連載
posted:2017.1.6 from:石川県七尾市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。コロカル編集部員。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
photographer profile
Tada
ただ
写真家。池田晶紀が主宰する写真事務所〈ゆかい〉に所属。神奈川県横須賀市出身。典型的な郊外居住者として、基地のまちの潮風を浴びてすこやかに育つ。最近は自宅にサウナをつくるべく、DIYに奮闘中。いて座のA型。
http://yukaistudio.com/
credit
写真提供:うれし!たのし!島流し!事務局(ツアー写真)
黄金色に輝く稲穂が広がる田んぼで、
都会から来た人たちが地元の人たちと一緒に稲刈り。
それだけならよくある体験ツアーだが、これは「稲刈りカイカイの刑」と呼ばれる刑。
能登半島は七尾湾に浮かぶ能登島で年に4回開催されている、
その名も〈うれし!たのし!島流し!〉というツアーの一環なのだ。
囚人服を着せられたツアー参加者は「流人」、受け入れる島の人が「看守」となって、
「とことん泥まみれの刑」や「素潜りの刑」などの体験プログラムで、
島の暮らしを体感するというユニークなツアー。
豊かな自然があり、穏やかな海には野生のイルカも住む能登島は、
江戸時代には加賀藩の政治犯の流刑地だった。そんな歴史を逆手にとり、
都会を忘れ、強制的に田舎暮らしを楽しんでもらおうというコンセプトなのだ。
もともとは、東京丸の内で社会人向けにさまざまな講座を開講している
〈丸の内朝大学〉の地域プロデューサークラスの企画からスタート。
〈のと里山空港〉の活用を目的として提案されたプロジェクトのひとつだった。
東京からの受講生たちとミーティングを重ね、ツアー概要を練っていくなかで、
島の受け入れ側として、能登島観光協会青年部を立ち上げることに。
中心メンバーの石坂淳さんは、能登島で生まれ育ち、
東京での大学生活と社会人経験を経てUターン。
現在は能登島の祖母ヶ浦(ばがうら)という地区で家業の民宿を営んでいる。
「いろいろ歴史を調べてみると、僕らの先祖たちが島流しになった罪人たちを
丁寧におもてなししていたことがわかったんです。
そんな先祖に対して誇りを持てました」
このプロジェクトが立ち上がるまでは、島のよさを伝えたり、
まちおこしをしようという意識はなかったという。
「島流しツアーがきっかけで島のことを考えるようになりました。
それまで能登島をまったく知らなかった人たちが参加してくれて、
食事がおいしいとか、人があたたかいとか、自然が豊かとか、
いろいろなことを感じてくれる。その反応がすごくうれしくて。
僕らが当たり前だと思っていたことがとても価値のあることなんだ、
すごく豊かな島に暮らしているんだということが認識できたんです」
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春夏秋冬それぞれの季節を体感できるよう企画されているこのツアー。
通年で参加すると「模範囚」となるそうだが、
参加者はリピーターが半数以上を占めるという。
小さな島で、それほど大人数を受け入れることはできないが、
着実に能登島のファンを増やしていっている。
その最たる例が、小山基さん。
大阪府出身で、東京で環境コンサルタントの仕事に従事しながら、
〈地域イノベーター養成アカデミー〉というプログラムで
能登の特産品開発のプロジェクトに関わった。
以前から移住を考えていた小山さんは、その後参加した
島流しツアーがきっかけで、能登島に移住することに。
「僕は子どもがふたりいるんですが、
自然が豊かなところで子育てしたいと思っていました。
島流しツアーに参加したときに、こっちのメンバーの子どもたちが
僕らの子どもたちの面倒を見てくれたりして、
とても安心できる環境だなと思ったのが決め手になりました」
その後も個人的に島を訪れ、移住者たちに話を聞きながらリサーチし、移住を決意。
2015年6月に移住して、島流しツアーでは流人から看守になり、
ツアー参加者を受け入れる側になった。
石坂さんは「すごくうれしいですよ。彼みたいに能登島を好きになって
来てくれる人は大歓迎です」とうれしそうに話す。
「能登島は年間40万人以上もの人が訪れる観光の島。
でもその人たちが水族館やガラス美術館といった
いわゆる観光地だけ訪れて帰ってしまうのは、もったいない。
これだけ豊かなものがあるのに。暮らしを資源とした観光という意味では、
とても可能性がある島だと思っています」と小山さん。
現在、小山さんは七尾市の地域おこし協力隊として、
能登島地域づくり協議会の中に〈のと島クラシカタ研究所〉を立ち上げて活動中。
具体的な活動としては、暮らしを資源としたツーリズムを企画し、
島流しツアーのようなプログラムを個別に体験できるようなツアーを行っている。
例えば、漁師がその年の大漁と安全を祈願するお祭り
「起舟(きしゅう)祭り」のときに食べられる「起舟御膳」を、
漁師のお父さんたちと一緒にタラをさばき、
民宿のお母さんたちと一緒につくって食べるなど、
能登島の暮らしを食を通して知ることができる体験プログラムを企画。
ほかにも能登島の地域資源や耕作放棄地などの農地の状況を、
聞き取り調査をしてデータベース化し、GIS(地理情報システム)に落とし込んで
活用する取り組みを進めている。
そしてもうひとつが、観光協会青年部と一緒に取り組んでいる「島の酒プロジェクト」。
能登島の特産品をつくろうと、島の農家と能登の酒造に協力してもらい、
酒米をつくって、能登島の米で能登島の酒をつくるというプロジェクトだ。
能登島でも耕作放棄地が増えているが、少しでも減らしたいというみんなの思いもある。
現在は6農家7か所の田んぼで酒米をつくっているそうだ。
そしてそれが島流しツアーにもつながっている。
流人たちに田植えや稲刈りをしてもらったり、
今後は酒づくりも島流しツアーにとり入れていきたいという。
石坂さんも期待を込めてこう話す。
「島の活動を、東京から来た人たちと一緒にしていけたら。
島の人口は減っているけど、能登島のことを考えてくれるような人が増えてくれれば、
いいアイデアをもらえたり、力になってもらえたりすると思うんです。
そうすると能登島の人たちの、流人に対する見方も変わってくる。
単なる観光客ではなくて、また来てくれたんだ、と距離感が縮まるんです」
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島流しツアーがきっかけで発足した観光協会青年部は、そのためだけの組織ではなく、
それ以上の活動も必要なのではないかと考えるようになったという。
そのなかで出てきたキーワードが「つながり」「ひきつぎ」「なりわい」。
石坂さんはこう話す。
「島のために何が大事なのか考えたときに、
人と人との“つながり”をきちんとつくっていくということ。
能登島に住んでいる人同士はもちろん、首都圏の人たちともつながっていく。
島流しツアーがまさにそうですね。
そして“ひきつぎ”。いまある能登島の暮らしは僕たちがつくり上げたものではなくて、
先祖が代々つなげてきてくれたおかげで、いまの僕たちがある。
田んぼがあって漁師がいて、それを次に引き継いでいくかどうかは僕ら次第です。
きちんと残してつなげていくことを考えていきたいと思っています」
そしてもちろん、仕事も重要だ。
「どんなにかっこいいことを言っても、食べていけないと。
いいことをするだけじゃなくて“なりわい”としてお金を生むしくみを
どうやってつくっていけるかも課題です。
漁師が漁師として、農家が農家として稼げるしくみを考えないと、
つながることも引き継ぐこともできません。島の酒プロジェクトには
この3つのキーワードが集約されていると思います」
島の酒プロジェクトは農家に利益をもたらすだけでなく、
農家のモチベーションにもつながるのではないかと石坂さんは考えている。
「米づくりは大変でやめてしまう農家さんも多いけれど、
お金じゃないところでやりがいがあると、
もうちょっとがんばってみようかなと思ってくれるのでは」
自分たちのつくった米から自分たちの島の酒ができたら、それはうれしいに違いない。
能登島はもともと半農半漁の島。それだけ資源が豊富ということだが、
小さななりわいをいくつか持っている人も多い。
石坂さん自身、民宿を営みながら漁師をしている。
「競争相手が減っているいまこそ、漁業も農業もチャンスだと思うんですけどね」
小山さんも、地域おこし協力隊としての任期が終了する2年後に向けて、
自分の仕事をつくり、少しずつ実ってきている。
「ツアーの収入や協議会の事務の仕事のほかに、
季節ごとに人手が足りなくなる一次産業もあります。
そういういくつかの仕事を組み合わせてなんとか暮らしています。
でも支出が少ないから、収入が少なくてもなんとかなると思っています」
と明るく笑う小山さん。
いろいろな課題は抱えながらも、石坂さんも楽しんでやっているのが伝わってくる。
「大変だけどおもしろいですよ。農家でも漁師でも、
目標があったり楽しみがあるほうが続けていけると思います。
島流しツアーや青年部の活動も、もっと広がっていけば
もっといい島になると思っていますし、
もっとたくさんの人に能登島を知ってもらいたい。
農業も漁業も観光も人も、全部つながっているんですよ」
豊かな資源を見つめ直し、人とのつながりを生んで、次世代につなげていく。
「島流し」というユニークなツアーの背景には、
島の未来を真剣に考える青年たちの姿があった。
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