〈中川一政美術館〉で
一政の書の魅力を
書家・川尾朋子が読み解く

中川一政と現代の書家のコラボレーション

目の前に広げられた和紙の前に正座し、精神統一するかのように佇む女性。
やがて立ち上がると、大きな筆にしたたるほどのたっぷりの墨をつけ、
一気に文字を揮毫する。全身を使って文字を書いていくそのようすは、
まるでコンテンポラリーダンスのようだ。

ふだんなかなか見ることのできない書のライブパフォーマンスに、町民たちも息をのむ。書き切ったあとは息切れするほど、全身を使って書き上げた。

この女性は、書家の川尾朋子さん。
神奈川県真鶴半島の「お林」と呼ばれる豊かな森に隣接する
〈真鶴町立中川一政美術館〉で行われた、ライブパフォーマンスのようすだ。
続けて、町内の小学生を対象にした書道のワークショップも行われ、
子どもたちはいつもの「お習字」とは少し違う世界を体感できたようだった。

川尾さんの「習字は枠の中に収めるけれど、書道は紙をはみ出して書いてもいいので、いまからはみ出して書いてみてください」という言葉に、子どもたちもハッとさせられたようだった。

この日、川尾さんが書いたのは「生命」という文字。
「中川先生は生命感あふれる作品を描いています。
バラの絵もたくさん描かれていますが、いろいろな生きているものを
愛した人なのではと思って、この言葉を選びました」と川尾さん。

書からデザインまで。多様な作品に触れる

中川一政は日本における洋画の黎明期から活躍した日本を代表する洋画家のひとり。
戦後間もない1949年から、1991年に亡くなるまで真鶴のアトリエで絵を描き続け、
その多くがこの中川一政美術館に収蔵されている。
また一政は油絵だけでなく、書の作品も数多く残しており、書家としても人気が高い。
今回のイベントは、そんな一政の書家としてのすばらしさにも触れてほしいと
美術館で開催された。

現在開催中の企画展『中川一政の装丁とデザイン』(3月28日まで)では、
一政の書の作品も展示するほか、本の装丁や挿画、パッケージ画など、
一政の多様な作品に触れることができる。
川尾さんも、興味深く展示作品を見て回った。

一政の書はとても独特。少し角張った文字だが
大小が異なり整然としておらず、バランスが悪いようにも見える。
が、それがとても味わい深く、どこか人間臭さが感じられる。

川尾さんはそんな一政の書はとても上手だという。
「非常に書をよく学んでいらっしゃると思います。そのうえでどうバランスを崩すか、
そのズレの妙をよくご存知だったのではと思いますね。
文字の大きさも含めて、とても計算されていると思います」

中川一政美術館のロゴも一政自身が書いた。「このバランスの崩し方がおもしろいですね」と川尾さん。赤いマークは、矢印を一政がデザインしたもの。

一政はきれいな楷書も当然書けるうえで、既成概念にとらわれず、
どう作品として美しく見せるかを考えていたのではないかというのが川尾さんの推測だ。
その証拠に、もともとの文字のうまさが、ところどころに表れているという。

「作品ではうまさを出したくなかったんでしょうね。技を見せないようにしているけど、
実はその裏にはたしかな技がある。そこがかっこいいですね」

「先生の書は本当に上手なんです。それをみなさんに知ってほしい」

一政の書を見ながら、何度も「かっこいい」を連発していた川尾さん。
もうひとつ着目したのが、書の作品における色。
通常、墨の色は均一であるのがふつうだが、
一政の作品ではひとつの作品の中にも墨の濃淡があり、
それもわざとそのようにしているのではないかと見る。

また色がついた線で枠を描いたり、文字の背景に色があるものもあるが、
それは、「料紙」から自分で描くということでは、と川尾さん。

「日本では平安時代に和歌を書くことから書が広まりました。
その和歌を書く紙である料紙には、
いろいろな絵や模様を施すという文化があるのですが、
料紙から自分でつくるということをされていたのでしょうね。
そういうところも、絵画を描く人だなと思います」

写真提供:中川一政美術館

真鶴の潮風を受け
オーガニックで果樹を育てる
〈オレンジフローラルファーム〉

自然と共存しながら、クリエイティブなことをする

神奈川県真鶴半島の先端、「お林」と呼ばれる森の少し手前にある入り口から
ゆるやかな坂を下りると、眼下に相模湾を望むウッドデッキテラスが見えてくる。
テラスを中心に、海からの風と太陽の光をたっぷり浴びた柑橘がたくさん植えられ、
果実や葉がやわらかい春の光に輝いている。

ここ〈オレンジフローラルファーム〉は、真鶴に移住して13年目の
佐宗喜久子さんたちの会社が運営する果樹園。
スローフード発祥の地、イタリアの“自然と人と食”の考え方に賛同し、
2002年からイタリアスローフード協会の国際会員に登録しており、
ナチュラル&オーガニックにこだわった、 皮まで食べられる安心なものを提供している。

ウッドデッキテラスにはテーブルなどが用意され、BBQなどに利用できる。 坂を下りたところにもレモン畑がある。

レモン、ライム、みかん、ダイダイ、プラム、ブルーベリーなどが実り、
11月にはさまざまな花が咲くオレンジフローラルファーム。
農薬を使わずに自然の恵みを生かし、海からの風が吹き抜ける畑は
お林からの落ち葉と適度な塩分で、良い腐葉土ができる。

ここでは果樹園でできた柑橘を限定で通信販売するほか、
レモン狩りや農業体験などの各種プログラムも行っている。
「来園者に丁寧に対応したいので、予約制にして
一度に対応する人数の上限を決めています」と佐宗さん。

果樹を丁寧に育て、来園者にも丁寧に接してくれる佐宗喜久子さん。11月中旬から12月はみかんの収穫期。(写真提供:オレンジフローラルファーム)

実は佐宗さんは、果樹園を運営しながら、
海外企業のコンサルティングなども行っている。
そしてこの環境が、それらのビジネスにもいい影響を与えているという。

「自然と向き合っていると、謙虚になるんです。自然と共存することで、
心が広くなって、ビジネスの現場でも広い視野を持てるようになった気がします。
多忙な日々のなか、こういった環境ではものすごくリラックスして
クリエイティブなことにも専念できます。
都会にいるときよりももっといい仕事ができるようになっている、
それはたしかですね。心と体のバランスが、真鶴に来てとれ始めたんです」

一見関係のなさそうな果樹園の運営と海外とのビジネス。
しかし、佐宗さんは真鶴という環境にいることを生かし、
楽しみながらビジネスに取り組んでいるようだ。

葉裏にいいレモンがあることが多い。5月には柑橘の花が咲き、近隣にも爽やかなシトラスの香りが漂う。「レモン狩りを始めた当時は、オレンジフローラルが日本で初めてだったと思います」と佐宗さん。

実を枝から切ったあとは、ほかの実を傷つけないようにもう一度ヘタを切る。とれたてのヘタからはレモンの芳香が。

8組限定! 日本一寒い湖、北海道朱鞠内湖の スノー探検ツアー

日本最低記録マイナス41.2度をマークした湖での、スノー探検ツアー開催!

北海道の道北エリアにある幌加内(ほろかない)町。
まちの北部にある〈朱鞠内湖〉(しゅまりないこ)は、日本一の広さを誇る人造湖です。

深い原生林に囲まれたこの湖は、
夏はキャンパーや観光遊覧、冬はワカサギ釣りで人気のスポット。
東京ディズニーランド約30個分の面積に大小13の島々が
浮かぶ幻想的な雰囲気が魅力です。

なんと冬には、日本最低記録マイナス41.2度をマーク(気象庁非公式)したという
この湖で、限定8組のための自然体験〈スノー探検ツアー〉が行われます! 
2泊3日の行程で、日付は2017年3月24日(金)・25日(土)・26日(日)。
参加料金は大人2人・子供1人で100,000円、大人1人・子供1人で60,000円です。

地元のガイドさんを案内役に行われるプログラムは、
モービルにソリでひいてもらう雪上モービル体験や、
テント内でオリジナルランチメニューを食べる湖上ランチ、
ワカサギ釣り&釣りたての試食に、地元食材のディナー、焚火bar&マシュマロカフェなどなど、
楽しいアウトドア体験がたっぷり詰まっています。

〈ギャラリーミグラード〉 世界自然遺産のまち、 羅臼町の新たな文化発信拠点

知床の大自然や漁業文化を広く伝える場所

北海道唯一の世界自然遺産・知床半島の南東部に位置する羅臼町。
流氷とともにたくさんのプランクトンが運ばれる羅臼の海は多くの魚介類を育み、
クジラやシャチなど海洋生物の楽園として知られています。

その羅臼の中心街にある〈道の駅知床・らうす〉に隣接し、
ひときわ目を引くネイビーブルーの建物が、
羅臼の観光と文化の情報発信スポット〈ギャラリーミグラード〉です。

2016年夏のオープン後、羅臼ならではのテーマで写真展を開催し、
カフェスペースやギフトショップも充実させてきました。
「進化し続けるギャラリー」として、町内外から注目を集めています。

羅臼の深海のような色の壁が特徴。隣接する道の駅 知床・らうす駐車場から入り口まで小道が続いています。海と渡り鳥がモチーフのロゴが目印です。

ギャラリーミグラードの構想は、2015年冬、
知床羅臼町観光協会に勤務する羅臼町地域おこし協力隊の
中村絵美さんらによって始まりました。

もともと羅臼は、雄大な自然や野生動物を撮影するため世界中の人が訪れる場所。

「写真撮影ツアーなどの自然観光をもっとPRしたい」

「天候に左右される自然体験以外でも、地域の自然や文化を深く知ってもらいたい」

と知床羅臼町観光協会が木造2階建ての旧ユースホステルをリノベーションし、
ツアーデスクを併設するギャラリーの準備が進みました。

自身も美術家であり、ギャラリーの空間デザインを手がける中村さん。

「羅臼の大自然は人の心を豊かにする魅力を秘めています。
そんな大自然をまちの文化として捉えることは、
地域の自然を守ることにもつながっていくと思うのです」

ギャラリー改装を監修した地域おこし協力隊の中村絵美さん(左)と、同じく協力隊の阪田裕子さん(右)。阪田さんはエゾシカ革小物の作家としてギャラリー内で作品販売も。

当初、「ギャラリー」という言葉にピンときていなかった地元の人たちも、
中村さんらの思いに共感し、観光関係者や漁業者を中心に、
十数人がボランティアで改装作業に協力してくれました。

1階の4室の展示室は、美術作品の特性を際立たせるため、
壁、天井、床をすべて白で統一した「ホワイトキューブ」に。
多目的スペースやトイレ、エントランスも、
10年以上空き家だったとは信じられないほど、明るく開放的な空間に生まれ変わりました。

「じゅうたんをはがして床を張り替える作業に始まり、
壁のペンキをむらなく何度も塗り直すなど苦労しました。
『何でこんなに塗るんだ!』と当時は地元の人に言われましたが、
実際に展示が始まると『作品が映えるな』と納得してもらえました」

知床岬の昆布漁を紹介した展示。知床が世界遺産になる前の貴重な風景や歴史が紹介されました。(写真提供:ギャラリーミグラード)

2016年7月のオープン時には、実際の羅臼昆布漁のシーズンに合わせ、
郷土写真展『The Last Kelp Harvesting-知床岬の昆布漁』を開催。
地元の人に借りた昆布漁に関する古い写真を中心に、
地元の人から聞き取った話をまとめ、
大正時代から現在に至るまでの昆布漁の歴史をひも解く展示でした。

アートでまちをもっと幸せに!
〈真鶴まちなーれ〉

商店街に、もう一度賑わいを

2017年3月4日、神奈川県の真鶴町で、
〈真鶴まちなーれ〉というアートイベントが始まる。

真鶴まちなーれは今回で3回目。期間は3月20日までの17日間で、
期間中まちの各所に現代アートの作品が展示される。
また、同時に「アートで遊ぶ」をテーマにさまざまなワークショップも開催される。

実行委員は有志で集まった7人。真鶴生まれの人もいれば、
移住してきた人も、隣町の湯河原から参加している人もいる。
年齢も20代から50代までさまざまだ。

取材に応えてくれたのは実行委員のうち4人。左から平井宏典さん、遠藤日向さん、卜部美穂子さん、草柳采音さん。

今回まちなーれの中心となる会場は、真鶴駅から港に向かう途中にある、
「西宿中通り(にししゅくなかどおり)」と呼ばれる商店街。
普段はシャッターが降りる店が多く静かな通りだが、
かつては「真鶴銀座」とも呼ばれるほど賑わいを見せた商店街であった。

西宿中通りの交差点。両脇のシャッターが降りるお店も、今回のまちなーれの会場となる。

「私が子どもの頃おつかいに行っていたときは、
シャッターはほとんど開いていたんです。お店があって、にぎやかな場所。
人と人が買い物の間におしゃべりをしたりするようなことが、
ほんとにあった場所なんです」

そう語るのは、真鶴まちなーれの実行員のひとりである草柳采音(ことね)さん。
現在大学3年生だ。

第2回目からまちなーれに関わっている草柳采音さん。真鶴生まれ、真鶴育ちで、実家はまちの人気酒屋〈草柳商店〉。

今回のまちなーれのテーマは「懐かしい賑わい 新しい眺め」。
なんとこの西宿中通りの閉店したお店にアート作品を展示し、
かつての賑わいを取り戻そうというものだ。

対象となるお店は、元魚屋、元文房具屋、元薬屋、元中華料理屋などさまざま。
アート作品の展示だけでなく、3月19日(日)には
ワークショップもこの通りで一斉開催する。
この日が今回のまちなーれの最も盛り上がる日だという。

真鶴まちなーれの楽しみ方

まちなーれがほかの芸術祭と違うところは、
アート作品を巡るのに、自分たちで自由に訪れるのではなく、
1日2回行われるガイドツアーに参加する必要があるところだ。
この仕組みについて、実行委員長である卜部美穂子さんは言う。

「現代アートって難しくて、私も初めて見たときに
どう見ていいのかわからなかったんです。だけどガイドツアーに参加することで、
少しだけアーティストの考えていることにアクセスできたりするんです。
アートって答えがないと思うんですけど、アーティストの考えることに
少し触れるだけで、世界が広がる感じがする。
ガイドツアーで回ることで、もっと広がりが見えると思うから、
絶対参加してほしいですね」

実行委員長の卜部美穂子さんは真鶴への移住者。第1回目のまちなーれから、子育てをしながら関わる。

ガイドツアーは、アートに興味がある人も、初心者の人にも楽しんでもらいたい、
そんな思いが込もった仕組みなのだ。

さらに、このツアーの魅力は作品についてよりよく知ることができるだけではない。
それは「対話」による新たなつながりだ。
地元の大学生の遠藤日向(ひなた)さんはこう言う。

「ガイドツアーのなかでは、真鶴の話をすることもあれば、
すれ違ったまちの人と交流することもあります。
ときには、ガイドさん以外で、長く真鶴に住んでいる参加者が
ガイドし始めることもあるんです(笑)。昔はこうで、ここの道は通れたんだとか。
外から来た人と、まちの人。いろんな方向から作品を楽しめる要素が
詰まってるんです。1回だけでなく、何度でも参加してほしいですね」

遠藤日向さんは草柳さんの幼なじみ。同じく現在大学3年生だ。

小道が多く、歴史もある真鶴は、歩いていると思わず隣にいる人と話したくなるまちだ。
だからこそまち歩きをするだけで交流が生まれるのかもしれない。

みかん畑でドッグラン? 
歴史と自由なスタイルが入り交じる
真鶴の観光農園〈松本農園〉

絶景ロケーションの農園を散策

「あの高い建物が横浜のランドマークタワー。今日はスカイツリーが見えないねぇ」

神奈川県の西、真鶴駅から車で山道を走ること約10分。
松本茂さん一家が営む〈松本農園〉に到着すると、
その眺めに思わず「わぁ」と声が漏れた。
視界を遮るものは何もなく、相模湾を眼下に、
三浦、房総、大島、初島まで見渡せるのだ。空も海も青く美しい。
なんて気持ちのいい場所だろう。

ときに大きな勾配のある散策コースは、1周すると程よい疲労感に包まれる。園内の看板はすべて松本さんの手づくり。

約5ヘクタールにも及ぶ敷地には、みかんの木が4000本も植えられ、
繁忙期の10月から12月にかけては1日に500人のお客さんが
みかん狩りをしにやってくるという町内最大規模の観光農園だ。

3月下旬から5月上旬にかけては、甘夏をはじめ、
レモン、キンカン、ニューサマーオレンジなど
10種類ほどの柑橘を楽しめる雑柑狩りも行っており、
2月上旬のこの日も園内には鮮やかな実がなっているのを見ることができた。

このほかにも水仙花摘みやクロスカントリーとドッグランのコースも設置。
なんと犬のブリーダー事業も手がけ、園内にはレンタル犬もいる。
いずれもお客さんの要望に応えるかたちで、さまざまな事業に取り組んできた。

みかんの木を炭にしている松本さんは、みかんの実の炭もつくっている。お菓子の空き缶に並べるのは、窯の中で型崩れするのを防ぐため。松本さんのアイデアから生まれたみかんの炭は商品化され、観光協会では真鶴土産として販売中。オブジェに、冷蔵庫などの防臭材にと人気がある。

茂さんと長男の悟さん、手伝ってもらっている男性スタッフの3名で
畑の手入れや贈答用のみかんの出荷作業を行い、
茂さんの妻の紀子さんと悟さんの妻りえさんが接客を担当しているという。

先代から続く、規則に縛られない農業のかたち

松本さんは、東京農業大学で学んだ後、アメリカで1年間の農業研修を経験。
帰国後すぐに家業を継ぎ、40年以上にわたり運営に携わってきた。
松本農園の特徴は、除草剤は一切使用せず、雑草を刈りこんで肥料とし、
農薬も極力減らした、環境に負担のかからない農法を採用していること。
雑柑に至っては、農薬も除草剤も一切使わずに栽培しているそうだ。
その理由はいたってシンプルで、「畑の真ん中に自宅があるから」。

「やたら農薬を使うと、全部自分のところに返ってくるでしょう? 
その昔は、農薬もいまと違って『虫が死ぬか、人間が死ぬか』と言われるくらい
危険なものも多かったの。農薬をまいたところにはドクロマークをつけて、
立ち入り禁止にしたりしていたんだよ。でも、うちではそれができない。
この環境がいまのやり方につながったんだね」

農薬をあまり使わず、しかもこれだけの広さの農園となると、草刈りは大変。
農家にとって草刈りは大仕事だとよく耳にするが……?

「いや、楽しいよ~! 意外にね、農家の人って、草刈りを楽しんでやってると思う。
だってほら、機械で刈っていったところがきれいになるじゃない。
俺なんて、ゴルフに行くのと変わらないって思ってるよ。腰の振りが似てるでしょ」

茂さんの言葉と目の前に広がる景色がときに重なる。
おおらかで、たくましくて、気持ちのよい風を感じるのだ。
そんな快活さの裏には、父・敬さんの決断も影響しているようだ。

「うちは親父の代から農協に入っていないんだ。
だから、規則に縛られることなく、自分たちの好きなようにやってこれた。
この農園自体は明治時代からあるんだけど、観光農園を始めたのはここ50年くらい。
それ以前については、親父が話したことが新聞記事になってるよ」

巨大な宝石が海辺にゴロゴロ?! 冬の十勝ならではの絶景・ 豊頃町〈ジュエリーアイス〉

北海道の東南端に位置する豊頃(とよころ)町。
道内で3番目に大きい十勝川が広大な平野を流れ、
十勝地方開拓の発祥地でもある大津に向かってのびていきます。

冬になるとその十勝川の河口には
極寒の地ならではの幻想的な風景が出現。
海岸沿いにキラキラと輝くあるものが無数見られます。

それが〈ジュエリーアイス〉と呼ばれる氷の塊。
「太陽に照らされて輝く様子がまるで宝石のように美しい」、と
そのように呼ばれるようになったそうです。

透明度の高い氷が海と空の青を取り込み、清らかな光を放ちます。

太陽にかざすと光が拡散されてさらにきれい。

十勝地域は雪が降る日が少ないため非常に寒く、
内陸側ではマイナス25度を超えることもよくあるそう。
その冷気が十勝川河口付近に押し寄せることで
ジュエリーアイスの元となる氷が大きく成長していきます。

海へと流れ出した氷たちは天候の変化により砕かれ、
波にもまれて角が丸まりながら
大きな波によって大津海岸に打ち上げられます。
その氷がジュエリーアイス。
他の地域では見る事のできない、自然たちからの贈り物です。

色んな形のジュエリーアイスが数えきれないほどあります。

手のひらに乗せられるサイズをジュエリーアイスと呼ぶそう。色んな形を集めてみました。

さらに大きい畳サイズの巨大な氷塊も。(この直後に筆者はすべってこけました。乗る時は気をつけて!)

海岸沿いには遮るものが何もないため、
カメラ愛好家たちの人気スポットにもなっているそう。
寒さを忘れてしまうほどの美しさ、
そして、暖かくなると消えていってしまうはかなさも魅力なんでしょうね。
冬の十勝に行く機会あればぜひ立ち寄ってほしいスポットです!

information

豊頃町ジュエリーアイス 

見ごろ:毎年1月から3月上旬。

詳細は豊頃町のホームページにてご確認ください。

Web:豊頃町ホームページ

真鶴の豊かな海を発信する
〈ディスカバーブルー〉と
〈真鶴町立遠藤貝類博物館〉

磯の下に広がる世界

「海で遊ぶ」というと、どんなものを思い浮かべるだろうか? 
海水浴やサーフィン、スキューバダイビングなど、
海の中に入って楽しむものを想像する人が多いかもしれない。
しかし、神奈川県南西部にある真鶴町では、海に入らなくても遊ぶことができる。
「磯遊び」だ。

真鶴半島の先端、崖の上から急な階段を降りると、180度海が見渡せる磯にたどり着く。
右を見れば伊豆半島。左を見れば三浦半島や、遠くに房総半島も見える。
この場所、実は潮が引くと、正面にある「三ツ石」と呼ばれる
3つの大きな岩までの道が現れる。そうなったときが磯遊びのチャンスだ。

正面に見えるのが三ツ石。引き潮のときだけ陸続きに歩くことができる。

「磯の観察をするときは、引き潮になるときを狙います。
風向きによって波が立っている場所が変わるので、
なるべく穏やかなところのほうがいいですね」

楽しそうにそう語るのはNPO法人〈ディスカバーブルー〉の寺西聡子さん。
真鶴に事務所を構えるディスカバーブルーは、海の魅力や生き物を知ってもらうために、
町内外に向けてワークショップや研修を行う団体だ。
取材中も寺西さんは、滑りやすい海藻のつく岩の上を慣れた足で飛び越え、
どんどん先に行ってしまった。

ディスカバーブルーの寺西聡子さん。2012年から活動に参画したという。

寺西さんが磯に入って数分。あっという間にナマコを見つける。

「これは脱皮直後のヒライソガニです。触ってみるとわかりますが、脱皮したてだとまだ甲羅がやわらかいんです」

遠くで見ればただの岩場でも、石を持ち上げるだけで違う世界が広がる。
たった数分でそのことを実感できてしまった。

大地と人が守った生態系

寺西さんによると、真鶴の海にこれだけの生き物が集まるのは偶然ではないという。
それは真鶴半島の成り立ちにまで遡る。
真鶴の土地はもともと、火山の噴火によって流れ出た溶岩でできている。
砂が堆積した土地と違い、真鶴のように溶岩でできた土地の場合は、
固定されているので海藻が育ちやすい。海藻が育つと、それを食べる生き物が増える。
さらにその生き物を目当てに魚が集まる……というように生き物が増えていくのだ。

もちろん、神奈川県内だけでも三浦や葉山など、砂浜でなく磯の海岸はある。
しかし、その中でも真鶴は圧倒的に生き物の数が多いという。

「真鶴は磯の手前に道路を挟んでいないんです。山から海まで一直線につながっている。
これはすごく生き物にとっていいことなんです」

神奈川県の海岸線沿いの多くには、大きな道路が走る。
しかし道路があると、車の騒音やライトなど、
生き物にとっての海の環境が悪くなってくるのだという。
しかも、土地がコンクリートで埋め立てられていると、
雨が降ったときに本来土を通り抜けて流れるはずの雨水が直接海に流れ込む。
そうすると海水の塩分が急激に下がり、海の生き物が生きづらくなってしまうのだ。

真鶴は半島が突き出ているため道路が海岸線沿いを走らない。
代わりにあるのが「お林」と呼ばれる豊かな森だ。
かつて皇室が所有していたこの森は開発から免れ、
いまでも県立自然公園として保護されている。

「土地と歴史。あとは海流や海の深さ。いろんな条件が重なって、
真鶴は海の生き物にとってすごく生きやすい環境になっているんです。
私もすべての海に行ったわけではないですが、石をひっくり返すだけで、
あんなに簡単にナマコを見つけられるところはなかなかありません」

旅のロマンを掻き立てる! 『海駅図鑑 海の見える無人駅』 旅好き&鉄道好き必見の ガイドブック

全国の海の見える絶景の無人駅がずらり!

「海が見たい...」
誰にでも、旅に出たくなる時がありますよね...。
そんな時に広げたい書籍『海駅図鑑 海の見える無人駅』が発売されました。
日本全国にある、海の見える無人駅を“海駅”と名付け、
オススメの海駅を写真とともに紹介するガイドブックです。

『海駅図鑑 海の見える無人駅』

なぜ、海の見える無人駅は、こんなにも心地いいのか?!
本書では、北海道の釧網本線から九州の日南線まで、
日本全国津々浦々にある30の駅を紹介。
駅の佇まいから歴史や土地の事まで、丹念な取材で
掘り下げた一冊です。

海駅の定義はこちら。
眺めているだけで、疲れた心を癒やしてくれそうです。

・駅のホームから海が見える(美しい磯や浜が見える)

・ホームからの眺めが優れている(視界が開けている、海を取り巻く絶景がある)

・レトロな雰囲気がある(木造駅舎や古いベンチなど、鄙びた駅の佇まい)

・駅員がいない(無人駅)

・ひっそりとした趣きがある(駅の周辺に大きな人工物がなく、静けさがある)

・駅周辺に知られざる場所や物語がある(海駅から「その先の旅」ができる)

〈真鶴町立中川一政美術館〉で まちの美術館の新しい魅力を発見!

デザインに注目した企画展

神奈川県の真鶴半島にある〈真鶴町立中川一政美術館〉。
長年、真鶴のアトリエで絵を描き続けた、戦後日本を代表する洋画家のひとりである
中川一政の作品を所蔵する美術館です。
コロカルで展開中の特集「真鶴半島イトナミ美術館」でも
美術館について紹介していますが、現在この美術館では
『中川一政の装丁とデザイン』という企画展が3月28日まで開催されています。

中川一政は、油絵のみならず、書や陶芸、挿画まで、多様な作品を残したアーティスト。
その作品のなかから今回はデザインという視点で、
本の装丁や商品パッケージの原画を紹介。
日々、大きなキャンバスに風景を描き続けた一政はまた、
挿画などにおいてもすぐれた仕事を数多く残していたことがわかります。

また一政が、生地に直接柄を描いたネクタイも10年振りに展示され、
デサインという側面からも一政の作品を見ることができる、興味深い展示です。

〈PANZA Okinawa〉 パンザ オキナワから海に向かって ダイブ! ダイブ! ダイブ!

沖縄県恩納村にビーチアクティビティの新名所が誕生!

日本列島を大寒波が襲い、毎日寒い日が続いていますが、
真冬でも気温20度前後と楽園のような気候なのが、沖縄県恩納村。
国内有数のリゾート地として有名なこの恩納村に、新たな名物が誕生しました。

シェラトン沖縄サンマリーナリゾート内に2月6日にオープンしたのは、
ビーチアクティビティ施設〈PANZA Okinawa(パンザ オキナワ)〉。
海岸では日本最長250メートルの〈MegaZIP(メガジップ)〉と、
バンジーのように高さ13メートルからダイブする、
新感覚フリーフォール〈GoFALL(ゴーフォール)〉。
スリル満点の新アクティビティをさっそく体験してきました。

メガジップは、美しい海と砂浜を眼下に、風を切って走ります。なんとも爽快! 
東シナ海と空の青さを堪能できる昼間でもいいですが、
海に沈む夕日を見ながら滑走するのもおすすめです。

30秒ほどの空中遊泳は1年中楽しめ、
3月にニューオープンするシェラトン沖縄サンマリーナリゾートの
室内&屋外プールやスパ、ビーチサイドカフェとの行き来も可能です
(プールやスパは宿泊客のみ利用可能)。

〈真鶴なぶら市〉
地魚から家庭菜園の野菜まで。
人と人をつなぐ手づくりの市

新たな出会いや交流の場に

「なぶら」という言葉をご存知だろうか。
なぶらとは、海面で魚の群れが飛び跳ね、バチャバチャ集まっていることを指す。
このなぶらをそのまま名前に使った〈なぶら市〉という市が、神奈川県真鶴町にある。

なぶら市は月に一度、最終日曜日に真鶴港の岸壁広場で行われる。
始まってから2017年2月で2年。すっかりまちにも定着し、
より良いものを買おうと朝10時の開始前から港に集まる町民もいる。

真鶴は港町だけあって、なぶら市では鮮魚や干物も販売している。
真鶴を拠点としているオーガニックワインやハンドマッサージといった
お店の出店もあれば、普段は販売していない手づくりの品を出す人もいる。
キッチンカーによる食べ物の販売もあり、食べる場所も用意されているので、
港前で海風を感じながら食べることもできる。

移動販売車「真鶴おさかな号」に乗せて、漁協が直接地魚を販売。(写真提供:なぶら市実行委員会)

写真提供:なぶら市実行委員会

なぶら市の実行委員である朝倉嘉勇さんは、真鶴町役場の産業観光課に勤めている。
朝倉さんは、なぶら市が始まったきっかけをこう語る。

「もともとは町長の指示で、町民と役場の職員を合わせた
プロジェクトチームをつくったのが始まり。
フェイスブックを始めたり、町の看板をつくったりしていくうちに、
『人が交流する場をつくりたいね』という話になったんだよね」

取材した12月のなぶら市当日はクリスマス。サンタの帽子をかぶりながら話してくれた朝倉さん。

その言葉の通り、なぶら市にはたくさんの町民が集まる。
もとから真鶴に住んでいる人もいれば、
近年真鶴に移住してきたばかりの人もやってくる。
そこで人と人を紹介しあって、新たな出会いになることもよくある。
なぶら市がハブとなり、人と人のつながりの輪が広がっていくのだ。

「店が増えないとか、いつも同じものしか売ってないとか、
いろんな文句も聞くけど、でもみんな来るんだよ(笑)。
それってなんでかって言うと、ここに来ると話をする人がいるからだろうね」
と朝倉さんは笑う。

月に一度、ここに来れば誰かに会える。この日も移住者同士で近況報告をしあっていた。

「継続性のあるイベントにしたい」という思いから、
なぶら市は町のこれまでのほかのイベントと違い、補助金に一切頼っていない。
けっして無理をしない、自分たちのペースで運営する。

「頑張りすぎない。かといって続けていくためには締めるところは締めないといけない。
そのバランスが大事かなと思うね」と朝倉さんは言う。

たしかにメンバーを見ていると、運営にピリピリした空気はなく、
とにかく楽しそうだ。13時になぶら市が終わり、片づけも終わると、
「反省会」と称した飲み会が夜まで続くという。
誰よりも運営メンバー自身がなぶら市を楽しみにする。
だからなぶら市は、この2年間欠かさず毎月行われてきたのだろう。

なぶら市の本部でお客さんと話す朝倉さん(写真左)と、同じく実行委員の青木理佳さん(写真中央)。本部からはいつも笑いが絶えない。

実行委員であり、町民の柴山高幸さん(写真左)は、自身が真鶴で運営するファブラボ〈真鶴テックラボ〉の技術を子どもたちに披露していた。

宿と喫茶〈おかげ荘〉 真鶴の食材を使った創作料理で 迎えてくれる三姉妹のような母娘

神奈川県南西部の真鶴町に、〈おかげ荘〉という少し変わったネーミングの民宿がある。
おかげ荘は1日1組限定の宿で、昼間は〈おかげカフェ〉という喫茶店も営む。
約30年続くこの民宿は家族経営で、創業からスタイルを変えながら、
家族みんなにずっと守られてきた。宿でありながらも、
地元の町民にも愛されるその場所には、代々受け継がれている心遣いがあった。

「自分たちだけの時間」を過ごせる宿

おかげ荘は、真鶴港から海に背を向けて少し坂を登った場所にある。
かわいらしい手づくりのウェルカムボードを横目に玄関を開けると、
手づくりの雑貨が壁に飾られ、おばあちゃんの家に遊びにきたように
ホッとする感覚になる。常連客になると、
「ただいま!」と言って入ってくる人もいるという。

中に入って左手、1階の大広間には低いテーブルと椅子が並ぶ。
普段はおかげカフェとして、近くに住む人たちが
ランチやデザートを楽しむ場所になっているのだ。

2階に上がると12畳の和室と、6畳の和室がひと部屋ずつ。
宿泊する人は、1泊2名からこれらの部屋を貸し切りにできる。
窓からは建物越しに真鶴港が見え、どの部屋も暖かい光が差し込む。

「1日1組限定にしてから、子連れのお客さんが増えましたね。
大人より子どもが多いときもあります。大人4人に子ども7人とか。
貸切だと、ほかのお客さんに気を遣わなくていいから好まれるみたいです。
これからベビーチェアやベビーバスも入れて、
もっと子どもたちが安心して泊まれる場所にしようと思っています」

そう語るのは“広報担当”で長女の青木千春さん。普段はスーパーで働きながら、
HPの運用やイベント出店の際に宿の手伝いをしている。

おかげ荘は家族経営。まるで3姉妹のような母娘は、左から長女の千春さん、母の美代子さん、次女の佳美さん。

「チェックインをして、そのままどこにも行かずに帰っていくという人も結構います。
きっとそういう人は自由な時間、自分だけの時間をつくりにいらしてると思うんです。
だから私たちも、基本的には”何もしない“ことを心がけています」

おかげ荘の3人は、おいしいごはんと、静かな場所を提供するだけ。
あとはどう使うかは泊まる人たち次第。
ママ友同士で集まって、子どもたちの運動会が始まることもあれば、
仕事仲間で集まって、泊まりがけで経営戦略を立てる、
そんな使い方をしている人たちもいる。

静かな港のまわりで、そこでとれたおいしい魚を食べながら、
まわりの人の目を気にせず泊まれる場所。
こういう使い勝手のいい場所は、ありそうでない。

おかげ荘は料理が自慢。朝食では港前のひもの屋〈高橋水産〉の地魚を使った干物が楽しめる。

「うだつ」があがるまち!? 徳島県三好市をぶらぶら歩き

東は徳島、西は愛媛、北は香川、南は高知に接する、
ボーダレスカルチャーが魅力の三好市

徳島県三好市ってどんな場所?と聞かれると
きっと旅行で訪れた人ならば、
景勝地である大歩危(おおぼけ)小歩危(こぼけ)のある祖谷(いや)や温泉など
徳島の奥地だからこそ出会える秘境の美しさについて話すはずだ。

ところが実際に三好に暮らしている住人たちは、こう答える。
「四国の真ん中にあって、あちこち行くのに便利なんですよ」。
旅人の四国行脚の拠点として滞在を勧めるあたりは
さすが、「おせったい」のお遍路文化が息づく徳島県人だ。
と決めつけてかかると、
「そうはいっても、自分たちは “徳島県人”というアイデンティティ意識は
薄いかもしれない」と地元人から戻ってきた。
なぜなら、隣県のあちこちに通勤している人も多いことから使う方言はバラバラ。
県外から三好に働きに来る人、引っ越してきた人もいる。
三好は四国4県の市町村の中でもっとも大きな面積を持ち、
東は徳島、西は愛媛、北は香川、南は高知に接しているから
ボーダーレスな感覚の人が多いのかもしれない。

筆者は以前、高知龍馬空港から祖谷方面に入ったことがある。
吉野川をたどりながら池田町に向かう際には、徳島阿波おどり空港からだった。
今回は、ピンポイントで池田町に一番近い空港といわれている高松空港を利用。
到着寸前まで、なぜか高知に到着すると勘違いしていた。
まあ、それほどまでにアクセスの選択肢も多いということだ。

標識は、徳島行きやら、高松行きやら。反対方向から見ると松山行きになってしまうのだから、四国の交差点のような場所というのもうなずける。

三好市池田町のメインストリート、駅前通り。平日昼間はひっそりとしているが、夏になると入りきらないほど人が集まり、阿波踊りが繰り広げられる。

2006年に6町村が合併して三好市となるまで、
現在の三好市役所のある池田町は、三好郡池田町だった。
全国高校野球選手権大会優勝3回、準優勝2回の実績があり、
「やまびこ打線」「さわやかイレブン」で知られるあの池田高校のある池田だ。

土讃線 阿波池田駅から続くアーケード商店街、駅前通りを歩く。
個人商店の看板や風情に、どことなく昭和の残り香が漂い、
右へ左へと立ち寄りたくなってしまう。
なかでもひときわ目をひくのは、喫茶〈21世紀〉。
20世紀の時代には、21世紀というと遠い未来のように感じたのが、
すでに21世紀となってしまった今、このネーミングを目にするだけで、
急に昭和の時代へとタイムスリップさせてくれる。

駅前通りにある、ひときわ目をひくショーウインドウ。オムライスやミックスフライ定食など、洋食好きにはたまらないメニューがずらり。

笑顔が素敵な看板娘の内田貴子さん。「一押しメニューはチキン南蛮です」。ちなみに21世紀というネーミングは創業した1979年創業当初に21世紀まで続けられますように、という店主の願いから名づけられた。

おすすめのチキン南蛮は手前のお皿。見よ! このボリューム! お腹をすかせたティーンエイジャー(池田高校生)の聖地だけあり、ボリュームたっぷり。

〈釧路マーシュ&リバー〉 幻想的な氷と雪の絶景! 冬の釧路川カヌー

「冬の北海道でカヌーを楽しもう!」なんていうと、
「冬にできるの!?」「寒くないの!?」と驚く人が多いかもしれませんが、
カヌーのメッカ、道東の釧路湿原を流れる釧路川では、
冬のカヌーは近年人気のアクティビティです。
極寒の冬の朝こそ美しい〈釧路マーシュ&リバー〉の
カヌー&湿原ウォッチングツアーに参加し、白く輝く冬の絶景に出合いました。

冬でも安全安心、自然が織りなす別世界へ

氷点下20度近くまでしばれた(北海道弁で「冷え込んだ」の意味)2017年1月中旬の朝8時。
天気は快晴、風はなし。あまりの冷気に頬が少しぴりぴりしますが、絶好のカヌー日和です。

事務所内でドライスーツを着てから出発です。(photo:釧路マーシュ&リバー)

ツアーの始まりはドライスーツの着用から。
ガイドさんの手を借り、首、足首、手首がキュッとすぼまった防水性、
保温性に優れたスーツに身を包むと、「カヌーに乗るぞ!」という気分が盛り上がってきます。

ドライスーツの上から自分のアウターを着ることができるので、防寒もばっちり。
着心地も悪くありません。ただ体にぴたっとしたアウターより、
少し余裕のある大きさのものを着たほうが動きやすいかもしれません。

釧路川は屈斜路湖を源流とし、太平洋に注ぎ込む全長154キロの一級河川。
緩やかな傾斜、穏やかな流れが特徴で、
日本最大の湿原〈釧路湿原〉の豊かな自然を楽しみながら、カヌーで川下りができる場所です。
ちなみに冬の釧路川は冷え込みが厳しくなると河口に氷が溜まっていきますが、
完全結氷することはほとんどありません。そのため塘路湖(とうろこ)周辺の中流域では、
冬のカヌー体験が可能なのです。ただ今回は強い冷え込みが続き、
通常の釧路川本流コースに氷が増えて危険なため、
支流のアレキナイ川をゆったり往復することになりました。

北海道知事が認定する「北海道アウトドアガイド」の資格を持つ、〈釧路マーシュ&リバー〉の斉藤松雄さん。

ツアー発着地点は、事務所から車で約20分走ったところにある塘路湖そばのカヌーポート。
ライフジャケット着用後、釧路マーシュ&リバー代表でガイドの斉藤松雄さんが、
(今まで落ちた人はひとりもいないということですが、)
万が一、川に落ちたときにとる姿勢など注意点を教えてくれます。

その後、赤いカナディアンカヌーに乗り込み、いざ川へ!

神様が海を渡る。 真鶴で愛され、受け継がれる 〈貴船まつり〉の美

写真提供:真鶴町

夜の海に鳴り響く笛と、太鼓の音。花飾りを付けた4隻の船が、
剛腕たちの漕ぐ「櫂伝馬(かいでんま)」に曳航(えいこう)され、
大きく左右に揺れながら進んでいく。その中心に位置するのは「神輿船」、
時折「囃子船(はやしぶね)」から暗闇の海に飛び込む若者。
神輿船がちょうど港の真ん中にくる頃、その頭上に花火が打ち上がる……。

まるで何かの映画のワンシーンのような美しいその光景。
神奈川県真鶴町で毎年7月27日、28日に行われる貴船まつりのクライマックスだ。

「日本三船祭り」のひとつといわれる貴船まつりは、
真鶴の町民に古くから愛され、国の重要無形民俗文化財に登録されている。

その美しさはどこから来て、どう受け継がれているのか。
真鶴の人々のアイデンティティとも言える貴船まつりを取材した。

貴船まつりとともに育つ真鶴の人々

夜の海を船が渡る数時間前、まちなかではお神輿の担ぎ手の声が鳴り響いていた。

「そーりゃー!さー!そーりゃー!さー!」

掛け声に合わせ担ぎ手のテンションもどんどん上がる。
その荒々しさに初めて来た人は驚くだろう。
お神輿は2日間をかけてまち中を廻り、さらには海の中にも入る。
「みそぎ」といわれ、お神輿を海の中に沈め清めるのだ。

お神輿は全部で3基。そのうちメインの「本神輿」は、しきたりにより男性しか担ぐことができない。

海の中に入るお神輿。実は足がつかないぐらい深くなるため、立ち泳ぎする必要がある。

お神輿が進む道には、必ずその前に「花山車(はなだし)」と
「鹿島踊り」という出し物が通る。
どちらもお神輿が通る前に道を清めるのだという。
また、同時に「屋台囃子(はやし)」を乗せたトラックがまち中を廻り、
笛と太鼓で祭りを一層盛り上げる。

鹿島踊り。まだ小学生の子どもたちも一緒に踊る。お神輿とは対照的にゆったりとした踊りだ。

お神輿だけを見るとかなり荒々しいお祭りであるが、
祭り全体の参加者の年齢や性別はさまざまだ。
ここに、貴船まつりが江戸時代から町民に大事にされてきた理由があると、
貴船神社の宮司である平井義行さんは語る。

貴船神社の宮司である平井義行さん。平井家は平安時代から貴船神社の宮司を務めていると言われる。(撮影:MOTOKO)

「貴船まつりは町民みんなが参加できるお祭りです。
小学生の頃は鹿島踊り。年齢が上がると囃子太皷。
さらにあがるとお神輿、という風に順繰りにあがって、
だんだんお祭りの本筋のほうに入っていくという体系があるんです。
例えば鹿島をやっている子たちが、
“俺も来年になったら太鼓たたけるんだ”といった話をしたりします。
そうすると、先輩、後輩の関係ができあがる。
そういうつながりが綿々と未だに続いているんです」

こうして子どもの頃から貴船まつりとともに育ってきた人々の、
貴船まつりに対する思い入れは半端ではない。
真鶴の1年は貴船まつりを中心にしてあると言われ、
お祭りが近づくにつれまち中がソワソワしだすのだ。

「お盆や正月に帰ってこないような人も、この日に合わせて真鶴に帰ってきて、
同窓会やクラス会が開かれたりもします」と平井宮司は微笑む。

「こうした、いわゆる観光目的でない町民によるお祭りであることが国にも認められ、
平成8(1996)年には国指定重要無形民俗文化財にも登録されました。
親子でお守りする、貴船神社のように小さな神社が執り行うお祭りが、
国指定の文化財に登録されることは非常に珍しいことで、
これはひとえに多くの真鶴の人々が、祭を愛し育ててくれた賜物と、
深く感謝しています」

真鶴の絶景アトリエで作陶する 陶芸家〈風籟窯〉井上昌久さん

使い手とつくり手の心を自由にする1枚を

「丁寧に精緻(せいち)につくるというよりも、基本的な形をしっかり
つくってやれば、あとは窯が絵を描いてくれるっていう感覚がある。
薪窯のおもしろさっていうのはそこですね」

そう話すのは、神奈川県真鶴町の北側にあたる岩地区を拠点に
制作を続けてきた陶芸家の井上昌久さんだ。

真鶴駅から車で10分ほどの高台にあるアトリエは、
〈松本農園〉のみかん畑と、広大な相模湾を望むまさに絶好のロケーション。
アトリエの裏手には3か月かけて完成させたという自作の穴窯もあり、
ここで初夏と秋の年2回、それぞれ約10日間にわたり300~400点ほどの作品を焼く。
釉薬を使うのはほんの一部のみ。
長時間高温で焼成する「焼締め」が井上さんのスタイルだ。

「最後まで完成させようとするよりも、花を飾ったり、料理を盛ったりすることで
ようやく完成するくらいのユルさがあるほうが、
かえっておもしろいんじゃないかなと思いながらやっています。
そうすることで、自分自身もある程度自由な気分を維持できていますね」

そうしてつくられた作品は、アトリエに隣接する〈ギャラリー風頼窯〉で
常時展示販売されている。

アトリエに隣接する〈ギャラリー風籟窯〉。色、模様、形もさまざまな井上さんの作品が並ぶ。

また2014年からは、民間の組織で立ち上がった
〈湯河原・真鶴アート散歩〉の拠点のひとつとして参加したり、真鶴の芸術祭
〈真鶴まちなーれ〉の「差の湯の会 差を見るお茶会」などにも協力している。

窯の完成から16年。町内外からギャラリーを訪ねてくれる人々も増す一方、
自治会活動にも関わるなど、作家として、ひとりの町民として
すっかりと真鶴に馴染んでいる井上さんだが、
意外にも真鶴で生まれ育ったわけではないという。

作品のほとんどは釉薬を使わず、窯の中で起こる偶然に任せる。井上さんは「窯が絵を描いてくれる」と表現した。

30年に及ぶ教員生活の始まりは真鶴から

井上さんと真鶴との接点は、いまから46年前まで遡る。
もともと画家をめざしていた井上さんは、東京の大学を卒業し、
新米美術教員として真鶴中学校へ赴任してきた。

「真鶴に来たのはたまたまの縁。あの頃は、鎌倉に住んでみたくて
鎌倉地区を志望していたんだけど、その年の採用がなくてね。
『もう終わりだろう』と諦めていたら、小田原の教育委員会から
引っ張ってもらえたんです。それで真鶴中学校に勤めることになりました。
それまで真鶴のことをまったく知らなかったんだけど、
初めて訪れて港の周辺を歩いて回っただけで
『これこそ自分が求めていたものだ!』という気分になったのを覚えています。
自分の郷里が群馬の館林市で、海も山もない平野だったから、
こういう場所にすごく憧れがあったんです」

真鶴で教員として過ごした時間はわずか6年。
その後、湯河原で11年、小田原で7年、
54歳で早期退職するまでの5年間を箱根の仙石原で過ごした井上さんは、
2000年に現在の場所へ越してきた。
現在も、真鶴の教え子たちがアトリエに遊びに来ることもしょっちゅうだとか。

西日が差し込み、「おかあさん」と呼ばれる愛猫もまどろむ心地よさ。窓の外には相模湾が広がる。

「真鶴への赴任が決まったうれしさが、
そのまま学校の生活につながったというのはありますよね。
夢中で野球部と美術部の顧問をして、秋には陸上部と一緒に走ったりして。
自分も若かったし、生徒との距離もそんなになくて、
ほとんど友だちづき合いみたいな感覚でやれたのがよかったんじゃないかと思う。
真鶴を離れてからも、常に自分の周りには教え子が来てくれるような状況がありました。
ここの窯をつくるときもレンガを運ぶのを手伝いに来てくれたりね」

授業をするうえで大切にしていたのは、
「美術=上手・下手」という先入観を取り払い、
「絵を見ること、描くこと、ものをつくることの
楽しさを知ってもらって、生徒を送り出すこと」だった。

「誰もが美術を好きになれるような授業をやりたいという気持ちが一番にありました。
だから卒業してからも、絵描きになるとか彫刻家になるとか、
そういうことにこだわらず、毎日の生活のなかでも、ものを見ること、
つくることの楽しさがわかるような子どもになってもらえたらいいなと」

達人の案内で歩く! スノートレッキングで 西和賀の雪を満喫

岩手県の山間部にある西和賀町。 積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「雪」そのものを楽しむ、西和賀ならではのアクティビティについて。
過去の連載はこちらから。

のべ9000人が参加! 西和賀ならではの「雪の楽しみ方」を達人に教わる

年間累積降雪量が10メートルにもおよび、
時には1日の積雪量が2メートルを超えるという西和賀。
そんなまちの個性づくりに欠かせない雪と、
雪がもたらす風景・食・文化を体感できる1泊2日の〈ユキノチカラツアー〉が、
2月11日~12日に実施される。
ツアーは、町の一大イベント〈雪あかりinにしわが〉の日程に合わせたもの。
雪像やかまくらをつくり、その中にキャンドルをともす〈雪あかり〉は幻想的な美しさで、毎年町民はもちろん多くの観光客をも魅了している。

昨年の〈雪あかりinにしわが〉。町民参加型のイベントとあって、町内のあちこちで幻想的な光景が広がる。

ツアーではこの雪あかりのほかにも多彩なメニューを揃えており、
雪あかりとならび西和賀の雪の魅力を体験できるとして人気なのがスノートレッキングだ。
案内するのは、自然観察指導員・写真家で、西和賀の自然をこよなく愛する瀬川強さん。
瀬川さんは隣接する花巻市の出身だが、
29歳の時、渓流釣りで訪れた西和賀でカタクリの花の群落を見て感動し、移住を決意。
最初は電気のない作業小屋でひとりで暮らし、
その後1989年に家を建てて家族とともに定住した。

瀬川強さんと奥様の陽子さん。

ヒマラヤに2度も行くなど国内外のさまざまな自然を目にしてきた瀬川さん。
そんな瀬川さんが移住を決意するほど感動したというカタクリの花には、
どんな魅力があるのだろうか。
「カタクリは群がって咲く花で、群落はまるでピンク色の絨毯のようでした。
しかもこの花は咲くまでに7~9年間もかかるので、
その群落があるということは一帯の自然環境が何十年も変わらず守られているという証拠。
日本にもこんなすばらしい場所があるのだと感動したんです」

自然保護や古民家保存などの活動にも携わる瀬川さん。西和賀に移住して30年近く経つが、行政の協力もあって町内の自然環境に大きな変化はないという。

瀬川さんが撮影したカタクリの群落の写真。町内には群生地が数か所ある。雪解けとともに咲くカタクリは、西和賀に春の訪れを告げる花だ。写真:瀬川さん提供

能登島に島流し? つながりを生む体験ツアー 〈うれし!たのし!島流し!〉

「刑」を通して島の暮らしを体験する

黄金色に輝く稲穂が広がる田んぼで、
都会から来た人たちが地元の人たちと一緒に稲刈り。
それだけならよくある体験ツアーだが、これは「稲刈りカイカイの刑」と呼ばれる刑。
能登半島は七尾湾に浮かぶ能登島で年に4回開催されている、
その名も〈うれし!たのし!島流し!〉というツアーの一環なのだ。

囚人服を着せられたツアー参加者は「流人」、受け入れる島の人が「看守」となって、
「とことん泥まみれの刑」や「素潜りの刑」などの体験プログラムで、
島の暮らしを体感するというユニークなツアー。

豊かな自然があり、穏やかな海には野生のイルカも住む能登島は、
江戸時代には加賀藩の政治犯の流刑地だった。そんな歴史を逆手にとり、
都会を忘れ、強制的に田舎暮らしを楽しんでもらおうというコンセプトなのだ。

「とことん泥まみれの刑」として田植えをする流人たち。

こちらは「火炙りの刑の準備の刑」。火炙りの刑とは……?

毎年夏に行われる「能登島向田の火祭り」の高さ30メートルの巨大松明に投げ込む、小さな手松明をつくっていたのだった。農業などだけでなく、能登の伝統的な祭りも体験できる。

もともとは、東京丸の内で社会人向けにさまざまな講座を開講している
〈丸の内朝大学〉の地域プロデューサークラスの企画からスタート。
〈のと里山空港〉の活用を目的として提案されたプロジェクトのひとつだった。
東京からの受講生たちとミーティングを重ね、ツアー概要を練っていくなかで、
島の受け入れ側として、能登島観光協会青年部を立ち上げることに。

中心メンバーの石坂淳さんは、能登島で生まれ育ち、
東京での大学生活と社会人経験を経てUターン。
現在は能登島の祖母ヶ浦(ばがうら)という地区で家業の民宿を営んでいる。
「いろいろ歴史を調べてみると、僕らの先祖たちが島流しになった罪人たちを
丁寧におもてなししていたことがわかったんです。
そんな先祖に対して誇りを持てました」

能登島観光協会青年部の石坂淳さん。石坂さん一家が営む宿〈石坂荘〉の食事は地の魚がたっぷりでおいしい!

このプロジェクトが立ち上がるまでは、島のよさを伝えたり、
まちおこしをしようという意識はなかったという。

「島流しツアーがきっかけで島のことを考えるようになりました。
それまで能登島をまったく知らなかった人たちが参加してくれて、
食事がおいしいとか、人があたたかいとか、自然が豊かとか、
いろいろなことを感じてくれる。その反応がすごくうれしくて。
僕らが当たり前だと思っていたことがとても価値のあることなんだ、
すごく豊かな島に暮らしているんだということが認識できたんです」

鶏ちゃん、ねずし、etc. 温泉のまち、飛騨・下呂市で 愛され続ける絶品ソウルフードを 堪能してきた!

下呂市の美しい自然を堪能しながら舌鼓

飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。

日本三名泉のひとつに数えられる下呂温泉を有する下呂市。
飛騨のなかでも南に位置し、また異なる文化圏も見られる。
少し車を郊外に走らせれば、伝統の食と現代の食の両方を楽しむことができる。
下呂温泉と合わせて、魅力あるスポットが満載だ。

ノスタルジックな〈ジークフリーダ〉でドイツ菓子を

オープンの10時に合わせて、人が集まってくる。
下呂のまち中からは少し離れていて車がないと不便な場所だが、
それでも地元の人からも観光客からも人気がある〈ジークフリーダ〉。
2002年、北條達也さんが本格洋菓子のショップ兼カフェをオープンした。
北條さんは下呂市小坂町出身。名古屋のホテルに勤めた後、
ドイツとオーストリアでパティシエの修業をした。

「ドイツにいたときに、友だちにハイキングに連れていかれたんです。
山を登っていくと、ポツンとレストランがありました。
それほど人もいないような山の上なんですが、ドアを開けると人がたくさんいて、
すごく活気があって盛り上がっていたんです。
そのお店のイメージで、ちょっと離れた場所にお店をつくりました」

ジークフリーダという名前は、オーストリアでお世話になった
おばあちゃんの名前だという。ドイツ語のネーミングではあるが、
お菓子は地域に馴染むようにアレンジしている。

「この地域で食べてもらうのに、そのままドイツ菓子を出しても
受け入れてもらえないかなと。むしろオリジナルのお菓子のほうが多いです。
結局、おいしいと思ってもらえればいいわけで、
実は“ドコドコのお菓子”ということにはこだわっていません」

窓側の席からは、木々の隙間から飛騨川を見下ろすことができる。
秋冬になると木々の葉が落ちて、景色もひらける。
アンティークの木のイスや什器に囲まれた空間は、
ホッと息をつけるようなゆるやかな空気が流れている。

information

map

ジークフリーダ

住所:岐阜県下呂市萩原町跡津1421-5

TEL:0576-53-3020

営業時間:10:00~18:30(日曜日は18:00まで)

定休日:月曜・第4火曜日

http://www.siegfrieda.com/

〈緑の館〉が仕掛けるコーヒー豆焙煎所

下呂には、1975年にオープンした〈緑の館〉という有名な喫茶店がある。
コーヒーを中心としながら、たくさんのアンティークの掛け時計やカメラ、
ライトなどに囲まれ、ジャズに包まれる。
マスター野村辰己さんのこだわりを感じられるお店だ。

その息子さんである2代目の野村祐貴さんは、
一度、一般のコーヒー会社に勤務し、緑の館に戻ってきた。
喫茶店の営業を手伝いながら、同時にコーヒー豆の自家焙煎を始めた。
当初は店で使用する分だけを焙煎していたが、次第に焙煎を突き詰めてみたくなった。

「もっとコーヒー豆を発売するということに特化してみたくなったんです」と祐貴さん。
2013年、緑の館の隣に新たに焙煎所を立ち上げた。
「基本的には物販ですが、コーヒー教室もできるし、コーヒー豆について
詳しくないお客様とコミュニケーションできるスペースにもなりました」

ところでコーヒーは全世界的に流行している。日本も例外ではない。
サードウェーブという言葉が用いられ、華やかでフルーティな味わいが
人気となっている。だが、そのような流行を追いかけるわけではない。

「基本的には、自分が好きで気に入ったものを販売しています。
こだわった豆を置いてはいますが、
それを一方的に押しつけるようなことはしたくありません。
たとえば浅煎りに特化したような売り方もできると思いますが、
この下呂では昔ながらのコーヒーの味が好きな人もたくさんいます。
そのような地元のニーズにはきちんと応えながら、
同時にサードウェーブのような新たなコーヒーの世界も提案していきたい」

コーヒーは多様化しているという。しかしゆるがない共通点もある。

「いいものを新しいうちに。
コーヒーはフルーツなので、生鮮食品だと思ってもらいたい。
新鮮なコーヒーのおいしさを知ってもらいたいです。
ひと昔前は、誰がつくっているかわからない豆がたくさんありましたが、
いまは、誰がつくっているのか、トレーサビリティも可能です。
農薬を使っているかどうかもすぐわかります」

常時、20種類程度のコーヒー豆を販売しているという緑の館。
瓶詰めのコーヒーやドリップ用パックも発売し、下呂でコーヒーの普及に努めている。
いつもよりちょっとこだわりたい、そんなときは緑の館に足を運んで相談してみよう。

information

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緑の館

住所:岐阜県下呂市萩原町花池125-1

TEL:0576-52-3220

営業時間:8:00~17:00

定休日:木曜日

http://www.midorinoyakata.com/

馬瀬の美しい自然が、美しい鮎を育てる

馬瀬川上流鮎は、2007年に開催された「利き鮎会スペシャル in TOKYO」で、
日本一に輝いたことがある。姿、味、香りを総合的に審査された鮎は、
水がきれいな川でないとおいしくないと言われている魚の最たるもの。

馬瀬川はほとんど生活用水が流れておらず、
健全な森が育んだ良質な水が川をつくっている。
鮎は、その美しい水に生えている苔を食べる。
山から管理して、森林保全にも取り組んでいる結果が、鮎に表れているのだ。

そんな良質な鮎だから、塩焼きでシンプルに食べるのが一番。
美食家として知られる北大路魯山人も著書『魯山人の食卓』(昭和7年)のなかで、
「やはり、鮎は、ふつうの塩焼きにして、うっかり食うと火傷するような熱い奴を、
ガブッとやるのが香ばしくて最上である」と記している。

〈さとやまレストラン みず辺〉で提供される鮎の塩焼きは、
店の目の前の簗(やな)でとれた天然鮎。
塩のみの味つけだが、まずサイズが大きい。
魯山人にならって串に刺さったままかぶりつくのがいい。

30分かけてじっくりと焼かれた鮎は、肉厚でありながら
身がふんわりとして、口の中ですぐにほどけていく。
ハラワタもほんのりとした苦味にうまさが凝縮している。
串のままいただいたのに、あとにはきれいに骨しか残らない。

おいしい鮎を育んだ馬瀬川を目前で眺めながら、
馬瀬の美しい自然とそこから生まれた食を感じる贅沢な時間だ。

information

map

さとやまレストラン みず辺

住所:岐阜県下呂市馬瀬西村1508-1

TEL:0576-47-2002

https://www.facebook.com/maze.satoyama.mizube/

「巌立」を見上げ、小坂の滝をまるごと楽しむ

「巌立(がんだて)」という荒々しいネーミングを持つ岩壁は
高さ約72メートル、幅約120メートル。
なんと5万4000年前の噴火による溶岩が冷え固まったものである。
無数の柱が集まっているように見える柱状節理という現象が起こり、幾何学的で美しい。

この周辺は「巌立渓」と呼ばれ、自然豊かな景勝地。
小坂町は日本一滝が多い町で、5メートルを超える滝が216もある。
巌立からも、散策路を歩いて三ツ滝まで15分程度。
季節によって移りゆく自然とともに楽しみたい。

小坂の滝を巡りたい場合は、NPO法人〈飛騨小坂200滝〉が
さまざまなコースをガイドしてくれる。
「里山ふれあいゾーン」「奥山挑戦ゾーン」「秘境探検ゾーン」と
ランク分けもされているので、自分と相談して決められる。
日本一の滝のまちだけに、夏の沢登りから冬の氷瀑まで、
滝のすべてを知ることができる。

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NPO法人 飛騨小坂200滝

〈まるはち食堂〉の鶏ちゃんは下呂のソウルフード

飛騨の南エリアでは、至るところで目にする「鶏(けい)ちゃん」。
鶏肉とキャベツを炒めて食べるシンプルなもの。
お店によって味つけなど多少アレンジが異なるが、
元祖ともいえるのが〈まるはち食堂〉だ。

現店主の伊藤みどりさんは3代目。鶏ちゃんを始めたのは、みどりさんの祖母である。
「豚ちゃんという豚肉を炒める料理がありましたが、
近くに養鶏場が多かったこともあり、それを鶏肉に変えて
鶏ちゃんを始めたんです。おばあちゃんの名前ではありません(笑)」

注文してみると、ジンギスカン鍋のようなドーム型の鉄板に、
クッキングシートが敷かれ、その上に鶏肉とキャベツがたっぷり。
火をつけたら、焦げないように混ぜ続けなければならない。
クッキングシートを破かないように注意が必要。
慣れていない人は、肉かキャベツを掴んで混ぜればいい。

火が通ったら下部の受け部分に落としていく。
追加注文があれば、全部食べきる前に頂上に乗せていく。

男性なら、ご飯があれば2人前くらいはぺろり。
醤油ベースにニンニクが効いていて、箸が止まらなくなる。

「うちはシンプルに鶏肉とキャベツだけです。
味つけも特別なアレンジをしているわけでもありません。
でももう50年以上やっていますね」

シンプルだからこそ、飽きずに長く食べられる料理。
下呂市民に長く親しまれてきた味を堪能したい。

おみやげに冷凍商品も。通信販売もしている。

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まるはち食堂

住所:岐阜県下呂市御厩野139-1

TEL:0576-26-2077

営業時間:11:00~17:00

定休日:火曜日

お正月のごちそう「ねずし」

(写真提供:下呂市)

飛騨の冬の伝統料理のひとつ「ねずし」。
保存食として食べられてきたもので、本来はお正月にいただくものである。
冬場は雪も降るので野菜もとれず、漬け物が盛んな飛騨で、
保存食の文化は多様に広まっている。

つくり方を馬瀬にある〈さんまぜ工房〉の山本さとみさんに教わった。

「ご飯の中に、大根とにんじん、そしてマスを入れます。
麹を入れて2週間ほど寝かせます。そうして発酵したものがねずしです」

(写真提供:下呂市)

(写真提供:下呂市)

各地に発酵系の寿司はある。独特の酸味やにおいが苦手な人も多いかもしれないが、
ねずしはそれらに比べて甘酸っぱくマイルドで食べやすい。
お酒のおつまみとしても最適!

(写真提供:下呂市)

さんまぜ工房では、〈冬やわい〉という商品名で12月1日から発売を始めた。
ほかにも朴葉すしや五平餅など、馬瀬の食材ばかりを使った
手づくり商品を開発して販売。地元密着型の道の駅といえる。
馬瀬のお母さんたちの味を探しているならぜひこちらへ。

たかきび、かぼちゃ、よもぎ、紫いもなどの自家製あられを乾燥させていた。

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さんまぜ工房

住所:岐阜県下呂市馬瀬西村1461

TEL:0576-47-2133

営業時間:9:00~16:00(1月、2月は15:00まで)

■日本三名泉と美しい川や滝のある「下呂市」をもっと知るには↓

グッとくる飛騨:下呂市

〈ビーチグランピング〉登場。 沖縄のプライベートビーチで 優雅に贅沢に楽しむ!

〈沖縄かりゆしビーチリゾート〉内に
グランピング施設がオープン!

グラマラスとキャンピングを掛け合わせた
今年人気のアウトドアスタイル、“グランピング”。
2017年1月、沖縄県初となる〈ビーチグランピング〉の
施設が国頭郡恩納村の〈沖縄かりゆしビーチリゾート〉にオープンします!

このビーチグランピングは、ホテルが所有するプライベートビーチに
テントなどを設置したグランピングサービス。

冬は沖縄のビーチもオフシーズンになりますが、
海に入ることが難しい季節にも、新しいビーチの楽しみ方を提案する試み。
ビーチの開放感、グランピングならではの行き届いたホスピタリティ! 
とことんリラックスすることができそうです。
料金は1泊2食付20,000円(1名)です。

ビーチに設置されたグランピングキャビンには、3つのコンセプトが用意されています。
ひとつは、青×白で統一した“ビーチスタイル”。

ビーチスタイル

2つめは優雅な“バリスタイル”。

バリスタイル

そして沖縄の伝統とリゾートらしさを融合した“琉球スタイル”。

琉球スタイル

グランピングをご利用の方は、
〈沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ〉のスパ施設も利用可能。
また、天候不順時等にはホテルに宿泊することができるので、
アウトドアの不安もないのがうれしいですね。

写真集 『のん、呉へ。2泊3日の旅』 「この世界の片隅に」 舞台を巡る

『シン・ゴジラ』、『君の名は。』と、大ヒット邦画が続いた2016年。
その決定版と言われるのが、アニメ映画『この世界の片隅に』。

こうの史代さんによる漫画作品の映画化で、舞台は第二次世界大戦中の広島県呉市。
戦争のなかでも明るさを忘れず、生活のちいさな喜びをかみしめて
前向きに生きる主人公“すず”を描いた家族ドラマです。
劇場では号泣する人も多数!?

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』双葉社(1,800円 税抜)

主演声優をつとめるのは、女優ののんさん。
もともと2016年11月に少数の劇場で公開をスタートしたところ、
口コミで人気に火が付き、続々上映館が決定。
ただいま全国劇場にて大ヒット公開中なんです。

映画のなかで、なんといっても印象的なのが、広島・呉の美しい風景。
そんな映画の世界観を再び味わうことができる、
写真集『のん、呉へ。2泊3日の旅』(1,500円 税抜)が双葉社より発売されました。
主演声優をつとめるのんさんが、広島・呉の各地を巡り、
土地の魅力を伝えてくれます。

のんさんが訪れるのは、歴史の見える丘、商店街のれんがどおり、
呉湾など、作品にゆかりのある場所や、呉の魅力溢れる名所。
2泊3日の旅を楽しむのんさんの元気な姿と、美しい呉の風景は眼福!!

原作に登場するモガに扮したのんさんや、
本人作のモンペ製作過程は、作品のファンなら必見です。

冬本番。 茨城に〈あんこう鍋〉 の季節がやってきた!

まさに聖地!? 大洗町にあんこう鍋の季節が

いよいよ冬本番! 寒くなると恋しくなるのが鍋。
人気アニメ『ガールズ&パンツァー』の舞台としても
知られる茨城県の大洗町(おおあらいまち)に、〈あんこう鍋〉の季節がやってきました。

大洗町あんこう吊るし切り

あんこうは、西のふぐ、東のあんこうと言われる高級魚。
なかでも茨城で獲れるあんこうは、“常磐もの”として人気。
冬の寒い海を越すために肝が肥大化する、11月から3月が一番美味しい時期とされています。

あん肝は、見た目と食感から「海のフォアグラ」とも言われ、お酒の肴としてお馴染みですが、
実はあんこうは、骨以外の部分全てを食べられる魚。
身、肝、ひれ、えら、皮、ぬの(卵巣)、胃袋の全てを
余すところなく食べられるのが、〈あんこう鍋〉の魅力です。

地域によりベースとする味は変わりますが、大洗町では味噌味が一般的。
あん肝を鍋で炒り、そこにスープや野菜などを加えた後、
あんこうの身など全てを加えて完成!

茨城県央部発祥と言われる「あんこう供酢」

あんこう供酢は、水戸・大洗などが発祥といわれるあんこう料理。
あんこうの身や皮などを湯引きし、
あん肝を酢味噌に溶かした特製のタレで食べる調理法です。
大洗を訪れたら、是非味わってみてください。

〈すったて鍋〉の美味しさに 大感動。世界遺産だけじゃない! 飛騨・白川村でめぐった 注目スポット6選。

白川びとの営みが感じられる場所

飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。

世界中から観光客が訪れる世界遺産集落にどうしても注目が集まってしまうが、
もちろんほかにも観光スポットはある。
そして白川村で地に足つけて日々の生活を送っている人たちも当然いる。
昔からの、そしていまを生きる生活に根ざした文化はおもしろい。

住むことで守られてきた合掌造り〈和田家〉

白川村といえばやはり世界遺産の合掌造り集落。
村には、保存され見学できる施設がたくさん残されているが、
なかでも大きなものが〈和田家〉。
現館長である和田正人さんは、まさにこの家で生まれ育った。

現在でも1階の半分は公開されているものの、
半分のスペースでは実際の生活を送っている。
「白川郷は、居住地が世界遺産になったのです。住んでいたからこそ、
古い住居が残されていたわけだし、いまでも住むことによって守られています」

茅葺き屋根が特徴的だが、約40年周期で葺き替えなければならない。
かつては「結(ゆい)」という互助制度によって、周囲の住民が協力して
屋根の葺き替えを行っていた。各家屋を順番に葺き替えていくものだ。
「最近では、集落内でも年に4~5棟ずつ葺き替えていますが、
そのうちひとつくらいは結で行いたいと思っています。
結を続けていくことで、技術も伝えていかないといけません」

雪深い、自然が強い土地。だから昔から人と人が力を合わせて生きてきた。
そうでないと住むことができないのだ。
いろいろなことがコミュニティの協力によって成り立っている。
それを象徴してくれるのが合掌造りだとも言えるだろう。

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和田家

住所:岐阜県大野郡白川村荻町997

TEL:05769-6-1058

開館時間:9:00~17:00

定休日:不定休

素朴な大豆の甘みを味わう〈すったて鍋〉

白川村で報恩講などの仏事などで出されてきた料理、すったて汁。
昔から伝えられてきた料理ではあったが、特別なときにしか食べないものだったので、
一般的な家庭料理ではなかった。

時が流れ、それをアップデートしたものが〈白川郷平瀬温泉飛騨牛すったて鍋〉である。
平瀬温泉がある白川村南部地区の有志メンバー〈白川郷鍋食い隊〉によって開発された。

「すったて」とは大豆をすりつぶしたもの。かつてはミキサーなどもなかったので、
ゆでた大豆を手作業で摺っていた。意外と手間がかかるものだった。
現在のすったて鍋は、だし汁で大根、にんじん、ごぼうなどの根菜類を煮る。
そこにすったてを投入し、焦がさないように気をつけながら火にかける。
その上に軽く炙った飛騨牛を。

トッピングは季節の青菜、おこげ。そして注目は白川特産のきくらげである。
歯ごたえがよくプリプリだ。すったてのマイルドな食感にいいアクセント。
地元産のきくらげがこんなにもおいしいとは。

大豆がたっぷり使われているので、甘みが際立ってくる。
料理としてはシンプルなものだが、煮立たせてはいけないし、日持ちもしない。
じっくりコトコト料理していくもの。白川村の歴史と愛情がたっぷりだ。
う~ん、ご飯が何杯あっても足りない。

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白川村役場[すったて鍋]

〈トヨタ白川郷自然學校〉が教えてくれる白川村の大自然!

合掌造り集落がある荻町エリアから車で10分程登った場所に、
馬狩(まがり)という地区がある。それほど遠くはないが、
荻町あたりの里から見ると、馬狩は雪深い秘境らしい。
そこにあるのが〈トヨタ白川郷自然學校〉だ。

キャンプ、スノーシュートレッキング、シャワークライミング、
さらにはイワナとり、山菜摘みなど、大自然を活用した
さまざまなアクティビティが揃っている。
宿泊施設も備えているので、丸1日、存分に楽しむことができる。

「白川村というとまず合掌造り集落をイメージされると思いますが、
実は白山の麓に位置し、広大な自然が広がっているのです」と教えてくれたのは、
自然學校でプログラムをつくっている黒坂 真さん。

「白川村には樹齢数百年というブナやミズナラなどの原生林が広がる大白川や、
高山植物や高層湿原、直径5メートル近くもあるカツラの樹木がある
天生県立自然公園など豊かな自然があります。
当初は自然學校の敷地内だけで活動していたのですが、
これだけの雄大な自然があるので、いまでは、白川村全体を
アウトドアフィールドとして、活用させてもらっています」

白川村を、“合掌造り集落”の見学だけではなく、
“アウトドアフィールド”と見て遊びに来る人も少しずつ増えているようだ。
また、白川村特有の取り組みも行われている。

「合掌造り集落の裏山をトレッキングに組み込んでいるコースもあります。
通常とは異なる視点で人々の暮らしと森とのつながりをひも解き、
紹介しながら歩きます。また子どもたちが、ミニ合掌造り家屋を
自分たちでつくり、田舎暮らしを味わう7日間のキャンプもあります。
実際に村の職人に講師として来てもらって伝統の技を教わります。
建てたあとは、もちろんそこに寝泊まりしますよ」

実はネイチャーアクティビティも、白川村は魅力的なのだ。
ぜひ合掌造り見学に組み込みたい。

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トヨタ白川郷自然學校

住所:岐阜県大野郡白川村馬狩223

TEL:05769-6-1187

https://toyota.eco-inst.jp/

空き家活用が盛んな平瀬地区にお試しで住んでみては?

白川村の平瀬地区は、空き家をリノベーションして活用した住宅や施設が増えている。
合掌造り集落から離れたこの温泉地に、ゲストハウスやカフェがオープン。
その流れをくむべく、現在「お試し移住=試住」用に
空き家をリノベーションしている物件を訪れた。

ここを担当しているのは白川村地域おこし協力隊のメンバーで、
移住支援を担当している石井直記さん。
「去年、女性専用のシェアハウスをつくりました。
それをやってみて、場所があれば人は来てくれるという手応えを掴めました。
そこで次は空き家を活用した移住の体験住宅をつくろうとしています」

まだ改修中だが、来年4月にはオープン予定。
数週間から1か月程度のお試し移住を見込んでいるという。

「地域のお母さんたちに朝食をつくってもらったりして、滞在する人に
より地域のことをわかってもらえるような仕組みもできないか考えています。
また滞在する人がいないときには、食事を提供したり、
物販もできるスペースにしたいと考えています。
“お試しで住む”だけでなく、“お試しでつくって売る”こともできるようになれば、
地域内でいろいろなことが実験できておもしろいと思っています」

平瀬エリアは、空き家活用と地域へ人の呼び込みがうまく組み合わさって、
合掌造り集落のある荻町エリアとは違う魅力で動き出している。

50年の空白を経てオープンしたそば屋〈妙幸〉

前項で紹介した平瀬地区の空き家活用の取り組み。
その一番新しい例がそば店の〈妙幸〉。
店主の菅原幸一さんは、なんと51年ぶりのUターン!
白川村で10歳まで育ち、その後東京へ。50歳頃には、
定年後には白川村に戻りたいと、ぼんやりではあるが考え始めていた。

「移住するのはいいですが、自分なりの暮らしぶりも
考えないといけないと思っていました。何かしら仕事を持ってこないと
暮らすことはできないのではないかと思っていたんです。
いろいろな準備をしたなかのひとつがそばでした」

2014年から白川村を訪れ始め、役場や地域おこし協力隊、
小学校時代のつてなどをたどって物件を探し始め、現在の物件にたどりついた。

「外観はそれほど変わっていませんが、大正15年に建てられた家なので、
内装はそれなりにリノベーションしました。
玄関のアプローチの敷き石は、向いの旅館のお父さんがやってくれたんです。
私はお店をつくるのが最優先でしたので、外まで気が回らなかったのですが、
図面まで引いてくれて」

合掌造りのある荻町地区は古いまち並みが残っているので
移住者にとってはハードルが高く感じられるが、
平瀬地区はウエルカム態勢で移住者にやさしい。

「周囲のみなさんも、『久しぶりにこの家に明かりが点いた』と
喜んでくれているみたいです。僕よりも、みなさんのほうが
この家自体の歴史には詳しいですからね」

妙幸のメニューは現在4種類。オススメは精進煮かけそば。
7種類ほどの野菜をごま油で炒めて具にしたつけそばだ。
だしは鰹節のみであっさりとした味つけ。そばはつるっと食べやすい二八そば。

なかなか理想のそばはうてないという。それでも、
「天ぷらがほしい」「お酒が飲みたい」「卵焼きが食べたい」
などというリクエストが多いという。
それだけ地域にとって待ち望まれていたそば屋なのだろう。

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妙幸

住所:岐阜県大野郡白川村平瀬126-65

TEL:05769-5-2378

営業時間:11:30~17:00

9年制の〈白川郷学園〉がコミュニティをつくる

今年の4月から国の法律の一部改正により、小学校・中学校をひとつの学校として
「義務教育学校」と呼ぶことができるようになったことをご存知だろうか。
全国に小中一貫校があり、それをより進めたかたちとして設置されることになる。
白川村でも、平成23年度から行われていた小中一貫教育〈白川郷学園〉を
進化させるべく、来年度からこの法律により、義務教育学校となる。

小学生から教科担任の先生から学ぶことができ、
中学生はいままで以上にリーダーとして取り組むようになる。
また、学校独自で「特色ある教育」のカリキュラムも組むことができる。
白川村が取り組んでいる特色ある教育としては、英語教育やふるさと教育がある。
白川村教育委員会教育長の倉 嘉宏さんは言う。

「白川村にはたくさんの外国人観光客がいらっしゃるので、それを活用し、
小学生が観光客相手に英語で説明する授業があります。
覚えたフレーズを言うだけですが、リアルな先生がいることはいいことです」

白川郷学園は地域との連携も積極的だ。
お年寄りや地域の人々が学校見学や授業・行事に関わるプログラムもある。

「小学校では囲碁やお花、太鼓など、地域の人が先生となって教えてくれています。
自分たちが教えているという自負があるので、とてもよい効果が生まれています。
また白川村には〈どぶろく祭り〉という行事がありますが、
その練習に子どもたちが参加して、
“大人たちと一緒に練習して話した体験が楽しかった”という声もあります。
こうして地域の人とコミュニケーションをとることが、
白川の個性を育むふるさと教育につながると思います」

白川郷学園は地域コミュニティのハブとして機能している。
こうして村が推し進める「白川びと」が形成されていくのだろう。

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白川郷学園

住所:岐阜県大野郡白川村鳩谷字北長614-1

http://school.shirakawa-go.org/

■世界遺産の村「白川村」をもっと知るには↓

グッとくる飛騨:白川村