〈東京都離島区大島プロジェクト〉
波浮を舞台に巻き起こる
さまざまなイノベーション

東京都離島区大島プロジェクト vol.02

大島、ひいては東京諸島全体を盛り上げるために東京都のバックアップのもと、
“あなたらしい大島の物語”をつくっていくことを目指し、
さまざまな活動を行っていく「東京都離島区大島プロジェクト」。
この企画では3回に分けて、プロジェクトの6人のキーパーソンを紹介していく。
2回目となる今回登場してもらうのは
〈島京梵天(とうきょうぼんてん)〉の河村智之さんと〈青とサイダー〉の吉本浩二さん。
ふたりが拠点にしているのは、昭和感漂う波浮(はぶ)というエリア。
元町に比べると、観光客が訪れることも少なく、空き家も目立ち始めていたこのエリアが、
数年前から一大イノベーションを起こし、各方面で注目され始めている。

東京の島を生んだ「恵比寿様」が梵天たい焼き誕生のきっかけ

島京梵天の河村智之さんはエネルギー&フレンドリーの塊のような人だ。
この取材でも着くなり「たい焼き食べるでしょ! いっぱい種類あるよ、なにがいい?」と
明るく声をかけてくれた。
彼が都心から大島へやってきたのはいまから16年前。
しかも、移住したのは賑わっている元町ではなく、波浮。

波浮港を高台の展望台から望む。港の上に見えるのが波浮の集落。

波浮港を高台の展望台から望む。港の上に見えるのが波浮の集落。

かつて波浮港は遠洋漁業の中継港として、数多くの船が立ち寄る場所だった。
最盛期には旅館や飲み屋さんが軒を連ね、
映画館と公衆浴場がそれぞれ2軒ずつあったという。
現在では、当時の面影を残す閑静な場所として人気が高まりつつある。
そんななか、ここ数年で新規に事業を起こす人が増え始め、
いま再び波浮に活気が戻ってきている。
河村さんは間違いなくその起爆剤となった人物だ。

最初に大島を訪れたのは2003年。ふらっと行ってみたら「ドハマリした」という。
それから週末になるごとに島に何度も通った。

「ここにもうひとつの東京があると思ったんです。なんというかワープ感がありますよね。
都会感のある竹芝から、一気に離島の風景へ。そのギャップがとても新鮮でした」

2006年に移住してすぐに波浮で、カフェと古民家を改装したゲストハウスを始めた。

「最初に始めたカフェは玄米菜食のランチとかをやっていました。
でも当時は玄米菜食なんて知っている人も少なかったし、ぜんぜんダメ。
まだまだ波浮にくる観光客も少なかったのでゲストハウスもなかなか厳しい。
そんなときに、たまたまイベントに屋台を出店する機会があって、
それがすごく楽しかったんですよね」

屋台のような形態でなにか売れないかなと考えたときに、思いついたのがたい焼きだった。

「実はこれにもちょっとしたエピソードがあって。
この古民家をリノベーションしているときに、
裏手から恵比寿さんの像がくっついた溶岩が出てきた。
それでいろいろ調べてみたら、東京の島々を生んだ神様だということがわかって。
じゃあ、恵比寿さんが背負っている鯛を焼こうじゃないかと」

築130年の古民家をリノベーションした一棟貸しの宿。もともとは波浮港の網元が暮らした場所。

築130年の古民家をリノベーションした一棟貸しの宿。もともとは波浮港の網元が暮らした場所。

最初はオークションサイトで買った焼き板を使って試行錯誤。
そもそもたい焼きなんて焼いたことすらなかった。
そうやって見切り発車でスタートしたこのたい焼きが当たった。

「島には気軽にテイクアウトできるようなものがあまりなかったのも、
大きかったと思います」

物珍しさも手伝って、2010年のオープンから間もなく、
メディアの取材が次々に舞い込んできた。
その影響もあり、島京梵天を目指してわざわざ波浮を訪れる観光客も増えた。
テレビ出演をきっかけに島の人からも広く認知されるようになり、
放送翌日には合計300匹焼き続けたという。

「1日でそれだけ焼いたのはいまだに最多記録かもしれません。
かれこれ11年で30万匹は焼いていますね」

島京梵天の名物であるたい焼きは、羽根つきが特徴。5〜10月はかき氷も提供。

島京梵天の名物であるたい焼きは、羽根つきが特徴。5〜10月はかき氷も提供。

たい焼きのバリエーションも豊富だ。王道のつぶあんはもちろん、
食事にもなる「ハムチーズマヨ」、さらに冷したい焼きもあって、
大島名産の明日葉を使ったものが人気。

「周囲にお店も少なかったので、甘い物だけじゃなく、
いろんなバリエーションをここでカバーできればいいなという気持ちもありました」

こぢんまりとした波浮の集落。遠くに見える竜王埼灯台は、日の出、日の入りを同じ場所から見ることができる場所。

こぢんまりとした波浮の集落。遠くに見える竜王埼灯台は、日の出、日の入りを同じ場所から見ることができる場所。

〈ならやま凮土譚〉 西会津・楢山集落で 2泊3日のアートツーリズム! 異郷の地で唯一無二の体験を

季節ごとに開かれる、桃源郷の旅へ

2022年1月21日〜23日に、
福島県西会津の奥地にてアートツーリズム
〈ならやま凮土譚(ふうどたん)〉が開催されます。

「譚(たん)」とは、物語を語ること。

物語の舞台となるのは、
西会津町奥川郷で360年以上続く、
地元でも秘境といわれている楢山集落です。

雪深く、眼下に雲海を望むこともあるという楢山集落。

雪深く、眼下に雲海を望むこともあるという楢山集落。

楢山集落は1660年の開拓以降、稲作を中心に炭焼きや養蚕、
林業など百姓の暮らしが棲み継がれてきたといいます。

そして2019年より立ち上げられたのが、
〈楢山プラネタリーヴィレッジプロジェクト〉。

〈NIPPONIA 楢山集落〉という
“集落に暮らすように泊まれる”古民家ホテルを運営しながら、
持続可能な集落づくりが進められています。

NIPPONIA楢山集落。

NIPPONIA楢山集落。

今回のならやま凮土譚とは、参加者自身が
民話や伝承に登場するような異郷へ迷い込む「旅人」になり、
ともに物語を共創するという、
2泊3日の新たな宿泊体感型アートツーリズム。

土着の文化(年中行事や民俗文化)が、
さまざまな媒体を使ったアートパフォーマンスとして表現され、
見る者に新たな価値を気づかせてくれることでしょう。

好きなことを軸に、
暮らす・働くを変えていく。
自転車の聖地・伊豆大島を舞台にした
スポーツ×ワーケーション

スポーツに特化したワーケーションサービス「WithWork」とは

11月のある日、伊豆大島は澄み切った空が広がる快晴だったが、
かなり強い風が吹いていた。
その風を受けながら、右手に海、左手には約2万年もの大地の記憶が刻まれた
〈地層大切断面〉が続く景色を、複数の自転車が駆け抜けていく。

〈地層大切断面〉の前を通過する参加者。

〈地層大切断面〉の前を通過する参加者。

スポーツ庁が行う「スポーツによるグローバルコンテンツ創出事業」として
新たに立ち上げられた「WithWork」。
そのサービス内容のひとつであるサイクリングの参加者たちは、
すでに20日間近くこの島に滞在していて、みんなで走るのは今日が2回目。
同じ趣味を持つ人同士、仲良くなるのは早いようで、
休憩ポイントでも和気あいあいとした雰囲気が漂っていた。

この日は休日とあって、同サイクリングには多くの人が参加。

この日は休日とあって、同サイクリングには多くの人が参加。

サイクリングイベントの途中で、島の南にある、ノスタルジックな風情の波浮(はぶ)港のまちを訪れた参加者たち。

サイクリングイベントの途中で、島の南にある、ノスタルジックな風情の波浮(はぶ)港のまちを訪れた参加者たち。

新しい暮らし方、新しい働き方が社会に定着しつつあるなか、
頻繁に聞くようになった言葉が、ワーケーション。
“Work”と“Vacation”の造語で、観光地やリゾート地など
非日常的な環境でリモートワークを行いながら、余暇も満喫する過ごし方だ。

ワーケーションにおける余暇の部分の楽しみ方は、もちろん人それぞれだが、
WithWorkは多様化する趣味のなかでも、不動の人気を持つスポーツに特化。
好きなスポーツを存分に楽しめる地域に長期的な滞在をしながら、仕事を行い、
地域ともつながることができる会員制のサービスだ。

WithWorkの特筆すべきメリットは、
ワーケーションを実践するユーザーと受け入れ側となる地域の双方にとって、
プラスの効果が期待できる点だ。
たとえば受け入れ側は、主に観光地やリゾート地が想定されるが、
オフシーズンや平日はどうしても来訪者が少なくなってしまう。

一方、ユーザーのメインは都市部のテレワーカーが想定されるが、
観光のオフシーズンを有効に活用する。
つまり、従来型のワーケーションがレジャー、
観光の途中に働くものであるケースが多いのに比べて、
WithWorkは観光の一環ではなく、より日常的な利用を促進することができる。
そしてユーザーとしては趣味のスポーツを
贅沢な環境で毎日楽しめることが最大のメリットだ。

そのモニターツアーの舞台として選ばれたのが、伊豆大島。
伊豆諸島のなかで最も北に位置し、竹芝客船ターミナルから高速ジェット船だと、
約1時間45分でアクセスできる東京の離島だ。

世界遺産と同様に、ユネスコが推し進めているジオパークに認定されていて、
ダイナミックな地形や自然環境は、サイクリストの間でも聖地とみなされている。
事実、2016年には「アジア選手権ロードレース」と
「全日本選手権ロードレース」が開催され、
2017年からは「全日本マスターズ選手権」の舞台にもなっているのだ。

〈東京都離島区大島プロジェクト〉
大島の未来を見据える島の今を
伝えるメディア『東京都離島区』

東京都離島区大島プロジェクト vol.01

大島、ひいては東京諸島全体を盛り上げるために東京都のバックアップのもと、
“あなたらしい大島の物語”をつくっていくことを目指し、
さまざまな活動を行っていく「東京都離島区大島プロジェクト」。
この企画では3回に分けて、プロジェクトの6人のキーパーソンを紹介していく。
第1回となる今回は、『東京都離島区』という東京諸島特化型のウェブメディアを、
いままさに立ち上げようとしている〈アットアイランド〉の伊藤奨さんと
〈トウオンデザイン〉の千葉努さん。
ふたりがメディアを通じて伝えたいこと、そしてそこにつながる未来のビジョン。
大島を中心に、東京諸島の動きが活性化してきている。

〈裏砂漠〉など、大島には雄大な自然が残る。

〈裏砂漠〉など、大島には雄大な自然が残る。

若者たちが島に戻って来たくなる土壌づくり

幼稚園は伊豆大島、小学校は小笠原の父島、小学校6年生から高校卒業までが八丈島。
東京諸島でさまざまな活動をしている一般社団法人アットアイランド代表の伊藤奨さんは、
まさに東京諸島の申し子とでもいうような人物だ。

高校卒業後は教師になることを目的に本土の大学に通っていたが、
やはり自分を育ててくれた東京諸島へ、なにか恩返しがしたいと常々思っていたという。
きっかけは高校3年生のとき。八丈島の高校の生徒会長をやっていたときに、
大島の高校から伊豆諸島をつなぐ高校生のイベントをやろうと誘われたこと。

アットアイランド代表の伊藤奨さん。島のさまざまなプロジェクトに関わりつつ、島で新規開業する人へのサポートも積極的に行っている。

アットアイランド代表の伊藤奨さん。島のさまざまなプロジェクトに関わりつつ、島で新規開業する人へのサポートも積極的に行っている。

「高校生たちが主体になって、資金も集めて、
大島にさまざまな島の高校生が集まるドリームプロジェクトというイベントを
開催しました。それがあって、僕らの世代の伊豆諸島の高校生たちに、
これまでなかった建設的な会話ができるつながりができたんです」

それまでは各島の高校生同士は部活の試合くらいしか交流がなかった。
だからどちらかというとライバルという意識で育つ。それがこのイベントを機に変わった。

「都心に出てきた大学生時代にも、島ごちゃまぜで集まっていました。
意外にもその関係が心の支えとなっていました。
それが大学卒業とともになくなってしまうんじゃないか、
ということにもったいなさを感じて、
このつながりを残したいという思いから有志でアットアイランドを立ち上げました」

目的は、島同士を連携させて、より豊かな東京諸島の在り方を目指すというもの。

「それから1年間、社会人の傍ら、さまざまな島を巡って、
一体なにが課題なのかをヒアリングしてきたんですが、
外部にいたらぼんやりとしか見えてこないんです。
それもそうで、島に住んでいた頃は呑気な高校生でしたし、
島を出てからもう6年も経っていたんです。だったら当事者に戻ろうということで、
あえて自分がこれまで住んだことのなかった三宅島へ移住して起業しました。
三宅島を選んだ理由は語れば長くなるのでまた別の機会に」

伊藤さんと神田さんが大島にオープンしたシェアハウス〈大島クエストハウス〉の共有スペース。

伊藤さんと神田さんが大島にオープンしたシェアハウス〈大島クエストハウス〉の共有スペース。

まず最初に取り組んだのは教育関連。
島の子どもたちを集めてキャンプイベントを主催するなど、
自分で興味をもったことにチャレンジしてみるきっかけをつくるような活動が中心だった。
でも「やりたいこと」と「現実的な収益性」にはかなりギャップがある。
そんななか、ご縁からいい空き家との出合いがあり、
三宅島では初となるゲストハウスを始めた。コンセプトは「五感を拓く、暮らし旅」。

「三宅島はダイビング、イルカ、火山、野鳥というようなコンテンツ自体は強いんですが、
そこだけを目指してくる人がやはり多くて、
ふらっとまちを歩いてくれるような人はあまりいませんでした。
そこで、暮らしというものを体感できるような滞在ができる場所として機能するような
ゲストハウスをつくりたかったんです。例えば、魚に興味があるゲストさんが来たら、
島の漁師さんに来てもらって一緒に鍋をしてみる。
そのお客さんの興味に合わせていろんなつながりも提供できる宿です」

熊谷〈原口商店★エイエイオー〉中編
シェアカフェから生まれる
新たなコミュニティ

ハクワークス vol.4

埼玉県熊谷市にて、空き家を使った設計、事業の立ち上げや場の運営も行うなど、
“空き家建築士”として活動する、〈ハクワークス〉の白田和裕さんの連載です。

前回に続いて、熊谷市の中心市街地、星川エリアの再生を目指して
生まれたシェアスペース〈原口商店★エイエイオー〉がテーマです。

オープン以降、この場所にシェアカフェの機能が追加され、
さらにコミュニティが広がっていきました。そのプロセスを振り返ります。

熊谷妄想会議

〈原口商店〉という元酒屋の空きビルを
レンタルスペースにリノベーションした〈原口商店★エイエイオー〉。
まちの余白のようなスペースとして、地域の人が気軽に集まれたり、
新たなチャレンジの受け皿になる場所を目指してオープンしました。

運営者である僕ら建築士4人組のユニット〈A.A.O〉も、
この場所でアウトプットを始めるようになりました。
その名も「熊谷妄想会議」。

初イベント「熊谷妄想会議vol.01」。

初イベント「熊谷妄想会議vol.01」。

僕らメンバーの3人が移住組であり、熊谷の外から来た者として、
熊谷の正直なイメージをお伝えするイベント。
人口動態から考える熊谷の未来、僕らが目指す未来、
子どもたちに継ぎたい未来を妄想して発表しました。
いま振り返ると少し挑戦的な内容だったような……。

身内で集まり“やった感”を出さないよう、今回は知り合いには声をかけず、
新規の方を集客しようとSNSで募集を開始。その結果、3人が集まりました。
無名のイベントとしては上出来でしょうか(笑)。

参加者は、またまた建築士! 
建築士の八木重朝さん、奈都子さん夫妻と
原口商店のオープン時に子ども向けの演奏会を開いてくれた方でした。
少ないメンバーだからこそ、みなさんとじっくりお話ができました。
そして、この出会いが、また新たな出会いを紡いでいくことになります。

同じエリアのリノベ案件〈108 ocha stand〉の八木重朝さん、奈都子さん夫妻。

同じエリアのリノベ案件〈108 ocha stand〉の八木重朝さん、奈都子さん夫妻。

ちなみに建築士の八木さん夫妻は、一時は川崎市で事業をしていました。
僕も参加した「リノベーションスクール@川崎」に参加しており、
同じように空き家、空き店舗を使ってまちに開くアクションを計画していました。

その後、Uターンで熊谷へ戻り、設計事務所を開設して、
僕らと同じエリアで空き店舗を自力で開拓し、
〈108 ocha stand〉というお茶スタンドをオープンさせました。
ふらっと立ち寄りたくなる場所として地域に愛されているお店です。
力強い同志ができたことがうれしく、この関係はいまでもずっと続いています。

YouTubeチャンネルも開設! 青森からクラフトビールの 魅力を発信する 〈Aomori Brew Pub〉& 〈Be Easy Brewing〉

挑戦できる「遊び場」のような醸造所

青森駅から徒歩約5分、
青森市安方に、市内初のクラフトビール醸造所〈Aomori Brew Pub〉がオープンしています。
ギャレス・バーンズさんが代表を務める弘前で人気のクラフトビール醸造所
〈Be Easy Brewing〉&タップルーム〈ギャレスのアジト〉の姉妹店です。

自社製品のほか、国内外のクラフトビールを販売。毎週訪れても新商品に出会えるほど、品揃えは日々変わっています。

自社製品のほか、国内外のクラフトビールを販売。毎週訪れても新商品に出会えるほど、品揃えは日々変わっています。

弘前の人気店が、青森にも店を構えるきっかけとなったのは、
2019年青森市で開催された〈ドイツビアフェスト in アスパム〉。
〈Be Easy Brewing〉も出店し、
訪れた人から「やっと飲めた」という声を多く聞いたことでした。

「ずっと飲みたいと思っていたけど、
青森から弘前に飲みに行く機会がなかなかなくてというお客さんが多かったんです」
と話してくれたのは、代表のギャレスさん。

2016年に〈Be Easy Brewing〉&〈ギャレスのアジト〉をオープン。平川市在住で、〈Be Easy Brewing〉で提供する野菜を育てる〈Be Easy Brewing Farms〉も運営。年に1度、自家栽培ホップを収穫したその日のうちに醸造する〈青森フレッシュホップエール〉も販売しています。

2016年に〈Be Easy Brewing〉&〈ギャレスのアジト〉をオープン。平川市在住で、〈Be Easy Brewing〉で提供する野菜を育てる〈Be Easy Brewing Farms〉も運営。年に1度、自家栽培ホップを収穫したその日のうちに醸造する〈青森フレッシュホップエール〉も販売しています。

「青森県内は、車で移動する人が多いこともあって、
たしかに、自分も五所川原や青森に気になるお店があっても、
なかなか行けずに数年経ってしまうことはあるなとその時気がつきました。
待っているお客さんがいるのなら、青森市内にも店をもちたいと思ったんです」

物件との縁もあって着々と話は進み、
2020年夏に〈Aomori Brew Pub〉はオープンしましたが、世はコロナ禍。
当初は食事も提供する予定でいましたが、計画を変更し、
醸造所とボトルショップという現在のスタイルとなります。

〈Aomori Brew Pub〉では弘前の〈Be Easy Brewing〉で醸造する缶ビールと国内外100種類以上のクラフトビールを販売。

店内では、弘前の〈Be Easy Brewing〉で醸造する缶ビールと、
国内外100種類以上のクラフトビールを販売。
〈Aomori Brew Pub〉で醸造するビールを購入できるのはここだけです。

(左から)〈Aomori Brew Pub〉で醸造した〈後潟(うしろがた)蕎麦エール〉、〈横内(よこうち)ブルーベリーセゾン〉、〈喫茶 マロン〉(青森市)の自家焙煎コーヒー豆を使用した〈マロンコーヒーポーター〉。〈マロンコーヒーポーター〉は需要が高く再販しましたが、基本定番商品はないので気になったものは早めに購入することをおすすめします。

(左から)〈Aomori Brew Pub〉で醸造した〈後潟(うしろがた)蕎麦エール〉、〈横内(よこうち)ブルーベリーセゾン〉、〈喫茶 マロン〉(青森市)の自家焙煎コーヒー豆を使用した〈マロンコーヒーポーター〉。〈マロンコーヒーポーター〉は需要が高く再販しましたが、基本定番商品はないので気になったものは早めに購入することをおすすめします。

商品名に付く、「後潟」や「横内」は青森市の地名。
第1号商品は〈安方(やすかた)ペールエール〉で、
〈Aomori Brew Pub〉がある地名がつけられました。

「この場所から、徐々にクラフトビール文化が広がっていくイメージで名前をつけています。
いきなり浅虫温泉のような、ここから距離のある有名観光地に飛ぶのではなくて、
青森のことをもっと知ってもらったり、再発見してもらえるように、
古川(ふるかわ)とか長島(ながしま)といった
お店の近くの地名から名前をつけています。
いずれ青森の地名のビールを全部つくれたらいいなと思っているんです」

おつまみとして自家製のスモークナッツも販売します。現在ビールは瓶・缶製品の販売のみ(店内の席で飲むことは可能)ですが、コロナウィルスの流行が落ち着いたときには、生ビールも提供したいと考えています。

おつまみとして自家製のスモークナッツも販売します。現在ビールは瓶・缶製品の販売のみ(店内の席で飲むことは可能)ですが、コロナウィルスの流行が落ち着いたときには、生ビールも提供したいと考えています。

〈Aomori Brew Pub〉では、100リットルのタンクで醸造を行っているため、
ひとつのタンクでできるビールは約250本。
いろんな素材を使ったビールづくりに挑戦できることが魅力だと
ギャレスさんは話します。

「“遊び場”や“研究所”のようなイメージです。
〈Be Easy Brewing〉では1000リットルのタンクで醸造しているので、
たくさん売れる商品でないと醸造することが難しいですが、
〈Aomori Brew Pub〉では、
スタッフがつくってみたいというビールや、変わったビールもつくることができます。
パクチーのビールとか、ホップを使わないハーブのビールとか、
青森県産のブナを使用した木工品〈ブナコ〉で風味づけをするビールとか……。
うまくいくかわからないけど挑戦できる。
青森県産のハチミツを使ったミードもつくってみたいですね」

空き施設に壊さず、
新たな付加価値をつけて
「Re活用」!

今月のテーマ 「Re活用」

空き家や廃校などを「Re活用(利活用)」し、
新たな施設へと生まれ変わらせる活動は近年増えています。

今回は全国にお住まいのみなさんに
「Re活用」され、生まれ変わった施設・スポットを教えてもらいました。

学校、お寺、元スナックだった場所......
以前とは異なるかたちとなった今でも
まちの人々の拠点として愛され続けています。

【北海道斜里郡清里町】
100年近い歴史を持つお寺が、アウトドアやカルチャーの情報拠点に!

知床半島の付け根辺り。
日本百名山・斜里岳の麓のまち・清里町に、
お寺を再利用した宿〈マンディル〉がオープンしました。

〈マンディル〉の目の前に、標高1547メートルの斜里岳がそびえる。オーナー・嶋田武志さんは、登山やトレイルランニングの愛好者。

〈マンディル〉の目の前に、標高1547メートルの斜里岳がそびえる。オーナー・嶋田武志さんは、登山やトレイルランニングの愛好者。

オーナーの嶋田武志さんは
「景色も環境もすばらしいこの場所に、滞在できる施設をつくろう」
と探していたところ、
築41年、総面積436平方メートルの物件に出会ったそうです。

本堂、休憩室、炊事場、廊下続きの庫裡(くり)※を改装し、
宿だけでなく、アウトドア用品のショップや
イベントスペースとしても活用しています。
※住職の住む場所のこと。

オープンして間もない頃、本堂でワーケーションの実証実験が行われました。〈マンディル〉は、温泉を併設した道の駅〈パパスランドさっつる〉から徒歩約5分。

オープンして間もない頃、本堂でワーケーションの実証実験が行われました。〈マンディル〉は、温泉を併設した道の駅〈パパスランドさっつる〉から徒歩約5分。

本堂だった広い和室の中央には、
インパクトのある金色の仏具が吊り下がったまま。
「賽銭箱、扉、建具など、歴史を感じる希少なものばかり。
究極のジャパニーズスタイルは、海外のゲストにも好評です」

本堂では、北見市のインストラクターによるヨガ教室が定期的に開催されています。静寂な空間、畳の心地よさ、お寺とヨガは相性もよし。2022年1月8日(土)には〈新春初ヨガ〉も開催予定です。

本堂では、北見市のインストラクターによるヨガ教室が定期的に開催されています。静寂な空間、畳の心地よさ、お寺とヨガは相性もよし。2022年1月8日(土)には〈新春初ヨガ〉も開催予定です。

「元・お寺」が話題にもなって、
ヨガ教室やクラフト作家のワークショップを開催したり、
近隣の町村からクリエイターや飲食店が集まってイベントを行ったり。
半年間で、さまざまなジャンルの人が行き交う拠点へと成長しました。

ウェアやシューズから、行動食やコーヒーまで。独自のセレクトが楽しいショップには、クライミングウォールも設置されています。

ウェアやシューズから、行動食やコーヒーまで。独自のセレクトが楽しいショップには、クライミングウォールも設置されています。

「道東の最果て。
この界隈でユニークな活動をする人たちをつなげて、エリアの認知度を高めていきたいですね」
と、嶋田さんは語ります。

2022年1月15日には、音楽と飲食のイベント
「ご自由にどうぞ」の開催が予定されています。
詳細はfacebook(@S.SHOUKAI.MANDIR)、
Instagram(@s.shoukai.mandir)、Twitter(@tsnumber1919_s)を
チェックしてみてください。

information

map

マンディル

住所:北海道斜里郡清里町札弦14

TEL:090-8425-0936

営業時間:宿 チェックイン16:00〜21:00

     ショップ 金曜13:00〜19:00 土・日・祝日11:00〜19:00 

Web:マンディル

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井出千種 いで・ちぐさ

横浜市出身。大雪山登山で雄大な自然に感動、北海道のファンになる。2018年、帯広市に移住。2021年5月、弟子屈町地域おこし協力隊着任。摩周湖観光協会に籍を置きながら、弟子屈町、道東、北海道の魅力を発信するべく努力中。

【経験者募集】 コロカル地域ライターを募集中。 お住まいの地域の魅力を コロカルで発信しませんか?

コロカルは日本のローカルをテーマに、各地の先進的な取り組みや、
その土地ならではのライフスタイルなど、さまざまな話題を発信するウェブマガジンです。
2012年より株式会社マガジンハウスが運営しています。

このたび、日本の地域のヒト、モノ、コトについて執筆していただける
全国各地にお住まいのコロカル地域ライター(経験者)を募集します。
お住まいの地域のことをご自身の視点で切り取り、コロカルで発信するだけでなく、
コロカルや関係媒体において、編集部が指定するテーマの記事を制作していただく、
私たちのパートナーを探しています。

応募していただける方は、
以下の内容を、info@colocal.jp宛に、
件名を【コロカル地域ライター募集】としてお送りください。

(1)コロカルで書きたいテーマをお書きください。
(2)プロフィール、職務経歴(ポートフォリオ、掲載誌などもあれば)
※地域の制限はありません。
※添付ファイルの容量が大きい場合は、外部のストレージサービス等をご利用していただいて構いません。

採用された方には、コロカル地域ライターコーナーへの寄稿、
ニュースコーナーへの寄稿のほか、
コロカルの原稿制作のお仕事をご相談させていただく予定です。
採用の際には、弊誌規定の原稿料をお支払いいたします。

締め切りは2022年1月17日(月)となります。

都市とローカルで活動する人々の拠点 〈SOIL NIHONBASHI〉12月に開業!

SOILシリーズの第2弾

「ローカルのルーツは土壌(SOIL)から見つかる」をコンセプトに、
先日広島県の瀬戸田にオープンした注目施設〈SOIL SETODA〉

そんなSOILシリーズの2号目となる〈SOIL NIHONBASHI〉が
2021年12月に東京・日本橋にオープンしました。

築38年のオフィスビルをリノベ

日本橋小舟町にあった築38年のオフィスビルをリノベした〈SOIL NIHONBASHI〉。

同施設は、日本橋小舟町の堀留児童公園に隣接した
築38年のオフィスビルを一棟リノベーションし、
都市とローカル(地域)で活動する人の拠点として機能します。

再開発で都市化が進む東京はローカルとかけ離れたイメージですが、
日本橋エリアは町人文化の中心地としての伝統が深く残り、
五街道の発着点だったという特性からも、
日本中の「ローカル」を感じることができる地と、〈SOIL NIHONBASHI〉は定義。

「入居者=共同運営者」

〈SOIL NIHONBASHI〉の2階以上は公園ビューのコーポラティブオフィスとなっている。

1階は、地域の子どもたちが駆け回る緑豊かな児童公園に隣接した
カフェベーカリー〈Parklet Bakery(パークレット ベーカリー)〉を併設。
2階以上は公園ビューのコーポラティブオフィスとなっています。

このコーポラティブオフィスは、一ヶ月から利用可能で、
2階はフリーアドレス、固定席などのプランを用意したラウンジ、
3階以上は50平米~の個室区画。

「入居者=お客様」というフルサービスのシェアオフィスではなく、
「入居者=共同運営者」であり入居者同士が自治(コーポラティブ/CO-OPERATIVE)
しながら繋がる「コーポラティブオフィス」と定義し、
入居者の得意分野や専門分野を生かしたイベントの自主企画・発足を促し、
多様かつ強固な顔の見えるスモールコミュニティ醸成を目指していくそう。

〈SOIL NIHONBASHI〉のコーポラティブオフィスに入居予定の企業や団体。

現在、尾道市瀬戸田、福島、軽井沢、富山、北杜や白樺湖など、
全国各地の魅力的なローカルと深い繋がりのある企業や団体が入居予定。
なんだかわくわくするオフィスですね。

イベントやマルシェも定期開催

また、「公園を拡張する役割を担いたい」という想いから、
施設から公園へ自由に出入りできるのも魅力的!

施設内のギャラリーやイベントスペースを公園とつなげ、
入居企業が繋がる各ローカルから農家やクラフトマンが出店するマルシェ、
地域の子どもたちや家族に向けたワークショップやカルチャーイベントを開催し、
まちに学びと発見の場を生み出していくそうです。

〈マドカイ〉 空き店舗を EC連動のショーウインドウに。 まちの活気創出にも貢献! 

空き店舗を活用する新たなサービスデザイン

地方の人口減少や過疎化に伴い、日本各地で増加の一途を辿る空き家。
日本の一社会問題ともなるこの問題に、今さまざまな企業や団体が
新たなアイデアで解決を試みています。

熊本県のデザイン会社「白青社」が空き家を有効活用しようと無人店舗〈マドカイ〉というユニークなサービスを編み出した。

今日ご紹介する、熊本のデザイン会社〈白青社〉が編み出した
無人店舗〈マドカイ〉というユニークなサービスデザインもそのひとつ。
このマドカイは、空き店舗のショーウィンドウとECサイトを連動させ、
オンライン販売を行うと同時に、まちの発展にも貢献するというもの。

〈マドカイ〉を導入したショーウインドウ。熊本の長崎次郎書店がセンスよく活用しています。<a href=

〈マドカイ〉を導入したショーウインドウ。熊本の長崎次郎書店がセンスよく活用しています。

歴史的建物や奥に人が住んでいる建物なども、無人でありながら、
まちのにぎわいを創出する店舗として蘇ります。

実店舗の建設より何倍も安価

わずか2坪程度の面積があれば、おおよそのショーウインドウの改装が可能。
建築許可といった大掛かりな申請も入りません。
施工はお好みの設計事務所や工務店などに依頼するかたちです。

商品の横にはQRコードを設置し、商品詳細へと飛ばします。
そのページにはもちろん動画や写真を挿入でき、購入のあった商品は後日発送。

これぞまさしくウインドウショッピングです。
ショーウインドウを通してネットでものを買う、というのは
今までも実現可能な世界観でしたが、
こうしてシステムがパッケージングされると
社会全体の空き家活用の視点がさらに広がりそうですよね。

まちづくりやしくみづくりを生業とする白青社は
このマドカイを地方に必要な仕組みと考え、すべてのシステムをオープンソース化。
実質、費用は施工費、店舗デザイン費、ウェブ制作費のみで、
全国どこからでも〈マドカイ〉のサービスデザインを利用することができます。
施工費も一般店舗に比べると安価なので、
実店舗の改装を何倍もカジュアルに取り組めるシステムといえるでしょう。

日南市〈JR日南駅〉
「待つ駅」から「行く駅」へ、
新しいまちの居場所が誕生

PAAK DESIGN vol.5

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市の中心地にある〈JR日南駅〉のリノベーションがテーマです。
多様な世代が集う新たなまちの居場所となった日南駅が
どのようにしてできあがったのか、振り返っていきます。

日南駅の存在

日南駅は、日南市の中心市街地にある駅です。
隣には城下町として栄えた飫肥(おび)駅と、
マグロ漁で栄えた油津(あぶらつ)駅があり、
市の名前がついている駅にしては少し影の薄い駅でした。
また、近年のJR利用者数は年々減り、
10年前と比べて約半分という状況でもありました。

日南駅は、日南市役所や県の出張所、高校などの最寄りの駅で
一定の利用者があるので、当面は廃線になることはないまでも、
このまま利用が減っていけば将来どうなるかはわかりません。

2015年以降は、日南市がJRから駅業務を受託して運営する簡易委託駅となり、
建物所有権もつい最近JRから日南市へ譲渡されたばかり。
市の施設としてあらためて駅舎の活用を検討しなければならない状況になりました。
建物自体は築60年ほどで、いままで外壁の塗装や看板のつけ加えがあった程度。
今回が初めての大規模なリニューアルとなります。

正面玄関のビフォー。サッシと看板が古く、くたびれた印象のファサード。

正面玄関のビフォー。サッシと看板が古く、くたびれた印象のファサード。

切符売り場と待合スペースのビフォー。駅舎全体の約半分以上は活用されておらず、この壁の向こう側には使用されていないスペースが存在した。

切符売り場と待合スペースのビフォー。駅舎全体の約半分以上は活用されておらず、この壁の向こう側には使用されていないスペースが存在した。

学生を交えたワークショップの開催

駅舎のリニューアルにあたって始めたのは、駅の利用者や近隣の学生、
子育て世帯を対象とした駅の空間づくりのためのワークショップでした。

このプロジェクトは、日南市が事業主体として行い、
企画プロデュース、ワークショップデザインやデザイン監修について、
〈無印良品〉でおなじみの〈良品計画〉さん、
全国でさまざまな集客施設・商業施設を手がける〈乃村工藝社〉さんのサポートがあり、
日南市と協働で〈PAAK DESIGN〉も地元企業として設計に携わることになりました。

ワークショップは3回ほど行い、
「どんな駅なら利用してみたいか」
「駅に何を求めるか」など、学生とその親世代、
近くで働くビジネスマンにも参加してもらい、
それぞれの立場から意見を発表してもらいました。

小中高生からは「子どもだけでも気軽に行ける場所になってほしい」、
ビジネスマンからは「列車を待つ間に読書がしたい、
仕事が快適にできるようwi-fiのある場所が欲しい」、
そして親世代からは「子どもを送迎する際にちょっと立ち寄れる
ミニスーパーのような場所があると便利!」など、いろいろな意見が出てきました。

また、既存の駅舎はただ待つだけの場所になっており、
「JRを利用する以外で行きたいと思ったことはない」
「暗くて寒くてきれいじゃないから、長時間は待ちたくない」
「市の名前がついた駅なのに自慢できない」など、
あまりいいイメージを持っていないこともわかりました。

ワークショップの様子。既存の駅舎の使用していないスペースを借りて行った。

ワークショップの様子。既存の駅舎の使用していないスペースを借りて行った。

駅の近くにある子育て支援施設〈ことこと〉でのワークショップの様子。想定利用者であるママ層の意見に耳を傾ける。

駅の近くにある子育て支援施設〈ことこと〉でのワークショップの様子。想定利用者であるママ層の意見に耳を傾ける。

熊谷〈原口商店★エイエイオー〉前編
空き家だった酒屋を
地域のレンタルスペースへ

ハクワークス vol.3

埼玉県熊谷市にて、空き家を使った設計、事業の立ち上げや場の運営も行うなど、
“空き家建築士”として活動する、〈ハクワークス〉の白田和裕さんの連載です。

今回のテーマは、熊谷市の中心市街地、星川エリアの再生を目指して生まれた拠点
〈原口商店★エイエイオー〉。
まちの人がチャレンジできる場を目指し、
シャッターが閉じられていた酒屋を地域のレンタルスペースへ。
今回はその誕生のプロセスからオープンまでを振り返っていきます。

熊谷20年妄想。空き家を開き家に

いまから書く話は20年後にもつながり、
将来的にいまの子どもたちに「熊谷っていいね!」と
読み返してもらえることを期待しています。
20年後、子どもたちが大学を卒業する頃に、
地元・熊谷も住むまち、働くまちの選択肢のひとつとなりますように。

熊谷の中心市街地を流れ、熊谷のシンボルでもある星川。川の両サイドには歩道と車道、飲食店や商店などもあります。「星川」というシンプルな名前も好きです。

熊谷の中心市街地を流れ、熊谷のシンボルでもある星川。川の両サイドには歩道と車道、飲食店や商店などもあります。「星川」というシンプルな名前も好きです。

前回書いたように、10年前に出産を機に妻の地元である熊谷に越してきました。
当時、整然とした見事な風景にもかかわらず人がいない状況を見て驚き、
どうにかできないかと思っていた矢先に、
地元・草加市のリノベーションまちづくりイベントを知り、
草加市にてキッチンスタジオ〈アオイエ〉を設立。

そこを運営しながら同時に熊谷でも空き家を利用して、
地域がちょっと元気になるようなアクションができればと考えていました。

熊谷駅。新幹線も停まります。

熊谷駅。新幹線も停まります。

ミッション1:チームをつくれ

とはいえ、仲間がいませんでした。
まずは、興味のありそうな人に猛烈にアタックを開始。
リアクションがよかったのは、僕も所属している
建築士事務所協会熊谷支部にいる同年代の3人でした。

3人とも熊谷に個人の設計事務所を開設していて、
やはり建築と近しいまちづくりには興味があったようです。
さらに驚いたのは、3人中、ふたりが僕と同様に、
嫁が熊谷出身で子育てのために移住した建築士でした。
千葉、長野から来て、「星川の哀愁をどうにかできないか」という
感想を持っていたのです。

この3人に「胸が熱いぞ!熊谷」という題名の
プレゼン資料80枚でアタックし、話が進みます。

ただ、定説では、まちづくりのチームには多様なキャラクターが求めらます。
さまざまなスキルを持ち寄って活動できるからだと思うのですが、
ここにいるのは僕を含めて同じ職種の4人。
果たしてプロジェクト「熊谷20年妄想。空き家を開き家に」はどうなるのか。
不安も含め、20年の旅路のスタートを切ります。

子どもも大人もシシになる!
鹿踊(ししおどり)の体験を通して
継承の想いを未来につなぐ

伝統ある岩手の「鹿踊」に訪れた危機とは?

世界遺産で知られる平泉町にほど近い、岩手県一関市厳美町の本寺地区。
美しい田園風景が広がるこの地域は、その昔「骨寺村(ほねでらむら)」と呼ばれ、
中尊寺の所領としてお米を納めた荘園だった。
中世の景観がほぼそのままのかたちで維持されていることから、
地域の貴重な遺産として大切に守られている。
こうした歴史を伝える骨寺村荘園交流館で、2021年10月31日、
鹿踊(ししおどり)団体の踊りの披露と体験ワークショップが開催された。

天に向かってすっくと立ち上がるササラが印象的な鹿踊。鹿頭から垂れ下がる喉紋(のどもん)には、伊達家お墨付きの家紋「九曜(くよう)」を染め抜いている団体が多い。地域ごとに衣装や踊りも微妙に異なるという。

天に向かってすっくと立ち上がるササラが印象的な鹿踊。鹿頭から垂れ下がる喉紋(のどもん)には、伊達家お墨付きの家紋「九曜」を染め抜いている団体が多い。地域ごとに衣装や踊りも微妙に異なるという。

鹿踊とは、岩手県と宮城県に広く伝えられている郷土芸能で
岩手県は日本一多くの鹿踊団体が活動する聖地。
その由来や歴史は地域によってさまざまだが、山への感謝と命の供養、
五穀豊穣を祈る芸能として、お盆や祭りの時期に各地で踊り継がれているものだ。
様式は地域によって「幕踊り系」と「太鼓踊り系」に大別され、
一関地域の鹿踊は「太鼓踊り系」。
腹に太鼓を下げ、踊り手自らが歌を歌い、太鼓を打ち鳴らしながら踊るのが特徴で、
ササラと呼ばれる竹を一対つけ、頭上高く掲げているのが印象的である。
装束も独特で、鹿を模した鹿頭(ししがしら)に本物の角を立て、
馬の黒い毛をザイ(髪)とし、さまざまな文様を鮮やかに染め抜いた衣装をまとう。

鹿踊の由来については、狩猟で犠牲になった鹿の命を供養する説、春日大社に起因する説など、地域によってさまざま。説は違えど、自然に対する感謝と畏敬の念が込められているという。

鹿踊の由来については、狩猟で犠牲になった鹿の命を供養する説、春日大社に起因する説など、地域によってさまざま。説は違えど、自然に対する感謝と畏敬の念が込められているという。

「太鼓踊り系」の鹿踊は、ひとり3役。太鼓を叩き、自ら歌い、舞い踊るため、かなり体力を使うハードな踊りである。ダイナミックな跳躍は行山流鹿踊の特徴だ。

「太鼓踊り系」の鹿踊は、ひとり3役。太鼓を叩き、自ら歌い、舞い踊るため、かなり体力を使うハードな踊りである。ダイナミックな跳躍は行山流鹿踊の特徴だ。

ササラを振り、太鼓を叩きながら大地を踏み鳴らし、時にダイナミックに、
時にユーモラスに踊る様子は、鹿たちが戯れ、遊んでいるかのよう。
戦争で一時中断した団体も多かったが、それぞれの地域の努力によって
後継者を育てながら、連綿と受け継がれてきた。
最近は、参加する若者も少しずつ増えるなど、好転しつつあった現況を
大きく変えたのが新型コロナウイルス感染症の感染拡大だった。
各地の祭りや催事の多くが中止・延期になり、鹿踊を披露する機会が激減。
ほとんどの団体が、約2年にわたって活動の自粛に追い込まれたのだ。

日南市〈ADDress Kado〉
商店街の空き店舗を、
定額制・住み放題サービスの拠点へ

PAAK DESIGN vol.4

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市・油津商店街にある空き店舗をリノベーションした
〈ADDress Kado〉がテーマです。

〈ADDress(アドレス)〉とは、全国どこでも定額制・住み放題のサービスで、
定住でも所有でもない新しいライフスタイルを提案するもの。
以前、コロカルの記事でもご紹介しました。
ここでは、どのようにして日南にアドレスの拠点ができあがったのか、
振り返っていきます。

アドレス代表・佐別当隆志さんとの出会い

アドレス代表の佐別当(さべっとう)隆志さんとの出会いは突然でした。
2019年1月、引き渡し間際の物件で仕上げ作業に没頭している最中、
「こんにちは」と挨拶され、ふと顔をあげると男の人が立っていました。
僕のクライアントでもあり、いつもいろんな人とつなげてくれる
田鹿基倫さんも立っていて、「佐別当さんです」と紹介され、
設計の相談をしていただいたのです。

佐別当さんからアドレスの事業について説明を聞き、
淡々とした会話のトーンとは裏腹に、
ものすごく魅力的な未来が描かれていて心が打たれました。

これを4月から全国に展開していく予定で、海や自然が近いこと、
サテライトオフィス誘致の取り組みで話題となっていたこと、
手頃ないい物件が商店街内にあることなど、
さまざまな理由から我が日南にも拠点をおきたいということで、
ワクワクと胸を踊らせたのを覚えています。

〈ADDress〉代表の佐別当隆志さん。オープニングセレモニーでの挨拶の様子。

〈ADDress〉代表の佐別当隆志さん。オープニングセレモニーでの挨拶の様子。

地熱を自熱に。 秋田県湯沢市の魅力を伝える 『あちちの地 展』開催中!

秘められた「地熱」

秋田県の最南に位置する湯沢市。
その名の通り多くの湯(温泉)が湧き出る、「地熱」エネルギー豊かなこの地には、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った人々がいる――。
以前、コロカルでは、湯沢市の「じねつのチカラ」を
4回にわけて紹介しました(記事はコチラ)。

SDGsでも推奨される「地熱」で注目される湯沢市では、
昨年度、「地熱のまち・湯沢」に暮らす人々に秘められた「自熱」を見つめ、
「みんなで元気になろう!」というプロジェクト〈あちちの地〉がスタート。
コンセプトBOOKも発行されました。

数量限定で配布された、湯沢の「自熱」の魅力を伝えるコンセプトBOOK『あちちの地』。

数量限定で配布された、湯沢の「自熱」の魅力を伝えるコンセプトBOOK『あちちの地』。

秋田市の〈ココラボラトリー〉で現在開催中の『あちちの地 展』は、
このコンセプトBOOKでとりあげた、「木地(熱)山こけし」、
「地元熱血編集部 ゆざわざわざわゆざわざわ」、
「職人の爺熱に学ぶ」など、湯沢で、アツく、たくましく暮らすヒト・モノ・コトを、
あらためて紹介する企画展です。

ココラボラトリーでの展示の様子。会場でもコンセプトBOOKを入手できるかも(先着順・1名1冊限り)。

ココラボラトリーでの展示の様子。会場でもコンセプトBOOKを入手できるかも(先着順・1名1冊限り)。

草加市〈キッチンスタジオ アオイエ〉
人と人、人とまちがつながる
ダイニングキッチン

ハクワークス vol.2

埼玉県熊谷市にて、空き家を使った設計、事業の立ち上げや場の運営も行うなど、
“空き家建築士”として活動する、〈ハクワークス〉の白田和裕さんの連載です。

そもそもなぜ白田さんは、建築家でありながら、
空き家を使った場の運営までも行っているのでしょうか。
今回はエピソードゼロ。きっかけは、白田さんの地元・埼玉県草加市で実施された、
まちづくりのイベントにありました。

こんにちは、熊谷

10年前、出産をきっかけに、奥さんの実家である熊谷へ引っ越してきました。
そのときの印象は
「まち並みはきれいに整っている。なのに、人がいない」ということでした。

熊谷市の中心市街地を流れる星川と遊歩道。

熊谷市の中心市街地を流れる星川と遊歩道。

熊谷の中心市街地にある星川通りは、終戦の前日に空襲を受けました。
終戦後、まちが再編されて、川と通りが直線的に抜ける、
緑豊かな、いまで言う“インスタ映え”抜群なロケーションに。
ただ、その後の社会の変化で、星川付近の商店街は元気を失っていきました。

ふわっと建築に携わる者として、大学でもなじみのあったまちづくり。
「この星川を元気にしたい」となんとなく思ったのですが、すぐ壁にぶつかります。

「まちづくりって、どうやるねん」

モヤモヤを抱えながら、時間は経っていきます。

リノベーションまちづくり@そうか

そんなある日、日本全国のまちづくり事例を調べていくなかで、驚きの発見が。

「え! 地元の草加でまちづくりやってんじゃん! 
しかも、テーマがリノベーション!!」

草加市主催で、「リノベーションまちづくり@そうか」という
イベントが行われていたのです。

実際の空き家を利用して、地域課題解決も含めた事業をつくり上げる
民間応援型のイベント。前段の説明会では、佐賀でまちづくりを行う方の講演が行われ、
「こんな方法があるのか!」と心打たれて、すぐに参加の申し込みをしました。

残念ながら、子どもの運動会の日程と被っていましたが、
どうにか奥さんの了承を得て、いざ参加へ。

リノベーションスクール@そうかの告知ポスター。

リノベーションスクール@そうかの告知ポスター。

デザイナー・二俣公一
福岡での暮らしに軸足を置きながら
日本そして世界を見据える

生活のリアルに軸足を持っていたい

住宅や商業施設をはじめ、多岐に渡るデザインを
国内外で手がける空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さん。
1998年にデザイナーとしてのキャリアを福岡でスタートし、
2005年に東京事務所を開設して以来、
福岡と東京、2拠点での活動を続けている。

住まいは福岡。週の前半に東京へ行き、後半に福岡へ戻って
週末はできるだけ福岡で家族と過ごす、というのが1週間の基本サイクル。
「生活のベースはあくまでも福岡。
仕事の拠点も東京だけにしようと思ったことはない」と言う。

二俣さんが主宰する2つの会社の福岡オフィス。

二俣さんが主宰する〈CASE-REAL(ケース・リアル)〉と〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO〉の福岡オフィス。

「ちょうど30歳になるタイミングで東京事務所を開設した当時は、
自分の建築やデザインの行く先を広げるためにも、
東京を知る必要があると思いましたし、
地方の“ゆったり感”に慣れてしまうことへの不安もありました。
実際に東京事務所を開設し、仕事が増えてきてからは
福岡と東京を頻繁に行き来することで
それぞれの場所のよさも悪さもわかる、というメリットが
大きかったように思います。
東京のようにコマーシャルやビジネス中心で動く世界って、
実はすごく特殊で、
それはみんなの“当たり前”じゃない気がするんです。
食べて、寝て、生活をする、暮らし中心の世界が
たぶん、多くの人の“当たり前”で、
やっぱり、軸足としては地方の空気感なり、
地方の生活をベースに持っておくほうが、
僕自身は判断を間違えない、かなと」

建築も家具や日用品も、それが人の暮らしを支えるものである以上、
暮らしのリアルから完全に離れてしまっては、
何をデザインのよりどころにしていいのか、わからなくなる。

「日本って、47都道府県あって、
東京がメインで地方がサブかというと、そうじゃなくて、
東京以外の46道府県を合わせた面積のほうが
圧倒的に広ければ、人も多い。
日本のマジョリティというか、リアルって、本当は地方にあると思うんです。
もちろん、東京にも暮らしはあるわけで否定する気はまったくないし、
ビジネス上はいろんな尺度があっていいと思うんですけど、
日々の生活とかそのリズムを考えると、
地方の暮らしのリアルをきちんと自分の中の尺度として
持っておくのは大事だと思っているんです」

ミーティングルームに貼られたポスター

ミーティングルームの一角。「DESIGN REAL」のポスターはドイツ人デザイナー、コンスタンチン・グルチッチがキュレーターを務めたデザイン展のときのもの。

「僕は鹿児島で生まれ育ったこともあって
九州の風土が性に合っているってことも自分でよくわかっているし、
バランスという意味でも、
鹿児島を知り、福岡を知り、東京を知り、海外も含めて、
そのどれかひとつだけに振り切って考えるのではなく、
わけ隔てなく、フラットに捉えながら、
無理のないラインを探るというのが
16年間、2拠点を続けて
今、一番大事にしていることかもしれません」

お米を“天日干し”する理由とは?
稲刈りと、お米にまつわる小話

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

青々とした稲が黄色くなり、稲穂が垂れる頃。
ここ福岡県糸島は、稲刈りの季節になりました!

いとしまシェアハウスでは4年前から、
まちの人や企業さんたちと一緒にお米を育てる「棚田オーナー制度」を行っています。

黄金色に実った稲穂の前で、大勢の棚田オーナーと記念撮影の写真

オーナーさんたちと稲刈り。

オーナーさんは

・田舎に移住しなくても棚田に自分の田んぼが持てて

・お米が育つまでのプロセスを体験でき

・さらに自分が育てた棚田米を食べられる!

という里山体験プロジェクト。

日々の草刈りや水の管理などはシェアハウス住人や集落の人たちが行うので、
忙しい人でも気軽に参加できる仕組みです。

棚田オーナー制度の詳細は、コロカルの過去記事でどうぞ! 

高齢化が進む私たちの集落で、
棚田を耕作放棄地にしないよう生み出されたプロジェクトですが、
参加者からは「知らなかったお米の豆知識が体験しながら学べる」と好評です。

今回は、オーナーさんから質問の多かった“お米”にまつわる小話を紹介します。

稲穂の寄り写真

収穫を待つ稲。

お米を干す理由って?

「なんでお米を干すんですか?」
今年初めてオーナーになってくださった方から、素朴な質問をいただきました。
諸説ありますが、我が家で天日干しをする理由は大きく3つ。

(1)お米の水分が多いとカビや虫がつき、梅雨を越せない

主食のお米を1年間保存するとなると、水分をしっかりと抜く必要があります。
収穫したてのお米は水分量20%程度ですが、乾燥させて15%程度まで減らします。

熟練のご近所さんたちは「お米をかじって、カリッとしたらいいけん!」
と教えてくれたのですが
夫はその感覚を習得するまでに5年くらいかかったそうです。

女の子がはざに束ねた稲穂を掛ける様子

子どもたちも積極的に稲刈りをします。

(2)お米を干している間に、稲藁の栄養が実に移る

稲刈りをしたら、稲を束ねて縛り、竹で組んだ「はざ」にかけて
数週間日光や風に当てて乾燥させます。

じつは、刈られてもまだ稲にはエネルギーが残っています。
稲は最後の力を振り絞り、エネルギーを次の世代に託そうと
藁の栄養を実に移していくのだそうです。
こうして天日干しの間にお米が熟成され、おいしいお米になるのです。

これについての科学的な論文は見つけられませんでしたが、
地域ではずっと昔からいい伝えられてきた手法です。

(3)ゆっくりと乾燥させることで、お米の旨みや栄養素を壊さずに収穫できる

高温で一度に乾燥させる機械乾燥方式は効率がよく、
お米を均一に乾燥させるメリットがあります。
ですが、急速乾燥の影響でお米の風味が落ちてしまうともいわれています。

一方、天日干しはお米にストレスを与えずゆっくりと乾燥させるので、
旨みがギュッと詰まったお米になります。

長野県や福島県の研究者の論文によると、
おいしさを数値化できる味度メーターなどを使用して両者を比較したところ、
光沢・口当り・粘りなどにおいて、天日干しのほうがすぐれている
という結果も出ています。

機会があれば、機械乾燥と天日干しのお米を
食べ比べてみるとおもしろいかもしれません。

稲狩りが終わった田んぼで、天日干しされる稲の写真

天日干しされる稲。

神戸の豊かな食文化を考える 〈KOBE URBAN FARMING EVENT〉が開催

実は神戸は農水産業が盛ん

都会的なイメージのある神戸。
しかし、山と海に囲まれ、北・西区には農業地域が、
南部には瀬戸内海などがあり、農水産業が盛んなまちでもあります。

そんな神戸の魅力を引き出そうと、
現在市は食文化の都「食都神戸」の構築を進めており、
その一環として、都市で農業に取り組む
「アーバンファーミング(都市農業)」を推進しています。

この10・11月は「神戸の食文化を考える月間」と銘打ち、
ワークショップをはじめ、神戸の食文化や
一次産業の理解を深めるきっかけとなるイベント
〈KOBE URBAN FARMING EVENT〉が開催中です。

大阪のクリエイティブユニット〈graf〉が企画・運営に入っているこちら。

実際に作るコンポストはこのような感じ。

実際に作るコンポストはこのような感じ。

2021年10月24日(日)には、オンラインにて、
自宅でできるコンポストづくりDIYワークショップが。

コンポストとは、生ゴミを肥料に変える容器のこと。

事前予約制で申し込み期間は終了してしまいましたが、
講師の先生とともにコンポストキットを組み立てながら、
コンポストの効果や注意点、意外な活用法などを楽しく学びます。

住まい手が自ら進める家づくり。
建築家集団〈HandiHouse project〉は
「家づくりを楽しむ文化」をつくる

ローカルでの暮らしを考えるうえで、一番の懸念事項とも言えるのが「住まい選び」だ。
賃貸にするのか、思い切って戸建てを購入するのか、選択肢はさまざまだが
空き家を活用するなど、セルフリノベーションをして
自分の思い描く理想の家と暮らしを手に入れようと考えている人も多いだろう。

では、自らの力だけで、リノベがうまくいくのだろうか。
リノベのやり方を教えてくれるところなんて聞いたことがないし、
大工や建築家の知り合いもいない。

そんなときに、住まい手のサポートをしてくれるのが、
〈HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)〉だ。
専門家たちとともに、住まい手が中心となった「家づくり」を
広めようとしている21人の若手建築集団で、
日本全国を舞台にさまざまなプロジェクトを推進している。
そんな彼らが掲げているビジョンが「家づくりを楽しむ文化」を醸成することだ。

〈HandiHouse project〉の事務所。〈Handi Labo〉もプロジェクトのひとつで、参加者で家づくりを実践したり、工作を行うコミュニティをつくっている。

〈HandiHouse project〉の事務所。〈Handi Labo〉もプロジェクトのひとつで、参加者で家づくりを実践したり、工作を行うコミュニティをつくっている。

“家づくり”をすることで、家への理解が深まる

神奈川県・鶴見市。東急東横線の綱島駅から車で10分ほどの
「駒岡」という地区にある大きな倉庫が〈HandiHouse project〉の事務所だ。といっても、
21人のメンバーの多くは個人事業主でもあり、
プロジェクトごとにチームを組んで活動しているので、
ここは〈HandiHouse project〉という活動母体のコアと
言ったほうが正しいのかもしれない。

事務所の倉庫部。さまざまなプロジェクトを実践した形跡が残されている。

事務所の倉庫部。さまざまなプロジェクトを実践した形跡が残されている。

彼らは、それぞれ別々の下積み時代を送っていたのだが、
建築家としてのキャリアを積む過程で生まれた日本の住宅事情に対する疑問が、
〈HandiHouse project〉として団結し、同じ方向に向かって歩むこととなった。

「家づくりって、営業、設計、施工、大工さんと、登場人物が多すぎる。
だから住まい手は、誰に思いを託したらいいのかわからなくなっちゃうんですよね。
まずはそこを取っ払って、設計の段階から施主さんを徹底的に巻き込む。
ここがほかとはまったく違うところだと思います」

発起人である中田裕一さん(左)と加藤渓一さん(右)。

発起人である中田裕一さん(左)と加藤渓一さん(右)。

と語るのは、発起人のひとりである加藤渓一さん。
人は、お金を出して買った瞬間、それを「モノ」として扱ってしまう。
特に家においては、誰がどうつくっているか、何でできているのかというところは
一切わからないまま、完成した家に何の疑問も持たずに住むことになる。
それでいて、住み始めてから初めて気がつくちょっとした傷や汚れには敏感だ。
家を「モノ」にしないために、〈HandiHouse project〉では、
家づくりを通して施主の意識を変えていくということをひとつのゴールにしている。

「家って完成したらそこで終わりで、
なんとなくもう触っちゃいけないというイメージがありませんか?
僕たちとしては完成がゴールではなくて、住み始めがスタート。
施工の過程で 『家をつくる』ということに対して理解が深まっていくと、
住み始めてからも能動的に手を加え続けるようになるんです。
自分たちでつけてしまった傷や汚れも、思い出として受容するようになる。
そうすると、家の価値って下がらずに、どんどんと魅力が増していく。
僕たちはそこを目指しています」(加藤さん) 

結成当時の様子。家づくりを楽しんでいるこの写真はHPに掲載されている印象的なカット。

結成当時の様子。家づくりを楽しんでいるこの写真はHPに掲載されている印象的なカット。

彼らの出会いは2009年。

初期メンバー4人のうちの中田裕一さんと坂田裕貴さんが、ちょうど独立を考えていた時期。
渋谷のハロウィンパーティーで偶然知り合い、意気投合。
「設計・施工という過程のなかに施主を
完全に組み込んでしまうって、おもしろくない!?」と、
その場でチームの基盤ができた。
それから、それぞれの友人を誘ったのが〈HandiHouse project〉のはじまりだ。

「お互い仮装していたんで、素顔は全然見えない状況でした(笑)。
でも、考えは同じでした。家づくりに施主が参加するということが、
日本人の住宅に対するリテラシーを向上させていくと、
あのときから本気で考えていましたね」(中田さん)

「多くの人は、家がどんな手順で、どんな材からできているかを知らないんです。
もちろん学校でも教えてもらえないですし、社会に出ても知るきっかけがない。
家を買うタイミングで初めて調べ始める。それじゃ遅いんです。
あれよあれよという間に完成してしまう。
僕らの仕事は、家づくりに対して興味を持ってもらうきっかけをつくってあげること。
その本質は、『住まいに対するリテラシーの醸成』なんです」(加藤さん)

DIYできる賃貸〈アパートキタノ〉。住まい手が自由にカスタムできる工夫が詰まっている。

DIYできる賃貸〈アパートキタノ〉。住まい手が自由にカスタムできる工夫が詰まっている。

自治体だけの仕事じゃない
「わたしのまちのPR」

今月のテーマ 「わたしのまちのPR」

今や、まちの特色をアピールするのは
自治体だけにとどまりません。
そのまちに住む個人や有志のグループが集まり、
イベント開催、動画配信などを行っていることが増えてきました。

今回はそんなまちのPRについて
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

オンライン、オフライン、さまざまなかたちでPRされる
まちの特色をぜひご覧ください。

【秋田県にかほ市】
まちの特産物と文化をモチーフにしたMV

秋田県にかほ市には、
地元の人たちでつくり上げたミュージックビデオがあります。

数年前、にかほの風景を描いた楽曲を
つくってくれたミュージシャンがいました。
その曲のタイトルは『いちじく忘れない』。

にかほ市の特産物であるいちじくと、
それを甘露煮という保存食にして贈り合うという
まちの文化がモチーフになった曲。
歌詞にはにかほの美しい風景や日常が描かれていて、
にかほの魅力が詰まったすてきな歌です。

その曲のミュージックビデオがつくれないか? という
地元から生まれたアイデアがかたちになった動画です。
プロの振付家、カメラマンと地域の人たちが協力し合い、
半年ほどの月日をかけて完成しました。

「地元があらためて好きになった」などと涙を流すがいるほど、
思いの込もったミュージックビデオになりました。
地域を楽しい場所にするには、地域を誇りに思うことが不可欠。
その力強い一歩になった動画です。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

墨田区の防災意識が詰まった 〈防災観光ふろしき〉 クラウドファウンディング実施中!

迅速なワクチン接種で話題となっている東京都墨田区。

北斎でも知られる古き良き江戸文化が今も息づく同区は、
区の面積21%超が木造住宅密集市街地で、かつ全域が海抜ゼロメートル地帯が多い地域。
地震や水害の危険度が高いエリアとしても認識されています。

それゆえ、昔から区民の防災に関する意識も非常に高いとか。

現在、そんな同区の魅力を伝えつつ、災害から身を守る知恵を育むための
防災観光ふろしきプロジェクト〉のクラウドファウンディングを実施中。

なんと、こちらふるさと納税制度が利用できるクラウドファウンディングとなっているんです。

同プロジェクトは、芝浦工業大学の学生プロジェクト団体
〈すみだの'巣'づくりプロジェクト〉とNPO法人〈燃えない壊れないまち・すみだ支援隊〉が、
地域内外のボランティアと共同発案したもの。

東京都墨田区の防災マップを、はっ水加工の布を使った風呂敷に印刷。

絞るとシャワーのようにもなります。

絞るとシャワーのようにもなります。

普段あまり見かけない同区の防災マップを、はっ水加工の布を使った風呂敷に印刷。
風呂敷としてはもちろん、非常時は避難の道しるべに、
端を結ぶとバケツになったりとさまざまな活用が可能です。

防災マップには防災情報だけではなく、小さな博物館などの観光・文化資源も記載。

イラストは葛飾北斎が絵手本として発行した〈北斎漫画〉がモチーフとなっており、
生活の必需品だった風呂敷を使う様子も描かれています。

現在墨田区の課題としてあがっているのは、
高齢化に伴う住民と行政、企業、福祉間の連携不足。

この〈防災観光ふろしき〉を通じ、地域の防災を担う町内会と小学校など、
様々な「つながり」を生み出すのも、同プロジェクトの目標だといいます。

そして、小学校や中学生や高校生にも防災に関わる働きかけをしていく予定とのこと。

画家・MAYA MAXXの描く姿勢に
地域の人たちは……?
校舎の窓板に絵を描くプロジェクト

雪止めの板に絵を描くプロジェクト、1か月経過

前回の連載で、2年前に閉校になった
岩見沢市の美流渡(みると)小・中学校の窓に張られた板すべてに、
画家のMAYA MAXXさんが絵を描くプロジェクトについて書いた。

雪から窓を守るために打ち付けられた板は、およそ40枚。
幅が5メートルにもなるものもあり、
前回はようやく5枚描き上げたところまでだったが、
あれから約3週間が経過して、メインの部分が仕上がる段階までこぎつけた。

並んで建つ小学校と中学校。そのすべての窓板をタイムプラスで撮影してみた。

8月中旬まではSNSで告知を行い、ペイントをサポートしてくれる仲間を募ったが、
それ以降は、MAYAさんが単独で黙々と制作を続けるようになっていった。

MAYAさんは本当に毎日まったく休まない。
窓板ペインティングの制作期間中、故郷・今治での展覧会開催のため、
1週間ほど美流渡を離れたことがあった。
今治の美術館では設営を行い、展覧会オープン後はギャラリートークなどの
イベントを行うという目まぐるしいスケジュールだったが、
美流渡に戻ると、何事もなかったかのようにすぐに窓板に絵を描き始めた。

今治で開催された『みんなとMAYA MAXX展』、ギャラリートークの様子。

今治で開催された『みんなとMAYA MAXX展』、ギャラリートークの様子。

小学校から始めたペイントも、ようやく中学校へ行き着いた。

小学校から始めたペイントも、ようやく中学校へ行き着いた。

その姿勢に引きつけられるように、地域の人たちも動き出した。
学校の向かいにあるお寺の住職さんが、
閉校してから伸び放題になっていた草を刈ってくれ、
また近隣のカフェのオーナーが、板に下地となる白いペンキを塗ってくれた。
そのほか、農家さんがドローンで制作中の記録映像を撮ってくれたりもした。

それぞれ一緒にお昼を食べたり休憩したりすることもなく、
作業が終わるとスッと自分の仕事に戻っていった。

このプロジェクトが進むにつれ、MAYAさんを“手伝う”という意識を離れ、
自分のこととして、これを進めようとする人たちが
増えていったように私には感じられた。

草がきれいに刈られ、絵がとても見やすくなった。

草がきれいに刈られ、絵がとても見やすくなった。

建築家・谷尻誠
広島・東京の2拠点から学んだ
“谷尻流”働き方と発想力

キャリアは広島から始まった

「悔しかったんですよ。
いい建物を設計しても、わざわざ広島まで見に来る人は少ない。
だったらどうしても見に来たくなる、
本当にいい建物をつくろうと思いました。
仕事の本質は、“どこで活動するか”より“いいものをつくる”ことにある。
ずっとそう思っているんです」

こう話すのは谷尻誠さん。肩書きは建築家で起業家。
今、「ジャンルを超えて注目される人物」といえば、
間違いなくその名前が挙がるはずだ。

住宅からホテルまで建築家としての活躍に加え、
“絶景”物件を扱う不動産会社や工務店、家具制作会社に映像制作会社、
情報検索サービスからキャンプ用品ブランドまで、
次々と事業を立ち上げては話題を集めている。

たとえば、東京都渋谷区にある〈社食堂〉もそのひとつ。
ここは、ダイニングカフェであると同時に、
谷尻さんが建築家の吉田愛さんと共同主宰する
建築設計事務所〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉のオフィスでもある

〈社食堂〉でスタッフと談笑する谷尻さん

〈社食堂〉のデスクスペース。写真右手にキッチンを挟んでダイニングカフェがある。

いちばんの特徴は、一般客がランチを食べるスペースと、
設計事務所のデスクスペースとが、
オープンキッチンを挟んで仕切りなくつながっていること。
所長である谷尻さんの専用デスクはなく、
カフェの座席や壁づけのソファベンチなど、
その日パソコンを広げた場所が仕事場になる。

カフェエリアで仕事をする谷尻さん

この日の谷尻さんのデスクは壁づけのソファベンチ。

そんな谷尻さんは広島県出身。
建築家として独立し、最初にオフィスを構えたのも広島だった。
やがて東京での仕事が増えてきたのを機に、
2008年、東京にもオフィスを開設。
広島と東京を週イチで往復する2拠点生活が始まった。

08年といえば、クリエイティブな仕事をするなら東京で、
と考える人もまだ多かった頃。
なぜ東京に拠点を移さず、
2拠点というスタイルを選んだのだろうか?

その答えが冒頭の言葉。
「仕事の本質は“どこで活動するか”より
“いいものをつくること”だからです」。