運河。現在は運河クルーズが運行しています。
この運動が小樽の古いまち並み保存へとつながり、運河のまわりを中心に建ち並ぶ、
軟石でつくられた木骨石造の石蔵や店舗などの歴史的建造物が、
まちの新たな見どころとなりました。
小樽運河の船から楽しむ〈小樽運河クルーズ〉も人気です。
観光地で知られる顔のほかにも、市場のように、
人々の暮らしに近い場所が小樽の見どころのひとつ。
気軽なお買い物気分で、飾り気のないまちの空気にふれてみてください。
information
南樽市場
コロカルで『美味しいアルバム』を
連載中のフォトグラファー津留崎徹花。
地域の暮らしや食、人に触れるうち、
移住したいという気持ちが高まり、夫・鎮生と移住を決意。
けれど、どこへ移住するかはまだ決まっていません。
5歳の娘を連れ、いろいろな土地を巡りながら考えたいという
津留崎家の旅がいよいよ始まります。
2016年8月、福岡県福岡市に“日本初のスマートホステル”として
近未来の“デジタルライフ”を体験できる、〈&AND HOSTEL〉がオープンしました。
IoTデバイス体験を“宿泊”の中に組み入れて、
お客様に“デジタルライフ”を体験してもらうことを目的としたホテルです。
IoTとは、“モノのインターネット化”のこと。
世の中にある様々な物体(モノ)をインターネットにつなげて、
相互に通信することによって、遠隔操作や自動認識などが可能になっています。
このホステルではIoTデバイスを一箇所に集めることによって、
宿泊自体を観光目的のひとつとして訪れてもらいたいという狙いがあるそうです。

実際にどんなことが体験できるのかというと、
お部屋に入るとかわいいコミュニケーションロボット〈BOCCO〉がお出迎えしてくれたり、
スマートフォンのタイマーアプリと連動した照明〈HUE〉が、
朝の目覚めのタイミングに合わせてライティングしたり。
IoTデバイスを開発している各社の協力のもと、なんと10種類ものIotデバイスを完備しており、
滞在中、様々なシーンでスマートライフを体験できます。

スマートフォンのアプリと連動し気軽にメッセージのやり取りが出来るロボット〈BOCCO〉(ユカイ工業株式会社)

スマホを使い、調光や1600万色以上もの調色ができるスマートLED照明 〈HUE〉(フィリップスライティングジャパン合同会社)
また、こんなことまでできちゃうの!?と驚かされそうなのが、
SONY株式会社が開発している〈Smart Eye Glass〉。
AR技術を利用して、サングラスの内側にテキストや画像などが映し出されるという仕組みで、
このサングラスをかけて街中へ出れば、
ハンズフリーでたくさんの情報を手に入れることが出来るそう!
株式会社ディー・エヌ・ピーが技術協力しており、共同で福岡観光ガイドの開発を推進しています。

福岡から観光パンフレットがなくなるのも時間の問題かも!?
静岡県の東伊豆町にある、自然豊かな〈稲取細野高原〉。
東京ドーム26個分の面積を誇る広大な高原。
相模湾・伊豆七島を一望できる絶景ポイントを擁する風光明媚な散策スポットです。
ここで2016年10月5日(水)〜11月11日(金)の期間、
黄金色に輝くすすきを堪能する〈秋のすすきイベント〉が開催されます。
青い相模灘を眼下に、黄金色のすすきの大群生が見られるのはこの季節だけ!


〈秋のすすきイベント〉では、スタンプラリーや
三筋山絶景ポイントまでのシャトルタクシー送迎のほか、
週末にはガイドウォークや自然観察会、陶芸やプリザーブドフラワーの体験教室、
もちまき、演奏会などなど、さまざまなイベントが開催予定。
晩秋の季節、黄金色のすすきが創りだす壮大な光景を是非体験してみては?
イベント開催の詳細は公式サイトにて。

大正から昭和中期にかけて、
炭鉱のまちとして栄えた美唄(びばい)。
札幌と旭川をつなぐ国道12号線沿い、
年季の入った階段を登ってすぐのドアを開けると、
緑色の壁とランプ、そして天井に吊るされた
飛行機模型が目に飛び込んできます。
レトロなムードが漂う、このまま映画の舞台になりそうな
〈ぐうりん亭〉は、創業41周年を迎える老舗喫茶店です。

壁や床などの内装は店主の浅理伸一さんと、大八(プロの大工ではないからこの肩書き)の友人とで手がけました。統一感のある什器はなんとすべてもらいものだとか。
控えめの照明に浮かび上がる緑の壁や額縁が
まるで秘密の隠れ家のような雰囲気。
店内にあるものひとつひとつを眺めながらじっくり滞在したくなる、
そんな不思議な魅力がつまったお店です。

壁には古いポスターやレコードジャケットの額縁が。このバランスとセンスが心地よい空間をつくりだしています。
人気のメニューは〈ラザニア風スパゲティ〉(550円)。
たっぷりのホワイトソースとチーズのなかに
ミートソーススパゲティがかくれた、
どっしりと懐かしい味わいの、ボリューム満点な一品です。

大学時代は東京で過ごし、スキー部で活躍した店主の浅理伸一さん。
合宿所で大勢の部員に食事をつくっていた経験がお店のベースになっています。
豊富なメニューは、食事だけでも30種類以上!
「よそのお店でおいしかった料理を再現したものもあるから、
○○風が多いんです」と笑う浅理さん。

デザートには、昔ながらのスタイルが地元女子中学生にも人気の〈チョコパフェ〉(400円)を。
リーズナブルかつボリュームたっぷりなメニューで、
ぐうりん亭は、オープン以来、まちの高校生の集まる場所でもあります。

カウンターは閉店したスナックから運んできたもの。取り付けるとき“大八”の友人が裏表逆につけてしまったというエピソードも。
今は、浅理さんを友達感覚で訪れる女子中学生の常連さんもいるという
店の奥には、そんな学生たちの無数の落書きが
びっしりと書き込まれたテーブルが。
「昔は消していたんだけどね、今はもうそのままにしているんです」
と朝理さん。愛されてきた喫茶店の歴史がここに刻まれています。

落書きが残るのは、奥のふたつのテーブルだけ。近づいてみると……

甘酸っぱい落書きがご覧のとおり。なかには比較的新しいものも。
店内に置かれているライブハウス並みの立派なJBLのスピーカーは、
ライブ会場としても使われてきたお店の顔。
札幌や東京からさまざまなアーティストが訪れています。
触発されて浅理さんもサックスを習い、バンドを組んでいた時期もあったのだとか。

雰囲気たっぷりのお店のマッチは友人デザイン。この女性のポートレートがお店の看板でもあったそう。店内にはこれをモチーフにした浅理さんの作品があるので、ぜひ探してみて。
東京にいた頃、喫茶店で、当時パンクバンドにいた
あがた森男さんが、ドラムのリハーサルをしているのを見かけた浅理さん。
印象に残ったそのお店が、吉祥寺にあった〈武蔵野火薬庫〉(ぐゎらんどう)。
のちにお店を始めるとき、壁を緑色にすると決めていたので
ぐゎらんどうをもじって“ぐうりん亭”と名づけたのだそう。

アイスコーヒー(350円)は銅製マグカップで。ひとつひとつの食器も味わい深い。
美唄出身の浅理さんは、大学卒業後、美唄に戻ってJUNグループの婦人服の支店長を勤めます。
のちに独立をめざし、並行してぐうりん亭をオープン。
当時は美唄最大の三菱美唄炭鉱が閉山して間もない頃で、まちは活気にあふれていたそう。
やがてまちの景気に影が差し、婦人服店を閉め、昼にぐうりん亭、
夜にスナックと2店舗を営んでいました。
現在は、ぐうりん亭の奥に〈ゴルフ工房 ASARI〉をかまえ、
ゴルフクラブのカスタマイズオーダーも受けるという多才ぶり。

笑顔が素敵な浅理さん。そのチャレンジ精神と器用さ、根気強さが、長く続くお店の秘訣。
今は小さいお子さんを連れた家族連れのお客さんが多く、
中には3世代にわたる方はもちろん、4世代目の子どもさん連れのお客さんもいるのだそう。
「お客さんが次の世代を店に連れて訪れてくれるのは、やっぱりうれしいですね」
美唄のまちとともに歩みを続けるぐうりん亭。
何にも似ていない、それでいてほっとできる独特のムードを
旅の途中に味わってみてはいかがでしょう。

道にある緑色の看板が目印。2階へと進めば、緑色の空間が迎えてくれます。
information
ぐうりん亭
住所:美唄市大通西1条南1-3-3 2F
TEL:0126-62-0922
営業時間:10:00〜18:30
定休日:火曜日
繊細な姿で現れた真イカの握りは、思わず目を奪われる美しさ。
ていねいに包丁を入れた真イカに特製のタレのあとゴロをひと塗り、
仕上げは柚子七味。柔らかなイカにゴロの風味がふわりと香る、
見た目に違わぬおいしさです。
かつて炭鉱で栄えたまちに囲まれ多くのひとが行き交った、
札幌から北へ車で約一時間の距離にあるまち、滝川市。
今も飲み屋が多い滝川の中心部にあるアーケード街の一角、
広いアプローチに真っ白なのれんが目印の〈鮨おくの〉には、あたたかな光が灯っていました。

北海道産のタモ材を使用したカウンターは、友人である札幌の木工作家〈cogu〉が仕上げに手を貸してくれたそう。椅子やテーブルは飛騨家具〈柏木工〉のもの。
カウンター席とテーブル席とに分かれた店内は余白を感じられる空間。
真っ白な壁と木のトーンが、しっとりと落ち着く雰囲気をつくりだしています。
お店をひとりで切り盛りするのは若き店主、奧野恒康さん。
滝川市内の〈寿司本おくの〉二代目でもあり、
来たる代替わりの準備として2015年に独立、鮨おくのをオープンしました。
お任せ握り6種と酒肴5種の〈お任せコース〉(3800円)をはじめ、
〈お任せ握り〉(1貫150円〜)と〈酒肴〉(1種500円〜)を組み合わせて
厳選されたお酒とともに楽しむことができます。

左からサバの燻製、イワシとトマトの南蛮漬け、北海シマエビに黄身酢かけ。素材のおいしさを引き出す、隙のない技が光ります。
鮨おくのは、江戸前ならぬ“いいとこ取りの蝦夷前”と称する独自のスタイル。
素材そのままではなくひと手間をかけて、
素材のおいしさを引き立せることを大切にしています。
「江戸前寿司のような、手をかけて一貫を
ひと料理にするという感覚でやっていきたい」
と話す奥野さんの握りや一品料理は見た目も美しく、
後味にまでおいしい余韻が残ります。

ふんわりと上品なホッケのつみれ汁。訪れた7月上旬は道南の松前産を使用。お出汁もしみじみおいしい。
ひと品ごとを引き立てるうつわにも注目。やわらかな質感の古い汁碗は、
なんとオークションで奥さまとともに見極めたものだそう。
使う側、盛る側両方の目線から選んでいるうつわや料理のお話を伺いながら、
ついついお酒が進みます。

左2本が鶴沼ワイナリーの白。左から〈鶴沼ピノ・ブラン〉(グラス750円)、〈鶴沼ミュスカ〉(同950円)、右は〈北海道ケルナー〉(同650円)。
お酒のメニューにある白ワインは、奥野さんが出会ってそのおいしさに驚いたという、
同じ空知地域で浦臼町の〈鶴沼ワイナリー〉からお鮨に合う3本を厳選。
こだわりの日本酒(冷酒 400円・燗酒1合 750円)は純米吟醸酒や特別純米酒のほか、
乳酸発酵させた酒母の中から酵母を育む伝統製法“生酛造り”の生酛純米酒も。
隣町新十津川の金滴酒造前杜氏さんがつくられた山廃純米酒〈金滴 熟成酒〉の
絶妙なまろやかさは、ぜひ味わいたい一杯です。

ひと目で美味しさの伝わるマグロ。奥野さんがあつらえている醤油だれの風味とともに、口の中でほどけるよう。
「試作をつくっていると、素材に対する手数は3手になると多すぎるんです。
付け足した味にしかならない。1、2手で決めて、それでおいしかったら一番いいですね」
自分の体験から素材との間合いを計り、おいしさを追求している奥野さん。
「店をやっていくなかで軸にしているのは、まわりを気にせず、
好きなようにやるということ。それができるのが田舎の利点だと思っています」

カステラと見まがうふんわり美しい卵焼きは、大人な甘みがデザート感覚。

持ち帰るのがうれしくなるようなデザインの折詰(9貫2100円+折代100円)パッケージを始め、お店のロゴなどを手がけるのは札幌出身のイラストレーター、サトウアサミさん。
奥野さんの奥さまは、〈SANCHOS JAM〉の名義で
ひっそりとジャムづくりを続けるオクノサオリさん。
素材選びのセンスとおいしさとでファンの多いサオリさんのジャム。
現在は札幌にある北欧雑貨店〈piccolina〉で、月替わりのジャムが限定数販売されています。
奥野さんは大学卒業後、札幌で5年半の修行期間をへて、実家である寿司店に戻ります。
学生時代は跡を継ぐことを考えていなかったものの、
卒業間近にサラリーマンになるタイプではないと気づき、寿司屋の道に入りました。

凛とした雰囲気の若き店主、奥野恒康さん。子どもの頃から板前のお父さんの隣で包丁を使うのが好きだったそう。
料理はもとより、お店のすみずみにまで
洗練されたセンスが感じられる鮨 おくの。
滝川のまちに泊まってゆっくりと夜に訪れたい、そんな名店です。
information
鮨 おくの
住所:滝川市栄町3-4-5
TEL:0125-24-1818
営業時間:18:00〜24:00
定休日:日曜日
※駐車場 あり
山々に包まれるようにたたずむ美しいカルデラ湖、洞爺湖。
新千歳空港から西へ車で約1時間半の湖周辺は
〈支笏洞爺国立公園〉に指定される自然の宝庫です。
また、有珠山や特別天然記念物の昭和新山から洞爺湖にかけて、
火山活動がつくりあげた景観が〈洞爺有珠山ジオパーク〉としても知られています。
大地の躍動から生まれた洞爺湖の開放感にあふれる風景は、
眺めるだけでなく、そのなかに入って体験してみたくなるはず。

刻々と姿を変えていく洞爺湖をカヌーでゆくひととき。湖面からの風景も体験してみて。(写真:洞爺湖ガイドセンター)
穏やかな湖面の美しさとともに、四季折々に表情を変える湖岸を楽しめるのが、
湖をカヌーでめぐるガイドツアーです。
ツアーを行うのは〈洞爺湖ガイドセンター〉。経験豊富なガイドとともに、
サンライズ・サンセットタイムの約1時間のカヌーツアーをはじめ、
夏は深い緑を、秋は紅葉を満喫できる〈洞爺湖カヌーでピクニック〉など、
季節に応じたさまざまなアクティビティが楽しめます。
希望があれば、洞爺湖の湖面に立てる秘密のポイントへとご案内。
天候などにもよりますが、忘れられない思い出の1枚を撮ることができます。

洞爺湖を一望できる〈支笏洞爺国立公園サイロ展望台〉からの眺め。左から大島、少し見えているのが饅頭島、弁天島、観音島。展望台にはお土産店や展望レストランも。
洞爺湖の中央、火山活動によって生まれた湖に浮かぶ島〈中島〉は、
4つに分かれた無人島。なかでも最大の〈大島〉には遊歩道が整備され、
自然林の残る深い森を散策することができます。
温泉街の桟橋から大島行きの観光遊覧船が30分おきに就航しているので訪れてみましょう。

大島まで片道20分の遊覧船。デッキに出て風を感じながらカモメとともに中島へ向かうのもよし、船内で少し懐かしい観光アナウンスに耳を傾けるもよし。
〈洞爺湖汽船〉が運行する洞爺湖遊覧船〈エスポアール〉(大人往復1420円)は
まるで湖に浮かぶ城のよう。広々とした船内で、レトロな雰囲気に包まれた船旅を楽しめます。
1階メインフロアでは、事前予約で
お弁当セットつきのランチクルーズ(大人2200円)も行っています。
ほかに〈幸福〉〈羊蹄〉などの遊覧船も運行。
夜には〈洞爺湖ロングラン花火大会〉のための
花火鑑賞船(大人1600円)としても人気を集めています。

きれいな三角形の大島が見えてきました。天気に恵まれれば大島の湖畔から、対岸に有珠山と昭和新山がのぞめます。
大島には小さな森林博物館、売店兼飲食コーナーが設けられています。
博物館入口で入山手続きを済ませたら、ゲートから奥へと伸びる遊歩道へ。
途中で分かれる〈周遊コース・約1時間〉〈アカエゾマツコース・約3時間〉があり、
ウッドチップの敷かれた道を進んでいきます。
大島発の最終便は17:00。余裕をもってゆっくりと散策に出かけましょう。

トドマツが整然と並ぶ森で深呼吸。遊歩道をはさんで反対の斜面は手つかずの原生林が広がっています。
遊歩道の先に広がる樹々は、アカマツの森からトドマツの森、
そして深い原生林へと姿を変えていきます。
静けさに包まれた森林浴を楽しみながら、洞爺の自然を味わうことができます。
1時間の周遊コースなら、途中看板のあるT字路を右折。
少し勾配のある道のりなので、スニーカーなどの歩きやすい靴がおすすめ。

周遊コースそばにそびえる巨木。大島では、日高から運ばれたという野性のシカに出会えることも。

足もとには小さな花や苔むした倒木が。途中からはフカフカの腐葉土を踏みしめながらの散策が心地いい。
爺湖の語源は〈ト・ヤ〉、“湖の岸”というアイヌ語を和人が湖の名前にしたもの。
大自然を満喫したあとは岸辺にたたずむ温泉街に戻り、
温泉でゆっくり汗を流す極上のひとときを。
※先日の台風10号により、洞爺湖中島でも大量の風倒木が発生しました。
現在、中島へ上陸(下船)はできますが、遊歩道が閉鎖されています。
詳細は洞爺湖町役場0142-75-4400までお問い合わせください。
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洞爺湖ガイドセンター