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移住の決め手は尊敬できる人?
美杉町でまたも魅力的な出会い|Page 3

暮らしを考える旅 わが家の移住について
vol.005

Page 3

命をひしひしと感じる
幸さんの野菜

おだやかな山並みを背にしながら坂を上がっていくと、
坂本さん宅に到着した。車のエンジン音が聞こえたのだろう、
エプロン姿の幸さんが玄関先へ出迎えに来てくれた。
立派な佇まいの古民家は、築140年以上を数えるという。

「どうぞ」

細身で凛とした雰囲気の幸さん。

中に入ると、ひんやりとした土間の向こうにかまどが見える。
土間とまかどは私の憧れ、やっぱり古民家に住んでみたいな~。
室内は、築140年とは思えないほど清らかな空気に包まれている。
土間も台所も、いたるところの掃除が行き届いていて、
それだけでも幸さんの丁寧な暮らしぶりが伝わってくる。

奥に見える古民家が坂本さんのご自宅。

今回、幸さんのご好意でお昼ごはんをごちそうになることに。
お座敷の卓上には、すでにおいしそうなお料理が並べられていて、
思わず唾を飲み込む。そこへ、お盆にのせたきのこご飯とすまし汁を、
幸さんが運んできてくれた。だしのいい香りが、ぷ~んと漂う。

「どうぞ、召し上がってください」

いただきます。

まずご飯と汁を口に含むと、まあるくやさしい味わいが
口いっぱいにひろがり、気持ちがすっと落ち着いていく。

おかずへ箸をのばすと、見慣れないものがいくつか並んでいる。
これはなんだろう?

「これは、タンポポの葉っぱを胡麻で和えたもの。
こっちは、菊の花と椿の花の酢の物ね」

初めていただくものばかり。

タンポポも椿も食べられるのか、知らなかった。
こういう知らない野生の食材に出会うと、とっても嬉しくなる。
自然の中で育った野草や花はほろ苦く、
そのエネルギーがダイレクトに伝わってくる。

タンポポの葉っぱの胡麻和え。

椿の花びらと菊の花のおひたし。色合いがなんともかわいらしい。

干し大根とにんじんのステーキをいただくと、これがまたすごい……。

「幸さん、この大根とにんじん、なんていうか……、命そのものっていうか」

興奮気味に伝えると、

「この大根ね、食べて泣いた人もいるの」

その方の気持ち、とってもわかります。
大地の恵みが体の細胞にすっと取り込まれていくような、
そんな初めての感覚だった。

幸さんがつくる干野菜は、にんじんや大根のほか、
玉ねぎやかぼちゃや牛蒡など種類も豊富。
材料となる野菜は、20年以上前から実践している
無農薬無化学肥料で育てたもの。
それを蒸して天日干しにして、という工程を繰り返し、
最後にじっくりと炭火の遠火で仕上げる。

「甘みが強いのは、炭火の効果もあるんでしょうね。
手間はとってもかかるけどね」

この日はたまたま作業がお休みで拝見できなかったのだけれど、
素材を育てるところから加工まで、すべて手作業で行っているのだそう。
手間ひまをかけて丁寧につくられたものだからこそ、
心にも体にも伝わってくるものがあるのだろう。

手前の濃いオレンジ色が干しにんじんのステーキ。右端のくったりとしたいかにもおいしそうなのが干し大根のステーキ。

食事のあと、幸さんが野草茶を煎じてくれた。
以前購入した野草茶を飲んだら、体がとってもすっきりしたことを伝えると、
「そうみたいね」という意外な言葉が返ってきた。
どうやら、ご本人はその効果を実感していない。

というのも、幸さんは体調を崩すことや、体調不良を感じることが
ほとんどないそうで、お茶の効果を感じる機会がないのだ。
お肌はつやつやで潤いがあり、機敏で溌剌としたその姿からは
74歳という年齢をいっさい感じさせない。

元気の源はというと、やはり日々の食事にある。
幸さんの食卓にのぼるものは、自ら育てた野菜や保存食が主体。
市販されている化学調味料や添加物の入っている食品を
口にすることはほとんどない。

「食べることって、一番大事なことだよね。みんな忘れてしまっているけど」
ひとつひとつ言葉を選びながら淡々と静かに話す幸さんを、
聡明でとても美しいと感じた。

おかしな方向に向かっているいまの世の中で、自分たちができることは何か。
幸さんが実践していることのひとつが、
自分の知恵や暮らし方を人に伝えること。

地元美杉町で野草教室を開いたり、食に関する講演会なども
たびたび行っている。そこには、全国から多くの人が集まり、
そうして幸さんの生き方が伝えられていく。
集まる人の数が年々増えているというのは、きっと本来の生き方に
みんなが少しずつ気づき始めているのだろう。

幸さんがおみやげに持たせてくれたお野菜。車内でトマトを頬張りながら「おいしいね、おいしいね」と、みんなで幸せなひとときを味わった。