東京都離島区大島プロジェクト vol.02
大島、ひいては東京諸島全体を盛り上げるために東京都のバックアップのもと、
“あなたらしい大島の物語”をつくっていくことを目指し、
さまざまな活動を行っていく「東京都離島区大島プロジェクト」。
この企画では3回に分けて、プロジェクトの6人のキーパーソンを紹介していく。
2回目となる今回登場してもらうのは
〈島京梵天(とうきょうぼんてん)〉の河村智之さんと〈青とサイダー〉の吉本浩二さん。
ふたりが拠点にしているのは、昭和感漂う波浮(はぶ)というエリア。
元町に比べると、観光客が訪れることも少なく、空き家も目立ち始めていたこのエリアが、
数年前から一大イノベーションを起こし、各方面で注目され始めている。
東京の島を生んだ「恵比寿様」が梵天たい焼き誕生のきっかけ
島京梵天の河村智之さんはエネルギー&フレンドリーの塊のような人だ。
この取材でも着くなり「たい焼き食べるでしょ! いっぱい種類あるよ、なにがいい?」と
明るく声をかけてくれた。
彼が都心から大島へやってきたのはいまから16年前。
しかも、移住したのは賑わっている元町ではなく、波浮。

波浮港を高台の展望台から望む。港の上に見えるのが波浮の集落。
かつて波浮港は遠洋漁業の中継港として、数多くの船が立ち寄る場所だった。
最盛期には旅館や飲み屋さんが軒を連ね、
映画館と公衆浴場がそれぞれ2軒ずつあったという。
現在では、当時の面影を残す閑静な場所として人気が高まりつつある。
そんななか、ここ数年で新規に事業を起こす人が増え始め、
いま再び波浮に活気が戻ってきている。
河村さんは間違いなくその起爆剤となった人物だ。
最初に大島を訪れたのは2003年。ふらっと行ってみたら「ドハマリした」という。
それから週末になるごとに島に何度も通った。
「ここにもうひとつの東京があると思ったんです。なんというかワープ感がありますよね。
都会感のある竹芝から、一気に離島の風景へ。そのギャップがとても新鮮でした」
2006年に移住してすぐに波浮で、カフェと古民家を改装したゲストハウスを始めた。
「最初に始めたカフェは玄米菜食のランチとかをやっていました。
でも当時は玄米菜食なんて知っている人も少なかったし、ぜんぜんダメ。
まだまだ波浮にくる観光客も少なかったのでゲストハウスもなかなか厳しい。
そんなときに、たまたまイベントに屋台を出店する機会があって、
それがすごく楽しかったんですよね」
屋台のような形態でなにか売れないかなと考えたときに、思いついたのがたい焼きだった。
「実はこれにもちょっとしたエピソードがあって。
この古民家をリノベーションしているときに、
裏手から恵比寿さんの像がくっついた溶岩が出てきた。
それでいろいろ調べてみたら、東京の島々を生んだ神様だということがわかって。
じゃあ、恵比寿さんが背負っている鯛を焼こうじゃないかと」

築130年の古民家をリノベーションした一棟貸しの宿。もともとは波浮港の網元が暮らした場所。
最初はオークションサイトで買った焼き板を使って試行錯誤。
そもそもたい焼きなんて焼いたことすらなかった。
そうやって見切り発車でスタートしたこのたい焼きが当たった。
「島には気軽にテイクアウトできるようなものがあまりなかったのも、
大きかったと思います」
物珍しさも手伝って、2010年のオープンから間もなく、
メディアの取材が次々に舞い込んできた。
その影響もあり、島京梵天を目指してわざわざ波浮を訪れる観光客も増えた。
テレビ出演をきっかけに島の人からも広く認知されるようになり、
放送翌日には合計300匹焼き続けたという。
「1日でそれだけ焼いたのはいまだに最多記録かもしれません。
かれこれ11年で30万匹は焼いていますね」

島京梵天の名物であるたい焼きは、羽根つきが特徴。5〜10月はかき氷も提供。
たい焼きのバリエーションも豊富だ。王道のつぶあんはもちろん、
食事にもなる「ハムチーズマヨ」、さらに冷したい焼きもあって、
大島名産の明日葉を使ったものが人気。
「周囲にお店も少なかったので、甘い物だけじゃなく、
いろんなバリエーションをここでカバーできればいいなという気持ちもありました」

こぢんまりとした波浮の集落。遠くに見える竜王埼灯台は、日の出、日の入りを同じ場所から見ることができる場所。


































































