連載
posted:2017.2.24 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
sponsored by 真鶴町
〈 この連載・企画は… 〉
神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。
writer profile
Shun Kawaguchi
川口瞬
かわぐち・しゅん●1987年山口県生まれ。大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。2015年より真鶴町に移住、「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がけたり、お試し暮らしができる〈くらしかる真鶴〉の運営にも携わる。
photographer profile
Kazue Kawase
川瀬一絵
かわせ・かずえ●島根県出雲市生まれ。2007年より池田晶紀が主宰する写真事務所〈ゆかい〉に所属。作品制作を軸に、書籍、雑誌、Webなど各種メディアで撮影を行っている。
http://yukaistudio.com/
「海で遊ぶ」というと、どんなものを思い浮かべるだろうか?
海水浴やサーフィン、スキューバダイビングなど、
海の中に入って楽しむものを想像する人が多いかもしれない。
しかし、神奈川県南西部にある真鶴町では、海に入らなくても遊ぶことができる。
「磯遊び」だ。
真鶴半島の先端、崖の上から急な階段を降りると、180度海が見渡せる磯にたどり着く。
右を見れば伊豆半島。左を見れば三浦半島や、遠くに房総半島も見える。
この場所、実は潮が引くと、正面にある「三ツ石」と呼ばれる
3つの大きな岩までの道が現れる。そうなったときが磯遊びのチャンスだ。
「磯の観察をするときは、引き潮になるときを狙います。
風向きによって波が立っている場所が変わるので、
なるべく穏やかなところのほうがいいですね」
楽しそうにそう語るのはNPO法人〈ディスカバーブルー〉の寺西聡子さん。
真鶴に事務所を構えるディスカバーブルーは、海の魅力や生き物を知ってもらうために、
町内外に向けてワークショップや研修を行う団体だ。
取材中も寺西さんは、滑りやすい海藻のつく岩の上を慣れた足で飛び越え、
どんどん先に行ってしまった。
遠くで見ればただの岩場でも、石を持ち上げるだけで違う世界が広がる。
たった数分でそのことを実感できてしまった。
寺西さんによると、真鶴の海にこれだけの生き物が集まるのは偶然ではないという。
それは真鶴半島の成り立ちにまで遡る。
真鶴の土地はもともと、火山の噴火によって流れ出た溶岩でできている。
砂が堆積した土地と違い、真鶴のように溶岩でできた土地の場合は、
固定されているので海藻が育ちやすい。海藻が育つと、それを食べる生き物が増える。
さらにその生き物を目当てに魚が集まる……というように生き物が増えていくのだ。
もちろん、神奈川県内だけでも三浦や葉山など、砂浜でなく磯の海岸はある。
しかし、その中でも真鶴は圧倒的に生き物の数が多いという。
「真鶴は磯の手前に道路を挟んでいないんです。山から海まで一直線につながっている。
これはすごく生き物にとっていいことなんです」
神奈川県の海岸線沿いの多くには、大きな道路が走る。
しかし道路があると、車の騒音やライトなど、
生き物にとっての海の環境が悪くなってくるのだという。
しかも、土地がコンクリートで埋め立てられていると、
雨が降ったときに本来土を通り抜けて流れるはずの雨水が直接海に流れ込む。
そうすると海水の塩分が急激に下がり、海の生き物が生きづらくなってしまうのだ。
真鶴は半島が突き出ているため道路が海岸線沿いを走らない。
代わりにあるのが「お林」と呼ばれる豊かな森だ。
かつて皇室が所有していたこの森は開発から免れ、
いまでも県立自然公園として保護されている。
「土地と歴史。あとは海流や海の深さ。いろんな条件が重なって、
真鶴は海の生き物にとってすごく生きやすい環境になっているんです。
私もすべての海に行ったわけではないですが、石をひっくり返すだけで、
あんなに簡単にナマコを見つけられるところはなかなかありません」
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そんな磯の頭上、崖から降りる手前には、
〈真鶴町立遠藤貝類博物館〉という博物館がある。
ここでは、真鶴に生まれ、真鶴で育った故遠藤晴雄氏が生前収集していた
約4500種、5万点という貝のコレクションを所蔵している。
町営の博物館ではあるが、寺西さんが所属するディスカバーブルーも
この博物館と共催で磯の生物観察会などを行っている。
小さい頃から真鶴の海岸で貝を拾っていた遠藤さんは、中学生のときのある日、
生物担当の先生に連れられて、逗子海岸の細谷角次郎さんの家を訪れる。
この細谷さんこそが、熱心な貝類収集家であり、
それが高じて昭和天皇の海の案内役を務めたほどの人物だった。
細谷さんの貝類コレクションに心を奪われた遠藤少年は、
泊まり込みで細谷さんの家に通うようになり、真似して貝を収集するようになった。
それが、膨大なコレクションの始まりだった。
遠藤さん自身は2006年に亡くなったが、生前、教育普及のために
コレクションを町に寄贈することを決めていたため、
2010年から町立の博物館として開館したのだという。
貝類博物館は大きく分けて3つの部屋に分けられる。
入ってすぐ左側の第1展示室にあるのが「真鶴の海で見つかる貝」のコレクション。
磯に見立てたジオラマには、所狭しと貝が並ぶ。
第2展示室では、真鶴以外の海に暮らす日本の貝の展示。
そしてこの博物館のメイン展示だという、オキナエビスガイも展示される。
「生きた化石」と言われるシーラカンスのように、化石で見つかる状態と
いまの状態がほとんど変わらないというオキナエビスガイは、
非常に希少性のある貝だという。
実は、ディスカバーブルーができたのも貝類博物館が関係している。
ディスカバーブルーの代表である水井涼太さんがまだ学生だったころ、
貝類博物館の初代館長であり、遠藤さんと親交のあった
渡部孟(たけし)さんと出会った。
貝類博物館の前身となる町立の「海の学校」を立ち上げ、
小学生を対象に磯観察会などの活動を行う渡部さんに感銘を受けた水井さんは、
渡部さんの活動を手伝うようになったのだという。
その活動が現在のディスカバーブルーの原型だ。
いまではディスカバーブルーは法人化し、水井さんと寺西さん、
そして渡部さんなども参加して活動している。
遠藤さんが教育普及のために蒔いた種はいま、着実に芽となり育ち始めているのだ。
寺西さんは博物館についてこう語る。
「貝類博物館が、真鶴の自然と触れる拠点になるといいなと思っています。
例えば海でナマコが出てきたらびっくりするじゃないですか?
それで、触ってみるとうれしくなったりする。まずはそれだけでいいと思うんです。
そのあと、それ以上にもっと知りたくなったら貝類博物館で調べてくれたらいい。
いまは人と自然との距離が広がりすぎている気がするんです。
その距離を、もうちょっと変えられるといいなと思います」
磯遊びは海水浴よりも長い季節で楽しめる。
サーフィンやスキューバダイビングのように特別な道具が必要なわけでもない。
真鶴の海岸に来て、石をひっくり返すだけだ。
もしその先が気になったら、ディスカバーブルーがいて、貝類博物館がある。
そんな「磯の世界」に一度、足を踏み入れてみてはいかがだろうか。
information
真鶴町立遠藤貝類博物館
住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴1175
TEL:0465-68-2111
開館時間:9:30~16:30
information
ディスカバーブルー
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