連載
posted:2016.9.26 from:福井県坂井市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルを訪れる台湾人は年々増加しています。
日本人とは違う目線や切り口を持ち、日本にとても詳しい台湾人の「日本通」。
この連載では、台湾と日本をつなぐメディア『LIP』推薦の
日本通台湾人が行く、日本ローカル旅をお届けします。
writer profile
Eva Chen
陳頤華
チェン・イーファ●雑誌『秋刀魚』編集長。新聞社の編集と国際NGO団体の企画職を経て、友人とともに会社〈黑潮文化〉を設立。台湾で初の中国語での日本文化専門雑誌『秋刀魚』を刊行し、中国、香港、シンガポール、マレーシアなどでも販売中。目標は世界中に台湾文化を広め、日本との文化の架け橋をつくり、たくさんの人々に台湾の若者のエネルギーを伝えること。
2014年台湾に新しい雑誌が生まれた。
コンセプトは「Discover Japan Now」。雑誌の名前は『秋刀魚』。
毎号台湾人目線で、日本人でも知らない日本の姿や魅力を独自の切り口で発掘している。
いまや台湾の日本好きで知らない人はいない雑誌だ。
今回は編集長のEva Chen氏がLIP田中の故郷であり、
台湾でもまだ知名度の高くない「福井」を訪れた。
新幹線も通っていない、空港もないこの場所だが、
幸福度日本一に選ばれた(日本総合研究所発表「幸福度ランキング2016年版」)
その理由は一体どこにあるのだろうか?
(by LIP)
散歩する、それはあるまちに近づく最も奥の深い方法である。
雑誌『秋刀魚』創刊以来、確かに日本のたくさんのまちを訪ね、
散策取材の企画も多く行ってきた。
そのなかでも今回訪れた福井は、日本で「最も行きにくいまち」と言われ、
空港も新幹線もまだ未開通の北陸の地。
福井のまち並みはまるで朝ドラに出てくる昭和時代の風景のようだった。
この地の温かくて平穏な日常は、神様がこの地に授けた日本一の水(*1)のように、
華やかな味わいはないが、口の中でほんのりとした甘みが漂う。
この甘みは人々に微笑みながらこう思わせる。
「福井がほかの場所から遠いおかげで、
福井ならではの幸せな味は守られているのかもしれない」
*1 日本一の水:水政策に詳しいジャーナリストの橋本淳司さんによる「水道水がおいしい市町村ベスト5」で、福井県大野市の水道水が1位に選ばれた。
親友の雑誌『LIP』の田中佑典氏のお誘いで彼の故郷を訪れることになった。
日本の友人の地元に行くのは、台湾人の私にはとても新鮮なことである。
まるで卒業アルバムのページをめくるように、
友だちの幼い頃の行きつけのお店に行き、学生時代に乗っていた電車に乗り、
十数年経っても変わらないどこかの道の物語を聞いていていると、
今回の旅は一層感情移入することができた。
あとから気づいたが、福井の方言で、語尾に「の」の音をつけた挨拶は
「ここは私の故郷じゃないか?」と思わせるくらい親近感の湧く響きだった。
故郷とは人々の記憶の中に隠れた古びた家であり、
古くまだらに色づいた外壁は歴史の跡を表している。
福井には古い町家が数多くある。高齢化と過疎化が進んでいるなか、
それらの古民家は一時的にまちから忘れられていた。
しかし、近年福井は「まちおこし」(日本式古民家「町家」のリノベーション)に
力を入れているおかげで、この地で古民家をリノベーションする若者が
どんどん増えている。歴史と新しい創造が融合し、
木造建築の積み重ねてきた月日を吸収し、新たな命を芽生えさせる。
町家のリノベーションの代表作のひとつは坂井市にある民宿〈詰所三國〉である。
明治時代の元〈田中薬局〉を改修し、当時の薬瓶や看板はそのままのかたちで、
庭園や吹き抜け構造を残した民宿へと姿を変えた。
室内デザインは日本を愛する東洋文化研究家のアメリカ人、
アレックス・カー氏(Alex Kerr)が手がけた。
1日限定2組。「行雲」と「流水」の2棟の客室があり、
夜は歴史を感じる空間に囲まれ、庭では星空を楽しめる。
朝は宿から3分くらい歩くと三国港があり、
幕末に北前船が商売をしていた歴史深い場所を歩くことができる。
しかし、私が一番驚いたのは客室に完備しているキッチン。
ご当地の伝統的な漆器や磁器が食器として使える。
一般的なホテルのように食事提供のサービスはないが、
民宿は旅の客にこう誘っているように感じた。
「ここで料理作りを楽しみ、短い滞在のなかでも
この地ならではの日常生活をイメージしよう」と。
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数歩先にある盆栽屋〈みくに園〉。
近年日本の若者を中心に再び盆栽への注目が集まっている。
江戸時代の建物と繊細な盆栽の雰囲気は相まって、
三国の町家は盆栽屋とすごくピッタリだ。
盆栽販売と作品展示のほか、興味を持った旅人は
好きな器と木、飾りまで選べるワークショップで盆栽体験もできる。
みくに園の雰囲気は敷居が高い伝統園芸師のおごそかなイメージはないが、
落ち着いた雰囲気は三国の静けさと盆栽への敬意を感じられる。
盆栽の緑は、ここを訪れた人々を古民家の和室へと招き、
またひとつ盆栽は各々のもとへと持ち帰られる。
古民家巡礼の旅は映画のようなワンシーンで終わりを告げる。
海風と波の音に乗って、町家がたくさん並ぶまちの中に位置する
〈魚志楼(うおしろう)〉は、大正時代に創業した料理茶屋。
越前三国港が繁栄した時代、芸者の置屋だったこの建物には、
花火のような華やかではかない女たちの生涯があったのだろう。
正門を開けると、目に入ったのは小津安二郎の映画『秋刀魚の味』のような光景で、
カウンターの中の女将さんは優雅に常連客にお酌をして、
客は日本海の海の幸を口にしながら、このまちの昔の思い出を語っている。
福井人が最も愛する晩春のサバ、初冬の越前がにに、福井の名酒〈黒龍〉。
地元の食材が人々の口、胃袋、そして心を満足させる。
うっかりほろ酔い気分になったら、女将さんと一曲歌える気分だ。
芸者が傍にいるのを想像し、笑い声をお酒のつまみに。
コップから溢れそうな「つるつるいっぱい」(*2)のお酒のように、
幸せな気持ちも「つるつるいっぱい」なのだ。
*2 つるつるいっぱい:福井弁でコップになみなみ注がれた状態のことを「つるつるいっぱい」と言う。
田中氏はこう言う。「福井人は勤勉で謙虚。
そんな福井は社長の数は日本で最も多く(帝国データバンク調べ)、
日本一のものも多く発明された。
人とあまり争わない福井人は大きく宣伝をせず、
逆に黙々と伝統とクオリティーを守っている」
そういう姿を見て、私は思わず台湾人のどこか率直でタフな性格を思い出した。
どこかで感じたような懐かしい気持ちの理由は、
きっと私が普段の生活からも感じている温かさをここ福井で感じたからかもしれない。
だからここは「日本で一番幸せなまち」だけではなく、
すべての人の「故郷」であり、福井の「日常」こそ旅人の心を癒すのだ。
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詰所三國
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みくに園 三國湊店
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料理茶屋 魚志楼
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