連載
posted:2017.3.28 from:熊本県上益城郡山都町 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルを訪れる台湾人は年々増加しています。
日本人とは違う目線や切り口を持ち、日本にとても詳しい台湾人の「日本通」。
この連載では、台湾と日本をつなぐメディア『LIP』推薦の
日本通台湾人が行く、日本ローカル旅をお届けします。
writer profile
Carol Lin
林凱洛
キャロル・リン●レコード会社、文化クリエイティブ会社、喫茶店マーケティング企画の経験を経て、10年以上「憂鬱狂歡節 Carol's Carnival」というブログを経営。近年では 日本のディープな旅を研究、『小島旅行:跳進瀨戶內的藝術風景』『味之宿:究極 旅館美學』などの旅行本を出版。現在フリーランスとして活動、日本旅行商品開発も担当。
台湾の旅ブロガーの中には、日本の地方を記事にする人も少なくない。
彼女たちは私たち日本人が驚くほどの情報通。
キャロル・リンさんは2003年より活躍する人気旅ブロガーで、
いつも私も彼女の記事から日本のいろいろな情報や視点を教えてもらいます。
そんな台湾と日本の距離感から生まれる、日本通の台湾人と
台湾通の日本人の交流はおもしろいと思います。
今回お届けする記事はキャロル・リンさんが
震災前の熊本を訪れ感じた、日本のローカルの姿。
(by LIP)
2016年4月、熊本地震が発生したその夜、
私はテレビで馴染みの地名を聞きながら、心苦しくなりました。
上益城郡、山都町、南阿蘇、地震の1週間前に行った場所ばかりです。
熊本についての美しい記憶は、質素で活力のある、山のように落ち着いた印象でした。
〈通潤酒造〉に初めて行ったときはわくわくしていました。
ゲームやアニメに特別詳しいわけではないですが、
ファンの間ではこの地の聖地巡礼がブームになるほど、
ゲーム『刀剣乱舞』の人気の高さは前から聞いていました。
通潤酒造で熊本の名刀「蛍丸」にちなんでつくられた日本酒にファンが殺到し、
話題を呼んだこともありました。そのため、通潤酒造に行ける機会があって、
少しだけファンの気持ちがわかりました。
通潤酒造は創業240年の小さな酒蔵です。
地産の山都米と阿蘇山脈の地下水で生産し、
定番酒の〈大吟醸 通潤〉は地元山都の地酒として輝き続けています。
いまでも酒蔵には200年の歴史のある木造倉庫があり、
時代を刻んだ酒づくりの器具などが保存されています。
近年、時代の流れに合わせて、新しいお酒を開発し続けるほか、
観光客向けに酒蔵見学ツアーも始まりました。
100年の歴史ある蔵と工場を見学できるほか、売店ではお酒の試飲もあり、
近年は「蛍丸」人気もあって観光客がたくさん集まるようになりました。
お酒のパッケージデザインと発想もとてもすばらしく、
例えば淡麗辛口の純米吟醸〈蝉〉、純米酒〈雲雀〉、
女性向けにつくった深い香りの純米吟醸〈SOIGNER ROSE〉などがおすすめです。
私は純米酒〈雲雀〉と「蛍丸」をモチーフにしたお猪口をお土産にしました。
通潤酒造の規模は大きくないですが、ネットのおかげで
ローカルのご当地ブランドとして脚光を浴びました。
酒蔵を継いだ12代目蔵元には、次の100年に向かって
自社ブランドを発展させる決意が見られます。
熊本地震の影響で販売中止になった品目も少なくないですが、
2017年に通常生産が再開するように祈ります。
次に紹介するのは清和村の道の駅〈清和文楽邑〉です。
清和村は人口4000人未満の小さな村ですが、一番の名所が
九州唯一の「文楽人形浄瑠璃」専門劇場の〈清和文楽館〉です。
清和文楽浄瑠璃は江戸末期に始まって、160年の歴史があると言われています。
ここでは劇場のほか、文楽資料館、熊本ご当地物産館と道の駅が統合し、
総合的公共文化施設になっています。
この日、ちょうど研修団体の発表会があり、
演目『傾城阿波の鳴門』を観ることができました。
文楽はとても重要な日本伝統芸能とは知っていましたが、
実際鑑賞するのはこれが初めてです。
文楽には3つの重要な要素があります。
浄瑠璃太夫、三味線奏者、人形遣いです。
文楽人形のサイズは私が想像していたよりはるかに大きくて、
大人の半分くらいの高さがあり、手、足と頭部に滑らかな動きを出すため、
操るには3人が必要です。人形遣いとして舞台に立てるようになるには
10年以上の修練が必要と言います。
ここで実際に文楽を鑑賞できたことがうれしいだけでなく、
私は文楽館の建物にも魅かれていました。
案内の方に聞いた情報と資料確認によると、この文楽館は
70年代の重要な建築家、石井和絃が手がけたものです。
香川県の直島を何回か訪れたことがあり、
彼が設計した直島町役場と直島小学校を見たことありますが、
熊本でも彼の作品を見られるとは思いませんでした。
清和文楽館は「くまもとアートポリス」のうちのひとつです。
建物は「舞台棟」「客席棟」「展示棟」からなり、
特にすごいのは劇場とつながっている客席棟です。
木材を美しく組んだ「騎馬戦組み手工法」でつくり上げられ、
観客が頭を上げれば豪華な天井が見られます。
また、展示棟も、天井は木材で正十二角形に組み合わせた美しい形で、
このふたつの建物だけでも見応えがあります。
幸い熊本地震は文楽館の建物に大きな被害をもたらしていませんでした。
このような災害が少ない地区は積極的に地震後の復興に力を入れ、
熊本を守る力になりました。
Page 2
熊本県上益城郡の清和文楽館を訪ねた後、案内の方に行きたい場所を聞かれたので、
〈みずたまカフェ〉というお店に行きたいと答えたら、
「どうしてそんな山奥のカフェを知っているんですか?」と、驚かれました。
情報収集マニアであることを明かしたところで、現地の方と車で目的地に向かいました。
くねくねとした山道に入って行き、本当に行きにくい山奥にお店があることに気づき、
案内してくれる方に申し訳ない気持ちになりました。
しかし、到着した途端その気持ちも一掃できるほど、
わざわざ来てよかったと思えるところでした。
山腹に位置するみずたまカフェは木の建物ではなく、ガラスの建物でもない、
直方体の大きな箱のようで、柱は木で、外側はガラスでした。
正面には山都町と阿蘇の南外輪山脈、阿蘇五岳の絶景を眺められる絶好の場所です。
地形が低かったり、角度が違ったりすると阿蘇五岳を一望はできません。
この日は運が良く、遠くから五岳が顔を出してくれました。
雄大な風景がポイントのほか、みずたまカフェは小さなデザイン事務所で、
女将の小坂和子さんはデザイナーでもあります。
小坂夫婦が経営しているカフェは2013年春にこの緑溢れる場所に開かれました。
このお店で使う食材、コーヒー、陶器の食器などは、すべて熊本の職人によるものです。
数量は少ないですが、布製の雑貨も販売しています。
カフェはまるで太陽に洗礼された温室のようで、
室外のテラスはコーヒーを飲みながら風景を楽しめる人気の席です。
熊本県上益城郡はもともと小坂和子さんの故郷であり、夫婦で東京から熊本に戻り、
小坂寛さんが自ら森の中のガラスハウスをつくって、
山と隣り合わせの生活を始めました。
デザイン、コーヒーと雑貨はこの場所に新しい交流を生み出し、
新しいカルチャーパワーを注入しました。
時間の関係上、コーヒー1杯の時間しか話せませんでしたが、
女将さんは私たちに手土産でチーズケーキをくれました。
滞在時間が短くても、心は山色に染められ、また来たいと心から思いました。
熊本地震では、みずたまカフェでは被害はそれほどありませんでした。
一時的にお客さんが減り、物資資源不足などもありましたが、
夫婦が通常生活に戻るための活力に影響はありません。
みずたまカフェは今日も優しい思いで、遠くから来る人々を待っています。
熊本と九州は復興のために力を入れ、悲しむ代わりに笑顔になり、
熊本の山のような強い意志を表し、一刻も早く立ち直ろうとしています。
私は熊本を訪れたときのことをいつも思い出します。
熊本上益城郡に行く途中のこと、通潤酒造ののれん、
文楽人形の精緻さ、感嘆するような天井建築、
みずたまカフェでの癒しの森と山。それらをいつも思い出しています。
また熊本に戻ってきて、熊本の人々の笑顔と出会いたいです。
information
通潤酒造
information
清和文楽館
道の駅 清和文楽邑
information
MIZUTAMA CAFE
みずたまカフェ
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ