連載
posted:2017.3.6 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
sponsored by 真鶴町
〈 この連載・企画は… 〉
神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。コロカル編集部員。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
photographer profile
MOTOKO
「地域と写真」をテーマに、滋賀県、長崎県、香川県小豆島町など、日本各地での写真におけるまちづくりの活動を行う。フォトグラファーという職業を超え、真鶴半島イトナミ美術館のキュレーターとして町の魅力を発掘していく役割も担う。
目の前に広げられた和紙の前に正座し、精神統一するかのように佇む女性。
やがて立ち上がると、大きな筆にしたたるほどのたっぷりの墨をつけ、
一気に文字を揮毫する。全身を使って文字を書いていくそのようすは、
まるでコンテンポラリーダンスのようだ。
この女性は、書家の川尾朋子さん。
神奈川県真鶴半島の「お林」と呼ばれる豊かな森に隣接する
〈真鶴町立中川一政美術館〉で行われた、ライブパフォーマンスのようすだ。
続けて、町内の小学生を対象にした書道のワークショップも行われ、
子どもたちはいつもの「お習字」とは少し違う世界を体感できたようだった。
この日、川尾さんが書いたのは「生命」という文字。
「中川先生は生命感あふれる作品を描いています。
バラの絵もたくさん描かれていますが、いろいろな生きているものを
愛した人なのではと思って、この言葉を選びました」と川尾さん。
中川一政は日本における洋画の黎明期から活躍した日本を代表する洋画家のひとり。
戦後間もない1949年から、1991年に亡くなるまで真鶴のアトリエで絵を描き続け、
その多くがこの中川一政美術館に収蔵されている。
また一政は油絵だけでなく、書の作品も数多く残しており、書家としても人気が高い。
今回のイベントは、そんな一政の書家としてのすばらしさにも触れてほしいと
美術館で開催された。
現在開催中の企画展『中川一政の装丁とデザイン』(3月28日まで)では、
一政の書の作品も展示するほか、本の装丁や挿画、パッケージ画など、
一政の多様な作品に触れることができる。
川尾さんも、興味深く展示作品を見て回った。
一政の書はとても独特。少し角張った文字だが
大小が異なり整然としておらず、バランスが悪いようにも見える。
が、それがとても味わい深く、どこか人間臭さが感じられる。
川尾さんはそんな一政の書はとても上手だという。
「非常に書をよく学んでいらっしゃると思います。そのうえでどうバランスを崩すか、
そのズレの妙をよくご存知だったのではと思いますね。
文字の大きさも含めて、とても計算されていると思います」
一政はきれいな楷書も当然書けるうえで、既成概念にとらわれず、
どう作品として美しく見せるかを考えていたのではないかというのが川尾さんの推測だ。
その証拠に、もともとの文字のうまさが、ところどころに表れているという。
「作品ではうまさを出したくなかったんでしょうね。技を見せないようにしているけど、
実はその裏にはたしかな技がある。そこがかっこいいですね」
一政の書を見ながら、何度も「かっこいい」を連発していた川尾さん。
もうひとつ着目したのが、書の作品における色。
通常、墨の色は均一であるのがふつうだが、
一政の作品ではひとつの作品の中にも墨の濃淡があり、
それもわざとそのようにしているのではないかと見る。
また色がついた線で枠を描いたり、文字の背景に色があるものもあるが、
それは、「料紙」から自分で描くということでは、と川尾さん。
「日本では平安時代に和歌を書くことから書が広まりました。
その和歌を書く紙である料紙には、
いろいろな絵や模様を施すという文化があるのですが、
料紙から自分でつくるということをされていたのでしょうね。
そういうところも、絵画を描く人だなと思います」
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また今回の展示では、絵画の額縁に模様が施された作品も展示している。
これは絵に合わせて一政がデザインし、木の額に
直接模様を彫ったり描いたりしているというユニークなもの。
川尾さんは、ここにも書の要素が表れているという。
「日本を含め東洋には掛け軸の文化がありますから、
きっとこの額もそういう感覚で、全部含めて作品としたんでしょうね」
さらに、一政の風景画を見た川尾さんは、「うわぁ」と思わず感嘆の声を漏らした。
「すごくいいですね。ゴッホやセザンヌに影響を受けたというのもわかります。
筆遣いがとてもおもしろいですね」
ひとつの作品の中にいろいろなタッチが混在する。筆の使い方がうまく、
それも書に通じているのかもしれないと川尾さんは感じたそうだ。
川尾さんは、NHKの大河ドラマ『八重の桜』のオープニング映像で作品が使われたり、
商品や企業の広告などでも活躍するが、一政はその先駆けだという。
「どんどんフォントになっていく世の中で、本の題字や商品のパッケージなどで
筆文字を広めてくれた中川先生は偉大ですし、そうやってボーダレスに制作することで、
いろいろなカテゴリーの垣根を取り払ってくれたというのは、
先生が残された大きな功績だと思っています。
先生もそうすることが楽しかったんじゃないかな」
川尾さんの代表作のひとつに「呼応シリーズ」と呼ばれる作品群がある。
作品において目に見える部分だけではなく、
空中での筆の動きをテーマにしたシリーズだ。
空中でどう筆が動いたのかを想像しながら過去の作品を捉え、
どう筆を動かしたらおもしろいか、身体の動きによって表現する。
それは書道以外の普遍的なことにもつながるのでは、と考えている。
「書道の特徴のひとつとして、書き順が決まっているということがあります。
3千年前に書かれたものでも、どこから書いて
どこで書き終わっているかというのが読みとれるんです。
たとえば日本の書家のスーパースターである空海でも、
その書を読み解けば、同じように筆を動かして追体験ができる。
それって魅力的ですよね? 先生の書や絵を見ていても、
ここは筆が速く動いているなとかリズムを感じます。
特にバラの作品はとてもリズム感にあふれていて、
それが生き生きとした躍動感ある表現につながっていると感じました」
一政のことは書家として尊敬していたという川尾さんにも、
新たな発見が多々あったようだ。
今回のイベントがきっかけで初めて真鶴を訪れたという川尾さんは、
真鶴をとても気に入ったと話す。
「すごく光に満ちあふれているまちだと思いました。
素朴なところが残っていて、まちの人も温かいし、食べ物もおいしいし。
“幸せのまち”ですね。先生もそういうところが好きだったんじゃないかな。
みんなに紹介したい、いえ、やっぱり身近な人にしか
教えたくない場所ですね、観光地化されないように(笑)」
profile
TOMOKO KAWAO
川尾朋子
兵庫県出身、京都市在住。書家。6歳より書を学び、国内外で多数受賞。2004年より祥洲氏に師事。NHK大河ドラマ『八重の桜』のオープニング映像や、TEDでのパフォーマンスと作品の発表など、さまざまなフィールドで活躍。自分が文字の中に入り込み、iPhoneをモニターとリモコンにして撮影する「人文字シリーズ」にも取り組んでいる。
information
真鶴町立中川一政美術館
中川一政の装丁とデザイン
会期:2016年12月1日(木)~2017年3月28日(火)
住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴1178-1
開館時間:9:30~16:30(入館は16時まで)
休館日:水曜日(祝日の場合は開館)
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