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連載

地元で自分の好きなことを仕事に。
似顔絵からデザインまで手がける
〈ポトレト〉山本知香さん

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.16

posted:2017.2.22   from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:ものづくり / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Hiromi Kajiyama

梶山ひろみ

かじやま・ひろみ●熊本県出身。ウェブや雑誌のほか、『しごととわたし』や家族と一年誌『家族』での編集・執筆も。お気に入りの熊本土産は、808 COFFEE STOPのコーヒー豆、Ange Michikoのクッキー、大小さまざまな木葉猿。阿蘇ロックも気になる日々。

photographer profile

Kazue Kawase

川瀬一絵

かわせ・かずえ●島根県出雲市生まれ。2007年より池田晶紀が主宰する写真事務所〈ゆかい〉に所属。作品制作を軸に、書籍、雑誌、Webなど各種メディアで撮影を行っている。
http://yukaistudio.com/

やりたいことを実現するため東京へ

やりたいことがあっても、生まれ育ったまちにそれをやれる場所がなかったら……。
そんなとき、あなたはどうするだろう?

山本知香さんは、まさにそんな境遇にいたひとりだ。
神奈川県真鶴町で生まれ、幼い頃から絵を描くことが大好きだった山本さんは、
高校卒業後にデザイン専門学校に進学した。
卒業後は、住まいも東京に移し、8年にわたりグラフィックデザイナーとして活躍。2011年から真鶴で暮らしている。

現在は、〈ポトレト〉の屋号で似顔絵作家・イラストレーター・
デザイナーとして活動し、真鶴で行われるイベントへの出店にも積極的だ。
2014年にスタートした芸術祭〈真鶴まちなーれ〉や、
毎月最終日曜日に開催される〈真鶴なぶら市〉にもこれまで何度も参加してきた。

山本さんが彫ったさまざまな絵柄の消しゴムはんこを真っ白な生地にペタペタと押していく「ハンカチづくりワークショップ」。今年も3月に開催されるまちなーれで開催予定。(写真提供:山本知香さん)

消しゴムはんこを使って缶バッジづくりのワークショップをすることも。(写真提供:山本知香さん)

真鶴らしい柄も!(写真提供:山本知香さん)

山本さんがこうした参加型のものづくりワークショップを始めたのは、
真鶴の子どもたちや友人の親子に、都心に行かなくても充分楽しめるよ、
ということをわかってほしいからだという。

山本さん自身は、自分がやりたい仕事をするためには東京に出ないと、と思っていた。
でもいまは、アイデアさえあれば、本人の努力次第で
どこででも、何でもできる、そう思っている。

ひょうたんにアクリル絵の具で顔を描いたひょうたんダルマ。「友だちがひょうたんをいっぱいつくってるんだけど、知香ちゃん絵を描かない?」と、知人から大量のひょうたんを譲ってもらったのがはじまり。こちらもまちなーれでワークショップを開催予定。(写真提供:山本知香さん)

「実は思春期の頃は、あまり真鶴のことが好きじゃなかったんです(笑)。
つながりの強いコミュニティでの暮らしを少し窮屈に感じたりして。
あと単純に東京へのあこがれもありました」と話す山本さん。

もともと絵が好きだったが、絵で生活するのは難しい。
進路を考えていたとき、たまたま高校の美術の先生に渡された
雑誌『広告批評』に感銘を受けて、グラフィックデザイナーを志し、東京で働くことに。

「広告も人と人をつなぐもの。そんなツールを
かっこよくつくる仕事があるということに、とてもドキドキしました」

まちを知ることは、まちを好きになることのはじまり

東京のデザイン事務所では、企業の販促物、パッケージデザイン、
雑誌広告などに携わった。
東京でデザイナーとして働くという夢を叶えたものの、
自分の手がけたものが量産され、次々と消費されていく様子に
違和感を感じるようになったという。

「デザインすることは楽しいし、好きだけれど、まわりの先輩たちみたいに
『三度の飯よりこの仕事が好き!』というほどではないな、と思ったんです。
私はやっぱり、生活が一番大事。
そしてもっと顔の見える仕事がしたい、そう思いました」

そう気づいてから半年後には仕事を辞め、真鶴に帰ることに決めた。
かつては窮屈だと感じたまちに戻ってきたのは、
「帰ってきなさい」という母親からのひと言があったから。

「そのときもどちらかといえばまだ真鶴に帰りたくなかったんです。
私は真鶴にないものを求めて東京に出て行ったわけですから。
でも、母が『なんで東京に縛られているの? どこでだってできるじゃない』
って言うんですよね。それから、たまに真鶴に帰ってきていたのですが、
あるとき東京に戻るホームで『あぁ~東京に帰りたくないなぁ』と思ったのが、
『もう真鶴に帰ろう!』と思ったきっかけです」

真鶴に戻ってからの2年間は、「とりあえず、いまできることを」と
派遣でネットショップページの制作や個人で受注した仕事をして
暮らしていたという山本さん。
その後、すぐにはデザインの仕事を本格的に再開する気にはなれず、
思い切って都内の似顔絵スクールに通うことに決めた。

「デザイン事務所に勤めていたときに、送別会とかで
色紙の真ん中に似顔絵を描いていたんですよ。
受け取った人がそれを見てすごく喜んでくれたのがうれしかったことを思い出して、
似顔絵を描けるようになりたいなって思ったんです。
ひょっとしたら仕事につながるかもしれない、という気持ちもありました」

スクールで知り合った人に誘われ、イベントに出展したり、似顔絵のみならず、
イラストやデザインの仕事が少しずつ増えていくなど、
この時期の活動が、いまのような仕事のベースになっているという。

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真鶴出版とのコラボも

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真鶴関連の仕事に取り組むようになったのはそのあとのこと。
個人で受けていた仕事をSNSにアップしていたところ、町役場の人の目に止まり、
あるイベントに参加してみないかと声をかけられたのだ。

「そのイベントが2014年に開催された『スタートアップウィークエンド真鶴』という
起業に関するものだったんです。実行委員としても関わることになって、
ポスターなどのデザインを担当させてもらいました。当日も会場にいたので、
『起業って、こうやってするものなんだ』と勉強になりました。
このイベントを通して、それまで存在すら知らなかった商工会や
観光協会とのつながりができたのも大きかったです」

似顔絵・イラスト・デザイン。山本さんのアイデアと技術が凝縮した名刺。山本さんが商工会に所属するきっかけをつくったという、山本さんと同世代の商工会の人のもの(上)。キャッチーなイラストは、「顔を覚えてもらえる」と好評。もう1点は明治10年創業のひもの専門店〈魚伝〉の名刺の裏(下)。写真と見紛うほどの精密なイラスト。さまざまなテイストのイラストを描けるのも山本さんの強み。

その後、真鶴町商工会の青年部にも入り、2015年に個人事業主として開業。
真鶴町商工会の入会資格は、町で営業している商工業者であれば
法人、団体、個人事業所問わず、誰もが参加できるというもの。
青年部には、事業者の次期後継者など若手が所属し、
トライ&エラーできる場所として運営されている。
上の世代との関わりもでき、サポートもしてもらえるため、
まちとのつながりがより密になっていった。

「みんなが生きる仕事」がまちを楽しくする

こうして、山本さんは依頼主の要望やイベントの趣旨に合わせて、
これまで培ってきたアイデアや技術を使い分けて仕事をしている。
思春期の頃に抱いていたまちに対するネガティブなイメージも、
まちの人や仕組みを知ることで薄れていった。
いまでは、真鶴でのびのびと仕事できる楽しさを感じているようだ。

「私の仕事って、個人の方から『こういうのをつくりたいけど
どういう風につくったらいいかわからない』というような、
相談を受けながら一緒にやっていくことが多いんですね。
本当にいろんなことをやっているので肩書きを聞かれると迷っちゃうくらいで、
それは言い方によっては『全部が中途半端』とも言えると思うんです。
でも、それが心地よくもあるんですよ。似顔絵もイラストもデザインもできるからこそ、
オリジナルの提案ができることもあるし、みんなそれぞれの持ち味で
仕事を楽しくしていけたらいいな、と思います」

2015年に真鶴へ移住してきた川口瞬さんと來住友美さんによる泊まれる出版社〈真鶴出版〉と共作した2冊。『小さな町で、仕事をつくる』は移住促進パンフレット、『やさしいひもの』はひものの歴史や調理法など、その魅力を紹介。山本さんはイラストとデザインを担当した。

また、2015年に移住してきた出版社兼ゲストハウスを運営する
〈真鶴出版〉とチームを組み、仕事を重ねることで、
「ひとりではできないものも、誰かと一緒ならば
できるということがよくわかった」と話す。

『やさしいひもの』のページから。「真鶴出版のふたりが、ひとりではなくチームでものづくりすること、突き詰める楽しさを運んできてくれました」

こちらも真鶴出版とつくった真鶴のイラストマップ『ノスタルジックショートジャーニー in 真鶴』。

「いまは相談相手が増えたので、みんなで仕事できるようになるのが一番いい。
まち全体がちっちゃい会社みたいな。
それは、依存するという意味の“みんな”ではなくて、情報を共有して、
その案件に適した人に仕事が回るようになったらということです。
今後は、真鶴のお土産物をつくりたいなと考えているのですが、
その場合にも、自分にできないことはほかの人に助けてもらったり、
アドバイスをもらったりしたい。『自分がよければそれで完結』じゃない、
みんなが豊かになるような仕事のあり方を実現できたらと思います」

「まちづくりのことはよくわからないけれど」と控えめながら、
一度は諦めた「真鶴で自分のやりたいことをやる」という夢を実現した
山本さんから発せられる言葉は力強く、希望に溢れている。

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ポトレト

真鶴半島イトナミ美術館

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