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ゲストハウスと出版。
〈真鶴出版〉の
新しい仕事のかたち

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.004

posted:2016.10.18   from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Hiromi Kajiyama

梶山ひろみ

かじやま・ひろみ●熊本県出身。ウェブや雑誌のほか、『しごととわたし』や家族と一年誌『家族』での編集・執筆も。お気に入りの熊本土産は、808 COFFEE STOPのコーヒー豆、Ange Michikoのクッキー、大小さまざまな木葉猿。阿蘇ロックも気になる日々。

photographer profile

MOTOKO

「地域と写真」をテーマに、滋賀県、長崎県、香川県小豆島町など、日本各地での写真におけるまちづくりの活動を行う。フォトグラファーという職業を超え、真鶴半島イトナミ美術館のキュレーターとして町の魅力を発掘していく役割も担う。

credit

Supported by 真鶴町

縁を感じて真鶴に移住

出版とゲストハウスをやりたい。
それを実現するための場所を探そう。

そんな思いを胸に、2015年の春、神奈川県の西南部、
真鶴にやってきた川口瞬さんと來住(きし)友美さん。
ふたりは〈真鶴出版〉という屋号で、出版活動をしながら、
1日1組限定のゲストハウスも併設する「泊まれる出版社」を運営している。

真鶴への移住を決めるまで、川口さんはIT企業に勤務するかたわら、
「働く」をテーマにしたインディペンデントマガジンを友人とともに制作。
「会社に不満はなかったけれど、身の丈にあった、
自分の目の届く範囲でのビジネスをしたい」という思いがだんだんと膨らんでいき、
仕事としての編集経験はなかったものの、出版活動をすることを決意する。

川口さんが会社員時代から制作しているインディペンデントマガジン『WYP』。

一方、來住さんは青年海外協力隊としてタイで活動した後、
フィリピンの環境NGOに所属し、現地でゲストハウスを運営した。
「見知らぬ土地でたくさんの人に受け入れてもらった分、
今度は自分が海外の人を受け入れたい」
と、地方でゲストハウスを開くことを夢見るように。

左から宿泊担当の來住友美さん、出版担当の川口瞬さん。

川口さんも会社を辞めてフィリピンに英語留学し、
ふたりでフィリピンから帰国した翌日には、移住先を探しに動き始めた。
そんななか、最初に訪れたのが真鶴だった。

「地方で精力的に活動している写真家のMOTOKOさんから
『地方に行くなら、真鶴がいいよ』と言われたんです。
そこで役場の方を紹介してもらい、移住を考えていることをお話ししました。
真鶴を一旦あとにし、ひと月半をかけてほかの地域も見てまわったのですが、
ちょうどその旅が終わる頃に役場の方から
『お試し暮らしのモニタリングを募集している』と連絡をいただいたんです。
お試し暮らしのお試し版として参加することにしました」(來住)

その後、約2週間のお試し暮らしを経て、ふたりは真鶴への移住を決めた。
たくさんの土地を巡った末、その決め手は何だったのだろう?

「空気がきれいなこと、食べ物がおいしいこと、人がやさしいこと。
その3つを移住先の条件として考えていました。
それを満たす地域はほかにもあったのですが、
それなら縁を感じたところに住んでみようと思ったんです」(川口)

MOTOKOさんのひと言、新たな人との出会いとつながり、そして絶妙なタイミング。
さまざまな縁に背中を押され、真鶴での暮らしが始まった。

出版、ゲストハウス、新たに加わった町の仕事

真鶴駅から徒歩5分。人ふたりがようやく通れるほどの細い道に入ると、
その途中に築50年の平屋がある。ここが真鶴出版兼自宅だ。

「私たちはそのまま住んでいるだけで、何もしていないんですよ」と来住さん。

使い込まれた木の表情が優しく、目に入るしつらえの美しいこと。
小高い場所にあるためまちを見下ろせ、風が気持ちよく抜ける。
台所と和室が宿泊客との共有スペース、そのほかに客間と
ふたりのプライベートルームがひと部屋ずつというコンパクトな間取りだ。

玄関を入ると目の前には心和む一角が。

宿泊客用の部屋。希望をすれば、真鶴の成り立ちや見どころを教えてもらいながら一緒にまちを歩くこともできる。

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都会で暮らすのと大きな違いは?

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階段から玄関までのアプローチが気に入って決めたというこの家での生活も
1年と半年が経ち、状況はずいぶんと変わってきた様子。
「ただ単にやってみたかったから」というシンプルな気持ちで始めた
出版業と宿泊業だったが、その選択はふたりにたくさんの出会いをもたらしてくれた。

例えば、真鶴町役場が発行する移住促進パンフレット
『小さな町で、仕事をつくる』で制作を任されたこともそのひとつ。
行政が発行する広報物とは思えないデザインで、
自分たちの移住にまつわるストーリーを丁寧に記したほか、
真鶴に暮らす「真鶴人」たちを紹介している。

左の冊子が『小さな町で、仕事をつくる』。町内のいくつかの店舗に加え、町外の書店などでも無料で配布している。その隣、中央が最新刊『やさしいひもの』。

「こうして町から仕事をもらえることもそうですし、ここ最近は、本屋さん経由で
ゲストハウスのことを知ってもらえることが増えました。
真鶴出版から8月に刊行した『やさしいひもの』を
本屋さんのSNSで紹介していただくことがあるのですが、
それをきっかけに私たちのことを知って、泊まりに来てくれるお客様もいるんです。
制作した本がゲストハウスのパンフレットの役割をしている。
まったく狙ってなかったのですが、出版とゲストハウスは
相性がよかったみたい」(來住)

「真鶴に暮らす」という共通点が育む仲間意識

真鶴の豊かなコミュニティに惹かれた部分も大きかったと話すふたり。
実際に住んでみて確信したのは、人とのつき合い方が都会とは大きく異なることだった。
ここ最近はまちの住人のひとりとして、ずいぶんと馴染んだ感じがあると川口さん。

「引っ越してきた当初は、正直東京で暮らすのと
そんなに変わらないだろうと思っていました。
でも、いまは全然違うなと。まちを歩くとしょっちゅう知り合いに会うし、
お店で食事をしていたら、知り合いが入ってきて一緒にテーブルを囲むこともある。
“まちの中で生きていること”を実感します。真鶴に住んでいるということだけで、
お互いに仲間意識が生まれるんですよね。こんなの初めての感覚です」

人とのつき合いを通じて、まちと自分との距離が近づいていく。
そう感じているのは來住さんも同じ。老若男女関係なしのフラットなつき合いに
「都会で暮らすよりも自然でいられる」と、とても心地よさそうだ。

「都会で暮らしていると、年齢や趣味が同じだとか、
自分と近い人を選んでつき合うということが多いと思いますが、
私はそれがすごく苦手だったので、『あぁ、自然なままでいいんだ』と感じています。
この間も、私たちと同じく1日1組限定のゲストハウスを営んでいる方と
近くのコーヒー屋さんで6時間もおしゃべりをしました。
それでも足りないくらい(笑)。私も人との距離が近いほうだとは思うのですが、
皆さんのほうが断然よく話をしてくれます」

先にこのまちに暮らし始めた先輩として、自分たちの体験を話すことも大切にしている。
もちろん海外からの宿泊客も多いが、意外だったのが日本人の宿泊客も一定数いること。
そのほとんどが移住を考えている人らしく、なかには、ふたりとの会話がきっかけで、
実際に真鶴へ移住を決めた人もいるのだとか。

「定年退職された方が、新しい生活をする場所として、
いまちょうど真鶴で物件を探しているんです。
最初に私たちのところに来たときはションボリしていたのに、
話をしていくうちに『ここなら暮らしていける!』と思ってくださったみたいで」

現在ふたりは町から委託され、〈くらしかる真鶴〉というスペースで、
移住を希望する人の相談に乗ったりなど、真鶴への移住の窓口のような働きもしている。
人をつなぐハブのような存在になりつつあるのだ。

さらに「真鶴出版って年配の男性が応援してくれることが多いんですよ」と
川口さんが続ける。
「Facebookでコメントがきたり、メールやメッセージを送ってくれたり。
つい最近の話なんですけど、高校教師をしている僕の母親が、
隣の席の先生に真鶴出版の話をしたみたいなんです。
そうしたら、その男性教師が真鶴出版のFacebookにはまったみたいで、
『いままで自分の人生で後悔したことはなかったけれど、
こういう生き方もあるんだなって初めて後悔した』と言ってくれたんですって」

こうして自分たちの夢を実現するためにやってきたふたりのあり方が、
真鶴の未来を確実に変え始めている。真鶴と真鶴出版の間には、
お互いに新しい風を送り合うすてきな関係性が存在しているのだ。

information

map

真鶴出版

住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩240-2

http://manapub.com/

真鶴半島イトナミ美術館

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