北海道・大樹町の 〈ワークステイプログラム〉 とりあえず、住んでみる?

いきなり「移住」はハードルが高い…。そこで!

地方暮らしに興味はあっても、いきなり〈移住〉は大変、、
仕事や家庭にどんな影響が出るのか、
まずは住んで体験してみたい、という方に。

北海道の大樹町でスタートした〈ワークステイプログラム〉は、
地域に足りない、デザイン・ITなどの専門的なスキルを持つ方や、
まちづくりや地域貢献に興味がある方を対象に行う、お試し暮らしサービスです。

いろいろな働き方が考えられます

住宅使用料は1ヶ月35,000円と格安。
町が光熱水費、放送受信料、寝具借上料、
インターネット回線使用料及び利用料などを負担。
滞在の最後に、まちづくりに関する企画書または提案書などを作成し、
町に提出した場合には、謝礼金35,000円が支払われます。

こちらが住宅

対象となる方は、
まちづくりや田舎暮らしに興味がある方、
デザインやWEBなどの場所を選ばない働き方ができる方、
都市部の仕事をテレワークで受注する企業や個人事業主の方、
都市部から住居を移し起業しようとする方などなど...。
レンタカー利用料の助成もあるそう。

“支えあう農業”「CSA」って?  長沼〈メノビレッジ〉を営む夫妻が 考える、ローカルの経済循環

写真提供:メノビレッジ

レイモンド夫妻に出会ったことによって気づかされた“幸せ”とは?

とても抽象的な話かもしれないが、最近、“幸せ”についてよく考えるようになった。
以前の自分だったら、ガンガン仕事をしてとにかく毎日充実していれば
(忙しくしていれば?)それでいい、幸せなんて曖昧な定義は
考えたって始まらない、そんな風に思っていた。

けれど、北海道に移住して5年。
エコビレッジをこの地につくりたいと思って、いろいろな人の話を聞いていくなかで、
幸せとは何かについて、もっと見つめる必要があることに気づかされた。
気づきを与えてくれたのは、前回取材をしたドキュメンタリー映画
『幸せの経済学』の監督、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんと、
この講演会の運営を行ったエップ・レイモンドさん・荒谷明子さん夫妻との
出会いがなにより大きいものだった。

明子さんは札幌出身。レイモンドさんはアメリカ出身。ふたりが出会ったのはカナダ。明子さんは学生時代にカナダに長期滞在したことがあり、地産地消の取り組みを行うパン屋を運営していたレイモンドさんと知り合ったという。

ヘレナさんの講演会が終わって2週間ほど経った11月の初旬。
わたしは、長沼で暮らすレイモンド夫妻のもとを訪ねた。
まだ11月の初めだというのに雪が降り始めており、ふたりは農機具の片づけなど、
冬支度に追われてとても忙しそうな様子。
そんななかではあったがインタビューをさせてもらうと、
質問にひとつひとつ丁寧に答えてくれ、リラックスした空気が生まれていった。

レイモンド夫妻は長沼に移り住み、1995年〈メノビレッジ〉をスタートさせた。広い敷地を生かして、野菜だけでなくお米や小麦などの穀物もつくっている。

レイモンド夫妻は、ここ長沼で、農業を軸とした共同体
〈メノビレッジ〉を20年以上営んでいる。
最初は5ヘクタールから始まった農場は、現在では18ヘクタールと広がり、
穀物や野菜をつくり、鶏を400羽ほど平飼いしている。

こうした農作業を行うだけでなく、ふたりは食料の地産地消や
地域経済が循環するシステムをつくりたいと考え、さまざまな活動も行っている。
そのひとつは、レイモンドさんが共同代表を務める
〈TPPを考える市民の会〉の取り組み。
北海道の農業に関わる市民や団体が集まって5年前に結成され、
TPPとは何かを深く学ぶための講演会をこれまで多数開催、
2013年には『幸せの経済学』の上映会も行われた。

この上映会をきっかけに監督のヘレナさんとの交流が始まり、
今年の10月に韓国で行われた〈幸せの経済学国際会議2016〉では、
ヘレナさんの招待によって、レイモンドさんがゲストスピーカーとなり
会議に参加することとなった。

「わたしがこの会議で話したのは、主にふたつの点です。
ひとつは、グローバル化された食料の生産流通システムを、
地産地消のシステムへと変えるためには何をしなければならないのか。
もうひとつは、平和学という観点から食料の生産流通システムを
見つめ直すというものです」(レイモンドさん)

ヘレナさんの招待によってレイモンドさんが参加した〈幸せの経済学国際会議2016〉のパンフレット。今年の10月13日、14日に韓国の全州市で行われ、世界各国から環境や農業問題に取り組むゲストスピーカーが集まった。

レイモンドさんは5年前に、母国アメリカへ一時帰国し、
キリスト教神学校の大学院で平和学を専攻した。
このとき研究した平和学の視野に立って食料の生産流通システムを見つめていくと、
近代化の過程のなかで多くの問題が浮かび上がってくるという。

たとえば、アメリカでは、ヨーロッパから多くの農民が入り開拓を始めた時代から、
近代農業の経済システムの考えが導入され、
食料を大規模に生産できる農業が奨励された一方で、先住民族の土地が奪われたり、
このシステムに相容れない考えを持つ人々が排除されたりという歴史もあった。

また、レイモンドさんが一時住んでいたカナダのウィニペグ市では、
アメリカと結んだ貿易協定によって小麦の値段が半額に下がり、
規模を拡大していた小麦農家が大打撃を被ったこともあったという。

「経済成長によって人々の暮らしが便利になりましたが、
格差は広がり、勝者と敗者が生まれてしまった。
弱きものが巨大システムにさらされること、
それは目に見えない暴力を受けているようなものです。
このシステムに参加しているわれわれもこの暴力に加担していることになります。
まずわたしたちはそのことに気づき、非暴力によるシステムへと
ひとつひとつ転換していかなければならないと思っています」(レイモンドさん)

経済成長によって生まれた地球温暖化や化石燃料の枯渇といった問題も同時に起こり、
将来への不安を感じる人々も多いなかにあって、レイモンドさんは
もう一度、成長や発展が何のために必要なのかを考え直すときが来ていると、
この会議で訴えたそうだ。

〈すったて鍋〉の美味しさに 大感動。世界遺産だけじゃない! 飛騨・白川村でめぐった 注目スポット6選。

白川びとの営みが感じられる場所

飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。

世界中から観光客が訪れる世界遺産集落にどうしても注目が集まってしまうが、
もちろんほかにも観光スポットはある。
そして白川村で地に足つけて日々の生活を送っている人たちも当然いる。
昔からの、そしていまを生きる生活に根ざした文化はおもしろい。

住むことで守られてきた合掌造り〈和田家〉

白川村といえばやはり世界遺産の合掌造り集落。
村には、保存され見学できる施設がたくさん残されているが、
なかでも大きなものが〈和田家〉。
現館長である和田正人さんは、まさにこの家で生まれ育った。

現在でも1階の半分は公開されているものの、
半分のスペースでは実際の生活を送っている。
「白川郷は、居住地が世界遺産になったのです。住んでいたからこそ、
古い住居が残されていたわけだし、いまでも住むことによって守られています」

茅葺き屋根が特徴的だが、約40年周期で葺き替えなければならない。
かつては「結(ゆい)」という互助制度によって、周囲の住民が協力して
屋根の葺き替えを行っていた。各家屋を順番に葺き替えていくものだ。
「最近では、集落内でも年に4~5棟ずつ葺き替えていますが、
そのうちひとつくらいは結で行いたいと思っています。
結を続けていくことで、技術も伝えていかないといけません」

雪深い、自然が強い土地。だから昔から人と人が力を合わせて生きてきた。
そうでないと住むことができないのだ。
いろいろなことがコミュニティの協力によって成り立っている。
それを象徴してくれるのが合掌造りだとも言えるだろう。

information

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和田家

住所:岐阜県大野郡白川村荻町997

TEL:05769-6-1058

開館時間:9:00~17:00

定休日:不定休

素朴な大豆の甘みを味わう〈すったて鍋〉

白川村で報恩講などの仏事などで出されてきた料理、すったて汁。
昔から伝えられてきた料理ではあったが、特別なときにしか食べないものだったので、
一般的な家庭料理ではなかった。

時が流れ、それをアップデートしたものが〈白川郷平瀬温泉飛騨牛すったて鍋〉である。
平瀬温泉がある白川村南部地区の有志メンバー〈白川郷鍋食い隊〉によって開発された。

「すったて」とは大豆をすりつぶしたもの。かつてはミキサーなどもなかったので、
ゆでた大豆を手作業で摺っていた。意外と手間がかかるものだった。
現在のすったて鍋は、だし汁で大根、にんじん、ごぼうなどの根菜類を煮る。
そこにすったてを投入し、焦がさないように気をつけながら火にかける。
その上に軽く炙った飛騨牛を。

トッピングは季節の青菜、おこげ。そして注目は白川特産のきくらげである。
歯ごたえがよくプリプリだ。すったてのマイルドな食感にいいアクセント。
地元産のきくらげがこんなにもおいしいとは。

大豆がたっぷり使われているので、甘みが際立ってくる。
料理としてはシンプルなものだが、煮立たせてはいけないし、日持ちもしない。
じっくりコトコト料理していくもの。白川村の歴史と愛情がたっぷりだ。
う~ん、ご飯が何杯あっても足りない。

information

白川村役場[すったて鍋]

〈トヨタ白川郷自然學校〉が教えてくれる白川村の大自然!

合掌造り集落がある荻町エリアから車で10分程登った場所に、
馬狩(まがり)という地区がある。それほど遠くはないが、
荻町あたりの里から見ると、馬狩は雪深い秘境らしい。
そこにあるのが〈トヨタ白川郷自然學校〉だ。

キャンプ、スノーシュートレッキング、シャワークライミング、
さらにはイワナとり、山菜摘みなど、大自然を活用した
さまざまなアクティビティが揃っている。
宿泊施設も備えているので、丸1日、存分に楽しむことができる。

「白川村というとまず合掌造り集落をイメージされると思いますが、
実は白山の麓に位置し、広大な自然が広がっているのです」と教えてくれたのは、
自然學校でプログラムをつくっている黒坂 真さん。

「白川村には樹齢数百年というブナやミズナラなどの原生林が広がる大白川や、
高山植物や高層湿原、直径5メートル近くもあるカツラの樹木がある
天生県立自然公園など豊かな自然があります。
当初は自然學校の敷地内だけで活動していたのですが、
これだけの雄大な自然があるので、いまでは、白川村全体を
アウトドアフィールドとして、活用させてもらっています」

白川村を、“合掌造り集落”の見学だけではなく、
“アウトドアフィールド”と見て遊びに来る人も少しずつ増えているようだ。
また、白川村特有の取り組みも行われている。

「合掌造り集落の裏山をトレッキングに組み込んでいるコースもあります。
通常とは異なる視点で人々の暮らしと森とのつながりをひも解き、
紹介しながら歩きます。また子どもたちが、ミニ合掌造り家屋を
自分たちでつくり、田舎暮らしを味わう7日間のキャンプもあります。
実際に村の職人に講師として来てもらって伝統の技を教わります。
建てたあとは、もちろんそこに寝泊まりしますよ」

実はネイチャーアクティビティも、白川村は魅力的なのだ。
ぜひ合掌造り見学に組み込みたい。

information

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トヨタ白川郷自然學校

住所:岐阜県大野郡白川村馬狩223

TEL:05769-6-1187

https://toyota.eco-inst.jp/

空き家活用が盛んな平瀬地区にお試しで住んでみては?

白川村の平瀬地区は、空き家をリノベーションして活用した住宅や施設が増えている。
合掌造り集落から離れたこの温泉地に、ゲストハウスやカフェがオープン。
その流れをくむべく、現在「お試し移住=試住」用に
空き家をリノベーションしている物件を訪れた。

ここを担当しているのは白川村地域おこし協力隊のメンバーで、
移住支援を担当している石井直記さん。
「去年、女性専用のシェアハウスをつくりました。
それをやってみて、場所があれば人は来てくれるという手応えを掴めました。
そこで次は空き家を活用した移住の体験住宅をつくろうとしています」

まだ改修中だが、来年4月にはオープン予定。
数週間から1か月程度のお試し移住を見込んでいるという。

「地域のお母さんたちに朝食をつくってもらったりして、滞在する人に
より地域のことをわかってもらえるような仕組みもできないか考えています。
また滞在する人がいないときには、食事を提供したり、
物販もできるスペースにしたいと考えています。
“お試しで住む”だけでなく、“お試しでつくって売る”こともできるようになれば、
地域内でいろいろなことが実験できておもしろいと思っています」

平瀬エリアは、空き家活用と地域へ人の呼び込みがうまく組み合わさって、
合掌造り集落のある荻町エリアとは違う魅力で動き出している。

50年の空白を経てオープンしたそば屋〈妙幸〉

前項で紹介した平瀬地区の空き家活用の取り組み。
その一番新しい例がそば店の〈妙幸〉。
店主の菅原幸一さんは、なんと51年ぶりのUターン!
白川村で10歳まで育ち、その後東京へ。50歳頃には、
定年後には白川村に戻りたいと、ぼんやりではあるが考え始めていた。

「移住するのはいいですが、自分なりの暮らしぶりも
考えないといけないと思っていました。何かしら仕事を持ってこないと
暮らすことはできないのではないかと思っていたんです。
いろいろな準備をしたなかのひとつがそばでした」

2014年から白川村を訪れ始め、役場や地域おこし協力隊、
小学校時代のつてなどをたどって物件を探し始め、現在の物件にたどりついた。

「外観はそれほど変わっていませんが、大正15年に建てられた家なので、
内装はそれなりにリノベーションしました。
玄関のアプローチの敷き石は、向いの旅館のお父さんがやってくれたんです。
私はお店をつくるのが最優先でしたので、外まで気が回らなかったのですが、
図面まで引いてくれて」

合掌造りのある荻町地区は古いまち並みが残っているので
移住者にとってはハードルが高く感じられるが、
平瀬地区はウエルカム態勢で移住者にやさしい。

「周囲のみなさんも、『久しぶりにこの家に明かりが点いた』と
喜んでくれているみたいです。僕よりも、みなさんのほうが
この家自体の歴史には詳しいですからね」

妙幸のメニューは現在4種類。オススメは精進煮かけそば。
7種類ほどの野菜をごま油で炒めて具にしたつけそばだ。
だしは鰹節のみであっさりとした味つけ。そばはつるっと食べやすい二八そば。

なかなか理想のそばはうてないという。それでも、
「天ぷらがほしい」「お酒が飲みたい」「卵焼きが食べたい」
などというリクエストが多いという。
それだけ地域にとって待ち望まれていたそば屋なのだろう。

information

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妙幸

住所:岐阜県大野郡白川村平瀬126-65

TEL:05769-5-2378

営業時間:11:30~17:00

9年制の〈白川郷学園〉がコミュニティをつくる

今年の4月から国の法律の一部改正により、小学校・中学校をひとつの学校として
「義務教育学校」と呼ぶことができるようになったことをご存知だろうか。
全国に小中一貫校があり、それをより進めたかたちとして設置されることになる。
白川村でも、平成23年度から行われていた小中一貫教育〈白川郷学園〉を
進化させるべく、来年度からこの法律により、義務教育学校となる。

小学生から教科担任の先生から学ぶことができ、
中学生はいままで以上にリーダーとして取り組むようになる。
また、学校独自で「特色ある教育」のカリキュラムも組むことができる。
白川村が取り組んでいる特色ある教育としては、英語教育やふるさと教育がある。
白川村教育委員会教育長の倉 嘉宏さんは言う。

「白川村にはたくさんの外国人観光客がいらっしゃるので、それを活用し、
小学生が観光客相手に英語で説明する授業があります。
覚えたフレーズを言うだけですが、リアルな先生がいることはいいことです」

白川郷学園は地域との連携も積極的だ。
お年寄りや地域の人々が学校見学や授業・行事に関わるプログラムもある。

「小学校では囲碁やお花、太鼓など、地域の人が先生となって教えてくれています。
自分たちが教えているという自負があるので、とてもよい効果が生まれています。
また白川村には〈どぶろく祭り〉という行事がありますが、
その練習に子どもたちが参加して、
“大人たちと一緒に練習して話した体験が楽しかった”という声もあります。
こうして地域の人とコミュニケーションをとることが、
白川の個性を育むふるさと教育につながると思います」

白川郷学園は地域コミュニティのハブとして機能している。
こうして村が推し進める「白川びと」が形成されていくのだろう。

information

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白川郷学園

住所:岐阜県大野郡白川村鳩谷字北長614-1

http://school.shirakawa-go.org/

■世界遺産の村「白川村」をもっと知るには↓

グッとくる飛騨:白川村

創立65年の劇団と 演劇専用ホールをもつ “地域演劇のふるさと”西和賀

西和賀にんげん図鑑Vol.1 
小堀陽平さんと妻の結香さん
(ギンガク実行委員会・企画委員)

東京で生まれ育った小堀陽平さんが、このまちに移住して、もうすぐ3年目を迎える。
現在は、西和賀町地域おこし協力隊として
演劇専用ホール〈銀河ホール〉の運営やまちの広報活動に関わるが、
もともと西和賀に特別な縁があったわけではない。

きっかけは、日本大学大学院芸術学研究科に在籍していた晩秋のことだった。
「東日本大震災の後、かつて銀河ホール館長を務めた芸術プロデューサーと
西和賀町の旅館組合の組合長から、湯田の温泉宿を使って
演劇学生たちの合宿をやれないものか? と声をかけられて」

西和賀町には、古くから演劇文化がある。
戦後まもなく地元住民によって結成された〈劇団ぶどう座〉は
中央演劇界とのつながりも深く、60年以上も活動を続けているそうだ。
そうした素地のもと、1993年に演劇専用施設として建てられた〈銀河ホール〉は、
地域演劇祭から国際的な演劇交流まで幅広く活用されてきた。

「このまちには劇団ぶどう座と銀河ホールが積み重ねてきた、
新旧さまざまな地域行事や伝統芸能があるし、ほかの地域にも誇れる設備や環境がある。
せっかくなら、合宿だけでなく演劇祭を開きたいと伝えました」

小堀さんの提案をうけ、まちでは、師走の多忙な時期からコトがパタパタと動きだす。
1月末に合宿実施のめどが立つと、小堀さんが学生たちに声をかけ、
東京都内3団体による滞在型演劇祭の開催が決定。
3月上旬上演に向けて慌ただしく小堀さんがまちを訪れたのは、
西和賀町が最も雪に覆われる2月の真っただ中だ。

「初めて訪れた西和賀がその時期。
特に雪の多い年だったらしいのですが、比較対象を知らなかったおかげで、
純粋に、東北の冬ってこういうものなんだなと思いましたよ(笑)」

いよいよ移住生活がスタート? 仮住まい物件が見つかるまで

仮住まい物件はどう探す?

移住先探しの旅をするうち
三重県津市美杉町での縁を感じるようになった津留崎家。
試しに住んでみようということになり、
具体的な物件探しを始めます。
さて、どうやってお試し暮らしの家を探したのか?
そして、そこで無事移住生活スタートとなるのでしょうか…?

〈つづきは三重で〉 三重県職員が編集長!? な ポータルサイト

全力で三重の認知度向上・イメージアップに取り組む、
プロモーション企画〈つづきは三重で〉
このサイトが、2016年11月18日(金)、
地元に詳しい方々の協力により、リニューアル。
パワーアップを遂げました。

地元愛あふれる布陣は、まさに三重づくし。
県職員が編集長、ライターは県と市の職員、
そして三重県の編集プロダクション〈OTONAMIE〉。

このサイトが、三重県に興味を持つきっかけとなり、
県内の観光・移住などの関連サイトや各市町サイトへの橋渡しとなる
県全体のサイトとなることを目指しているそうです。

「たべる(食)」「あそぶ(レジャー)」「はたらく(仕事)」
「くらす(暮らし)」「あるある」の全5カテゴリで、
三重県の魅力を全力で紹介しています。

なかでも注目は、三重県知事の鈴木英敬さん自らが
オリンピックを目指す義足ランナーを取材する記事も。
県内各地へ出かけ、夢を実現するため三重を舞台に
がんばっている人たちを紹介しています。

小豆島のお塩屋さん〈波花堂〉で 過ごす自給自足な1日

海水から塩をつくるご夫婦のすてきな暮らし方

お米や野菜を自分で育てる。
薪を割って、羽釜でお米を炊く。
自家製のお味噌でお味噌汁をつくる。
ニワトリを飼って、産んだ卵を食べる。
そして、海のそばで暮らす。

こんな暮らしをしてみたいなーと思っている人が、
少なからずいるんじゃないかなと思います。
むしろ結構たくさんいるのかな。

小豆島でまさにそんな暮らし方をしているご夫妻がいます。
〈御塩(ごえん)〉というお塩をつくっている波花堂(なみはなどう)の
蒲(かば)敏樹さん、和美さんご夫妻。

料理の説明をしてくれる奥さまの和美さん。

薪の割り方を教えてくれる蒲さん。

おふたりがつくられている〈御塩〉です。

その工場&自宅をいつか見てみたいなと思っていたのですが、先日ようやく行けました。
きっかけは、私たち小豆島カメラの企画「生産者と暮らしに出会う旅」です。

「生産者と暮らしに出会う旅」は、小豆島の生産者さんに会いに行き、
その生産の現場を見学したり、小豆島の食や住まいなど
暮らしに触れることができるイベントです。
あ、忘れてはいけないのがカメラですね。
オリンパスのカメラを参加者の皆さんに貸し出し、
イベント中にそれぞれがいいなと思った瞬間を自由に撮ってもらいます。

気持ちのいい秋晴れ。海のすぐそばでカメラの使い方を説明。

参加者皆さんにカメラを貸し出し。

小豆島カメラのメンバーがカメラの使い方をレクチャーしたり。

最初は1泊2日の泊まりつきプランだったのですが、
もっと気軽に島内の方々にも参加してほしいという思いから、
最近は半日~1日の内容に変更しました。
内容は、自分たちが会ってみたい人、行ってみたい場所を中心に選んでいるので、
毎回企画者である自分たち自身とても楽しみな企画。

蒲さんのご自宅前でみんなで調理。

今年収穫した新米と御塩でシンプルだけど贅沢おにぎり。

今年は「米」をテーマにしていて、春は田植え&梅干しづくりをしたので、
秋はできた新米と梅干しでおにぎりをつくるイベントにしようと。
そのおにぎりは、島のお塩〈御塩〉を使ってつくろう!
それなら塩づくりの現場を見てみたいよね、蒲さんのところに行ってみたいよね、と。
そんな流れで決まった今回の企画。
11月中旬、気持ちのいい秋の日に開催されました。

「生産者と暮らしに出会う旅」では定番になりつつある豚汁!

みんなでいただきます。

今回のイベントのメインディッシュ! おにぎりのまわりにあるのは和美さんがつくってくれたお惣菜たち。

映画『幸せの経済学』に込められた 想いとは? ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんが 語るローカリゼーション

グローバリゼーションという考えから、意識の転換を図るために

3年前に観たドキュメンタリー映画『幸せの経済学』は、
ローカルな暮らしの重要性について、さまざまな気づきをもたらしてくれたものだった。
いずれまた観てみたいと思っていたこの映画の監督、
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんが、わたしの住んでいる岩見沢からも近い
長沼で講演会を行うという、またとない機会があることを知った。

ヘレナさんはスウェーデン生まれの言語学者であり、
〈ISEC〉(エコロジーと文化のための国際協会)の代表を務め、
グローバリゼーションに対する問題提起を行うオピニオンリーダーだ。
世界的に活躍をする彼女に間近で会えるチャンスがあるなんて(しかも長沼で!)と、
講演会が行われる日を指折り数えて待っていた。

上映会と講演会が行われた会場〈長沼町りふれ〉には、地元でとれた野菜が置かれ、来場者ひとりひとりに「その地域の人たちがその地域の人たちのためにつくったその地域の食べもの」というメッセージつきの稲穂が配られた。

ヘレナさんが長沼にやってきたのは、この地で農業を軸とした共同体
〈メノビレッジ〉を運営する、エップ・レイモンドさんと荒谷明子さん夫妻の
力によるところが大きい。

日本の農業のみならず市民の生活にも大きな影響を及ぼすTPPに
危機感を抱いていたレイモンド夫妻は、2012年、来日したヘレナさんに、
北海道の市民に向けたメッセージをビデオに収めたいと頼んだことがあるという。
以来交友が始まり、今回の来日につながった。

メノビレッジを運営するエップ・レイモンドさんと荒谷明子さん。明子さんの「ヘレナさんは、常にグローバリゼーションについての鋭い分析と、その対極としてのローカリゼーションの必要性を説くことを行き来して、誰かを否定するのではなくシステムを変えていくという視点を持っているところがすばらしい」という言葉も忘れられない。

ミニ上映会と講演会が行われたのは10月21日。
会場には約80名の人々が集まった。『幸せの経済学』という映画は、
外国人立ち入り禁止地域にあったヒマラヤの辺境の地・ラダックが、
1970年代に突如として近代化の波にのまれていく様子を追いながら、
わたしたちにとって「本当の豊かさとは何か」を問うものだ。
ヘレナさんが最初にラダックを訪れたのは35年前。
言語の研究のために滞在したことがきっかけで、
以後たびたび訪ねるようになったという。

「ラダックはどこよりも活気にあふれていて、物質的な生活水準も高いものでした。
人々は広大な家を持ち、ゆっくりと余暇を過ごし、失業という心配は皆無でした。
飢餓もありません。彼らは幸福で豊かだったのです」(映画『幸せの経済学』より)

『幸せの経済学』予告編

先進国と途上国という言い方に当てはめるならば、ラダックは途上国の側にある。
途上国というと、物質的に貧しく食糧難を抱える地域というイメージがあるが、
外との接触がなかった時代のラダックは、
こうしたイメージとはまったく違う場所だった。

70年以降ラダックには、“援助”という名のもとに道路が整備され、
安価な食料が外から入り、欧米の広告や情報が押し寄せた。
これにより大気汚染や失業者、貧富の差が生まれており、
グローバリゼーションの拡大が人々にさまざまな問題をもたらしていった事実が
映画のなかで語られていく。

左から、講演会を行ったヘレナ・ノーバーグ=ホッジさん。通訳を担当したメノビレッジの荒谷明子さん。司会を務めたのは『ナウトピア』(サンフランシスコの社会運動について考察した書)の著者・堀田真紀子さん。

ヘレナさんによると、グローバリゼーションという言葉は、
国際協力や相互依存という意味と混同されやすいが、
その実態は多国籍企業が世界で有利に事業を展開するための規制緩和のことであり、
こうした企業が市場を独占する状態がつくり出されているという。

「もっとも残念だったのが、精神的に豊かだったラダックの人たちが、
不和になり思い悩んでいることです。
この変化は人類の強欲さや発展が原因ではありません。すべてが突然すぎたのです。
まともに外部の経済的圧力を受けてしまったことが原因なのです。
その圧力が激しい競争を生み、地域社会を壊し、コミュニティと自然とのつながりが
失われてしまいました」(映画『幸せの経済学』より)

こうしたラダックの実情とともに、この映画ではグローバリゼーションからの転換を
見据える研究者や環境活動家の意見も多く紹介されている。
これらの意見からグローバリゼーションの実態を分析し、
その問題点を明らかにしていくが、決して批判だけでは終わらないところが、
この映画の大きな魅力と言えるだろう。

飛騨地方の珍しい郷土食って? 外国人観光客をも惹きつける 高山市の注目スポットと食文化

高山市で行くべきスポットと注目の食文化

飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。

今回は高山市で注目すべき場所を紹介。
すでに観光地としても名高く、特に最近では外国人観光客に人気が高い。
彼らも東京などの都市部とは違う魅力を発見しているようだ。
自然が近く、その恩恵を受けた高山を堪能してほしい。

上から下から、滝を見る〈宇津江四十八滝県立自然公園〉

全国各地に四十八滝と呼ばれる滝の集まりがある。
某アイドルグループと同じく正確に48ではなく、数が多いことを指すが、
約800ヘクタールの県立自然公園に、無数の滝が存在している。
標高1200メートルにある滝上川が源流で、名前をつけられている滝が13ある。
高さ18メートルの急峻な滝や、2メートル程度のゆったりとした角度で流れる滝、
幅の広い滝など、すべてが独特の表情を見せてくれるので飽きない。

すべての滝を巡るように登って行くと、所要約1時間。
道は整備されているので、普段の格好のままでも
充分に歩ける(もちろんスニーカーなど動きやすい格好がベター)。
滝と飛騨の木々、つまり水と緑で目にも心にも栄養を。

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宇津江四十八滝県立自然公園

住所:岐阜県高山市国府町宇津江3235-86

TEL:0577-72-3948(四十八滝総合案内所)

〈やわい屋〉で民藝の意志を感じよう

今年4月にオープンしたばかりの民藝ショップ〈やわい屋〉。
高山市街地からは車で20分ほど。のんびりとした雰囲気の景色を進んでいくと
味のある建物が見えてくる。実は移築した古民家なのだ。
「オリジナルに近いかたちのまま、次に誰かが移築するときも
また使えるようにお願いしました。だから間取りもほぼそのままです」
この古民家を見に行くだけでも充分におもしろい。

店主の朝倉圭一さんは民藝の考え方に影響を受けてこのお店を始めた。
店内には、数々のうつわや小物が並んでいる。
「工房に見学しに行って、暮らしぶりや考え方に共感した作家の作品を
置かせてもらっています。みんなやさしく迎えてくれるんですよね。
それが民藝のあたたかさ。同じことをこのお店でも感じてもらいたい」

取り扱う作家数を増やすよりも、好きになった作家の作品を
なるべく多く取り揃えようとしている。現在は13組の作家の商品がある。
「まちの専門店になりたいんです。かつての魚屋さんや八百屋さんのような。
特殊なものがあるというよりも、“いいのが入ったよ”と教えてくれたり、
あそこなら間違いないものがあるというお店です」
飛騨地方で民藝のことが知りたいなら、まずはやわい屋へ。

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やわい屋

住所:岐阜県高山市国府町宇津江1372-2

TEL:0577-77-9574

https://yawaiya.amebaownd.com/

のんびりしたいなら〈檪(いちい)〉へ

高山のまちを一望できる高台に、山小屋のようなカフェを構えて38年。
まち中からプラプラと散歩がてら歩いていくのに
ちょうどいい距離にあるのが〈檪(いちい)〉だ。
地元の人が、友だちや親戚が来たときに連れて来て、
まちのアウトラインを説明していることも多いようだ。

景色がいいので、テラス席は最高だし、屋内席でも窓が大きいので
日差しが心地いい。なんだかのんびりしてしまう。
「長時間大歓迎です。パソコンで仕事してもいいし、お昼寝してもいい。
昼寝できるくらいリラックスしてもらえるのが理想です。
欧米人の方のほうがそういう使い方がうまいですよね。
トランプなんかして、5時間くらいいる人もいますよ」

西向きなので、夕陽が美しく、桜並木なので春には華やかな風景を見せる。
移りゆく自然も堪能できる。ちなみに檪というのは木の名前だが、
岐阜の県木であり、高山の市木でもある。まるでこの地を象徴しているようだ。

お店は道の突き当たりで、この先には北山公園がある。
そこからはまちの反対側を臨むこともできる。ぜひ公園とセットで訪れたい。

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住所:岐阜県高山市三福寺町4340

TEL:0577-34-9016

飛騨でしか食べない!? なつめの甘露煮

飛騨地方、特に高山市の国府町で、以前は盛んに栽培されていた「なつめ」。
かつては子どもたちが、庭先などに生えているなつめを採って食べていたそう。
いまでも庭になつめの木を植えている家庭も多い。
ひと粒2~3センチの大きさで、薬膳料理などに使われるなど珍重されてきた。
熟したものは、そのまま生でいただける。
リンゴと比べられるようにさわやかでシャリシャリとした食感だ。

なつめの甘露煮は、飛騨のみで食べるといわれる郷土料理。
朝市などで生のなつめを購入して甘露煮をつくってみるのもいいが、
まずはお手軽な缶詰めもある。おみやげにも喜ばれそうだ。
ここまでなつめを日常的に食すのは飛騨だけ。
訪れた機会にぜひ、なつめデビューしてみては?

江戸時代へタイムスリップできる〈高山陣屋〉

江戸時代、飛騨の政治が行われていた場所。役所や家などを総称して陣屋という。
全国で唯一、郡代役所の建物が現存していて、現在のものは平成8年に
修復・復元が完成。江戸時代の〈高山陣屋〉の姿がほぼ再現された。
高山観光のハイライトともいえる。
観光客でいつも賑わっているが、一度は訪れておきたい場所だ。

江戸時代、高山は天領地と呼ばれ、幕府の直轄地になった。
それを証明するのが葵紋の幕。水戸黄門のアレと同様である。
館内を見学してみると、細かいデザインなどおもしろい。
ガイドツアーに参加すれば、江戸時代の高山を勉強しながら、
より立体的に思い描くことができそうだ。

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高山陣屋

住所:岐阜県高山市八軒町1-5

TEL:0577-32-0643

古民家〈久田屋〉でゆっくりとジャズライヴを。

「TOKU & 小沼ようすけ Duo Live in 飛騨高山 at 日下部民藝館」

高山で音楽を楽しみたいと思ったら、絶好の場所がある。
ライヴハウスでも、クラブでもない。
築100年を超える古民家で、高山の郷土料理が食べられる〈久田屋〉だ。

主催しているのは久田屋の久田上総さん。
年に数回、久田屋を使ってジャズを中心として音楽ライヴを開催している。
和の空間、しかも古民家でジャズを聴くなんてオツなもの。
お酒は持ち込み自由で、おつまみを提供するという。

「いつも家で飲んでいるお酒を持ってきてもらって、
アットホームな雰囲気で、楽しんでもらいたい。
自分自身がお酒を飲み歩くのが好きなんです。
ホールのようなところでライヴを聴くのもいいけど、
“日常の延長線上にある非日常”みたいなものを目指しています」

久田さんは、高山生まれ。高校まで高山で育ち、その後関西に移住。
自身も音楽活動をスタートして、勉強のためにアメリカに2回ほど留学している。
「古民家で生まれ育ったので、正直、昔は特に憧れのようなものはありませんでした。
自分の家ですからね(笑)。でも外に一度出てみて感じるのは、
100年以上の古民家がたくさんあって、しかもそこでライヴもできてしまう。
そんな土地は珍しいのではないでしょうか」

久田屋以外にも、最近では〈日下部民芸館〉でも開催することもある。
こちらはやや広めなので、ビッグネームを招聘することも。
地元の人にとっては歩いていけるような場所なので、
年配の方は着物で着てくれることもあるという。
旅先で、地元の人にまじってライヴを楽しんでみるというのも
おもしろい体験になりそうだ。

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久田屋

住所:岐阜県高山市上三之町12

TEL:0577-32-0216

営業時間:10:30〜15:00(L.O.)

*音楽イベントは別の時間で開催

http://hisadaya-hida.com/

世界を魅了する飛騨の〈山椒粉〉

江戸時代に徳川将軍にも献上されたという記録も残っている飛騨の山椒。
奥飛騨の山中で、高度800メートル、半径5キロメートルという、
ある限られたエリアの土地で栽培された山椒のみが、高い香りを生み出す。
ちなみにほかの土地に移植してもこの香りは出ないという。

そんな飛騨産山椒を100%使用してつくられているのがこの〈飛騨山椒〉の〈山椒粉〉。
創業以来、天日干しにこだわっている。乾燥機などを使うと香りが飛んでしまうからだ。
その後、種と皮を分け、皮のみ杵と石臼でついて粉にしていく。
その味と香りの良さは全国的にも知れ渡っている。
たかが山椒と侮るなかれ、飛騨の山椒を試してみるべし。

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■日本一広い、飛騨地域の中心市「高山市」をもっと知るには↓

グッとくる飛騨:高山市

宇都宮らしさって何だろう……? 代官山で「宇都宮らしさ」を テーマにしたイベントを開催

コロカルでも過去に紹介した、
大谷石採石場跡プロジェクトや、宇都宮ダブルプレイスなど、
地域の特色を生かしたチャレンジから目が離せない宇都宮市。
11月23日(水・祝)には、東京・代官山のサンドイッチと本のお店〈Bird〉にて、
「宇都宮らしさ」とは? をゲストと来場者が一緒に考えるイベントが開催されます。

トークセッションに登壇するのは、
クラフトビールのお店〈Blue Magic〉の店長であり醸造家の中尾真仁さん、
果実酒とウイスキーの〈BAR fleur-de-lis(バー フルールドゥリス)〉を営む
バーテンダー原百合子さん、
シェアハウス〈カマガワリビング〉の住人で、3拠点生活を送る平田唯さん。
この3名で、宇都宮でのものづくりについてや、
カマガワリビングや宇都宮での暮らしについて、
宇都宮をハブとした多拠点生活の楽しみ方についてなど、ざっくばらんにお話しします。
「宇都宮らしさ」って何だろう? 「宇都宮らしい」暮らし方ってどんな実践があるのだろう?
「宇都宮らしい」人ってどんな人だろう? ということを改めて考える機会になりそうです。

〈Blue Magic〉の店長で醸造家の中尾真仁さん。

〈BAR fleur-de-lis(バー フルールドゥリス)〉の原百合子さん

シェアハウス〈カマガワリビング〉の住人で、3拠点生活を送る平田唯さん。

当日は、原さんの旬の果実を使ったカクテル(ノンアルコールも)のほか、
中尾さんのつくった限定クラフトビール〈涼風(すずかぜ)〉もいただけます。
また、会場の〈Bird〉とコラボレーションした
宇都宮の旬の食材を使ったサンドウィッチも用意しています。
クリエイティブな活動をしたい人や、多拠点生活に興味がある人、
中心市街地を中心とした宇都宮のまちの楽しみ方に興味がある方におすすめのイベントです。
参加費無料ですが、事前申し込みが必要。
申し込み方法は下記をご覧ください。

会場となる代官山〈Bird〉。東急東横線代官山駅徒歩7分 JR山手線渋谷駅徒歩12分です。

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うつのみやらしく

場所:Bird(東京都渋谷区代官山町9-10 SodaCCo 2F)

時間:14:00(13:30開場)〜16:30

参加費:無料 ※事前申込制

申し込み方法:イベント申込専用アドレス(hinagata_event@prk.co.jp)宛に、お名前(フリガナ)、携帯番号、メールアドレス、人数をご明記のうえ、メールを送信してください。

移住の決め手は尊敬できる人? 美杉町でまたも魅力的な出会い

心に染み入るほど
おいしい干し野菜!?

移住探しの旅を続ける津留崎一家。
三重県津市の美杉町では、日本料理屋を営む
魅力的な夫妻に出会い心惹かれます。そして彼らから、
またも魅力的な人を紹介され、訪ねることに。
心にひびくおいしい干し野菜をつくるという
坂本幸さんとの出会いを、
妻の津留崎徹花が綴ります。

秋田〈森の保育園〉として開かれた 佐藤清太郎さんの健康の森 秋田そだち Vol.1

秋田の豊かな自然と風土のなかで育まれてきた人、そして育まれていく子どもたち。
秋田の恵みをたっぷり受けながら暮らす人を全3回のシリーズでお伝えしていきます。

森の中では3歳児にかなわない

「健康ってどういうことだと思いますか?」
「健康の森」という看板の掲げられた森の入り口で、
佐藤清太郎さんがおもむろに尋ねてきた。

元気なこと……でしょうか?

普段からごく当たり前に使っている言葉だけに、
あらためて意味を問われると、これという明快な説明ができない。
「この森を歩いたら、きっとわかるはずですよ」と言って、佐藤さんはニヤリと笑った。

「健康の森」の入り口。

「清太郎さんの森」という呼び名で親しまれている森林は、
秋田市中心部から車で30分ほど走ったところにある。
佐藤さんはこの山間部の小さな集落で代々林業を営んできたのだが、
25年前から所有林の4分の1ほどにあたる約30ヘクタールを、
「健康の森」として会員に開放している。

緩やかな傾斜を上がっていくと、おそろいのピンクの帽子をかぶった
子どもたちの姿が見えた。向こうもこちらの存在に気がついて、
まるで森の中で珍しい生き物を見つけたかのように、好奇心むき出しで駆け寄ってくる。
子どもは元来、人懐っこいものだとわかっていても、
こちらの予想を遥かに凌ぐ人懐っこさと明るさ。
開放的で自由な空気がそうさせるのだろうか。

元気いっぱいに森の中を走り回る子どもたち。

この日、森に来ていたのは秋田市内の保育園に通う3歳児たち。
〈森の保育園〉という活動の場として、現在は秋田県内の保育園、幼稚園から
年間3000人を超える園児たちが、こうして森へ遊びに来ているのだ。

佐藤さんと子どもたちに先導されて辿り着いたのが、
かつて炭焼きをしていた小屋のある、ちょっとした広場。
その横は高さ2メートル以上の急斜面で、土というか泥の壁がむき出しになっている。

「では大人のみなさん、ここを登ってください。
子どもたちは、みんなで応援しましょう!」
無茶ぶりしてくる佐藤さん。
「いや、私はちょっと……」と断るのはそれこそ大人げないので、
助走をして一気に駆け登ろうとしたものの、
斜面がツルツル滑ってうまく登れず、どしんと尻もち。
大人たちの滑稽な姿を見て、子どもたちと佐藤さんは無邪気に笑っている。

「今度はみんなも登ってみようか」
という声とともに、一斉に斜面をよじ登ってくる子どもたち。
服が泥だらけになることも気にせず、這いつくばったりしながら、
大人よりもよっぽど器用にひょいひょいと登ってくる。
森の中では大人も子どもも関係ない。
むしろ身のこなしが軽い子どものほうが、よっぽど森に溶け込んでいる。
森は人間としての力が試される場所なのだ。

木の根を頼りに、滑りやすい斜面を自力で登る。

林業経営から森林経営へ

佐藤さんが現在のような活動を始めたそもそものきっかけは、
1991年に日本列島を縦断した台風19号だった。
青森では収穫前のりんご畑が甚大な被害を受け、
「りんご台風」という通称がつけられたほどだったが、
お隣の秋田で佐藤さんが管理していた杉林も、一夜にして変わり果ててしまう。

「立派な木を育てて、高く売るような林業をこの先続けても限界がある。
これからは森林のあり方をもっと考えていかなければいけないと思ったんです」

「健康の森」の全体図。事務所をスタート地点とすると、往復で4キロほどの道のりを歩くことになる。

「私が子どもに教えることは何もありません」と言う佐藤さん。子どもたちが森から学びとっていく。

人間にも健康があるように、森にも人間の都合とは関係なく
健康な状態があるはずだと考えた佐藤さん。
環境保護という概念が、まだまだ世間に浸透していなかった時代に、
同郷出身の医師に言われて、ずっと気になっていたことがあった。
それは「これから高齢化社会になったときに、
故郷の森や海、川などの自然が必要とされるようになる」という言葉。

同年、佐藤さんは医師などとともに14人で〈秋田森の会・風のハーモニー〉を発足。
当初は医療や高齢者福祉と森林を結びつけることを目的としていたが、
3年後には、保育園や幼稚園児などを対象とした森の保育園をスタート。
自らのことも「森林経営者」と名乗るようになっていた。

佐藤さんの家の敷地内にある炭焼き小屋。仲間たちときりたんぽを食べながら、炭焼きをするのが冬の恒例。

年収1,200万円! 悩み多き離島の 「究極の島おこし」人材募集中

移住先を探している方に朗報?! 
ただいま長崎県の離島・壱岐市が、2017年夏に開設を予定している
〈壱岐市産業支援センター・Iki-Biz(イキビズ)〉のセンター長を、
なんと年収1,200万円という市長以上の厚待遇で募集中です!

壱岐市は、過去60年で人口が半減し、
高齢化による後継者不足も深刻な背景があります。
かつては海水浴などで年間延べ70万人が訪れていましたが、
近年は観光客も激減...。

昭和30年には5万人だった人口も、
約60年がたった現在ではおよそ2万7,000人と半減してしまいました。

また、島内には大学がないことから、高校を卒業した子どもたちの
およそ9割が島外へ出てしまい、そのほとんどが福岡市などの都市部で
就職して島へ戻らず、多くの事業者が後継者問題を抱えています。

基幹産業は漁業や農業

そのような現状を打破するため、2017年夏にオープン予定なのが、
〈壱岐市産業支援センター・Iki-Biz〉。
中小企業の売上アップと創業の支援に特化した施設です。
“行列のできる相談所”と言われる、静岡県の
〈富士市産業支援センター・f-Biz(エフビズ)〉をモデルに作られました。

〈f-Biz〉はセンター長の小出宗昭氏を中心とした専門家チームによって、
コストをかけることなく売上低迷に悩む企業をV字回復させた事例が
数多く生まれているところ。そのノウハウを、壱岐市でも活かし、
島に活気を取り戻そうとしています。

江戸時代からつづく勝本浦の朝市

いま、壱岐市内にある事業者数は約1,500社。
基幹産業である農業や漁業のほか、
麦焼酎発祥の地だけに、焼酎の製造メーカーもあります。
その他、個人商店に建設業、木材加工業、造船業などなど...。

そうした中小企業者や個人事業主の話にじっくりと耳を傾け、
相談者自身が気づいていない“強み”を見つけ、その強みが最も活きるよう
売上アップのために知恵をしぼるのが、センターの役割です。

移住と農業。 島暮らし5年目のリアル

商売と暮らしのバランスを探りながら

瀬戸内国際芸術祭2016が終わり、少し落ち着いた小豆島。気づけば11月。
島のあちこちで先月から始まったオリーブの収穫も終わりに近づきつつあり、
少しずつ冬の気配が強まっています。

すっかり忘れていましたが、この10月31日から私たちは島暮らし5年目に突入です。
もうずっとずっと昔に引っ越してきたんじゃないかと思うほどこの4年間は濃密で、
よく積み重ねてきたなぁと自分たちのことながら思います。
ここで暮らし始めたとき、幼稚園児だった娘も小学生。
私たちも歳を重ね、アラフォーど真ん中です。

オリーブの実は10~11月頃に収穫します。収穫体験できるところもあります。

島に引っ越してきた4年前もこうして収穫してました。

そんな5年目の秋、今年もオリーブ農家の友人のところで収穫を手伝ってきました。
その畑でオリーブ収穫をすると、小豆島に引っ越してきたときのことを
よく思い出します。引っ越してきて2週間後くらいに
収穫作業に誘ってもらって、初めてのオリーブ収穫。
当時は何もかもが新鮮で、オリーブの実を少し分けてもらって
自分たちでオリーブオイルを搾油したり。
栽培する、収穫する、製造するということが身近にあることに、
とても興奮していました。

実の選別作業。目で見てゴミや傷がひどい実を取り除きます。

オリーブは熟していくと、黄緑色から赤紫色に変わっていきます。

北海道・中川町の新たな試み ローカルベンチャースクールが開講

熱く語らう2日間。多彩な顔ぶれの講師陣が登場

岡山県西粟倉村で〈村楽エナジー〉という会社を営む井筒耕平さんに出会ったことは、
わたしにとって大きな出来事となった。
井筒さんは、ローカルベンチャー発祥の地とされる西粟倉村で、
バイオマスエネルギー供給やゲストハウスの運営などを行っており、
仕事のかたわら各地で精力的に講演会も開催している。

今年の9月、岩見沢の山間部にある東部丘陵地域の未来を考える
トークイベントにゲストとして井筒さんは訪ねてくれた。
ここで語られた話は、自分がこれからいかに地域と関わっていくのかを考えるうえで、
多くの示唆に富むものだった。

来年わたしは、東部丘陵地域の美流渡(みると)地区に移住を計画中なのだが、
井筒さんの話を聞いたおかげで、まず何から始めたらいいのか、
その道筋が見えたように思っている(いよいよ一歩を
踏み出そうとしているところ、詳しくは連載第27回)。

井筒さんとの出会いから1か月後、彼が再び北海道へやってくることを知った。
場所は道北に位置する中川町だ。人口は約1600人。
面積の87パーセントが森林ということもあり林業が盛んで、
そのほか畑作や酪農などが主な産業となっている。

ここで井筒さんは、中川町産業振興課と連携して、
9月より〈中川町ローカルベンチャースクール〉を開講している。
全5回が予定されており、第1回目に大手シンクタンクの
丸田哲也さんによる「中川町で起業するということ」をテーマにした
講座が行われ、今回は第2回目にあたる。

わたしが住んでいる岩見沢から中川町までは、車で3時間半ほどかかるが、
新たな人々との出会いの場になるのではと考え、参加することにした。
10月22、23日の2日間で行われたスクールの講師となったのは、
井筒さんとともに、彼が代表を務める村楽エナジーから、
スタッフである妻のもめさんと奥祐斉さん。
また中川町で酪農を営む丸藤英介さんも加わり、多彩な顔ぶれとなった。

左から、村楽エナジーの井筒もめさん、奥祐斉さん、井筒耕平さん。中川町で酪農を営む丸藤英介さん。自身がいま何を考え、どんな活動に取り組んでいるのかをそれぞれが語り、トータル7時間30分におよぶ講義となった。

あの映画の聖地から 漬物ステーキまで! 飛騨市の注目スポット

飛騨市で注目の文化やスポット

飛騨エリアとは、高山市、飛騨市、下呂市、白川村の4市村のこと。
しかしそれらは広く、全体としての特徴がありながらも、
それぞれには深い文化が醸成され、おもしろいスポットも誕生している。

そのなかから今回は飛騨市で注目すべき場所を紹介。
最近では映画『君の名は。』の聖地巡りを楽しんでいる人も多いが、
通常の観光エリアから一歩踏み込んだ飛騨を感じてもらえるだろう。

飛騨の森の香り漂う〈calm’s cafe〉

飛騨がある岐阜県は、全国有数の森林県。特に飛騨は木工のまちである。
そんな木工技術やクラフトマンシップを、
手軽に、そして間近に感じられるカフェがある。
古川のまち中から少し離れたところにある〈calm’s cafe〉だ。

オーナーの堅田恒季さんは、木工職人でもある。
それだけに店内はクラフト感にあふれている。
「カフェをやりたいというより、カフェの空間をつくってみたかったんです。
だからトータルコンセプトがあるわけでもなく、
その時々の“こうしたい”が集まっています。
窓も、たまたま持っている窓があって、それに合わせた間仕切りと形だったりします」

カフェでありながら、堅田さんがつくった商品のショールームにもなっているのだ。
カフェの奥は工房になっているので、木の香りも漂ってくる。
クラフト好きにはたまらない空間だ。ワークショップを開催していることもあるので、
飛騨の木工を肌で感じたい人は参加してみては?

そもそも堅田さん自身、ものづくりせずにはいられない人。
お店に遊びに行くたびに、何かが変わっているのだ。それを楽しむのもあり。

information

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calm’s café 

住所:岐阜県飛騨市古川町栄1-1-54

TEL:0577-73-7703

http://www.rakuten.co.jp/calms-hida/

「大人の時間」も魅力的な〈飛騨市図書館〉

いまや映画『君の名は。』の聖地巡礼地として人気の飛騨市図書館。
そのなかで地元で20~30代の利用者が少ないということから始まった
「大人の時間」が話題だ。このイベントをメインですすめているのが司書の堀 夏美さん。
「本にあまり興味がない人にも図書館を使ってほしい。
読むだけでなく、調べものもできるし、
いざというときに図書館があるということを知ってほしい。
一度行ってみたいと思わせるフックをいろいろなジャンルでつくっています」

これまで、大型本を並べてギャラリー風にしたり、大人向け絵本の朗読会をしたり。
ジャズライヴや蓄音機を使った試聴会も行われた。
最近注目を集めたのが、なんと官能小説朗読ライヴだ。堀さんたち自身が朗読した。

これからは、ただ目立つだけでなく、
より地元の人たちと一緒につくりあげていきたいという。
飛騨で薬草を普及しようとしているグループと一緒に、
マイ薬草茶をつくる催しも「魔女の集い」として開催された。

「人が集まったときに生まれる会話を大事にするのも、
情報拠点としてやるべきことのひとつだと思います。
ローカルだと特に、人との会話のなかで知る情報が大事なんです」
飛騨市図書館のイベントをきっかけに、飛騨古川を訪れてみてもいいかもしれない。
飛騨のことをより知ることができる場所で、いっそう飛騨に詳しくなれそうだ。

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飛騨市図書館

住所:岐阜県飛騨市古川町本町2-22

TEL:0577-73-5600

営業時間:火曜日~土曜日・祝日 9:00~20:00、日曜日 9:00~17:00

http://hida-lib.jp/

飛騨で独特の発展を遂げた漬け物文化

飛騨エリアは、漬け物が盛ん。冬の保存食として発達してきた。
古川のまちで漬け物名人として知られる加藤敏子さん。
販売などはまったくしていないのに、昨年は330キロの漬け物を漬けたという。
「生まれも育ちも古川です。子どものころから実家でも親から漬け物は習いました。
ここに嫁いで、こちらのお母さんからも習いました。
昔からある定番は、白菜と赤かぶらを使った“切り漬け”。基本的には塩のみで漬けます」

この切り漬けは、いつもはそのまま食べるが、
「漬け物ステーキ」になったり、「煮たくもじ」になったりもする。
「切り漬けも時間が経つと酸っぱくなってしまいます。その直前に冷凍しておきます。
解凍して、2回茹で、水分を絞った後、ごま油で炒めて煮たものが煮たくもじです」

いまでも漬け物を漬ける家庭が多いという古川。
敏子さんの最新版は、きゅうりのきゅーちゃん漬け、
きゅうりのからし漬け、大根の柚子漬けなど。
最近では少なくなってきたというが、それでも漬け物の味は各家庭に伝わっている。
せっかく飛騨に来たならば、漬け物を食べないという手はない。

飛騨の味が堪能できる〈香梅〉で漬け物ステーキを

漬け物は飛騨エリアの名物だが、飲食店でよく提供されているのが漬け物ステーキだ。
漬け物をステーキに? と思うかもしれない。実際にその通りなのである。
鉄板や陶板などで漬け物を焼き、ステーキのように供される。
もともとは古くなってしまった漬け物の再利用として考えられたというが、
定番メニューのひとつとなったいまでは、漬け物ステーキ用に
わざわざ塩を強めに漬けて、保存をしていたりもする。

「味付けは飲食店や家庭によってさまざまです。
うちは卵を落として醤油をかけてもらいます」と言うのは、
古川で50年お店を構える居酒屋〈香梅〉さん。
卵でとじるところが多いなか、こちらは生卵を落とす。
好みの半熟加減にしてトローリおいしい。

飛騨地方では、いろいろなところで食べられる漬け物ステーキ。
食べ比べをしてみても楽しい。

「なすの田舎焼き」も辛めの味噌が絶品。

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香梅

住所:岐阜県飛騨市古川町金森町15-38

TEL:0577-73-4035

古川には和服がよく似合う。〈大洞〉で着付けはいかが?

映画『君の名は。』を見た人のなかには、前半のシーンで、
主人公が組み紐をしているシーンを覚えているかもしれない。
あの組み台が実際に店頭に置かれているのが、120年続く呉服屋の
〈大洞(おおぼら)〉だ。現在の店主、大洞壽賀子さんは6代目。
着物の販売と仕立て直しなどのメンテナンスを受けつけている。

3年ほど前には、ゆかたと着物の着付けサービスも始めた。
特に外国人観光客に人気だ。
「4割くらいは外国のお客様です。帯のみで留めている感覚がおもしろいようですね」
和装は、外国人であっても古川のまちと調和して美しく見える。
日本人であるなら、なおさら挑戦してみたい。

「観光客の方とお話して、住んでいてはわからない
地元の魅力に気がつくことが多いです」と言う大洞さん。
だから組み紐きっかけでも、気軽に訪れてみよう。

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染めと呉服 大洞(おおぼら)

住所:岐阜県飛騨市古川町本町2-15

TEL:0577-73-2209

まちを一望できる〈気多若宮神社〉

まち外れの石段をのぼっていくと、平安時代に建立されたとされる
〈気多若宮神社(けたわかみやじんじゃ)〉の境内にたどり着く。
そこからは古川のまちを一望できるので、
まずここを訪れてみると全体像をイメージできる。

毎年4月19日、20日に行われる有名なお祭り〈古川祭〉は、この神社の例祭であり、
祭りで大きな太鼓を打ち鳴らす〈起こし太鼓〉が奉納されている。
4月の古川祭に行けなくても、まちを象徴する存在である気多若宮神社で
その息吹を感じたい。

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気多若宮神社

住所:岐阜県飛騨市古川町上気多1297

市民の生活も支える〈天王洞〉の豊かな湧き水

古川の住民も日常生活用水として汲みに来るという湧き水。
〈天王洞〉は道路から少し入った場所に水場があるが、その先の階段を登って行くと、
上には不動明王が祀られており、もっと小さな水場がある。

飛騨地方は湧き水が豊富で、生活と密着している。
ひっそりとあるこの水場で、まずは飛騨のおいしい水を感じてみよう。

大塚さんちの〈豆つかげ〉

飛騨地方らしいおみやげといえば〈豆つかげ〉。
大豆を醤油と砂糖で味つけした小麦粉で揚げるだけという、実にシンプルな逸品。
飛騨の方言で「つかげ」とは「揚げたもの」を指す。
農家の大塚智英さん一家がコツコツと揚げているのだ。

少しかためだが、バリバリと食べ進める食感が心地よい。
パッケージも透明の袋に飾り気のない文字。「ベスト・オブ・素朴」とでもいうべき、
しかしやめられない止まらないおつまみである。
宿でビールのおともに、駅やまち中のお店でも売っているので、おみやげにも最適。

■新しいものと古いものが混在するまち「飛騨市」をもっと知るには↓

グッとくる飛騨:飛騨市

第33話・ 「今日も大漁!」 塩屋漁港でのうれしい出会い。

今回グレアムさんが紹介したのは……

第33話
「今日も大漁!」
塩屋漁港でのうれしい出会い

秋にはツバスやハマチ、ブリなども
釣れる、人気の釣り場である塩屋漁港。
グレアムさんも、休憩をかねて
ちょくちょく出かけています。
最近、この港でよく会う人がいるそう。
その人の釣りを眺めつつ、あれこれ世間話。
この日の釣果はいかに。

移住先の有力候補? 津市美杉町で 〈日本料理 朔〉を営む 魅力的な夫婦との出会い

いったん東京に帰るはずが
三重県津市の美杉町へ…

岡山から徳島、淡路島と
移住先探しの旅を続けてきた津留崎一家。
東京に帰るはずが、ふと思いたって、
三重県津市の美杉町に寄ることに。
そこには、津留崎さんが「アニキ」と慕う料理人のご主人と
彫刻家で陶芸家の奥さんのご一家が暮らしているのです。
その最初の出会い、それから1年後の、
移住先探しの旅の延長のお話です。

〈犬島精錬所美術館〉は まるでダンジョンのよう! 秋の犬島遠足へ

非日常的な光景が広がる小さな島

瀬戸内国際芸術祭2016(以下、瀬戸芸)の舞台のひとつである「犬島」。
地図で見ると小豆島の北西にある小さな島です。

海の上を直線距離で行けば、小豆島から高松に出かけるよりも近いのですが、
小豆島と犬島は普段は船でつながっておらず、実際に行くとなると遠い。
それが瀬戸芸開催期間中だけは、1日数本、
小豆島と犬島を結ぶ高速艇が運航されています。
そんなわけで、その期間中に行ってみようと、島の友人たちと計画して、秋の犬島遠足!

「週末だし船混んでるかもね。30分くらい前に行けば大丈夫だよね」
なんて言いながら船乗り場に着くと、すでに整理券配布終了〜。
あー(涙)。読みが甘かった。
定員75名の高速艇はあっという間に満員に。

瀬戸芸期間中、各島の港でよく見られるのが、この船に乗れない問題!
臨時便が出ることもあるし、やむなく次の便を待つことも。

私たちはというと、次の便を待つか、犬島行きを諦めるか……。
どっちもなぁと迷ったあげく、「海上タクシー使おうか!」
お、その手があったか。

定員オーバーで予定してた高速船に乗れないハプニング。急きょ海上タクシーで。

小さい船は迫力が違う(笑)。海と風を感じながら犬島へ。

途中、ヨットや船とすれ違いながら。

海の上を走っているのは定期運航しているフェリーや高速艇だけじゃなくて、
いわゆるタクシーみたいに電話で呼んで乗せていってもらえる海上タクシーがある。
ダメもとで電話してみるとなんとOK!
同じように船に乗れなかった人を誘って、いざ犬島へ!
割り勘すれば料金もそこまで高くなく、なんとか計画通り行けることに。

犬島が見えてきた! 製錬所の煙突が印象的な風景。

この船に乗って犬島にやってきました。〈犬島精錬所美術館〉のすぐ横を走り抜けて行きます。

犬島には閉鎖されてしまった銅の製錬所があり、
そこを改修してつくられたのが〈犬島精錬所美術館〉。
残された製錬所の煙突がそびえ立つ風景がとても印象的な島です。
全盛期は3000〜5000人もの人たちがこの島で暮らしていたそうですが、
いまは50人にも満たないそうです。

ちょっと曇った空によく合う煙突。

精錬所美術館の建築は三分一(さんぶいち)博志さんによるもの。自然エネルギーを活用し、煙突が空調システムの役割を果たしています。

目指すは100人掲載!?  東部丘陵地域の魅力を伝える 「顔の見える」地図づくり

東部丘陵地域をピーアールするイベントを計画中

岩見沢の市街地に住みながら、山間部・美流渡(みると)の古家をリノベーションし、
来春には移住をしようと考えているいま、
地元の人たちとのつながりが少しずつ深まりつつある。

来年4月、美流渡をはじめとする東部丘陵地域と呼ばれるこの場所を
広く知ってもらうための展示を札幌で計画しており、
そのチームにわたしも参加させてもらっているのだ。
チームのメンバーは、このエリアの地域おこし推進員(協力隊)や
地域活性を目指すNPOに所属する人たちなど。
今夏より計画を練っており、ようやく概要が固まってきた段階だ。

展示をする会場は札幌市資料館。大通公園にある施設で、建物は国の登録有形文化財に選定。大正時代に建てられた趣のある部屋の一部がギャラリーとして使用できる。

概要を企画書にまとめた。プロジェクト名は〈ミル・トーブ〉。東部丘陵地域を見てもらいたいという願いを込めて。

この展示の一番の目的は、岩見沢の東部丘陵地域について知ってもらうこと。
そのためにエリアマップを作成し、会場で配布する計画だ。
この地図は、単なるスポット紹介ではない、とびっきりの工夫を凝らそうと考えている。
コンセプトは「人の顔が見える地図」。

この地域には、誰もが知っているレジャー施設や
地域全体を包括するような物産があるわけではない。
東部丘陵地域とひと口に言っても、そこには、万字、毛陽、
美流渡、朝日、宮村、宝水、上志文、上幌といくつもの地区があり、
元炭鉱街として大きく栄えていた場所や、農村だった場所などさまざまだ。
個々の地区ごとに特色があるのが東部丘陵地域らしさであり、
この多様性が住民の魅力にもつながっているように思う。

レジャー施設などはほとんどないが興味深いスポットもあるので、それも地図に落とし込んでいきたいと思っている。万字線の廃線に伴い廃駅となった朝日駅は、現在、万字線鉄道公園となっている。大正3年に全線開業した万字線は、万字炭鉱や美流渡炭鉱、朝日炭鉱などの石炭輸送で大変な活況を見せた。

万字にある炭鉱森林公園はズリ山の跡地。ズリ山とは、石炭を採掘して出た岩石や廃石(ズリ)を長年堆積させてできた山のこと。当時は真っ黒い山だったが、いまでは木々に覆われ、自然が再生していく力の強さを感じさせてくれる場所。

この地域と関わるようになって1年ほど経つが、
地域の人々の考えや暮らし方に接すると、いつも興味深く刺激的に思えるのだ。
この地域は過疎化が進み、人口も1000人にも満たないが、
美流渡地区に唯一残った食堂のおかみさんや、
あえて住民の多くない土地でひっそりと営業を続ける美容師さんなど、
それぞれが自分なりのこだわりを貫き通す姿を見ていると、
清々しい気持ちになってくる。

また、ここに移住してきた人たちも個性的な面々が多く、
地域おこし推進員のふたりを例にあげれば、
ひとりは元バックパッカーでDIY精神をもつインテリアデザイナー、
もうひとりは昨年まで青年海外協力隊としてフィリピンで活動していた人物と、
ひと癖もふた癖もあっておもしろい。

こうした地域に住む人そのものがおもしろいということを
ダイレクトに伝えるために、人々の似顔絵とひと言コメントを、
地区ごとにマップに落とし込んでいきたいと考えたのだ。
ひと言入れるコメントは、できればここに観光で訪れた人や
移住を検討したいと思っている人に向けたものになったらと思っている。
例えば「ここでは陶芸が体験できるよ」とか、「花火大会の企画をしているよ」とか、
そんな親しみのある言葉が集められたらいいのではないか。

地図づくりの構想を書いた企画書。地域の人々を似顔絵にして、ひと言ずつコメントを入れたイラストマップをつくってみたい。

似顔絵のイメージは、こんな感じ! 地元の有機野菜を販売する〈やおやのVeggy〉との共同企画でつくっている農家の取材記事「泣いて笑って、野菜の話」では、わたしが文章のほかにイラストも描いている。

〈島の食卓 2016秋〉 淡路島をオーガニックの島に。 有機農家によるマーケット

淡路島のオーガニック農家を中心に開催されるマーケット〈島の食卓〉。
8月に行われた第一回に続き、二回目となる〈島の食卓 2016秋〉が
2016年11月5日(土)に開催されます。

〈島の食卓 2016秋〉は、淡路島の農業生産者を発起人に、
加工品や飲食物を提供する人から消費者まで、
さまざまな立場の人が集いスタートしたイベント。

「オーガニックの島、淡路島」を目指し、
オーガニックがたくさんの人にとって身近なものになるように
マーケットの開催以外の仕組みづくりにも取り組んでいます。

会場となるプレーパーク〈淡路島マンモス〉は、
広大な里山を活かした空間で、自然と一体化した会場は
イベントの趣旨にもぴったり。

写真は8月に行われた第一回の様子。木々の間から太陽の光が射し、地面には枝や葉の美しい影が落ちる。

ブランコやハンモックなどの遊具もあるので、
大人だけでなく子供も一緒に楽しむことができます。

瀬戸内国際芸術祭、秋会期開催中! 田んぼに登場した 「わらアート」とは?

芸術の秋。小豆島もベストシーズン!

ようやく過ごしやすい季節になりました。
秋! 私の一番好きな季節です。

今年の夏は雨がまったくと言っていいほど降らず、本当に暑い夏でした。
私にとって小豆島暮らし4回目の夏ですが、たぶん最も過酷。
その酷暑の中、瀬戸内国際芸術祭2016(以下、瀬戸芸)夏会期は
開催されていたわけですが、作品めぐりはとてもしんどかったと思います。
それでもやっぱり夏休みだけあってたくさんの方々が訪れていましたが。

その暑さが落ち着き、10月8日からスタートした瀬戸芸秋会期。
個人的にはベストシーズンだと思います。
ほんとに気持ちのいい気候の中を歩きながら、作品や風景を楽しめます。

毎年この時期になると咲くコスモス。秋の風景。

まだ稲刈りが終わっていない田んぼもちらほら。

小豆島をまわるなら、小豆島観光協会がつくっている『まるごと小豆島・豊島本 秋』(無料)があると便利です。バスや船の時間もまとめてあります。

そんな秋会期ですが、小豆島ではこの秋から新しく登場する作品がいくつかあります。
私がその中でも楽しみにしていたのが、稲刈り後の田んぼに現れる「わらアート」です。
今回で瀬戸芸は3回目となりますが、毎回つくられているおなじみの作品でもあります。
武蔵野美術大学のわらアートチームと肥土山自治会のみなさんによる作品です。

わらアートが出現した小豆島・肥土山の田んぼ。

いまにも襲いかかってきそう(汗)。

初回はマンモス、2回目はトリケラトプスとマウンテンゴリラ、
そして3回目となる今回はサル!
今年の干支にちなんでお猿さんになったそうです。
子猿を背負ったやさしい表情の親猿、勇ましい表情の若い(?)猿、
おじいちゃん猿があっちの田んぼ、こっちの田んぼに立っています。

人とわらアートの大きさはこんな感じです。

秋空のもと、田んぼのあぜ道を歩きながら。

徳島の農家民宿〈うり坊〉から 淡路島〈あわじ花の歳時記園〉へ。 移住先探しの旅は続く!

夫婦で綴る移住先探しの旅、
理想の移住先は…?

改造ワンボックスカーで移動しながら、
移住先探しの旅を続ける津留崎家。
岡山のすてきな陶芸家夫婦の工房をあとにし、
瀬戸大橋を渡って向かうは徳島と淡路島。
一家がめざすような、自給自足の生活をする人たちを訪ねます。
さて、どんな旅になったのでしょう……?

真鶴の暮らしの風景に表れる 『美の基準』とは?

photo:MOTOKO

“生活風景”を残すために

真鶴の港を上から望むと、 港を中心にすり鉢状に家々が広がっているのがわかる。
屋根の色は赤や青、緑とさまざまだが、地形に沿って家が並び、
大きなマンションが空に突き出したりはしていない。
さらにひとつひとつの家と家の間をよく見ると、そこにはなんらかの緑がある。
「絶景」とは言い難いが、どこか安心する、懐かしい風景。

もしもこの風景が、20年後も、30年後も同じまま残っていくとしたら……?
その風景の価値はいまよりもさらに上がっていくだろう。
その可能性が真鶴には大いにある。『美の基準』があるからだ。

1993年に制定された『美の基準』。その内容が評価され、世界デザイン都市サミットにも招聘されたことがある。(photo:MOTOKO)

『美の基準』は景観条例のひとつとして捉えられることが多い。
しかし、実際は景観に限ったものではないし、規制するものでもない。
『美の基準』は“真鶴らしさ”をまとめた規範であり、
より広い意味での景観、「生活風景」を残すことを目的としているのだ。

美の基準は69のキーワードからできている。
例えば、「小さな人だまり」というキーワードのページを開いてみよう。

キーワードはどれも口に出して読みたくなる言葉ばかり。「小さな人だまり」「静かな背戸」「終わりの所」など。(photo:MOTOKO)

そこには、写真やイラストを交えながらこんな説明がある。

人が立ち話を何時間もできるような、
交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。
背後が囲まれていたり、真ん中に何か寄り付くものがある様につくること。

これらは真鶴にとって“真鶴らしさ”であるかもしないが、
実はかつて日本のどのまちにもあったはずの、失いかけているものでもある。
『美の基準』ができて約23年。未だにファンは多く、
『美の基準』が好きで真鶴に移住を決めた人が多くいる。
人を惹きつけてやまない魅力が『美の基準』にはあるのだ。

『美の基準』の中でもとくに印象的なキーワード、「実のなる木」。庭にはみかんなどの実のなる木を植えることを推奨している。(photo:MOTOKO)

マンション建設反対のための手段

1980年代後半、日本はバブル景気に沸いていた。
政府が開発を奨励するリゾート法を制定したことにより、
真鶴の近隣である熱海や湯河原にも次々とマンションが建ち始める。
多くは人が住むためではない。
地価がどんどん上がっていくなかで、投資目的の建設が多かったという。

「当時、真鶴町役場にも大量の建設計画が持ち込まれ、
毎日のようにスーツを来た人たちが押しかけてきていました。
僕はまだ別の課にいたのですが、対応に苦慮しているのは見ていました。
自分が担当になったらあの対応をやらなければいけないという、
覚悟のようなものは持っていましたね」
そう語るのは、現在『美の基準』担当のまちづくり課課長を務める岩本幹彦さんだ。

岩本さんは『美の基準』が施行されて12年後、2005年から『美の基準』の担当になる。担当になる前から、『美の基準』自体の策定の過程を手伝ったりもしたという。

真鶴がほかの地域と違ったのは「水」だった。
もともと水源に乏しい真鶴は、隣の湯河原町から一部の水を買っていた。
たびたび断水もあったという。そのため町民は、マンション建設により
人口が増え、さらに水が不足することを懸念していたのだ。
「マンションを建設するかどうか、当時まち中で政治が語られていました。
そんななか、町長選ではっきりとマンション建設に反対を掲げた
三木邦之さんが選ばれたんです」

「三木町長についていけば間違いない」、と言われるほど
カリスマ性を持つ三木町長は、就任3か月の速さで「給水規制条例」を制定する。
「ある一定規模以上の開発に対して新たな水の供給を行わない」というものだ。
開発を進めようとする国の施策と正反対をいくこの条例はニュースになり、
真鶴町は一躍有名になる。

しかし、これだけでは事業者から裁判を起こされてしまえば負ける可能性のある、
危うい条例であった。そこで次の一手としてできたものが、
『美の基準』を含む「まちづくり条例」である。

真鶴のまちを上から見ると、家と家の間に緑が多いことに気づく。建築と建築の間に花や緑を置き、スペー スを豊かにすることも『美の基準』で推奨される。