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〈北のアルプ美術館〉
人生すべてをかけてつくった、
山岳文学の美術館。その思いとは?

おでかけコロカル|北海道・道東編

posted:2016.11.3  from:北海道斜里郡斜里町  genre:旅行

〈 おでかけコロカルとは… 〉  一人旅や家族旅行のプラン立てに。ローカルネタ満載の観光ガイドブックとして。
エリアごとに、おすすめのおでかけ情報をまとめました。ぜひ、あれこれお役立てください。

photographer profile

Yayoi Arimoto

在本彌生

フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年、青幻舎)。

writer profile

Yoshiko Nakayama

中山芳子

ライター。北海道斜里町生まれ、斜里町在住。世界遺産の自然や野生動物だけではない、知床の文化や歴史、人々の営みを伝えるリトルマガジン『シリエトクノート』編集部の一員。暮らしているからこそ見える北海道の魅力を発信すべく奮闘中です。
シリエトクノート
http://siretoknote.main.jp

山と自然を愛した、伝説の文芸誌『アルプ』を知っていますか。
1958年から1983年まで発刊され、哲学者で詩人の串田孫一をはじめ、
詩人の尾崎喜八、版画家の畦地梅太郎、作家の深田久弥ら多彩な執筆陣が
山への畏敬と自然賛歌の精神を伝え、多くの登山家たちを魅了しました。
世界自然遺産・知床半島の玄関口、知床斜里駅から徒歩約20分。
静かな住宅地の中に、
そのアルプの資料を展示する〈北のアルプ美術館〉がひっそりと佇んでいます。

緑に囲まれてひっそりと佇む、山荘のような北のアルプ美術館。

オホーツクの風雪から守るように囲む白樺林、
昭和で時を止めたかのような雰囲気に引き込まれるかのように、
この小さな私設美術館には1992年の開館以来、
全国から『アルプ』を愛する人々が訪れています。

『アルプ』はA5版、70ページ前後の小冊子ながら、紀行文や詩、
スケッチなどが豊富に盛り込まれた芸術性の高い内容。
幾多の山岳雑誌のような登山道具の広告や、山のコース解説などは、一切なし。
芸術の観点から山と真摯に向き合う
孤高の月刊誌として300号まで発刊されました。

山と自然の文芸誌『アルプ』。毎号表紙は、山をモチーフにした素朴な版画があしらわれています。一部のバックナンバーは館内で購入可能です。(photo:シリエトクノート編集部)

ひとたび館内に足を踏み入れれば、
建物の持つノスタルジックなムードと、
山へのロマンにあふれた独特の世界観に心を奪われることでしょう。
西洋風な外観が特徴的な建物は1961年築。
三井農林斜里事業所(1974年に撤退)の旧社員寮で、アルプのイメージに合わせ、
山荘風に改修したそう。

歩くと「ギシ、ギシ」と音をたてる廊下に歴史の重みを感じつつ、
2階へ上がると、8室にわたる展示室にアルプのバックナンバー、
参加作家の生原稿やスケッチ、山岳図書などが整然と展示されています。
六花亭の包装紙イラストでおなじみの画家、
坂本直行さんが描いた知床五湖や斜里岳のスケッチなど、
知床にゆかりの深い絵画作品も数多く見られます。

凝った装丁の山岳関連書籍がぴったりと収められた木製本棚、
スケッチや生原稿の美しさが映えるガラスケース、
廊下でひと休みできるベンチ。これら展示什器のほぼすべてが、
昭和モダンな館内の雰囲気に合わせてこしらえた別注品とのこと。
館長の山崎猛さんの並々ならぬ美意識が伝わってきます。

アルプ参加作家、畦地梅太郎、中村朋弘、山口燿久によるスケッチや文。

「アルプに出会って、人生が変わってしまいました」と、
山崎さんは目を細めながら振り返ります。
1937年、北海道南西部の乙部村(現・乙部町)生まれ。
読書好きが高じて斜里町内の書店で働いていた20歳のころ、
アルプ創刊号を手にし、大きな衝撃を受けました。

「心にスッと染み込むような串田孫一の文章、
自然観と人生観がめいっぱい表現された誌面に心揺さぶられ、
新たな美術や音楽の世界にも導かれました。
テントを揺らす風を『カンタータのリズム』、と表現した文章があれば、
そのレコードを探したりね」

アルプを読み続けるうち、身近な自然に関心が高まり、
自身も写真家として知床の風景へとレンズを向けるようになります。

「美術館は人生最後の大仕事。自分のすべてを賭けてきた」と語る山崎さん。

串田孫一の著書の一部。山岳文学、画集、小説、哲学書、翻訳など執筆分野は多岐にわたります。

休日のたびに山や海の撮影へくり出すようになった山崎さん。
そして、アルプへ送り続けていた写真がついに掲載され、
憧れの串田氏と交流が芽生えます。
同誌終刊後も情熱は冷めず、「アルプの精神を次世代に伝えたい」と、
約10年間の準備期間を経て、1992年に美術館を開館。
アルプ編集関係者や作家から寄贈された生原稿や原画などは約5万点に達しました。

美術館に飾られた串田氏の写真。(photo:シリエトクノート編集部)

2005年に亡くなった串田氏の書斎と居間も東京都小金井市から移設し、
開館20周年記念の2012年から公開しています。
「写真をもとに実物と差のないように、可能な限り気を配った」と話す山崎さん。
復元された書斎には、当時の佇まいや空気が蘇っているかのようです。
「この空間は、串田孫一の宇宙。計画当初は、荷の重さに迷いもありましたが、
先生の奥さまから『孫一の魂はもう斜里に行っている』と
背中を押してもらいました」
いち読者と作家の交流は、いつしか大きな実を結んでいたのです。

東京都小金井市から移設、復元した串田氏の書斎。本棚、窓枠も運び込み、積み重ねた本の並びまで、とことんこだわりました。

時を経て独特の風合いが出た2千冊もの本やクラシックレコード、
使い込まれたピアノ、家具や文房具の細かな配置に至るまで
可能な限り再現した居間からは、
多くの作家と談笑したであろう歳月が想像できます。
「小金井からはホコリひとつ払わずに持ってきました。
それも大事な歴史ですから」

2017年6月月の25周年記念には、
山岳図書とギャラリーを備えた〈齋藤俊夫山岳文庫〉の公開を予定しています。
季節ごとに表情を変える白樺林の中、
読書をしながらほっとひと息、心ほぐれるスポットです。
「自然と芸術を通じて人間性を高めようとしたアルプの小さな美術館が、
世界自然遺産・知床に存在するのは大きな意義があると思っています」

北海道石狩郡当別町の元教師、故・齋藤俊夫さんがコレクションしていた山岳図書を譲り受け、閲覧できるよう敷地内ログハウスを整備中。(photo:シリエトクノート編集部)

時折訪れる誰かのために、
そっと明かりを灯すような北のアルプ美術館。
厳しくも美しい自然風景からインスピレーションを得て創作された、
紀行文、絵画、彫刻、陶芸などの作品たちが出迎えてくれます。
知床の旅の途中に立ち寄れば、その先出会う知床連山やオホーツク海、
原生の森林は、より生き生きと心に刻まれることでしょう。

information

map

北のアルプ美術館

住所:北海道斜里郡斜里町朝日町11-2

TEL:0152-23-4000

営業時間:6月~10月10:00~17:00、11月・3月〜5月10:00~16:00 
※冬期休館 12月中旬~2月末(事前連絡があれば、対応できる場合も)

定休日:月曜、火曜

※駐車場あり

http://www.alp-museum.org/

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